五河士道は現在、絶賛の窮地に立たされていた。彼もここ一週間で十分濃い経験を積んできたが、それを凌駕するであろう出来事が起こったのだ。
何故……昨日会ったばかりの精霊と自分はデートしているのだろう……と。隣で美味しそうにアイスクリームを食べる十香を見ながら考えた。
「シドー! その『クッキークリーム』が一口欲しいぞ!」
「はいはい……お、俺もチョコを一口もらってもいいか?」
「む……むむむ……」
自分のアイスから一口、という言葉にしばし十香は唸っていたが、悩んだ末に差し出してきた。
「仕方がないな。一口だけだぞ」
「ありがと……ん、美味しいな」
「っ……そうだな! 『チョコレート』も『クッキークリーム』もどちらともだ……これ以外にもまだ味が存在するとは、きっと『アイスクリーム』は日々求められて戦の毎日に違いない」
「ないない」
……この調子だと日本中が食の戦国時代を送る羽目になるぞ、と心で突っ込む士道だがそろそろ彼にも限界がきていた。
何せ十香とのデートは完全に予想外であり、なおかつ彼女の大食いっぷりを知らなかったため財布には学生の一般的金額しか入っていなかったからだ。
今回のアイスクリームでも出費したし、十香の餌付け作戦とも言えるプランが崩壊しかけていた。ついでに、彼の腹もかなり膨れており、アイスクリームというデザートでも別腹は厳しい。
と、その時……
「……こちらをどうぞ」
「ん…………んん??」
街中のティッシュを配る女性が士道の方へ進めてきた。反射的にティッシュを受け取ろうと目をその女性の方に移したが……
肩に乗っているクマの人形。見覚えのある分厚い隈……それに藤色の髪とくれば見間違えるはずもない。
(令音さん? なんで……バイトでも始めたのか?)
そんな呑気な考えはだが直ぐに打ち消した。〈フラクシナス〉の彼女がそんなことをするとも思えなかったのだ。するとティッシュの裏に書かれて居る文字に気づいた。
「サポートする。自然にデートを続けたまえ」
……ありがとうございます、令音さん。そんな言葉が出そうになるのを我慢した。隣にはまだアイスを美味しそうに食べている十香がいる。
だがこれで〈フラクシナス〉からのバックアップはもらえることが確定した。
金銭面もどうにかなるかもしれない、と一安心する士道なのだった。
すると続けて令音が何かのチケットを手渡してきた。
「……こちら、商店街の福引き券となっています。この店から出て、右手道路沿いに行った場所に福引き所がありますので……『よろしければご利用ください』」
「……っ」
やけに具体的に場所を教えてくれるって事は、そこへ行けとのことだろう。流石に理解した士道はそのまま帰っていく令音さんにこっそり会釈垂らした。
「シドー、なんだそれは」
アイスクリームを食べ終えた十香が、福引き券をものすごく興味深そうに見つめていた。
「行ってみるか?」
「シドーは行きたいのか?」
「……おう、行きたくてたまんねえ」
「では行くか」
こうして彼らのデートは後半戦へ向かっていく。
◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯
そんな二人をみたまはフラクシナスから眺めていた。流石に現場休校するのは組織の乱れになるかもしれないので琴里の命令に従う形となったのだ。
その代わりに手元には琴里が発令した作戦──「作戦コードF-80、通称・オペレーション『天宮の休日』」の資料に目を通していた。
精霊との接触においてデートするまでに交換値を上げた場合のありとあらゆる可能性……それはクルー内で一千ものパターンまで細分化されているらしい。
こうしてみるとやはりクルーの団結力を感じるというか……琴里が序盤に語った「頼もしい人材」はあながち間違っていなかったと思える。
仕事もできて、このような作戦を全て実行できる部隊はいない。
だから、全員のキャリアや二つ名が少々変わっているのも仕方がない……ことにしよう。
そう、複雑な心境のところで二人が戻ってきた。
「お疲れ様です……このまま作戦実行かしらぁ?」
「もちろんよ。私たちのバックアップも全力で行うわ」
「ふぅ……こういうのは慣れないね」
「師も似合ってましたよぉ?」
令音の格好は既に元の解析官の制服に戻っているが、実際は中々に際どい制服で配っていたりする。
