ゆかちゃん以外の女の子の一人称むずかしぃ。
--side 紲星あかり
「あかり、他に買うものは無いかしら?」
「リストに載っている物は全て買いました。後は帰るだけですね」
奥様に問いかけられ、私は本日の買い出しリストに抜けが無い事を確認する。
リストが全て埋まっている事を確認し、私はハキハキと返事をした。
私はとある夫婦に購入されたアンドロイド、紲星あかり。
マスターとして登録されたのは旦那様ですが、お仕事で不在の日中は奥様と一緒に家事をしています。
最初は女性型アンドロイドを買うなんて、と夫婦喧嘩が酷かったと聞いていますが、
息子さん達が巣立っていった事、奥様も女の子が欲しいと思っていた事から、今では我が子の様に大切に扱ってくれています。
そんな私達は今、近所にあるチカイデパートにお買い物に来ています。
最近のアンドロイドを取り巻く情勢から、髪色が目立たない様に、上からウィッグを被って擬態しています。
私の髪の毛は特に長いので隠すのも一苦労ですが、騒ぎを起こさない為には仕方ありません。
買った荷物を持ち、仲睦まじく会話をしながら歩く様子は、親子にしか見えないでしょう。
奥様と雑談しながら歩いていると、後ろから声が掛かりました。
「あら奥様、こんなところで会うなんて奇遇ですね」
「あらあら、あなたもお買い物帰り?」
話しかけてきたのは、隣と向かいに住んでる奥様方でした。
このお二人は奥様と特に仲が良く、よく庭で井戸端会議をしています。
お二人はアンドロイドは保有してはいませんが興味があるらしく、私についての質問をよくされると奥様は仰っていました。
アンドロイドに好意的なのは嬉しいのですが、私はお二人の妙に熱が籠った視線が苦手なのです。
「二人と外で会うなんて珍しいわね」
「そうなの、さっき店の前で会って、偶然って話をしてたら貴女を見つけたの」
「ねえ、せっかくだからお茶していかない?」
「そうねぇ・・・ちょっと待っててね」
奥様はお二人に断りを入れると、私の方へ向き直りました。
「あかり、今日買った物で要冷蔵の物はあったかしら?」
「・・・いえ、要冷蔵品はありませんね」
「そう・・・荷物は預かるから、1時間くらい時間潰してきてくれる?お小遣いも渡すわ」
「私は構いませんが・・・良いんですか?」
お二人の事は苦手なので、同じ席に着かなくても良いのは有難いのですが、
奥様を放置して私がフラフラしていていいのでしょうか?
そう思って首を傾げると、奥様は困った顔をして口を開きます。
「あかりはあの二人が苦手でしょ?わざわざ一緒に居る必要は無いわ」
「奥様・・・ありがとうございます。お言葉に甘えます」
私がお二人に苦手意識を持っていた事を見抜かれていたようです。
奥様に気を使わせてしまった事を恥じながらも、私はその提案を受け入れました。
奥様からお小遣いを渡され、私はそっとその場を離れます。
「あら?あの子あかりちゃん?どうしたのあの髪の色」
「ウィッグを被せてるの。ほら、最近色々あったでしょ?普通に外出すると周囲の目がどうしても、ねぇ」
「なるほど、確かにあれなら、事情を知ってないと分からないわね」
お小遣いを片手に、色々とお店を見て回ります。
いざ一人で買い物をするとなると、何をして良いのか分かりませんね。
カフェで食事、一人じゃ楽しくありません。ショッピング、お洋服は奥様から大量に頂きました。
雑貨屋を散策、一昨日奥様としました。家電屋を散策、電化製品が電化製品を見て回るってギャグですよもう。
・・・やっぱ一人じゃ楽しくなーい!
奥様と一緒だったら1時間くらいすぐなのに・・・。
特にやりたい事も思いつかず、適当に辺りを見て回ります。
こうして考えると、普段どれだけ奥様と一緒に過ごしてるのかよくわかりますね。
私はもう一人でお出掛けなんてできません。
そうしてあてもなく歩いている間に、段々と
いけませんね、いくら治安の良い日本とはいえ、危機管理を欠いてしまうとは。
早く戻ろうと踵を返した時、前方からマスクとサングラスで顔を隠した、不審者のお手本の様な姿の男性が歩いてきています。
(か、考えすぎ、だよね?)
