結月ゆかり「私のマスターは自称神様」   作:またたび日和

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色々あったので何もない日常をお送りします


19話 安穏な日

「さて下々の民よ、今日は位置情報ゲームで遊びながら、周辺をぶらりと歩いていこうと思う。

なお、昨今の情勢を踏まえて、ゆかちゃんには変装をしてもらっている」

 

『最近は色々と物騒やし、これはしゃーない』

『変装したゆかちゃん、めっちゃ好みなんだが』

『神様なんでそんな不服そうな顔してるんだよw』

 

時間はお昼前、私はお出掛け用の変装をしてマスターの隣を歩いています。

使用しているカメラの画角の関係で、マスターにかなり接近しないと私は画面に映れません。

結果としてカップル配信みたいになっているのは私のせいではないと思います。

そのマスターが、何故不服そうな顔をしているかと言うと__

 

 

 

「はー…ゆかちゃんに変装させたくない」

「えっと、それは…難しいですよね?」

「難しいだろうな」

 

私の疑問に、増田さんが首を横に振りながら答えました。

そもそも変装をし始めてから五日しか経っていないのに、状況が変わっているとは思えません。

溜息を吐きながら、増田さんがマスターの前にズイッと進み出ました。

しかし、改めて見るとお二人の身長差はすごいですね。

 

「もし入った店の店主に『薄汚いロボットを入れるな』なんて言われたら、貴様は我慢できるのか?」

「しませんよ、誰の所有物を貶したのか思い知らせます」

「マスター、何をするのか分かりませんが、荒事はダメですよ」

 

いつもの笑顔の中に不穏な気配を感じて、思わずクイッとマスターの裾を引っ張って制止します。

昨日までなら単に物騒な会話してるなと思うだけで済んだでしょうが、

彼の過去に少し触れた今は、ちゃんと止めないといけないと思ってしまいます。

裾を引かれたマスターの雰囲気が元に戻り、気まずそうにこちらを見ました。

 

「ごめんねゆかちゃん、少々取り乱しました」

 

増田さんの例え話で取り乱すって、面と向かって言われたらどういう言動を取るつもりなんですか?

もしかして、マスターには私が思っている以上に手綱が必要なのかもしれません。

大好きなマスターが非行の道に走らないように、しっかりと見張っていないといけませんね。

 

「今は不安定な時期なんですから、仕方ないですよ。

ほとぼりが冷めたら、変装なしで一緒にお出掛けしましょう、ね?」

「そんな言われ方されたら、完全に僕が駄々っ子になるじゃないですか」

 

むぅっと唇を尖らせて不満を露わにするマスターの姿は、本当に子供っぽいですね。

不貞腐れるマスターの頬に手を当て、上下にムニムニと動かします。

 

「ここへ来て五日目のゆかちゃんに諭されてどうする…」

「ゆかちゃんがここの生活に慣れてきたことの証明ですよ」

 

慣れてきた…言われてみれば確かにそうです。

昔の私なら、マスターに意見する事も無かったし、その頬に愛おしそうに触れるなんて考えられなかったでしょう。

ひとえに、私が気安く振る舞える環境を整えてくれているマスターのおかげですね。

 

 

 

 

__というわけで、変装できるようにマスターを諭したのですが、まだ納得できていないようです。

画面に映らない場所で同行している増田さんが溜息を吐くように肩を落としました。

本当にマスターは…仕方のない人ですね。

 

『ゆかちゃんがすっげぇ慈愛の目で神様を見てる…』

『はしゃぐ子供を見る親の目ですやん』

『ママぁ…』

 

何やらとんでもないコメントが流れてる気がします。

え、私、そんな顔してました?

