正義の名のもとに   作:李座空

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競走界改革宣言(13)

『そも、この問題は発端から話さねばなるまい。

 バブル景気全盛であった数年前、競走界に於いてもバブルというべき一大ブームがあった。地方から中央へ進出し、幾つもの輝かしい実績を残していった一人のウマ娘が残したシンデレラストーリーに、世間は沸き立ち夢を見たことは記憶に新しい。

 それが競走界に大いなる刺激をもたらしたことは、喜ばしいことに違いなかった。その時期より数年間、例年を大きく上回るトレセン志願者やトレーナー等の競走界就職希望者が現れ、URAもこれに迎合して入校枠拡大、学園やレース場の設備・機関拡充等、莫大な資金を用い事前投資を実施した。無論それらは競走界の発展を夢想してのものだった』

 

 中山レース場のホームストレート上に仕立てられた臨時会見場で、黒霧は会見を続ける。時に身振り手振りや声の抑揚を織り交ぜ、見る者に最大の訴求力を与えるように。それはかつて存在した歴史上の独裁者達の立ち居振る舞いを思わせた。

 

『しかし不幸にも、蒙昧なるURAは時流を読み違えたと言わざるを得ない。知っての通り、その直後、この国を永世大不況が襲った。バブルは弾け、多くの企業が経済不況の波に飲まれ、数多の失業者が街に溢れ返った。

 URAとてその影響は免れなかった。夢を信じ行われた過剰投資は、一転して債務と化し重く圧し掛かった。日本各地に点在するトレセン学園やレース場、その他競走関連施設は、資金繰りを悪化させ悉く経営不振に陥った。国からの競走界振興補助金が不況を理由に滞ったことも追い打ちをかけた。

 この負の連鎖は最終的に競走界の現場にまで波及した。学園の収支悪化に伴い、まずバブル期に増えすぎた競走界就業者の人員削減が行われた。この中には競走ウマ娘を直接指導するトレーナーも含まれており、これが更なる不幸を呼んだ。ウマ娘を指導しレース出場要件となるトレーナーが減ったことで、数多くのウマ娘がまともに競走生活を送れず、無為に時間を浪費し、失意の末に競走界を去った。バブル期の特需で参画したウマ娘の半数以上が、一度もレースを経験することなく、望まぬリタイヤを余儀なくされたのだ。URAの放漫経営により、彼女達の崇高なる意志が水泡に帰したことは、余りにも多大な損失といえる。これを不幸と呼ばずして何とするか』

 

 黒霧は厳粛に言葉を紡ぐ。大言荘厳な物言いも相まって、もはや会見というより演説の様相を呈している。

 スタンドの観客も水を打ったように静まり返り、彼の言葉に耳を傾けていた。

 

『今なおURAの収支は慢性的な赤字が続き、経営状況が好転する目処も立たず、その皺寄せを受けた数多くの競走ウマ娘が苦況に喘いでいる。こうしている間にも、不幸な境遇に心を痛め、夢を諦めたウマ娘が一人また一人と競走会を去っていくのが現実である。今まさに競走界は、危急存亡の秋を迎えているのだ。

 これ以上の不幸を増やしてはならない。高邁なる理想に燃えるウマ娘から、レースという輝ける舞台を、これ以上大人達の愚策により失われることがあってはならない。

 ここに至って私は、衰退の一途を辿る競走界の再起を期すべく、常務理事の使命を賭して改革のメスを入れるべきと確信した。これが、競走界に賭博制度を導入する真の目的である』

 

 ふと控え室の外が騒々しくなるのが伝わってきた。

「おい、場内の会見でとんでもない発表をしてるぞ!」

「寝耳に水だ、向こうにカメラを回せ。大至急だ」

「こいつは特ダネだぞ!」

 報道陣の慌ただしく行き交う気配が伝わってくる。後に分かることだが、この放映は全国のレース場及び所定のテレビチャンネルで全国放映されていた。

「これ、どういうことなの。賭博化って……」

 懸念を滲ませた表情で、映像を見ながら誰へともなくランが呟いた。

 それに答える者はいない。

 ダッツは理解が及ばないようで、困惑のままに周囲の顔色を窺っている。

 エリモは目を見開いたまま、言葉も無く立ち尽くしていた。

 八谷と島原は既に心の準備を済ませていたように、真顔で映像の中の男を見下ろしている。

 そしてシルクは、気張るように息を吐き、握り締めた両拳を震わせはじめた。

 

『賭博化に際しては、ウマ娘のレース体系と似通う「競艇」、「競輪」、「オートレース」等を参考モデルとする。既成のノウハウを有するこれら公営競技を基に、ウマ娘のレースに適した投票制度を構築する。URA及び、外部有識者・専門家から成る諮問機関による試算では、勝ちウマ投票券の導入により、URAの年間収支は導入初年度より黒字回復が充分見込まれる。

