結月ゆかり「私のマスターは自称神様」   作:またたび日和

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こんだけ書いてまだ一日目の終わりってマジ?


8話 一日の終わり

私がソファーに顔を埋めて五分ほど経ったでしょうか。

視界を塞いでいたせいか、段々と眠たくなってきました。

いっそのことこの場で寝ちゃっても、と考えた瞬間、私の体がヒョイと持ち上げられました。

 

「ひょわっ!?マスター何を!?」

「ダメですよゆかちゃん、寝るならちゃんとベッドで寝なきゃ」

「お、降ろして下さい!自分で歩けますから!」

 

まさかマスターにお姫様抱っこされるとは思ってもみませんでした。

私達は精密機械です。その重量も、同じ体型の女性と比べて非常に重たいのです。

しかしマスターは、まるで重さを感じてない様に軽々と私を持ち上げたのです。

まだ羞恥が治まっていない私は、マスターの腕の中で暴れますが、微動だにしません。

この人、予想以上に力持ちですね!?

 

「まだ本調子じゃないでしょう?部屋まですぐですから我慢して下さい」

 

苦笑しながら私の目を見て話すマスター。

その瞳の奥には、私に対する心配の感情が見て取れます。

私は単に恥ずかしさから暴れてるだけですが、マスターはのぼせた私を心から心配してくれています。

これ以上マスターに迷惑を掛けるわけにはいきません。私は抵抗を諦め、大人しくマスターに運ばれます。

 

 

 

部屋のベッドには、いつの間にかマットレスとお布団が用意されていました。

私はベッドの上にゆっくり寝さされ、お布団をフワッと掛けられました。

テキパキと寝る準備が整えられていきますが、これではまるで介護です。

でも、私の為にやってくれてるので文句は言えません。マスターに全て委ねます。

 

「はい完了です。それじゃあゆかちゃん、ゆっくり休んで下さいね」

「あ、ありがとうございますマスター。おやすみなさい」

「はい、おやすみなさい」

 

部屋の電気が消され、マスターが静かに退室していきました。

豆電球の灯りのみで照らされる部屋を少し見回し、ベッドに体を委ねます。

低反発のマットレスと枕に、体がゆっくりと沈んでいきます。

初めての感触で面白いですし、とても寝心地が良いです。

 

(こんな柔らかいベッドで寝るのも初めてですね)

 

目を閉じながら、今日の出来事を思い返していきます。

初めて食べるご飯、初めてのお出掛け、ゆったりと入れるお風呂。

マスターも増田さんもとても優しくしてくれて、今日だけで一生分の幸せを味わった気がします。

いえ、今までが酷かっただけで、これが一般的に言う[普通の生活]なのでしょう。

 

(んっふふー、明日の朝ごはんは何かなー)

 

お布団に顔を埋めながら、明日のご飯に思いをはせます。

明日になるのが楽しみ、なんて思う日が来るなんてと感動すら覚えます。

こんな日がずっと続けばいいなと思いながら、私はスリープモードに移行しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気が付くと、私は薄暗い部屋の中に立っています。

マスターからあてがわれた部屋ではない、埃っぽくて不快な臭いが漂う狭い部屋。

私の後ろで、何かが動く気配がしました。

振り向いた私の視界に飛び込んできたのは、かつて私を買い、好き勝手してきた前マスター達の顔でした。

 

何故、どうしてという疑問の声に返答は無く、代わりに発せられた声は私を蔑むものばかり。

機械のくせに、このオンボロが、中古品のくせに、使えねぇやつだ。

耳を塞いでも、発される声が頭の中で反響して狂いそうになる。

周りから伸ばされた手が、私の服や腕や髪を掴みました。

氷の様に冷たい手と、表皮をナメクジに這われる様な不快感と不気味さで全身が粟立ちます。

 

(いや・・・嫌っ!)

 

掴みかかる手を必死に振りほどいで、私は逃げ出しました。

狭い部屋と思っていた場所は、いつの間にかだだっ広い空間になっていて、何処へ行くかも分からずただ走ります。

どれだけ走っても、頭の直ぐ後ろに何かが迫ってくる気配がする。

 

(嫌だ・・・!嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!あんな苦しい生活に、あんな辛い生活に戻りたくない!)