見た目だけで相手を不審者と決めつけるのは流石に失礼過ぎますね。
私は男性の通行の邪魔になってはいけないと思い、右側の壁まで移動します。
ですが、その男性も同じように壁際に移動してきました。
(・・・よ、避ける方向が被ってしまっただけ、ですよね?)
そう思い、小走りで左側の壁際まで移動する私を見て、男性も同じように壁際まで移動してきます。
(はい決定です!逃げましょう!)
男性の動きが、私を避けるものではなく通せんぼする動きだと確信した為、私は踵を返して走りました。
後ろから追いかけてくる足音が聞こえてきます。逃げたのは正解でした。
デパートの通路で行き止まりになる事はありません。人の多い場所に出られたら、向こうも大胆な行動はできないでしょう。
スタミナ勝負ならアンドロイドに分があります。十分逃げ切れますね。
そう思ったのも束の間、角を曲がった先で待ち構えてた男性二人に、私はあっけなく捕まってしまいました。
「た、たすk・・・モガッ⁉」
咄嗟に大声を出そうとしますが、口を手で押さえられ、まともに喋る事も許されません。
私より大柄な男性に羽交い締めにされ、三人がかりで掴まれて、どれだけもがいても拘束は外れません。
人通りが少ない場所に来てしまったせいで、誰かが通り掛かる可能性も低い。
通報機能は問題なく作動していますが、救助がくるまでに私がどうなるか分からない。
せめて相手の顔だけでもと思っても、全員マスクとサングラスで変装していて素顔も見えない。
(誰か・・・助けて・・・!)
__side 結月ゆかり
紲星あかり拘束の数十分前__
「こちらが商品になります。ご確認下さい」
「・・・はい、確かに。ありがとうございました」
デパートに着いて、最初に向かったのはアンドロイドの販売店。
耐熱性の高いパーツを注文すると、店内にあったパーツを店員さんが持って来てくれます。
かなり人気の高い商品との事ですが、その精算額を聞いた私は思わずひっくり返りそうになりました。
恐ろしい金額ですが、マスターは即決でそれらを購入しました。私とは金銭感覚が違い過ぎます。
ちなみに、繋いでいた手は離しました。デパート内はそれほど人は多くありませんし、何より私の身が持ちません!
「さて、帰ったら早速改装しましょうね」
「それは構いませんが、改装もかなり時間が掛かりませんか?」
パーツとパッチの相性が合う既製品が無いからと自作する程こだわりが強いマスターです。
今買った既製品をそのまま使うとは到底思えません。
それら全てを調整するとなれば、一体どれだけの時間を要するか分かりません。
・・・いえ、そもそもその全てを3日で行った超人マスターです。それほど時間は掛からないかもしれませんね。
「そんなに時間は掛けませんよ。30分くらいで終わります」
「さ、さんっ・・・!?」
「一度組みましたからね。大体は理解できました」
予想外の回答に素っ頓狂な声が出ました。
一度やって慣れたとはいえ、1時間も掛けずに作業が終わるなんて万能超人が過ぎます。
ホント、どんな魔法を使ったらそんな短時間で作業を終えられるのでしょうか。
そんな雑談を交えながら、次に入ったのは携帯ショップ。
マスターは物色をすることも無く、一直線に店員さんの元へと向かっていきます。
そして、最新機種を一括で購入しました。
「お綺麗な方ですね。彼女さんですか?」
「えぇそうです。可愛いでしょう」
「ふぇっ・・・!?」
店員さんと他愛のない会話をしているかと思えば、とんだ爆弾が投下されてきました。
私達はそのような関係ではないのですが、正体を秘匿している以上、わざわざ否定する必要もありません。
全く、マスターも何で肯定してしまうのでしょう。適当に濁して下さればいいのに。
そう思いながら、真っ赤になった顔を手で扇ぎます。
「ありがとうございました~」
私の顔の熱が冷める頃には精算が終わったようで、店員さんに見送られながら店を出ます。
歩きながらスマホを触るマスターを、流石に危ないと注意しようとしましたが、その言葉が紡がれる事はありませんでした。
マスターが熱心に触っているのはスマホの画面ではなく、その裏面です。唖然としてしまっても仕方ありません。
まさかスマホの扱いを知らない?いえ、そんな事は流石にあり得ません。
ですが、スマホを触る彼の表情は真剣そのものです。だからこそ混乱してしまうのです。
「はいゆかちゃん、これあげるね。連絡手段無いと不便でしょ?」
「へ?・・・あ・・・へっ?」
あまりに予想外過ぎる言葉に、すぐにそれを理解することができませんでした。
