序盤は3人称視点となっております。
「はい、ではそのように。振込はいつものところへ、はい、それでは」
とあるオフィスの最上階で、一人の中年男性が下卑た笑みを浮かべながら通話を切る。
電話の相手は世界最大の大企業の社長であり、彼にとってのパトロンでもある。
彼の会社は表側はゲームソフトを含む家電製品を販売し、裏ではアンドロイドの違法改造を受け持っている。
こういう表沙汰にできない事業には、大企業のバックアップが必須なのだ。
自身の会社単独で同じことをすれば、一月と持たずに彼は檻の中だろう。
(全く、笑いが止まらんな)
グフグフと声を上げながら、男は振り込まれる金の使い道を考える。
当初想定していた金額の倍以上の額が振り込まれるのだ、笑うなと言う方が無理というものだろう。
新しく販売予定のゲームのテスト、という名目でアンドロイドの近接戦闘を強化する為にデータ収集を行った。
普段からゲームに
が、蓋を開けてみれば、恐ろしい動きで一瞬で既存の戦闘データを塗り替える者がテストプレイに参加していたのだ。
この結果は即座に共有され、報酬額が上乗せされたのだ。配信者様様といったところだろう。
「さて、次は紛争地域への軍事支援か。忙しくなるぞ」
「随分と繁盛しているようで喜ばしい限りですね」
自分以外誰もいないハズの部屋に響いた若い男の声。
目を丸くして振り返った先には、先日買い替えたばかりの高級ソファにふんぞり返り、まるで家主のように寛ぐ包帯を巻いた青年の姿。
「貴様は…いや、誰かと思えばデータ収集に多大な協力をしてくれたユーザー君じゃないか。
どこから入ったかは知らんが、入室前のノックも無く勝手にソファに腰を下ろすなど、君はもう少し社会の常識を学んだ方が良い」
「おや、社会秩序を乱してる人間が社会常識を語るんですね。随分と分厚い面の皮だことで」
包帯の男の言葉に中年男性は眉をひそめるが、すぐにいつもの表情に戻る。
自分より一回り以上年下の小僧を相手に感情的になってはそれこそ相手の思うつぼだ。
中年男性は咳払いをして会話を切り上げる。
「ゴホン…それで、一体何の用だ?わざわざセキュリティをくぐり抜けてまで何をしに来た?」
「色々と困るんですよ、そのデータを使われると。だから、その戦闘データを全部消去していただきたい」
「悪いが無理な話だ、こちらも商売だからな。それよりも取引をしないか?」
二人が話をしている最中、部屋のドアが開き10人ほどの武装した集団が入ってくる。
彼らは素早い動きで包帯の男を包囲し、拳銃の銃口を突き付ける。
引き金に掛かった指に力を込めれば頭が吹き飛ぶこの状況で包帯の男は眉一つ動かず、まるで彼らの存在など眼中に無いかのようだ。
「今後も戦闘データの収集に協力してほしいという話だ。無論、相応の報酬は払おう。断れば…」
「お断りします。今この瞬間にデータを消去して下されば、多少マシな余生を送らせて差し上げますよ」
銃を向けられたこの状況で上から目線で話す包帯の男に、中年男性は露骨に不機嫌になっていく。
額に青筋を浮かべながらも感情に任せて射殺の命令を下さなかったのは、彼の高い運動能力に商機を見出していたからだ。
男性は何とか冷静さを取り戻し、小生意気な青年に現実を教えるように語り掛ける。
「これはね、ビジネスなんだ。ただの平民一人の感情で左右されるような話ではないのだよ。
それに、この商談には○○企業の××社長、○○商社の××CEOも多額の資金援助をしている。
大企業が後ろ盾になり数千億の大金が動く一大プロジェクトだ。貴様一人が騒いだところでどうにもならん」
虎の威を借りた狐が得意げな表情で話をしているが、それを聞く周囲の人間は皆、唖然とした表情をしていた。
何故彼らがそんなに驚いているのか、意味が分からず彼は首を傾げる。
「あの、ボス…その人達って
「……なんだと?貴様、ふざけるのも大概に__」
「いえ、我々もそのような人物の名は初めて聞きました」
