正義の名のもとに   作:李座空

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正義の愚連隊(14)

 区画整備された霊園内には、墓石が等間隔で並んでいる。それぞれ形や色といった趣が異なるのは、建立した年代や購入者の意思が反映されているからだろう。

 高尾山の方角から傾いた西陽が差し、程無くして冬の早い日没が迫る。冷たい風が吹きすさぶ霊園内には人っ子一人見当たらない。元来、夕刻以降の墓参りは避けるべきとされている。薄暗くなる時間帯は「逢魔が時」とされ、霊や物の怪に遭遇するといわれているからだ。

 だが、よく目を凝らすと一人いた。音も無く手押し車を押し、霊園内の通路をひょこひょこと進む人影が一つ。

 例の屋敷の、家主の老婆だった。

 老婆は、ある墓石の前ではたと足を止めた。その墓石は他の墓地よりも一層綺麗に磨かれ、足下の砂利には雑草一本見られない。経年による若干の風化は見られるものの、懇ろな維持管理をされてきたことが窺える。

 それでもまず老婆は手押し車の荷物入れから雑巾を取り出し、柄杓で濡らした墓石全体をくまなく磨き上げた。足下にも目を配り、細かな塵さえも目ざとく拾い集めた。まだ枯れていない供花も取り替え、果物をお供えして線香を上げると、墓前に膝をつき合掌した。

 献身的な姿だった。屋敷で下宿生達に癇癪を起こしていた般若の如き面影はまるでない。故人を尊ぶ得も言われぬ意思が、ただただ柔らかく醸されていた。

「また来るからねえ。パレちゃん、また」

 老婆は墓石を見上げ、小さく告げる。誰も立ち入れない特異な雰囲気がそこにあった。永訣した者との清高なる対話のひと時。そこに水を差されるのを嫌い、あえて老婆は逢魔が時にお参りに訪れたのかもしれない。

 霊園がすっかり薄闇に包まれるまで、彼女はその場を動こうとしなかった。

 

 

 ***

 

 

 一人部屋にしては広い十畳余りの和室で、エリモは座椅子にもたれ掛かり項垂れていた。屋敷に入居後すぐに老婆から与えられた個人用居室だが、身一つで転がり込んできたため部屋の中には机に座椅子、布団と、最低限の衣服や生活道具が収まったカラーボックスが数個あるだけだ。これまで転々としてきた親類の借り部屋や孤児院の共同部屋と比べると、一人で使うには広すぎるとあらためて感じる。

 部屋の外は静かだった。同じ屋敷に住まう他の下宿生達も自室に篭るか、労働に出ているのだろうか。ダッツの来訪により騒然としたのはほんの一時のもので、屋敷内はすっかり沈黙が支配している。とはいってもダッツがその後どうなったか、事の顛末をエリモは知る由も無い。

 ダッツに入居を辞退するよう仕向けたとして、あの後エリモは老婆に直々に呼び出された。自室へと閉じ込められ、一対一で滾々と説教を受けたのだった。

「せっかく入居を希望してくれている子に、あんな事を唆すとはどういう料簡をしているんだっ。この家はね、この契約条件でやってきたんだ、エリモさんだってそれを承諾したから入居しているんだろうっ。私はここへ来てくれた娘たちに、豊かな居住環境と、将来世間を生きていくうえで必要な力を磨くために働き口を用意してやってるんだっ。それをなんだいあんたはっ。恩を仇で返すような真似をして──」

 散々罵った末、老婆は日課の墓参りに行くといって退室した。「私が帰るまで、この部屋で反省していなっ」と言い添えて。

 そしてそれは単なる脅し文句ではなく、実質的な懲罰だった。というのも、老婆の逆鱗に触れた下宿生は、実際に部屋の外から錠を掛けられ反省を促されるというしきたりがあったからだ。頻度は高くはないが、ひとたびこれが発動すると懲罰房と化した自室から出られなくなり、相応の心理的影響を植え付けられることもあり、古参の下宿生などは「バ房」と称し怖れていた。

 老婆の言葉を額面通り受け取るなら、エリモは老婆が帰宅するであろう日没以降まで自室に居続けねばならなかった。

「…………」

 彼女は、座椅子に身を預けながら考えに耽っていた。といってもそれは家主に向け反省しているわけではない。

 物件内覧を希望しこの家を訪ねてきたダッツに関することが、エリモは気掛かりだった。ダッツがシルクの取り巻きの一人であることは知っている。逆にいえばそれ以上のことは何も知らないのだが、既に何処かに定住していそうなダッツが、唐突に単身で内覧に訪れた点がどことなく気になっていた。

 それにダッツの振舞いが妙にそわついていたのも引っ掛かる。物件内覧に訪れたというよりまるで、この下宿の内情を予め知った上で調査に来たような言動ではなかったか。

 だとすれば、何のため──そこまで考えた時、エリモの脳裏にシルクの顔が浮かんだ。

(もしかして、ジャスティスちゃんが)

 古い友の面影を辿り、思わぬ仮説が浮かび上がった。

 シルクはこの下宿の実態を何らかの形で知ったのではないか。そしてその内情を査察すべく、親交の深いダッツを寄越したのではないか。この屋敷には間も無く欠席日数が嵩み留年する下宿生もちらほらいる。それを救い出す為、こうしている間にも行動を起こさんとしているのではないか。

 突拍子もない考えだったが、有り得なくもないとエリモは思った。

 両親を喪い、着の身着のまま世に放り出された艱難辛苦の幼少期。その渦中の僅か一年あまりだったが、シルクとともに過ごし心身ともに最も充実していた頃の記憶が蘇る。幼い頃から同年代と思えぬほど聡明かつ闊達で、いつも自分を引っ張っていた彼女ならば。

