「とりあえず、ここがリビングとダイニングとキッチンですね。
撮影も基本的にはリビングでやってます」
昼食を食べ終えてごちそうさまをした後、マスターは私に家を案内し始めました。
増田さんがお皿を片付けているのを尻目に何もしないというのは気が引けるのですが・・・。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、マスターは一言「気にしないでいいよ」と言い、私を連れ出しました。
「こっちが客間、ゆかちゃんが目覚めた時の部屋だね。
そっちがトイレね。あれ、アンドロイドは排泄とかしなかったっけ?まあ念のために。
で、ここが、ゆかちゃんの部屋ね」
驚く私を余所に、マスターが部屋に入っていきました。
まさか、自分に個室が割り当てられているなんて、考えてもみませんでした。
リビングのカーペットなら柔らかくて寝やすそうなんて思っていた数分前の私に教えてあげたい。
そんな事を思いながら部屋に入った私はさらに驚愕します。
広い。あまり家具がないからかもしれませんが、それを差し引いても広い。
ざっと採寸して16畳の広さはあります。
これ、さっきのLDKと同じ広さがあるのですが?
本当にこんな広い部屋を使ってもいいのでしょうか?
そんな中、ふと目をやると、ベッドが枠組みだけで置かれていました。
マットやお布団が無いのでしたら、今夜は床で寝なければならないのですね。
「あ、ベッドは今夜までに使える状態にしておきますね。
で、これがカタログね。マットレスの材質はどれがいい?変わってるのだとウォーターベッドとかありますよ。
お布団も羽毛に羊毛とか各種取り揃えてるから、好きなのを選んでくださいね」
違ったようです。
どうも私は今までの生活に慣れ過ぎたせいで、卑屈に考えてしまいがちですね。
・・・いえ、一アンドロイドに対しての待遇としてはあまりにも過剰と思えるのですが。
「この部屋はゆかちゃんが好きに改造してくれていいからね。
巨大な水槽を入れて水族館にしたり、植物を並べて植物園にしたり。
ああ、宇宙船の中みたいなSFチックにもできるよ」
い、いきなりそんな選択肢を並べられても困ります。
好きにしろ、と言われても、今まで私は自分の私物すらまともに持ったことがありませんし。
ですので私は「考えておきます」と曖昧な返事をすることしかできませんでした。
「まあ、そう焦らなくても、時間はたっぷりありますからね。
こういう事をしたい、というのがあれば、教えていただければ相談に乗りますよ」
曖昧な返答の意味を察してくれたのでしょう、マスターはそう言うと話を切り上げ、案内を続けます。
「ここが僕と増田さんの寝室ね。ここは掃除とかもしなくていいよ」
またも私は驚きました。
私の部屋が用意されていた事以上に驚きました。
単なる同居人かと思っていただけに、まさかお二人が同じ部屋で寝ているとは思いませんでした。
広さは私の部屋と同じ16畳ですが、それを2人で使っている為、実質8畳になるでしょうか。
入口が部屋の丁度真ん中にあるという少し変わった配置で、正面にベッドが二つ見えます。
このベッドがお二人のスペースの境界線の様になっているのでしょう、左右の空間は全く違います。
片方はまるで入居直後の様に物が一切ありません。
綺麗に折り畳まれている布団を片付ければ、人が居たという痕跡すら残らない程殺風景です。
もう片方は非常に生活感溢れる…直接的に言えば散らかっています。
所狭しと並べられたショーケース、中身こそ綺麗に飾られてはいますが、ジャンルに統一感がまるでありません。
今までの性格からすれば、片付いている方が増田さんで、散らかっている方がマスターのスペースとみました。
「えっと…こちら側の空間も片付けは不要ですか?」
「ええ、そこは僕の大切な物を飾っていますので、あまり触れないでいただけるとありがたいですね」
私の読みは的中しました。まあ、逆だったらどうだった、という事もないのですが。
しかしこうなってくると、やはり気になるのは増田さんとマスターの関係性でしょうか。
マスターは同居人と紹介しましたが、同じ部屋、それもベッドを寄せ合って寝ている間柄。
それに相反する増田さんのマスターに対する辛辣な言動。
「あの、マスター、つかぬ事をお伺いしますが、増田さんとマスターのご関係は?」
好奇心は猫をも殺すという言葉もありますが、それでも私は好奇心には勝てませんでした。
質問を投げかけられたマスターは、とても真剣な表情で「うーん」と唸りながら下を向き、ハッと顔を上げました。
「腐れ縁、ですかね」
「腐れ縁・・・?」
「はい、僕と増田さんは永い付き合いですから。親友だったり夫婦だったりしましたが、これが一番適切な表現だと思いました」
・・・ふう、ふ?・・・・・・夫婦!?
予想だにしなかった発言にまたも私の思考は停止しました。今日で何度目でしょうか?
