私は結月ゆかり、今は自身を神様と自称する変人をマスターと呼ぶアンドロイドです。
言動こそ変ではありますが、少なくとも今までのマスターよりはずっとまともです。
そのマスターは、先程ようやく足の小指の痛みから解放され、忙しなく配信の準備をしています。
「ゆかちゃんは次回の配信から手伝ってもらうね」
そう言われたので、私はカメラに映らない場所で静観することにしました。
何度か咳払いして自身の声を確認したマスターが配信ボタンを押しました。
「さあ下々の民よ、今日も始まったぞ神の戯れゲーム配信だ」
『神・降・臨・!』
『キャー神様ー』
『ニート乙』
「早速私を称えるコメントをありがとう下々の民達よ。
後私をニートと罵った不敬な輩には後で居間の机の角に左足の小指を思い切りぶつける呪いをかけます」
『相変わらず呪いの内容が具体的過ぎるw』
『つーかこの内容さっき起こったことでは?』
『よく見りゃ神の右目充血してるw』
『左目の包帯もちょっと湿ってね?』
「はー?神が泣くわけないのだが?不敬な発言も大概にしろよ下々の民よ?
つーかあれで泣かない奴がいるなら連れて来いって話だわ」
『神様メッキ剥がれてますよ?』
『ああ、やっぱり今回もダメだったよ』
視聴者の数を見るに、自身が「そこそこ好評」と言った評価は間違いではないようです。
固定の視聴者も結構多いようで、洗練されたコメントが流れています。
そして、自分自身を神様と名乗っているのも体に巻いた包帯もマスターのキャラ付けであり鉄板ネタのようです。
ですが、普段からその言動をする必要はないと思うのですが。
「さて、今回は不朽の名作と呼ばれるこのゲームでRTA記録の更新を狙おうか」
『来たこれ!めっちゃ遊んでた!』
『神様遊んでるゲームジャンル多すぎじゃね?』
配信のコメントに反応しながらゲームを進めるマスター。
聞いていると、この人ほとんどしゃべり続けています。無言の時間がほぼありません。
しかもゲームの解説だけでなく、雑談も相当な頻度で織り交ぜられて、聞いてて飽きません。
マスター、かなりのやり手ですね。
マスターを観察して分かった事は、やはりあの包帯はファッションだったということでしょうか。
左目まで覆った包帯は不便だと思ったのですが、あの精度でゲームが出来ているので問題ないようです。
右手も、むしろ左手より忙しなく動いているので不自由は無さげです。
歩いている時に左足を庇う様な歩き方もしていないので、左足の包帯もファッションのようです。
辛うじて右手はまだ分かりますが、動画に映らない左足の包帯は不要な気はするのですが。
喋り続けるマスターの配信を興味深く見ていた私ですが、ふと視線を横に向けると、増田さんが掃除をしていました。
そうです、今までマスターの性処理以外命令されなかった私ですが、本来は家事全般は我々がこなさなければならない仕事。
急いで立ち上がり、増田さんの元へ駆け寄ります。
「申し訳ありません増田さん、お手伝いできる事はありますか?」
「手伝いは良いが、自身のパーツやパッチの把握はできているか?早いうちに把握しておけ、後になる程文句も言い辛くなるぞ」
「・・・・・・」
そ、その通りです。ただでさえ色々と改造されているというのに、確認を怠っていました。
もしも妙なパッチが入っていても、時間が経っていてはそれを受け入れていたと勘違いされてしまいます。
私は指摘されるまで忘れてた恥ずかしさを隠すように、自身の構成パーツとインストールされたパッチを確認します。
身体はほとんどが軍事用パーツで構成されていますが、武装パーツと接合する部分は処理されています。
例えるなら、自動車から武装が取り付けられない戦車に転換された、といったところでしょうか?
