8話後のマスター視点のお話です。
眠るゆかちゃんの手を握り続けるマスターは・・・
すやすやと寝息を立てて眠るアンドロイド、結月ゆかり。俺は彼女に[ゆかちゃん]の愛称を付けた。
悪夢にうなされる彼女を安心させる為に、俺は彼女の手を握り続けている。
悪夢に追い詰められ、眠る事に恐怖する気持ちは痛いほど理解できる。
その苦しみが少しでも和らげれば良いと思っていたが、予想以上に効果覿面だったようだ。
彼女の頭をそっと撫でる。
少しゴワゴワになっている髪の毛の感触に、思わず眉をひそめる。
折角の綺麗で艶のある髪なのだ、毎日手入れをして最高の状態に仕上げてあげたい。
だが、彼女と一緒にお風呂に入るにはまだ信用が足りていない。
今後の課題だなと、そっと息を吐いた。
穏やかな顔で眠る彼女の顔は、とても愛らしく美しい。
いつまでも見ていたいと思うのは俺だけではないハズだ。
そう思っていた時、彼女がへにゃりとだらしなく笑った。
(ああもう、ホントに可愛いなぁもう!抱きしめてやろうか!?)
平然を装っているが、内面はこのざまである。
正直なところ、初日の時点で割と決壊寸前だった。
自分の可愛さを頼むから自覚してほしい。
何よりヤバかったのは配信中の抱き付き返しだ。
(絶対意識してないだろうけど!胸を顔に押し当てるのはダメでしょ!
「僕を誘惑する時に使いましょう」とは言ったけどさぁ、ホントにされるなんて思わんでしょ!)
控え目ながらも、確かな弾力と柔らかさのあるそれを押し当てられるのは色々と刺激が強すぎる。
あれが配信中でなければ、ホントにゆかちゃんに手を出していたかもしれない。
男女が同じ屋根の下で暮らすには、信頼関係が不可欠だ。強姦魔と同じ空間で過ごしたいと思う様な子はいない。
だからこそ、この辺りのデリケートな問題は特に気を回している。
だが、俺も一人の男として限界があるというのも理解してほしい。
(はぁ~全く、俺の理性が崩壊したらどうするつもりですかこの可愛い生き物は結婚しちゃいますよホント?)
恐らく、俺が強く言えばゆかちゃんは拒否できない。言われるがままお嫁さんになってくれるだろう。
だがそこには彼女の意思は無い。彼女の意思を尊重したいので、出来る事なら両想いになりたい。
その気持ちに気付かせてくれたのは増田さんだが、同時に自分の劣情にも気付かされた。
いや確かに、早いうちから把握しておきたい増田さんの考えも分かるけどさ・・・。
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「それで、君はゆかちゃんの事をどう思っているんだい?」
ゆかちゃんが入浴の為に退室した後、増田さんが身を乗り出して質問してきた。
しかし、どう思っている、とはどういう事だろう。
とりあえず首を傾げてみれば、「無自覚かー」と呆れた声を出された。
「君、最後のアイスをゆかちゃんに食べさせた時、間接キスさせたの、覚えてない?」
「・・・・・・・・・」
はい、言われて気付きました。マジじゃん!
可愛いリアクションしてたからそのまま口に入れたけど、完全に間接キスじゃん!
いや俺も気付いてなかったけど、ゆかちゃんも何で気付いてないの!?