だって、増田さん男の人(暫定)なんですよ!?ボイスチェンジャーを使用している痕跡がないので、声帯から見れば間違いなく男です。
しかも、[だった]と過去形という事は夫婦の前に元が付くわけで、それでもお二人は同じ部屋で毎晩寝ていて___
いけません、頭が混乱してきました。この家は私にとって想定外が多すぎます。
「え、えっと・・・お二人はかなり親密なご関係なのですね」
「ええ、増田さんとの子供を産んだり産ませたりもしましたし。誤って増田さんを殺してしまった時は、本当に申し訳ないことをしました」
・・・・・・ああ、もしかして今これ、マスターのキャラ設定の話をしてます?
ホント、キャラ作りをするのは構わないのですが、それをリアルと混合させないでいただきたいものです。
聞いてるこちらが混乱してしまいます。
「はぁ、そうですか。ところで、マスターは増田さんの素顔を見たことがあるのですよね?」
「もちろんですよ。ただ、特殊な事情があるので、他人に素顔を見せる事は多分ありませんね」
「その・・・増田さんって何者ですか?」
なんとなくはぐらかされてしまうだろうとは思いますが、こちらもやはり気になってしまいます。
「増田さんも神様ですよ。僕は増田さんに選ばれた信者一号になります」
やはりといいますか、マスター特有の設定ではぐらかされてしまいました。
しかし、増田さんまで神様にするにしても、もう少しこの辺の設定は考えた方がいいのではないでしょうか。
このままだと、信者が信仰する神に料理をやらせてるという図式になりますよ?
設定に関しては、私が口出しする立場ではないのでスルーしますが。
結局お二人が同じ部屋で寝ている事くらいしかわかりませんでした。
今後、本当の事を話していただける日がくるでしょうか。
「えっと、こことここ、そこは空き部屋です。使う予定のない部屋なので、掃除もしなくて大丈夫だよ」
マスターの言う[空き部屋]という言葉に疑問が湧きました。
物置等の用途や何かに使う部屋、ではなく、空いている部屋だと。
そもそもこの家、私が想像しているよりもずっと広いような・・・。
「マスター、この家の広さはどの程度なのでしょうか?」
「8LDK+地下室ですね。今は僕達の部屋とゆかちゃんの部屋以外は空き部屋です。
あ、今の部屋のスペースが足りない時はこの辺の部屋を適当に使ってくれていいですよ」
8LDK!?それに地下室まで!?
私とお二人の部屋が16畳で、仮にそれ以外の部屋が半分の8畳だとしても、かなり大きいです。
私のパーツといい、マスターはやはりかなり裕福なようです。
「増田さんと二人暮らしだったのですよね?広すぎると不便ではないですか?」
「いえいえ、使わなければ掃除する必要もないですから。
それに、なんだかんだで同居人が増えたり減ったりするので、このくらいの広さが丁度良いのですよ」
確かに、使わなければ良いというのはその通りですが・・・。
しかし、同居人が増えたり減ったりとはどういうことでしょう?ルームシェアでもやっているのでしょうか。
いえ、マスターは[使う予定のない部屋]と言っていましたので、それも違うのでしょう。
ぐぬぬぬ・・・この家はあまりに謎が多すぎます!もう少し教えてくれてもいいじゃないですか!
「ここが地下室の入り口です。ここも掃除は不要ですので。
別に立ち入り禁止とかはないので降りていっても問題ないですよ」
他の部屋とは明らかに違う重厚な鉄の扉が開けられ、冷気が漂ってきます。
普段使わないからか、電気も点いておらず、吸い込まれるような暗闇が続いているのがとても不気味です。
率先してここに入ることはまず無いでしょう。
「随分と深くて重厚ですね」
「シェルターも備えていますからね。まあ、使う事はまず無いでしょうが」
地下シェルターですか、本格的にお金持ちですねこれは。
確かに日本では重要度は低いでしょうが、それでも万が一はあるので、使う事は無い、ということはないと思いますが。
「わぁ・・・っ!」
思わず声が漏れ出てしまいました。
脱衣所を抜けて浴室を案内されましたが、そこは私の思っていた「浴室」とはかけ離れていました。
大人が20人は余裕で入れそうな浴槽が5つもあり、それぞれお湯の色が違います。
それに加え、あれは泡風呂でしょうか?ジャグジーもあります。あそこは湯気が出ていないので水風呂でしょうか。
この家で一番広いのはこの浴室ではないでしょうか。いえ、これを浴室と呼称するのも違う気がしますが。
「どうです?我が家ご自慢の浴室です。奥の部屋にはサウナだってありますよ。
お湯の温度も常に一定になるように調整していますので、24時間いつでも入れます。
勿論ここも掃除しなくても大丈夫です」
いや、流石にそれはおかしいでしょう!?
マスターのお部屋や空き部屋の掃除が不要なのは理解できます。
しかし、24時間使えるようにしている浴室を掃除しなければ、カビや水垢で大変なことになるのは必然です。
「この浴室全体には特殊なコーティングをしてありまして、カビや水垢が一切付かないようになっているんですよ。
普通だと掃除が大変ですし、24時間使えないでしょ?」
私が疑問に思ったことを察したのか、マスターはそう説明してくれました。
カビも水垢も一切付かないコーティング?なにそれ私そんなの知らない。
私のパーツと同じく出処不明の物という事ですが・・・もしかしてマスターは研究職のエリートだったり?