 また、決して勘違いしないで頂きたいのは、賭博制度導入後も、管轄する農林水産省の指導の下、トゥインクルシリーズは厳正な公営競技として執り行われ──』

 

 まだ演説の途中だったが、何かが拉げる音に控え室の一同が振り返った。

 見るとシルクが、憤然とした様子で手にしたドリンクボトルを握り潰していた。ボトルから飛び散った液体が彼女の勝負服を汚していたが、お構いなしといった風情で画面に向けて唸り声を上げている。

「何なんだこりゃ……どういうつもりだ、あの野郎!」

「わっ、シルク落ち着くんだぞ、落ち着いて……」

 ダッツが混乱し、とにかく場を取り繕おうと言葉を発した。

 アナタもよ、とランが背後でさり気なく口添えする。

「わ、分かってるぞ。でも、でもさ。今の発表ってどういうことなんだ。シルクのお父さんが話してるトーヒョーケンとかトバクとか、オイラにはさっぱりだぞ!」

「要するに、競艇とか競輪みたいなギャンブル制度をウマ娘のレースにも導入して、URAの収入源を増やすっていってるのよ」ランが嚙み砕いてダッツに説明した。「バブルが弾けて以降、URAの赤字額が凄いって話、以前からニュースでよく流れてたでしょ」

 分かっているのかいないのか、ダッツは曖昧な表情で頭を揺らしている。

 しかしURAの赤字云々の話は事実だった。永世大不況以降、収支バランス悪化による競走界存続危機の噂はあった。それを打開すべく、競艇や競輪等の賭博システムを流用するという与太話もまことしやかに囁かれていた。

 とはいえ、まさかそれがURAから正式に発表されようとは。

 黒霧の発した宣言は、アルルバの四人に相応の衝撃を与えたらしかった。シルクの父が会見で面前に立つほどのURA上級幹部であることも驚きだった。突飛な話にまだ実感が伴わない。

 それでも分からないなりに、気付くこともあった。

「……それじゃあ、なに? シルクのお父さんは改革によって、競走界を守ろうとしているの?」

「じゃあ、いいヤツってことなのか?」

 そう、宣言の内容はともかく、黒霧は競走界を再興させる口ぶりだった。大仰な演説方法も相俟って、是非はあれども世間に「ウマ娘の未来のため一席打った革命の徒」というインパクトを与えただろう。

「競走界を守る? いいヤツ? 違う、そんなんじゃねえ!」だがそれにシルクは真っ向から反論した。「アタシは知ってるんだ。オヤジは競走界をただ金儲けに利用することしか考えちゃいねえ。アタシらウマ娘をダシに私腹を肥やそうとしているだけだ!」

 憤激を露わにしたシルクに一同の視線が集中する。

「いいかよく聞け」息継ぎで肩を揺らし、興奮した面持ちで彼女はさらに続けた。

「賭博化で確かにURAの金は増えるかもしれねえ。例えば今日のダービーなら十万越えの客入りだ。世間が注目するレースだから来場客はみな贔屓のウマ娘の投票券を買おうとするだろう。加えてオンラインで場外発売でもやれば相当の売上が見込める。的中者への還元率にもよるが、固まった利益は出るだろうさ。

 だが考えてみろ。賭博化をするってことは、レースを走るアタシらウマ娘が賭けの道具にされるってことだ。人間で言えばまだ未成年の女を金欲まみれのギャンブルの駒にしようってんだぞ。倫理的に考えて、どうみてもおかしいだろうが。こんな話が通れば、アタシらのレースの世界に災いが降りかかるぞ。

 金が絡む物事にはとかくトラブルが付き纏う。昔、野球賭博ってのがあった。野球選手に金を握らせ買収し、特定の賭博参加者が有利になるよう勝敗を操作した、いわゆる八百長ってやつだ。この手の話は賭博の歴史を掘り起こせばわんさか出てくる。

 こういう問題はイタチごっこでキリがない。無くそうとしたって絶対無くせねえ。何故なら賭博ってのは人間の射幸心を煽る毒だからだ。ニュースや新聞で昔からよく見るだろう。ギャンブルに全財産を突っ込んで破滅したり、依存症になったり、挙句の果てに暴力沙汰まで起こす奴らを。その毒で倫理観の狂った連中からすれば、八百長なんて造作もないんだ。

 賭博化は、競走界にもそんな毒が蔓延する危険性を孕んでるってことだ。選手の買収や、それに関連した後暗い事件や事故も起きかねない。競走ウマ娘つったって、大半がまだ世間を知らない未成年の女だ。薄汚え連中がその気になれば幾らでも付け入る隙がある。籠絡するのはわけもねえ。そうなりゃもう滅茶苦茶だ。ウマ娘のレースの世界が、くだらねえトラブルで穢されちまうぞ!」