「ゆかちゃんが迂闊なのは今日一日で十二分に理解できたけどさ、僕が気になったのは君の行動だよ。
君は子供や生徒、要は庇護対象が相手だと、豊富な知識と経験を活かして完璧な言動ができる。
相手が本当にそんな事を望んでいるのか、と思う様な事を察知できる能力は感服する程だよ。
でも、君のさっきの行動は庇護対象にするものじゃない」
「・・・俺の中でゆかちゃんが庇護の対象じゃなくなった、と?」
「端的に言えばそうなるね。
それ自体をどうこう言うつもりは無いよ。今までも何度もあったからね。
だけど君は、相手が妻や彼女、自分が甘えられる存在ができると途端にポンコツになる。
それで相手に幻滅された事が今まで何度あったことか」
やれやれと肩を竦めながら首を横に振る増田さん。
何か言い返そうとするも、言葉が出てこない。悔しいが増田さんの発言は正しい。
自分が保護者や教師になるのは簡単だ。相手が理想とする存在を演じればいいだけだからだ。
だからこそ、相手に素の自分を見せてしまうと、その乖離から幻滅される事が多い。
結局彼女達は、俺自身ではなく、俺の演じる偶像を好きになっているに過ぎないと気付かされる。
「僕は君が傷付く姿を見たくない。だからこそ、君の考えを聞いておきたいんだ。
もう一度聞くよ、君はゆかちゃんをどう思っているんだい?」
増田さんの言葉に、俺は改めてゆかちゃんについて考える。
彼女の事を可愛いと思っているのは事実だ。
感情の変化で表情がコロコロ変わるのも、一つの事に集中して周りが見えなくなる抜けている部分も愛らしいと思う。
だが、それが果たして恋愛としての感情なのかと言われると、決定打に欠ける気がするのだ。
うーんと唸る俺を見ていた増田さんが首を傾げる。
「そんな難しい事かな?じゃあ、ゆかちゃんが見知らぬ男と一緒に歩いていたら?」
増田さんに言われ、その情景が脳裏に浮かぶ。
当たり前の事を嬉しいと喜ぶ、無邪気な笑顔。それが自分以外の男に向けられている。
無意識に眉が寄り、右腕に力が入ってしまう。
その変化を見ていた増田さんが大きく頷いた。
「決まりだね。キミも自覚できたようで何よりだよ」
「・・・増田さんは俺の事を理解し過ぎです」
「当然でしょ、どれだけの付き合いだと思ってるのさ」
独占欲が強くて器量が狭い自分自身が嫌になる。
寄った眉を必死に戻しながら増田さんに文句を言ってみる。
なのに、当然だ、なんて即答で言われたらそれ以上言及なんてできない。
相変わらず増田さんはズルい。
「さて、君の本心が分かったところで次の議題、の前に一度劣情を吐き出した方がいいと思うよ」
「・・・何のことでしょう?」
「君、先の配信の件で随分と心拍数が上がってるんじゃない?ゆかちゃんに思い切り抱きしめられてたし」
いやいやいや、いくら長い付き合いでも限度ってもんがありますよ。
他人に自慰のタイミング指摘されるなんて恥ずかしいなんてレベルじゃないんですが。
・・・でも、増田さんが指摘するレベルで自分がムラムラしているのも事実、ここは素直に従っておこう。
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あの時の増田さんの助言を聞いててホントに良かった。
まさか、あの後に沈んだゆかちゃんを救助する事になるなんて思ってなかった。
彼女の裸体を見るどころか、体を拭いて着替えまでさせる事になるなんて。
事前に劣情を吐き出していなければ一体どうなっていたことか。
(増田さんに感謝しないといけないな)
幸せそうな顔で寝るゆかちゃんを微笑ましく見ながら、心の中で増田さんに感謝をする。
この笑顔を穢さなくて良かったと思うと同時に、どれだけ経験を重ねても性欲に振り回される自分が嫌いになる。
モヤモヤとした気分を溜息で吐き出しながら、眠るゆかちゃんを眺める。
本当に可愛いなあ、いつまでも眺めていられる。そう思いながらフフッと微笑む。
が、いつまでも、という言葉に、ふと現在時刻を確認する。
(5:54・・・6時前!?)
