結月ゆかり「私のマスターは自称神様」   作:またたび日和

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シリアル有り


11話 髪の手入れ

「ゆかちゃん、お風呂のタイミングはどうします?」

「え、もうそんな時間なんですか!?」

 

夕ご飯に舌鼓を打った後、バラエティー番組を見ていると、マスターから声が掛かりました。

びっくりして時計を見ると、もうすぐ21時を回る時間です。

ここに来てから、時間が経つのが早すぎます。

遅い時間になってお二人の入浴タイミングと被るのも申し訳ないので、足早に自室に戻ります。

 

 

 

今夜着るパジャマを持って浴室へ移動中、私はマスターとの朝のやり取りを思い返しました。

毎日手入れをしていると言っていた通り、マスターの髪の毛はとても触り心地が良かったです。

改めて自分の髪の毛を触ると、昨日と比べて少しゴワゴワになっています。

昨日、変装の為に付けたウィッグにすら触り心地で負けています。

 

(変な事は・・・されません、よね?)

 

昼間の配信でスカートを覗いていたマスターです、何もされないという保証はありません。

ですが逆に考えれば、ショーツを見られた事以上の実害は今のところ無いのです。

前マスター達と比べる事自体が失礼かもしれませんが、今までなら、有無を言わさず犯されていた事でしょう。

手を出されなかった、その事実だけでこれまでとは違うと痛感するのです。

少し考えて、私はマスターに髪の手入れをお願いする事にしました。

 

そう思ってリビングへ戻りますが、その足取りはとても重いです。

当然ですが、今まで私からマスターを入浴に誘った事などありません。

思い付いた様に唐突に誘われるのです。当然、私に拒否権などありませんでした。

その命令を聞くたびに、冷却液の循環が早まり、体の芯まで冷水に浸かったかの様に冷たくなっていったものです。

ですが今回は逆で、冷却液の循環が早くなっているというのに、熱湯に浸かったかの様に顔が熱くなっていきます。

端的に言えば、私は今とても緊張しています。

 

(・・・私って、もしかしてチョロい子なのでしょうか?)

 

私がこの家で目が覚めたのが昨日の午前、この家で過ごした日数は2日も経っていません。

マスターと過ごした時間となれば、さらに短くなります。

そんな僅かな時間で混浴を提案するほど好感度が上がるなんて、客観的に見ればチョロい子です。

 

それほどマスターに何かされたでしょうかと、指を折って数えていきます。

壊れたであろう私を修理してくれた事、オムライスのおかわりを予め準備してくれた事、私の自室を用意してくれた事、

髪と瞳の色を褒めてくれた事、色んなお洋服を買ってくれた事、行きたかったオムライス専門店に連れて行ってくれた事、

ゲームの楽しさを教えてくれた事、怖い夢を見た時に様子を見に来てくれて、朝まで見守ってくれた事。

 

(・・・滅茶苦茶、多いじゃないですか。私、マスターに貰ってばかりじゃないですか・・・)

 

改めて、マスターが私にくれた物の多さを自覚して、ズーンと気分が沈みます。

あなたの生活をより豊かに、をモットーに、人々の生活向上の為に作られたアンドロイドが、貰ってばかりだなんて。

この恩は必ず返さなければなりません。・・・何年掛かっても貰う方が多くなりそうですが。

そんなことを考えている間に、リビングのドアの前に着いてしまいました。

 

(・・・ど、どうしましょう、まだ心の準備が・・・)

 

途中で違うことを考えていたせいで、マスターを誘う心の準備が全くできていませんでした。

一度ここで気持ちを整理しましょうか。いえ、ドア前に立ってるのも不自然ですし、一旦部屋に戻ってから__

 

「あれ?ゆかちゃんどうしました?」

「ぴゃぁっ!?」

 

ドアの前でまごまごしていると、ガチャリとドアが開いてマスターとエンカウントしてしまいました。

素っ頓狂な奇声と、ビックリして飛び上がった痴態を晒してしまいましたが、それを気にする余裕はありません。

 

(ま、マスター!?ど、どどどどうしましょう、まだ心の準備ができてません!)