 

捕まったら元の生活に戻ってしまう。何故そう思うかは分からないけど、そうなってしまう気がする。

今までの辛かった日常が脳裏にフラッシュバックされる。

涙を流しながら、歯を鳴らしながら、終わりの無い逃走を続ける。

どれくらい走ったか、どこからともなく現れた手に足を掴まれて盛大に転んでしまった。

転倒の衝撃と激痛に悶えている間に、締め上げる様に、圧し潰す様に、何本もの手が私を掴む。

 

私は助けを求めて必死に腕を伸ばし、声を上げます。

その時、私を囲う影の奥に光が見えました。とても暖かく、柔らかな光。

その光に照らされた、マスターと増田さんがこちらを見ています。

あの人たちなら、マスター達なら、私を助けてくれる。

精一杯の力で腕を伸ばし、助けを求めますが、マスターは私の手を一瞥しただけで、それを掴んではくれませんでした。

 

『悪いね、君はもう必要無いんだよ』

 

マスターから発せられた言葉に、全身が強張ります。

必要無い?そんな、私はまだマスターのお役に__

 

『ていうか、他の人に散々使われた中古品とか、いらないから』

 

そう吐き捨てる彼の眼はとても冷たく残酷で、私を心の底から軽蔑しているのだと分かってしまいます。

体が冷たい、寒い、目から冷却液が流れ出て止まらない。

そんな私の姿を鼻で笑いながら、マスターと増田さんが光の方へと歩いていきます。

光が段々と小さくなっていく。この光が消えてしまったら、私はもう二度とここから出られない。

 

「マスター!お願いします!置いて行かないで・・・!」

 

子供の様に泣き叫びながら、ただひたすらにマスターを呼びますが、彼が振り返る事はありません。

私を押さえ付け、締め付けてくる手の数が段々と増えてくる。

卑下た笑みをした顔に囲まれ、下品な声が八方から聞こえてくる。

叫んで、叫んで、叫び続けた喉が焼き切れ、最早声も出せなくなった。

体内の冷却液の、最後の一滴が瞳から零れました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・っ!」

 

涙が零れ落ちる感覚と共に、私はベッドから飛び起きました。

荒い呼吸のまま辺りを見回す。マスターに頂いた綺麗で清潔で広い部屋。

未だに掴まれた感覚の残る両腕をさすりながら、私は蹲りました。

 

今までこの手の悪夢は何度も見ました。その度に見た夢の内容を嘲笑っていましたが、今は違います。

私は知ってしまった。暖かな生活を、楽しい日常を。

一度体験してしまった幸福な日常、そこから以前の生活に戻ってしまう恐怖。

手にしたものを取り上げられるのが、これほどまでに恐ろしい事だったなんて。

 

何より、夢の中でマスターに言われた言葉。

あんな言葉を吐き捨てられる事が、どんな罵倒よりも恐ろしい。

 

「マスター・・・!」

 

今にも消えてしまいそうなか細い声。隣にいても気付かないと思える声量で彼を呼ぶ。

彼の声が聞きたい。ただの悪い夢だったと安心したい。でも、彼の元へ行く勇気もない。

時刻はようやく日付が変わった頃。こんな時間に彼の元を訪ねても、ただ迷惑になるだけ。

ただ夢見が悪かっただけ、私が耐えればそれで終わる話です。

そう思いながら身を縮めていると、コンコンと部屋の扉がノックされる音がして、体がビクリと跳ね上がりました。

 

「ゆかちゃん、僕です。入っても大丈夫ですか?」

 

扉の向こうから、声を聞きたいと思っていた人の、マスターの声が聞こえる。

どうしてという疑問、彼が来てくれるという安堵、彼を心配させないかという不安。

色々な感情を押し込み、上半身を起こして、なるべく声を震わせない様に「どうぞ」と返答します。

 

「どうしたんですか、こんな時間に」

 

彼が来てくれた嬉しさと安心感から飛び跳ねたい気持ちを抑えながら、平常心を保って質問をします。

廊下の明かりが逆光になって見づらいですが、マスターがお盆の様な物を持っているのが分かります。

 

「ゆかちゃんに呼ばれた気がしましたので。ホットミルク作ってきましたけど飲みます?」

 

呼ばれた気がした、そんな不確かな感覚だけで、私の元に来て下さったのですか?わざわざホットミルクまで作って。

驚く私を余所に、マスターはカタリと部屋に置いてあった椅子を私の近くに移動させ、そこにゆっくりと腰を下ろします。

膝の上に置かれた盆の上には、ほんのりと湯気が立ち上る青色のコップ。

それを受け取り、ゆっくりと啜る。優しくて仄かに甘いミルクは、人肌より少し温かく、飲みやすい。

 