ただ、私の知らないパーツが幾つか使われています。
パッチは主に身体パーツとAIの互換性を持たせるものでした。
動作に不自由が生じない様にするためでしょうか、かなり複雑なプログラムが組まれています。
対ウィルス用のファイヤーウォールもありますが、こちらも私の知らない物が使われています。
結論、3割くらい私の知らないパーツが使われてます怖い。
ここまで高価な軍事用のパーツを惜しみなく使えるのです、マスターが只者でないことは確かですが
アンドロイドである私ですら情報を持って無いパーツが混ざってるのはどういうことでしょう。
これ、素直に聞いても問題ないのでしょうか?ちょっと怖くなってきました。
「あ、ゆかちゃん自己把握終わりました?どうでしょう、なにか問題ありました?」
予想外の声に私はビクリと跳ね上がりました。
ゲーム実況をしていたハズのマスターが椅子に座ってこちらを見ているではありませんか。
どうやら配信は既に終わっていたようで、私はかなり長い時間を確認に費やしていたようです。
マスターはニコニコと笑顔でこちらを見ているだけなのですが、先程恐怖心が芽生えた直後なので目線を合わせられません。
「・・・?ゆかちゃん?え、ホントに問題あった感じです?」
「え、い、いえ!そ、そういうわけでは・・・!」
どうしましょう、マスターが困った顔でこちらを見てきます。
思い切って聞いてしまった方が良いのでしょうか?
でも、もしそれを聞いた瞬間に彼が豹変してしまったら?
今までの言動は全て演技で、聞いた瞬間に本心が出てしまったら?
例え仮初だったとしても、少しでも今の状態で居たい私は、一歩を踏み込む事ができません。
「おい、その辺にしておけ。ゆかちゃんが困っている」
私達のやり取りを見ていたのか、呆れた声で増田さんが話しかけてきました。
料理中だったのか、外套の上からエプロンを装備した姿は異様を通り越して笑いがこみ上げてきます。
今はとても笑えるような状況ではありませんが。
「ゆかちゃん、言いたいことはこの馬鹿にはハッキリ言っていい。無遠慮で丁度良いくらいだ」
「増田さん増田さん、僕にも傷付く心は残ってるんですよ?」
「そういう言動を返せるなら問題ないな」
無遠慮にと増田さんは言いますが、そんなことできるわけがありません。
増田さんの言葉に応じれない私は結局困った笑みを返しました。
その笑みの意味を汲み取ってくれたであろう増田さんが、軽いため息を吐きました。
「ゆかちゃんの態度が妙なのは、貴様が用意した出所不明のパーツに不安がっているせいだ」
「・・・あー、なるほど」
増田さんの言葉に合点がいったのでしょう、マスターがポンと手を合わせました。
「大丈夫ですよゆかちゃん、闇で取引したとかそういう怪しいのは一切使っていません。
パーツとパッチで相性が良い既製品がありませんでしたので、僕が自作しました」
さらりととんでもない言葉が出てきました。
自作した?ほぼ最新鋭の軍事用部品と互換性を持たせられるような品ですよ?
「・・・ホントにマスターって何者ですか?」
「神様ですよ?普段は宇宙が死んだ時に新しく創る仕事してます。
ちなみに今まで創った宇宙の数は大体、無量大数の5000乗倍くらいですね」
マスターの経歴を聞こうとすると自身のキャラ設定ではぐらかされてしまいます。
あまり事情を聴かれたくないということでしょう。
しかし、無量大数の5000乗って・・・数が多すぎてもおバカに聞こえるんですよマスター?
「話は済んだか?昼食が出来たから運んでくれ」
そう言いながら増田さんがキッチンに向かいます。
生まれて初めてのまともな命令(?)です、きちんと完遂しなくては。
フンスと気合を入れて、私は増田さんの後を追いました。
「・・・あっ」
それを見た瞬間、思わず声が出てしまいました。
用意されている料理、黄色い卵の乗ったケチャップライスの食べ物。
私が食べたいと切望していたオムライスが目の前にあるのです。
「これを運んでくれ」
渡されたオムライスの乗ったお皿を私は無言で受け取りました。
お願いすれば、一口くらい食べさせてもらえるでしょうか?
それとも、機械のくせに卑しいと一蹴りされてしまうでしょうか?
