正義の名のもとに   作:李座空

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さまようものたち(9)

 合宿所から下りてきたところの河原沿いには、ランニングロード以外にもアスレチック広場があった。サッカーコートを四分の一にしたほどの広さに、ブランコやジャングルジム、鉄棒などの遊具が点在している。広場は河原に面していて、水深が浅いので遊泳も可能らしい。

「きゃー、冷たい!」

「あっ、さかないるよ、さかな!」

「膝まで浸かっちゃったー!」

 子供達は公園に着くなり河原で水遊びを始めた。この日は快晴で気温が高い。涼をとれる遊びはこれ一択だ。

 アルルバの四人もそれに交じって相手をした。

「おりゃ、ふんすい攻撃くらえ!」腕白なダッツはのっけから水かけ合戦に混ざっている。

「うきゃあ!」「ダッツねえちゃん、オトナゲねー!」子供達には好評らしい。

「ダッツ、私にまで水掛けないでよ。ああもう、やったわね!」濡れるのは勘弁だと見ているだけだったランも、いつの間にか巻き込まれて河原に足を突っ込んだ。周囲の子達からも攻撃され早速ずぶ濡れになっている。

 エリモは傍らで、釣り竿を持って来た子達の相手をしていた。

「わー、引いてる、引いてる。これは大物かも!」

「エリモねーちゃんも手伝ってよ。早く!」

「う、うん」

 年下相手にもおどおど接する姿は、彼女が小柄なことも相俟って、どちらが年長者なのか分からなくなる。

「あまり深いところまで行くなよ」

 シルクは適度に水遊びに加わりつつ、全体を見守るように視線を巡らしていた。昨年、この子供達は水難事故に遭いかけている。それ以降、河や水自体がトラウマになっているのではと懸念したが、今の様子を見る限りさしたる心配は無いようだ。

 その心配を汲み取ったように、子供達の中から一人の少年が近付いてきてシルクの前で低頭した。おそらくグループのリーダー格だろうか。背丈があり、子供達の中で最も大人びた面差しの少年だ。

「あの、シルクねえちゃん。去年は迷惑かけて本当にごめん」声変わり途上の声で、彼は申し訳なさそうに告げる。

「なんだよあらたまって。謝罪なんか去年散々聞いたぞ」

「でも、あのあと学園とかで叱られたって聞いたし……こいつらや、合宿所にいたウマ娘のねえちゃん達も危ない目に遭わせたから。あの日、雨が降り出してからすぐに引き揚げればよかったのに、おれ、大丈夫だって甘くみて探検を続けてさ。それからどんどん雨足が強くなって、戻ろうとしたら河が氾濫してて。おれがしっかりしていれば……」

 話すうち、彼の目元はみるみるうちに潤んでいく。子供グループのリーダーとして、水難事故に責任を感じているようだ。

 いつの間にか、周りで遊んでいた子たちも遊ぶ手を止めておずおずと成り行きを見守っていた。皆揃って思うところがあるのだろう。

「んなこと気にすんなよ。あの時救助を手伝ってくれた連中は、端から諸々のリスクを承知でやったんだ。お前らがキチンと反省してるなら、これ以上謝ることなんてねえ」

「でも……」

「かぁーっ、いつまでもしょげてんじゃねえ」シルクは少年の背を力強く叩いた。「お前ら全員無事だったんだからそれでいいだろ。ガキのくせに変に気ぃ遣ってんじゃねえ。しみったれた話はやめて、ガキはガキらしく遊べ」

 ニヤリと笑みを浮かべたシルクは水面に屈み、ダッツの水撒き以上の猛攻を仕掛けた。再びキャッキャと歓声が上がる。

「うわ、っぷ。……ありがとう」リーダー少年もそれで気持ちが救われたのか、遊びの輪に戻った。

 こんな地方住みの子供達相手にも意外な求心力があるシルクに、ラン達はあらためて瞠目する思いだ。不良を装いながら正義を貫く彼女のマインドは、このように各所で支持を集めているのだ。

 エリモも目を細め、子供達の中心ではしゃぐシルクを見つめている。

 

 

 小一時間はしゃいだのち、一同は差し入れされたスイカを切り分け皆で食べた。地元で採れたてのもので、よく熟しており甘みがある。ダッツなどはおかわりをしようとして、子供達から窘められていた。