なあ?と包帯の男を囲っていることも忘れ、互いに顔を見合わせる武装隊員達。
先程男が上げた名は世界でも有名な人物だ。彼らがその人物を知らないハズがない。
そんな混乱を嘲笑うように、包帯の男が口角を上げた。
「そんな人、知ってるのはあなただけですよ」
「き、貴様…一体何をした!?」
「殺すのが一番楽だったんですが、これでも人との共存を夢見るアンドロイドのマスターなので。
だから代わりに、その人達の記憶と記録を消しました。実の母親も産んだことを覚えてませんし、出生届も戸籍も住民票も存在しません」
彼の言っている言葉が理解できず、それでも荒唐無稽な話にも思えず、男は背中が冷たくなっていくのを感じる。
まるで時が止まったかのように、この部屋の誰も動くことができず、ただ茫然と包帯の男を見ていた。
本能がこの場から即座に逃げろと訴えているが、体が言うことを聞かず動くことすらできない。
「哀れと思うなら助けてあげますか?まあ、それまでに
それでは、頑張って下さいね。応援だけは一応してあげますよ」
パンと手を叩く音と共に、包帯の男はその場から消えた。まるで最初から誰もいなかったかのように、一切の痕跡も残っていない。
それから数秒の後、室内は混乱に陥った。男が消えたことにではない。
そんな彼らの混乱に共鳴するように、下階が一段と騒がしくなる。
『やべぇよボス!アンドロイドの会社の連中が押し入って来やがった!』
『武装警察を引き連れてやがる!コイツら本気だ!』
通信機から悲痛な叫びが聞こえてくる。早く逃げなければと思いながらも思考はまとまらない。
何故自分は、後ろ盾も無いのにこんな無謀なことをしたのか。こうなることを予測できなかったのか。
その一瞬の判断の遅れが、彼の運命を左右した。
部屋に缶のようなものが投げ込まれたと思った刹那、室内が爆音と光に包まれる。
スタングレネードの音と光をモロに受け、前後不覚に陥った男はその場に倒れこんでしまう。
「全員動くな!武器を捨てろ!」
「おーおー、銃刀法違反も追加だな」
「△△社の○○社長ですね?アンドロイドの軍事転用の容疑で拘束させていただきます」
こうして、アンドロイドを食い物にしていた男は、あっけなく捕縛された。
後日、彼は国際社会を秩序を乱した凶悪犯として、重い刑罰が与えられることとなる。
「あー…疲れた。世界的に影響力のある人間のあれやこれを消すのは色々と調整がしんどいわ。
うーさむさむっ。ちゃちゃっと電気代とか払って戻りますかね。ちゃんと公共料金支払ってる俺ってホント真面目だな」
誰に聞かせるわけでもない独り言を呟き、包帯の男は帰路に着く。
この騒動の裏側で、全てを失った数人の男性が路頭に迷うことになったことなど、誰も知る由も無い。
--side 一ノ瀬--
「__以上が今回の騒動の全容です。彼がどうしてこんなガバガバな輸出を行ったのかは依然として謎のままですが」
「ありがときりたん。でもその発言は長年そのガバに気付かなかったウチの会社にも返ってくるからね」
違法なアンドロイドの輸出を行っている悪徳企業の情報を受け、僕ときりたんも軽くそれについて調べてみた。
すると出るわ出るわ、何で今まで気付かなかったと思わずツッコミを入れるほどの問題行動の数々。
こんな連中を年単位で放置してたなんて公表されたら会社の株価に関わる。会社の混乱も相当なものだろう。
きりたんからの又聞きでも、社内がてんやわんやな状態なのが伝わってくるくらいだ。
「まあ、流石に今回は末端の僕達に出番は無いね」
「企業相手に出しゃばったりしたらホントに死んでしまいますからね」
「そうそう。適材適所、僕達は個人のアンドロイドを助けられたら十分だよ」
アンドロイド達を助けたいという気持ちは確かにあるが、それで死んでしまっては元も子もない。
正義感は確かに大事だが、それ以上に死なないことが彼女達を助けるための近道なのだ。
