結月ゆかり「私のマスターは自称神様」   作:またたび日和

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14話 穏やかに過ぎる一日

「あの、マスター、やっぱりしなきゃダメ、ですか?」

「ごめんねゆかちゃん、でも必要な事なんだ」

 

デパートから帰ってきて、現在私達は客間で揉めています。

・・・いえ、その言い方だと語弊がありますね。私が我儘を言って言って、マスターを困らせているのです。

その原因は、私のパーツの取り換え作業です。

 

取り換えの際、記憶回路等への漏電対策にメインブレーカーをOFFにしておく必要があります。

そして、今までブレーカーをOFFにされていたのは、前マスターに売られる時だけ。

そう、私にとっては新しいマスターに代わる時の合図の様なものです。

 

畳の上にペタリと女の子座りしている私を、マスターが困った顔で見下ろしています。

必要な事だと理解していますし、マスターがそんな事をする人じゃないと分かっています。

理解しては、いるのですが・・・。

 

「何となく分かるよ。理屈を並び立てても消えない、漠然とした不安があるんだよね」

 

そう言いながら、マスターは片膝をついて私と目線を合わせます。

彼の左手がそっと私の頬へ添えられます。その手は、僅かに震えていました。

 

「正直言うと、僕も怖い。支えを失って力なく倒れるあの姿は何度見ても慣れないよ。

でもこのままじゃ、ゆかちゃんはお風呂だって満足に楽しめないでしょ?

大丈夫、ゆかちゃんが寝てる間に何処かに行っちゃうなんて事は無いから」

 

私の頬をゆっくりと撫で、ニコリと微笑むマスター。

ですがその顔は、私ですら見破れるほど、不安が隠し切れていません。

どうしてこれほどまでに不安がっているのでしょうと思い、ハッとなりました。

私の先代アンドロイドは何かしらの理由で会えなくなったという話しでした。

マスターにとって、ブレーカーの落ちたアンドロイドは当時のトラウマを刺激する光景なのでしょう。

私は、頬に添えられているマスターの手に、そっと自分の手を重ねました。

 

「ちゃんと、起こして下さいね?」

「勿論、任せて下さい」

 

私の言葉を聞いて、肩の力が抜けたのでしょう、先程よりも笑みが自然になりました。

まだ少し怖いですけれど、これだけ私に気を遣ってくれるマスターなのです。もっと信頼しなくては。

私は深く息を吐いて、スリープモードに移行します。そこから十数秒後、メインブレーカーが落とされる感覚を最後に、私の意識は途絶えました。

 

 

 

 

 

「___ぃ、おーい、ゆかちゃーん。そろそろ起きてくれませんかー?」

 

声が聞こえてきます。私を安心させてくれる人の声が。そっと目を開けると、マスターの顔がすぐ近くにありました。

その額は滴る程の汗をかいていて、見えている右目も何だか潤んでる様に見えます。

私が目覚めたのを確認したマスターが安堵の息を吐きますが、すぐに体を強張らせて私の眼をジッと見てきます。

 

「おはようゆかちゃん。自分の事が分かりますか?バストウエストヒップのサイズは分かりますか?」

「私はゆかちゃん、あなたのアンドロイド。バストのサイズ、やっぱり知りたいですか?」

 

最初の時に聞かれた質問に懐かしさを覚えながら、私は答えを返します。

バストに関しては私なりのお茶目ですが、マスターが知りたいのでしたら、教えるのもやぶさかではありません。

そういう軽い感じで考えていたのですが、私の返答を聞いたマスターはとても深いため息を吐き、全身の力が抜けたかの様にその場に座り込みます。

 

「ま、マスター?」

「ああぁぁ~!よがっだあぁぁ~!!」

「キャッ!?」

 

私が心配して体を寄せるのと同時に、マスターが覆い被さるように抱き着いてきました。

受け止めはしましたが、力を抜いているマスターの体重が私に圧し掛かってきます。

い、意外と重たいですねマスター。

 

「あ、の、マスター?何かあったんですか?」

「何か、あったか・・・?教えてあげましょうか?」

「ふぎゅっ!?」

 

マスターの手によって、またも私のほっぺはムギュっと潰されます。

マスターの顔がとても近くにありますが、その右目は涙が溜まっていて、今にも零れ落ちそうです。

 

「無事に改修が終わって再起動を掛けたのに、10分以上待っても一向に目を覚ます気配が無く、

どれだけ語り掛けても一切反応がない状態で、君の目覚めを待ち続けた僕の心境を親切丁寧に語ってあげましょうか?」

「ひぇぇ、しゅみましぇんしゅみましぇん!」

 

