結月ゆかり「私のマスターは自称神様」   作:またたび日和

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新しい朝が来た
希望の朝だ


9話 新しい朝

スリープモードが徐々に解除され、私の意識は現実へと戻ってきました。

時期的に日の光はまだ差し込んできませんが、とても気持ちの良い目覚めです。

大きく伸びをして、多量の空気を取り込みます。

動いても体が痛くない、息をしても臭くない、白くべたつく液も付着してない。

初めて経験する、とても清々しい朝です。

 

(とっても気持ちの良い朝ですね)

 

今までと比べ物にならない良質な目覚めに、その生活を提供してくれたマスターに改めて感謝します。

私がぐっすり眠る事ができたのも、彼が手を握ってくれたおかげです。

思いながら右手をさすります。まだ彼の体温が残っている様な気がして__

 

(・・・え?ほ、ホントに残ってる!?)

 

私の右手には、確かに彼の体温が残っていました。

誇張ではなく、彼は一晩中私の手を握り続けてくれたようです。

胸の奥が熱くなり、嬉しさで涙さえ出そうになります。

 

(現在時刻は・・・6:00・・・まだ起きてるでしょうか?)

 

右手に残った体温から逆算すれば、彼は本当に直前までここに居て下さったようです。

彼が寝る前に、一言お礼を言いたいですね。

手早く着替えを済ませ、リビングへと向かいました。

 

 

 

 

リビングからは明かりが漏れていて、誰かがそこにいるのは明白でした。

マスターは起きてるでしょうか。

私はドキドキしながら、リビングのドアノブに手を掛けました。

 

リビング、ダイニングには誰もおらず、奥のキッチンでは増田さんが調理中です。

リズムよく刻まれるキャベツかレタスと思しき物の小気味よい音に耳を澄ませていると、増田さんが振り返りました。

 

「おはようゆかちゃん」

「おはようございます増田さん。えっと、マスターは・・・?」

「先程寝室に向かったところだ」

 

どうやら入れ違いになってしまったようです。残念。

マスターへのお礼は彼が起きてからですね。

 

「とりあえず一杯淹れるか。座って待っていてくれ」

「あの、増田さん、私もお手伝いしますよ」

「気にする必要は無い。これは全て私が趣味でやっている事だ」

「趣味・・・?」

「ああ。これは当番ではなく、私が自分の意思でやっている。故に皿洗いやキッチンの清掃も私の範疇だ。

後片付けや定期清掃を他人に手伝ってもらって、それを趣味とは言えんだろう?」

 

確かに増田さんの言う事も一理ありますが、そもそも趣味でここまで美味しい料理が作れるものなのでしょうか。

調理場は増田さんに一任してもらった方がいいのでしょう。そう思いながら、ダイニングの椅子に腰掛けます。

少しして、目の前に置かれたのはコーヒーのカップでした。

 

「紅茶の一件からゆかちゃんは甘めの物を好むと見て比率を調整してみた。改善して欲しい点があれば遠慮なく言って欲しい」

 

カップの中身は、ミルクの分量がかなり多いコーヒーです。

昨日の紅茶で私が甘い物好きと分かったので、この配慮は嬉しいのですが、

欲を言えば、味が変わる前のブラックコーヒーも飲んでみたかったです。

流石に用意して下さった増田さんに失礼が過ぎるので、それを口に出すことはしませんが。

 

「いただきます」

 

そう言って、ゆっくりとカップを口に付けます。

砂糖の甘さ、ミルクの濃厚さ、そしてコーヒーのものであろう、ほろ苦くも香ばしい香りとコク。

それらが絶妙に混ざり合い、見事に調和しています。

この味、とっても気に入りました。後で比率を聞いておきましょう。

 

「今は茶請けが無くてな。お八つ時にはそれに見合う菓子を作っておこう」

「本当ですか?ありがとうございます」

 

三食の美味しい食事に加え、おやつまで頂いてしまってよいのでしょうか。

もっと遠慮をすべきなのでしょうが、美味しい物の誘惑には勝てません。

おやつを作ってくれる約束に上機嫌になりながら、私はコーヒーを飲み進めます。

一方の増田さんはテキパキと朝食の準備を進めています。

朝ごはんはマスターが起きてきてからになるのでしょうか。

 