色々と考えつつも、リビングのテーブルにそれらを運んでいきます。
その時、ふと気づきました。
「あの、誰かお客様がお見えになるのでしょうか?」
用意された料理は三人分ありました。
もしかして私の分?という淡い期待を、そんなわけないでしょと、今までの経験が否定します。
問いかけられた増田さんは不思議そうに首を傾げました。
「誰か来ると言っていたのか?アイツ、人を呼ぶなら事前に言えとあれほど__」
「い、いえ、違います!その、お料理が三人分用意されていたものですから」
謙虚な質問をしたせいで逆に険悪な空気になってしまいました。
マスターに飛び火すると思ったので、急いで私はそう思考した理由を言います。
私の言葉に、増田さんの傾げた首の角度が深くなりました。
「私と奴とゆかちゃんの分、それ以外に何かあるのか?」
「いえ!その・・・私が頂いても・・・いいの、かな・・・と・・・」
段々と小さくなっていく私の声を、それでも増田さんは聞き取れたようです。
軽く息を吐いた後、腕を組んで私を見下ろしてきます。
「食べないなら捨てる」
「い、いります!食べさせて下さい!」
スパリとそう言い放った増田さんに対して、私は即座にそう返しました。
冗談でも食べないなんて言おうものなら本当に捨てられてしまう、そう感じさせる圧があります。
私自身の性格を考えるのでしたら、増田さんの発言は最適解なのでしょう。
恐らく、単に食べてと勧められても、二,三回は遠慮していたでしょうし。
こうして、私は初めてまともな食事というものを味わえることになりました。
テーブルの上に料理が並べられ、その匂いに喉が鳴ります。
オムライスの他に、色とりどりの野菜が飾られたサラダ、琥珀色のコンソメスープ。
お皿の横には非常に凝った装飾のフォークに3種類のスプーン。
先程は料理にしか目がいきませんでしたが、食器自体もかなり高価なようです。
(これ、普段使い用の食器なのでしょうか?)
チラチラとマスターの反応を確認しますが、彼は特に食器に反応はしていません。
こんな高そうな食器を普段から使っているなんて、ホントに何者なのでしょうか。
「ゆかちゃん、座らないんですか?」
私の視線に気付いたマスターが笑みを浮かべながら着席を勧めてきました。
あまり遠慮し過ぎても怒らせてしまうでしょう、私はそっと椅子に座ります。
思えば、私が誰かと同じ目線で何かを食べる、というのも初めてです。
「では、いただきます」
「いただきます」
「い、いただきます」
少し震える手を合わせ、眼前の食材たちに感謝の言葉を述べます。
手に持ったスプーンはその見た目に反してとても軽く、不思議と私の手に馴染みます。
そして私は、恐る恐る眼前に置かれたオムライスにスプーンを突き立てました。
ふわとろの卵は一切の抵抗なく切れ、半熟の黄身がケチャップライスと絡まります。
ふーっと息を吐いたのは、オムライスを冷ます為か緊張をほぐす為のものかすら分かりません。
未だ震える手を何とか落ち着かせ、私はオムライスを口に入れました。
「・・・・・・」
言葉にできない、というのは、こういう事を言うのでしょうか。
口に入れた卵がとろけ、程よい甘みがケチャップの酸味と混ざります。
ああ、美味しい。それ以外の言葉が見つかりません。
「ゆかちゃん、泣くほど美味しかったですか?」
「・・・え?」
マスターに言われて気付きました、私の頬を水が伝っていることに。
私達アンドロイドに備え付けられた機能の一つで、感情に合わせて目から冷却液が流れ出るようになっています。
何故こんなタイミングで、そう考えるには、あまりにも心当たりが多すぎました。
ピザ、ハンバーガー、ラーメン、今までのマスター達が食べていたものはとてもいい匂いがして、でも食べさせてもらえなくて
代わりに私が口にしていたものなんて__いえ、やめましょう。せっかくのお料理が不味くなります。
冷却液を拭った私は、泣いた恥ずかしさを隠す為、昔の嫌な出来事を忘れる為、無心でオムライスを口に運びました。
一口含むたびに、美味しいと幸せに包まれて、口の中が空になるたびに次の一口を含む。
ああ、美味しい、なんて美味しいのだろう。
__カツンッ
「・・・あっ・・・」
何かがぶつかる音で我に返った私は、音の鳴った場所を見ました。
僅かにケチャップが付いた空のお皿、そこに私がスプーンをぶつけたようです。
一心不乱に食べていた事は自覚していましたが、まさか空になるまで気付かなかったなんて。
料理は有限です。それをよく味わいもせずに食べ終えてしまった事を後悔しました。
(やって・・・しまいました・・・)
せっかくのオムライスをほとんど味わえず食べ終えてしまうなんて、なんて勿体ない事をしてしまったのでしょう。
空になったお皿を、私はただ見つめる事しかできませんでした。
「おかわり、いるか?」
思わぬ言葉が増田さんから飛んできました。
確かにサラダとスープを食べても内部容量に空きはありますが・・・。
「コレに言われてな
『多分ゆかちゃんは最初あまりの美味しさにちゃんと味わえず食べきっちゃうと思うので、おかわりを用意してあげて下さい』
とな。一応用意はしている。
いらないならコレの胃袋にねじ込むから問題ないぞ」
・・・何故でしょう、会って数時間でマスターが私の行動を把握してきています。
まさかマスターは未来が見えているのでしょうか?
