6話前の時間軸、きりたんのマスター視点のお話です。
一見重症患者にも見える包帯の男から渡された名刺を調べ始めた彼だが・・・
僕は一ノ瀬、アンドロイド専門の保安員として活動している26歳だ。
主な仕事は、闇市で売買された疑惑のあるアンドロイドを保護し、本社へ送り届ける事だ。
流石に市場へ突撃する様な無謀は出来ない。こういうのの裏には必ずヤバイ組織が絡んでいる。
僕にできるのは、そこで買われた可哀想なアンドロイドを助けてあげることだけだ。
そして、そんな僕は今、自室のPCである事を調べていた。
(うーん・・・やっぱり、これだ!って確証を持てるサイトは見つからないな・・・)
思いながら、何度も確認した一枚の名刺を改めて見る。
『アンドロイド相談事業所』という社名の下に『
相談事業所と称しておきながら、住所すら書かれていない。作る途中で気付かなかったのか。
いやそれ以前に、電話番号が18桁の時点で既におかしいんだが。
(格好はアレだったけど、誠実そうな人だと思ったんだけどなぁ)
昼間に出会った包帯を巻いた男。
きりたんの正体に気付いた上で、色々とフォローしてくれた。
彼がもしあの場で騒いだら、彼がアンドロイド排除派だったらどうなっていたことか。
そして、帰り際にきりたんから聞かされた事実。
『お兄様、あの時私はあの人のコートに引っ掛かったのではないのです。
あの人が私の倒れる先にコートを割り込ませてくれたんです』
倒れかけている人の間にコートを割り込ませるなんて可能なのかと思ったが、きりたんが嘘を吐く理由もない。
だが、だとすれば彼はきりたんの転倒を事前に予知していた事になる。
・・・これ以上彼について考えても無駄だな。後はきりたんの検索結果を待とうか。
思いながら、自分の後ろのベッドで寝そべりスマホをいじる彼女を見る。
一見するとただ寝ながらスマホを触っているだけだが、実際は本社に勤務するアンドロイドと情報を共有中だ。
マルチタスクを余裕でこなすアンドロイドの高性能っぷりに関心していると、きりたんが顔を上げた。
「お兄様、各機体との情報共有完了しました」
「お疲れ様、どうだった?」
「この人、そこそこ有名な投資家みたいですね。さらに、色んな国で希少鉱石の売却を行っているようです。
ですが、その名刺の会社に関する活動や実績の記録は見つかりませんでした」
有名な投資家という事は、かなり儲けてるんだろうな。羨ましい限りだ。
しかし、相談事業所としての活動記録が無いのなら、やはりこの名刺はフェイクだったか。
でも、信用第一で商売してる投資家が、わざわざフェイクの名刺を渡すだろうか。
「表向きの情報だけ言えば、世界を飛び回る投資家ですね」
「なるほど、また機密情報を覗き見したね?悪い子だ。それで?」
「全ての航空会社を確認しましたが、この人の搭乗記録は一切ありませんでした」
「・・・密輸、という事か」
航空会社は、誰がいつどの便で何処へ飛んだかの情報を全て保管している。
これはプライベートジェットも同様で、主要な空港の離着陸の履歴も全て残っている。
その記録に名前が無いというのは、色んな国に赴く人物として到底あり得ない事だ。
わざわざ航空機を避けて船舶で移動しているのなら、後ろ暗い事をしている可能性が非常に高い。
「企業の客船を利用しているならともかく、個人保有の船舶なら足は付きにくいですからね」
「更にアンドロイドに関連した、活動実績が無い会社を経営か。ほぼ黒だな」
「限りなく黒くはありますが、証拠が無ければ詰めれませんね」
話の区切りと共に、僕は深いため息を吐いた。
彼がアンドロイドを不幸にしている人物の可能性が高くなるとは思ってもみなかった。
ともすれば、きりたんを助けてくれた行動も、品定めの様なものだったのだろうか。
「今後もこの人については要監視だね。今日はここまでにしよっか。
僕は会社に送る報告書を作ってるから、のんびりしてて良いよ」
「ありがとうございますお兄様、新しい情報が入ってきたらお伝えしますね」
暗い話題に一段落つけ、僕はPCに向かい直す。
報告書を作りながら、きりたんのお兄様呼びに思わず顔がにやけてしまう。
僕がきりたんをお迎えしてから半年になるが、気さくに「お兄様」と呼ばれる様になったのはつい最近だ。
彼女達アンドロイドには、内部に好感度パラメータの様な数値が存在し、
信頼を得る事で好感度が増え、逆に無下に扱うと好感度が下がっていく仕組みになっている。
そして、彼女達に乱暴しようとすると、本社や最寄りの交番に情報が送られるシステムになっている。
マスターの登録には網膜認証が必要な為、一度通報されてしまうと二度とアンドロイドを購入できないのだ。
