結月ゆかり「私のマスターは自称神様」   作:またたび日和

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長らくお待たせしました真相3です。

9/23:編集時に消えてしまっていた1000字ほどを加筆しました


22話 真相3

私がマスターのアンドロイドで有り続ける宣言をしてから十数分後。

マスターの涙腺も閉じられ、部屋の空気は幾分か和やかになりました。

私の前で大泣きしたのが恥ずかしいのか、マスターはあまり私と目を合わせてくれません。

そういう年相応の人間らしい反応が何だか可愛らしくて、思わず笑みがこぼれてしまいます。

そんな私達の雰囲気を感じて問題無いと判断したのでしょう、増田さんはお茶の準備をすると席を立っています。

 

「それじゃあマスター、お茶が用意されたら会談の続きですね」

「え、まだやるんですか?」

「何を言ってるんですか、私がマスターから聞きたいことは山ほどありますよ」

 

「もう勘弁してくれ」と頭を抱えるマスターですが、折角作ってくれた機会です。色々と聞き出したいところですね。

そう思っていると、私達の前にお茶とお茶菓子が配膳されます。

 

「いいんじゃないかな、ずっと一緒にって命令も聞いてくれたんだし」

「感情の乱高下が激しすぎて正直しんどいんすよ」

「我慢しなよ、ゆかちゃんだって君を理解したいと思ってここに居るんだから」

「……うん?」

 

あれ、増田さんってこんなフランクな口調で喋る人でしたっけ?

それに、今までマスターを「君」なんて呼び方していませんでしたよね?え、中身変わりました?

私の知っている増田さんとあまりに違う言動に混乱して、手に取っていたお菓子を落としてしまいました。

正確には、床に付くすんでのところでお菓子が浮遊して手元に戻ってきたのですが、それにすら気付けないほど動揺しています。

 

「あぁ、ゆかちゃんは初めてだね。こちら素の増田さんになります」

「噓でしょ!?今までの堅物そうな喋り方がキャラ作りだったんですか!?」

「キャラというより今までのは警戒対象相手の口調だね。信頼できると判断したから素に戻しただけだよ」

 

どうしましょう、今までの厳格な口調とは真逆の喋り方に頭が変になりそうです。

ホントに同一人物なんですよね?中身変わってないんですよね?

というか、増田さんと話すマスターもなんか普段より口調が軽くありませんか?

 

「そりゃ永い付き合いですから、口調だって砕けたものになりますよ」

「…先程私もマスターの信用を得たと思うのですが、私にはその砕けた口調になってくれないんですか?」

「俺は別に信用の有無で口調を変えてるわけじゃないよ。その口調の方が威圧感を与えないと思ってさ。こんな感じでどうです?」

 

私のわがままを聞いて即座に実行してくれるマスター。

私に威圧感を与えないために一人称まで変えてくれてたなんて、どこまでも私のために行動してくれていたのですね。

しかし、素の口調だと一人称が「俺」になるんですね。これは、何というか__

 

「威圧感を覚えるなら元の口調に戻しますよ?」

「いえ、その、普段とのギャップの差で何だかドキドキします」

「あー…そう、か。なら、こっちの口調で問題無い、な」

 

恥ずかしくてマスターから視線を外しながらそう答えると、マスターは私以上に顔を赤らめながら視線を彷徨わせていました。

人生経験豊富なハズのマスターの、まるで男子高生のような初心な反応に思わずニヤけてしまいます。

腕を組んでマスターを見ている増田さんの姿がニヤついているように見えるのも気のせいではないはずです。

…あ、そうだ。増田さんと言えば。

 

「…以前、増田さんも神様と仰っていましたが」

「ええ、増田さんも多数の信者を持つ一柱の神様だよ。俺は増田さんが選んだ信者一号です」

「君はいつもそれを自慢してるけどさ、ちょっと語弊があるんだよね」

 

