正義の名のもとに   作:李座空

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第二章
正義の愚連隊(1)


 朝の通学時間帯が過ぎ去ろうとしているにも関わらず、コンビニ駐車場の端で男子学生達がたむろしている。

 近所の高校生だろうか。髪を染め、学生服を独自に着崩し、派手な色シャツを着こんだ出で立ちは、いかにもアウトローな気質を醸している。

「なあお嬢ちゃん、ちっとだけ恵んでくれりゃいいのよ」

「オレら昼飯食う金もねえんだ、昨日スっちゃってさ」

 彼ら数名は壁となるように輪を作り、一人の少女を取り囲んでいた。少女は目深にパーカーを被り、怯えるふうに手足を震わせている。誰がどう見ても喝上げとわかる場面だ。

「おうい、何とか言ったらどうなんだい、エ?」

「お礼は後でたっぷり弾むぜ、ひひっ」

 不良たちは徐々に詰め寄り語気も荒くしていく。この手の悪行には手慣れている様子だった。現に彼らは、気弱そうな女性子供を標的に、これまで何度も日銭を巻き上げてきた常習犯だった。

「出すもん出しゃ、痛い目には遭わねえからよ」

「いい加減答えろって、なあ!」

 痺れを切らした不良の一人が、少女のフードを掴み捲り上げた。ここまですると大抵の相手は腰が引けて、即座に持ち金を置いていく。

 だが、今日は相手が悪かった。

 取り払ったフードの下から出てきたのは、鋭い眼をしたざんばら栗毛のウマ娘。その正体に不良たちは思い当たるところがあり、さっと顔から血の気を引かせた。

「ゲッ。お前は……」

「シ、シルクジャスティス!?」

「トレセン学園の問題児!」

 シルクはフードを捲った不良の腕を逆に掴み返す。

「てめえらだな、近頃この辺で狼藉働くヤツらは」

「いで、あいででで」

「だっ、騙しやがったな。か弱い女のフリして、オレらを嵌めようと!」

「か弱い女じゃなくて悪かったな。引っ掛かる方が悪いんだよ」

「何をーっ」

 喧嘩腰になった不良達は身構える。今にも飛び掛かる体勢となった、が、それは直ぐに解かれた。

 シルクの目が据わり、より一層睨みを利かせたからだ。その威圧感に思わず圧倒され、不良達はその場でたじろぐ。

「離して、ああ痛ででーっ」腕を掴まれたままの不良はというと、締め上げられて悶絶しっぱなしだ。

 そこへさらに駄目押しとばかりに、不良達の背後に二人の女学生が立ちはだかる。

「やめておいた方がいいんじゃない」

「悪いことはやめて、観念するんだぞ!」

 ランナイジェルとアルダッツである。

 その気になれば普通の人間をゆうに超越する力を持つウマ娘三人に囲まれ、不良達は一気に身を縮こませた。

「ち、ちくしょー覚えてろ」

「いい気になるなよーっ」

 やがて分が悪いとみて、彼らは捨て台詞を吐きながらそそくさと退散していった。

「おととい来やがれ」シルクは追おうとはせず、逃げ仰せた不良達の背に一瞥して鼻を鳴らした。

「済まないね、シルク。荒事を頼んじゃって」

 去って行った不良達と入れ替わるように、コンビニから壮年の男が戸口を開けて出てきた。店のオーナーらしい。

「あの少年ら、前々からここいらで恐喝紛いな真似していたんだ。叱ってやろうと思ってたんだが、朝は店番が忙しく手を放せなくてね……」

 店長は頭を掻きながら申し訳なさそうに頭を下げた。

「いいってこった。あんな連中どやすくらい朝飯前だよ」

「これで懲りてくれればいいんだが」

「ああいう手合いは、もっと痛い目見ないとやめないよ、多分。まあ、何かあったらまた呼んでくれよ」

「ありがとうね。報酬と言っちゃなんだけど、おまけしといたよ」

 店長は両手に提げた袋を差し出した。ぱんぱんに詰まった袋の中には惣菜パンやおにぎりがより取りみどりで、分量は一回の食事にして四、五人前相当はある。

 シルク達は以前から店長から不良退治の相談をされていた。そしてこの日の登校中に件の不良達を発見し、シルクを囮にしての駆除作戦を実行に移したのだ。これはそのみかじめ料と言うべきか。

「サンキュー、店長サン」

 袋を受け取ったシルクは、二人を連れ立ち学園への通学路を駆け出した。

 今日はたらふく食べられるな。昼食時間が待ち遠しくなり、三人は胸を躍らせた。

 

 

