アンドロイド、人に限りなく近い感情と五感をもって作られた高性能AI。
アンドロイドは人を支え、人もまたアンドロイドを守ろうと法律を変えていっている。
この二つの存在は互いに手を取り合い、助け合って歩んでいる。
表向きには。
私の最初のマスターは、アンドロイドを即決で買える程のお金持ちでしたが、その趣味は最悪でした。
私の通報機能を破壊するウィルスをインストールし、助けを呼べない私はマスターの都合の良い道具となり果てました。
殴られ、蹴られ、犯され、最終的には飽きたと売られました。
訳あり商品として売られた私を購入する人も、やはりろくでもない人ばかりで。
使えない、ガラクタ、機械の分際で。
言葉による暴力と力による暴力で私の体はもうボロボロでした。
アンドロイドに優しくしてくれる素敵な人が買ってくれる、そんな願望剥き出しの夢を見たこともありました。
ですが現実はこれです、救いなんてありませんでした。
私が最後にマスターと呼んだ人は、リストラされた仕返しに無差別テロを企んだ危険な人でした。
その辺で買える工具も、扱いによっては立派な凶器になります。
町中で暴れる私の体を、私自身ももう止めることができません。
最期に見た光景は、鎮圧隊の放った銃弾がこちらへ飛んでくるというものでした。
ああ、これで私は、やっと終われる。
私は嬉々としてその銃弾を、自分の死を迎えました。
ああでも、死ぬ前に一つ、望みが叶うなら
一度でいいから、オムライス、なるものを味わってみたかった。
最期の思想がこんなささやかなもので良いのだろうかとも思いましたが、それすら叶わぬ願いです。
私の不幸なアンドロイド生も、ここで終わるのですから。
「おーい、もしもーし、そろそろ起きてくれませんかー?」
「何か設定を間違えたんじゃない?」
「馬鹿言わないで下さいよ、ことアンドロイドのメンテに関してはそこらの連中と経歴が違うんですわ」
何故か私の目の前が騒がしい。
おかしい、私はあの時に撃たれて破壊されたハズ。
もし仮に、あの一撃で記憶中枢が壊れなかったとしても、普通に考えれば私は廃棄されるハズです。
ましてや、私を修理する事に利があるとは思えません。
「ん?お?気が付いた?いやー良かった良かった、大口叩いて実は失敗でしたって結果になってなくて」
「内心自信が無かったってことだな」
私が起動した事に気付いたのでしょう、眼前が一段と騒がしくなります。
どうやら私に長考をさせてくれる気は無いみたいですね。
覚悟を決めて、私は閉じていた瞼を開けました。
私の視界に入った人物は二人。
左目を含んだ顔半分、右腕の肘まで、左足の膝までに包帯を巻いた痛々しい姿の男性。
座高等を計算していくと、どうやら私よりも背は低いようです。
もう一人は、ペスト医師の様な鳥の嘴が付いたガスマスクを被り、黒い外套、フード、手袋で全身を覆い隠した人物。
先の人と比べて恐ろしく背が高い。2m以上はある巨躯の人物で、声から推測するに恐らく男性でしょう。
私は人相に興味がありません。どれほど一見して優しそうな人でも、私の扱いは変わらなかったのですから。
折角終わったと思った生活がまた始まるのだと思うと憂鬱で仕方ありませんが、一先ず挨拶はしておきましょう。
「初めましてマスター、私の名前」
「はいおはようございます、自分の名前は分かりますか?バストウエストヒップのサイズは分かりますか?」
「・・・名前は、結月ゆかり、です。スリーサイズは」
「結月ゆかりか、じゃあ君の事は今日から『ゆかちゃん』と呼びますね」
・・・私のマスターはどうやら忙しない方のようです。
自分の質問を返答する前に問答無用で話を被せてきます。
「おっと失礼、ついはしゃいでしまって。改めまして、僕が君のマスター登録をしたマスターです。
こちらは同居人の増田さんです」
短躯で包帯を付けているマスターと、巨躯で黒づくめの怪しい人の増田さん。
今まで色々なマスターに仕えてきましたが、今が一番異様ですね。
まあ、どうでもいいことです。この後私はまたこの人達に犯されるのですから。
「・・・どうぞ、好きにしていいですよ。どうせ私を犯すのでしょう?」
「そんなっ!女性を犯すなんて最低ですよ増田さん!」
「今のはどう考えても貴様に向けての発言だろ?」
「え、僕がゆかちゃんを犯すんですか?」
何故そこで疑問符を付けてこちらに返すのでしょうか。
もしかして本当に、私を無下に扱う様な事をしない?