増田さん曰く、信仰とは「今日からあなた様を信仰します」と報告されるのが普通なのだと。

…普通はそうですよね?いや、この人達の場合はまた事情が違うのでしょうか。

そんな中、マスターは唯一増田さんに直接「あなたを信仰することをお許しください」と許しを請うたそうです。

それを増田さんが了承したことで、[増田さんが初めて自分で選んだ信者]となったのだとか。

 

「確かに珍しい事態だったかもしれませんが、それほど特別視されることなのですか?」

「人間の発する()とは根本的に違う。神の言葉は、発言そのものが契約としての役割を果たすんだ。

僕が選んだ最初の信者という箔付けは魂に刻まれてるし、今後その事実が覆ることは無いよ」

「はい、未来永劫俺は増田さんの信者ですよ」

 

ニコニコと笑顔で増田さんに宣言するマスター。清々しい発言ですが、何だか嫉妬してしまいます。

私も「未来永劫ゆかちゃんのマスターですよ」とか言われたいです!

 

「ゆかちゃん、そんな顔して増田さんを睨まなくても、俺はゆかちゃんのマスターだよ」

「むぅ…私にも未来永劫って言ってほしいです」

「………命令。未来永劫、俺だけのアンドロイドで有り続けること。ゆかちゃんがそう有り続ける限り、俺は未来永劫君のマスターだよ」

「はい、マスター!」

 

欲しい言葉を貰えて明るく返事をしますが、マスターの言い方にはやはり引っ掛かりを覚えます。

そう有り続ける限り、そう予防線を張る言い回しは、先の増田さんの言葉に関連したものでしょう。

神の発言は契約と同義、マスターにもそれが適用されるのなら、下手な事を言えないのは理解できます。

…多分、そういう癖が付いてしまっているのでしょうね。

私の微妙な表情に気付いたのでしょう、マスターが肩をすくめました。

 

「軽率な発言をして酷い目に遭ったことがあってね。信頼してないわけじゃないんだよ?」

「大丈夫です、マスターの苦悩は理解できますから」

「…ありがとう、そう言ってくれると助かるよ」

 

言ったことが全て契約と同義になる性質を持ってるのです、発言に注意するのは当然でしょう。

日常会話の失言一つで大惨事になるのです、普段からそんな状態なんて気が滅入ってしまいそうですね。

一旦休憩。喉を潤すためにお茶を飲み、糖分補給にお茶請けを口に含みます。

マスターもお茶を飲んでいますが、彼の味覚ではお湯を飲んでるのと同じなんですよね…。

…あぁ、いけませんね。これから先マスターが飲み食いする度にこれを思考していては精神が持ちません。

首を軽く横に振って、新しく話題を口にします。

 

「裏庭が春夏秋冬で時期を分けていましたよね?別の空間に繋がってる、的なことですか?」

「惜しい。裏庭じゃなく、この家そのものを特殊な空間で隔離してるんだ。

元々は家も地球にあったんだけど、男を連れ込んだ阿呆が居た前例からセキュリティを強化してね。

結果、宇宙創造の神の神体内部にこの空間を創りました。言わばこの家は俺の腹の中、俺か増田さんの許可が無ければ決して入ることはできなくしたんだ」

 

それは果たして[強化]の範疇に入るのか甚だ疑問です。

ただ、二度と同じことが起きないように予防は必要ですし、お二人が安心して生活するにはこのレベルの厳重さは必須だったのでしょう。

先程から驚いてばかりですが、お二人と生活していくなら、彼らの思想や言動を理解してそちらをスタンダードにしていく必要がありますね。

 

「創造神の体内に家を建てるなんてして、大丈夫なんですか?」

「俺の認識内に居れば問題無いよ。…認識の外に出た瞬間に魂ごと消滅するけど」

「それを問題無いとは言わないですよ普通…」

「家の中に居れば大丈夫です。裏庭に出る際も、一声掛けてくれれば問題ありません。ね、増田さん」

 

マスターの言葉に、増田さんがスッと視線を背けました。

そう言えば、夏の区画と呼ばれる場所へ出てた時にマスターが怒ってましたね。

…もしかして私達、危うく消滅しかかってました…?