それなら出処不明のパーツも、非常にお金のかかってるだろうこの家も説明がつきます。
私が一人で納得している間にも、マスターはこの浴室について説明を続けていました。
「この5つの浴槽はそれぞれ違った効能があってね。あ、詳細はそこに書き連ねてるから興味があったら見てね。
こっちには熱燗が入ってるよ。飲み過ぎて溺れないように注意してね。
あっちには温泉卵とかを作る為の簡易的な調理場があるよ。
これはゴムのアヒルちゃんね、入浴のお供にどうぞ」
自慢の浴室と言うだけあって、まさに至れり尽くせりですね。
ゴムのアヒルちゃんはマスターの趣味でしょうか?増田さんがアヒルを浮かべて入浴している姿が想像できません。
いえ、そもそもあの外套とマスクの下がどうなっているのかすら分かっていないのですが。
「えっと、銭湯の経営をしている、わけではないですよね?」
「はい、今ここを使っているのは僕と増田さんだけです。
銭湯を貸し切ってる気分になりますよ。全力で泳いでみたり、潜ってみたり。あ、流石に浴槽内で排尿はしないでね?」
「し、しませんよ!」
思わず大声で反論してしまい、慌てて口を噤みます。
マスターは「気にしてないよ」と笑いながら体をこちらへ向けました。
私を見る目はとても慈愛に満ち溢れていて、まるで私が言い返した事を喜んでいるようでした。
「お風呂上りの一杯が欲しいというあなたにこの冷蔵庫。
牛乳、コーヒー牛乳、いちご牛乳、フルーツ牛乳、カルアミルクもありますよ。
他には水とか麦茶とかビールとか。欲しい飲み物があれば追加するので言ってくださいね。
卵もここに入ってるから、温泉卵にしたい時は持って行ってね」
脱衣所に戻り、そこに設置されている家庭用冷蔵庫が開けられました。
そこには、先程マスターが述べた飲み物がぎっしりと詰められています。
中身だけ見ればまるで銭湯の自販機の様で、明らかにお二人で消費できる量ではありません。
「マスター、その量の飲み物を常に補充しているのですか?」
「そうですね。廃棄しない様に賞味期限には特に気を配ってます。食品を無駄にすると増田さんに叱られますので」
どうやらお二人で頑張って消費しているようですね。
それなら数を減らせば良いと思うのですが、こだわりでしょうか?
しかし、お風呂上りの一杯ですか。密かに憧れていたので、今晩が楽しみです。
「こちらには洗濯機がありますので、今日の服はこちらに。着替えは____あ、着替え!」
「・・・?着替え、ですか?」
「ですです、ゆかちゃんの服を買いにいかなければなりませんね」
私はアンドロイドなので老廃物は出ないので、替えの服は必要無いと思うのですが。
今までもこの服だけでやってきましたし。あ、変な服や下着は何度も着さされましたが。
別にこれ一着でも問題無いので断ろうとしましたが、マスターに手を掴まれて強制的に移動させられます。
「増田さん、出かけますよ。準備して下さい」
増田さんは食器洗いを終わらせて、紅茶を淹れる準備をしていました。
マスターはその状況を見た上で、そんなことを言い出します。
これ、増田さんに滅茶苦茶怒られるのでは・・・。
「外出か?分かった。紅茶は飲むか?」
「んー、いただきます。久しぶりに思い切り喋ったので喉が渇きました」
「ならもう少し待て、直ぐに出なければいけないわけではあるまい。ゆかちゃんも飲むか?」
「え、あ、はい、いただきます」
思っていた様な険悪な雰囲気にならずにホッとして、マスターと私は椅子に腰を掛けました。
少しして、増田さんが紅茶をカップに注いで戻ってきます。
初めて嗅いだ紅茶は、料理とはまた違った上品な香りがします。
「角砂糖とミルクだ。自分好みの味を見つけてみるといい」
「あ、ありがとうございます」
私の前にお洒落な容器が置かれました。
何も入れずにストレートで飲んでみたら、意外と渋くて少し顔をしかめてしまいました。
なるほど、先入観で甘いと思い込んでいました。確かにこれは角砂糖が必要ですね。
さて、お砂糖とミルクのどちらから先に入れましょうか___
「ゆかちゃんは何杯目で気付くと思う?」
「今5杯目なので、8∼9杯目くらいですかね?組み合わせに夢中で僕たちの声も聞こえてませんし」
___うーん・・・うん、これですね。[紅茶とミルクで6:1、角砂糖2つ]これが一番しっくりきました。
私の中で最も好みの味を見つけて納得し、ハッと気付いて周りを見回しました。
マスターがほっこりした顔でこっちを見ています。
どうやら私は8杯も紅茶を飲んでいたようです。目の前に何杯もおかわりが出されているのに、何故気付かないのですか私!
恥ずかしさで顔を隠した私を残し、お二人は淡々とお出かけの準備をするのでした。
わんこそば式で追加される紅茶(とても美味しい)