陰キャ君と拗らせてる女達   作:依存スキー

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熱と恐怖

 夜見とのいざこざはあったが、総じて見れば合コンはつつがなく進んでいった。相変わらず、白石の周りには女の子3人が付き纏っていて、それを妬ましく思ったオダナガがそのうちの一人にアタックするものの、あっけなくあしらわれて。

 藤崎はオダナガの愚痴に付き合うような形で軽く喋りながら、地味に高級なこの店の料理に舌鼓を打っていた。

 合コンと呼べる形を成していたのかは不明だが、全員にとって中々に楽しいひと時となったのではないだろうか。

 もっとも、そんなニュアンスのことを言ったらオダナガにすごい目で睨まれたが。

 

 僕らがまだお酒が飲めない年齢ということもあり、合コン自体は早めの夜8時過ぎ辺りにお開きになった。……オダナガが途中から変なうめき声を上げてプルプル震えだしたのもその一つの理由だったりもする。

 

 外はもう太陽が沈んで夜の世界へと入り、昼間には太陽の光で塗り潰されていた街灯やネオン灯などの人工の光たちが暗闇の中で激しく主張していた。

 

 店の前で軽く別れの挨拶を終えた後、一人でさっさと家に帰ろうと思い足を帰路に向けようとした時、夜見に呼び止められた。

 

「あ、あの。一緒に帰りませんか?」

 

「あー、良いけど……方向同じか? 僕の家ここから結構近いし、このまま歩いて帰ろうと思ってるんだけど」

 

「そ、そうなんですね……! それで、方向はどちらでしょうか?」

 

 何故か嬉しそうな様子の夜見を横目に、自分の家がある方角へと指を向けた。

 

「あっちかな。○×駅を通り過ぎて、5分ぐらい歩いたところにあるんだけど……夜見は?」

 

「は、はい! 私もそっちです」

 

「そ、そうか……なら、途中まで一緒に帰るか」

 

 なんか情緒不安定だな、何て思いながら夜見と肩を並べて一緒に歩き出す。こんな時は、相手の歩くスピードに合わせるんだっけか? 

 

 少しだけ歩幅を変え、足を踏み出すペースも落としてみる。

 

 うろ覚えの記憶を引っ張り出してみたが、本当に出来てるかすらも分からない。

 ちらりと見える夜見の横顔に負の感情は見当たらなかったので少なくとも嫌がられている訳ではないと思いたい。

 

「奏多さん。ちょっとお願いがあるんですけど……」

 

 夜見がポツリとつぶやいた。声は至って平坦な者だったが、握り合わされた両手が震えているのが見える。

 

「あ、明日、どこか一緒に遊びに行きませんか? いや、別に明日じゃなくてもいいんです。だから、いつか……」

 

 えっ? そんな声が口から飛び出そうになって、思わず足が地面から離れるのをやめた。

 頭の中を整理しつつ、急いで返答を作り上げた。

 

「明日は……好きな作家の講演会があるからなぁ。まあ昼過ぎには終わるし、それからで良かったら」

 

「ほ、本当ですか? じゃあ、お願いします……!」

 

 予想だにしていなかった展開に内心驚きで一杯だったが、なんとか表情は平静に保つ。

 再び歩き出した僕達の間に何故か会話は無くて、詳細な時間とか一体どこに行くのかとか、色々話すべきことはあったのに、何故か言葉は見つからず、時は過ぎていく。

 周りの四方八方から視線が僕達に向けられているのを感じたが、気にする余裕もなかった。

 

 されど時間は有限で、数分で視界の先に○×駅が見えて来る。改札の前まで辿り着くと、夜見はまた明日、と一言を笑みと共に告げてそのままこちらを振り返ることもなく改札をくぐっていった。

 

 一方僕は、夜見が居なくなっても尚ぼーっと改札の前に立っていて、その場所から離れられなかった。

 

 本当は夜見は僕に気があるんじゃないか、なんて。高校の頃下らないと切り捨てた考えが頭をよぎった。

 

 

 

─────────

 

 

 

 夜の道に僕の足音だけが空気を震わせて反響している。空を見上げてみると大半の星の光はかき消されて、有名な星たちだけがまばらに散りばめられていた。

 

 こんな夜は、あの日のことを思い出す。あの日はもっと薄暗くて、息苦してくて、これでもかというほど月が輝いていた。

 あの時、ドアを開けていなかったら、今の僕はもっと違っていたのだろうか。

 意味のない仮定だ、そんなことはずっと前から分かっている。けれど、そう思わずにはいられない。

 

「あー。ダメだな。せっかく合コンに行って、昔の知り合いと再会して、明日遊ぶ約束までして。そんな帰り道で考えることじゃないな」

 

 誰も悪くなかったのかもしれないし、全て僕のせいだったのかもしれない。だけど、今考えたところで真相がわかるはずもないし、気が晴れるわけもないのだ。

 

 ふいに、コツコツと小走りしているような足音が背後から耳へと入ってきた。上半身だけを捻って後ろを向くと、一つの人影が僕の方へと一直線に向かってきていた。容貌からその人影が誰なのか判断を終える前に、僕の胸の中へと飛び込んできた。目に入ったのは、鮮やかな茶色。

 白く艶やかな指は、皺ができるほどに強く僕の服を掴んでいた。

 

 僕の口が言葉を紡ぐよりも先に、彼女が声を荒げた。

 

「奏多ぁ……ぃ、いやあ……! やぁ、やだよ……ねえ……!」

「お、おい、湯川?」

 

