結月ゆかり「私のマスターは自称神様」   作:またたび日和

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明けましておめでとうございます。
今年も本小説をどうかよろしくお願いいたします。


12話 3日目

「んくっ・・・んくっ・・・ぷはぁ、お風呂上りのフルーツ牛乳、最高ですね」

 

お風呂から出てバスローブを着用した後、私は冷蔵庫からお風呂上りの一杯を取り出してクピクピと飲み干します。

冷たい飲み物が喉を通り、お腹に入っていく感覚が気持ちいいですね。

しかし、こういう場所で飲み物を飲むと、腰に手を当ててしまうのは何故でしょうかね。

 

マスターはすでに足を拭き終えて、脱衣所から居なくなっています。

一緒にお風呂上がりの一杯を飲みたかったのですが、仕方ありませんね。

なんて思ったのも束の間、足音と共にマスターが戻ってきました。

 

「ごめんねゆかちゃん、ちょーっと精神揺さぶられちゃってさ。

着替えが終わったら髪を()くから呼んでね」

「今回はバスローブなので大丈夫ですよ」

「了解、そしたらその辺の椅子に座ってゆっくりしててね」

 

私は「はい」と返事を返し、洗面台の前の椅子に腰を下ろしました。

洗面台も銭湯の様な巨大な鏡があり、座った状態でも後ろの様子が伺えます。

いつもの笑顔を浮かべながら櫛をクルクルと回すマスター。

本当に、私の手入れをする時のマスターはとても楽しそうですね。

 

ドライヤーの音と共に、髪の毛に櫛が入って梳かれていく感覚が心地良いです。

誰かに髪を梳いてもらうって、とっても気持ちが良いんですね。

そして梳かれてる感覚から、髪の毛が全く引っ掛からない程サラサラになったんだと自覚します。

念願のサラサラヘアーです。それを考えると、また無意識に口角が上がってしまいます。

 

(って、鏡にだらしない顔が映っちゃってるじゃないですか!み、見られてませんよね?)

 

鏡に映った自分のだらしない顔に気づき、必死で口角を下げます。

顔を赤らめながら鏡越しに後ろのマスターを見ますが、彼は私の髪に集中してて全く目線は合いません。

こちらに気づいていないマスターを見て、ホッと息を吐きました。

あんなだらしのない顔を見られたくはありませんから。

 

「はい、終わりましたよ」

「ありがとうございますマスター、とっても気持ち良かったです」

「・・・ご満足いただけたようで何より」

 

率直な感想を述べたのですが、何故か苦笑気味の返答か返ってきました。

そんな変なことは言っていません・・・よね?

 

「さてゆかちゃん、僕はリビングに戻りますけど、どうします?」

「うーん・・・もう一杯飲み物を頂いて、そのまま就寝します」

「分かりました。電気の類はそのままで大丈夫ですから。ごゆっくり」

 

そう言って、マスターは脱衣所から出ていきました。

改めて、手入れしていただいた髪を触ります。

髪の一本一本に至るまで艶を感じ、どれだけ雑に扱っても指に絡まらず、スルスルとほどけていきます。

一回の手入れでここまで変わるものなのですね。

サラサラになった髪に感動して、私は30分くらいずっと髪を触り続けていました。

 

 

 

 

 

 

自分の体内時間が起床時間になり、スリープモードが解除されました。

ここへ来て3日目の朝です。

新鮮な空気を吸い込み、この生活を提供してくれたマスターに感謝する。

これが毎朝の日課になりそうですね。

ふふふ、ですが今日のゆかりさんは今までとは違うのです。

 

そっと自分の髪を触り、そのサラサラ具合を再確認します。

今までは日が経つにつれて荒れる一方だった私の髪の毛。

マスターが変わった時は比較的綺麗な物に交換されていますが、それも長続きはしません。

カピカピに固まった白濁液が付いているのもしょっちゅうで、その度に「汚い!」と汚した本人に叱咤されたものです。

そんな辛かった日常も昔の話。今の髪の毛は指の間からスルスルと抜けていく程サラサラです。

 

「ふふ・・・えへへ」

 