予想外に経過していた時間に思わず変な声が出そうになる。
まさか、本当に夜通し彼女の寝顔を眺めているなんて思わなかった。
早く寝ないと、そう思うも、握った彼女の手を離す事を名残惜しいと思ってしまう。
葛藤すること5分程、俺はゆっくりと手の力を抜いて彼女の手からスルリと抜ける。
彼女の手をそっと布団の中に仕舞い込み、音を立てない様に部屋から出た。
平時は規則正しい生活をする、それが増田さんとの約束だ。
日付が変わる時間には寝ること、7時間は睡眠をとること、一日三食しっかり食べること。
最初に聞いたときは「母親か!」とツッコミを入れたけど、これは全て自分のためを思っての提案だ。
ゆかちゃんを寝かしつけるという名目でギリ有事にならないかなとも思ったが、嘘を吐いたら後が怖い。
一瞬考えた言い訳を振り払いながら、明かりが漏れるリビングのドアをそっと開く。
朝食の仕込みをしていた増田さんが、その音を聞いて振り返った。
「随分と遅かったね。ゆかちゃんはそんなに寝つきが悪かったの?」
「いやぁ、寝つきは良い方だったんですが、ゆかちゃんの寝顔を見てたらつい・・・」
「え?まさか今までずっと寝顔を見てハアハアしてたの?気持ち悪っ」
「増田さん、泣きますよ?」
増田さんは警戒状態の時よりも、素の方が辛辣だ。
まあ、今回に関しては完全に増田さんが正しいので文句も言えない。
軽く睨んでみても、増田さんは肩を竦めるだけでキッチンに戻っていった。
俺は何を言うでもなく、ダイニングの椅子に腰を下ろす。
少しして、増田さんがカップを片手に戻ってくる。
寝る前の一杯、これが一日の終わりの一つの区切りだ。
音もなく置かれたカップの中を見る。ミルク入りのコーヒー。色合いから見ればコーヒーの割合がかなり多い。
寝る前に出される一杯には意味がある。コーヒーなら「話がある」ホットミルクなら「早く寝ろ」という具合だ。
この場合だと「寝ろと言いたい時間だが、まだ話したいことがある」という意味になる。
「こんな時間だけど、話したいことが多くてね。君には悪いけど、時間を作ってもらえるかな」
「議題がある事は事前に言われてましたし、こんな時間になったのも自分のせいですから。時間は作りますよ」
「ん、ありがとう。それと、これから話す内容は『
増田さんの声色がとても申し訳なさそうなものになる。
正直言って、今でもその名前を聞くだけで心臓がズキリと痛む。
だが、ゆかちゃんに関する議題で、唯一の比較対象である
新しいアンドロイドを迎えたのだ、過去とちゃんと向き合って克服しなければ。
「大丈夫ですよ増田さん、ゆかちゃんを拾った時に覚悟はしていました」
「うん、すまないね」
会話の区切りと共に、コトリと目の前にシュガーポットが置かれる。
これから入れられる角砂糖の数が、そのままこれから語る議題の数になる。
1つ、2つ、3つ、4つ・・・全部で4つか。いや多いな!?
そんなに語る事があったかなと思いながら、スプーンでコーヒーを混ぜていく。
増田さんが座るのを待って、コーヒーを一口飲む。増田さんが作ってくれる物は、どれも愛情が籠っていて美味しい。
飲み物に口をつけるのが話し合い開始の合図だ。待ってましたと言わんばかりに増田さんが口を開く。
「それで、なんでゆかちゃんを拾ってきたのさ?今までアンドロイドを敬遠してきたのに」
先程とは打って変わり、とても楽し気な声色の増田さん。うん、予想通りの質問だ。
それはそうだ、今まで
増田さんからすれば、一番疑問に思っていた事だろう。
「偶々目に入ったから、って言ったら信じますか?」
「今まで頑なにアンドロイドを避けてきた君が、その程度の理由で彼女を拾ったとでも?
目に入っただけじゃなくて、君の琴線に触れる何かがあったと思うんだけど」
さすがですね増田さんは。俺の事を本当によく知っています。そう思いながら、当時の事を思い返す。
あの日、俺は配信を手伝ってくれるような子と会いたいと外を散策していた。
その時に見つけてしまった。怒号と悲鳴と金属音が響く現場の中心にいた彼女を。
今際の際に思考された「オムライスを食べてみたかった」という切ない願いを、俺は聞いてしまった。
「オムライス食べてみたいって何だよぉ!死ぬ直前の思考がそんなのってあんまりだろう!
