陰キャ君と拗らせてる女達   作:依存スキー

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氷星と失恋

 

 真夜中の星空の下でドアにもたれかかって酒を飲んでたやべー女──あらため、隣の部屋の106号室に住んでいる氷星 祐里(ひょうせい ゆうり)さんから渋々話を聞くと、部屋の外で飲んだくれるのも仕方ないと思えるような──いややっぱり流石にそれは擁護できないが、それなりの事情があることが分かった。

 曰く、「突然付き合っていた彼氏に振られちゃった上、傷心状態で家に帰ったら鍵が無くなっていた」と。

 なかなかに散々な話だ、泣きっ面に蜂という奴だろう。それでドアの前で酒を飲み始めるのは頭のネジが外れているんじゃないかと思うが、そんな目にあったら自暴自棄になる気持ちは分かる。

 

 正直関わったら面倒臭い予感しかしなかったが、そのまま寒空の下に仮にも女性を放っておくのも忍びなかった上、本人の熱烈なリクエストもあり、一旦僕の部屋に上がってもらうことにした。

 

「まあ、とりあえず暖房つけるんで体温めてください」

 

「ありがとう……優しいねぇ君は。そんなんじゃ悪い大人に捕まっちゃうぞぉ?」

 

 ドアノブを捻り、ドアを開けてまだふらふらと足元がおぼつかない氷星さんをリビングに招き入れ、少し高めの温度に設定した暖房をつけた。体を温めるためにタオルか毛布でも持ってこようと浴室へ向かおうとした瞬間、くぅという可愛らしい音が氷星さんのお腹から鳴った。

 

「……お腹、空いてるんですか?」

 

「あっ、いや、これは、その…………はい」

 

「仕方ない人ですね……まあ、昨日の残り物ならあるんで、適当に用意しますよ……」

 

 そう言うと、氷星さんは驚いたように目を見開いた。

 

「えっ、本当かい? いやでも悪いよ流石に……」

 

「こんな深夜に人の部屋に上がり込んでいる人が言うセリフじゃないですよ」

 

 遠慮する氷星さんをよそに、冷蔵庫から昨日の余り物──3、4切れほどの卵焼きに、家にある具材を適当に切って入れた野菜炒め、ほぼじゃがいものみのポテトサラダ(?)を取り出し、電子レンジという優秀な文明の利器へと放り込む。

 後はお湯を沸かしてインスタントの味噌汁を作り、基本常備している冷蔵してある米も電子レンジへぶち込んだ。

 

 すると、あっという間にまあ及第点にはなるだろう食事が出来た。それらを食卓の氷星さんの前へと出すと、氷星さんは感極まったように長く息を吐いた。

 

「いやあ、悪いねえ。こんなご馳走まで出してもらってさ」

 

 氷星さんの何処か申し訳なさも混じる反応に、アイツだったら遠慮なく食べるだろうに、大袈裟だなぁなんて思ってしまう。良くない、感覚があいつのせいで捻じ曲がってしまっている。

 

「大丈夫ですよ、大したことじゃないですし」

 

「いやいや、これは何らかの形で君にお礼をしないとな〜」

 

「とりあえず早く食べてください、冷めちゃうんで」

 

「確かにそうだねぇ。それじゃあ、いただきまーす」

 

 もぐもぐと美味しそうに僕の作ったご飯を食べている氷星さんを見て、心の中に一つの疑問がぽっと灯った。

 どうして彼女は振られたのだろう? 正直、氷星さんはところどころ跳ねているロングヘアーと、眠そうな瞳から少しだるそうな雰囲気を纏っているものの、かなりの美人でスタイルも良い。性格は……まあちょっとアレな部分もありそうだが最初思ったよりも遥かにまともそうだ。

 そんな女性を振る……相手はよっぽどのモテ男だったりするのだろうか。もしくは単純に相性が良くなかったのか、交際において結局相性というのは一番重要な要素らしいし。

 

「それにしても……」

 

 突然、氷星さんは食べる手を止めて神妙に呟いた。何事かと思い僕は眉を上げて氷星さんの言葉へと耳を傾けた。

 

「振られちゃったかぁ……」

 

 意気消沈といった様子で机に突っ伏して涙声が発せられる。当然といえば当然だが、まだ彼氏に振られた傷は癒えていないようだ。

 

「やっぱりショックですか?」

 

「そりゃあねえ。悲しいに決まってるよ」

 

「……」

 

 何かが、心に引っかかった。彼女から感じた、奇妙な違和感。その形容し難い感覚は、確かに心の隅で声を上げていた。

 多分、氷星さんは嘘をついている……いや、というよりは僕が何かを勘違いしている。歯車が微妙にずれて噛み合っていないような、そんな感じがする。

 僕の中の埋もれていた好奇心が、首をもたげた。普段なら理性がそんな危ない考えを起こす前に止めていただろうに、密かに僕を襲っていた眠気のせいか、押しとどめようした言葉は口をついて出ていった。

 

「氷星さんは……本当に──」

 

 ピーンポーンと、軽快な音が僕の言葉を遮った。インターホンの音が耳を突き抜け、理性を取り戻した僕はすぐさま口をつぐんだ。

 あぶない、余計でしかない事を口走るところだった。好奇心は猫を殺すと言うし、それが人間なら尚更だ。

 それはそうと、こんな時間にインターホンか……宅配便だろうか?

