咲-Side Story-B【凍結】 作:松実宥
校舎の窓に水滴が滴るのをやめない季節、梅雨。阿知賀女子麻雀部はインターハイへと向けて練習に励んでいたが、自分達の練習が正しいのか不安が募り、気持ちに翳りが生じていた。
灼「久しぶり。どうしたの?」
やえ「聞いたぞ、鷺森。赤土プロのマネージャーになったらしいじゃないか」
灼「うん、そう」
やえ「……。プレイングに未練はないのか?」
灼「ない、けど……」
やえ「けど?」
灼「残してしまったチームメイトの皆が心配」
やえ「練習ぐらい見に行けば良いだろう」
灼「それは出来ないとおも」
ふと、小走やえに光明が差す。電話口の為にやえの顔は見えないが、やえは含みのある悪そうな笑みを浮かべていた。
やえ「王者の私に任せろ」
灼「……?あぁ、この前の新人プロの大会では優勝おめでと」
やえ「それではない、けど……ありがとう。あと、うちの弟子も連れて、阿知賀に練習に行かせてもらう」
灼「弟子?練習に来てもらえるのは、玄達も喜ぶとおも。分かった、日程とかはそっちの都合もあるだろうから、連絡取り合って決める事にしよ」
やえ「あぁ、宜しく」
灼「こちらこそ。じゃあ、また」
やえ「ん、また」
やえが携帯の電源ボタンを押して、通話を終えると背後に人の気配を感じて振り返る。特徴的な髪型、主張の弱い胸部をおもちの女性ー宮永照がそこにはいた。
照「奈良に行くの?」
やえ「あぁ、困ってるみたいだし。それに弟子の育成もあるしな」
照「弟子……、ふむ。その遠征、私も同行しよう」
やえ「一応言っておくが、楽しい事は多分ないからな?」
照「お菓子があれば良い」
やえ「はぁ……京太郎に何か作っておいて貰うか。それの対価として、指導という名目で奈良に連れて行くか」
照「泊まる場所はやえの実家で良い?」
やえ「いや、そうすると京太郎が一緒なのは困る。そんな話が表に出ようものなら、はは…先輩プロに文字通りハコにされてしまう」
照「そう……それは残念」
やえと照はお互いのスケジュールを確認し、須賀京太郎に日程の都合を確認調整させて、灼に伝える。
玄「そうなのです、ドラさんのコントロールが出来るようになったのです」
松実玄復活より、数十数日経った阿知賀女子麻雀部の部室での事。玄が能力について仲間に説明していた。
憧「なにそれ、ずっこい。でも、制限とかきつくなってたりしないわけ?」
玄「ふふん、制限なくなったのです」ドヤァ
穏乃「だからドラを切った次局でも、玄さんの手牌にドラがあったんですね」
憧「ちょちょ、ちょっと!それ、反則みたいなものじゃない」
部室の扉の窓に人影が映る。鷺森灼はドアを開けられずにいた、贖罪なのかお節介なのかも分からず、ただ拒絶されるのだけは不安で。赤土晴絵の名前を呟く、勇気を貰う。
穏「あら、たさん?」
灼「皆、久しぶり」
憧「どうしたの、灼。ほんとに久しぶりだし」
灼「今日は良い話を持ってきた、正直私が関わって良いかも分からなかったし、贖罪って訳でもないんだけどね。……、小走プロとその弟子が阿知賀に練習しに来てくれる事になった。お節介だとか迷惑だと思うかもしれない、けど何か、何かしたいって思ったから」
言葉が所々詰まる。プレイングに未練がある訳ではない、けれどたった一年間といえど、想いや苦楽を共にしたチームメイトに後ろめたさがなかった訳ではない、大切なチームメイトだったのである。
玄「灼ちゃん。誰も怒ってなんてないよ。だから、辛そうな顔はやめよう?はい、ハンカチ」
灼「玄……。玄が一番怒ってると、苦しんでると思ってたのに」
玄「私はひとりぼっちじゃなかったのです、いつも周りに誰かいてくれたのです。だから、今はもう大丈夫なの。今の私には味方しかいないから」
憧「玄……」
穏乃「玄さん……」
灼「ありがとう、玄。でも、ちょっとだけハンカチ借りるね。憧も穏乃もありがとう」
ハンカチで頬に流れた涙を拭う。玄が卓上の牌から四枚裏返して、軽くシャッフルする。穏乃が一枚引き、続いて憧も引く。
玄「灼ちゃん、麻雀しよう!」
残りの二牌から一枚、灼が選び取る。そして、玄が最後の一枚を掴み、表にする。『東』、と描かれているのを掴んだのは玄だった。