何度も何度も髪を触りながら、髪の色を褒めてくれた事、頭皮が一体型になってると気付いた時の事を何度も思い返します。

この思考も何度目でしょうと思いますが、今後何度も思考し続けるでしょう。

だって、私にとってとっても嬉しかった事なんですもの♪

そう、だからこれも仕方のないことなんです、と自分に言い訳をして、ずっと髪の毛を触り続けました。

 

 

 

髪を触るのに夢中になりすぎていた事にようやく気付いた私は、手早く着替えを済ませてリビングへと向かいました。

この時期だとまだ陽の光は見えず外は暗いですが、廊下は足元を照明で照らされていて、移動するのに十分な光源が確保されています。

家全体が一定の温度に保たれているのか、薄着で廊下を移動してもほんのり暖かいです。

廊下に出た瞬間に「寒っ」とならないのはとても良いですが、光熱費が気になってしまいますね。

 

リビングに入ると、昨日と同様に増田さんが料理を作っている最中でした。

ドアが開いた音に気付いたのでしょう、増田さんがこちらに振り返ります。

 

「おはよう。ゆかちゃんは早起きだな」

「おはようございます増田さん。そんなに早く起きてるつもりはないんですけど・・・」

「この時間に起きてくる奴はあまりいなかった。アイツも寝ているからな」

 

増田さんがチラリと自分達の寝室の方へ顔を向け、肩を竦めました。

マスターも、この家は同居人が増える事は珍しくないような口ぶりでしたし、過去に色々な人がここで暮らしたのでしょうね。

その時の話も聞いてみたいのですが、まだお二人との距離感を掴みかねているので、不用意な発言は控えます。

増田さんがコーヒーを淹れてくれると言うので、腰を下ろして出来上がるのを待ちます。

手持ち無沙汰になってしまったので、また私は手入れしてもらった髪の毛を触ります。

 

「その髪はアイツが手入れをしたのだったな。昨夜嬉し気に語っていたぞ」

「そうなんですよ。ほら見てください、指に全く絡まないほどサラサラで__」

「嬉しさは十二分に伝わるが、触りすぎるのも髪を痛める原因になるぞ」

 

そう増田さんに言われ、私は慌てて髪に触れるのをやめました。

せっかくマスターが手入れしてくれた髪を、私の手で痛めるわけにはいきません。

ど、どうしましょう、昨日からかなり触ってしまっているのですが。

このサラサラが自分のせいで失ったらどうしようとプルプルしてると、増田さんが苦笑しながらコーヒーカップを差し出してきます。

 

「そう悲観するな。髪が痛んでもアイツが都度手入れしてくれるだろう」

「ですが、マスターの手を煩わせてしまうのでは・・・?」

「気にするな、アイツが好きでやっていることだ。そもそも、アイツがここまで世話を焼く事自体が稀有だからな」

 

増田さん曰く、マスターが甲斐甲斐しく世話をするのは相当気に入っている相手だけのようです。

そして、マスター自身のスペックが高いせいで、段々と世話をする範囲や規模が増えていくのだそうです。

 

「あまりやりすぎると堕落になってしまうから、その時は叱るようにしている」

「そんな多彩なマスターもやりすぎてしまう事があるんですね」

「相手に気に入られようとするせい、だろうな」

 

・・・ん?それってつまり、私は今マスターからアプローチを受けてるということですか?

いや、いやいやいや、それはあり得ないでしょう。

私はアンドロイドで、美女な出で立ちだって人工的に作られた物、つまるところ機械なんです。

人間の生活を支えるために創られた存在です。そんな事を考える時点でそれは私の思い上がりなんです。

妙な勘違いをしないように、私は頭の中に浮かんだ思考を必死に搔き消しました。

 

「ところで、何故アイツを混浴に誘った?」

「・・・?何故、とは?」

 

増田さんの口調は、私の言動を咎める様な棘のあるものではなく、純粋な疑問として発せられた事が分かります。

ですが、私は増田さんの質問の意図が理解できず、首を傾げました。

 

「ゆかちゃんが過去複数回に(わた)る性暴力を受けてきた事は把握している。目覚めた時に当時の感情を露わにしたのも覚えている。

ともすれば、異性と一糸纏わぬという状況もゆかちゃんにとってはトラウマではないか?