 

「ちょっと出てきますね」

 

「うん。こんな時間に何だろうね、知り合い?」

 

「こんな遅い時間に来る知り合いは……まあいないわけじゃないですけど、今日は来ないはずです」

 

 うっすら脳裏に浮かんだ嫌な予感を振り払いながら、玄関へと足を運ぶ。半ば祈るようにドアノブを回してドアを開けた。

 

「来ちゃった♪」

 

「来ちゃったじゃねえ」

 

 どうやら嫌な予感は当たってしまったようだ。苦虫を噛み潰したような顔しているだろう僕を見て湯川ははにかんだ。

 

「毎日は来るなって言わなかったか?」

 

「いやいや、前に来たのは一昨日だって。だから毎日じゃないですー」

 

「……そういうことじゃなくてだな」

 

「聞こえないよーだ。えい、突撃ーー!!」

 

「あっ! 待ちやがれ!」

 

 湯川は叫びながら手を上に突き出したと思うと、玄関にいる僕を無理やり押し退けて、家の中を駆けて行ってしまった。どうしてこうもこいつは……

 慌てて追いかけるものの、湯川はさっさと廊下を進んでリビングへと入って行ってしまった。ああ、めんどくせえ……

 湯川を追いかけて俺もリビングの中へ入ると、呆然としたように口をあんぐりと開けた湯川が氷星さんを見つめていた。氷星さんはというと、少し困った様子でこちらへ微笑んだ。

 

「すいません氷星さん、うちのバカが驚かせてしまって。ほら、お前も謝れって」

 

「いやいや、全然大丈夫だよ。それにしても元気な子だねえ〜、僕とは大違いだ」

 

「これを元気と言って良いんですかね……」

 

 今までの数々の言動を思い返してため息をついていると、湯川が固まったまま反応がないことに気づく。いつでも何やらほざいている湯川にしては珍しい様子だ。

 

「おーい、湯川? どうした?」

 

「あっ、えっ、いや、だ、誰?」

 

「あー、この人はお隣さんで、鍵落とした上に彼氏に振られて意気消沈してドアの前にもたれかかってる所を見つけちゃって。そのままにしておくのも気が引けたから、とりあえず家に上がってご飯食べてもらったとこ」

 

「初めまして〜、氷星祐里です。君は日向くんの彼女さんか「違います」は、早いね……」

 

 この手の質問には超高速で即答することにしている。何故なら湯川に答えさせると面倒臭いからだ。

 ……それにしても、本当に今日のこいつ変だな。こいつコミュニケーション能力なぜか無駄に高いから、初対面の人でも緊張とかはしないんだけれども。

 

「は、初めまして。湯川 有栖です。一応奏多とは中学からの付き合いで、今は同じ大学の同級生です」

 

「へぇ〜、こんな時間に家に来るなんて、やっぱり仲がいいんだねぇ」

 

「腐れ縁って奴ですよ、それより氷星さん、今日これからどうするんですか?」

 

「ん〜、どうしよっかなあ。とりあえず、今日はネカフェにでも泊まろうかなって……」

 

「……別に、僕の家に泊まっても構わないですよ。もう一人ぐらいなら寝れるスペースありますんで」

 

「えっ」

 

「いやいやいや! 流石に大丈夫だって、そこまでお世話になるのはねぇ」

 

「ならいいですけど……ちゃんとお金持ってるんですよね?」

 

「……多分、持ってるよ。多分……やっぱりないかも、お酒買ったから無くなっちゃったかもしんない」

 

「あっ、な、なら、私の家に泊まらないですか? こんな貧相な家よりもよっぽど豪華な部屋ですよ! それに、女の人がこんな男がいる屋根の下で寝るなんて危険ですよ、襲われちゃったらどうするんですか?」

 

「貧相でもねぇし襲わないわ。……というか、大家さんに言って鍵開けて貰えば良くないか?」

 

 あれ、そうなるとそもそも僕の家に上げること自体意味なかったのでは? こんな簡単なことに気づかなかったとは、灯台下暗しという奴だ。やっぱり僕も眠気であまり頭が回っていなかったのだろうか。

 

「あー、確かにそうだねぇ。でも、大家さんこんな時間まで起きてるかなぁ?」

 

「大丈夫ですよ、あの人の生活完全に昼夜逆転してるんで。今の時間ならピンピンしてますよ」

 

 逆に昼間は起きていないのでそれはそれで面倒なのだが、今回は好都合だ。

 

「そうなのかい? なら良かった。……それじゃあ僕もそろそろお暇するとするよ。ご馳走様、ご飯美味しかったよ。ありがとうね」

 

 氷星さんは本当に嬉しそうな声で感謝を述べる。いつも感謝など微塵もしてこない奴がいるおかげで非常に新鮮だ。

 

「全然大丈夫ですよこのくらい、慣れてるんで」

 

「ふふっ、そうかい?」

 

 立ち上がって玄関へと向かう氷星さんに後ろからついていく。未だにさっき感じた奇妙な違和感は胸に残っていたが、それを振り払うように首を振った。

 

「それじゃあ、バイバイ。……と言っても、隣なんだけどねぇ」

 

「まあ、お別れというにはちょっと距離が短すぎますね」

 

「湯川ちゃんだっけ? あの元気な子」

 

「はい、そうですけど」

 

「……羨ましいねぇ、あんな顔が出来て」

 

 そう言って、氷星さんはどこか寂しそうな笑みを浮かべた。何故だかその姿が妙に魅惑的に見えて、どこか儚くて消えてしまいそうで、目に焼き付いた。

 

「えっ……」

 

「いや、何でもないよ。またね」

 

 その言葉と共にドアが閉められる。氷星さんの姿はドアの向こうへと消えて、残ったのは僕ともう少しで形になりそうなドロドロとした違和感だけだった。

 

 




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