「マスターはしばらく起きてきませんよね」

「そのうち起きてくる、問題ない。

しかし、アイツから夜更かしの原因を聞いたが、ゆかちゃんの寝顔を見ていて気付いたらこの時間だったそうだぞ」

「ふぇっ・・・!?」

 

驚きのあまり、持っていたカップを落としそうになりました。

ずっと手を握っていてくれたことは何となく分かりましたが、まさかずっと寝顔を見られていたなんて。

恥ずかしさに顔を赤くする私を一瞥もせず、増田さんは肩を竦めました。

 

「聞いたときは思わず気持ち悪いと本音が出てしまってな。事実その通りと思ったのかアイツも何も言い返せなかった」

「・・・・・・」

 

増田さんの口調は何だか昨日よりも上機嫌な気がしましたが、その口から紡がれるのはマスターを見下す様な罵倒の言葉ばかり。

確かに、一晩中寝顔を見られるのは恥ずかしいです。ですが、ずっと私を心配して、手を握り続けてくれていたのです。

そう思うと、段々とお腹の奥からどす黒い怒りの感情が湧き上がってきます。

 

「・・・めて・・・やめてください!マスターを悪く言わないでください!」

「・・・む?」

「確かに寝顔を見られるのは恥ずかしいですが、マスターは私に寄り添ってくれていたんです!それを__」

「・・・驚いたな。一日で随分とアイツに好意的になったものだ」

「え・・・?・・・っ!」

 

増田さんに言葉を遮られて数秒して、私は顔面蒼白になりながら口を手で塞ぎました。

いくらマスターを罵倒されたとは言え、同居人である増田さんに対して声を荒げてしまうなんて。

私は直ぐに謝罪の言葉を述べようと口を開きますが、その前に増田さんが手を前に出して、私の発言を制止させました。

 

「アイツの事を悪く言われたと思ったから、声を荒げたのだろう?なら、謝罪は不要だ。

私も、このレベルの罵詈雑言は日常的だと認識していた故、ゆかちゃんの心証まで気が回らなかった。

どうやら私も、アイツがアンドロイドを連れ帰った事実に気分が高揚していたようだ。すまなかった」

 

そう言って頭を下げられると、私の方が困ってしまいます。

逆に謝罪を受けるなんて思いもしませんでした。私は必死に増田さんに頭を上げて下さいと頼みます。

謝罪を終えて朝食作りを再開した増田さんを見ながら、改めて先程の言葉を思い返します。

先の発言には、増田さんのマスターに対する遠回りな愛情が込められている。そんな気がしたのです。

 

「その、増田さんはマスターの事が、す、好き、なのですか?」

「好きと一口に言っても様々な意味合いはあるが・・・私の場合はそうだな、犬猫を可愛がるような、そんな感覚か?」

「犬猫って・・・マスターが聞いたら怒りますよ」

「間違いなくな。アイツが口を尖らせている様が目に浮かぶ」

 

確かに容易に想像できますが、犬猫扱いは酷いと思います。

マスターだって人間なんですから、せめて親兄弟的な扱いでも・・・あれ?

でもマスターの言っていた事が本当なら確か・・・__

 

「けど、増田さんはマスターとご結婚されて夫婦になっていた、のですよね?」

「一時の気の迷いというやつだ。今は夫婦ではない」

「なんで離婚したのか、理由をお伺いしても・・・?」

「お互いに夫婦をやっていて、何か違う、と互いに思ったからだ」

「何か違う・・・?」

「我々の関係や気持ちは夫婦と呼べるものでは無かった、それだけだ」

 

この感情を一言で言い表すのは難しいなと言いながら、増田さんは包丁をふるっています。

お二人の関係は中々複雑なようですね。マスターの仰っていた[腐れ縁]という言葉が、やはりしっくりくるのでしょうか。

 

「しかし、結婚の事も話していたとはな。私に対して他に何か言っていたか?」

「えっと・・・増田さんも神様で、自分は増田さんに選ばれた最初の信者だ、とか」

「まだそんな事を嬉々として語っているのか?全く・・・仕方のない奴だ」

 

そんな呆れの感情が一切無い、嬉しさと照れと愛情で構成された「仕方のない奴」ってセリフ初めて聞きましたよ。

もしかして増田さんって、マスターが居ない時は意外と彼にデレデレなのでは?