たった数日でそれを克服できるほど精神というものは強くない事を私は理解しているつもりだ。

だから、ゆかちゃんからアイツを混浴に誘った事自体が私にとって疑問なのだ」

 

「・・・確かに、酷い目には沢山遭ってきましたし、マスターにぶつけた感情も私の本心です。

ですが、前マスター達とは違い、マスターは私を無下に扱いませんでしたし、私を何度も気遣ってくれました。

例えお互いに裸で入浴する事になったとしても、乱暴な事はされないだろうと私は判断しました」

 

マスターの事については、増田さんが一番理解しているかもしれません。

ですが私も、何人ものマスターに保有された経験から色々と理解しているつもりです。

そもそも論として、私の体が目的ならば、初日の段階でとっくに犯されているはずです。

美味しいご飯を食べさせてくれる必要も、家の個室を割り当てる必要も、一緒にゲームで遊ぶ必要もありません。

服を脱いで壁に手を付け。尻を上げろ。そう命じられるだけで私は逆らう事ができないのですから。

 

「・・・なるほど、ゆかちゃんは男という枠ではなく、個として相手を見ているわけか」

「マスターという個の趣向と命令に従うのが私達アンドロイドですから。まあ、前マスター達の趣向や命令は大して変わりませんでしたが」

「うむ、ゆかちゃんの思考は理解した。だが・・・過干渉になるかもしれんが、奴も一人の男だ。あまり刺激してやるな」

 

先程の真剣な声色から一転して、苦笑気味の声で増田さんから注意されました。

それは、劣情を煽りすぎるとマスターに乱暴されてしまうということですよね?

頭の中で軽くシミュレートしてみますが、どうもマスターが前マスター達の様な言動を行う姿の想像が難しいです。

それに、仮にもしマスターから求められても私は別に嫌では__って、何を考えているんですか私は!

 

頭をブンブンと振り、先程までの色々な思考を霧散させます。

真っ赤になった顔を隠すように、目の前のコーヒーを一気に飲み干します。

ミルクが入ってても未だ熱いコーヒーが、喉からお腹に入っていく感覚を感じながら、ふぅっと熱気を排熱します。

・・・あ、また私、味わわずに飲み干してしまってる・・・。

 

「・・・おかわり、いるか?」

「い、いただきます」

 

呆れたような増田さんの声に、私はまた顔を赤らめます。

お二人に何度気を使わせてしまっているのでしょうか。

そう思いながら2杯目のコーヒーを飲み干した辺りで、増田さんがボソリと呟きました。

 

「そろそろ野菜が収穫の時期か」

「収穫?畑があるのですか?」

「む、聞こえていたか。ああ、裏庭の畑で野菜を育てている」

 

裏庭に畑ですか。ここに来た時から家の規模に驚愕してきましたが、[畑]と呼べるだけの土地もあるのですね。

見てみたいなぁという気持ちが顔に出ていたのでしょうか、苦笑しながら増田さんから声がかかります。

 

「時間があるなら、裏庭の作物の収穫を手伝ってくれるか?」

「本当ですか?もちろんお手伝いさせていただきます」

 

新しい場所の開示に私のテンションも上がっていきます。

料理やそれに関わる部分は自分の範疇と言っていた増田さんに頼られるという事は、それだけ信用を得られたという事でしょうか。

しかし、この時期に収穫する作物はパッと思いつきませんね。ビニールハウスの様な施設があるのでしょうか。

色々と疑問が湧いてきますが、この目で見れば良いだけです。

私は思考を中断し、増田さんの後ろをついていきます。

 

 

 

 

 

ドアを抜けるとそこには、庭と呼称するにはあまりに広々とした草原が広がっていました。

雲一つない快晴の空に天高く昇った太陽から、じりじりと夏の日差しが降り注いできていて、今の服装ではかなり暑いです。

あちらこちらから聞こえてくる蝉の鳴き声が、その暑さに拍車をかけてきます。

向かって右側に、種類毎にきっちりと分けられた畑があり、トマトやキュウリ等の夏野菜の数々が、その日差しを浴びて大きく育っているのが分かります。

 

(今の服装は、ここの気候には合っていませんね。・・・・・・?)