(ああ、温かい)

 

マスターが用意してくれた飲み物が、こんな事態すら見越して動いてくれる彼の心配りと気遣いが。

圧し潰されそうな程の不安がゆっくりと溶けていく。

このまま、寝るまでそばに居て欲しいとすら思ってしまいますが、いくらなんでも我儘が過ぎます。

そう思いながらも、少しでもここに居て欲しいばかりに、飲む速度が酷くゆっくりになっています。

それでも飲み物は有限です。空になったコップを、返したくないとそっと見つめます。

 

「ゆかちゃん、悩みがあるのでしたら、どんなことでも良いです、僕に相談して下さい」

「いえ、その、大丈夫です。悩みというほどではありませんから」

 

飲み終えたコップをマスターに返しながら、心配させないように微笑んでみせます。

ですが、マスターはそんな私の言葉を聞いて、とても悲しそうに眉を下げました。

違うのですマスター、私は貴方にそんな顔をさせるつもりは無かったのです。

 

「僕は神を名乗ってるけど全知全能じゃない、出来ない事も沢山ある。

それでも、その辺の人間よりは知識も経験も豊富だと自負しているよ。

だから、抱え込まずに相談してくれればできる限り力になります」

 

真剣な表情で語るマスター、その瞳の奥には、なんとも言えない焦りの感情が見えます。

過去にマスターに相談されなかった事で何かあったのでしょうか。

・・・単なる私の我儘でも、それを話すことで彼を安心させられるのなら。

 

「・・・怖い夢を、見たのです。マスターに中古品だ、必要無いと捨てられる夢を」

「そんなことを言うなんて、酷いマスターもいるものですね」

「それで飛び起きて、とても不安だったんです。けど、マスターの声を聞いたらとても安心できて。

それで、その・・・マスターがよろしければ、私が寝るまでそばに居て、ほしい、な、と」

「ええ、喜んで」

 

私の我儘を聞いたマスターは、微笑みながら即答で返事をしました。

私の話を鼻で笑う事も無く、私の我儘に嫌な顔一つせず、とても嬉しそうに笑いながら。

そんな彼の顔を見て、私はホッと安堵の息を吐きました。

ああ、マスターが心から喜んでいるようで、本当に良かった。

 

「そうだ、ゆかちゃんが眠るまで、寝物語を語りましょうか」

「・・・ふぇ?」

 

ね、寝物語って、親が幼児を寝かしつける時にするようなのですよね?

流石にそれは恥ずかしいと拒否をするのは簡単ですが、寝るまでずっとマスターの声を聞けるということですよね?

そう考えると、悪い案ではない様に思えました。

折角ですからお願いしましょう。マスターがどんなお話をしてくれるのかも興味があります。

 

「では・・・お願いしても、よろしいでしょうか?」

「はい、承りました。さて・・・うん、こういうのはどうでしょう。これは昔々のお話です」

 

マスターが語るお話は、魔物に攫われた姫を助ける騎士の、ファンタジーな内容でした。

最初こそ、ホントに幼児扱いですかと思いましたが、朗々と語られる会話や世界観に、いつの間にか聞き入っていました。

必ず姫を助けるという強い意志を持つ騎士と、必ず助けが来ると信じて待ち続ける姫。

キャラの心境や想いが声から手に取る様に分かります。最早これは寝物語ではなくドラマCDですね。

 

感情移入するならやはり姫でしょうか。

どんな劣悪な環境に居ても、どんな嫌がらせを受けても、いつか来る助けを健気に待ち続ける姿。

必ず助けが来ると言いながらも、心のどこかで助けなんて来るはずがないと諦観する心情。

私と同じような境遇のせいか、いつの間にか私は自分と姫の姿を重ねていました。

 

物語も終盤、遂に魔物は騎士によって倒され、姫と騎士が対面します。

本当に助けに来てくれたのだという嬉しさと安心感で涙を流す情景が容易に想像できます。

真剣に物語を聞き入っていたせいか、騎士の「お手を」という声に、つい私も手を伸ばしてしまいました。

布団の外の冷気に触れ、正気に戻った私は手を引っ込めようとしましたが、その手を強引に掴まれてしまいました。

 

「騎士は姫の手を取りこう言いました。

『安心して下さい、今後どのような厄災に見舞われようと、私が必ず貴女を助けます。』と」

 

