マツノたちはその後、渋々グラウンドを後にした。晴れてコースを利用できるようになったシルクたちは、未だ残るギャラリーが囃し立てる中、黙々とトレーニングを遂行した。
「まったく、見てるこっちは焦ったわよ。エリモちゃんが止めてなきゃ、どうなることかと思ったわ」
「ケンカだケンカだ、ってびっくりしたんだぞ!」
練習メニューの合間に、ランとダッツが口を尖らせた。マツノ達との諍いを途中から見ていた二人は、一触即発の事態にさぞ肝を冷やしたようだ。
シルクはばつが悪そうに頭を掻いた。
「悪かったな。でも実績を笠に着てコースを占拠するような連中、のさばらせておけるかよ。誰にでもトレーニングコースを使う権利はあるだろうが」
「それはまあそうだけどね。にしても、あのチームは結構実力派揃いだったわよ。それを負かしちゃうなんて……これまた話題になるわね」
「さすがだぞシルク!」
喧嘩っ早いことを窘めながらも、シルクがエキシビションマッチで勝利を収めたことに二人は心底驚いていた。
メイクデビュー後、徐々に本格化しつつあるアルルバの四人だが、その中でもとりわけシルクは力をつけてきている。その成長度は、やはりあの「父親」との邂逅以降より増したようだった。取り憑かれたようにトレーニングに明け暮れることに懸念はあったが、シルクの競走力向上は身近なラン達から見て疑いようのない峻烈なものだった。
特筆すべきは、シルクの脚質である「差し」が形となってきたことが大きかった。トゥインクルシリーズで通用する脚質を模索してきたシルクは、もとより得意としていた末脚を自らの基幹と定め、これを基に本格的な走法構築に努めていた。思い返せば、峠のレースでチーム・フォーリナのブリッツハーケンを破った時も、今しがたマツノを千切った時も、シルクは末脚で勝負を決めている。
「じゃあ次、いくぞ。位置について、用意、スタート!」
ダッツの掛け声で、シルクが併走トレーニングを始めた。闘争力を鍛えるために一対一で行う練習メニューだ。併走相手はエリモだった。
道中はエリモが先行した。シルクは若干後ろの二番手だ、が、これは末脚を使うため敢えて控えていた。案の定、最終直線で末脚を開放したシルクは、勢いよく外からエリモを抜き去りゴールした。
「やっぱり凄い、ジャスティスちゃん……どんどん速くなっていく」
ゴール後に息を吐きながらエリモが嘆じた。
「タイム、先週から一秒は上がってるよ。その前の週に比べたら、二秒近くも……」
「お前な、いちいち他人に感心してる場合かよ。アタシのことなんかより、自分の走りをちゃんと考えてんのか」
ぶっきらぼうにシルクは突き放した。シルクがエリモに話し掛ける時は、いつもこういう風につっけんどんになる。
「うん……大丈夫。一緒にクラシック、走れるように頑張るから」
それでもエリモは微笑みながら、シルクの小言をその都度やんわり受け止めていた。そして調子を狂わされたシルクがそそくさと距離を置くのがいつもの流れだった。
「けっ、ちょっと飲み物取ってくる」
かりかりした様子でシルクは席を外した。
エリモも小休止しようと芝の上に腰を下ろす。
と、そこにランとダッツが近寄ってきた。
「ねえエリモちゃん」
「あ……はい。何ですかランナイジェルさん」
「もう、その呼び方長ったらしいでしょ。ランでいいってば」
「あ、そうでした……」
「ついでにオイラはダッツでいいぞ!」
他愛もないやり取りをしながら、ランとダッツも腰を下ろす。
するとランがやや声を落して訊ねてきた。
「あのさ。何週間か前に、このグラウンドでシルクに尋ね人があったの、覚えてる?」
「ああ、はい。遠目でよく分からなかったけれど……男の人でしたっけ。どちらの方だったんでしょうか」
「あれね、もしかするとシルクのお父さんなんじゃないか、って思うんだけど」
ランの言説に、エリモは目を丸くした。
「ほら、あれからシルク、急にトレーニングに打ち込みだしてさ。クラシック前だからっていうのは分かるけどオーバーペース気味で──」
それからランは、直近のシルクの異変に関する事情を尋ねた。シルクが席を外している間に、かねてよりエリモに聞きたかった内容を確認しようというのだ。
「──そういうわけで、最近のシルク、なんだか心配なのよね。エリモちゃん、昔のシルクを知ってるんでしょ?」
「……ええ、まあ」
「アイツって、父親と何かあったのかしら。何か知らない?」
「親子ゲンカでも、してるのかなあ」
二人から尋ねられ、エリモは神妙な顔を浮かべた。いつになく真剣で、且つ思いつめた表情だった。
「ううん……どうでしょうね。それにあの時、はっきりとあの男の人の顔を見たわけじゃないの……ジャスティスちゃんのお父さんかどうかは、分からないな」
しばし黙考していたが、エリモはそれだけを言うに留めた。
そっかあ、とランとダッツは肩を落とした。
「うーん、アイツの過去はどうも謎めいてるわね」
「それがシルクのかっこいいとこでもあるんだけどな!」
「今のまま無理を続けて、逆に調子を落したりしなきゃいいんだけど」
直後にシルクが戻ってきた。
「待たせたな、練習再開だ。……なに話してんだ?」
「えっ、ううん」
「なんでもないぞ!」
ランとダッツは気持ちを切り替え走り込みに向かった。
だが、エリモは真顔のまましばらくその場に立ち尽くしていた。
三人が離れたのち、彼女は何か思案に暮れながらぼそぼそと呟いた。
「どういうこと……