正義の名のもとに   作:李座空

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正義の愚連隊(15)

 問題が浮上した。下宿生達の顔色がすぐれなかったのは、そのことが分かっていたからだ。

 原因は頑丈に作られた屋敷の門扉に仕込まれていた。

「なに、この門扉は。一人抜けたらすぐにまた閉まるわ」

「次に開くまで十数分ロックされる仕組みか。阿漕なモン作りやがる」

 重々しく聳える門扉を見上げ、ランとシルクが忌々しげに漏らした。

 問題が発覚したのは、やれ脱出だと下宿生達を門外へ通した時だ。最初の一人目を脱出させるべく門を開け放ったが、その一人が通ったと同時に轟音を立て門がひとりでに閉じたのだ。

 どうやら一斉に多くの人員が通れぬよう、門にセキュリティシステムが施されているらしい。脱走防止策というべきか。

 一人抜け出すのに十数分かかるのでは、二〇名弱の総員退避に相当な時間を要し、重いタイムロスとなる。下宿生達が浮かない顔をしていたのはこれがネックとなるのを悟っていたからだ。

「これじゃ、皆抜け出すまでに家主が帰って来ちゃうかもしれないわ。門以外の柵をよじ登るとかはダメなの?」

 屋敷の外周を囲う柵を見つめながらランが提案した。外周柵は地上四〜五メートル程の鋼鉄柵だ。高さがあり飛び越すことは不可能だが、下から這い上がればあるいはと思ったのだろう。

 だがシルクはかぶりを振る。

「無理だな。門扉にこんな仕掛けをしているんだ、外周柵にも何かしら細工がされている可能性が高い。例えば……触れると作動するセンサーとかな」

 門内でシルクの推察を聞いた下宿生達はこれに首肯した。そして、詳細までは聞かされていないが、不用意に柵には触れぬよう老婆から指導されていたことを告げた。それが本当なら柵からの脱出も無理だ。

「これじゃまるで……中の下宿生を逃がさないように仕掛けを施してるみたいじゃない」

 ランの深刻な推察に、シルクも重く頷いた。

 労働を条件に住まわせているブラック下宿とはいえ、そこまでするのか。これでは実質的に軟禁だ。家主の偏執的な一面が垣間見え、微かな戦慄がよぎる。

 穏便に事が進むかと思われた脱出劇だったが、どうやらそう易々とはいかないらしい。いつ戻るか分からぬ家主に怯えながら、時間をかけて一人ずつ門を通していくしかないのか。

 そう憂慮したランだったが、傍らでシルクは突然拳を叩き合わせた。

「こういう事もあろうかと、兵を集めといて正解だったぜ」

 自信満々に告げたシルクは外周柵へと近付いて行く。そしてあらためて頑丈そうな柵を見上げる。無機質な鋼鉄製の分厚い柵は、ちょっとやそっとではびくともしそうにない代物だ。クラスから募ってきたウマ娘達を総動員すれば力任せに破れないこともないが、何らかのセンサーが働いてしまうだろう。

 そんな障壁を前に仁王立ちして、シルクは下令する。

「ようし、皆やるぞ。下から順に上へ上へと肩車を組むんだ。橋を渡すぜッ」

 突拍子もない発案に一同が騒めく。

 同時にランは、シルクが遭難者救助をした時のことを思い出した。チーム・アルルバで強化合宿を行う為、地方の山奥へ出かけた昨年の夏のことである。合宿期間中に豪雨が直撃し、合宿所近くの渓流が氾濫。その際に流域の岩場に地元の子供が数名取り残されるという出来事があった。

 激しい川の流れによりレスキュー隊の救出活動は難航し、その間にも水量は増す一方だった。このままでは悲劇的な水難事故は避けられないと、現場で見守っていた誰もがそう思った。