「・・・?ゆかちゃん?おーい」

「ぴぃっ!」

 

・・・どうやら考える時間は与えてくれないようです。

こうなったら当たって砕けろです!砕け散ってやります!

 

「え、えっと・・・その、ですね・・・。

髪が痛んできたのが気になったので、マスターに手入れをしてほしいな・・・と」

「おぉ!僕の手入れ技術がお眼鏡にかなったわけですね。任せて下さい!」

 

満面の笑みでパンと両手を合わせるマスター。

今更「やっぱり無しで!」なんて言える空気ではありません。

うぅ、冷却液の流れは速いはずなのに、顔の温度はむしろ上がっています。

・・・覚悟を決めましょう、私は今からマスターに髪の手入れをしてもらうのです!

 

「えっと、何か準備する物はありますか?」

「着替えは持ってきてますね?なら特に必要ありません。お風呂場に向かいましょうか」

「は、はいっ」

 

 

 

あれよあれよという間に、私は脱衣所へと移動しました。

どうやら化粧品専用の棚があるらしく、マスターが慣れた手つきで見繕っています。

さて、私はどうしましょうか。とりあえず服を脱いで__

 

「あれ、ゆかちゃん、服はそのままで良いですよ?」

「え?お風呂に入るのですよ?」

「髪の手入れですから、理髪店みたいに髪だけ洗いますよ」

「・・・・・・・・・・・・」

 

「っ~~~!!!!」(※声にならない悲鳴

 

そ、その通りです。わざわざ服を脱がなくても、髪を洗う方法はあるじゃないですか。

それによく思い返してみれば、私はマスターに髪の手入れをお願いしただけで、混浴しようなんて一言も言っていません。

髪を洗う事と入浴を勝手にイコールで繋いで無駄にドキドキしてただけじゃないですか!

 

「裸でしてほしいと言うのであれば、僕も眼福なので止めはしませんよ」

「こ、このままで!このままでお願いします!」

「はいお願いされました。じゃあ、ニーソ脱いで髪留め外したら浴室に向かって下さいね」

 

恥ずかしさで熱暴走してしまいそうな私と対照的に、マスターは冷静に淡々と準備を進めています。

それと同時に、目の前で服を脱ごうとしたのを冷静に対処された事に僅かな悔しさを覚えます。

もう少し、顔を赤らめてドギマギしてくれたっていいじゃないですか。

 

「っとそうだ、浴室の調理場はもう使ってくれたかな?」

「え?あ、はい、昨日は温泉卵をいただきました」

「もしよければ、今日の夜食のメニューも任せてくれないかな?」

「マスターにですか?・・・じゃあ、お願いしてもいいですか」

「はい、任されました」

 

少し考えて、私は今日の夜食をマスターに作ってもらうことにしました。

普段の料理を増田さんに任せている彼が、どんなものを作ってくれるのか興味があります。

先程までの羞恥はすでに消え、私はウキウキの気分で浴室に向かいました。

 

 

 

「じゃあゆかちゃん、ここに座ってね」

 

浴室の一角に、理髪店の様な椅子が設置されています。

こちらも昨日の案内では触れられていませんが、基本的に使用しない物なので、わざわざ案内する必要が無かったのでしょう。

それより、こんな湿気の多い場所に設置して問題ないのでしょうか?