 シルクはここを目指しやって来る。この屋敷を解放して留年危機の生徒を救済せんがために。

 ジャスティスちゃんならきっとそうする──エリモは半ばそう確信する。

 その予感を裏付けるかのように、突如廊下から呼出し鈴が響いた。来訪者があったのだろうか。門扉で何者かがインターホンを鳴らしている。

 本来なら屋敷の雑務を生業としているエリモが応じねばならないが、部屋から一歩も出られない彼女は対応する術もない。

 だが、エリモの第六感はひしひしと告げた。

 間違いない。ジャスティスちゃんが来た、と。

 

 

 ***

 

 

 頑強そうな鋼鉄で覆われた門扉の呼び鈴を鳴らすと、玄関を開け応対に出てきたのは同じ窓際クラスのウマ娘だった。見覚えのあるクラスメイトだったが、学園で最後に見たときよりその顔色は冴えない。

「え……あのう、何の御用でしょうか?」

 雑務役のエリモが出れないので、仕方なく応対に出てきた彼女は怪訝そうな表情で尋ねる。

 それも無理からぬものだった。何故なら門外には全身をフードで覆った怪しげな一団が待ち構えていたからだ。呼び鈴を鳴らしたであろうその集団に対応せねばならないとあって、そのウマ娘は萎縮気味だ。

「家主はいるか?」フード集団の先頭に立つリーダー格がぶっきらぼうに尋ねてきた。

「い、いえ。今は留守にしていて……」

「他に大人はいねえのか」

「いえ……この家、他には下宿している学生しかいなくて」

「なら好都合だ」

 リーダー格は口元を緩めた。そして、意図が図れず困惑している応対ウマ娘の前で腕を振り翳すと、自分諸共一団全員でフードを脱ぎ捨てる。その下から現れたのは、紫色のトレセン制服ウマ娘達。

「あ、ああっ。あなたたちは同じクラスの……!」

「この屋敷の事はもう分かってる。お前らを解放しに来た」

 一団を率いるリーダー格──シルクは親指を立てる。そして今に至るまでの経緯を述べるとともに、認識をすり合わせた。

 屋敷のブラック内情をダッツの内偵などで概ね把握していること、下宿内に留年危機の生徒がいること、それもひっくるめた屋敷内の全下宿生を解放するべく参じたことを、簡潔にまとめて話す。

 応対に出てきたウマ娘もすぐに状況を理解したようだ。諦観と困惑に満ちていた目に、みるみるうちに活力が宿ってくる。

「……ってなわけであまり時間はねえ。早く屋敷に戻って下宿してる連中を連れ出してこい。ブラック家主の搾取も今日限りにしてやる、全員でここから脱出だっ」

「わ、わかりましたっ……!」

 シルクに促され、応対者は下宿している生徒達を呼集すべく屋敷へと戻っていった。

 門外のクラスメイト達は喝采を上げる。

「おおっ、上手くいきそうじゃないの」

「派手に暴れるのかと思ったけど、案外すんなりいくかな」

「解放よ、解放! 拝金主義の家主から脱却よーっ」

 ブラック屋敷へ討ち入りと息巻いてシルクに追従してきたが、存外にも穏便に事が運びそうとあって、クラスメイト達の間には和らぎが見られる。

 傍らで胸を撫で下ろすランもそれは同様だった。ダッツが偵察で得た「家主の老婆が本日中に家を空ける」という情報は活かされたようだ。家主が不在となれば、その間に在住する生徒達を連れ出してしまえば所期の目的を達せられる。荒事になるのも覚悟してきたが、解放作戦は思いのほか平和的に遂行できそうだ。

「よかったわね。これならすぐに目標達成よね」

「かもな」門をじっと見据えながらシルクは答える。

「……でもさ」ランは興味本位で尋ねた。「もしも家主のおばさんが居たら、どうするつもりだったの?」

 前を向いたままシルクは目線だけをランに向けた。

「そん時はそん時だ。なにせこっちは大軍勢だ。その気になりゃどんな手段も選べる」云いながらシルクは悪い微笑を浮かべた。

 ランは、シルクがかつて暴走族を壊滅させた時のことを思い出した。数か月前のことである。幹線道路を夜な夜な走り回る暴走族による騒音被害が、府中市内を騒がせていた時期があった。

 その時シルクは、安眠を妨げられ憤懣を溜めていた学園生らを糾合し、暴走族との『直接対決』をしでかした。激突の場となった府中市内の国道にはズタボロになった暴走族の車両が散乱し、警察が出動し学園の上役が頭を下げて回り新聞の一面を飾るなど大騒動となった。それだけの余波にもかかわらず、騒音に苦しめられていた近隣住民からは大いに感謝されたうえ、族の対処に苦慮していた警察もシルクの功罪に目を瞑り、結局その一件は有耶無耶で終決となっている。

 そう、いざとなればシルクはそうした武闘派手段も厭わない。クラスメイトを引き連れてきたのも、決戦構想があったからかもしれない。

 今回はそんな野蛮な展開にはならないだろう、とランは苦笑いしつつあらためてホッとした。

 そうこうしているうち、屋敷の玄関からぞろぞろとウマ娘達が姿を現した。ブラック屋敷で扱き使われてきた下宿生達だ。シルクによる解放の報を聞きつけたのだろう。これで彼女らはブラック下宿を出奔し、留年という目下の危機を回避できる。

 ──のだが、彼女らの表情はまだ芳しくなかった。

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