その時の声色は、騎士の演技の声ではなく、マスターの普段の声で語られました。

もしかして、それを言うためだけに、私の手を握るためだけに、あれだけの物語を語っていたのでしょうか。

そう思うと、なんだか可笑しくて、思わず笑ってしまいました。

 

「マスター、もしかしてこれ、色んな人にやってきました?手慣れすぎですよ」

「君は弱ってる人の心に寄り添うのが病的に上手いな、と言われたことがありますね」

 

否定はしませんでした。つまりそういう事なのでしょう。

先の言葉を言ったのは増田さんでしょうか?いえ、彼はマスターを君呼びしないので、違う人でしょうかね。

 

「・・・マスターは、今後何があっても、私を助けてくれますか?」

「君が僕を裏切らない限り、僕は絶対に君を助けるよ」

 

そう言ってマスターは、少し悲し気な表情のままニコリと笑いました。

誰かに裏切られた過去があるからこその言葉でしょう。握られた手に込められる力が強くなりました。

色々な言葉をマスターから頂いてきたのに、私はマスターへ掛ける適切な言葉が思い浮かびません。

私は無言でその手を握り返します。その感触を感じたマスターが、私の手の甲をそっと撫でます。

 

「さて、次はどの話をしましょうか」

 

マスターに手を握られながら、朗々と紡がれる物語を聞きながら眠る。なんて贅沢なのでしょう。

その後もマスターは色々な話をしてくれました。

貴族と平民の身分差を超えた友情の話。

様々な異界の国を巡る冒険者の話。

侵略してきた異星人に立ち向かった兵士の話。

どの話も、登場人物の会話に臨場感があり、まるで本当にあった事の様なリアルさを感じられます。

いつまでも聞いていたい、そんな感情とは裏腹に、私の体は睡眠を求めているようで、段々と瞼が閉じていきます。

マスターの「おやすみゆかちゃん、良い夢を」という言葉を最後に、私の体がスリープモードに移行していきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気が付くと、また私は薄暗い部屋の中に立っています。

眼前から、かつてのマスター達が生気の無い顔で迫ってきます。

 

また、なのですか・・・!

 

今度は夢だと認識はできる。

ですが、彼らにまとわりつかれる生理的嫌悪から、私は逃げ出しました。

どうすればいいのか、どこへ行けばいいのか、いつまで続くのか、何も分からずひたすら走ります。

 

ただ一つ、マスターならきっと何とかしてくれる。

だって、必ず助けてくれると言ってくれたから。

 

そんなことを考えていると、またも私は何かに足を掴まれ転んでしまいました。

夢だというのに、全身に激痛が走り、動けなくなってしまいました。

前マスター達が私の体を掴んできます。私は不快感を露わにしながら、必死に暴れます。

その時、暖かな光と共に、マスターが私の眼前に現れました。

私は希望を胸に彼に手を伸ばしますが、彼はその手を一向に取ってくれませんでした。

 

『あんまり図に乗らないでよ、中古ロボット。君は所詮機械でしょ?』

 

その言葉一つで私の希望は儚く砕けました。

必ず助けると言われたのに、夢の中の彼は私を助けてはくれません。

この悪夢は、私からマスターを信じるという気持ちを完全に失わせるつもりのようです。

押さえ付けられ、身動きの取れなくなっている私を、マスターは冷たい目で見降ろしています。

 

『君はそうやって地べたに這いつくばってるのがお似合い___』

 

刹那、一筋の光がマスターを両断する様に横切りました。

ずるりと彼の上半身が下半身から滑り落ち、灰の様に跡形も無く消えました。

私を囲んでいた前マスター達も、気付けば誰一人居なくなっています。

一体何が、と唖然としていると、不意に誰かに体を抱きあげられました。

 

「お待たせゆかちゃん、助けにきました」

 

優しい笑みを浮かべながら、マスターが私をお姫様抱っこしています。

寝る前のお話の影響でしょうか、まるで王子様の様な振る舞いに、思わず笑いそうになってしまいます。

それでも、暖かい彼の腕に包まれるのは、とても安心します。

 

気が付けば私は、暖かい光の中にいました。

握りしめてくれる右手から、彼のぬくもりを感じます。

ああ、もう大丈夫、そう確信しながら、私はゆっくりと目を閉じました。

彼の「おやすみゆかちゃん」という優しい声が、聞こえた気がしました。




この世界のアンドロイドは眠るし夢も見ます。
割と頻繁に悪夢にうなされてそうなゆかちゃん可哀想可愛い。
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