自覚はありませんが、複数のコメントが付いているということは、本当のことなのでしょう。

自分がどんな顔をしていたのか気になりますね、後で配信を見返しましょう。

 

「ゆかちゃんのママみも堪能したところで、早速遊んでいこうか。

ゆかちゃんはこのアプリをインストールしてね」

 

マスターの提示したアプリは、各地のモンスターと戦ったり捕まえたりするゲームです。

協力プレイもできるらしいので、マスターと一緒に遊びながらお散歩ができるんですね。

ですが、この手のゲームは必須アイテムが設定されていて、一日中遊べるわけではありませんよね。

 

「そのための札束ですよ」

 

ニヤリと悪い笑みを浮かべながら、何枚ものカードを広げて見せるマスター。

よく見るとそれは、一万円分のギフトカードの束です。

 

「そ、そんな大量に課金をして…さすがに無駄遣いが過ぎるのではありませんか?」

「今日しか遊ばないなら無駄遣いですが、今後も遊び続けるなら無駄にはなりませんよ」

「た、確かにそうですけど」

 

『はぁー金持ちがよぉ』

『俺も何の躊躇も無くゲームに大量課金してみたい』

『だよなぁ!遊び続けるなら廃課金も無駄じゃないよなぁ!』

 

皆さんの羨ましげなコメントが幾つも流れていますね。

趣味や遊びに遠慮なくお金を使ってなお、生活の質が下がらないマスターの経済力には本当に助かっています。

前マスターは大半がギャンブル狂いで、負けて帰ってきた日は特に暴力が酷くなるのです。

逆に勝った日は少し優しくなるので、私にとってもギャンブルのような日々でした。

金欠で機嫌が悪くなることが無いというのも、安心して隣に居られる要因ですね。

 

思ってる間にアプリのインストールが完了したみたいですね。

ゲーム内のキャラクターが世界観を説明しながら操作方法を教えてくれます。

スマホ用なので、アクションゲームですが操作もボタン二つで出来る簡単仕様です。

軽くチュートリアルのボスを倒せば、周囲の地図と大量のモンスターが現れました。

なるほど、これはやりごたえがありそうですね。

 

「ゆかちゃんも気に入ったみたいですね。それじゃあ歩きましょうか」

 

なるべくマスターから離れないように、彼の裾を掴みながら、片手でスマホを操作します。

普通なら前も見ずに歩きスマホなんて危なくてしませんが、マスターが一緒なら安心して私の視界を任せられます。

実際、前から人が来たり障害物があった時は、そっと進路を変えて衝突を回避してくれています、

…あれ、マスターも一緒に遊んでますよね?どうして周りの様子が分かるんですか?

 

『なんか神様すごい動きしてないか?』

『この人には何が見えてんだよ…』

『唐突に人間やめた動きするから面白いわホント』

 

コメントのほうは盛り上がっていますが、私の位置からは確認できないんですよね…。

見えない部分は配信で見返すしかありませんね。

マスターのほうを見るのは諦め、大人しく彼の誘導に従って歩きます。

 

「お、レアモノ見っけ。はいゆかちゃんストップね」

「この子ですね、招待送って下さい」

「はい、それじゃあやっていきましょうか。間違って倒さないでね」

「任せて下さい」

 

ゲーム内のキャラを操作して、マスターとコンビネーション攻撃を仕掛けます。

本格アクションと違って操作が単調なおかげで、被弾も無く相手を追い詰める事ができています。

楽勝ですね、このまま押し切ってしまいましょう。

そんな事を考えた直後、手際よくマスターがそのモンスターを捕獲しました。

………ワスレテナイデスヨ?

 

冷や汗を搔きながらもなるべく自然な笑みを浮かべてみますが、マスターの目は誤魔化せませんでした。

画面に映らないところで横っ腹を突かれています。

私が悪かったので許して下さい!くすぐったいです!