来いよぉ、好きなだけ美味い物食わせてやるからウチ来いよぉってなるでしょうよぉ!」
「君のそういう性格、稀に鬱陶しいと思うけど基本的には好きだよ」
机に顔を突っ伏しながらバシバシと叩き、増田さんに当時の感情をぶつける。
その時の感情が同情か憐れみかさえ定かではないが、とにかく彼女を助けずにはいられなかったのだ。
それを聞いてる増田さんも何だか楽しそうだ。
「・・・随分と嬉しそうですね」
「君がアンドロイドに進んだんだ、嬉しそうじゃなくて、嬉しいんだよ」
そういう事を平然と言うのだ。自分も照れてしまう。
それに、俺がアンドロイドに手を差し伸べたという事実は、過去のトラウマを乗り越えた証でもある。
それを思えば、増田さんの喜びも大袈裟では無いように感じた。
増田さんはそれ以上何も言わなかった。
議題の答えに満足したようなので、カップに残っていたコーヒーを飲み干す。
机に置いたカップに、増田さんが2杯目のコーヒーとミルクを入れる。次の議題だ。
俺がカップに口を付けると同時に、増田さんの雰囲気が険しいものへと変わった。
「ゆかちゃんは、本当にアンドロイドなの?」
「・・・俺が彼女を修理してたところは増田さんも見てましたよね」
2つ目の議題も予想通りだ。
増田さんが言いたい事は分かるが、俺はあえて言葉通りの質問に対する回答をする。
当然だが、増田さんがそれで納得などするわけもない。
この回答は、ゆかちゃんを警戒対象として見てる増田さんに発言の主導権を渡すためのものだ。
「
自分の過去の理不尽な八つ当たりに始まり、食事への執着、一つの事に集中すると周囲の状況が見えなくなる並列処理の脆弱さ。
何より、衣類を渡すときに遠慮という名の命令拒否をした事。僕の知るロボット三原則が何一つ守られていない。
アンドロイドのハズなのに、言動があまりに人間に寄りすぎている」
増田さんの言葉に俺も大きく頷く。可愛くはあるけれど、彼女はアンドロイドらしくない。
それは、長年
思考関連の部分は一切触っていないので、この言動は彼女の元来のものだ。
「彼女だけが特殊なのかと思っていたけど、デパートで君が助けたアンドロイドもマスターの制止を無視して走り出していた。
ゆかちゃんだけじゃなく、アンドロイド全般が人間の命令を絶対的な物ではないと認識してるって事だ。
これが仕様だと聞いてるけど、そもそもここまで精巧に人間の感情を模したアンドロイドがオーパーツ過ぎる。
会社のトップが異星人か未来人かと思う程度に、ここだけ技術の発展度合いがおかしい」
「これを作った人は現代を生きてる人間ですよ間違いなく。
ただ、彼が過去に類を見ない大天才だったってだけです。
本物の天才が、その生涯をアンドロイドに費やした結果が現在の状況というわけです」
「君の情報収集能力は相変わらずだね。
しかし、その人は優秀なんだろうけど、周りに合わせるのが絶望的に下手だね。
周りだけが突出してるせいで、技術も法律も置いてけぼりになってる」
「昔から天才なんてそんなものですよ。周りに合わせるのは単に少し賢いだけの人です」
過去の偉人の逸話なんかを聞いていると、その言動を理解されてない事が多い。
アンドロイドを開発したこの人も例に漏れず、誰にも理解されない様な人生を歩んできたのだろう。
しかし、この人の半生は本当に興味深い。
真の天才がアンドロイド開発に人生を捧げたらどうなるか、という問いの模範解答の様だ。
「だとしてもだよ、マスターと呼称している人間の命令を聞かないのは製造上の欠陥じゃないかな。
言われて、
初期の頃「承知致しました。これを着用すればよいのですね」
中期の頃「マスターはこのような系統の服装が好みなのですね。衣類購入時の参考にします」
後期の頃「こういう衣類を脱がせるのが好きなんですね。今夜はこの服装でお部屋に向かいますね」
違うよ
あ、嘘ですごめんなさいスケベ心2割くらい入ってます。その恰好で来てくれるとめっちゃ捗ります。
・・・っと、いけない。
首を横に振る俺の姿を見て、増田さんが心配そうに口を開く。
「僕が何より恐れているのは、君がアンドロイドに裏切られないかという事だ。
君にとってアンドロイドは聖域のような扱いだし、僕もアンドロイドは安全域の様な位置付けをしている。
だからこそ、アンドロイドが裏切るという前例を作りたくない」
これが増田さんがゆかちゃんを警戒している理由だ。
俺も増田さんも、アンドロイドの言動に関しては
マスターの言葉を絶対視していた
今後ゆかちゃんがどう考え行動するのかは分からないが、その可能性が消えない限り、増田さんはゆかちゃんの前で素の口調になることはないだろう。
「だからこそ、一歩引いたところで増田さんが警戒してくれるんでしょう?」
「本来は君が一番警戒するところなんだけどねぇ」
おっと、イイハナシダナーで終わろうとしたらとんだ地雷だったぜ。
増田さんの声が棘のあるものに変わってしまったので、急いでコーヒーを飲み干す。
溜息を吐きながら肩を落としている増田さんには申し訳ないが、わざわざ説教の時間まで作る気はない。
気を取り直した増田さんが次のコーヒーを淹れてくれる。
いや、もうミルクの割合の方が多くなったからコーヒー牛乳だなこれは。
「昼間に接触した男、彼に名刺を渡したって事は、何か特別な意味があるって事だよね?」
「そこまで考えて行動してるわけじゃないですよ。ただ気になった相手と繋がりを持っておきたかっただけです」
「君はそんな軽率な行動をする人間じゃないでしょ。今更隠し事はナシだよ」
「・・・確定ではありませんが、彼は将来、人とアンドロイドを繋ぐ架け橋の様な存在となる、そんな可能性があります」
漠然とした回答に増田さんが首を傾げる。
まあ、この件に関しては何を言っても増田さんが納得できる回答はできないと思う。
「君が権力者と縁を結ぼうとするなんて珍しい。どういう心境の変化だい?」
「アンドロイドの幸せを願う同志と仲良くなりたいと思っただけですよ」
「・・・ホントにそれだけなんだ。へぇー」
何ですか今の「へぇー」は?