法律が彼女達を守り切れていない以上、会社が率先してこのシステムを導入しているのは愛ゆえだと思う。
だが最近では、その通報機能を破壊するウイルスも出回っているため、アンドロイドの誘拐事件なんかも発生している。
家族同然のアンドロイドが誘拐され、無残な姿で見つかるなんて事を考えると自分の胸も痛くなる。
人とアンドロイドが共存できる世の中にはまだ程遠いと痛感させられる。
「お兄様お兄様、ちょっと見て下さいよこれ!」
「おっふ!?」
不意に後ろからきりたんに抱き着かれて変な声が出た。
急に抱き着くなと叱るべきだろうが、抱き着かれる事自体は役得なので強く言えない。
それだけ好感度が上がったんだなあ、と感慨深い気持ちにすらなる。
この子をお迎えした時は色々大変だった。姉妹は変質者を見る目で蔑んできて、親からは勘当されて。
彼女と二人三脚でやってきて、ようやくこの距離感になれたんだなと嬉しくなる。
「ちょっとお兄様!聞いてます?」
「っと、ごめんよきりたん。それでどうしたの?」
きりたんにペチペチと頬を叩かれて、ようやく意識がこちらに戻ってくる。
しっかりして下さいよと言われながら、彼女が見せてきたのはスマホの画面だ。
何事かと画面を見れば、目に入ったのは先程までの話題の中心にいた人物。
「・・・!きりたん、これって」
「おすすめ動画で流れてきたんです。声帯も顔も一致してます。間違いなくあの人ですよ」
まさかのところで彼に関する情報が流れてきた。
ここから彼に関して何か分かるかもしれない。
チャンネルの概要を見れば、SNSもやっているようなのでそちらも後で見ておこう。
「・・・なあきりたんや、この人ライブの投稿数ヤバない?」
「えっと、最初の動画が約2年前なので、数で割ったらほぼ毎日配信やってますね」
「あの、投資家なんだよね?色んな国に行ってるんだよね?」
「その、はず、なのですが・・・」
予想外の生配信の多さに圧倒されてしまう。これほどまでに時間を持て余しているものなのだろうか。
きりたんも、先程まで集めた情報が本当に合っているか不安になっているのか歯切れが悪い。
とりあえず、直近の配信動画を再生してみる。有名ゲームのRTA更新を目指す動画のようだ。
結論から言えば、普通に面白い。
ホントにRTAをしてるのかと思う程に喋り続け、ゲームの裏話や雑談で視聴者を一切飽きさせない。
その上で、視聴者達が驚愕する様な裏技やフレーム単位の入力の連発でゲームを進めていく。
1時間半の動画の最後は、今までのRTA記録を3分も更新して終わった。
「ねえお兄様、色々と言いたいことはあるんですが」
「うんきりたん、多分僕も同じこと思ってる」
「「この人普段からこの格好なんだ」」
良かった、気になってたのが僕だけじゃなくて。
外出時にもこの格好をする必要は無いと思うが、もしかして何かの病気だったりするのだろうか。
「・・・彼のSNSを確認しましたが、病気の可能性は低そうですね」
「ホント便利だね。他に何か掴めた?」
「全くですね。ほとんどがゲームの話題、たまにゲーム原作のアニメについて語ってるくらいです」
全く。アンドロイドに対する思想も売買を臭わせる呟きも全くしていないという事か。
この手のSNSでは、その人の本性が見え隠れするものだが、それを一切表に出してないなら大したものだ。
「ただ、SNSではありませんが一つ気になる事が。この人の配信時間と監視カメラに映った時間がおかしいんです」
「・・・?どういう事?」
「例えはこの日、配信が終わった時間の30分後にブラジルの監視カメラに彼が写ってるんです」
「・・・・・・他人の空似じゃなくて?」
「99%本人と結果が出てます。一卵性の双子でももう少し低い値が出ますよ」
「・・・この日にブラジルから配信してたわけじゃなく?」
「配信元のサーバーは日本ですね」
唐突なホラー要素に全身が粟立つのを感じる。何を隠そう、僕はホラー物が大の苦手なのだ。
仮に航空機を使ってたとしても、日本からブラジルまで30分では到底着けない。
何がどうなっているのか分からず、言葉に詰まってしまう。
「しかもこの一件だけでなく、同様にアメリカ、中国、メキシコ、物理的にあり得ない時間に監視カメラに写っています」
「・・・なあきりたん、この人のこと追うのもうやめない?」
「気持ちは分かりますがしっかりして下さい。これにも何かしらのタネがあるはずです」
そうは言うが、僕が追っているのはアンドロイドを不幸にする不届き者であって、お化けや妖怪の類じゃない。
怪異を追うなら違う人が好きなだけ追えばいいじゃないか。どうしてこんな__
待てよ、アンドロイド・・・?