 

何故だか、この風景に壮絶な違和感を覚えた私は、こてりと首を傾げました。

特におかしなところは無いはずなのに、不思議です。

私が困惑している間に、増田さんが収穫用の道具と作業着を持ってきてくれました。

 

「流石にその衣服で農作業をしてくれとは言えんからな。汚しても問題ない服を持ってきたので活用してくれ」

「ありがとうございます。早速着替えてきますね」

 

作業着を受け取り、着替えなおすために自室に戻ります。

リビングで着替える事も考えましたが、着替え中にマスターが入ってくる可能性もありますからね。

未だに陽の光が入ってきていない薄暗い廊下を早足で駆け抜け、自室のドアを開けます。

 

 

 

「トマトはこの色、キュウリはこの程度まで成長していれば収穫して問題ない」

「分かりました」

 

作業着に着替えて戻ってくると、増田さんに麦わら帽子を渡されました。これで日差し対策はバッチリですね。

増田さんに収穫して良い作物の見分け方を教えてもらい、早速実践していきます。

作物への栄養を集中させるための剪定が何度も行われているようで、葉っぱや蔓の量に対して実の数がとても少ないです。

その分、実がとても大きく、ずっしりとした重みがあります。

葉っぱや実を傷付けない様に収穫し、そっとカゴに入れていきます。

 

(こういうのも、なんか良いですね)

 

田舎で自給自足をしながらのんびりとスローライフも悪くないかもしれません。

科学の結晶であるアンドロイドが文明から離れた田舎の生活を心地良く思うのも変かもしれませんが。

そう思いながら、暑い日差しを浴びながら黙々と野菜を収穫していきます。

畑の量に対して実はそれほど多くなかったので、思っていたよりも早く終わりました。

 

「ゆかちゃん、冷水だ。この炎天下だ、しっかり体内を冷却しておけ」

「はい、ありがとうございます」

 

用意してくれた冷水をクピクピと飲みます。

こんな暑い場所で飲むと、たたのお水ですら美味しく感じますね。

 

「収穫は大体終わりました。どこかに保管するのですか?」

「それはこちらでやっておく。ここまでやってくれれば十分だ。報酬・・・と言えるかは分からんが、そのトマトは食べていい」

「ホントですか?いただきます」

 

最後に収穫した3つのトマトは私が頂くことになりました。

近くに井戸があるそうなので、そこの冷たい水で表面を洗い流し、豪快に齧り付きます。

果肉は肉厚で瑞々しく、とても甘い果汁の中にほんのりとトマト特有の酸味を感じ、それも良いアクセントになっています。

そしてまた美味しさに感動して、無意識に1つ目を食べきっていました。

3つあって良かったです。後の2つはじっくり味わって食べましょう。

そう思いながらもしゃもしゃと咀嚼していると、遠くの方で動物の鳴き声が聞こえてきました。

 

(何か動物を飼っているのでしょうか?)

 

窓から猫や鳥を眺めるのが数少ない癒しだった私にとって、動物とのふれあいもしてみたかった事です。

齧ったトマトを手に持ったまま、声のする方へと向かいます。

 

 

「これは・・・羊ですか?」

 

広い庭を悠々と歩きながら、草を咀嚼している羊たち。

特徴的な毛は刈り取られている為、とても涼しそうです。

かなり遠くまで点々としていて正確な数は不明ですが、目算で50頭はいそうです。

 

「ああ、この家の乳製品や肉は主にこの子達の物を使用している」

「そうなのですか。羊のお肉は独特の臭みがあると知識にあったのですが」

「当然、専用の下処理をしている。そのような臭いは残さん」

 

増田さんが腕を組み、得意げな声で語ります。

確かに全く臭いのしない下処理は凄いと思いますが、それだけの手間を掛ける必要はあるのでしょうか。

 

「牛ではダメだったのですか?」

「ちゃんとした畜産を考えるなら牛だろうな。だが、この羊も私の趣味で放牧している」

「こ、これも趣味なんですか?」

「ああ、羊には少々縁があってな。前々から飼いたいと思っていた。アイツには割と本気で嫌がられたが、無理を通してもらった」

 

マスターが本気で嫌がる姿が想像できなくて、私は軽く首を傾げました。

もしかして、マスターは動物が苦手なのでしょうか?