そんな事を考えていると、コトリと私の目の前に朝食が置かれました。

 

「・・・早く食べてしまえ」

 

少し声が尖ったものになっているのは、増田さんなりの照れ隠しでしょうか。

わざわざ彼を刺激する必要はないので、私は大人しく頷いて朝食を手に取ります。

 

今日の朝食は2種類のホットサンドとスープです。

湯気が立ち上る1つ目のホットサンドに豪快に齧り付きます。

暖かいのにシャキシャキ触感が残るレタス。加熱されて甘みが増しながらも酸味がアクセントになっているトマト。

たっぷりの脂と燻製の香りが食欲をそそるベーコン、うにょーっと伸びる濃厚なチーズと、ハンバーガー風の具材です。

 

一つ目のホットサンドを食べ終えて、次はスープを口に運びます。

昨日と同じコンソメスープですが、昨日に比べてとてもあっさりしています。

ホットサンドの味を引き立てる為に調整しているのでしょう。

 

二つ目のホットサンドの中身は卵たっぷりのたまごサンドです。

混ぜられた黒コショウで味が締まり、飽きることなく食べ進める事ができます。

・・・ふう、朝からお腹一杯食べられて、ゆかりさん大満足です。

 

「ごちそうさまでした」

「お粗末様。食後のコーヒーは要るか?ブラックになるが」

「はい、いただきます」

 

増田さんから先のコーヒーの砂糖とミルクの比率を聞いて、そこから少し砂糖とミルクを減らしてみました。

少し苦めのコーヒーをゆっくりと啜ります。

なんて穏やかで優雅な時間でしょう。

そう思いながらカップの中身を飲み干したあたりで、リビングのドアが開かれ、マスターが入ってきました。

 

寝不足のせいか、目の下には酷い隈ができていて、顔の血色も悪いです。

何度も欠伸をしていて、見えてる右目の目尻に涙が溜まっています。

寝室から直接こちらに来たのか、寝癖も酷いです。

私はマスターにお礼と朝の挨拶をする為に、彼の正面に立ちました。

 

「マスター、おはようございます。昨夜はありがとうございました」

「・・・・・・?」

 

ペコリと一礼してマスターの顔を見ましたが、そこに浮かんでいたのは困惑でした。

目を細めて私の事を凝視する姿は、まるで私の事を忘れてしまったかのようです。

いくら寝不足とはいえ、昨日とはまるで違うマスターの姿に思わず後退りしてしまいます。

そんな私達を見ていた増田さんが間に入り、マスターの肩をポンと叩きました。

 

「酷い顔になっているぞ、まずは顔を洗ってこい」

「・・・・・・」

 

増田さんに言われてマスターは踵を返しますが、彼は返答をすることも無く、怪訝な顔のままでした。

不気味なまでの変わり様に、退室していったドアの先を見ながら、そっと自分の手を握り不安を押し殺します。

 

「安心しろ、寝ぼけているだけだ」

 

そう言って、増田さんはマスターの朝食の準備の為にキッチンへ戻っていきました。

私はそれを聞いても、漠然とした不安が拭えませんでしたが、長い付き合いの増田さんの言葉を信じて椅子に座り直しました。

 

 

 

「おはようゆかちゃん、よく眠れたようで何より」

 

洗面所で身支度を整えてきたマスターの言動は、昨日と何一つ変わりませんでした。

いえ、正確には寝不足が原因で声がガラガラになっている事以外は変わりありません。

先程の行動は寝ぼけていただけのようです。私はホッとして肩の力を抜きました。

 

「マスターのおかげです。マスターの方こそ、大丈夫ですか?」

「とてもねむい」

「とりあえず飯を食え、片付けられん」

 