 一息に捲し立てられ、アルルバの他の三人は表情を曇らせた。自分達にも実害があるかもしれない──正義の不良児としてそれなりの修羅場を潜ってきた故の、説得力を感じさせるシルクの言説に圧倒されていた。

「アタシらが命をかけて走るレースを、カネを遣り取りする為のギャンブルショーに仕立てられ、アタシらはその見世物にされ、場合によっては勝敗すら弄られる。そんなのまるで家畜じゃねえか。アタシらはウマ娘なんだぞ。こんな馬鹿げた話がまかり通ってたまるか!」

 ひとしきり非を打ったシルクは、相当頭に来たのか、額に幾条も青筋を立てていた。総じて悲観的観測が過ぎる云いようだったが、賭けの対象にされる身で考えれば納得出来る言い分であり、気分のいいものでないのは当然だった。

 のっぴきならない未来予測を聞かされ、ランたち三人はすっかり及び腰になってしまったようだ。一連の話を聞いたダッツは、キャパオーバーしたのか、今にも泣き出しそうな顔のまま硬直している。

「ならどうしてシルクのお父さんは、賭博化なんてしようとするのよ。自分の娘だって競走界にいるのに……」

 やっとの思いでそう尋ねたランに、シルクはけっ、と息を吐いた。

「言ったろ。賭博化すりゃURAには金が舞い込む。これが軌道に乗れば、その金の廻る中心に座るのがオヤジだ。競走界が無法地帯になろうが、ヤツは金さえ得りゃ何だっていいんだ」

 それにな、とシルクは忌々しげに付け加える。「ヤツはアタシを娘だなんて思っちゃいねえ……」

 意味深に呟かれた言葉に、ランも、硬直していたダッツも、そしてエリモも我に返ったように反応し、シルクをじっと見据えた。

 突如集中した目線に当惑したのか、これ以上は語りたくないと言いたげにシルクはそっぽを向く。

 三人が父親との関係を問いたがっているのは明らかだった。それを感じたからシルクは目線を逸らしたのだ。今までも彼女は過去に纏わる話をしたがらなかった。今ここで父に関する事を話せば、過去を晒すのは避けられない。

 だがここで思わぬ方向から呼び水が差される。

「話してやってもいいんじゃないか」

 今まで静観していた島原が、顎髭を揉みながら口添えしてきたのだ。

 普段、干渉してくることの殆どない担当トレーナーの唐突な介入にラン達三人は瞠目し、八谷は見定めるように腕組みする。

「何だよオッサン。どうでもいいだろ、オヤジのことなんか」

 シルクはむきになって反論した。「父のことを話せ」と直接言われたわけでもないのに、自ら墓穴を掘ったことにも気づいていない。

 島原はそれに構わず、気圧すように続けた。

「クラシックが始まってからこっち、みんなお前を心配してたんだぞ。思い詰めて、無理に追いこんで調子を落して、ずっとカリカリしてるお前のことをな。見えないところでフォローされてたの、気付いてたか? ランもダッツもエリモも、同じチームの信頼できる仲間なんだろ。話してやったらどうなんだ。でないと余計な心配されて、これからもっとやりにくくなるぞ。変に抱え込まず、ここらあたりで吐き出しちまった方がイイと俺は思うがね」

 彼の言いようにはいつもの昼行灯の感は無く、懇々と言い聞かせるような響きがあった。加えて、どことなくそれ以上の反駁をさせない強制力も滲んでいた。

 ここまでに心身ともすっかり疲労していたシルクは、反抗する気を削がれ、しばし口を噤んだ。二、三度首を振り、床に目線を落とすと長い溜息を漏らす。

 観念したらしかった。そして準備をしているようだ。どこから何をどう語るべきか、心の中で組み立てているのだ。

 

『──たった今この中山レース場で行われた日本ダービー。競走界最高峰とも目されるレースを、熱き血潮を滾らせ疾走する彼女達の姿に、誰もが心に震えるものがあっただろう。

 ウマ娘。彼女たちは走るために生まれてきた。ときに数奇で、ときに輝かしい歴史を持つ別世界の名前と共に生まれ、その魂を受け継いで走る。それが彼女たちの運命。いまこそその意味を再考する時である。

 夢と希望を一身に受け、走り続ける彼女達の脚を止めてはならない。URAを代表し、ここに私、黒霧は全力で改革に取り組む意思を宣誓するものである。競走界の永遠の繁栄を紡ぐため、どうかこの真意を理解されんことを──』

 

 背後でまだ続いていた演説は締めくくられ、同時にモニターの電源がひとりでに落ちた。

 一同が固唾を呑む中、ぱん、と両手で自分の頬を張ると、おもむろにシルクは語り出した。

 

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