だとしたら、増田さんの言葉通り、相当な無理を通したようですね。

 

「マスターもかなり頑張ったのではないですか?」

「ああ。だがその無理の対価として、アイツの無理も聞いた」

 

そう語る増田さんはどこか遠くを見ていました。

一体何を言われたのでしょうか。あまり詮索しない方がいいですかね。

 

「さて、そろそろ戻るか」

「そうですね、少し暑くなってきましたし」

 

 

 

 

「やあ、おはようございます二人とも」

 

リビングに戻ると、マスターが仁王立ちで待っていました。

顔は笑っていますが目は一切笑っておらず、静かに怒っているマスターに体が縮み上がります。

彼の眼の下には隈ができていて顔色も悪く、あまり眠れていない事が読み取れます。

マスターの体調を心配した方がいいでしょうか、このまま大人しくお説教を受けた方がいいでしょうか。

そんなオロオロしている私とはあまり目が合わず、マスターの目線は増田さんに向けられていました。

 

「また勝手に裏庭に出ましたね?外へ出る前に声を掛けてと言ってるでしょう」

「・・・悪かった、そちらに気が回っていなかった」

「全く・・・・・・一つ貸しですからね、増田さん」

 

その言葉を聞いた増田さんの体がビクッと跳ね上がりました。

マスターに言い負かされる増田さんは珍しいですが、私はマスターの言い分に疑問を覚えます。

裏庭に出るのにマスターの許可が必要なのでしょうか?

増田さんが素直に謝ってるので、非があるのは増田さんの方なのでしょうが、私にはマスターが何故怒ってるのか分かりません。

 

その後は特に何かを言われる事も無く、今まで通りの朝が始まりました。

採りたての野菜を使用したご飯はとても美味しいのですが、お二人の食べ方は相変わらずです。

早食い競争の様な速度で食べるマスターに、全てをミキサーで混ぜてストローで飲む増田さん。

こんなに美味しい朝食を、二人とも味わって食べる事は無いようですね。

自分のペースで食べていいと言われているので、ゆっくり味わって食べていると、マスターから声が掛かります。

 

「ゆかちゃん、今日の予定ですが、またチカイデパートに買い物に行こうと思います」

「私は大歓迎ですが、何か買い忘れですか?」

「ええ、パーツの注文とかスマホの契約とか、色々やり忘れがありまして」

 

アハハ…とバツが悪そうに苦笑するマスター。

少しやり忘れた事があった程度、そんなに恥ずかしがる必要は無いと思うのですが。

寧ろ、そういうのをフォローするのが私達の仕事の一環です。

マスターも、もっと私を使って下さってもいいのに。

・・・いえ、いつまでも心の中に留めておくのもよくありませんね。こういう時はハッキリ言わなければ。

 

「マスター、私はあなたの生活を豊かにするために創られたのです。

やり忘れを伝えたり、代わりにお買い物に行くのも、アンドロイドの仕事なのです。

マスターはもっと私に頼ってくれて良いんですよ?」

 

色々と世話を焼いてくれるのは嬉しいですが、何もしないのであれば単に維持費の掛かる人形でしかありません。

私に色々な物をくれた分、私もマスターに色々としてあげたいのです。

そういう想いを直球にぶつけると、マスターは驚愕に目を丸めた後、慈愛に満ちた笑みを浮かべました。

 

「ありがとうゆかちゃん。もう少しゆかちゃんに頼るようにしますね。

まあ、買い物に関してはもう少し情勢が落ち着いてからになりますが」

 

今はアンドロイドに対する評価で世間が割れています。

少なくとも、変装せずに表を歩ける程度に情勢が改善されるまでは一人での外出は控えた方が良いというマスターの判断に、私も同意します。

どのような人に狙われるか分かりませんから、マスターが一緒だと心強いです。

そんなマスターの会話を聞いていた増田さんが、フンッと鼻で笑いました。

・・・?今の会話に笑われる要素なんてありませんでしたよね?

