ニュータウンの一角にある砂場とブランコだけが据えられた小公園で、シルクとランは待機していた。
ブランコに座ったランは手にした無線機を弄り、音声受信に努めている。無線機からは雑音交じりの音声が伝わってくる。
『……あーっ、そうだ確……エリモダ……ディー! お前もここ……住……で……か!』
『あなたは、ジャ……ティスちゃ……の……』
『そ……だぞ! オイラ、アルダッツ……ぞ!』
ダッツに無線機を仕込み、ブラック屋敷へ物件内覧という体で潜入させ最初に拾った会話音声がこれだった。
シルクとランも思わず互いの顔を見合わせる。
「ねえ、この声って……エリモちゃん?」
「…………」シルクは見るからに渋面を浮かべた。
「あの子も例の下宿に住んでるってことなのかな」
「…………」
「だとしたらこれは意外な展開よ。まさかエリモちゃんまで関わってくるなんて、ほんと奇妙な縁だわ」
「…………」
「ちょっとシルク。何とか言ったらどうなの」
「…………」
何も言う事なんかない、とばかりにシルクはぷいと横を向いた。
面白くなってきたと言わんばかりに、ランはシルクを肘で小突き回す。
なんでアイツがいる。これも付き纏い行為の一環か。そもそもトレーナーのPCで見た記録にはアイツも在住してる情報は無かった……ああ、学園に転居届を出してないだけか。それにしたって、どうしてこう──等、シルクは悶々とした。近頃ちょっとした悩みの種になっているエリモが、今回の件に思わぬ形で関わっているとあって出鼻を挫かれた気分だった。
とはいえ、それで潜入作戦を中断するわけにもいかない。
『あ、あの……取……敢えず、家主さ……に話をして……ます』
『うん、頼ん……ぞ! でなきゃ偵察失敗……じゃなくて、え……と、住む家が見……からなくて、困……ちゃうからな! あはは……』
ぼろを出しそうなダッツの無線にかりかりしながらも、シルクは太く息を吐き頭を切り替える。
ランが依然としてほくそ笑んできたが、知らんぷりをした。
『……ダッツさん……入っていい……事でし……ので……どうぞ……』
『やった! あり……とな、こ……でどやされ……に済むぞ! ……』
無線に耳を傾けていると、やがてそんな会話が流れてきた。首尾よく、物件内覧の算段がついたらしい。ひと先ず狙い通り潜入は果たせそうである。
ダッツが身に忍ばせた無線機は、屋敷内の情報を探るために予めシルクが仕込ませたものだ。物件内に入ってしまえば、会話等のやりとりを拾い、ランが今手にしている無線機へ下宿内部の状況が音声で伝わってくる。そうして得る情報をもとに対応を検討する腹積もりだった。
「それにしても思い切ったわねえ。ダッツを潜入させるなんて、あの子大丈夫かしら?」
「いや、どう考えても大丈夫じゃねえな」
「へっ?」
「あの天然で噓が下手なダッツが偵察なんて器用な真似、出来ると思うか。まあ一時間も持てば御の字だ。そのうちボロを出して逃げ帰ってくると、アタシは見たね」
さも平然と評したシルクに、今度はランの方が困惑した。
「えー。アンタのことだから、色々考えてダッツを行かせたと思ってたんだけど」
「強いて言やぁ、アイツの無邪気な性格なら相手を上手く引っ搔き回して情報を引き出してくるかもよ。アタシやランには、そういう立ち回りは出来ねえし」
「うわー。なんだかそれじゃ偵察っていうより、まるで『鉄砲玉』じゃない」
「まあ、そうとも言えるな」あっけらかんとシルクは応じ、ブランコに飛び乗り漕ぎ出した。
ランはジト目を浮かべた。不憫な役目を仰せつかったダッツに、同情を込めたものだった。
だが、同時に変に思った。
件のブラック屋敷の存在を察知したのが今朝。学生支援課を経由し、島原の業務用PCでその情報を洗い出したのが昼。そして昼過ぎには斥候役にダッツを向かわせるという手の早さが、ランにはどうも引っ掛かった。
シルクは、不良ウマ娘の風体とは裏腹に、勢いだけで物事を進めるタチではない。念入りに下調べやシミュレーションをこなし、筋道を立てて確実に事を運ぶタイプだ。以前のフォーリナ攻略時も、予め相手の戦術予測とその調査、そして対抗策立案にそれなりに時間を掛けたうえで臨んだ。その結果、峠の転倒トリックを看破し、棟梁のブリッツハーケンを地に着けたのだ。
だからこそ今回、向こう見ずな偵察に、性格上不向きなダッツを急派するのが解せなかった。態度には出さないがまるで、シルクは何かを急いでいるようにも感じる。
その違和感の理由は、まだランには分からない。
「ねえ、シルク……」
無線機弄りを一旦止め、作戦を急ぐ理由を尋ねようとする。
その時、公園にぐう、と音が響く。
ブランコを揺らしていたシルクが、ぱっと手足を放して前方の砂場まで飛んだ。着地した彼女は開口一番、「腹、減ったな」とぼやいた。腹の虫が鳴いたのだ。
ブラック屋敷内偵のため学園を飛び出してきた三人は、まだ昼食も食べていない。
「ダッツのヤツも、腹空かせてるかな」
遠く離れた、柵に囲われた屋敷を見据えながらシルクは足下の砂をつま先で掻いた。