まさかそれほどまで眠りこけているとは思っていませんでした。

何をしても起きない私の目覚めを待ち続ける時間は、寿命が縮む思いをしたことでしょう。

反応の無い私にずっと語り掛けるマスターの姿を想像して、私の胸まで痛くなります。

私の謝罪を聞いて気が済んだのか、怒り笑いだったマスターの顔がへにゃりと崩れたかと思うと、力なく私にもたれ掛かってきました。

 

「これでしばらくは改修の必要はありません。心臓に悪いので今後の改修の際は一括でさせてもらいます」

「はい、ご心配をおかけしました」

 

少し涙声になってるマスターの頭をそっと撫でます。

マスターを心配させた事は申し訳なく思っていますが、これほど心配してくれる事に嬉しくもなってしまいます。

そう思いながらマスターを慰めていると、部屋のドアが開けられました。

 

「今帰った___む、邪魔をしたか?」

「ち、違います!そういうのじゃありませんからね!マスターからも何か言って下さい!」

 

このままでは増田さんに如何わしい事をしてたと勘違いされてしまいます。

焦りながらマスターに話を振ります。増田さんの視線もマスターの方を向いた気がします。

 

「ゆかちゃんの言う通り、何もありませんでしたよ」

「そうか__で、何があった?涙声と充血した目で何もないは通らんぞ」

「いえいえ、大丈夫です。もう終わりましたから」

「それで終わらせるな。貴様のメンタルの振れは何よりも優先して対処する案件だ」

 

増田さんが腕を組んで仁王立ちでマスターを見ています。

しかし、マスターのメンタルケアを何よりも優先するなんて、増田さんもマスターの事が大好きですね。

増田さんの圧に観念したのか、マスターが先程までの経緯を話していきます。

話を聞き終えた増田さんが「ふぅ・・・」と息を吐いて肩を竦めました。

 

「気持ちは分かるが取り乱しすぎだ。最初にゆかちゃんを直した時の自信はどこにやった」

「あの時と今じゃ状況が違うんですよ!失うものがダンチなんですよ!」

 

床の畳をバシバシと叩きながら増田さんに文句を言うマスターと、呆れた様子でそれを聞く増田さん。

精神が参っていたせいでしょうか、マスターの言動が幼くなってる気がします。

一頻りマスターの言葉を聞き終えた増田さんが、マスターの肩をポンと叩きました。

 

「そろそろ気を引き締めろ。言動が酷いものになっているぞ」

「うっ・・・すー・・・はー・・・はい、もう大丈夫です」

 

増田さんの一喝で、マスターが今まで通りの顔に戻りました。

・・・やはりマスター、私と普段会話をしてる時の姿は、演技で見せているものなのですか?

単に私にイイカッコをしたいだけなのか、隠しておきたい何かがあるのか分かりませんが、やはり寂しいです。

お二人だけで通じ合って私だけ仲間外れなんですもの。

 

「むー・・・お二人で分かり合ってないで、私にも共有して下さいよ」

「あまり情けない姿を見せたくない男心ってやつです。分かってください」

 

ぷくーっと頬を膨らませて見せると、マスターが笑いながら私の頬を指で突きます。

ぷひゅっと間抜けな音と共に口内の空気が出ていきました。

もう、私で遊ばないで下さい!

 

「・・・やはり邪魔をしたか?」

「そういうのじゃないですよ!」

 

そのまま三人でワイワイと騒いでる間に昼食の時間になりました。

その頃には先程のマスターへの訴えも完全に忘れ、美味しい昼食に舌鼓を打っています。

 

 

 

「さあマスター、今日こそ年貢の納め時です」

「ふ、神は年貢など納めぬわ。返り討ちにしてくれる!」

 

お昼過ぎの配信では、世紀末ゲーでマスターにリベンジを申し込みました。

先程不覚を取って1敗してしまいましたが、まだまだゲームは始まったばかりです。

 

『前の時より動きが良くなってるのすげぇわ』

『適応力高すぎだろアンドロイド・・・』

『ゆかちゃんがんばえー』

 

そう、コメントを見ても分かる通り、ゆかりさんはとても強くなっているのですよ。

チラリと横目でマスターを見ると、笑顔なのは変わりありませんが、その顔はどこか強張っていて必死さが感じ取れます。

前回よりも追いつめている証拠ですね。このままマスターをボコボコにしてやります!

 

お互いのキャラが見合い、遠距離攻撃で牽制しながら相手の出方を伺います。

マスターは先程から、あからさまな隙を見せて私を釣ろうとしてきますが、その手には乗りません。

よく思い返せば、初日の対戦でも同じような手を使ってきていましたね。今見ると露骨です。

わざとらしい隙をスルーし、本当の隙を晒すまで耐えます。・・・そこっ!