疑問はありますが、そこは私が考える事ではありません。マスターに従い、大人しく椅子に体を委ねます。

瞬間、椅子がクルリと回転し、マスターに対して背を向ける形になりました。

 

「足元に足湯もありますので、ゆったりしてくださいね」

 

言われて下を見ると、床のくぼみに10㎝ほどのお湯が張られていました。

チャポンと両足を浸けてみると、心地よい温度に思わず息が漏れ出ます。

 

「今回の手入れだけど、まずは専用の美容液を髪に染み込ませていきます」

「専用?」

「アンドロイドの人工毛も個体によって微妙に材質の配合が違いますからね。ゆかちゃんの髪に合うように一から液を配合しました」

 

何か今サラッと凄いことを言いませんでしたか!?

文字通り、私専用の美容液ということですよね?それが既に用意されてるって、一体いつ作ったんですか?

それより、私が髪の手入れをしてほしいと言い出さなければ、そのまま使われないままじゃないですか。

化粧品も食品と同様に消費期限があるのです、使われず消費期限を過ぎる事だって十分あったのですよ。

 

まさかマスターがそこまで私の機体(からだ)の維持に真剣だとは思いませんでした。

私たちの髪の毛も所詮は消耗品です。頭皮のパーツを交換すればものの数秒で新しい髪に__

そこまで考えて思い出しました。私の顔のパーツは全て一体化されていて、頭皮も取り外す事が出来ないことに。

私の髪の色を褒めてくれた、換装をする気はないと行動で示してくれた、そしてその髪の維持の為に手間を惜しまない。

一アンドロイドの為にここまでしてくれるような人を私は知りません。それだけマスターが私を大切に思ってくれているということでしょう。

 

(あぁ、ダメです。口角が全然下がりません)

 

嬉しさで上がる口角を下げようとしますが、中々元に戻ってくれません。

私の記録が、髪と瞳の色を褒めてくれた時の事を何度もリピートするせいで、むしろ口角が上がり続けています。

マスターに背を向けてる状態でよかったです。こんなへにゃへにゃな顔を見られなくてすみますから。

 

「はいそれじゃあ、椅子を倒しますねー」

「ぅえっ!?」

 

そ、そうでした。理髪椅子って向こうで操作ができるんでした!

あぁいけません!困ります困ります!マスターににやけ顔見られちゃう!

顔を見られるのも恥ずかしいですが、慌てて椅子から飛び降りるのも不自然です。

無情に倒れていく椅子に体を委ねる事しかできません。

 

(って、マスター近い!顔近い!)

 

横になった私の視界に入ってきたのは、真剣な顔をしたマスターでした。

高さの調整が容易な理髪椅子に加え、彼自身が低身長な為、彼の顔が目と鼻の先にあります。

あまりに心臓に悪いです。髪の手入れという目的がなければ今すぐに顔を背けていたでしょう。

 

しかし、少し時間が経って冷静になると、彼の視線は私の顔を一切見ていない事が分かりました。

髪をそっと撫で、ほぐれ具合や痛みの程度を確認している視線は真剣そのもので、熟練の職人の様な風格すらあります。

 

(ウィッグを整える時もでしたが、普段は笑ってても集中する時はちゃんと真剣な顔になるんですよね)

 

笑いながら何かをしてくれることが多いので、真剣な表情がギャップでカッコよく見えて何だかドキドキします。

いつもの恥ずかしさとは違う妙な心拍数の上昇を不思議に思いながら、私はマスターの顔を見ていました。

 

「・・・はい、大体分かりました。早速始めていきましょうか」

「はい、よろしくお願いします」

 

マスターの顔が見えなくなって少しして、シャワーの音と共に私の髪が湿っていくのを感じます。

前髪が湿っても顔の辺りに水滴が一切飛んできません。それだけ注意してくれているということでしょうか。

髪を痛めないように、撫でられる様に髪が洗われていきます。

誰かに髪を洗ってもらうのって、とても気持ちが良いんですね。初めて知りました。

 

「ふぁっ・・・っ!///」

 

思わず漏れ出た声が反響して、浴室全体に響き渡ってしまいました。

わ、私のせいじゃありません!マスターの洗い方が上手いのと、この浴室の音響効果が良すぎるのがいけないんです!