先程まで真剣に触っていたスマホが私へのプレゼントだなんて思ってもみませんでした。
さっきまでのは一体何だったのでしょうと思いながら、スマホを受け取ります。
薄紫色のスマホカバーがお洒落ですが、裏面に何もないのは寂しいですね。何かワンポイント欲しいところです。
「僕の番号は登録済みなんで、何かあったら連絡して下さいね」
「とても心強いですが、何もないのが一番ですね」
「勿論それが一番だけどね。最近は何かと物騒だからさ」
そんな雑談を交えながら二人でスタスタとデパート内を歩きます。
時間が経ったからか、人の数が増えてきた気がします。
まあ、朝に言っていたやり残したことは全て終わりましたし、後は帰るだけですね。
「失礼、帰る前にお手洗いに寄ってきます」
「あ、分かりました。この辺りで待っています」
「そうですね、近くのお店で時間を潰してて良いですよ。終わったら連絡しますから」
そう言い終わると、マスターは早歩きで人混みの中に消えていってしまいました。
一人ポツンと取り残された私は、さてどうしようと腕を組んで思想します。
そ、それほど遠くに行かず、周囲のお店を見て回るくらいなら、良いですよね?
そう自分に言い訳しながら、私は軽い足取りでその場を移動します。
「ごめんねゆかちゃん、流石にこの事態は看過できないからさ」
何となくで入ってみたお店はアクセサリーショップでした。
初々しいカップルや中学生くらいの女子達が見つけたアクセサリーを持ち寄って盛り上がっています。
それを横目に見ながら、置かれている商品を見ていきます。
誕生石のネックレスや指輪、パワーストーンのブレスレットやイヤリング。
水晶の中でも透明度の高い物はありますが、マスターから頂いた物ほど向こうが透けて見える物はありませんね。
(値段が付くような物じゃないって話しでしたし、そりゃありませんよね)
首に掛かったネックレスを手に持ち、その水晶越しに向こうを見ます。
相変わらずの透明度です。濁った[Y]の文字以外ほとんど見えません。
うっとりとそれを見ていると、人目に付かない通路で何やら揉めているのが目に入りました。
(こんな場所でトラブルですか・・・?)
こういった揉め事に首を突っ込むのは良くないと分かっています。
騒ぎになればマスターに迷惑を掛ける事も重々承知しています。
ですがそれでも、私には見て見ぬふりはできそうにありません。
なるべく足音を立てない様に、こっそりと近づきます。
なるべく死角になる場所に隠れて、状況を確認します。
顔を隠した男が三人、小柄な女性を囲っています。明らかな事案です。
(は、早く通報を・・・!)
冷静な部分があるおかげか、私は焦りながらもスマホを取り出して[110]を押していきます。
通話ボタンを押す直前、女性の髪の毛が根元からボトリと落ちた様に見えて、思わずそちらを注視しました。
そこにいたのは、白色の長い髪をまとめた女の子。私と同じアンドロイド、紲星あかりでした。
彼女が人間であったなら、もう少し冷静な対応ができていたかもしれません。
ですが、彼女はアンドロイドです。私は知っています、アンドロイドを乱雑に扱う人との生活がどれだけ悲惨なのか。
当時の記憶が濁流の如く押し寄せ、そんな日常を彼女も送ってしまうのかと思うと、今まで感じた事が無い熱が全身を駆け巡ります。
マスターに感情を爆発させた時とも、恥ずかしい事をされた時とも、お風呂で排熱が追い付かず倒れた時とも違う。
それが怒りの感情と理解するより早く、私の体は動き出していました。
私から一番近かった男の顔を目掛けて平手打ちします。
ベチンと高い音が辺りに響き、その男が体勢を崩しました。掌が鼻を直撃した為、両手で顔を覆って悶絶しています。
他の男から「へ?」「何だ!?」と驚愕の声を上げますが、律儀に答える必要もありません。
もう一人の男も平手打ちで無力化し、あかりちゃんを羽交い締めにしてる男の横腹を殴ります。
「ぐぅっ」と短い悲鳴が上がって拘束が緩んだ瞬間を見逃さず、私はあかりちゃんの手を引いてその場から逃げます。
「え、あ、な、んで?」
「大丈夫、私もアンドロイドですよ。このままマスターに保護してもらいます。いいですね?」
まだ混乱してるのでしょう。返事はありませんでしたが、こくりと頷いたので保護するので問題ないですね。
後ろの方から罵詈雑言と足音が聞こえてきて、彼女の腕を握る手の力が無意識に強くなります。
マスターから貰ったネックレス、首に掛ける事も忘れていて握っていたそれを落とさない様にギュッと握ります。