 だがシルクはこの時、同じ合宿所に居合わせていたウマ娘達を総動員し、思いも寄らぬ奇策で子供たちを救助した。

 その策というのが──

「さあ時間がねえ、次から次へ登れ登れ。てっぺんに登ったヤツは下からくるヤツを肩車していくんだ」

 シルクの音頭に従い、クラスメイト達は外周柵の前でうすら高い「やぐら」を構築していく。はじめに土台となる者が上に登る者を肩車し、さらにその上によじ登った者を肩車し、それを続々と繰り返すことで──やがて外周柵を遥かに凌駕する、地上数十メートルもの高さの「ウマタワー」が現出した。

 その最上階にあたるてっぺんに乗っかったシルクが「ゆっくり前に傾けろ、アーチを作るみてえに」と号令すると、屋敷の方に向けタワーは徐々に傾き、柵を越える半円弧を描いていく。

「おらあああっ!」てっぺんのシルクは喊声を上げながら、眼前に迫りくる地面目掛け両手を突き出した。その手はしっかりと着地点を捉え、その瞬間、屋敷の外周柵を跨ぐ「ウマ娘による橋」が架けられた。

 こんな言い伝えがある。

 戦国時代のとある合戦の折、窮地に陥った主を助けるべく、某侍大将は援軍を率いて戦場へ向かっていた。しかしその道中にある谷を渡る橋は、敵の手によって落とされていた。そこで侍大将は一計を案じ、中国の兵法書にヒントを得た人橋を架けて谷を渡ったという。人が人を抱えることで橋を作り、上を渡らせるというこの奇策は「万人橋(ばんじんきょう)」と称され、今なお語り草となっているらしい。

 それを体現したものが、まさしくこの橋であった。かつて渓流に取り残された子供を救出する際にもシルクはこれを発案し実行、無事救助を成功させていたのだ。

 普通に考えればこのようなトンデモ策、実行者の体力や物理的見地を考慮すれば出来る筈がない。だが、数トンもの超巨大タイヤも曳ける常人離れしたウマ娘なら話は別だ。桁外れの握力、体幹、筋持久力を有する彼女達ゆえに為せる、万人橋あらため「万バ橋(ばんばきょう)」が、下宿生解放に向けたシルクの切り札だった。

 斯くして完成した橋上に下宿生達を通し、脱出させようという魂胆なのだ。

「そら、皆渡れ。家主が戻る前にこの橋を渡るんだっ」

 屋敷側の橋のたもとに着くシルクは下宿生に出奔を促した。万バ橋ができた以上、時間のかかる門扉を使う意味はもうない。

 下宿生達は水を得た魚のように、その橋のたもとへと寄り集まってきた。

「自由への橋だわ、これは支配から脱却する最終手段よ!」

「これで留年回避できる!」

「みんなで早く渡ろう!」

 続々と万バ橋を伝って、下宿生達は柵を越え外への脱出を果たしていく。即興で築かれた橋であり、その橋の一部となったクラスメイト達にはそれなりの負荷もかかったが、二十名弱を離脱させるには充分保ちそうだ。

 いち早く柵の外に降り立った者達は、屋敷を脱した安堵と留年回避で競走生活を継続できる喜びもあらわに抱き合っていた。

「よかった、これなら今度こそ皆ここを出られるわね」

 一喜一憂しっぱなしのランがしみじみと云う。彼女もいま万バ橋の一部となっており、シルクの一段下を構成している。

「どうだい。これなら大した騒ぎにもならねえ、あの担任も満足だろう」

 シルクもおどけて云った。

「あらためて思うんだけど」橋を支える腕に力を込め直しながらランは続ける。「アンタって優しいね。ここまでしてクラスの子を助けようだなんて、普通なら出来ないわよ」

 ランはこれまでのシルクの活動を思い返していた。トレセン学園に入学後、方々で揉め事を起こしてきたシルクだが、その行動は全て彼女なりの正義あってのものだ。困っている者を放っておけず、その厄難をもたらす相手や事象に挑戦するという不言実行の理念が、シルクの根底にはある。

「そうか? 困ってるヤツがいるから助ける。普通のことだろ」

 橋を渡る下宿生を背にしながら、シルクはさも当然という顔をした。

 こういうところが、不良で問題児とされているシルクが一部で絶大な支持を得ている所以なのだとランはあらためて感じる。ダッツもランも、シルクのそんな一面に翼賛して道を共にしてきたのだ。