そう自分に言い訳をしても、やはり動けないことへのもどかしさはある。
そんな僕の焦燥が伝わってしまったのだろう、きりたんがそっと僕の口元へお菓子を運んでくれた。
「ん、ごめんよきりたん」
「ゆっくりでも一歩ずつ、ですよね。焦っちゃダメですよ」
僕がいつも言ってる言葉で励ましてくれ、ニッコリと微笑むきりたん。
あぁ、この子をお迎えして本当に良かった。そう心から思える。
その時、ピコンとスマホの通知が鳴った。メールが来るなんて珍しいと思いながら画面を見る。
送り主の名前に見覚えがあるが、どこで見たかしばらく考えなければ出てこないほど連絡がくるのが珍しい相手だった。
「お知り合いですか?」
「んー…知り合い以上友達未満ってとこかな。中学卒業から連絡すら取ってなかったんだけど…」
音信不通だった同級生からの連絡なんてロクなもんじゃないと思いながら、メールの内容に目を通す。
…ふむ…これは…これが本当なら僕達にも利益がある話だが…。
内容を真剣に見ている僕を不思議そうに見ているきりたん。
僕はきりたんにスマホを渡しつつ、ざっと確認した概要を話す。
「他の友人から、僕がアンドロイドを持ってることを聞いて連絡してきたらしい。
自分達が発足したアンドロイド関連の会で、その有用性について演説してほしいって。
上手くいけば理解者や購入者を一気に増やすことができるかもしれない」
「…確かに魅力的な提案ですね。受けてもいいかもしれません」
きりたんとも考えが一致したので、僕達はこの提案を呑むことにした。
この時の僕達は、その上辺だけの言葉を完全に信用してしまっていた。
音信不通の相手から急に連絡が入るのも、どんな会を発足したのかも、その会にどんな人物が所属してるのかも考えなかった。
僕はそのメールに返信し、演説の内容を二人で考え始める。
後日、僕達は指定された会館へ足を運んだ。
受付を終えて控室に通されると、羽振りの良くなった同級生が馴れ馴れしく出迎えてきた。
「よぉ、久しぶりだな。そっちがお前のアンドロイドか?」
「あ、あぁ、僕のアンドロイドのきりたんだ。とっても頼りになる相棒だよ」
こういう手合いは苦手だと思いながら、それを表に出さない様に取り繕い、きりたんを紹介する。
一瞬、きりたんを見る男の目が猛獣の様に鋭くなった気がした。
…いや、きりたんが僕の方にズレるように隠れたので、僕の勘違いというわけでもなさそうだ。
早く演説を終えて帰ろう。そう思いながら僕達は控室で出番を待つ。
「__であるからして、アンドロイドは個人のQOLを上げるだけにとどまらず、社会への貢献においても重要な存在となっているのです」
1時間後、僕は壇上で100人ほどの会員達の前でアンドロイドの有用性について説いていた。
こんな大勢の前で喋るのは初めてのことで尻込みしていたが、きりたんが背中を押してくれて僕も決心を固めた。
基本的に語る内容はテレビやネットで出回っているものに近いが、僕自身の主観を交えて説得力を持たせている。
「社会貢献としては、主に介護やゴミ収集、長距離バスやトラック運送などが挙げられます。
特に介護の場合、相手が女性だと男性介護士は敬遠され女性介護士が力仕事を行うことも多いですが、
それを補うために成人男性に近い筋力を持っているアンドロイドが採用されることが多いです」
「すみません、企業や社会貢献より、個人がアンドロイドを保有する有用性について教えてほしいのですが」
「…コホン、そうですね。では、私のアンドロイドである東北きりたんについて。
主な役割はSNSなどのインターネットを通した情報の収集、そして他アンドロイドとの連携があります。
また、お恥ずかしながら私は家事が苦手なので、料理を始めとした家事全般を肩代わりしていただいています。
特に料理は一汁三菜が心掛けられ、デスクワーク中心の私の体調を気遣った健康的な物を用意してくれています」