マスターにもその声は聞こえたのでしょうが、何故かマスターは苦笑しています。

 

「さて、またデパートへ行くわけですが、お昼はどうします?」

 

マスターの言葉を聞いて、私はうーんと唸ります。

あの時食べたオムライスも、増田さんの手料理には及びませんでしたし。

外食だと高くつきますし、それならお家に帰って増田さんの手料理を頂きたいです。

勿論これは、増田さんの負担にならなければ、という事が前提ですが。

 

「増田さんが良ければ、増田さんの手料理が食べたいです」

「私はそれで構わん」

「では、今からデパートに向かって、お昼には戻ってくる予定で。増田さんもそれで良いですか?」

「悪いが、私は他事があってな。別行動する予定だ」

「あら残念。それじゃあゆかちゃん、二人で出かけましょうか」

 

私はこくりと頷きました。

初日に出かけた時の様に、ウィッグとコンタクトを整えてもらい、私達は家を出ました。

 

 

 

 

「何だか、人通りが多くありませんか?」

「今日は休日ですからね。年末も近いですし」

 

歩いて15分ほど、街中は色んな人で賑わっています。

完全に人の波の中に入ってしまったようで、注意していないと逸れてしまいそうです。

 

「ゆかちゃん、手を繋ぎましょうか。連絡手段の無い状態で逸れると大変ですよ」

「そうですね、しっかり握って下さいね」

 

私達は人混みで逸れないように、お互いの手を握りました。

互いの指を絡める握り方です。これならそう簡単に離す事はないでしょう。

うんうんと頷きながら、一緒に人混みの中を歩いていきます。

本当に、前にも増して人が多いですね。車道を走っている自動車がとても快適そうです。

そう思った時、ふと疑問が湧きました。

 

「マスター、車は持っていないのですか?」

 

お家があのような山の中にある上に、下山中一度もバス停を見かけなかったので、バスも通っていないのでしょう。

買い出しを初めとして、どこかへ出かけるなら車が必須と思うのですが。

 

「昔は持っていましたし免許もあります。

でも増田さんに、お前は何人殺すつもりだ?なんて言われたら自重するしかないでしょ」

 

な、何人殺すつもりって、そんなに壊滅的な運転なんですか?

確かにそれなら、最初から車に乗らない方が良いですね。

マスターにも苦手な事があるんですね、なんて面と向かって言えるわけがないので、それは仕方ないですねと返します。

 

そんな感じで雑談をして、色々な風景やお店を見ながら道を歩きます。

ふと通りかかったお店のショーウインドーを見ると、ガラスの反射に仲睦まじそうなカップルが映っています。

手を握って歩いているんですかね、二人の距離がとても近いです。

彼女さんの方はお店の商品を見ているのでしょうか、こちらと目が合っています。

そう思って少し考えて、常に目が合っているならその人が私なのだと思い至りました。

 

(あ、れ、私ですか!?ちょ、ちょっと待ってください!あまりに仲睦まじ過ぎませんか!?)

 

自分も最初はカップルに誤認したくらいです、第三者から私達がどう見えてるかなんて言うまでもありません。

そして気付いてしまいました。私達が手を繋いでいるのも、所謂恋人繋ぎと呼ばれるものです。

増田さんもおらず、二人で手を繋いで歩く姿は完全にデートです。

体内温度が急上昇していきます。そして、それは手を繋いでいるマスターも気付いたようです。

 

「めっちゃあったかくなってますが、大丈夫ですか?」

「ま、まままマスター、こ、これ、この姿、これじゃまるでカップルでは!」

 

私は遠回しに手を離しましょうと訴えますが、マスターはニコリと笑っただけで、私の手を解放してくれませんでした。

寧ろ、先程より手を握る力が強くなりました。手を離す気は全くないようです。

デパートに着くまでの間、私は湯たんぽの様な温度をマスターの左手に提供し続けました。




増田さんもそこそこ世話焼き体質ですよね? byマスター
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