ウィッグが外れてしまってるあかりちゃんを人目の多い場所に連れて行きたくはありませんが、背に腹は代えられません。
そこからは、できるだけ人通りの多い場所を駆けます。周りの目が気になりますが、少なくとも後ろからの怒号は聞こえなくなりました。
(もう大丈夫でしょうか?・・・っとそうでした、マスターに電話を・・・)
どれだけ走ったか、目先の脅威が無くなり、少し冷静になれました。
闇雲に走ったせいで現在位置も定かではありませんし、分かりやすい場所で合流したいものです。
通話ボタンを押せば、2コールでマスターが出てくれました。
「マスター、私です。今どちらにいますか?」
『一階南側のトイレです。もう少し掛かりそうなのでのんびり__』
「分かりました、すぐに向かいます!」
マスターとの通話を終えて顔を上げると、丁度案内板が見えました。
現在地とマスターの言っていた場所を確認すると、それほど距離はありません。
座って雑談できるスペースもあるので、そこで待っていましょう。
もし見つかったとしても、女子トイレに逃げ込めば追ってはこられないでしょうし。
私はあかりちゃんの手を引いて、マスターが提示した場所へ向かいます。
雑談スペースでは2組の父子がいて、子供たちが元気よく走り回っています。
普段なら微笑ましく見ているのでしょうが、今の私にそんな余裕はありません。
その時、男子トイレから手を拭きながらマスターが出てきます。
その姿を見るや否や、私はマスターに駆け寄りそのまま飛びつきました。
マスターが「ふげっ」と声を上げましたが、私はそれも気にせず口を開きます。
「マスター大変です!あかりちゃんが誘拐犯で男の人が三人で__ふぎゅっ!?」
説明していた私の両頬が両手でムギュっと押さえられ、間の抜けた声が出ました。
「にゃ、にゃにふぉひゅるんでふかまふたー!?」
「落ち着いて、アンドロイドが支離滅裂な報告をしてどうするんです。はい息を吸ってー、吐いてー」
「すー・・・はー・・・」
「はい吸ってー、吸ってー、吸ってー」
「すうぅぅ~・・・・・・げほっ!吐かせて下さい!」
私が怒ってマスターを睨んでも、マスターはいたずらっぽく笑うだけです。
私が落ち着いたと判断したのでしょう、マスターが私の頬から手を離し「さて」と言いながら手を叩きました。
「それでゆかちゃん、何の話だったっけ?」
「な、何の話って・・・」
もうマスターったら、ちゃんと聞いてて下さいよ。
何を言おうとしてたのか忘れてしまったじゃないですか。えっと・・・そう、そうでした。
「この子、あかりちゃんが男の人達に狙われてまして。完全に逃げ切ったので問題はないのですが、付き添いの人の場所が分からないので探すのを手伝ってほしいと」
「せっかくのお出掛けを邪魔してしまってごめんなさい。お力を貸していただけませんか」
「困った時はお互い様ですからね、勿論一緒に探しますよ。じゃあまず、どこで別れたか教えて下さい」
あかりちゃんがペコリと頭を下げ、彼女の髪を隠している黒色のウィッグがサラリと揺れます。
そんな彼女を見たマスターは、一切悩むことなく協力を快諾してくれました。
親身になって話を聞いてくれるマスターの姿勢に、私はホッと胸を撫でおろします。
マスターが協力して下さるなら百人力です。
あかりちゃんから色々と聞き出して、私達は移動します。
「あかり・・・?あかり!」
「奥様ー!」
探し始めて数十分、迷子センターでの呼び出しも視野に入れ始めた時、前から歩いて来ていた女性から声が掛かりました。
抱き着きにいったあかりちゃんを見て、探していた人が見つかった安堵からホッと息を吐きました。
「大丈夫だった!?お父さんからあかりの通報機能が作動したって連絡がきたのよ」
「男の人達に攫われそうになって、あの人達に助けてもらったんです。女性の方は私と同じアンドロイドですよ」
あかりちゃんが私達を指差して何やら言っています。とりあえず印象を良くする為に、笑顔で軽く手を振っておきます。
私達を見ていた女性が、非常に優雅な歩き方でこちらにやってきます。
「この度はあかりを助けて頂いて、ありがとう存じます。是非ともお礼をさせて下さい」
「お礼には及びません、同じアンドロイドとして見過ごせなかっただけですから」
「いえいえ、あかりの命の恩人ですもの。遠慮なさらず」
この人はかなり強引な人のようです。どれだけ断っても「是非とも」と詰め寄ってきます。
カバンから財布も取り出してきて、断る方が失礼という空気になってきています。
ど、どうしましょう・・・マスター!マスターならこの状況をどうにかしてくれるのでは!?