複数の方向から「おぉ…」と感心する声が聞こえてくる。僕と同じで家事が苦手な人達だろうか。
こういった日常の一環からアンドロイドの有用性が伝われば良いなと思い、僕は思いつく限りの事を挙げていく。
「他には、スマホや保険のプラン等を記録し、当時のプランの見直しや解約手順をパッと出してきたり、
確定申告や年末調整といった面倒な書類の代筆もこなしてくれます。
また、個人保有のアンドロイドでも副業にならない程度に稼ぐことは許可されているので、家計の足しにすることも可能です」
聞いてる人のほとんどが前のめりになるのが壇上からだとよく分かる。
どうやら興味を持ってもらうことには成功したようだ。
やり切った思いで締めの挨拶をすると同時に、同級生が壇上に上がってきた。
「いやー良かったぜ。やっぱ実際にアンドロイドを持ってると説得力が違うな」
「あ、あぁ、そう言ってもらえると僕も嬉しいよ」
ズズッと握手を求めてくる同級生に、たじろぎながらも何とか握手に応じる。
正直この距離感の近さは苦手だが、アンドロイド普及の助けになるのなら今後も手を貸そうと思った。
その時、僕の手を握る力が強まり、思わず顔をしかめてしまう。
文句を言おうとその顔を見ると、同級生は下卑た笑みを浮かべていた。
「いやぁ、ホントに良かったぜ、アンドロイドを持ってる知り合いがいて。
これで俺達も、非合法アンドロイド売買の組織に参入できるぜ」
「なっ!?」
その言葉を聞いて、握られていた手を強引に振りほどき距離を取る。
相手は下卑た笑みを崩さず、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。
「闇サイトへの参入なんて正気か!?アンドロイド1体で運用できるようなもんじゃないし、下手すると向こうの既得権益を犯すことに__」
「んなことは最初から分かってるっての。俺らがやるのはアンドロイドのハッキング技術の売買だよ。
正規アンドロイドをハッキングできるようになれば向こうも嬉しい、俺達はその技術料でぼろ儲けってわけだ」
…何を言ってるんだこいつは?全く現実が分かっていない。
アンドロイドはネットに接続できる精密機械。ハッキング対策なんて当然だし、素人がどうこうできる代物じゃない。
第一、闇サイトの人間は公共のアンドロイドに手を出す危険性をよく知っている。引き際をわきまえているからこそ、連中はしぶといのだ。
例え技術を確立しても連中はそんなものを買ったりしないだろう。本社が動くように誘導して技術だけ回収する、そういう姑息な奴らだ。
だが、こいつの目は本気だ。本気できりたんを狙っている。
「きりたん、逃げるよ!」
そう言いながらきりたんの手を引くが、自分達が居る場所は視認しやすい壇上、いつの間にか周りを囲まれて逃げ道が無い。
何とかしなければと打開策を考えている間にも、次々と壇上に登ってくる男達に追い込まれていく。
一人二人なら全力で体当たりすれば何とかなったかもしれないが、囲まれた状態で100人を相手に逃げ切るのは不可能だ。
「っ!?ダメです、ジャミングされてるみたいでSOSも…!」
「くっ…!」
アンドロイドの緊急SOSは衛星を通じて発信するため圏外でも繋がるようになっている。
しかし、その電波そのものを遮断されたらSOSの発信も不可能だ。
だが、こんなデカい会場で妨害電波など出せばすぐに近隣から通報が入るハズだ。それこそ、特定の場所に絞って妨害電波を出さない限り__
(…!そうか!くそっ、やられた!)
何故気付かなかったのか。自分達が壇上に上がるのだから、そこを狙えばいいだけだ。ここに来た時点で、自分達は詰んだのだ。
何故こんな誘いにまんまと乗ってしまったのか、何故もっと下調べして万が一の保険を掛けておかなかったのか。
悔やんでも悔やみきれない。こんな事態に巻き込んでしまったきりたんに謝罪しながら、男達から守るように彼女を抱き寄せる。
(くそっ!くそっ…!)