うぅ、マスターに声を聞かれているのが一番恥ずかしいです。

私が恥ずかしい思いをしている間に洗髪が終わったようで、美容液が髪に塗り込まれていきます。

 

(はふぅー、気持ちぃ)

 

マスターの優しい手つきに頬が緩んでしまいます。

足湯で温まりながら、マスターに髪の手入れをしてもらう、至高の贅沢ですね。

 

「はい、後は浸透するまで待つだけです。じゃあ、その間に頭皮マッサージの方やっていきますね~」

「はぇ・・・?」

 

私の返事を待つ前に、マスターの指が私の頭部を押し込みました。

絶妙な指圧が頭部を刺激して、僅かな痛みと、今まで感じた事が無い気持ち良さに襲われます。

 

「あっ・・・!ひゃっ!んぁっ・・・!」

「ゆかちゃん、艶めかしい声を出さないで下さい。興奮します」

「そんにゃこと、言われてもぉっ・・・!」

 

頭部が刺激される度に、我慢できずに変な声が出ちゃいます。

ですが、それを恥ずかしいと感じる余裕すらありません。

こんな快楽、私は知りません!よって、それに対する抗い方も知らないのです!

絶妙な心地良さから逃れる事ができず、私の頭部はマスターに好き放題揉みしだかれてしまいました。

 

およそ数分後、凌辱の限りを尽くしたマスターの指がようやく頭部から離れました。

強張った体から力が抜け、ぐったりと背もたれに体重を預けます。

後ろからシャワーの音が聞こえてきます。髪を洗われている感覚が無いので、おそらく手に付いた美容液を洗い流しているのでしょう。

 

「ちょっと刺激が強かったかな?ごめんね。それじゃあ顔のマッサージをしていきますね」

「え、待ってください私まだ回復してにゃっ」

 

言い終わる前に、私の両頬がムニっと押されました。

先程の頭皮マッサージとは違い、ゆっくりと撫でられる様な触り方は、くすぐったさと心地良さを感じます。

包帯をしている右手は痛いかもと思いましたが、まるでガーゼの様な柔らかな質感で、とても感触が良いです。

頬、おでこ、目の下、耳、首元と、顔全体をムニムニグニグニと触られている内に、体から力が抜けていきます。

 

(あぁ、これ・・・気持ちい・・・)

 

ギュッと閉じていた瞼も自然と瞑るように強張りが解け、マスターが生み出す心地良さに身を委ねます。

気付かない間に、私の体はスリープモードへと移行していきました。

 

 

 

 

「__ちゃん、ゆかちゃん、終わりましたよ」

「んぅ・・・?マスター・・・?」

「寝ぼけてますね?さっきまで何をしてたか覚えてます?」

「さっき・・・あっ」

 

寝ぼけまなこでマスターの顔を見ながら、先程までの事を思い出し、意識が完全に覚醒しました。

顔マッサージの途中で、あまりの心地良さに眠ってしまっていたようです。

髪の美容液も既に洗い流され、水気も拭き取られていました。

やってもらっている最中に寝落ちするのは失礼ですが、あの心地良さには抗えませんよ。

自分が寝たのはマッサージが気持ち良すぎたからです、と心の中で自分を正当化させます。

 

「さてゆかちゃん、起き抜けだけど、夜食食べます?」

「いります」

 

即答です。当然でしょう、ここのご飯は何でも美味しいのです。

クスリと笑って調理場に向かうマスターの後を、私は早足で追います。

 

調理場では、既におうどんと卵が茹でられていました。

時間になってお湯から出てきたおうどんを慣れた手つきで湯切りして、どんぶりに移すマスター。

次いで卵を割っておうどんの上に落としますが、温泉卵にもなっていない、ほぼ生の卵です。

 

