正義の名のもとに   作:李座空

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競走界改革宣言(2)

 生徒の名が次々に呼ばれ、ウマ娘達が教壇のクラス担任のもとへ用紙を受け取りに行く。その紙面を目にした生徒達は一喜一憂しながら元の席に舞い戻り、周りのクラスメイト達と用紙を見せ合いながら姦しく騒いでいた。その誰もが、安堵の表情を浮かべている。

「次、アルダッツさん」

「はひっ!」

 呼ばれたダッツが緊張の面持ちで椅子を立ち、ぎこちない足取りで教壇へ向かった。ロボットのような所作で用紙を受け取る際、彼女は担任から講評を告げられる。

「筆記考査が全てギリギリでしたが……なんとか進級要件は満たしていました。今春はお仲間とクラシックレースに臨むとのことですが、座学を疎かにしないように。以上です」

「うぉ、オイラやったぞ!」講評の途中からダッツはその場で飛び上がっていた。

 自身の学年末試験のスコアシートを受け取った彼女は舞い戻り、ランから祝福を受ける。

「よかったわねダッツ。アンタだけ落第しちゃうんじゃないかって、みんなハラハラしてたのよ」

「うん、全科目ギリギリだったぞ!」ダッツは喜び勇んでスコアシートを掲げる。言葉通り、赤点スレスレの点数が紙面で躍っている。

「そんな得意げに晒す点じゃないでしょ。でもこれで、チームの皆で揃ってクラシックに集中できるわね」

 春休みを目前にして『窓際クラス』では、学年末に実施された定期考査の結果発表が行われていた。これは次年度への進級判定も兼ねた発表であるため、クラスメイト達が喜色を見せているのは無事各々が進級確定したことへの安堵からだった。

 毎年この時期、トレセン学園からは退学者が多く出る。年度が替わる節目に競走生活をリタイヤする者が多いからだ。その中には成績不振で進級出来ず、競走生活が破綻するため止む無く去る者も少なくない。

 そして窓際クラスと揶揄されるだけあり、シルク達のクラスの平均学力は決して高くない。むしろ合否ラインスレスレの者が多いのが実情だ。座学の不得手なダッツなどはその最たるものといえた。さらに付け加えれば先日の「ブラック下宿事件」で学業に励めず、試験突破を危ぶまれる者も多くいた。よって試験前から、窓際クラスでは落伍者が数多く出るという下馬評が周囲では囁かれていた。

 だが蓋を開けてみれば、今年度末の窓際クラスからの退学者はゼロ。筆記試験はみな進級要件以上の点数を修め、クラス全員無事進級という結果を残していた。

「シルクさんが配ってた“対策集”のおかげで助かったわ」

「そうそう、あれがないと何科目か落としてたよ」

「あれの的中率、凄かったわ。似た問題ばっかり出てドンピシャだった」

 クラスメイト達が口々にそう述べている。教壇のクラス担任には聞こえない程度に抑えた声量で。

 それを耳にして、ランとダッツは友人の手腕に頭が下がる思いだった。

 じつは、窓際クラス全員が試験を突破したのにはからくりがある。試験の数日前、クラスの水面下でとある物が流布した。『学年末試験対策要綱』と銘打たれたその数枚の紙切れには、筆記試験に出題されると目された要点が全科目ぶん羅列されていた。

 これを制作したのはシルクだった。もともとそれは勉強の苦手なダッツを合格させるためのシルク謹製の『問題集』であり、「試験範囲を全てカバーせずとも、最低限の合否ラインをクリアできる」よう、極めてポイントを厳選した想定問題集だった。そしてこれが試験本番で驚異の的中率を発揮しクラスメイトをみな合格せしめたのだ。

 如何にしてこんなものを制作したのか、一同は驚嘆したがシルク曰く「各科目の教師の性格や言動、試験範囲の重要度序列と適当性、問題作成と採点簡素化などを分析すれば、自ずと絞られる」とのこと。

 また、シルクは窓際クラス内でこの対策集が流布されることも黙認した。先のブラック下宿事件が尾を引き、勉学が覚束なくなっていたクラスメイト達への情けもあったのかもしれない。