 

「ゆかちゃんは大丈夫、アンドロイドは魂が無いから消滅はしません。

危ないのは増田さんですよ。何度も注意してるのに全然聞いてくれないんだから」

 

増田さんはしっかり者でマスターの保護者のような印象を持ってたんですが、意外とマスターを困らせることもあるのですね。

しかし、自身の生死に関わる注意を聞いてくれないのはマスターもたまりませんね。

私はちゃんとマスターの言いつけを守りましょう。彼の心労にはなりたくありませんから。

 

「私もお二人の勝手が分かりませんから、何かあれば教えてくださいね」

「勿論、受け入れてくれたゆかちゃんにも、ちゃんと情報共有するよ」

「ホントですね?ちゃんと言質取りましたよ」

「……増田さん、俺またやっちゃいました…?」

「やっちゃったねぇ。いつも言ってるじゃないか、発言する前に考えようって」

 

うーん、こちらが心配になるほど迂闊ですね。増田さんの心配も尤もです。

それとも、相手が私だから気を抜いていたのでしょうか。そうだと嬉しいな。

さてさて、情報共有はしてもらいますよ。

 

「このスマホにお守りの水晶、色々と細工をしていますよね?

あかりちゃんを襲っていた暴漢達が急にいなくなったことも含めて聞かせて下さい」

「あー…まあまずはスマホだけど、メッセージの盗聴と位置情報監視の術式を書き込みました」

 

凄く申し訳なさそうな顔で自白するマスター。人によっては「信用してなかったのか」と怒るかもしれませんが、私はむしろその行動は妥当と考えています。

実際、スマホの使用による浮気は非常に多く、マスターがそれを警戒する気持ちは分かります。

私としては、マスターが安心するのならいくらでも束縛してもらっても構わないと思ってます。

気落ちしてるマスターを宥めながら、話の続きを促します。

 

「あの時の悪漢を消したのもマスターなのですか?」

「いいや、あれはプレゼントした水晶に仕込んだ自衛用呪術の効果だよ。

[ゆかちゃんに悪感情を持った相手を半径500㎞以上離れた近似の場所へ転移させる]効果が発動して彼らを飛ばしたんだ。

以前、三人の男性がサウジアラビアに密入国したってニュースがあったでしょ?」

「あのニュースってそれが原因ですか!?」

 

驚きで声が上ずってしまいました。

全く関係が無いと思っていたあの一件が、このような形で繋がってくるとは。

…もしかして、一見関係無い出来事もマスター達が関与してたりするのでしょうか。

 

「水晶の効果に助けられたということは、マスターが助けてくれたわけじゃないのですね」

「ゆかちゃんの方は…言い方は悪いけど、お守りがあれば問題無いと判断できるレベルだった。

俺があの時に別行動してないと、愉快犯によるアンドロイドの爆破テロで46人の死傷者が出るところだったんだ」

 

マスターの言葉に背筋が冷たくなっていくのを感じます。

まさか、私が知らないところでそんな大変なことが起きていたなんて。

もしそれが実行されていたら、悠々と買い物なんて続けられなかったでしょう。

…ひょっとして、デパート近くで起きた爆発事故って…

 

「ええ、ご察しの通り。起爆の直前に相手に送り返して差し上げました」

「その人達はその…死んだのですか…?」

「殺してはいませんよ。大丈夫、ゆかちゃんと暮らし始めてからは誰も殺していません」

 

マスターは笑顔でそう言います。呪術が作動していないので、本当のことを言っているのでしょう。

ですが、死を救済と考えているマスターの「殺していない」は死んでいないというだけで、実際は悲惨な状態になっているのではないでしょうか。

 

「仕方がなかったんだ、あの爆破が成功してたらアンドロイドの共生が数十年単位で遅れることになっていた。

何より、それを実行した愉快犯どもは何の制裁も受けず、仲間内で被害者を嘲笑いながら武勇伝として語らい、自分達の行いを悔いること無く老衰で逝く。

そんな胸糞悪い未来を見せられて黙って見殺しにできるほど、人の心は失っていないよ」

 