刹那、鈍い打撃音と共に、誰かが木の床を転がっていく音が鼓膜に届く。
何が起きたか分からず視線を上げると、体の一部に包帯を巻いた、最近見慣れた男が立っていた。
「あぁ?誰だテメェは!?」
「どこから入って来やがった!」
周りを取り囲む男達の野次や疑問には見向きもせず、包帯の人と僕達の目線が合う。
僕達の顔を見て一瞬ホッとした表情を浮かべるも、それはすぐに険しいものに変わる。
全身をこちらへ向き直したかと思うと、僕達へ深々と頭を下げた。
「すみませんでした!俺の軽率な行動のせいでこんな目に遭わせてしまって。
お詫びにこちらで色々と補償するので、二人はそのままそこで待っていてください」
包帯の人がなんで謝罪をしているのか分からず、僕達は呆然とその言葉を聞いていた。
沈黙を肯定と捉えたのだろう、包帯の人はニコリと笑顔を見せると、男達の方へ向き直る。
その瞬間、周囲の空気が張り詰めた物へと変わった。
「さて、皆さまの罪状を述べましょう。
こちらに非があったとはいえ、私の知り合いに手を上げたこと。
すぐに逮捕されるとはいえ、あなた方が作った技術が後々までアンドロイドの平和を脅かしたこと。
これらを踏まえて、一ノ瀬君の手柄になるような状況を作るとなると…__」
何やら意味の分からない言動を発する包帯の人を男達が囲んでいく。
それでも包帯の人は男達のことなど眼中に無いようで、まだブツブツと呟いている。
彼らが手を出さないのは、包帯の人の意味不明さに戸惑っているからだろうか。
完全に周りを囲まれ、もはやどうすることもできない状況になってようやく包帯の人が口を開いた。
「こういうのはどうでしょう。
『皆さんは生まれた時から体のいずれかにハンディキャップを背負っていた。
そんな皆さんは主犯の男に騙され、怪しい集会に参加するようになった。
そんな中、たまたま集会に参加することになった一ノ瀬君の通報により違法性が発覚、主犯格の人達は逮捕されることになった』
そういうわけで、皆さんは本日から[生まれた時からハンディキャップ持ちだった]設定で生きていくようお願いしますね」
彼が言っていることが理解できない。そういう設定?一体何を言っているんだ?
それは周囲の連中も同じようで、眉間に皺を寄せて包帯の人を見ている。
全員から睨まれている包帯の人が、笑いながら落ち着くようジェスチャーする。
「皆さんの不満もごもっともです。私の不手際が無ければこのような設定を課されることはありませんでしたから。
なので、ささやかではございますが、皆さんへも補填をさせていただきたいと思います。
特に無ければ、私の方で勝手に決めさせていただきますが、いかがいたしますか?」
一切笑顔を崩さず、少し首を傾げながら連中に問いかける包帯の人。
この言動にはさすがの連中も頭にきたようで、一斉に包帯の人に殴り掛かった。
「右腕、左足、右足、右腕、左腕、左足」
四方から迫る男達の攻撃を左手だけで受け流し、右手で触れた部位を淡々と口に出す。
合気道だろうか、中学生か下手をすれば小学生並みの身長の包帯の人に、大の大人が片手で転がされている光景は脳が混乱しそうになる。
受け身も取れていないのか、床に叩きつけられる音がする度に「がひゅっ」と痛々しい声が聞こえてくる。
だがそんな中でも、比較的ダメージが少ない奴が起き上がって向かっていく。
「視力、聴力」
必死の抵抗も軽くあしらわれ、今度は右手で目や耳の辺りを触れられ、そのまま床に叩きつけられる。
先程より勢いよく叩きつけられたのか、男たちは床に転がって悶絶していて起き上がってこない。
僕達が呆然としている間、時間にして5分も経たない間に、包帯の人に向かっていった数十人が一方的に倒された。
