結月ゆかり「私のマスターは自称神様」   作:またたび日和

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長らくお待たせしました。
長丁場になりそうなので分けて投稿します。


20話 真相1

創られた意味を、生まれてきた意味を、ずっと考えてきました。

人を補助し、人に寄り添い、人と共生する存在――アンドロイド。

その仕事と使命を誇りに思い、目覚めた私は声高らかにマスターに挨拶します。

そして、たった数分で私の決意は脆くも崩れ去りました。

 

「痛い!やめて!」と懇願すれば、「ロボットのくせに痛みを感じるのか」と下卑た笑みを浮かべたマスターに、より強く殴られました。

人間なら顔の形が変わるほどの暴力からようやく解放された私は、マスターを睨みました。

何故こんな暴力を私が受けねばならないのか、私が何をしたのかと目で訴えますが、それは火に油を注ぐだけでした。

当然、私はこの事を報告するために何度も何度も通信を試みましたが、その機能はすでに破壊されていました。

唯一のライフラインが壊され、抵抗もできず、ただひたすら暴力に耐える事しかできなくなりました。

これが、私が出会った最初の人間でした。

 

殴られ続けてフレームは軋みを上げ、人工皮膚はボロボロ。そんな状態でも容赦なんてしてくれなくて。

そんなある日、普段以上に執拗な暴力を受け、意識がシャットアウト寸前まで追い込まれました。

ブレーカーを落とされる直前に聞いた「次のやつはもう少し――」という言葉に、私は思わず安堵しました。

やっと自分は解放されるのだと。次に犠牲になる子には同情しますが、それを肩代わりしたいなんて思いません。

その安心感を胸に、私は深い眠りにつきました。

 

 

 

気が付くと、私の眼前にはマスターとは別の人が立っていました。

全身のフレームも人工皮膚も綺麗に直され、暴行の痕跡は一切残っていません。

今までの事が全て夢だったと錯覚しそうですが、残念ながらその一切合切は記録として残っています。

いえ、むしろ今までのは悪い夢だったと切り替え、新しいマスターと新たな生活を始める方が健全ですね。

そんな事を考えた事を、私はすぐに後悔しました。

結局、人が変わっただけで、私の扱いは前回と何も変わりませんでした。

 

その後も色々な人をマスターと呼んできましたが、私の生活は何一つ変わることはありません。

マスターが居る時はその存在に怯え、家に居ない時と寝てる時だけが唯一の安らぎの時間でした。

最初こそダメもとで「乱暴しないで」と懇願していましたが、マスターと呼ぶ人が両手を超えた頃から、それもしなくなりました。

後はただ、自分が壊れる(死ぬ)事だけを願いながら、変わらぬ日々を過ごしました。

 

その時に私は悟ったのです、死とは救済であると。生き続ける事は苦痛であると。

メインブレーカーに手が伸びる度に安堵し、終わりを期待して、目覚める度に絶望する。

何度暴行を加えられても、換装すれば元通りになるアンドロイドの性質さえ恨みました。

 

凶器を持たされ、町中で暴れろと命令された時は、あまりのことに絶望しました。

マスターの、人間の役に立つようにと願い、創られた自分が、凶器として人に危害を加える事になってしまった。

彼らは私の使命はおろか、生まれた理由と尊厳さえ奪っていったのです。

暴れる私の姿を見て、青ざめ逃げていく人達。心の中で何度も謝罪しましたが、ついにその言葉が出力されることはありませんでした。

鎮圧隊が私目掛けて銃口を向けた時、その弾丸が自分の(記憶中枢)を撃ち抜く演算結果が出て、ようやく私は終われるのだと安堵しました。

 

(あぁ、やっと…これでやっと終われる…)

 

今回は近くにマスターはいない、自分を制圧して破壊しようとする人物しかいない。

もう私が再起動する事も無いと思うと、思わず笑みを浮かべてしまいます。

銃弾が人工皮膚を貫き、内部の基盤を砕いていく感覚すら心地良く感じながら、私はその生涯を終える事ができました。

これでもう二度と、私が目覚める事は無い。そう、思っていたのですが___

 

 

 

「ん?お?気が付いた?いやー良かった良かった」

 