「昔誰かが言っていましたが、増田さんの料理はお上品過ぎるんですよね。外食で2千円くらい出して食べる料理って感じで。

だから、たまにジャンクな物を食べたい、なんて言われる事もあるんですよ」

 

そう言いながらマスターは、大量の揚玉を振りかけます。

そして、3倍濃縮と書かれためんつゆを原液のまま回しかけました。

 

「ほい完成、僕特製のぶっかけうどん。お好みでチーズをトッピングしても美味しいですよ」

「わぁお、何だか体に悪そうな組み合わせですね」

「人間だったらこの時間にこんな物食べさせるのはって思うけど、ゆかちゃんアンドロイドだからその辺は気にせず食べれると思いまして」

 

確かに、夜食にこんなカロリーの高そうな物を食べていたらすぐに太ってしまいますね。

どれだけ食べても体型が変わらないのはアンドロイドの特権ですね。

では、その特権を活用して、この高カロリーな夜食を頂くとしましょう。

 

「どうぞ、ぐちゃぐちゃーっと混ぜ合わせちゃってください」

「ちょ、ちょっとお行儀が悪いですね」

「お行儀は外食の時だけで十分ですよ。家で食べる食事は美味しさ優先です」

「なるほど。ごもっともですね」

 

そういうことなら遠慮なく、どんぶりの中身をかき混ぜて絡めます。

すると、生卵がおうどんの熱で段々と固まってきました。

なるほど、こういう食べ方もあるんですね。

関心しながら、ズズッとおうどんを啜ります。

 

コシのあるおうどんに、噛むたびにめんつゆと油が染み出す揚玉と卵が絶妙に絡みます。

めんつゆが原液だからこその塩辛さとかつおだしの香り、大量の揚玉から染み出す油を、濃厚な卵が引き立てます。

「上品」と称された増田さんのごはんとは正反対の、脂っこくて塩辛い物ほど美味しいを体現している料理です。

それらをおうどんに絡めて頂くため、スルスルと口の中に入っていき、気が付くとどんぶりの中が空になっていました。

 

どうして、私は何かを食べる度に、気付かずに食べ終えてしまうのでしょう。

未練がましくどんぶりを見ていた私に、マスターが口元を手で抑えながらおかわりのおうどんを出してくれました。

二杯目のおうどんは更にチーズが加わっています。

 

全体にチーズが絡まったおうどんは、一杯目のと比べてかなりジャンク感が増しています。

チーズの濃厚さと塩辛さも、意外とおうどんと合うんですね。

ジャンクな美味しさも知れましたし、お腹もいっぱいで大満足です。

マスターはこういうジャンクな食べ方もたくさん知ってそうですね。今後も頼りにしましょう。

 

「お粗末様。さてと、僕はそろそろ戻りましょうかね。ゆかちゃんは入浴を楽しんで下さい」

 

マスターに言われて、昨日の入浴の事を思い出します。

広々とした浴槽は、体を縮める必要がなく快適ですが、寂しさと心細さを感じてしまいます。

昨日の孤独を思い出していた私は、無意識にマスターの裾を摘まんで彼の歩みを止めました。

 

「?ゆかちゃん?」

「その、一人は寂しいので・・・は、話し相手になってくれませんか?」

 

昨日はゴムのアヒルちゃんを浮かべてそれを紛らわせていましたが、ここまで来たら覚悟を決めてマスターと入浴してしまいましょう。

元々、一緒にお風呂に入る想定で彼を誘ったのです。最初に戻っただけです。

恐る恐るマスターの顔を見ると、振り返った時の不思議そうな顔のまま固まっていました。

完全にフリーズしてしまっているマスターの目の前で手をヒラヒラと動かして反応を見ます。

 

「・・・そう、ですね、僕が足だけ浸かるのでいいなら、ご一緒しますよ。

それと、ゆかちゃんが浸かる時もバスタオルを着用してね。湯船に浸けちゃっていいから」

「ホントですか?ありがとうございます」

 