「えっと・・・・・・いただきます」
卑しい子だと思われるより、もっとちゃんと味わいたいという欲が勝ちました。
いえ、最初から私の為に用意してくれているのでしたら、有難くいただきましょう。
私の言葉にこくりと頷いた増田さんが、マスターの方を向きました。
増田さんの視線に気付いたマスターが無言で席を立って台所へと向かっていきます。
「あっ!ま、マスター!私が自分で取りに行きますから!」
「構わん。納得して動いたのだからやらせておけ。それより早く食べねばスープが冷めるぞ」
た、確かに増田さんの言う事も一理あります。
今更マスターを押しのけて自分でやるのは遅すぎますし、スープも熱い内に頂かなければ美味しさが半減してしまいます。
立とうと浮かせた腰を下ろし、私はコンソメスープを掬って口に入れました。
様々な肉と野菜の美味しさが凝縮された琥珀のスープが口全体に広がります。
唾液とほぼ同じ成分の弱酸性の液が分泌されますが、それすら雑味に感じる程の美味しさです。
ゴクリと飲み込めば、香ばしい匂いが鼻孔をくすぐります。
サラダにフォークを突き刺せば、それだけでシャクッと小気味よい音と感触がします。
口に含むと、みずみずしくてほんのりとした野菜の甘みと、爽やかな柑橘系のドレッシングが口内で混ざります。
口内に残った僅かな油分が完全にリセットされ、食欲が増した気がします。
ああ、幸せだなぁ。
たった一食、暖かくて美味しい料理を食べただけでそう思うのはチョロいと思われるかもしれません。
だってしょうがないじゃないですか、ホントに幸せなんですから。
そんな事を思いながらスープとサラダに舌鼓を打っていると、ゴトリと音がしました。
視線を移すと、増田さんの前にいつの間にかミキサーが置かれていました。
何故ミキサー?という私の疑問は、私にとって予想外の結果で解消されてしまいます。
増田さんは自分の分の料理を全てミキサーに投入してしまったのです。
「ちょっ!?増田さん!?」
私は思わず声を荒げてしまいました。
だって、ふわとろ卵のオムライスも、色々な味が凝縮したコンソメスープも、シャキシャキでみずみずしい野菜も
完全にかき混ぜられてスムージーになっていってしまっているのです。
これを見て冷静にしろという方が無理でしょう!?
「ああ、気にしないでゆかちゃん、増田さんはこれがデフォだから」
オムライスのおかわりを持って来て下さったマスターが、そんな事を言いました。
これがデフォ?美味しいお料理を全部かき混ぜて飲むのがですか!?
信じられないという私の視線を余所に、増田さんはマスクに空いた穴に極太のストローを挿してスムージーを飲んでいます。
どうやら食事の時も、その禍々しいペスト医師の様なマスクを取る気はないようです。
決めました、私はここで美味しいお料理を最後まで味わって食べます!
無残に混ぜられたあのオムライスの分も、私は味わって食べます!
思い返せばおバカな思想ですが、その決意を胸に私はオムライスを頬張りました。
まともな発言をしながら奇行をするのが増田さん