ガスマスクしててもニヤニヤしてるのバレバレですからね!
「・・・というわけですので、あまり気にする必要はありません」
「じゃあ、そういう事にしておくよ」
これで3つ目の議題も終わりだ。
さて、最後の議題だな。しかし、一体何の議題が残ってるんだ?
「夕方の配信で、ゆかちゃんが闇サイト出身では?って書き込みがあったよね?それについて教えてほしい」
なるほど、これは確かに知っておいた方が良い。
ゆかちゃんの半生にも関わった内容だ。早めに共有しておこう。
「その前に増田さん、ゆかちゃんを開発した会社についてどの程度知ってます?」
「・・・日本に本社を置き、主要国に工場を構えていてアンドロイドのシェアを独占している大企業だったね。
限りなく人に近いアンドロイドを、の理念から、膣や肛門まで完全に再現してて大多数の人をドン引きさせていた。
好感度パラメータという、俗に言うエロゲーやギャルゲーの様なシステムを内蔵していて、その数値で態度が変わるとか」
そう、このあまりに拘り過ぎた設計が彼女達の苦悩の原因だ。
確かに、パートナーになれば愛情表現の一環として性行為を行いたいとなるだろうが、
それを標準装備として売り出すのは流石に理解に苦しむ。
「後は、購入時とアンドロイド起動時にマスターの網膜を撮影してデータベースで管理、
アンドロイドを無下に扱った人はブラックリストに登録されて、購入を拒否されるとかかな。
全部テレビの受け売りだけどね。じゃあ、君の仕入れてきた情報を教えてよ」
俺はコクリと頷いた。
それだけ分かっていれば事前知識としては十分だろう。
「ブラックリストに登録された人はアンドロイドを購入できない。そういう人たちにアンドロイドを売る組織を纏めて闇サイトと呼称しています。
通報機能を破壊するウイルスを開発し、アンドロイドをどれだけ無下に扱っても問題無い状態にしているのです」
「けどそれだと、ゆかちゃんが何人もの相手に売買されてきた説明がつかないよね?
第一、アンドロイドへの暴力って、自家用車を足蹴にしてるようなものでしょ?行動原理が意味不明だよ」
増田さんの疑問は至極当然だ。
高い金を出して購入した物を粗末に扱うのも、折角買った物を直ぐに売り払ってしまうのも理解し難いだろう。
だがここに、このふざけたシステムの根幹がある。
「増田さん、2年前に起きたアンドロイドによる殺傷事件を覚えていますか?」
「勿論、あんな衝撃的な事件忘れるわけないよ。確かそれもアンドロイドを闇サイトで購入した事が発端だって話だったけど」
「そうです、そのアンドロイドは、
「・・・?」
意味が分からないと増田さんが首を傾げる。
「好感度50、期間3ヵ月まで保証、これはゆかちゃんの闇サイトでの説明文の一つです」
「・・・ああ、なるほどね。理解したよ。じゃあ、
「はい、だからこそ闇サイトの子達は頻繁に売買され、無下に扱われるのです」
そう、好感度か保有期間を超えた場合、アンドロイドはその保有者を殺すようにプログラムされている。
期間のリセットは組織でしか行えない為、必然的に彼女達は数ヵ月の単位で購入と売却を行われる。
だからこそ、連中は下手に彼女達の好感度を上げない様に無下に扱うのだ。
「でも、たったの数ヶ月で手放さないといけないんじゃ購入費用が割に合わないんじゃない?」
「雑に扱って良い人型の性処理用具として考えると、実は安い方だったりするんですよ」
「そういうものなのかな」
「ついでに言えば、闇サイトの存在を会社側は重く見てますが、行政機関は闇サイトの摘発に消極的です」
「・・・ヤバイ思考の連中がアンドロイドで発散するおかげで、人間への被害が減ってるからかな?」
「正解です。事実、ここ数年の女性の性被害は低下傾向にあります」
特殊な性癖を持ってる人種にとって、それを遠慮なくぶつける事の出来る闇サイトのアンドロイドは貴重な存在だ。
そして、その性癖を溜め込まず発散できるおかげで、人間側への被害を減らすことができる。