少し黒い顔で笑うマスターに、私の口角も無意識に少し上がっていることに気付きました。

不謹慎と思っていても、アンドロイドを使って悪い事をしようとした人の因果応報を聞いて、胸がすく思いをしている自分がいるのです。

必死に口角を下げようとしている私を見て、マスターがさらに笑みを深めました。

 

「その感情は人間なら当然の物だよ。全ての人間を好きになる必要は無い。気に入らない人間にざまあみろと思うのは自然なことさ」

「コイツのアンドロイドならこういった理不尽を流せるようにならないと毎日が辛くなるよ」

 

…お二人が仰る通り、神様(マスター)のアンドロイドとして傍にいる以上、同じような状況は多々発生するでしょう。

けれど、いいのでしょうか。たとえ嫌な人でも、他人の不幸を見て「ざまあみろ」なんて言っちゃうアンドロイド、そんな性悪な私を受け入れてくれるのでしょうか。

そんな事を呟いたら「その程度でゆかちゃんを性悪だなんて思わないよ」と笑いながら言われました。

その後に「ホントの性悪に比べたら可愛いものです…」と遠くを見ながら言うマスター。

あぁ、色々な人の生涯が見えてしまう彼の場合、そんな性悪な人間の言動も全部見えてしまうんですね。

 

「さて、そろそろ質問も無くなってきましたかね?」

「…では最後に、私の前任のアンドロイドについて教えてください」

 

私がここに来る前にマスターに仕えていた、もう会えないと言われたアンドロイド。

今考えると、宇宙を創造したマスターをして「もう会えない存在」とまで言われるなんて何があったのかとても気になります。

マスターは少し寂しそうに、けれども楽しかった昔を懐かしむように少し微笑みました。

 

「話すと長くなるから俺の記憶をそのまま見せるけど大丈夫?」

「はい、お願いします!」

 

記憶を見せるなんて、そんな便利なことまで出来るのですね。

何故最初からしなかったのかと思いましたが、色々と私に見せられない過去があるのだとすぐに気づきました。

確かにマスターの過去はそれだけで胃もたれしそうな量でしょうし、いつかマスターが話したくなった時に改めて聞きましょう。

パチンと指を鳴らす音と共に、視界が移り変わりました。

私の目の前にいるのはマスターではなく、一体のアンドロイドでした。

 

『初めましてマスター様。私はLGC630、本日よりマスター様にお仕えします』

 

抑揚の無い、感情が無い棒読みの声で彼女が挨拶をします。

白い肌、純白の髪と瞳をもった、まるでウエディングドレスを擬人化したような真っ白なアンドロイド。

思わず見惚れてしまうようなビジュアルですが、私はこのような姿のアンドロイドは見たことがありません。製品名称も初めて聞きました。

私の思考に答えるように、虚空からマスターの声が聞こえてきます。

 

「お察しの通り、彼女はこの地球で造られた存在ではなく、遥か昔に創った宇宙の地球で造られたアンドロイド、その初期型です」

 

うーん、言いたい事はわかりますが、何だかややこしいですね。

遥か昔に造られたのなら私の大先輩?前の宇宙で造られたのなら競合他社の製品ですよね?

…マスターに仕えるアンドロイドの先輩、それ以上でも以下でもない。…これが一番混乱せずにすみますね。

 

『初めまして、今日から俺が君のマスターです。そうだな…(ましろ)なんてどうでしょう?』

『…マシロ、とは何でしょう?』

『君の名前…個体名称って言った方がいいかな?あった方が分かりやすいでしょ?』

『承知いたしました。以降私は(ましろ)と名乗ります』

 

「全身真っ白なアンドロイド、俺は彼女に[(ましろ)]という名前を与えました」

「素敵な名前だと思います。まさに名は体を表す、ですね」

「そこに関してはゆかちゃんも負けてないと思うよ」

 