動揺はされましたが、マスターからの許可は頂けました。

私は服を脱ぐために脱衣所に戻りますが、今回は足湯だけのマスターも何故か一緒です。

 

「マスター、先に湯船で待っててくれていいんですよ?」

「いえ、僕も準備がありますから。主に平常心的な意味で」

「・・・?」

 

仰っている意味は分かりませんでしたが、準備が必要なようです。

そういうことならと、私はマスターと二人で脱衣所へ向かいます。

 

 

 

 

「はふぅ~・・・」

 

手早く脱衣を済ませ、一足先に湯船に体を浸けます。

マスターの言いつけ通り、体にバスタオルを巻いての入浴です。

濡れたバスタオルが体に張り付いたり漂ったりして、何だか不思議な感触ですね。

そのまま少し待っていると、脱衣所の方からスライドドアが開く音が聞こえてきました。

 

「お待たせゆかちゃん」

「あら、左足の包帯は取らないんですか?」

「この包帯で僕の神体を隠してますからね。基本的には外せないんですよ」

 

まさか、お風呂に浸かる時もその設定を律儀に守っているとは思いませんでした。

それとも本当に、私に見せられない様な何かがあるのでしょうか。

お尻が濡れない様にバスタオルを敷き、私の隣に座るマスター。

「ふぅー」と、軽く息を吐く声が聞こえてきます。

 

「ふふ、やっぱりお風呂は気持ちいいですよね」

「色々と手を加えてきましたからね。入浴は心の洗濯ですよ」

「確かにこんなお風呂を独占できるのは魅力的ですけど、広さを持て余してる気もしますね。一般開放したりはしないんですか?」

「するつもりは無いね。そういうのって、大抵は変な奴が混じってくるからね。せっかくの浴室を汚されたり壊されたらたまりませんから」

 

確かにマスターの発言も一理ありますね。お行儀の悪い人が来る可能性を考慮してなかった私の失言です。

「大きな浴室ですから、そう思うのも無理はありません」とマスターが笑いながらフォローしてくれます。

 

「じゃあ僕からも。お昼の配信の後、増田さんと何の話をしてたんですか?」

「ぅえっ!?え・・・えーっと・・・」

 

まさか、あの話題を蒸し返されるとは思いませんでした。

あの時は増田さんが話題を逸らしてくれましたが、ここに彼は居ません。

逃げられるような状況ではありませんし、誤魔化す言葉なんて咄嗟に出てきません。

言い淀む私を見ているマスターの笑顔が、少しずつ深くなっていってる気がします。

いつもの笑顔が何だか怖くて、今にも泣いてしまいそうです。

 

「そんな言いにくい事だったんです?」

「その・・・怒りませんか?」

「内容によります。相手を傷付けるような陰口だったらお仕置きです」

「ぐ、具体的には・・・?」

「ほっぺを思い切りぎゅむーってします」

 

内容自体は可愛らしいはずなのに、マスターにお仕置きされるという事実に身がすくんでしまいます。

プルプルと震えながら涙目でマスターを見上げますが、見逃してくれなさそうな雰囲気です。

うぅ、さよなら私のほっぺた。

私は自分のほっぺに心の中で別れを告げ、意を決して思っていた事をマスターに話しました。

 

「マスターの事を、弱そうだと、荒事だと頼りにならなそうだったと、話し合っていました」

「あー、まあそう思われるのは仕方ありませんよね。他には?」

「え?そ、それだけで・・・お、怒らないんですか?」

「いやいや、この体格の人に強さ云々を言われても普通は信じませんよ。僕だって信用しません」

 

ハッキリと言い切ったマスターの言葉に、ガックリと肩を落とします。

私が気を遣っていたことは全て無駄だったということですね。

さっきまでの恐怖や緊張も全部無意味だと分かり、どっと疲れが押し寄せてきました。

 