行政にとっては都合の良いサンドバッグとして機能しているというわけだ。
「けどその子達って盗品でしょ?それで警察が動いてないのってどうなのさ?」
「全体で見れば、連れ去られたアンドロイドの数なんて知れてますよ。第一、盗品だけで商品を回せるわけありませんから」
「じゃあ、購入した人から買い取ったり?」
「正規品のアンドロイドは高価ですよ。二束三文で売る人なんてそうそういません」
「けど、ゆかちゃんはそれで売られたんじゃないの?」
「実を言うと違います。
闇サイトの大半のアンドロイドは、製造過程で落とされたパーツを横流しされて組まれた、キメラアンドロイドなんです」
工場では、規格から外れた製品はNG品として廃棄される。その中には、普通に使える製品が幾つもある。
それらを横流しして現地で組まれ、生まれたのが彼女達だ。規格から外れていようと、最低限の動作ができるなら問題は無い。
そして彼女達は、自分の起動と店での購入をイコールで紐付けているため、お金持ちに買われて即座に売られたと勘違いしてしまうのだ。
「保有期間を設けたのは、定期的に商品を回収する為。
好感度の方は、アンドロイドへの嫌がらせ、みたいなものでしょうかね」
商品を回収するだけなら、保有期間だけにプログラムを施せばいいだけだ。
わざわざ好感度に上限を掛けた理由は、良い扱いなんてさせないという彼女達への嫌がらせだろう。
これを組んだ人間は、間違いなくアンドロイドを敵視している。
「その爆弾を抱えたアンドロイドを保有してしまったが故の事件か。やるせないね」
「怪しいところから精密機器を買うなって教訓でもあります」
「確かに。ところで、肝心のゆかちゃんの爆弾についてだけど」
「俺がそんな彼女を曇らせるだけのシステムを残してると思います?」
「聞くまでもなかったね」
これで最後の議題も終わりかなと、残ってるコーヒー牛乳を飲み干していく。
しかしその最中、増田さんが声を掛けてきた。
このタイミングで声を掛けてくるのは非常に珍しい。
「君がゆかちゃんを保有してる以上、闇サイトに関連する連中との衝突は避けられないと僕は思ってる。
君がその時にどう行動をするのか、考えていた方が良いよ」
答えるまでもない。俺達の健やかな日常を脅かす気なら、こちらも容赦はしない。
カチャリと空になったカップをソーサーに置けば、増田さんがそれを回収していく。
本日の話し合いは終わりだ。いい加減に寝なければと、俺は寝室に移動する。
「あ、そうだ。君もゆかちゃんの事が気に入っているなら、相応の
ゆかちゃんが君をどう思うかは分からないけど、君の気持をちゃんと伝えてみても良いんじゃない?」
増田さんが首だけ横を向けてそうアドバイスしてくる。
確かに、そういうのは必要かもしれない。
俺はコクリと頷き、リビングを後にした。
寝室に戻り、ベッドの横の引き出しを開ける。
未開封の精神安定剤の瓶の蓋を開けながら、先程増田さんに言われた事を思い返す。
(贈り物、か。ゆかちゃんならどんな物でも似合いそうだけど、何が良いかな。
ブレスレット・・・うーん、手錠を連想させてしまいそうだ。同じ理由でチョーカーもナシだ。
イヤリングは・・・ちょっと弱いかな、目立たなそうだし。
・・・ネックレス。うん、これが良い。これにしよう。さて、後は素材だけど__)
空になった瓶をゴミ袋に入れながら、どんなのが贈り物が良いかと思考を張り巡らせる。
(どうせなら高価な物が良い。でも、ダイヤやプラチナだとゆかちゃんが付けるのを躊躇いそうだ。できるだけ常備してほしい。
それなら__うん、あれが良いかも。ちょっと手間が掛かるけど・・・。
・・・そうだ、ついでに増田さんの分も作っちゃおう。いつもお世話になってるサプライズ。驚いてくれるかな)
やるべき事は決まった。後は実行に移すだけだ。
俺は鼻歌を歌いながら、体に巻いている包帯を取っていった。
マスターもちゃんと男の子です。