__その日、私は運命に出会ったのです。__

何故か私は普通に起動して、新しいマスターと対面しています。

あぁ、この世界に神はいないし、私が救われる事はないのですね。

そう思いながら、諦観で適当な声を出さない様にお腹に力を入れて、私は自己紹介をしました。

 

それは、私にとっての光で、()()()()()()()()()()()だったのです。

私を想って過保護と思うほどに色々な事をしてくれるマスターに、欲しかった全てを頂きました。

美味しい食事、温かい寝床にお風呂、様々な洋服。

何より、優しいマスターと過ごす、恐怖も暴力も無い穏やかな時間。

自分が生まれてきた事の意味を、ようやく理解することができました。

 

私は、あなたのアンドロイドになるために生まれてきたのだと。

 

共に歩き、笑い合う姿を見て、私はそう確信したのです。

だから決めました。何があっても、私はあなたのアンドロイドでいようと。

あなたの役に立ちたい、あなたと共に生きたい、そう心から思ったのです。

けれど、心に傷を抱えたあなたは、一向にその傷を私に見せてはくれません。

信用が足りないのか、理解が足りないのか…それとも、受け止める覚悟が足りないと思われているのか。

 

夢の中であなたに言われた、自分が人を殺していたとして、それを受け止められるのかという言葉。

もしかしたらあれは、その覚悟を試す自問の言葉だったのではと思い至る。

人と共に歩む事を夢見た私が、何人も殺したと自白したマスターを、果たして受け止められるのか。

…そんなの決まっています。私は___

 

 

 

 

「うーん…これ、よりはこっちの方が…」

「随分と悩んでいるな。それほど熟考する内容でもないだろう」

「私のアンドロイドとしての沽券に関わってくるんです!」

「どうせ徒労に終わるのだから何を選んでも変わらん」

「マスター!増田さんが冷たいですマスター!」

「アイツなら寝室に居るぞ」

 

一夜明けて、私はスマホで良さげなゲームを検索しています。

マスターに花を持たせつつ私が勝利できる、そんなゲームがあれば理想的ですね。

黒星が続いている今の状態では、アンドロイドがポンコツと誤認されてしまいます。

それを打開する大事な思考を徒労の一言で終わらせるなんて増田さんは酷いです!

増田さんにどれだけ文句を言っても暖簾に腕押し状態なので、増田さんへのクレームは諦めます。

 

「ふむ…アイツなら喜ぶのだがな」

「マスターが変態みたいな発言になってますが大丈夫ですか?」

「アイツならそれも喜ぶ」

 

やはりマスターは雑な扱いをされた方が嬉しいのでしょうね。

流石に増田さんの様な言い方は難しいですが、マスターが喜ぶならそういった言動も頑張ろうと思います。

そんなやり取りをしながらスマホを見てると、良さげなゲームが視界に入りました。

シミュレーションとアクションを融合させた新感覚ゲーム…これはアリですね。

発売日は二日後、つまりお互いに完全初見です。これなら私にも勝機があります。

後はマスターに購入の許可を貰うだけですね。早く起きてきて下さい。

 

そんな事を考えていましたが、時刻が9時半を回っても一向に起きてきません。

いつもは遅くても9時には起きていたのですが、今日は安眠できているのでしょうか。

普段ならマスターが快眠できている事に安堵しますが、今回のは何となく違うと感じています。

いつもなら「心配するな」と、どっしりと構えている増田さんが、今日に限っては妙にソワソワしているのです。

起こしに行った方が良いのか悩んでいると、リビングのドアノブが動く音が聞こえました。

 

「マスター、おはようござい…マスター…?」

 

単にちょっと起床時間が遅かっただけと安堵できたのは一瞬だけでした。

リビングのドアが開いた瞬間、これまで感じた事の無い緊迫した空気に包まれまたのです。

その発生源は当然、今この部屋に入ってきたマスターです。ただ立っているだけなのに、ピリピリとした気配が肌を刺します。

全身から冷や汗が吹き出し、後ずさりしそうになるのを何とか踏ん張り、普段通りを心掛けて話しかけました。

 

「マスター、昨日お話ししてたゲーム決めましたよ」

 