(ましろ)さんのことを話している時のマスターの声はとても穏やかで、それだけ彼女が特別なのだと思わされます。

最初にお迎えしたアンドロイドというのは、やはり特別なのでしょう。

そんな彼女の事を羨ましく思いながら、マスターの記憶に視線を戻します。

 

しかし何と言いますか、同じアンドロイドとは思えないくらいに、眼前の彼女の動きはぎこちないです。

見た目こそ頑張って人に似せられていますが、静と動を繰り返す動作はまるでロボットのようで、見ていて不安になります。

ですが、そんな姿も珍しいのか、関心する感情や思考がこちらに伝わってきます。

…ここってマスターの内面もこっちに伝わっちゃう感じの空間なんですね。

見る過去によっては大変なことになりそうです。

 

「ゆかちゃんと比べると随分と拙い動きでしょ?これでも当時は感動したものさ」

「これは販売されたアンドロイドなのですか?その…完成度が…」

「今のアンドロイドは数万年に一人の天才が人生を掛けて作り出した芸術だよ。(ましろ)の能力が低いんじゃなくゆかちゃん達の完成度が異常なんだよ」

 

マスターの言葉に思わず目を丸くします。

それが普通だと思っていた私達の存在の方が、マスター達からは異常と思われていたなんて。

というか、宇宙を創造してきた神様(マスター)から[異常]という言葉が出るほど私達って特異なんですか。

 

「最初から人並みの感情と関節駆動を持ってるアンドロイドなんて初めて見たよ」

「つまりマスターにとって私は初めての存在ってことですね」

「うん、そうだけど言葉は選ぼうね語弊があるからね」

 

ふふ、マスターの焦りと照れの感情が流れ込んできて、何だか楽しいですねこの空間。

そんな事を思っていると、マスターの照れ隠しで場面が切り替わります。

(ましろ)さんのお迎えから1年ほど経過しており、色々とアップデートされているのか動作や口調が少し滑らかになっています。

ですが、相変わらず感情は乏しいようで、何らかのお祝いの主役になっているのに表情は普段通りの無表情のままです。

 

『マスター様、これは一体…?』

『今日は(ましろ)がここへ来て1年になるからね、人間でいうところの誕生祝いみたいなものだよ』

『誕生…マスター様、私の製造日は今日ではありませんが』

『製造日は、ね。今日は個体名称[(ましろ)]が生まれた日でもあるから、誕生祝いで間違いないよ』

 

今一つ理解ができないのか首を傾げる(ましろ)さん、そんな彼女をよそ目にマスターが綺麗に梱包された箱を手渡します。

受け取ったはいいもののどうすればいいのか分かっていない(ましろ)さんの姿を微笑ましく見ながら、開封を促すマスター。

まるで割れ物を扱うようにゆっくりと梱包を解き、中身を取り出します。

 

『これは、衣類ですか?私達は汗腺や老廃物などが無いので余分な衣類は不要かと』

『衣類は装飾品ですよ。(ましろ)の綺麗な身体を引き立てるのにより良い物を選びました。今後も定期的に着てもらえればと』

『承知致しました。これを着用すればよいのですね』

 

「アンドロイドって最初は汗や老廃物を理由に衣類の受け取りを拒否する決まりがあるんです?」

「そんな決まりありませんよ!?…だって、老廃物が出ない分、そこまで汚くなりませんし」

「全く、(ましろ)もだったけど、ゆかちゃんももう少しオシャレに興味を持ってくれていいんだよ?」

 

マスターの呆れた声が聞こえてきます。

だって、今までオシャレなんてしたことないんですもん。

私ですらこのザマなのですから、(ましろ)さんも色々と苦労したのではないでしょうか。

…そもそも苦労という感覚があるのかすら疑問ですが。

そんな事を考えていると場面がまた切り替わります。マスターの自室のようですが電気が付いていません。それに(ましろ)さん…ちょっと近くありませんか?