「これで十人目か」

 そうするうち、解放活動も半ばに差し掛かる。屋敷外に半数近くの下宿生を脱出させ、あとものの数分もあれば全員が橋を渡りきれる公算となった。

「そういえば、ダッツとエリモちゃんは?」

 ふとランが発した。

 屋敷内には、ご馳走で懐柔されたダッツと下宿しているエリモもいるはずだった。

 その二人はまだ脱出を果たせておらず、万バ橋の順番待ちの下宿生の中にも見当たらない。

「ダッツのヤツ、もしや食い気で寝返るつもりじゃねえだろうな」

 シルクの叩いた軽口にランは苦笑するが、エリモについて言及しないことを咎める。

「エリモちゃんのことも気にしてあげなよ」

 またそれかよ、とシルクは渋面を返事とする。

 もう少し追及しようかとランが悪戯心を抱いたのと、屋敷の玄関から巨影が姿を現したのはほぼ同時だった。

「うー、お腹いっぱいだあ、もう食べられないぞ……」

 複数人の下宿生に肩を貸される形で、随分と大柄なウマ娘が一人、玄関からよたよたと歩み出てきた。制服の上着が捲れ、まるまると肥大した腹が丸見えになっている。大柄に見えたのはそのお腹のせいだ。食欲旺盛なウマ娘がしばしば見せる食後の姿といった風体だが、その顔を見てシルクとランは力が抜けそうになる。

「あっ、シルク、ラン! ヤッホー……ぅぷ」

 ダッツなのだった。あれから満漢全席を十二分に堪能したらしい。勢い余って食べ過ぎたのか、にわかに苦しそうでさえある。他の下宿生の補助がないと歩行もままならない体たらくだ。

「ダッツ、あなたねえそのお腹……」

「こりゃあ随分満喫できたようで」

 心配して損したとばかりに二人は息を吐いた。

 とはいえ、此度のブラック屋敷解放が成ったのはダッツの身を挺した活躍あってのものだ。

「ありがとよ。お前の偵察がなけりゃ屋敷の攻略は出来なかった」

「とにかく無事で何よりね。お疲れ様、ダッツ」

 二人の友に労われ、ダッツはくすぐったそうに鼻を掻いた。

 その間にも下宿生はつつがなく脱出していき、やがてダッツが橋を渡る順番になった。

「ほれ、お前も早く登れ」

「うん!」

 シルクに云われ、ダッツは膨張した腹を抱えながらおもむろに万バ橋に足を掛けた。

 ところがこれが思わぬアクシデントに繋がる。

「うおっ……、さすがに重てぇな」

「やっぱりあなた食べ過ぎよ……!」

 ダッツが登りだすと、シルクやランはそれまでと比較にならない重圧を実感する。ご馳走を過食したことにより、明らかにダッツの体重が跳ね上がっているのだ。

「ううっ、ごめんよう」

 申し訳なさそうにダッツは鼻息荒くよじ登っていく。これまた他の下宿生達にアシストされながらだ。しかし如何せん体重が増したぶん鈍重な足取りで、橋の構成員たちはダッツが上を通りかかると続々と呻き声を上げた。

 万バ橋の一人一人が必死に堪えるので、さすがに橋の崩落には至らない。

 それでも、ダッツが橋の頂上──すなわち屋敷の外周柵の真上に差し掛かった時にそれは起きた。

「わわっ、重い重い。ムリー!」

「は、早く渡ってー!」

 アーチ状の橋の頂点部分を構成する者達に最も負荷が掛かり、瞬間的に橋全体が垂直方向に沈み込むような感覚があったのだ。

 他のウマ娘達が踏ん張りを効かせたので崩れはしなかったが、その際、頂点付近で体勢を崩したダッツは両腕を宙にふらつかせた。

「うわわっと……ひゃあ、危なかったぞ」

 他の下宿生に支えられ、ダッツは何とか立て直し安堵の息を吐く。

 しかし彼女は気付いていなかった。落下を避けようと振り翳した腕が、無意識のうちに外周柵にほんの一瞬触れてしまったことに。

 

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