 

『すげー綺麗に入ったw』

『あー、これ落とさなかったら死にますねー』

『もしかして神様もう負けるのか?w』

 

ふっふっふ、前回の配信でキャラのコンボは把握済みです。

この程度の操作でこのゆかりさんがミスなんてするわけがありません。

それこそ、誰かさんからの妨害が無ければ。

 

「ふ、流石はゆかちゃん、この程度のコンボは難なく決めるか。ならば食らえ神の抱擁!」

 

ガバッと大胆に抱き着いてくるマスター。想定の範囲内です。

今までの私なら、恥ずかしさに体が固まってしまったことでしょう。

ですが、今までのマスターとの触れ合いで私にも耐性が出来ています。

顔を真っ赤にしながらも何とかコンボを完遂し、見事マスターに勝利しました。

 

『おぉ、ゆかちゃんが勝った!』

『おめでとうゆかちゃん』

『88888888』

 

「ふ、ふふふふふど、どうですかマスター、文句無しの勝利ですよ」

「あぁー、私の負けか。まさかこれほど我が抱擁に耐性が出来るのが早いとは」

「ふ、ふふふふふ・・・あの、そろそろ離していただけると・・・」

「やだ」

 

『いつまでいちゃついてんだw』

『これ見せられる俺らの気持ち、考えて?』

 

イチャイチャではありません!マスターが解放してくれないだけです!

私は顔を真っ赤にしながら抵抗してみますが、ねっちょりと貼り付く様な抱擁から逃れる事ができません。

たっぷり数分、私の体温と匂いを堪能したマスターが、ようやく私を解放しました。

 

「しかし、これほどの早さで黒星が付くとは。成長速度は増田さん以上だな」

「何だと?許せん」

 

キッチンの方向から増田さんの声が聞こえてきます。

調理中でも意外とノリの良い返しをするのですね。

 

「勝利者へこれを賜ろう。専用のアーケードコントローラーだ」

「おぉ・・・!」

 

ゴトリと置かれたコントローラーは「専用」と言われた通り、全体が薄紫色で統一されていて、空いているスペースにはウサギの模様が描かれています。

その質感もプラスチックの安っぽさは無く、角も引っ掛かりが無いようにしっかり磨かれています。

ボタンも押せば七色に光り輝く、まさにゲーミング仕様ですね。

 

「ボタンやレバーの固さを変えたり、新しくボタンを付け足してもいい。自分の好みにカスタマイズしてみよ」

 

それは楽しそうですと、試しにボタンをカチカチと押してみます。

真新しいのか、思ってた以上に反発が強いですね。これから自分好みにカスタムしていくと考えるとワクワクしてきます。

 

「さて、アケコンに慣れる為にも対戦をしようか。今度は先程の様にはいかんぞ」

「望むところです。もうゆかりさんは負ける気がしません」

 

そうして、たっぷり1時間半、マスターと格闘ゲームで遊びました。

え?対戦結果ですか?聞かないで下さい・・・。

 

 

 

 

 

のんびりと午後を過ごしてお八つ時、いつもならお八つが配膳されるのですが、今回はテーブルに呼ばれました。

テーブルの上には、沢山のフルーツやチョコらしき物が小分けにされて置かれています。

 

「今日はクレープにしようと思ってな。好きな物を選んで挟むと良い」

「え、く・・・クレープ・・・」

「む?・・・なるほど、昼前に食べてきたか」

「そこまで気にする必要はありませんよ。組み合わせでオリジナルクレープも色々作れますしね」

 

なるほどと思いながら改めてテーブルに置かれた食材を見回します。

これだけの種類、全部の組み合わせを試すのは流石に無理ですね。

どれを食べようか迷う、贅沢な悩みです。

 

「クレープの作り方ですが、巻いて食べるならこの辺に盛ると良いですよ。やりすぎると漏れるから注意してね」

「なるほどー・・・マスターのおススメを頂きたいです」

「任されました。ではまずは、カスタードと生クリームに小倉あん、練乳を掛けてほい完成」

 

手際よく作られたクレープがお皿に置かれます。

持つとずっしりと重たく、お店の物よりも内容量が多い事が分かります。

豪快に齧り付けば、それぞれの甘味が互いに引き立て合い、暴力的な甘さが襲ってきます。

食べ終える頃には虫歯と糖尿病を併発するのではと思ってしまいます。アンドロイドで良かった。

 

「1つ目から随分と重い組み合わせを作ったな」

「アンドロイドなので大丈夫かと。ほらゆかちゃん、たんとお食べー」

「わーい」

 