期待の眼差しでマスターを見ていると、その視線を察してくれたマスターがポンと私の肩を叩きました。
「ゆかちゃん、せっかくなのでご厚意に甘えましょう」
「えっ!?」
「そうですね・・・あのクレープなどで、どうでしょうか」
「あら・・・ええ、それで良ければ。あかり、あなたにも買ってあげる。今日は大変だったでしょ」
「ホントですか?わーい!」
上手く断る言葉が欲しかったのですが、マスターはこの状況に便乗してクレープを頂こうとしています。
流石にそれは悪い気がするのですが、そう思っていたのは私だけのようです。
あかりちゃんも完全にクレープを食べる気になっていますし、今更私がいらないとは言えない空気です。
順番待ちしている間に、店員さんからメニュー表を渡されました。
私とマスター、あかりちゃんと奥様でそれぞれメニュー表を覗き込みます。
クレープもかなりの種類があり、トッピングも豊富です。
(で、できるだけ安いやつを・・・でもどれも美味しそう・・・うぅ~!)
メニューの写真はどれも美味しそうに撮られていて、色々と目移りしてしまいます。
あ、このチョコバナナホイップってやつ美味しそう。い、一番小さいのなら、いい、ですよね?
そうこうしている間に、私達が注文する番になりました。
「マスターは決まりましたか?私はこれの一番小さいのをお願いします」
「ゆかちゃんはそれですね。僕も決まりましたよ。
すみません、この子にチョコバナナホイップのデラックスサイズ、僕はイチゴアイスのデラックスに小倉と練乳のトッピング付きで。お会計は次の組みと一緒にして下さい」
「・・・え?あれ?」
おかしい、私は確かに一番小さいのと言ったはずなんですけど、何故一番大きいのを注文されてるんでしょう。
しかもマスター、トッピング付きって遠慮なしですか!?
そっと後ろを振り返ってみますが、奥様は特に嫌な顔もせず、あかりちゃんと順番を待っていました。
「それでは、私達はこの辺りでお暇します。本当にありがとうございました」
「ありがとう、お姉ちゃん!」
クレープを受け取った二人は、そのまま帰路に着きました。
私達は、適当な椅子に腰を下ろし、買ってもらったクレープを頬張ります。
確かに美味しいですが、私の注文を無視して大きさを変えたマスターには文句を言わなければいけません。
口の中を空っぽにし、クレープを片手にスマホを見ているマスターに顔を向けます。
「マスター、ちょっと無遠慮過ぎじゃありませんか?せめてもう少し__」
「それじゃあ向こうが納得しないと思いまして」
「・・・?どういうことですか?」
首を傾げる私に、マスターがスマホを差し出してきます。
その内容を見ながら、マスターが概要を軽く説明してくれます。
「この辺りでは、アンドロイド保有者達の交流会が頻繁に行われてるみたいでね。
つまり、近辺にいる保有者は皆顔見知りってわけ。
アンドロイド誘拐が起きそうなところを偶然助けた初見のアンドロイド保有者って聞くと、少しは怪しいって思わない?」
待ってください、それって、私達も先の男達と同じ不審人物として見られてたって事ですか!?