「きりたん、過去に自分と同じ容姿のアンドロイドを注文した人はいたかい?」
「いますね、他にも亡くなった息子さんそっくりのアンドロイドを作って欲しいって依頼も・・・あ」
「どっちかがアンドロイドだとすれば、そういうのも可能じゃない?」
限りなく人に近いアンドロイドという謳い文句で売られている彼女達だ。
男型のアンドロイドに自分の言動を記録させれば、そういう芸当もできるのではないか。
「少なくとも、本社のデータベースにこの人の記録はありませんね」
「女型より男型のが相場が安い。闇取引で購入したのを改造すればあるいは」
「記録が無い以上、今はまだ憶測の域を出ませんけどね」
きりたんの一言で熱くなっていた頭が急激に冷える。
そうだ、確実な証拠が出ない限り、全てこじつけでしかない。
普段から人を疑う仕事をしているせいか、憶測で相手を怪しんでいた。
一旦先程までの事は忘れて、新しい視点で彼を見た方がいいかもしれない。
「あ、お兄様、この人今日の夕方からクリスマススペシャル配信をするらしいですよ」
「・・・この人暇なのか?」
「ほぼ毎日配信してる人ですからねぇ」
流石はコメントでニートだとか言われてる人だ。
だけど、それはそれとして少し楽しみな自分がいる。
僅か1時間半の動画で、僕も彼のファンの一人になってしまったようだ。
・・・配信の時間までまだ時間はあるな。
「コンビニ行くけど、きりたん何かいる?」
「お菓子とジュースを買い込む気ですね?私も行きたいです」
バレていたようだ。
仕方ない、今日は少し財布のひもを緩めてきりたんの好きな物を買ってあげよう。
そう言ってあげたら満面の笑みで喜んでいる。可愛い。
「んく・・・っぷはぁっ!やはりポテチとコーラは最強ですね」
「いや食べるの早いよきりたん、まだ配信始まってもないのに」
「いいじゃないですか、いっぱい買ったんですから」
帰ってきて即行でポテチを頬張りコーラで流し込むきりたん。
早速1袋がゴミ箱に行ったんですが・・・。
別に今日食べ切る必要は無い。そう咎めようとするが、幸せそうにお菓子を食べるきりたんを見ると強く言えない。
普段あまりお菓子は買ってなかったからな。喜んでくれるのなら、奮発した甲斐があったというものだ。
3袋目がゴミ箱に入った辺りで配信が始まった。
彼が特別ゲストが居ると言うと、コメント欄が「お母さん」で埋め尽くされている。
早速僕の知らない話題だ。
「きりたん、この増田さんって人は?」
「外套にガスマスクを被った大柄な人ですね。言動が母親っぽいからお母さんと呼ばれてるみたいです」
「・・・後で過去の配信も見ていこうかな」
「特におススメの動画を幾つかピックアップしておきます」
きりたんは既に全部の配信を見終えてるようだ。
こういう時のアンドロイドはホントに便利で羨ましいと思う。
そうこうしているうちに、特別ゲストが画面に映し出される。
『は、初めまして!アンドロイドの結月ゆかりです。よ、よろしくお願いします!』
驚きのあまりに、僕は勢いよくソファーから立ち上がった。
本社のデータベースに彼の名前は無かったハズでは。
驚愕の表情のままきりたんを見るが、きりたんも今の僕と同じような顔をしている。
「きりたん、本社のデータベースに彼の情報は無いんだよね?」
「はい、先程問い合わせましたが、やはり情報はありません」
「じゃあやっぱりこの子も闇サイトで・・・」
アンドロイドは購入と同時に、所有者となるマスターの網膜をスキャンし情報を本社へ送る。
アンドロイドを保有し、網膜情報が無い人物は、間違いなく彼女達を裏で購入している事になる。
先程新しい視点で彼を見ようとしていたが、こうなってしまってはそれも不可能だろう。
さっきまでのワクワクを返して欲しい。
『それとウチのゆかちゃんは違法サイトの出身じゃねーからな』
違法サイトの出身ではないと彼は言っているが、それも嘘だ。間違いなく正規購入されたものではない。
彼と会って、どこでその子を入手したのか聞き出したい。
しかしそれも不可能だ。今は、彼が入手したアンドロイドをどう扱うのか見届けるしかできない。
『このスレンダーボディの魅力が分からんのか、ねぇゆかちゃん可哀想に』
『ひょわっ!?』
「「抱き着いた!?」」
予想外の行動に、先程下ろした腰がまた浮いた。今度はきりたんも一緒だ。
『ひょえっ!?え、えーっと、えーっと・・・と、とってもいい匂いがします』
「いい匂いがするのか・・・」
「うーん・・・嫌がってるようには見えません、よね?」
闇サイトで扱われたアンドロイドは、基本的に人間不信になる。
今まで保護してきた58体のアンドロイドの状態を見てきたが、どれも酷いものだった。
だが、彼女は抱きしめられても嫌な顔一つせず、どちらかと言えば好意的にそれを受け入れている。
その後、3時間に及ぶ配信を、僕たちは驚愕の表情で見届けた。
明らかに二人の距離が近い。仲睦まじいのは良い事だが、僕達には違和感しか感じない。
結月ゆかりの好感度がおかしいのだ。僕だってきりたんに正面から抱きしめられたことなんてないのに!