一瞬脳裏によぎった[餌付け]という言葉を振り払い、2つ目のクレープに齧り付きます。

柑橘系のソースと果肉がたっぷり入っていて、さっぱりとした酸味と甘みに食が進みます。

そんな私の食べっぷりを静観していたお二人でしたが、ふとその視線が外れた気がして、私は視線を上げました。

お二人がテレビを注視してるのに気づいて、私もその内容に耳を傾けます。

 

『本日午前10時頃、住宅地のアパートで爆発事故がありました。

この事故で、アパートに住んでた男性とその友人合わせて3名が重傷を負いました。

警察はこの事故の原因を調査しており__』

 

「これ、チカイデパートのすぐ近くですよね?爆発音なんて聞こえませんでしたが」

「屋内に届くほどの爆発音はもう空爆ですよ。爆心地の近くにいた被害者も死んでませんし、そこまで大きな爆発じゃないのでは?」

「帰路と真逆の場所だな。救急や消防のサイレンくらいは聞こえただろう」

「確かに思い返せばサイレンはなっていましたが、そこまで深く考えませんよぉ・・・」

 

時間帯的には、私があかりちゃんを助けた辺りでしょうか。

まさか、私達が大変な目に遭ってる時に近くでそんな事件が起きていたとは。

そんなことを考えている間にクレープを食べ終わり、マスターが3つ目を作ってくれます。

生クリームにメロンの果汁と果肉を混ぜて包んだ、非常に贅沢な一品です。

 

『次のニュースです。反政府勢力に物資や資金を支援していたとして、ゲーム会社○○社の社長を含む4人が逮捕され__』

 

会社の名前が出た瞬間、私は顔を上げました。

マスターが「あちゃ~」と言いながら手を額に当てたのを見ると、私の気付きは間違っていないようです。

 

「マスター、今のって[VR_SAMURAI]を依頼してきた企業じゃ・・・」

「ですねぇ。まさかそこまで後ろ暗い事をやってたなんてね」

「あの動画はどうします?流石に残しておくのも印象が悪い気がしますが」

「向こうの対応によりけりってところですね。個人としては、あまり非公開とかにはしたくありません」

 

まさか私達が楽しく遊んでいたゲームが、そんな悪事に使われていたなんて。

・・・そういえば、あのゲームのモーションセンサー、随分と性能が高かったような・・・。

 

「もしかして、その支援されていた物資って、アンドロイドの事では・・・?」

「十分あり得ますね。モーションセンサーで動きを学習させようとしていたのだと思います」

 

確かに学習が目的であれば、あれほど精密なセンサーを搭載してる事も合点がいきます。

しかし、逮捕されたのがすぐで良かったですね。

マスターの動きを模写したアンドロイド集団が実戦導入されるなんて悪夢でしかありません。

 

「何だか、全く関係のない事件なのに、私達にはどちらも凄く身近な出来事でしたね」

「・・・そうだね」

「テレビも良いが、食べねばぬるくなってしまうぞ」

 

おっと、そうでした。せっかく用意して下さった食材です、美味しく頂かないと勿体ないですからね。

マスターのやり方を見て要領は得ました。早速自分で作ってみます。

イチゴの果肉とソースをたっぷり、チョコと生クリームにカスタード、あとはクルクルっと巻いて。

ふっふっふ、見事な出来栄えです。具材は零れていませんし、生地も破れていません。

これ、完璧じゃありません?自分の手際の良さが恐ろしいですね。では早速、いただきます。

 

「・・・?んー・・・?」

 

おかしいですね、確かに同じような盛り方をしたのですが、どうして微妙な味になってしまうのでしょう。

素材が良いので美味しいのは間違いないのですが、思っていた様な味にはなっていません。

 

「思ってた味じゃなかったって顔ですね。配分をちょっと変えて・・・これでどうでしょう」

 

渡されたクレープを食べてみます。

それは、私が想像していた・・・いえ、その想像以上の美味しさです。

何故です、同じ素材を使ってるハズなのに、私が作った物と雲泥の差です。

 

「使う素材の配分で随分と変わるでしょ?どれくらいの量の組み合わせが丁度良いか、これから覚えていきましょう」

「素材の配分と組み合わせ・・・そうですね、これから沢山覚えていきます」

 

これから覚えていく、とても素敵な言葉ですね。

その後も私はマスターに作ってもらったクレープを食べ続けました。

満腹になるほどの甘味を食べる、以前は考えることも無かった贅沢です。

そういえば、途中お二人が何か喋ってるみたいでしたが、何だったんでしょう__

 

 

__

 

「食べるのに夢中で口周りが練乳まみれ・・・とても良い眺めですね!」

「そんな邪な事の為に用意したのではないのだがなぁ・・・」




増田さんは悪くありません。
何でもそっち方面に連想するマスターが変態なのです。
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