一切、羞恥を表に出さないあたり役者の素質は感じるが、本人は少し答えていたらしい。
「十香の状態はどうかしら?」
「う〜んとねぇ……今までで一番安定しているわ。士道君と一緒だからガ大きいわね。好感値は友達以上、彼女未満ってところかしらぁ?」
二人の様子から見るに事はかなり上手く言って居るのは確かだ。自然に手を繋ぎながら行動しているし、十香の街や人々に対する感情も穏やかに変化しつつある。
その状態に琴里は少し不機嫌だ。こちらのサポートが遅れたからだろうか、胸に溜まる気持ちを晴らすかのように深く司令席に腰を落とした。
「全く……食べ比べの名目で食べ合いっことか、一体誰の入れ知恵よ。あの万年恋愛経験ゼロのあいつにあんなことできるはずないのに……」
「琴里ちゃん〜ほとんど声に出てるわよぉ」
「……シンへの評価は良くも悪くも普通だからね」
しかも、結果は精霊の機嫌、好感度をあげて居るから文句も言えないのである。本当に、誰が彼にそんな知恵を教えたのか……
この時はその正体に誰も知る由がなかった。
…その助言者が今、店長に半ば土下座しながら急なシフト抜けを頼み込んでいる姿なども誰も知る由もない。
「まぁ、最初で遅れをとった今、これから全力でサポートするわ……さぁ、戦争を始めましょう?」
飴を口に突っ込んで早速琴里は開始の合図をした。
「さて、先ずは二人が向かう先の住宅街周辺をジャックするわよ」
「お〜……え?」
……サラッととんでもないことを言い出した司令に対して思わず聞き返してしまった。
琴里離れた調子でそのまま続けた。
「こちらからは中津川を送るわ、各自配置について! ……ん、どうしたのみたま。そんな顔したら商売上がったりと勘違いされるわよ」
「そうねぇ……ただ、新人としていきなり、町規模で二人を見守るのが改めて組織と思ったのよ……」
彼女の向けるモニターには二人の進む先……福引のある場所らしいが、既にサクラと思われる面々で埋め尽くされていた。一体何人が参加して居るのやら。
〈フラクシナス〉のみならず、この組織のチームワークに少し戦慄するのも無理もない。
そしてついに琴里のインカムに連絡が入る。全員配置についたとのことだ。
士道たちが我々の管轄内に突入したらしい。
「──分かったわ……この先のお店やアミューズ施設は粗方占拠できたようね」
「この先の我々の動きも彼らの行動に任せよう」
……一旦驚くのは後にしましょう、とみたまは二人に集中する。見れば二人は福引を引いた後、「天宮商店街サービス券」というツッコミどころ満載のサービスを受けていた。
これで取り敢えず、二人がより動きやすくなったことになるし、同時にこちら側の本領発揮もできることになったのだ。
そしてしばらく歩いていた二人だが、十香が何かに気づいたように士道の手を引っ張って居る。
向かった先はキラキラ、ガヤガヤが定番のお店。騒がしいところの代名詞でもある施設。
「……ゲームセンターだね」
「十香が音で釣られたようね。何人かを彼方に送りましょう」
そう言いながら、人払いの人員を送ろうとしたところで、一人の手が挙る。先ほどから令音の側でモニタリングしているみたまだ。
「……それじゃあ、私が現地サポートに行ってもいいかしらぁ?」
「ん? 別にいいけど……ただの人払いよ? 他のクルーにさせるつもりだったけど」
「任せて頂戴……それなら速やかに行えちゃうから」
そう言いながら、承諾を貰えたと転送装置に彼女は向かう。恐らくは先ほどの計画に参加できなかったことを気にして居るのかもしれない。
この時、琴里は何か違和感を感じたが、士道が優先な今、意識を目の前の画面に戻したのだった。
その判断に後悔することを知らず。
◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯
「シドー! 何だここの大きな箱は!」
「クレーンゲーム……えっと、中の物をそのアームで取る遊びだな」
「ふむ……ぬ! おいシドー! きなこパンのぬいぐるみがあるぞ!」
商店街の中でゲームセンターに入った二人だが、十香はクレーンゲームに興味津々だ。中には特大サイズのきなこパンぬいぐるみが入っている。
そこまで好きなのか、きなこパン……いやまぁ、最初に食べた味は忘れられないとも言うし……