 声が掠れて、震えていてほとんど聞き取れない。呂律もうまく回っていなさそうだ。カタカタと、歯と歯がぶつかり合う音が妙によく響いている。

 

 明らかに様子がおかしかった。今まで目にしたことがないほどに。思わず戸惑いの声が漏れるが、僕の声が湯川に届いているようには見えない。

 

「ね、ねぇ……か、かなたは、さぁ……」

 

 湯川が恐る恐ると言った風に顔を上げた。まず僕の目に飛び込んできたのは、その表情。

 

──恐怖

 

 湯川がそんな感情を浮かべるなんて、想像すらしたことがなかった。けれど、今目の前の湯川の瞳には、ありありと恐怖が刻み込まれていた。

 

「お、おい湯川!」

 

 ふらり、と湯川の体のバランスが崩れる。一端の抵抗すら見せずに、後ろへ傾いていく湯川を慌てて抱きしめる。途端、体中に熱が伝わってきた。

 

「お前……これ、絶対熱あるだろ……!」

 

 湯川の体は、おおよそ肌寒い夜の空の下の人間の体とは思えないほどに熱を発していた。

 幸いなことに、僕のアパートはもう数歩先だ。一応、僕が今まで一度も風邪をひいていないおかげで、多少なりとも看病出来るくらいの物資は揃っているはずだ。

 

「だ、大丈夫か、湯川? 辛いだろうけど、とりあえず僕の家まで連れて行くぞ……!」

 

 合コンの後の余韻とか、少しネガティブ気味になってしまった思考とか、そんな物全部吹き飛んでいって、僕は自宅まで湯川を背負って行った。

 

 

 

 

────────

 

 

 

 朝日に包まれて、僕はゆっくりと瞼を開けた。最初に目に飛び込んできたのは呑気に眠っている湯川の姿。未だ満足に開き切らない瞼を擦りながら、座ったまま眠りにつくこととなった椅子から立ち上がろうとする。

 しかし、何かに引っ張られるような感覚と共に押し止められた。ふと目線を下に向けると、湯川の両手が僕の手首を包み込むように掴んでいた。

 

 幸い、あの後病状が悪化するようなことはなく。一度目が覚めたときに、薬と水と、急いで作ったお粥を少しだけ食わせて、ネットで調べた付け焼き刃の処置を施してやると、また眠りについてしまった。

 

 見た感じ熱も下がったようだし、大事にならなくて良かった……そんな事を考えていると、湯川が目を覚ましたようで、微かなうめき声と共にもぞもぞと動き始めた。

 

「ん、ぅうん……あれ、奏多ぁ?」

 

「目が覚めたか、調子はどうだ? 多分もう熱は下がったと思うけれど……別に医者でも何でもないから詳しいことは分からないから、何かあったら言ってくれよ」

 

「あれぇ、そうだ、私……倒れちゃって……。あれ、奏多、講演会はどうしたの……? 好きな作家さんのが、今日あるって……」

 

「いや、行く訳ないだろ……? 何だ、お前の中で僕は悪魔か何かなのか? いくら何でも熱出してるやつほっぽり出して楽しんできますとはならねえよ……」

 

 一体全体湯川の中での僕はどんな奴なのだろうか……。もしこの状況で自分の用事を優先させる図太さが有れば、また別の人生を歩んでいたのかもしれないが。

 

「へ、へぇーー、そ、そうなんだぁ。えへっ、へへ……」

 

 僕の言葉を聞いて、湯川は甘ったるい惚けた声を出しながら、今までに見たことないほどの満面の笑みを浮かべた。口角はだらしなく垂れ下がり、病み上がりのせいもあってか、顔全体から力が抜けてふわふわした表情になっている。

 

 ……くっ、不覚にもドキッとしてしまった。正直こいつ顔だけで言ったら普通に夜見とも張り合えるレベルだからな……それに加えて今の表情は流石に反則じゃないか……?

 

 それはそうと、夜見には悪いことしたな……せっかく誘ってくれたのに。いや、思ったよりも湯川の回復が早いし、時刻を遅めにすれば行けるか?

 

「湯川、もう一人で大丈夫そうか……? 大丈夫そうなら、僕はそろそろ出かけるけど」

 

「えっ、いや、やっぱりまだちょっとクラクラするかなぁ? 何か、若干息苦しいし……だ、だから」

 

 病み上がりとは思えないほど矢継ぎ早に湯川は言葉を発し始める。声はまた不安で震えていた。

 

 ……いや、そんな捨てられた子犬みたいな表情されたら、罪悪感で出かけるなんて選択肢取りようがないだろ。

 

「あーもう、仕方ないな。非常に癪だが、貴重な休日を捧げてやる。目を離した隙にまた風邪を拗らせたりされたらたまったもんじゃないからな」

 

「ぇ、えへへ、ありがとう……。やっぱり、奏多は優しいなぁ」

 

 安心したように、湯川はほっと一息つく。そして目を細めてはにかんだと思うと、そのまま寝息を立て始める。

 

「寝たのか……随分と寝つきのいい奴だな」

 

 何があったか知らないが、今の湯川はメンタルが結構来ているらしい。流石にそんな奴を一人こんな部屋にほっぽり出して出かけるというのは……流石に酷だろう。

 

 気になることは、正直無数にあった。しかし、今の僕はその事をわざわざ湯川から聞き出す気力も、勇気も持ち合わせてはいなかった。

 

 ぐちゃぐちゃに積み上げられた感情が、ため息となって口から漏れ出した。

 




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