陰キャ君と拗らせてる女達 作:依存スキー
「───────?」
「ごめんな。本当に悪いんだけど」
「────、─────!」
「そう言って貰えると助かる、埋め合わせは今度するから。それじゃあ、また」
「────」
そう言って通話終了のボタンに指を滑らせる。ぷつり、と小さな音を立てて通話が切れ、スマホの画面はすぐにいつもの待ち受けへと戻った。
小さくため息を一つ落として、ひんやりとした玄関の壁から背中を引き剥がす。振り返り、ドアノブに手をかけた。家の中に上がってリビングまで歩みを進めれば、以前と全く同じ様相で湯川がソファの上にぐでっと横たわっていた。
「あ……終わった?」
少しだけ頭を上げながらこちらの方に向けて、少し掠れた声で問いかけてくる湯川。熱はもうほとんど下がったようで、その落ち着いた声を聞いていると、昨日の一件がまるで遠い夢だったかのような気さえしてくる。
「まあな、取り敢えず、怒ってたりは無さそうだったよ。埋め合わせの約束もしたし」
「そっか……。その、さ」
湯川は、まるで薄氷にでも触れるような慎重さで言葉を切り出した。まるで、何か怖いものに触れるかのように。
「なんだ?」
「その遊びに行く人って……昨日一緒にいた女の人?」
「え?」
思わず驚きで声が漏れた。昨日の夜見との帰り道は、どうやら湯川に見られていたらしい。まあ、特に嘘をつく理由もないので、正直に答えることにした。
「まあ、そうだな……」
「それって、どっちから誘ったの?」
「いや、一応誘ってきたのはあっちだけど……」
「ふーん。それさあ、絶対騙されてるよ」
「騙されてる?」
湯川の突拍子もない言葉に困惑する。騙されてるって言われてもな……実は一緒に行ったら変な壺でも買わされるのか?
「美人局とかいう奴でしょ、絶対。あんな美人さんが日向と遊びに行こうとするわけないじゃん」
おっと、遠回しな僕に対するディスか? すごいな、矛先がいつこちらに向けられたのかすら分からなかったぞ。
「中学生の時の知り合いだから違う……あんまり根拠にならないなこれ。というか、お前も多分知ってるだろ、中学の頃にずっと図書委員してた子だよ」
「えっ? あの子が? ……全然気づかなかった」
目を見開いて驚く湯川。まあ、あんだけ変わっていたら気づかなくても仕方ないけど。その事実を知った湯川は口をつぐんで何かを考えこみ始める。奇妙な沈黙が場に下りた。何かを推し量るような、値踏みするような沈黙だった。
「じゃあ、その子とは中学の時仲良かったんだ?」
相槌の声のトーンが、さっきまでより一段低い。相槌の声のトーンが、さっきまでより一段低い。心なしか目線も下がっており、少し怖い。嫌な予感がした。こういう時の湯川は、大抵ロクなことを言い出さない。
「仲良かったっていうか……図書室でよく一緒になってた、ぐらいだけどな。会話も本の貸し借りの時ぐらいしかしてないし」
「ふーん」
「……何か気になることでもあるのか?」
「別にー? 何も?」
棒読みかと思うほど平坦な声で言うと、湯川はソファの上でゴロンと寝返りを打って、こちらに背を向けてしまった。分かりやすすぎるだろこいつ。
しばらく無言の時間が流れる。テレビもついていない部屋に、湯川の意味深な沈黙だけが漂っていた。下手に刺激するとまた面倒なことになりそうだったので、大人しく口を噤んでおくことにする。
……はずだったのだが。
「ねえ、奏多」
沈黙を破ったのは湯川の方だった。振り返った拍子に、僕の座っている位置までソファから這うようにして距離を詰めてくる。
「な、何だよ」
「その埋め合わせってやつ、私もついてっていい?」
「え? いや……なんで?」
約束をすっぽかした人との埋め合わせのお出かけに、すっぽかす事になった原因になった人が来る……どうなんだそれ? ただでさえ対人関係が乏しい僕にとってそれが非常識なことなのかよくわからない。
「いいでしょ? 私からも謝りたいし、ご飯代とか出すよ」
一応、問題ないのか? いや、別に問題はないはずだ。というかそもそも、事前に夜見さんに大丈夫か聞けばいい話だ、湯川も断られたら大人しくやめるだろう。
……問題ないはずだ、何度も自問自答する。けれども、心のどこかにある嫌な予感が消えない。何か、取り返しのつかないことをしているような。
ここでいつも湯川相手に理詰めをしているのが逆に裏目に出た。何となく嫌な予感がする、なんて感情論で断ることはしにくい。
「大体奏多のコミュ力じゃ久しぶりに会った女の子と会話続かないでしょ。あっちも同じ女の子の私がいたほうが楽しいと思うけどなあ……」
「うーん」
僕のコミュ力を理由にされると余計に反論がしづらい。飲み会で話した感じだと大丈夫だと思うんだけどなあ……
湯川に無理やり促される形で、湯川の同行について尋ねるメッセージを送らされる。送ってから数秒で既読がついた後、一分ほど遅れて『いいですよ』という返事が返ってきた。
「ほら、いいって」
勝ち誇るように胸を張って湯川が言う。……まあ、当の本人に了承されると流石に断る理由がない、胸にこびりつく謎の不安をぬぐい切れないまま、僕は湯川と夜見さんの三人で出かけることを決めたのだった。
――――――
「……うん、足りないな」
熱が引いて体調が治ってからも二日間ほど何かと理由をつけて僕の家にとどまっていた湯川を追い出してから間もなくして、僕は銀行の通帳とにらめっこしていた。
基本的に、僕は金遣いが荒いタイプではない。そもそも大した趣味は持っていないし、友達が少ないおかげで交際費も少ない。高級品を好むタイプでもない。
ただ、好きな作家の本を買う時だけは少しだけ、本当に少しだけ金に糸目をつけず購入してしまう節がある。
今は月末だ、家賃の支払い日も迫っている。それに、夜見さん達とのお出かけの約束もある。まあ後普通に生活費もある。
通帳の残高は334円……まあ、足りないな、多分。
「家賃の支払いは最悪大家さんに土下座すればいいとして、夜見さんとのお出かけの費用に関してはどうにかしないとなあ」
目下、5万円ぐらい稼ぎたい。5万円なら時間が大量にある大学生にとって稼げない額では全くない。まあ、本屋でのバイトに加えて適当な単発バイトを数回やればいいかーーなんて、この時の僕は考えていたのだった。
後で加筆するかも
毎日か隔日更新の予定