 昼食時間はまるまる潰された。登校してすぐのホームルームにて、昼休みに生徒会室に来るよう呼び出しを食らったからだ。

 用件は薄々察していた通り、三人の近況に関するものだった。

 空腹で鳴る自分のお腹の音を聞きながら、シルク・ラン・ダッツは、小言が多く話の長さで有名な生徒会副会長の説法を時間いっぱい味わう羽目にあった。

「……公道での野良レース行為は、道路交通法の観点から控えるよう行政指導があったのは知っているだろう。それだけでなくそのレース中に目撃証言があったガードレールの器物損壊、修理請求が学園にまで来ているんだぞ。そもそも貴様ら、自分達の置かれている立場を分かっているのか。度重なる遅刻・欠席、学園内外での傍若無人・勧善懲悪・直情径行・荒唐無稽な素行、巷を騒がす超法規的所業の数々!如何に周囲が支持しようが賛同しようが、貴様らのような生徒は前代未聞!まっとうなトレセン生の範疇を、逸脱し過ぎだ滅茶苦茶だ!昨今のURA改革宣言で情勢不安定な中にあって、斯様な振舞いをされたのでは我々生徒会にとっても頭が――、……おい何だ今の音は。なに、腹の虫が鳴っただと?このたわけがーっ!!」

 フォーリナとの対決から数日が経過していた。峠の無敗王者陥落の報は早々に知れ渡り巷を騒がせていたが、それが同時に別の波紋を呼んでいた。

 元来、公道で野良レースをするというグレーな行為が、シルク達がフォーリナを打破したことで世間に浮き彫りとなり、野良レース界隈に意図せぬ一石を投じる格好となったのだ。

 学園側がその対応に追われたのは言うまでもない。暫定対策として公道レースを認可制にする等ルール整備を急ピッチで進めているようだが、それはそれだ。此度の一件を招いた張本人として、シルク達はこうして呼び出され口頭注意を受ける憂き目にあった。

 お叱りが一段落して生徒会室を出たのと同時に、次の授業の予鈴が鳴った。昼食を摂る暇はもうなさそうだった。

 三人は鳴りっぱなしの腹の虫を宥めながら、とぼとぼと廊下を歩き教室へ戻っていく。

「お腹減った……せっかく昼食いっぱい貰ったのに、食べ損ねちゃったぞ!」

「あの副会長、いつも話が長すぎるのよね。育ち盛りのウマ娘の貴重な食事時間を奪う、まさに冷徹な女帝だわよ」

 ダッツとランがぷりぷりしながらごちた。

「そもそも説教内容、当て嵌まるの殆どシルクだけじゃない」

「ランてめえ。アタシだけトカゲの尻尾にする気か」

「冗談よ」舌を出してランはおどけた。こんな他愛無いやり取りでもせねばやっていられない。

「ああダメだ、お腹空き過ぎて倒れそうだぞ。もう次の授業中にこっそり食べちゃおう!」

「無謀よダッツ。次の授業、競走史の戸仙よ、スパルタで有名な。見つかったらどうなるか」

「その次は出欠取らねえバ化学だ。その時に食おうぜ」

「そうね。あと一時間我慢よダッツ」

「分かったぞ……」

 三人が学園教務課のあるフロアを通り過ぎようとした時だった。目の前にある教務課の戸を開けて、ジャージ姿の男が出てきた。

「この度は、あっいや、『今回も』どうもご迷惑かけまして。済みませんでしたあ、失礼しますねぇ……」

 わざとらしい慇懃な挨拶をして部屋を出てきたのは、うだつが上がらなそうな中年おやじ、島原である。

「次は無いぞ」「この給料泥棒」「名ばかりトレーナー」等の罵詈雑言を部屋に居る者から浴びながら、丁寧に戸を締めた彼は、無言で舌を出し扉に向けあっかんべーをかましている。

「おっ、トレーナー!」

「こんちにちは、トレーナーさん」

「よお、オッサン」

 三人が立ち止まって挨拶する。

 島原は気の抜けた声で「ン」と手を掲げ応じる。

「どうしたんだ。もしかしてトレーナーも呼び出しか!」

「また訓戒食らったの?つくづくとんでもないトレーナーのもとに就いたものよね、私達も」

 出会い拍子にダッツとランに囃され、島原は口をへの字に曲げた。

「……お前らに言われたくないなあ。例によって誰かさんらの尻拭いだよ。方々に頭下げて回ってさあ、こう見えて大変なのよ俺は」

 のらりくらりした口調で喋りながら、彼はひらひらと一枚の紙をチラつかせた。

 A4サイズの書類だったが、そこに請求書、修繕、ガードレール、といった単語が垣間見え、シルクはついと目を逸らす。

「……悪かったな」

 フォーリナ打倒の秘策として、ガードレールキックターンを用いたのはシルク当人だ。強靭なウマ娘の脚力にかかれば頑強なガードレールもひとたまりもなく、レース後に峠で何箇所も屈曲したものが見つかっている。

「別に怒っちゃいないけどさ。お前らお得意の、いつものアレだろ。世のため人のため競走界のため、秩序を乱すワルい奴らを懲らしめる、アタイら正義の愚連隊~ってやつ」

「その言い方、気に入らねえな」

 戯けた調子で島原が宣うので、シルクは露骨に顔を顰めた。

 それでも中年おやじは、意に介さず続ける。

「そうカッカしなさんな、別にやめろって言ってるわけじゃないんだから。この俺、島原保貴が主宰する『チーム・アルルバ』は自由放任がモットーだ。お前ら担当ウマ娘の自主性を尊重して、命令も強制もしたくないわけ。まあ要は何が言いたいかっちゅうと、野良レースでもケンカでも、すきにやれば良いんだけど、最低限人様に迷惑を掛けるマネはするなよ~ってこと。分かったあ?」