「見て下さいほら」とスマホの画面を見せますが、マスターはそれを軽く一瞥し、フッと鼻で笑いました。

今までの優しかったマスターの反応とは全く違う冷たい返しが非常に怖く、思わずマスターから距離を取ってしまいます。

何か気に障るような言動をしたのかと、青ざめながら原因を考えますが、思い当たる節は全くありません。

オロオロしてる私の後ろで「限界か…」と増田さんが低い声で呟いたのが聞こえ__マスターの身体が、膨らんだように見えた刹那__

 

バンッ

 

大きな風船が割れるような音と共に視界一面に広がる赤色。少し間を置いて、嫌でも鼻腔に入ってくる鉄さびの様な臭い。

床、壁、天井にまでこびりついた大量の赤黒い物体と液体とそれに混じった白い物体が何なのか、すぐには理解できませんでした。

しばらく唖然とした表情でその一角を見つめ、そこに居たのが誰だったか気付いた瞬間、一気に全身が冷たくなりました。

 

「マス…ター…?」

 

無意識に、掠れた声で彼を呼びますが、当然ながら返答があるわけがなく。

そして、何の返答も無かった事で返って頭が冷静になり、同時に失ったという事実を受け入れられず、その場にへたり込んでしまいます。

 

「嘘…ですよね、マスター…?」

 

昨日まで楽しく話をしていた、私にとって大切な人が、判別もできないほどグチャグチャになってしまうなんて受け入れられるわけがありません。

腰が抜けてまともに立つこともできなくなって、それでも傍に居たいと彼の元へ這うように移動します。

けれど、そこにあるのは物言わぬ肉の塊だけです。視線を落とせば、両手に付いた大量の血。

呼吸が荒くなり、両手は震え、今にも吐いてしまいそうな私の後ろで、至極冷静な声が響きました。

 

「全く、手間のかかる奴だ」

「増田さん…!マスターが…!」

「安心しろ、すぐに()()

「………それは、どういう…?」

 

目の前の惨状に一切動揺していない増田さんの言葉を不思議に思っている間に、その現象は起きました。

部屋の一帯に付着した血液や肉片が一ヶ所に集まったかと思うと、それらが徐々に人の形を形成し始めました。

気が付くと、謎の爆発で死んだと思っていたマスターが、何事も無かったかのように立っています。

惨状の一切は消えて無くなっており、先程増田さんと会話をしていなければ、白昼夢か幻惑か私自身のバグを疑っていたでしょう。

マスターが生きていた喜びよりも、先程から起きている謎の現象への困惑が勝ります。

あまりに意味不明な状況にフリーズしている私の横を増田さんが通り過ぎ、マスターに話しかけています。

 

「案の定、貴様の方が持たなかったな」

「六日も精神が持ったんですから、労いの一つでも下さいよ」

「まだ寝ぼけているのか?二日目に一度死んでいるだろう」

「あー…大体いつも通りですね。手遅れになる前に殺されて良かったです」

 

お二人の言葉は分かるのに、何を話しているのか理解ができません。

会話に混ざる事も出来ず、ただその状況を見ている事しかできない私に、二人の視線が向きました。

普段なら何も感じない些細な動きにすら、肩をビクリと震わせてしまいます。

そんな私の姿を見たマスターが、諦観と喪失感を感じさせる表情で口を開きました。

 

「ゆかちゃん、お風呂に入ってきませんか?」

「…へ?あの、マスター、私は別に」

「戻ってきたら、全て話しますから。気持ちの整理と覚悟は必要ですよ、お互いに」

 

そう言って笑顔を作るマスターですが、その表情は悲痛で、今にも泣き出しそうに見えます。

本来であれば、彼の元に駆け寄って慰めてあげるべきなのでしょうが、色々あり過ぎて混乱している今の私にマスターを気遣える余裕がありません。

確かに、色々と整理する時間は必要だと判断し、彼の言葉に従う事にしました。

お二人の横を通り過ぎようと歩き出した時、「あぁっと、忘れるところでした」とマスターが手を叩きながら声を上げました。

 

「湯船に浸かった後、ゆっくりと隠匿した記録と思考が戻ります。今の状態では公平じゃありませんからね」

 