コトリとマスターの朝食が置かれ、増田さんが食事を急かします。

「はーい」と軽く返事をしたマスターが椅子に座り、流し込む様に料理を食べていきます。

・・・せっかくの美味しい食事なんですから、もう少し味わって食べても良いと思うんですが。

そんな事を考えている間に、マスターは朝食を食べ終えていました。食べるのが早すぎます。

 

「あー、そうだゆかちゃーん、今日はお昼過ぎから配信しますのでー、よろしくねー」

「私は大丈夫ですが、マスターは大丈夫なのですか?」

 

声はガラガラ、寝ぼけてるせいか口調も間延びしています。

お腹いっぱいで眠たくなってきたのか、頭もカクンカクンと船を漕いでいます。

こんな状態で配信なんて無理なのは誰の目にも明らかです。

 

「・・・ゆかちゃん、どうにかしたいと思うか?」

「え?そ、それはもちろん。私が原因みたいなものですし」

「決まりだな。とりあえず、ゆかちゃんはそこのソファの端に座ってくれ」

「・・・?はい」

 

前後の繋がりが分からず首を傾げますが、言われるままにソファに座りました。

増田さんは座ってるマスターを無理矢理お姫様抱っこすると、私の膝の上にポスっと置きました。

所謂膝枕と呼ばれる状態にされた私は、顔を真っ赤にしながら鯉の如く口をパクパクと動かします。

 

「ま、ままま増田さっ・・・!」

「私は買い出しに行く。それの世話は任せた」

 

そう言うと、増田さんは足早に出掛けて行ってしまいました。

ど、どうしましょう・・・!ふ、太ももにマスターの吐息が、体温がががが・・・・!

あたふたとしている私と対照的に、マスターは無理矢理こんなことになっても冷静です。

 

「もう、増田さんは強引だなぁ。ごめんねゆかちゃん、今退くから」

「・・・いえマスター、そのまま休んで下さい。私の膝くらいならいつでも貸しますよ」

「そうですか?それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかな」

 

私の膝に掛かる重量がゆっくりと増えました、マスターが体の力を抜いていったようです。

リラックスしてくれているようで何よりです。私はそっとマスターの頭を撫でました。

その時です、私は雷に打たれたような衝撃を受けました。

 

「ま、マスターの髪、何でこんなにサラサラなんですか!?」

「ん?ああ、一応ね、そういうところにも気を配ってるからね」

 

マスターはサラリと流しましたが、この髪は私のよりもサラサラですよ!?

まさか、マスターがここまで美容に気を使ってる人だったとは。

 

「気になるのでしたら、ゆかちゃんの髪も手入れしましょうか?」

「か、考えておきます」

 

これだけサラサラで艶のある髪は魅力的です。

マスターとの入浴には抵抗がありますが、髪の手入れくらいなら、していただいても、いいかもしれません。

そんなことを考えながら、私はマスターの頭を撫で続けます。

 

「ゆかちゃん、増田さんと何か話してた?」

「?特に他愛のない話ししかしていないと思いますが」

「そう?こうやって増田さんが強引な手段を取る事って中々ないですよ?」

 

マスター曰く、普段の増田さんなら膝枕を提案する事はあっても、それを強要する様な人ではないそうです。

けれど、それは機嫌が悪いからではなく、機嫌が良いからこそ周囲への配慮が希薄になってる結果の行動だそうです。

 

「増田さんって、意外と感情の起伏が激しいタイプですか?」

「あんな見た目ですけど、結構かわいいところもあるんですよ」

 

私の膝の上で、マスターがフフッと微笑みます。

ホント、お二人は互いの事が大好きですね。

私は不意にマスターの手をそっと握ります。マスターの体がビクリと跳ねたのがわかりました。

 

「昨夜のお返しです」

「あはは。うん、とっても落ち着きます」

 

少しマスターの口数が少なくなってきました。そろそろ寝そうですかね。

そんなことを考えながら頭を撫でていると、マスターがおもむろにテレビを点けました。

 

「もうマスター、寝ないつもりですか?」

「僕が寝ちゃったらゆかちゃんが暇になると思いまして」

 