 

そうしてワイワイと楽しみながら歩いていると、気付けば既に町中に入っていました。

いつの間に着いたのでしょう…背景の変化にまで気付けないなんて。

しかし、町中だというのに随分と人が少ないですね。

人通りが多ければ歩きスマホを控えるように進言しようと思っていましたが、その心配は杞憂だったようです。

 

「お昼のお店が混み合う時間も過ぎましたし、今日は平日ですしね」

 

言われて思い出しましたが、今日は平日でしたね。

マスターは出社で家を空けたりする事が無いので、曜日の感覚が狂ってしまいます。

太陽も沈む方へ傾きつつある時間帯なのに閑散とした町は物珍しく、ゲームの事も忘れて辺りを見回します。

ふと、和菓子の老舗が目に留まりました。

増田さんの作るお八つは洋菓子中心なので、たまには和菓子もいいですねと贅沢な事を考えていると__

 

「おっ、ゆかちゃんは和菓子をご所望かな?それじゃあちょっとコレ持ってて下さい、撮影できるか聞いてきますね」

「え、あ、マスター!?」

 

私がお店をジッと見ているのに気づいたのでしょう、私に自撮り棒を託してお店の中に入っていきました。

相変わらず行動が早いですが、置いてかれるこちらは毎回困惑してしまいます。

唖然とした顔で自撮り棒を持つ私ですが、どうやらその姿も配信されていたらしく、コメントが大変賑わっています。

少ししてマスターが店から出てきました。サムズアップしてるということは、交渉は成功したようですね。

 

店内は全体的にレトロで落ち着いた雰囲気に包まれていて、良く言えば落ち着いた大人の憩いの場、敢えて悪く言えば若者受けはしない、そんな場所です。

店主さんにお店の奥に案内され、そこに用意された座席に腰を下ろします。

対面に座るマスターは、お店の成り立ちや歴史、商品について朗々と語っていて、その語彙力に関心します。

そうこうしているうちにお菓子がテーブルに置かれました。

フルーツで彩られた水羊羹は見た目も艶やかで、先の若者受けしないという評価を撤回するには十分な一品です。

 

「おぉ、これは見事。見て楽しめる、食べるのが勿体無い出来栄えの菓子細工ですね」

 

マスターの言葉に頷いていた私ですが、この後にこれを食べると考えてハッとしました。

味覚を失って愛情以外を認識できないマスターに食レポは難しいのではないでしょうか。

過去の配信を軽く拝見しましたが、マスターが自分の体の状態について語った事は無いので、視聴者の人達は事情を知りません。

これは、私がマスターの代わりに食レポする必要がありますかね?

 

「これは、水羊羹の甘みにフルーツの酸味が合わさって__」

 

あ、あれ?普通に食レポしてますね。しかもこちらにもその美味しさが伝わるようなレベルの。

事情を知らなければ、マスターの味覚が機能して無いなんて考えもしないでしょう。

…ホントに味覚が機能してないんですよね…?嘘じゃないんですよね…?

そんな疑念を抱いてしまう程度にはスラスラと言葉が紡がれています。

私の助力も必要無く食レポを完遂し、お土産までしっかりと購入して店を出ました。

 

「マスター、素晴らしい食レポでした。ですがその…大丈夫だったんですか?」

「使えないなりのやり方があるんですよ」

 

そう言ってマスターはペロッと舌を見せてきます。

その口ぶりから、味覚が機能していないのは確かなようです。

そんな状態で食レポができるようになるまで、一体どんな訓練を積んできたのでしょう。

笑顔の裏に見える苦悩と努力が見えてしまいます。

 

…あれ、そういえば増田さんはお店に入りませんでしたね。

そう思って配信後に聞いてみたところ「飲食しない者が配信に映ると色々面倒だろう」とのとこ。

確かに、増田さんの食事風景を流すのは色々言われそうですが、増田さんも自覚はしてるんですね…。

 

その後は増田さんにお土産を持ってもらい、色々なお店で買い食いを楽しみました。

タコ焼きにソフトクリーム、途中でカフェに入ってコーヒーを飲んだり。

…コーヒーは増田さんが淹れてくれた物の方が遥かに美味しいですね。

いえ、そもそも大衆向けの物と増田さんの逸品を比べるのは酷というものですね。

 