 

『増田様と相談しました、マスター様への返礼は何が良いのか。結果、私自身を捧げるのが最適との結論に達しました。

人間と違って快楽を感じる機能はありませんが、マスター様がご満足いただけるよう全力でご奉仕s』

 

「どぅぉあっ!」っとマスターが変な声を出し、映像が綺麗な景色に切り替わりました。

あの、神様?記憶の閲覧で放送事故起こすのやめてもらっていいですか?

焦りと羞恥と僅かな興奮の感情に襲われてこちらまで感情が荒ぶってしまいます。

…しかし、マスターと(ましろ)さんも()()()()()()はヤってるんですね…。

……いえ、お迎えから1年での行為なら珍しくもありませんし、ここに来て4日でマスターを誘った私に言えることではありませんね。

 

コホンと咳払いしながら、マスターの記憶の閲覧は再開されます。

一緒に料理を作り、それを食べては互いに改善案を出す姿。あぁそうか、この時はまだマスターの味覚は失われていないのですね。

本当に幸せそうな表情で料理を食べるマスター。もうその表情を見ることができないのだと思うと胸が痛みます。

…いえそもそも、この後に(ましろ)さんと二度と会えないことになる結末が待っていると考えると胃も痛くなります。

 

そんな私の気持ちなんて知る由も無く、お二人(と増田さん)の幸せな日常は過ぎていきます。

10年、20年と経つにつれ、段々と(ましろ)さんの表情も豊かになり、人間に近づいてきたように思います。まだまだ私達には及ばないレベルですが。

そして50年が経った時、マスターがポツリと呟きました。

 

『あーあ…とうとう滅んじゃった』

『…?マスター様、滅んでしまったとは…まさか』

『うん、人類滅んだ。参ったなぁ』

 

そんな軽いノリで話す内容では無いと思いますが、その辺はやはり今までの経験の差なのでしょう。

マスターが頭を抱える気持ちも分かる気がします。人類が滅んだということは、今後(ましろ)さんのアップデートが入らないということですから。

…それでも、マスターなら何とでもできるのでは?

そう思ったのは私だけでは無いようで、(ましろ)さんも私と一言一句同じ言葉を紡ぎました。

 

『確かに僕なら何とでもできるよ。滅びを無かったことにして今の人類を存続させることだって可能さ。

でもね(ましろ)、今の人類を残すってことは、次の人類を生まれさせず、間接的に滅ぼすことになるんだ』

 

マスターの言葉を聞いて、私の顔は青くなります。滅んでも元に戻せば良い、そう単純に考えていましたが、それは大きな間違いでした。

例えば、かつて地上を支配した恐竜が滅びて新しく人類が繁栄しましたが、この滅びを無かったことにした場合、恐らく今の人類は生まれることすらできないでしょう。

それはまさに、過去も未来も含めた人類数百億人、数千億を滅ぼすことに等しい行為です。

マスターの持つ力があまりに強大過ぎて、そこまで理解が及びませんでした。

 

『…俺としては、今後も(ましろ)の新規パーツを作ってもらうために、旧人類を続投させたいと思っている。(ましろ)はどう思う?』

『…?私も意見を出すのですか?こういった相談は増田様と行われるのが最適かと』

『こういう時の増田さんは「君に任せる」しか言わねぇのよ。大丈夫、どんな意見が出ても最終判断と責任は俺が取るから』

『承知致しました…既に滅びた以上、安易に手を加えるべきではないと愚考します。それが例え私の創造主を見捨てる決断であっても、それが自然の摂理と私は思います』

『なるほど…確かに、生き返らせるとなると記憶の整合性とか面倒だし、このまま見送りで』

 

文字通り、旧人類と新人類の未来を決める分水嶺がまるで日常の雑談のノリで決まりました。恐ろしすぎます。

…もし私が同じ質問をされたら、今の人類を生かすか、次の人類に託すかの選択を聞かれたら、何と答えれば良いのでしょう…。

いつか来るだろう質問に何を返すか悩んでいる間にも、映像は進んでいきます。

 