「・・・この人、いつからアンドロイドを保有しているんだ?」
「不明ですね。動画でもSNSでも一切触れられていませんから」
あれほど密着することに抵抗が無いのなら、少なくとも1年くらい前には購入されているハズだ。
だがそれにしては、抱き着かれた時の、彼女の困惑と羞恥が入り混じった反応が初々し過ぎる。
何らかの改造を施されている可能性もあるが・・・。
しかしこれは、先程とは別の意味で悪い予感がする。
「きりたん、確か闇サイトで購入したアンドロイドに、持ち主が刺殺された事件があったね」
「はい。プログラムに何か仕掛けが施されていた可能性が指摘されています」
2年ほど前にあったアンドロイドによる人間の刺殺事件。
アンドロイドが人を害した初の事件という事もあり、世間は大騒ぎになった。
当然それを扱う我が社も蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
色々と調査して分かった事は、そのアンドロイドが闇サイトで購入された経緯があったということ。
何故その程度の事が調査しなければ分からなかったのかというと、
刺殺された主人の奥さんが警察に通報し、駆け付けた警官も制止の為に発砲を余儀なくされた。
通報から警官が来るまでの数十分間、アンドロイドに刺され続けた主人は見るも無残な姿だったそうだ。
それを見た奥さんが発狂し、動かなくなったアンドロイドをバラバラに壊しつくしたらしい。
凄惨な事件だった上に当事者は死亡、精神崩壊で情報が出てこず、当のアンドロイドも粉々。
だが、近隣住民から話を聞いた限り、事件前の夫婦とアンドロイドの関係はとても良好だったらしい。
数ヶ月後、呪詛の如くアンドロイドへの憎悪を呟く奥さんが漏らした「裏サイトから購入しなければ」という発言から原因が発覚したのだ。
本社の偉いさん方も、闇サイトで何らかの改造が行われた可能性が高いと意見が一致している。
その事件に則るのなら、この人も危険な可能性が非常に高いのだ。
あの時の二の舞は起きてほしくない。その為にも、このアンドロイドは早急に保護する必要がある。
だが、肝心の住所が分からないままだ。
「・・・待てよ、配信をしてるなら、そのネットワーク回線から場所を特定できないか?」
「そう思って既に本社に通達済みなのですが、まだ返答が返ってきてないんです」
「本社にしては行動が遅いな。ジャミングでもされているのか?」
「それは不明ですが、捜査が難航してるのは間違いないですね」
捜査がどうであれ、所詮末端社員の一人でしかない僕に出来る事は今のところもう無い。
後は彼が黒だった時にアンドロイドの保護を任されるか、というところか。
結局、彼については調べれば調べるだけ謎が増えただけだったな。
「後は本社の仕事だね。今日のお仕事はこの辺にしておこうか」
「後半は配信見てただけですけどね」
「ほら、これも調査の一端だから、ね?」
そう僕が言うと、きりたんは仕方ないなと言いたげに肩を竦めた。
彼女も配信を楽しんでいただけに、強くは言えないだろう。
その後、寝支度の為にきりたんは自室へ戻っていった。
僕は途中だった報告書の作成に取り掛かる。
(はぁ・・・人とアンドロイドが本当の意味で共存できる世の中にはまだ程遠いな)
自分が思い描く理想の世界を、自分が生きている間に見ることはできるだろうか。
今はただ、心無い人の犠牲になるアンドロイドを保護する事しかできない。
理想に反して、何の地位も権力も持っていない自分の無力に歯噛みしながら、彼は報告書を送信した。
※ゆかちゃんのマスターの名前が出ましたが、特に覚えておく必要はありません(今のところは)