 詮ずるに、シルクは学年末試験の「予想屋」をやったようなものだ。出題傾向を読み切った彼女の頭脳は、圧巻という他無い。

 窓際クラスの誰もが、一言シルクに感謝の意を述べたかった。彼女の流布した対策集が無ければ落第していたかもしれないのだ。

 だが、この時クラス内にシルクの姿は無かった。

「ランナイジェルさん、同じチームに属しているシルクジャスティスさんにこれを渡しておいて下さい」

 課業後、ランは担任からシルクのスコアシートを託された。こうした書類は本来直接手渡しすべきだが、新担任も着任早々、シルクに関しては匙を投げるつもりなのだろう。

 内容が見えぬよう二つ折りにされた用紙を受け取ると、ランとダッツはちらりとそれを捲った。「見たけりゃ勝手にしろ」と、シルク本人の了承は予め得ている。

「わお、予想通りの好成績ね」

「はえー、国語98点、数学99点、英語96点、政経97点……あんなに難しかった競走史なんか100点。まるで天才だぞ!」

 ダッツが読み上げながら感嘆した。言うまでもなく、シルクの試験点数である。全科目が満点に近く、総合成績は学年トップレベルだった。

「普段あれだけヤンチャして、勉強してるところなんて一度も見たことないのにね。凄いわよアイツ」

「そうだぞ。オイラも鼻が高いぞ!」

 超法規的所業の数々で世間を騒がせているシルクだが、その反面、残すべき結果は残していた。外面だけは擦れた不良に見えるが、曲がった事を嫌い周囲に蔓延る不条理を類稀な智力と膂力で断ずる義賊。そうしたイメージが今のシルクにはすっかり定着している。

 だがそんな彼女の頭の回転の速さや、学園の授業程度は取るに足らない知識の豊富さに、身近なランとダッツはしばしば不思議に思えてならない。いつどこで、あれほどの能力を備えたのだろうかと。

 そしてそれと関連し、最近になってからシルクの様子がおかしいことに、二人は否応無く思い当たる。

 数週間前、学園のトレーニングコースに現れた謎の人物。その人物はシルクと二言三言だけ言葉を交わし立ち去ったが、それからシルクの様子が変わった。平時は冷静で鷹揚に構えている彼女はそれ以来、何かを焦るように気が急いている。

 その証拠に、シルクはクラスに顔を出さなくなった。これまでも授業をサボることはよくあったが、聞くところによると朝から晩までトレーニングに明け暮れているとのことだった。いくらクラシック直前の大事な時期といえ、オーバーペース気味の練習量に思える。この日も朝から姿を見ておらず、前夜にランは試験結果の受け取りを頼まれていた。

 さらに、懐疑を抱く出来事が一つあった。謎の人物と会った後、八谷家の寝室で夜中、シルクがいつになく魘されながら発したうわ言を二人は聞いていた。

「オヤジ、アンタのせいだ──」寝言とはいえ、シルクは確かにそう漏らしていた。

 そこから推測するに、あの人物はもしやシルクの父親だったのだろうか。その父と対面したことで、何らかの動揺がシルクに表れているのではないか。元来、シルクは自分の過去を放したがらない。これまで何度か周囲から尋ねられても、「学園に入るまで自分は流れ者だった」という濁した返答しかなかった。その話したがらない過去には、父親が影響しているのではないか。この数日間で、ラン達はそんな仮説に思い至っていた。

 とはいえそれに関することを直接シルクに訊くのは躊躇われた。本人が話したがらないものを訊き出すのは好ましくないし、第一今の彼女に訊ける雰囲気ではない。

 では代わりに、そのシルクの過去というものをよく知る者ならばどうか。すなわち、シルクの旧友を自認するエリモなら何か分かるのではないか。

 しかしそのエリモもここ数日、シルクにくっついて練習に行ったきり、未だに訊けていなかった。

「っと、もうこんな時間」

 荷物をまとめた鞄を肩に掛け、ランは腕時計を見る。間もなく放課後トレーニングの時間だ。

 この日も学園のグラウンドの使用抽選に当たったので、日没までチーム全員での走り込みが予定されていた。

「行きましょダッツ。シルク達とグラウンドで合流する段取りだから」

「そうだな」

 ランとダッツは教室を出て、チーム・アルルバのクラブハウスでトレーニングウェアに着替えたのちグラウンドに向かう。ちょうどコース利用者が切り替わる時間帯で、グラウンドでは練習を終えて引き揚げる者とこれから利用する者とが入り乱れて混雑していた。

 シルク達はどこだろうかとランとダッツは周りを見渡す。放課後から四人揃ってトレーニングをする予定なのだ。

 だがその直後、怒声が響いた。ランもダッツも、周囲にいたウマ娘みなが驚き振り返った。

 見ると、コース内でシルクが他の生徒達数名と睨み合っている光景が飛び込んできた。

 

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