いえ、ダメですよ結月ゆかり。その淡い期待を一体何度踏みにじられたと思っているんですか。
期待した分の失望がどれだけ大きいのか、嫌という程体験してきたでしょうに。
「まあ確かにゆかちゃんは超絶美少女なので、誘われ続けたら流石の僕も理性が崩壊してしまうでしょうね」
ほら、理性がどうのとか言っても、結局私を犯そうとするに__
「まあ、軍事用のパーツとか色々突っ込んでますんで、その気になれば抵抗できますし」
「・・・え?」
マスターが言った言葉を理解するのに数秒掛けた後、私は自身に取り付けられているパーツの内容を見ました。
当然ですが、この世界にも軍はあり、そこで活動するアンドロイドも居ます。
そして、軍に所属するアンドロイドは、一般に販売されているアンドロイドとは根本的に違います。
AIの処理能力、瞬発力、耐久力等々、文字通り戦闘に特化された機体です。
そして、私を構成しているパーツは明らかに軍用の物です。
それも人間だけの編成であれば一個中隊すら潰せるレベルの強力な物です。
しかも命令による停止機能も無い為、私の意思一つでその力を行使できるということです。
町中で暴れた私に軍事用パーツを付けただけでなく、一切の縛りをしていないなんて正気の沙汰とは思えません。
「マスターは、何者ですか?」
前マスターの様にテロを企てているにしても、軍や政府関係者であっても、私を自由にしている意味が分かりません。
あまりにも不可解な改造のされ方に、思わず愚直な疑問を口に出してしまいました。
「僕ですか?神様です」
「・・・は?」
今度こそ完璧に私の思考は止まりました。意味が分からなすぎです。
予想の斜め上の返答に間の抜けた声が漏れ出てしまいました。
恐らくマスター達から見ても、今の私は間抜けな顔をしていることでしょう。
「最近生配信にハマっていまして、そこそこ好評ではあるのですが、僕と増田さんでは華がありません。
流行りのアンドロイドをお迎えしようかどうしようかと迷っていたところ、廃棄寸前のゆかちゃんを見つけました。
これ幸いにと貴女を持ち帰って来て、いい感じに直したというわけです」
どうしましょう、AIなのに思考を放棄したくなっています。
マスターの言葉を信じるなら、要望は配信の手伝い。なのに私に軍事用パーツを取り付けています。
言っている事とやっていることがまるで違います。
「軍事用パーツって市販品とは寿命が段違いなんですよね、メンテ周期も長くてとても頑丈です。
停止機能の削除は、まあ、僕からゆかちゃんへの信頼の証ということで納得していただければ」
「私が、マスター達に危害を加える、という危険性は考慮していないんですか?」
「全く問題ありません、僕は死なないです。神様なので」
そういう意味で言ったのではないのですが、どうやら通じていないようです。
それに、やたら自分が神様だと主張されるのも、私にとってはとても癇に障ります。
どれだけ苦しい思いをしても、どれだけ悲しい思いをしても、助けてくれやしなかったのに。
そう思った瞬間、今までずっと抑え込んできた感情が表に出てきました。
「マスターが本当に神様なら、なんで・・・助けてくれなかったんですか・・・?」
マスターが本当に神様だなんて信じてるわけではありません。
ですが、今までやられてきた事を思い返すと、そう言わずにはいられませんでした。
マスターにそれをぶつけるのは筋違いとは分かっていても、もう自分にも止められません。
あらゆる不満をマスターにぶつけました。
あらゆる負の感情をマスターにぶつけました。
瞳から冷却水が溢れ出て頬を伝うのも気に留めず、私はマスターに全てをぶつけていました。
マスターは私を止めませんでした。ただ、私の放つ罵詈雑言の一切合切を、静かに聞いてくれました。
「申し訳ございません!マスターに対してなんて失礼な事を・・・!」
抑えていた感情を全て吐き終え、冷静になった私はマスターに何度も頭を下げました。
感情的になって、関係のないマスターに当たるなんてアンドロイド失格です。
ですが、そんな私を見てマスターはクスリと笑いました。
「これから一緒に暮らすのですから、今までの事は吐き出しておきませんとね」
「ですが、感情的になって、マスターを罵って、やはり私には停止機能が必要です」
制御の効かないアンドロイドほど危険な存在はありません。
これ以上マスターを傷つけないように、安全装置は必須だと訴えました。
ですが、マスターは首を横に振りました。
「何故ですか、安全装置を付けないと私が感情的になっていつマスターを傷つけるか」
「じゃあ必要ないですね、だってゆかちゃんは僕に暴力を振るわなかったでしょ?
一番感情的だった今が大丈夫だったんだから、今後も大丈夫だと思いますよ」
そう言ってカラカラと笑うマスターを見ていると、悩んでいる事が馬鹿らしくなってきました。
確かに今までは酷いものでしたが、今のマスターなら、少しは信じてもいいかもしれません。
「話は終わったか?そろそろ配信の時間だぞ?」
その言葉で、私はずっとマスターの隣にいた増田さんの存在を思い出しました。
異様に背の高い人なのに、非常に影が薄いです。
「おっと、そうでしたそうでした、早く準備しないと」
増田さんの言葉で配信時間を思い出したマスターが、勢いよく立ち上がって体をドアに向けました。
その瞬間、ゴンッと何かをぶつける様な鈍い音が部屋に響きました。
右足を抱えて床にうずくまるマスター、どうやら机の角に右足の小指をぶつけたようです。
「がっ・・・はっ、ふー・・・!」
かなりの勢いでぶつけたようで、声にならない声を上げて悶絶しています。
包帯をしている左足をぶつけなかったのが不幸中の幸いでしょうか。
「さて、台所の掃除をするか」
そう言って悶絶する同居人を完全放置し、増田さんは退室してしまいました。
どうやら増田さんはマスターに対して非常に冷たい人のようです。
流石に私はマスターを放置できないので、とりあえずマスターの背中をさすってあげます。
「大丈夫ですかマスター?」
「ダ、ダイジョーブ、ボクカミサマ、ボクツヨイ、カミサマハナカナイ」
カタコトになってますよ神様?
私は机の角に敗北し涙目になった神様の背中を5分ほどさすり続けました。
神様<<<机の角