もう、私の事よりも自分の事を優先してほしいんですけど。

ムーっと口を膨らませて不機嫌アピールをしてみますが、マスターの視界には入りません。

マスターへの抗議も諦めてテレビを見ます。

始まった朝の報道番組では、まず昨日起こった内容を簡易的に紹介して、その内容に触れていくというもの。

すでに簡易的な紹介は終わっており、最初の内容に触れていっています。

 

『昨夜未明、老人保健施設に二人の男が押し入り、居合わせた職員に怪我を負わせたとして逮捕されました。

警察の調べに対し、「施設のアンドロイドを盗むつもりだった」と供述しており、

警察側は、最近頻発しているアンドロイド窃盗事件との関連がないか詳しく調査するとのことです』

 

「[窃盗]かぁー、まだまだアンドロイドの地位は低いなー」

 

アンドロイドに対して窃盗と報道したキャスターさんに文句を言うマスターですが、私が気になっているのはそこではありません。

犯人はアンドロイドを狙っていて、そのせいで人間の職員が怪我をしているのです。

もしこれが私やマスターだったら、一体どうなっていたか。

そう思うと、自然と体が強張ってしまいます。

 

「・・・マスター、もしも私が襲われるような事があったらその時は__」

「もしゆかちゃんが襲われたら、僕を置いて全力で逃げてください」

 

私を置いて逃げてと言おうとしていたら、先に言われてしまいました。

ですが、そんなこと出来るはずがありません。

 

「私はマスターに傷付いてほしくないんです」

「僕は、自分が痛い思いをするのは構わない。慣れてるし我慢できる。

けれど僕は、ゆかちゃんが傷付けられたら我慢できない。凄く怒ると思う。

そうなったら、相手をどんな目に遭わせるか分からない。だから逃げてほしい。相手のためにも」

 

寝かかっていたせいか、普段よりかなり低くなったマスターの声が、より真剣みを増しています。

ですが、アンドロイドがマスターを見捨てて逃げるなんて、出来るはずがありません。

そして本人には言えませんが、私より身長の低いマスターが頼りにならなそうというのが正直な感想です。

なので私は、マスターの発言に返答をせず、マスターの手を握る力を強めました。

 

そんなテレビを見ながらの会話を続けて十数分、不意にマスターからの返答が無くなりました。

規則正しいゆっくりとした呼吸音が膝の上から聞こえてきます。どうやら完全に眠ったようです。

昨夜の仕返しにマスターの寝顔を見ようとしますが、私の位置だと左顔面の包帯しか見えませんね。

覗き込まないと寝顔が見れませんが、大きく動くとマスターを起こしてしまいそうなので、この状態を維持ですね。

 

 

 

 

マスターの頭を膝に乗せたままボーっとテレビを見ていると、リビングのドアが開きました。

エコバッグを持っている増田さんの姿は、異様なハズなのに何だか似合ってる気がしてきます。

「ただいま」「お帰りなさい」と軽く言葉を交わすと、増田さんがこちらへ歩いてきました。

 

「・・・随分と眠りが深いな」

「あまり寝れてませんからね、今はぐっすりですよ」

「そうだな。悪いがそのまま寝かせておいてくれ、起こす必要は無い。

昼食も配信も考えなくて良い。起きるまでそのままにしておいてやれ」

 

さ、さすがにそれは優先順位がおかしくありませんか?

確かにゆっくり寝かせてあげたい気持ちは同じですが、配信は予定しているのですから、それを取りやめるとまた謝罪が必要になるのでは?

困った顔で増田さんを見ていると、増田さんは軽く肩をすくめました。

 

「配信をすっぽかしても謝罪すればいいだけだからな。こいつの睡眠の方が大事だ」

「まあ、増田さんがそういうのでしたら」

 

マスターの睡眠が最優先なんて、増田さんもマスターに甘々なんですね。

その後は、増田さんの調理の音を聞きながらテレビを見て、のんびりとした時間を過ごします。

今は老舗の名店を訪ねていく番組を見ています。ネタで滑り倒した芸人を編集で弄ってるのが何だか滑稽ですね。

笑えるか笑えないかの微妙な映像を見ていると、目の前のテーブルに音もなくお皿とティーカップが置かれました。

等間隔に切られたカステラと、ミルク入りの紅茶のセットです。

 