カフェを退店する頃には日は傾き、人の往来も随分と増えました。

これ以上は難しそうですね。マスターに視線を向けると、軽く頷いて配信の締めに入りました。

私はそっと画角から外れ、今日のゲームの成果を確認します。

今日だけでかなりレベルを上げられましたね。これもマスターが惜しみなく課金してくれたおかげです。

課金額も一万円以内に抑えていますので、そこまでお財布に負担は掛けていません。

…このレベルを負担を掛けていないと考える辺り、私もだいぶ染まってきたようです。

 

 

 

 

 

「今日は普段と比べて再生数が伸び悩みましたね」

「いつものウンチクは語れなかったし、微妙に迷走してたからね」

 

その日の夜、私とマスターは湯船に浸かりながら昼間の配信の反省会をしています。

昨日混浴を経験したおかげでしょうか、今日はすんなりと湯船に入ってくれました。

配信の内容について語らいますが、やはり普段とは毛色の違う内容だった事が大きいでしょうね。

ですが、これはこれで有りという視聴者も多かったので、今後も試す価値はありそうです。

まあ、内容に関して試行錯誤するのはマスターになりますが。

 

「マスターが頑張れば、次の再生数はもっと伸びると思いますよ」

「えー、僕だけのせいですかー?」

「可愛い担当のゆかりさんは映ってるだけで完璧に業務をこなしていますので」

「お、言うようになりましたね。生意気なアンドロイドは浴槽引き回しの刑に処します」

「そんな横暴なー」

 

マスターに両腕を掴まれ、仰向けの状態でゆっくりと浴槽内を引き回されます。

昔の私にはこんな光景想像だにできないでしょうねと思いながら、良い意味でマスターに好き勝手させています。

最近になってようやく自覚できました、私もマスターとするこの遠慮の無いやり取りが大好きなんだと。

寧ろ、マスターの相棒(アンドロイド)とは本来、このような状態が自然なのではないでしょうか。

でなければ、感情も五感も、人に似せて作られた意味が無くなってしまうのですから。

 

「そうだゆかちゃん、昨日言ってたやりたいゲーム、ゆかちゃんが決めて良いですよ。配信向けとか気にせず好きに決めちゃって下さい」

「え、私が決めて良いんですか?」

「元々そんな厳格に決めてるわけじゃありませんし、僕の選出も割とその場の思いつきですよ?」

「それであのクオリティの配信ができるのは天才ですよ…」

「年季が違いますから」

 

相変わらず余裕の表情を浮かべるマスター。

私の好みで決めていいのでしたら、このドヤ顔を崩せる様なジャンルのゲームがいいですね。

私がポンコツじゃないってところをいい加減に知らしめないといけません。

 

「今のうちに好きなだけドヤってて下さい、すぐにできなくしてあげますから」

「実に勇ましい言葉ですね、ブーメランとして刺さらなければですが」

「楽しみにしてて下さい、ゆかりさんの完全勝利で終わらせてあげますから」

 

ひとしきり煽り合いが終わって僅かな沈黙の後、その空気が可笑しくてどちらともなく笑い合う。

言いたい事をズバッと言えるのは本当に気持ちが良いです。

ここまで言葉の応酬をしたのです、マスターに絶対負けないゲームを選ばないといけませんね。

 

 

 

(うーむ、やはりアンドロイドの演算を活かせるシミュレーション系を…皆さんに大人げないと思われますかね…?)

 

お風呂から上がり、自室のベッドに入っても思考は続いています。

アクションが得意なマスターの土俵で戦うのは愚策かもしれませんが、勝った時の優越感は凄まじいでしょうね。

結局考えも纏まらないまま、気付けば私は眠ってしまいました。

いつまでもこんな楽しい生活が続いてほしい、そんな事を願いながら。

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