 早々に食べ終えたリーダーの少年が、何かを見上げてじっと佇んでいる。

「何を見ている?」気になったシルクが声を掛けた。

 いや別に、と少年は向き直ったが、少ししてから躊躇いがちに口を開いた。

「去年おれ達、この川の向こう岸に取り残されたんだけどさ。向こう側の山に『アレ』があるのかな、って思って」

「アレ、って何だ?」

「向こう岸の山の中にね、古い廃墟があるって噂なんだ。廃墟マニアも知らないマイナーなものなんだって。去年おれ達はそれを見つけようと探検してたんだ。結局、見つけられなかったけどね」

 シルクは少年につられて河の向こうに目を向けた。そういえば去年救助活動をした時もそんな話を聞いた気がする。その時は気に留めなかったが、今は何か引っかかるものがあった。

 件のスコップ男──彼は連日、河の向こうの山手に分け入っていくのを目撃されている。それを合宿所では、埋蔵金を盗掘しているとか、遺体を埋葬している等揶揄されていた。あの男と、少年がいう山中にあるらしい廃墟。もしかしたら何か関連があるのだろうか。

 まさかな、とシルクは頭を軽く振った。真偽不明な情報をあてにした思いつきの推測に過ぎない。それでも一度考えだすと気掛かりだ。どういうわけかあのスコップ男の事を考えると頭の中がざわつく。

 ここ最近、シルク達はスコップ男を見ていない。浜野が口添えしてくれたのか、合宿所には「不審者に注意」の貼り紙が各所に掲示されるようになった。それと逆行したようにスコップ男の目撃談は急減している。まるで向こうがこちらを警戒したかのように。

 合宿に集中出来るのだからそれは当然良いことの筈だった。

 筈なのだが──。

「シルクねえちゃん?」思い詰めるような様子を不安がったのか、少年が呼び掛ける。

 あぁ、と我に返ったシルクが曖昧に応じた時だった。

「根掛かりしちゃった」「どうしよー」

 釣りをしていた子供たちが騒ぎ出した。スイカを食べながら交替で竿を垂らしていたようだが、釣果が無く仕切り直そうとしたところ釣り針が水底に引っ掛かったらしい。

「引いても取れないよう」

「待っててー、あたちが取ってくるから」

 ああだこうだと騒ぐうち、腕白そうな少女が川に足をつけて釣り針が引っ掛かったポイントへ向かう。無理に引き戻すと釣り糸が切れてしまうので、直接回収しようというのだ。

 膝上まで水に浸かりながら、少女は根掛かりのポイントに到達した。屈み込み、釣り針を水底から取り除こうとする。

「あ……」

 危険を真っ先に察知したのは釣り組を見守っていたエリモだった。河の上流から、流木が迫ってくるのを認めたのだ。

「危ないよ……木が!」立ち上がって声掛けする。しかし根掛かりを取るのに夢中で少女は気付かない。そのまま流れてきた流木が少女の足を攫った。

 きゃあ、という短い悲鳴。水がはぜる音。

 少女は流木に足を取られ河の中で転んでいた。それも間が悪く水深が増すエリアへと転んだため、水底に足を着けられず藻掻きだした。突然の出来事にパニックになっている。

「た、助け……!」

 少女の切迫した声で異変に気付き、一同が振り向いた。

 昨年の悪夢が頭をよぎって青ざめる子供達。

 唐突な展開に愕然とするランとダッツ。

 責任を感じたのか、エリモは河の中へ救出に向かおうとする。

「お前ら動くな!」それら全てを制するように、シルクが大声で叫んだ。「アタシが行く!」そしてトレーニングウェアのまま一点入水で飛び込む。

「ちょっ、シルク!?」

「た、大変だぞ!?」

 慌てるラン達を尻目にシルクはクロールで流れゆく少女目指し泳いだ。

 自信はあった。実家にいた頃、父から施された習い事の一環で泳法を習得していた。それにウマ娘である自分の膂力なら溺れた子供を掬い上げ、何とか岸まで辿り着く目算もあった。