そして、昼食の仕込みが終わったのか、増田さんが対面のソファに腰掛けました。

おやつを食べるでもなく、紅茶を飲むでもなく、ただ無言でこちらを、正確には私の膝枕で寝るマスターをじーっと見ています。

な、何だか食べづらいですね・・・。

 

「・・・あ、増田さんに共有しておきたいお話があったのです」

「む?こいつがまた何か言ったのか?」

「いえ、実は__」

 

私は先程テレビで報道されていた内容を増田さんに話しました。

同時に、何かあったときは自分を置いて逃げろと言われたことも話します。

増田さんはそれを聞いて、軽く頷きました。

 

「こいつの判断は間違ってはいない」

「で、ですが、マスターにもしもの事があったら・・・」

「心配するだけ無駄だ。言っておくが、こいつは私よりも強いぞ」

 

増田さんの言葉に、思わずマスターの方へ視線を移します。

この小柄なマスターが、体躯の良い増田さんよりも強いとは到底思えません。

 

「ゆかちゃんがこいつを心配する気持ちは汲む。だが、こいつがゆかちゃんを心配する気持ちも汲んでやれ。

それに、余程頭のイカれた者でもない限り、殺人までは発展しないだろう?」

「それは、そうですが・・・」

 

増田さんの言う通り、アンドロイドより人間に危害を加える事の方が遥かに重罪なのです。

それを考えれば、マスターが重傷を負うリスクは少ないとは思いますが・・・。

もし相手が、その余程頭のイカれた者だった場合、マスターがどうなるか分からないじゃないですか。

未だに不安の表情を浮かべる私を見て、増田さんが軽くため息を吐きました。

 

「我々はそんなに信用がないかな?」

「え?い、いえ、そういうわけでは・・・」

「ならば少しは我々の言葉を信じろ。こいつが誰かに殺されるなんて事は決してあり得ない」

 

力強く断言する増田さん、その発言は適当な誤魔化しではなく、確証を得ているものだというのが分かります。

・・・増田さんの言う通り、もっとマスターを信用しなければなりませんね。私はマスターのアンドロイドなのですから。

私の表情が変わったのを見届けた増田さんが大きく頷き、昼食の準備の為に立ち上がりました。

 

 

 

 

時間も午後に変わり、キッチンから香ばしい匂いがしてきた頃、マスターがもそりと動きました。

ゆっくりと頭を上げ、大きく伸びをして欠伸をしています。

マスターの清々しい横顔を見て、ぐっすり眠れたのだと確信し、ホッと息を吐きます。

 

「ゆかちゃんのおかげで快眠できましたよ。こんな気持ちの良い睡眠は数百億年ぶりですね」

「お役に立てたのなら何よりです」

「起きたか。良かったな、配信で謝罪をせずに済んで」

「おぉ、良い感じの時間ですね」

 

丁度テーブルに昼食が置かれ始めたので、マスターと私もそちらへ移動します。

お昼のヒレカツに舌鼓を打ちつつ、マスターに配信の予定を聞きます。

マスターが完全アドリブなのは知っていますが、せめてどのようなゲームをするのかだけでも聞いておきたいですし。

 

内容を聞いていると、市販のゲームではなく、企業から依頼を受けて開発中のゲームの動作テストを実施するようです。

アンドロイドである私と人間であるマスターの使用感の違いも確認しておきたいそうです。

開発中のゲームを先んじてプレイし、その感想や改善、要望を企業に報告する、どちらかというとお仕事に近いですね。

 

「そう気負わなくていいよ。いつもと同じ、全力で楽しめばいいさ」

「そうですね。誰よりも先にゲームをプレイするというのは何だかワクワクします」

「その調子。あ、そうだゆかちゃん、お昼を食べ終わったら残ってくれます?渡す物があるんですよ」

 

渡す物、とは何でしょうか。

私が「どんな物ですか?」と聞いても、マスターは「お楽しみ」とだけ答えます。

一体何でしょう。どんな物を渡されるのかドキドキしながら、ヒレカツを頬張ります。

 

