「もう一度言う。テメエらのコース利用時間はもう過ぎた。次の予約を取ってるアタシたちにグラウンドを空けろ」
苛立ちを滲ませた声でシルクが言う。
相対する五、六人のウマ娘達は、それを聞いて鼻で笑った。
「だからさあ。ウチらのチーム、来週デカいレースを控えてるわけよ」
「そうそう、だから皆追い込みでみっちり練習するのよねえ」
「実績もないアンタらなんかに明け渡すのは勿体無いって言ってんのよ」
けらけらと嘲笑の声が上がる。
そんな両者をエリモが傍らで右往左往しながら見守っていた。
グラウンドで突如勃発した諍いは、どうやら完全予約制のトレーニングコース利用権を巡るトラブルらしい。このコース利用に関しては通算使用歴を考慮した抽選制とされている裏で、重賞勝利経験等を持つ優秀者が優越権を得るという実態があった。これには有力なウマ娘に競走界を振興させるというURAの思惑が絡んでいるのだが、コース利用の公平性が損なわれる原因ともなっていた。それを不服とする新参者と、コース利用の既得権保持者との軋轢はこれまでも繰り返されおり、学園での問題の一つとなっていた。
今まさに、シルクがその問題に一石を投じている場面だった。彼女は、チーム・アルルバの前にコース利用していたグループが時間を過ぎても退こうとしないので、痺れを切らしたのだ。
「お前らコースの利用規則も理解できねえのか。利用時間が過ぎたら交代する、当たり前の事だろう。小学生だって分かることだぞ」
片足を踏み鳴らしながら、シルクは懇々と説く。
言うまでもなく正論だ。利用時間をオーバーしてもなおグラウンドを使おうとする者達が悪い。
だが、相対者たちは引き下がろうとしない。それどころかシルクの言葉を嘲笑うかのように、何食わぬ顔でトレーニングを続行しようとする。
「ふん。問題児がこういう時だけ正論振りかざしてさ」
「昨年、チーム合計重賞七個を獲った私達チーム・メブスタを知らないなんて。ならずものウマ娘は、その辺の空き地で練習してれば?」
彼女らの属するチームは曲がりなりにも一定の競走実績が有るらしい。故に、コース利用の優越権があるものと考えているようだった。規則を無視しておりそこに道理など無いが、これが実績にものを言わせてコースを占有する者の実態なのだ。
因みにチーム名の「メブスタ」はふたご座の恒星(三等星)の名からきているらしい。
「コイツら……」
シルクの額に青筋が走りだした。ここ最近気が立っている彼女は、このままいくと暴発しかねない危うさがあった。
それを見かねたのか、エリモが間に割って入る。
「あの、予約はちゃんと通ってる筈なんです。使用許可証だって、ほら」
一枚の書類を取り出しこわごわと主張する。学園が発行する正規のコース予約証を、メブスタの面々に提示した。が、それはひょいと取り上げられ目の前でくしゃくしゃに丸められる。
「分かんない子だな。優越権のあるウチらが使うって言ってるんだ。雑魚がしゃしゃり出るんじゃないよ」
「そんな。私たちだって練習したいんです」くしゃくしゃにされた用紙を手にエリモが縋る。
「ああもう、しつこいのよ。このおチビさんが」
「きゃっ!」
直後、エリモはその場に尻餅をついた。痺れを切らした相手に突き飛ばされたのだ。軽く小突かれた程度だったが、それを目にしたシルクは反射的に踏み込んでいた。
「てめえ、エリモにいま何をした。エエ?」
小突いた相手の胸倉を引っ掴み、低い声で凄む。
シルクにこうされては、さすがに相手も委縮した様子だった。
「な、なにさ、アンタ達がしつこいから。格下はすっこんで、いい加減コースを明け渡せってのよ」
それでもなお不条理を振り翳そうとする相手に、シルクはもう堪忍袋の緒が切れそうだ。ああだこうだと雑言を吐く相手の眼前で、ゆっくりと拳を振り上げようとする。
周囲が息を呑む気配がした。このままでは取り返しのつかない事になる。
「ジャスティスちゃん、だめ」
だが咄嗟に挿し込まれたエリモの言葉でシルクの手が止まった。
振り返ると、悲愴な目でエリモがじっと見上げてくる。それを見ると、頭に上っていた血がすっと引いていくように感じた。
小さく舌打ちし、シルクは相手を掴んでいた手を離した。それでその場の緊張も幾分かは緩和される。
またか。どうもコイツにはペースを乱される──そばに歩み寄ってきて、いかにも安堵した表情のエリモを見下ろしながらシルクは思った。
エリモがチーム・アルルバに加入して以来、二人が行動を共にする時間は格段に増えた。エリモに対し言い知れぬ苦手意識を持つシルクにとって、それはある種苦労の連続だった。というのも、エリモはシルクの後にくっ付いてくるのだ。それも日常的なあらゆる場面でだ。学園では休憩時間や食事時に必ず会おうとしてくるし、八谷家の二段ベッドはシルクの上の段を陣取った。授業そっちのけで断行する今の自主トレにも欠かさず同行してくる。まるで自分は監視されているのかと思うほどだ。傍迷惑なことこの上ないが、親しみを以て接してくる以上、それを無碍にする程シルクも非情ではない。
しかしまだ短い付き合いだが、分かった事もある。苦手と決めつけている筈のエリモだが、不思議と一緒にいて然程違和感が無い。居心地の悪さを思うほど感じないのだ。それに先程のように、何故かエリモからの言葉は無意識のうちに聞き入れ、従ってしまう場面もこれまであった。
旧友を名乗る怪しいヤツ、という認識は変わっていないが、シルクはエリモのことをチームの一員としては徐々に受け入れつつあった。
「ふん、実績は無いかわりに、野蛮なだけが取り柄なのね。諦めたんならさっさと退いた退いた!」
さっきまで掴んでいた相手に罵られてシルクは我に返る。事態は解決しておらず、トレーニングコースは占有されたままだ。このままでは埒が明かない。
さてどうしたものか。エリモに咎められ一旦冷えた頭でシルクは思案する。
その直後だった。少し離れたコースのスタート地点から、数名のウマ娘が駆け出すのが目に留まる。
チーム・メブスタのメンバーらしい。シルク達の諍いを他所に、勝手に実戦形式でコースランを開始したらしい。目の前を通過し遠ざかるその一団を見て、シルクに考えが浮かんだ。
「テメエらさっきこう言ったな、実績が無いからアタシらにコースは貸さねえと」
「は? だからなにさ」
「なら、今ここで作る。思い上がったテメエら全員ぶち抜いたって実績をな」