 実際、鋭い泳ぎでシルクはものの数十秒で少女のもとに到達した。水中で藻掻き苦しむ少女を水面へ抱え上げ、とにかく第一に息を吸わせる。

「大丈夫か」

「げほっ、けほ、……ご、ごめんなさい、おねえちゃん」

「んなことはいい」

 少女を小脇に抱え、シルクは素早く周囲を見回す。思ったより遠くまで流されてしまった。河の流れが速い。

 この先の下流は岩が増えて蛇行し、水流も激しさを増す。早めに岸に上がらねば、またこの少女に怖い思いをさせる。

 遥か前方の下流に狙いを定めた。流域の中まで突き出した岸がある。少しでも早く河から上がらねば、消耗する一方だ。

「あそこで岸に上がるぞ、もう少し頑張れ」

「う、うん」

 昨年の今年で、また水難事故などあってなるか。必死に足を漕いで岸を目指す。

 ところが直後、何かに全身を引き戻される感覚で仰け反った。頭が水に浸かり、ごぼごぼと口から息が漏れる。

「!?」

 振り向くと、尻尾が水中の岩に絡まっているではないか。

 こんな時に。シルクは内心舌打ちした。こうした事態を予防するため、ウマ娘の水泳時には尻尾を纏めることが推奨されている。しかし今回は救助のための緊急入水でそこまで気が回らなかった。

 このままだと身動きが取れず危険だ。水中の岩を蹴り、尻尾を解放しようする。何度か蹴ってもびくともしないので、渾身の力で弾き出す。何とか岩を退かして解放された。

 だがこのロスで岸に届くかどうかが危うくなった。少女を抱えながら、浪費した体力で辿り着けるかどうかは瀬戸際だ。

「くそっ」

 がむしゃらに足を漕ぐ。次第に太腿から下の感覚が麻痺してくる。

 ダメか、と思いかけたその時だった。

 目指していた河岸で何かが動いた。その影は、背から細長いものを取り出すとこちら目掛けて差し出してきた。これを掴めと言わんばかりに。

 誰なのかを確かめる余裕もない。シルクは遮二無二に手を伸ばした。やっとの思いで差し伸ばされたものを掴む。硬質な感触がした。そのままぐいと引っ張られる格好で、河岸に打ち上がった。

「ぜえ、ぜえ、げほっ、げほ」

 シルクも助けた少女も水を飲み込んだようで、身を屈めて何度も咳をした。息を整えるのに時間がかかる。それだけ必死だったのだ。

 なんとか助かった。誰だか知らないが、手助けが無ければどうなっていたか分からない。礼を言わねば。

「すまねえな。助かっ……」

 直後、感謝の言葉を云おうと見上げたシルクは、びくりと身を竦めた。

 目の前で、逆光を背にしたごま塩頭の男が立ち尽くしていた。もはや代名詞として囁かれている、例の大きなスコップを手にしたまま。

 シルク達を助けたのは彼だった。彼がスコップを差し伸ばして、シルク達を引き揚げたのだ。

 唐突な邂逅に、さすがのシルクもしばし言葉を失った。

 スコップ男の方も、目を見開き、口を小さく開けたまま、放心しているように見える。

 奇妙な空気が十数秒間、両者の間に流れた。金縛りにあったように互いに硬直していた。

 だがシルクは見た。当初は無表情にみえたスコップ男の表情が、徐々に変化していくのを。彼は悲愴に顔を歪め、震える声でぼそぼそと何かを喋った。

 その瞬間、シルクの頭にツンと鋭痛が走った。思わず頭を両手で押さえる。

(なん、だ、これは──)

 その隙を見計らったように、男がスコップを引き摺りながら後ずさっていく。たどたどしい足取りで河の土手を登っていき、やがて見えなくなった。

「シルク! 大丈夫!?」

「二人とも無事かー!?」

 対岸を走ってきたラン達が、大きな声で呼び掛けてくる。その声で、頭痛が薄れて我に返った。

「あ……ああ。大丈夫だ」

「あたちのせいで、ごめんなさい……」

 助け出した女の子がわあっと泣き出したので、シルクは抱きしめて宥めてやった。

 そうしながらも、先程スコップ男の呟いた言葉が頭にこびりついて離れない。異様な動悸もする。

 ──シルク、ジャスティス。

 ──君モ私ヲ、恨ンデイルノカ。

 ──許シテクレ──。

 ごま塩頭は、怯えた目でシルクにそう云ったのだ。

 そして同時に思い浮かんだことがある。それはあのスコップ男と間近で向き合った際に突如湧き上がってきた、全く思いも寄らないことだった。

 見たことがある。アタシはどこかで、あの男を見たことがある──。

 

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