 煙に巻くような語り口調に、三人はやんわり気圧されて何も言えなかった。

「おっといけねい、今日の昼は出前取ってたんだ、冷める前に食わなきゃなぁ。あ、お前らは生徒会の呼び出しで食べてないんだっけ……まあ、次の授業後にでも食えや。そうそう、出欠取る授業はサボるなよお、試験で点取れても単位落とすぞう。そんじゃまた」

 そうこうしてるうち、ぶつくさと忠言を宣いながら島原は軽妙な足取りで去っていった。

「やっぱり変なヒトよね。私達のトレーナーって」廊下の角に消えた担当トレーナーを見送りながら、ランが苦笑交じりに漏らす。

「自由人だよね~、そのおかげでオイラ達も好きにやらせてもらってるんだけど」

「……何だっていいさ。URAの取り決めで、アタシらウマ娘は『チーム』に属してないとトゥインクルシリーズ出場が出来ねえ。いうなればあのオッサンは、アタシらにとって名義貸しみたいなものだよ」

 ダッツとシルクも明け透けに自分達のトレーナーを短評した。

 島原は三人が属する競走チーム『アルルバ』の主宰トレーナーである。三人が彼のチームに入ったのは去年の春、トレセン学園入学直後だった。永世大不況に伴うトレーナー大幅削減により生徒間でのチーム入り争奪が激化する昨今、島原から直々の指名により三人はチーム・アルルバに加入した。

 当初はヘッドハンティングだ、とチーム入りに浮かれたのも束の間、三人はすぐに知ることとなる。自分らを引き入れたトレーナー、島原の悪評を。

 彼は異端者として、学園内でも窓際扱いされる偏屈トレーナーだった。担当ウマ娘にまともな育成もせず、学園の業務はサボり、自堕落な生活を送り周囲からの風当たりものらりくらりとかわす昼行灯。それが彼の風評だった。

「絢爛華麗と謳われる中央トレーナー唯一の汚点」「無気力無責任オヤジ」「URAの弱みを握っていてクビにされない」「要調教バ鹿トレーナー」「妻子に逃げられた」等々、彼に関する良からぬ噂は枚挙に暇がない。挙句の果てには、過去に担当ウマ娘に手を出した罰で干され続け今に至るなどという眉唾話さえある。

 そんな彼のチーム実情は噂とほぼ違わず、加入以降も簡素なトレーニングメニューを不定期的に指示されるだけで、飼い殺しという方が適当な扱いをシルク達はされてきた。チーム入りしたメリットは先述通り、チーム所属ウマ娘でなくてはトゥインクルシリーズ出走不可という要件をクリア出来ることくらいだ。

 だが、今朝コンビニで不良達を成敗したように、学園内外で「超法規的活動」をし様々な揉め事に首を突っ込む三人からすれば、むしろ島原の放任主義は存外にも肌が合うということもあり、彼とはそれなりに距離を置きつつもこの一年チームに在籍し続け現在に至っていた。

 もっともシルクら三人のおかげで、もとから悪名高い島原やチーム・アルルバの名もまた、この一年でより怖れられ敬遠されるようになったことは言うまでもない。島原は教務課からの呼出し訓戒の常連となり、シルクたち「正義の愚連隊」も学園生の規律を取り締まる立場の生徒会からすっかり目の敵にされる始末である。

「げっ、やべえ」

 廊下に本鈴チャイムが響き渡り、シルクが見上げた。島原と立ち話をしている間に午後の始業時刻が来てしまい、三人は慌てて駆け出した。

「早く!本鈴が終わったら、戸仙は教室のドア閉めちゃうのよ」

「うわあ急ぐぞ!」

 まだ廊下の角でたむろしていた島原を追い越し、どたどたと階段を降りていく。脱兎の如き勢いに気圧され島原はその場できりきり舞いになった。

「おい、こらあ。廊下は走るなっての」

 その際に彼が脇に抱えていたファイルから書類が数枚、擦過時の風圧で煽られ廊下に散らばった。いずれも業務書類だ。今しがたシルクにチラつかせた修理請求書もその中に混じっている。

「まったく世話焼けるんだからもう」

 一人ごちながら、床這いになり落ちた書類をかき集める。

 その直後、床上を這う指先に風の流れを感じた。見上げると、三人が走って行ったのと同方向に小さな背丈の生徒がそそくさと駆けていく。まるで尾行するような所作で。

 島原も見覚えのある人物だった。あの峠でシルクと出会った、気弱そうな黒鹿毛のウマ娘。

 書類を拾うのも忘れ、島原は離れていく黒鹿毛の背をじっと見澄ます。その目には、ついさっきまでは無かった深刻な気配が浮かんでいる。

「……本当はまだ会わせるべきじゃないんだがね」

 サッと真顔になった彼は、誰へともなく呟いた。

 

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