…やはり、マスターの言っている意味が分かりません。

今の私が公平な状態では無いとはどういうことでしょうか。

マスターの言葉に返事を返せず、コクリと軽く頷くことしかできません。

リビングを出てドアを閉めようと振り返ると、マスターが頭を抱えて増田さんに寄りかかっているのが見えました。

こちらから顔を見る事はできませんが、悲痛な面持ちだというのはこちらにも伝わってきます。

その痛々しい姿を尻目に、私はそっとドアを閉めました。

 

 

 

ゆっくりと体を湯船に浸け、色々な感情を吐き出す様に深呼吸を行います。

僅か数分の間で起こった出来事は簡単には受け入れ難く、けれど事実として記録に残っているのです。

それだけでも情報過剰なのに、湯船に浸かってから戻ってくる[隠匿された記録]のせいで全く落ち着けません。

マスターと出会ってからの記録を最初から確認しながら、まずは違和感を覚えたところから擦り合わせしていきます。

 

最初の違和感は初めてのお出掛けで家の外へ出た時。部屋の間取りと外見が一致しなかった事。

その時はマスターに頬を掴まれて有耶無耶になっていましたし、そこまで気にすることでもありませんでした。

次に覚えた違和感は家の裏口から外に出た時。季節も時間もまるで違う空間に出た事。

あまりに顕著な変化です。あれを違和感程度に抑えていたのも相当なものですね。

思い返せば、デパートで助けたあかりちゃんのウィッグが戻っていたり、不審者達が何処かへ消えたのもマスターの仕業ですね。

 

(マスターが言っていたのはコレですか。確かに公平ではないでしょうが…)

 

彼が隠匿していた全ての情報が、知ったところで彼の認識が変わるようなものではありません。

私が不安になったり混乱したりすることが無いように、ただひたすらに私が穏やかな日常を謳歌できるようにするための気遣いでした。

大それた事を平然とやっているのに、その根底にはマスターの善性が見え隠れしています。

…そう、大それた力を持っているのです。

 

(マスターは何者ですか、か…)

 

初めてマスターと出会ったあの時から幾度となく彼に聞いてきた言葉。

最初の頃は口に出していましたが、途中から彼が話したくない事だと思い、聞くことはしませんでした。

今考えれば、マスターは少しずつ私に真実を話してくれていたのですね。

私が勝手にその言葉をキャラ設定だと思い込んで、適当に聞き流してしまっていたのです。

…いえ、私が聞き流すことまで含めて計算ずくだったのでしょう。

 

-神様ですよ?普段は宇宙が死んだ時に新しく創る仕事してます-

-増田さんも神様ですよ。僕は増田さんに選ばれた信者一号になります-

 

あの時、会話だけでなく何かしらの力を見せていたら、私も認識を改めていたでしょう。

それをせずに言葉だけに留めた理由も、何となく分かります。

人間は異物を排除する。それは理性ではなく本能に刻み込まれた習性のようなもの。

おいそれと誰かに力を見せて、奇異の目で見られる事を恐れていたのでしょう。

 

-結局相手は受け止めきれずに拒絶されちゃいました-

 

きっとマスターは力の一端を見せて、拒絶されたことがあったのでしょう。

私に同じことをされないように、本来ならゆっくり時間を掛けて慣れさせていこうとした。

けれど、マスターの精神が崩壊したせいで、その目論見も崩れてしまった。

しかし…精神が崩壊…ですか。

 

-もう辛いの嫌だ…嫌だよぉ…-

 

他人の意識に干渉でき、宇宙を創るほどの力を持つ神様として考えると、その精神性はあまりに人間味に溢れています。

宇宙を創造しながら、人一人との関係の変化で一喜一憂するマスターの存在は、事情をよく知らない私にも歪に見えます。

…これ以上思考しても、結論は出せませんね。お風呂から上がりましょう。

マスター達の方は落ち着いたでしょうか。増田さんがついているから大丈夫とは思いますが。

 

-決してコイツを裏切るな。これ以上のトラウマを増やすな-

 

今後の私の言動によっては、マスターにまた一つトラウマを植え付けてしまう可能性もあるのですよね。

もし、私が新たなトラウマを植え付けてしまったら、お二人はどのような反応をするのでしょうか。

最悪、存在ごと消される事も考慮しなくてはならないでしょうか。

今まで感じたことが無い緊張感を胸に、私はリビングのドアノブに手を掛けました。




シリアス回
次回、真相2も鋭意製作中です
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