包帯の人がアンドロイドである可能性は考えていたが、それを考慮しても強すぎる。
腰を抜かして動けない残りの連中をよそ目に、包帯の人がこちらへ近づいてくる。
「改めてお二人にお詫びいたします。このような状況を作る軽率な行動をしてしまって。
重ねて申し訳ありませんが、修正が終わると同時にお二人の記憶はボカさせていただきます。このような記憶が残っていては平穏な暮らしができないでしょう。
それでは改めまして、お二人が安心して日常を謳歌できることを、心よりお祈り申し上げます」
パンっと手を叩く音と共に、僕達の視界は暗転した。
気付けば、僕達は警察からの事情聴取を終えて帰路に着いていた。
貴重な休日だったのに、本当に大変な一日だった。
元々興味の無い集会に無理矢理連れてこられたと思ったら、ハンディキャップ持ちの人を相手に違法行為を繰り返す現場を目撃してしまった。
急いできりたんに通報してもらい、警察の話によると主犯格を一網打尽にすることができたようだ。
後日、今回の功績を称えて警察署で感謝状が贈られることになった。これで給料も少し上がらないかな。
「今日はごめんねきりたん、こんなことに巻き込んで」
「大丈夫ですよお兄様。それに、これも社会貢献ですよ」
「…うん、そうだね!何にしても悪人を捕まえることができたんだ、それで良しとしよう」
ハンディキャップ持ちの人達を騙す非道な連中を捕まえる手助けができたんだ、最終的には良い一日になったと思う。
しかし、あの被害者の人達、何か変なことを叫んでいたな。
「俺は健常者だ!」とか「俺はまともだったのに変な奴にこんなにされた!」とか言っていたが、なんのことだったのか。
家に辿り着くと同時にベッドに身を委ねる。きりたんから「ちゃんと着替えてから入って下さいよ」と怒られてしまった。
今日くらいは許してほしい。アンドロイドと違って、人間は気疲れでバテてしまうんだ。
きりたんにテシテシと叩かれながら布団の上でゴロゴロしていると、ふといつもの作業机が目に入る。
一点を見つめる僕に気付いたのか、きりたんも僕を叩く手を止めて同じ場所を注視する。
のそりとベッドから起き上がり、机の上に置かれた一枚の紙を拾い上げる。
「…そういや、まだ出してなかったのか」
会社で渡された住所変更届の用紙だ。
何故あれだけ焦って記入したのに今まで放置してしまっていたのか、考えても思い出せない。
包帯の人が脳裏に浮かんだが、不思議と彼に警戒心が湧かないのだ。前まで恐ろしい存在と思っていたハズなのに。
「…ねえ、きりたん。これ、出しに行ったほうが良いと思う?」
「……論理的に考えれば、即座に提出して住居を変えた方が良いでしょう。しかし、感情的に考えるなら現状維持で問題無い気がします」
「おや珍しい、きりたんが感情論を語るなんて」
「包帯の人は我々の所在を把握しています。より安全な場所に住居を移転するのが合理的です。ですが、彼ならば問題無い。そう思ってしまうのです。何故かは分かりませんが」
きりたんの言葉に僕も頷いて同意する。
彼なら大丈夫、安心だと思ってしまう。言語化しろと言われると非常に難しいし、説明を求められても困るが、大丈夫という確信があるのだ。
お互いの結論が一致したので、住所変更届の提出は一旦保留にしようと結論付けた。
「さあお兄様、お風呂が沸いたので入っちゃって下さい。なんなら頭と背中も洗ってあげましょうか?」
「あはは、そこまでされるとダメになりそうだからお断りしておくよ」
二ヒヒと小悪魔的な笑みを浮かべて茶化してくるきりたん。
こんなことを了承してしまったら僕は本当にダメになってしまう。
悪魔の囁きを何とか振り切り、僕は着替えを持って浴室へと向かった。
知ってるか?神様のポカの対応の結果なんだぜ、この惨状。