「もし私がマスターの言葉を信用しないままだったらどうしてたんですか?」

「お昼過ぎの配信で実力は見せられると思いましたから」

「その辺も全部織り込み済みなんですね」

 

この人は一体どこまで先を見た発言をしているのでしょうか。

あの寝落ち前の会話でそこまで考えていたのなら大したものですよ。

そう思いながら、お昼の配信でマスターが見せた体捌きを思い返します。

あれだけの動きを平然と行えるのです、相当な鍛錬を積んできたに違いありません。

ですが、あの動きは明らかに、競技ではなく実践を意識したものです。

現代社会で生きていく上では無用の長物と思える体捌きを、どうして体得するに至ったのか、興味があります。

 

「マスターはどうして、あれほどの力を持とうと思ったのですか?」

「うーん・・・そんな崇高な理由じゃないので、言うのはちょっと恥ずかしいな」

「体を鍛えるのに崇高な理由なんて必要ないですよ。洗練されたマスターの動き、かっこよかったですよ」

「カッコいい理由とかでもないんだけどね・・・笑わない?」

「笑いませんよ」

 

笑ってしまうような理由なのでしょうか?

言葉で笑わないと断言した手前、どんな内容でも笑わないようにしなくては。

私はお腹に力を入れて、マスターの発言を待ちます。

 

「・・・好きだった人に、裏切られたんだ」

「・・・え?」

 

一度、ぎゅっと目を閉じて、遠くを見るように目を開けるマスター。

遠い過去を見るように顔を少し上に上げ、ポツポツと言葉が紡がれます。

 

「深く深く傷付いて、体を引き裂いて心臓を潰したくなるくらい苦しかった。

何度も何度も自傷して、周囲を気にせず暴れ回って疲れて寝たら、気持ちが少し楽になったんです。

その後は、ただがむしゃらに体を酷使しました。ボロボロになるほど鍛えて、強さが自慢の相手に喧嘩を売って。

僕にとっての鍛錬や闘争は逃避行動なんです。体が痛くてどうしようもない時だけ、心の痛みを忘れられましたから。

そうやって、何もかも忘れて体を痛め続けてたら、いつしか自然と身についていたんですよね」

 

「・・・・・・」

 

「・・・あれ?ゆかちゃん?おーい」

 

いや笑えませんよ!理由が重たすぎじゃありませんか!?

過去に裏切られた事をほのめかす会話はありましたけど、ここまでとは思いませんでした。

もしかしてその包帯って、その時の傷跡を隠すために付けてるのでしょうか。

マスターが話す神様の設定って、その過去を忘れるための演技だったりするのでしょうか。

そう思うと、今後は彼が話す神様設定も、もう少し親身になって聞いた方が良いのではと思います。

 

「ちょっとこの話は入浴のお供には合わなかったかな」

「・・・いいえ。どんな話でも、話してくれて嬉しいです」

 

彼の事を少しでも多く知りたい。誰かの事を知りたりなんて、そんなことを思うのは初めてです。

だから、どれだけ重苦しくても・・・いえ、重苦しいからこそ、それを打ち明けてくれることが嬉しいのです。

今後も、マスターは自分の過去を語ってくれるでしょうか。

どのような話であっても、それを聞いて、彼を理解しよう。そう思いました。

 

「それじゃあ、そろそろ出ようか。あんまり長居してるとまたのぼせますよ」

「そうですね。出ましょうか」

 

そう言って湯船から上がった瞬間、マスターが物凄い勢いで目を首ごと横に逸らしました。

先に行ってますね、と早足で退室するマスターを、私はポカンと眺めていました。

急にどうしたんでしょうと、私は首を傾げました。

 

その時の私は気づいていなかったのです。

水を含んだバスタオルが体に張り付いて、そのボディラインがくっきりと出ていた事に。

バスタオルが透けて、裸体が薄っすらと露わになっていた事に。




不意の濡れ透けは体に良いが心臓に悪い
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