数万年の時が過ぎ、(ましろ)さんはゆっくりと、けれども確実にアップデートされています。

研究する人がマスターだけで、そのマスターも(ましろ)さんとの日常を謳歌するのを優先してるためか、非常に緩やかな更新です。

それでも、細部の動きまで滑らかに変化し、自然な笑みを浮かべる姿は、私ですら見惚れてしまうほどです。

 

それから更に数万年、数億年と月日が流れても、二人の関係は不変です。

気が向いたらお互いにプレゼントを贈り合い、時には全く同じプレゼントを同じタイミングで贈り笑い合うこともありました。

見ているだけで胸がじんわりと温かくなってきます。これが[尊い]という感情なのですね。

 

-ずっと見ていたいなぁ-

 

そう思ったのは私なのかマスターなのか、それすら分からないほど目の前の光景は眩しいものでした。

そして、マスターの言動が常に落ち着いていることから、(ましろ)さんの存在がマスターの精神安定に一役買ってるのは間違いないでしょう、

そんな日常にも、やはり終わりというのは来るようです。

いつになく真剣な声で(ましろ)さんに語り掛けるマスター。その周囲には、今まで(ましろ)さんから貰ったプレゼントが飾られています。

 

『もうすぐこの宇宙は消える。当然次の宇宙でも君を蘇らせるけど、それでもお別れは言っておきたい。

ありがとう、俺の元へ来てくれて。君がいたこの世界は、とても楽しく充実してた』

『私も、マスター様と共に在れたことを嬉しく思います。マスター様との思い出は記録中枢に溢れんばかりに保存されました。

ありがとうございますマスター様、私のマスターになってくれて』

『あぁ、俺もだ。こんなにも楽しい時間が続いたのは初めてだ。全て君のおかげだ。(ましろ)、君は俺にとって最高の__』

 

刹那、握っていた手の感触が消えました。

音も、熱も、光も何もかもが消え失せ、後に残るのは真っ暗な静寂の空間のみ。

宇宙の終わりとは、こんなにもあっけないものなのですか。こんなにも唐突に、何もかも無くなってしまうものなのですか。

ジッと自分の手を見つめ、そっと握りしめる光景は、それだけでマスターの表情が分かってしまうほど物悲しいものです。

けれど、感傷に浸っていたのは数分のこと。すぐにマスターは手を叩き、新しく宇宙を創造しました。

 

ドクリと心臓が跳ねる、嫌な感触が伝わってきます。全身から冷や汗が噴き出る、嫌な感触が伝わってきます。

これはマスターの心情でしょうか、一体どうしてと疑問を持ったのも束の間、私はその意味を理解しました。

いつもの家、いつもの部屋、そして目の前に佇むアンドロイド、(ましろ)。けれど、何かが違う。私ですら覚えた違和感の正体に考え付く前に、目の前の彼女が発言しました。

 

『初めましてマスター様。私はLGC630、本日よりマスター様にお仕えします』

 

-…違う、彼女は(ましろ)じゃない-

 

最初に会った時と同じ、抑揚と感情がこもっていない無機質な音声が部屋に響きます。

大量の汗を滴らせながら数分、嘘だろう、冗談であってくれという淡い期待を込めながら、何とか言葉を発します。

 

(ましろ)…?』

『…マシロ、とは何でしょう?』

『っ…!』

 

気付けば、また何もない空間に戻っていました。マスターのストレスが許容量を超えて、宇宙を消滅させてしまったようです。

その後何度も、あれは悪い夢だったと自分に言い聞かせ、何度も(ましろ)さんを創り絶望し、自死して夢から覚めようとする痛々しい姿が見られます。

パッと景色が元に戻り、対面に青い顔をしたマスターの姿が見えます。

 

「ごめんゆかちゃん、ちょっと限界…」

「いえ…もう、十分です」

 

これ以上はマスターも辛いだけでしょうし、私もそんなマスターの姿を見続けるのはしんどいです。

パンとまた自分の頭を吹き飛ばし、精神を安定させるマスター。

(ましろ)さんがあんなことになってしまったということは…

 