「シドー、これはどうやって取るのか?」
「あぁ、それはお金を入れて、ボタンを──」
と、説明しているところで誰かが士道の後ろにぶつかる。狭いゲームセンターで反射的に道を譲ろうとした士道だが、その風貌に再度固まった。
店員さん……と思わしき彼女は制服や名札をつけていたが、長い銀髪や花をあしらった髪留めですぐにその正体に気づいた。
そのまま彼女はメダルの入った巾着を指導に差し出す。
「当店のサービスです♪ こちらのメダルをお使いくださ〜い」
「え? ……みっ……」
みたまさん、と言いかけた士道だがまたこのパターンだと気づいて止めた。これも上から見守っている彼らからのサポートなのだ。
中に入っているメダル……まぁ──現金なのだが──からして、このお金でクレーンゲームを楽しんでこいとのことだろう。
実際、お金がピンチだった士道にとっては救いのお金であった。
軽く会釈を交わした士道はそのまま十香の方へ向かっていった。これから中の景品……きなこパンの特大ぬいぐるみを取るために協力して頑張ってほしいところだ。
「それでは、ごゆっくり〜」
みたまはそう言い残し、その場から少し離れる。これからする行動を考えれば、士道はともかく十香に反応されるのは少し問題があるからだ。
変装道具を外しながら、近くの筐体のそばに寄る。辺りにはまだ人が沢山居るので、このままでは二人の邪魔になるかもしれない。
(そろそろ本番に行きましょうか)
人払いも兼ねて、みたまはこれから行うことを思い返す。
ここに来たのには士道たちのサポート……それ以外にもう一つある。
それはこの仕事を受けるにあたって危惧していた最大の理由。『調整屋』を成り立たせるための根底と言ってもいいこの力。
それをあの組織が受け入れるか、それとも拒絶するか。全てはこの行動で決める。
もし、拒絶された場合はそれまでだ。所詮、組織の考えが自身らの要求と割が合わなかったまで。
『調整屋』はどこへでも行けるし、どのようなところでも活動し続ける。そんな場所なのだ。
白い手袋をつけた手を顔に添えて、片目の視覚範囲を狭める。一時的な集中をしたい時に行うみたまの癖だ。範囲は、二人から半径十メートルくらいか。
……八雲みたまは少しだけ嘘をついている。彼女の情緒を見てみると、そこには彼らが受け入れてくれるのではないか……そんな期待が込められている。
なぜ、そんな感情になるのかは彼女自身も気づいていないだろう。
強いて言うならば……今回の拠点、天宮市は今までよりも心地よいだけに、移動するのはもったいないと考えて居るのかもしれない。
後は……面白い子を見つけたからかもしれない。
真実は結局わからない……が、そこは君たちの解釈次第ということでぇ〜
「さぁて……ちょ〜っとだけ、皆さんを”診”ちゃうわよぉ…………”
彼女の群青の目が、あたり一体を”診”渡した。
◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯
「「…………」」
〈フラクシナス〉内は静寂に包まれていた。別に士道と十香がきな粉パンぬいぐるみを取る姿に固唾を飲んでいたからではない。
サラッと流されたあり得ない光景……クルーの新人さんが行った行為だ。一見、ただ立ち止まっていただけのようにも見えるが、その変化は対象の二人の周りで如実に表れていた。
画面には士道たち周辺の人だかりが綺麗に彼らを避けるように施設を楽しんでいる。距離もそこまで離れていないものの、このように画面で見てみればかなり異質だとわかる。
何より感じる違和感は彼らの行動。まるでその場所に壁があるかのように、士道らのいるエリアを避けて通って居るのだ。
静寂を壊すように琴里が口を開いた。
「……ねぇ、令音。今、みたまの状態はどうなっている」
「今は正常だ。まるで普通の人間と同じ反応だよ」
その言葉からして、確かに今は普通の状態に戻っている……そう言いとれてしまう。
「……だが、彼女が立ち止まっていたあの一瞬……ほんの僅かだが、強力な霊力が検知されている」
「……っ……そう」
よく考えれば直ぐに辿り着く結論だった。八雲みたまが士道の情報を短時間で調べ取るには、超越していなければ無理だ。