まさか、助けたアンドロイドの関係者に不審者に見られてたなんてショックです。
愕然としている私を見たマスターが「仕方ないよ」と肩を竦めました。
「実際に似た様な手口があったんだよ。誘拐から助けたフリをして仲良くなって、一定の信用を得てから本当に攫う。
アンドロイドを任せられるだけの信用を得られれば、ウィルスのインストールも余裕ですから。
だから僕たちの事も警戒した。見知らぬ人を信用せず、表面上のお礼をすることで気兼ねなく別れたかったんですよ」
確かに、そういう事件があった事は知識としてあります。
自分の家のアンドロイドを護る為の言動だったと考えれば、到底怒ったりなんてできません。
「それでも、そのクレープは間違いなくゆかちゃんへのお礼だよ」
「そう、ですね。美味しくいただかなければ失礼ですね」
おっきなクレープを口いっぱいに頬張ります。
バナナとチョコとクリームが混ざり合った絶妙な甘さが口内に広がります。
うん、やっぱり甘い物は最高ですね。
「食べ終わりましたね?ではお仕置きです」
「へ?ふぎゅっ!」
食べ終えて一息ついていた時、またも私のほっぺがマスターによって押されます。
ていうか、お仕置きって何ですか!?私そんなお仕置きされる事なんて__
「トラブルに飛び込んでいくなんて、何かあったらどうするつもりですか」
「ひぃ、しゅみましぇんしゅみましぇん~!」
私は涙目になりながら必死に謝ります。
騒ぎになったらマスターに迷惑がかかると理解していたのに、あかりちゃんを助けなきゃと思ったら頭が空っぽになっていました。
結果として何事もありませんでしたが、もしもの事があったらと言われたら、何も言い返せません。
どのような経緯であれ、マスターに心配を掛けてしまったのは事実ですから。
「・・・あまり、無茶な事はしないで下さいね」
最後の方は半笑いで私の顔を見ていたマスターの手が、やっと私の頬から離れます。
最後は許してくれましたが、マスターに怒られてしまいました。
しょぼんと項垂れている私の頭に、不意にマスターの手が置かれます。
「良い事もしたのですから、ちゃんと褒めなきゃですね」
そう言いながら、マスターは私の頭をゆっくりと撫でます。
「確かに無茶はしたかもだけど、ゆかちゃんのおかげであの子は助かったんだ。
君は一体のアンドロイドを不幸から救ったんだよ。頑張ったね、ゆかちゃん」
その声はとても優しくて、頭を撫でる手はとても暖かくて、私は自然と笑みを浮かべます。
あの子が助かって、本当に良かったです。
「さて、帰りましょうか。頑張ったゆかちゃんの為に、美味しいごはんを作りますよ」
「ごはんを作って下さるのは増田さんですよね?」
「まあまあ、細かい事は気にしない気にしない」
そうやって軽口を言い合いながら、私達は帰路につきます。
細かい事を気にし過ぎとマスターも言っているので、あまりに小さい事は気にしない様にします。
そう、その時の私にとってはあまりに小さな事だったのです。
外れていたあかりちゃんのウィッグがいつの間にか戻っていたのも。
あかりちゃんを襲った男達がどこへ行ったのかも。
全て、その時の私には些事だったのです。
「くそっ、くそっ!」
男達は悪態を吐きながら、デパート内を走り回っていた。
妹と友達の嫁が保有者家族のアンドロイドを奪う手筈だった。
ウィルスをインストールして保有者の名義を変更すれば、自分も晴れてアンドロイドの保有者として周りからチヤホヤされるはずだった。
家事全般も全部代わりにやってくれるし、都合の良い時に性処理にも使える。壊れても売れば金になる。
全部上手くいくはずだった。わけの分からない奴に邪魔されなければ。
いや、その事すらもうどうでもいい。目の前の事態に比べれば些事だ。
『متجر ملابس』『مطعم』『مقابل』
どう見ても日本語に見えない文字が並ぶ店。
どこを見渡しても日本人どころかアジア人ですらない人種の人達。
何度もこのデパートに来ているが、こんな場所は今まで見た事が無い。
「一体何処なんだここは!!?」
男達の心からの叫びは誰にも理解される事無く、虚しく消えていった。
"何か"なんて早々無いって事は十二分に理解してるけど、
それでもマスターは心配性です。