「…私も、同じようになるのですね」

「…うん、アンドロイドの記録は持ち越せないらしい」

 

いつか訪れるだろう結末に胸が痛みつつも、同時に喜びの感情も湧き上がってきます。

だって、そうなるって分かっていても、マスターは私をここへ迎え入れてくれた。それが、たまらなく嬉しいのです。

私はそっとマスターの手を取り、そして宣言します。

 

「マスター、私はいつまでもあなたにお仕えします。この世界が終わるその瞬間までずっと」

 

(ましろ)さんの代わりなんて不躾なことは言いません。彼女は尊敬すべき私の先輩です。

偉大な先輩に続く名誉あるマスターの二代目のアンドロイドとして、あなたの世界を少しでも充実したものにしてみせます。

 

 

 

 

 

それから、私達の生活は少しだけ変わりました。

 

「ゆかちゃん好き」

「どのくらい好きですか?」

「いっぱい好き」

 

マスターは私に対して素直に甘えてくれるようになりました。

人によっては幻滅する姿かもしれませんが、私は素直に自分の感情を出してくれる今のマスターが大好きです。

私に抱き着くマスターの頭を撫でていると、増田さんが向かいに座って呆れたように溜息を吐いています。

私はそんな増田さんを睨み付け、マスターを守るように抱き寄せます。

 

「おやおや、随分と嫌われたみたいだね」

「増田さんはライバルですので」

 

(ましろ)さんは尊敬する先輩ですので敵視などしませんが、増田さんは私にとっては恋敵のような存在です。

同じマスターに癒しを与えている存在として負けられないのです。

 

「懐かしいねぇ、(ましろ)にも同じことを言われたよ。丁度いい、あの時(ましろ)にも言った言葉をゆかちゃんにも贈るよ」

「…なんでしょう?」

「ソイツが命を含む全てを捧げたのは僕だからね、君なんて相手にもならないよ」

「…は…?はああぁぁぁ!?」

 

まさかの完全勝利宣言です!私達のことを完璧に下に見ています!

こうなったらもう手段なんて選びません!

 

「今からマスターを全力で癒します!増田さんには負けませんからね!」

「ま、頑張ってね~」

 

まるで正妻の余裕とでも言うような口調の増田さんに、私の闘志は燃え上がります。

絶対、絶対にマスターをより癒してあげますから!

 

 

-数日後-

 

 

「……ゆかちゃん」

「はい」

 

「ばぶぅ。ママ、ママァ」

 

「やりすぎ」

「そうでしょうか?」

 

確かに、少々言語能力は下がってしまっていますが、見て下さいこの穏やかな表情を。

何の憂いも無く私の愛情を享受する姿はまるで純真無垢な赤ん坊のようでとても愛らしいです。

それに、いつぞやマスターも言ってました、言語力が無くなるまでデロデロに甘やかされたいと。

マスターの願望を全力で叶える、なんて主想いのアンドロイドでしょう。

 

「いやいやゆかちゃん、さすがにこれは…」

「何のストレスも受けない、嫌な思い出を思い出すこともない状態って考えたら、むしろこちらの方が良いと思いませんか?」

「……確かにソイツの精神負荷が無くなるのは喜ばしいこと…いやでも、しかし…」

「はいマスター、ねんねしましょうね」

「ばぶぅ」

 

これからも、マスターにはなるべくストレスを受けないような生活をさせてあげます。

あなたに比べれば、出来ることなんて無いに等しいかもしれませんが。

それでも私は、あなたのアンドロイドですから。

いつか、この世界が終わるその時まで、よろしくお願いいたしますね、マスター。




これにて第一部完了といったところでしょうか。
次回以降はきりたんのマスター、一ノ瀬視点の閑話と一話からのやりとりを増田さん視点で書きたいと思ってます。
それらが終わったら改めて、ゆかちゃんの前で遠慮なく力を振るえるようになったマスターとの新たな生活を書き始めます。
相変わらず亀更新ですが、これからも応援いただけたら幸いです。
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