 

ご馳走様をした後、マスターは改めて私に向き合います。

増田さんも気になるのか、私の隣に座り、何だか緊張してきました。

 

「そう強張らなくても大丈夫。これをゆかちゃんに。今後も僕のアンドロイドとして一緒に居てほしい」

 

コトリとテーブルの上に置かれたのは、白い箱に赤いリボンで包んだ、ザ・プレゼントという見た目の品でした。

ゆっくりとリボンを解いて箱を開けると、中から出てきたのは指輪の様な装飾品を入れるケースでした。

ま、まさか婚約指輪とか言い出しませんよね?

色んな意味でドキドキしながらゆっくりとケースを開け、中を見ました。

 

そこに入っていたのはネックレスでした。

5㎝ほどの八角柱状の形をした、ガラスの様に透明な水晶の中に、濁った白色の[Y]の文字が刻まれています。

ケースから取り出して光に透かしてみると、[Y]の文字以外ほとんど見えなくなります。恐ろしい透明度です。

 

「うっわぁ・・・」

 

そのネックレスを覗き込む様に見た増田さんが、ドン引きするような声を上げました。

今「うっわぁ・・・」って言いましたよ、あの増田さんが!

こ、これってもしかして、とんでもなく高価な物なのでは・・・?

先程とは違う意味でドキドキしていると、増田さんが「少し見せてもらっても?」と声を掛けてきました。

特に断る理由もありませんので、私は増田さんにネックレスを手渡します。

 

「うっわぁ・・・え?は?・・・え?・・・うっわぁ・・・」

 

水晶の部分を手の平で転がしながら、困惑の声が何度も紡がれます。今までの彼とはまるで別人です。

や、やはりこれ、増田さんのキャラが変わってしまうほどに高価な物なのでは?

そんな物を本当に貰ってしまっていいのでしょうか?

 

「もう増田さん、ゆかちゃんが不安がってるでしょ!」

「む・・・あ、ああ、すまん。ほらゆかちゃん、肌身離さず持っているといい」

「えっと・・・これ、そんなに高い物なのですか?」

「いや、貴重な物ではあるが、値段が付くような物ではない。大事にしておくといい」

 

増田さんの言葉に私は首を傾げます。

貴重な物であるなら、それ相応の値段が付くと思うのですが、売れないということですか?まあ、売る気はありませんが。

私は今までの服と同様、素直に貰っておくことにしました。

早速ネックレスを付けてマスターに見せます。

 

「うん、バッチリ。よく似合ってるよ」

「・・・フッ、良かったなゆかちゃん、私の分は無いようだがな」

「え?ありますよ。はいっ」

 

肩をすくめてマスターを皮肉る様な言葉を発した増田さんが、その恰好のまま固まりました。

私の時とは違い、梱包もケースも無く、私の物と同じ形のネックレスが剝き出しのまま無造作にテーブルに置かれました。

増田さんは全く動かず、何も発することなく、そのネックレスをただ見つめています。

そのネックレスを見てみると、中には[H]の文字が刻まれていました。

 

([H]?増田さんの名前の頭文字でしょうか?)

 

私の場合、[結月]でも[ゆかり]でも頭文字がYになるので、どちらの意味にも取れます。

増田さんの名前は私も知りませんので、おそらく名前の方の頭文字なのでしょう。

 

そう考察している私を他所に、増田さんがゆっくりとネックレスを手に取りました。

まるで砂で出来た物を扱うかのような丁寧さで、手の平の上で水晶を転がしています。

そして、ゆっくりと包み込むようにネックレスを握りこみ「馬鹿じゃないの・・・?」とボソッと呟きました。

 

「ね?これが増田さんの可愛いところ」

 

いたずらに成功した子供の様な笑顔で、マスターが私に語り掛けました。

確かに、増田さんがこんな反応をするのは新鮮ですし、楽しいでしょうね。

感無量の面持ちでネックレスを握る増田さんを微笑ましく見ながら、彼にそんなリアクションをさせた物と同じ物を頂いた私も、同じようにそれを握りました。




熟年夫婦の様なやり取りしてんなこの二人
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