先ほど訪れた『調整屋』のベッドや店内にも近未来の技術などは感じられなかったし、それこそ彼女自身が超越して居る何かでなければ話がつかない。
そう、たとえば彼女自身が精霊であったりすれば……解析官としての感覚的技術に納得できる。
……そして精霊は長きに渡り”厄災”そのものと評されるのだ。一度でも感知すれば人は全力で警戒するし、彼女たちの力もいつどのように被害へ移るかは分からない。
そのことを組織も理解している。
「司令! 至急に隊員、八雲みたまパターンが過去の精霊のデータを比較します」
「だが今は五河士道と精霊が接触して居る……どうする琴里? このまま彼女を放っておくのかい?」
令音の問いに琴里は簡単に答えられなかった。頭を回転させて何方が優先か考えてみるが、何せ急な発現により情報が少なすぎるのだ。
このまま彼女も観察対象……いや、警戒対象まで引き上げるか、それとも──
「……取り敢えず、彼女が精霊であることは──」
「……あらぁ? もうバレちゃってるのかしらぁ?」
と、ここで一番聞きたくないであろう声が帰ってくる。総員が振り向くと転送装置によってみたまが帰還していたのだ。
先ほどの騒音が一斉に静まる。目の前にいるのは、つい先ほど精霊の力が確認された……危険人物とも捉えられる。
琴里が彼女へ向けて慎重に口を開いた。
「……色々聞きたいことはあるけど、単刀直入に言いましょう。あなたって精霊なの?」
「……えぇ。解析官などの仕事も、この力を使ってのものよ」
まるで隠す必要がないとばかりに答える彼女は逆に不気味だ。精霊が何の暴走もせずにこうして普通に過ごして居るのも不思議だろう。
ここで琴里の頭の中には二つの選択肢があった。彼女を見過ごすか、取り押さえるか。
後者の選択はできれば取りたくない。精霊の情報がまだ分からない彼女をこの人数で捕縛など部が悪すぎる。
……自分の力を解放すれば何とかなるかもしれないが……それでも周りが無事に住むとは思えない。
そして何より、今の彼女に疱瘡がするとは考えられない。
司令の勘、と言ってしまえばお終いだろう。だが、琴里の中ではみたまという存在がどうも危険だと押し切れないのだ。
「……今は士道のことを優先する。彼が一番危険と隣り合わせてるでしょうから」
「そんなに警戒しなくても大丈夫だけど。そうねぇ……師、今の私の状態、分かるでしょう?」
「……」
彼女の言葉に令音はしばらく無言を貫いていた。だがデータはこの間にもとれており、彼女の状態をいやでも映し出していた。
「……常に霊力が最小限に抑えられている。精霊としての状態は完璧に安定している……そもそも君が力を使わない限りこちらでも見破れなかっただろうからね」
「流石、師です。この状態はこの組織にとって理想的状態ではないかしらぁ?」
「……まさか、あなた──」
本来、精霊の霊力が感情により暴走する。その結果ユーラシア大厄災をはじめとする様々な被害が見られた。
しかし落ち着いて居る場合……健康体に問題がなければ精霊は無害であると結論づけられる。
なぜそう結論づくのか? それはこの組織の目的でもある精霊の封印にもつながるからだ。
今、士道の精霊との対話も何れはその結論へと行き着く。そして十香の状態も至って普通の女の子になるはずだ。
そう、たとえば目の前に立つ彼女のように。
今度こそ驚愕の表情へ変わる琴里に対し、みたまはニコリと笑うだけだ。
「私は
◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯
『全く……無茶振りにも程があるだろう。バイトを早めに切ったと思えば、帰りの道が完全に封鎖されてて帰路につけないわ……君も予約の急な変更に加え、ここまで連れてきてもらって申し訳ない』
『……まぁ、わたくしはそのくらい平気ですけど。あぁ、お代わりを頂いても宜しくて?』
『畏まった、ついでにデザートもサービスだ……もう、今日は君にみたまの愚痴を聞いてもらうのも悪くないかもしれない』
『長くなるなら帰りますわよ……ここに長居し続ける理由もないでしょうし』
『今日、彼女の好きなお香が販売中止だったのだが……』
『わたくしの話を聞いてまして!?』
尚、『調整屋』は静かにワイワイしていた。
サラッとラストに登場しているクルクルさん…
てか、デートシーン書くのむずすぎだろう…主役がみたまだから余計に。