負けヒロイン、即ち死 作:獅子志士姫
彼女は私の影だった。
私には物心ついた頃から親友と呼べる友達が居た。名前は仁。
家がすぐ隣で親同士の仲が良かった。だから私と仁は一緒にいることが多かったし、それ故に遊び相手も常に仁であることが多かった。
所謂、幼馴染という関係だ。私にとっては特別な関係ではなかった。よく、この話を友達に話すとそれだけで漫画のようで運命的だと驚かれる。
確かに私にとって仁との出会いは運命なのだろう。だって運命とは必然的に起こるもの、私が桜堂飛彩として生を受けた瞬間から仁という幼馴染は確定的だったのだろう。
私はきっと仁と共に生きていく。幼いながら漠然と自分の将来に仁の姿を写し出す。そこに嫌悪感や忌避感を感じることはなかった。
何故なら、それでも私の人生は幸せだと思えたから。仁は光だった。性格が明るいわけでも、これと言って特別な活躍も無かった。
私はこの先、光に染まって行く。
だからあの日は、彼女と出会ったあの日から私の運命は崩れたんだ。彼女という影が私を覆い始めたのだ。
あの日のことは鮮明に覚えていた。私の周りには昔の事などもう覚えてないと話す人が多いが、私はその日の出来事を忘れる日は無いだろう。
あの日はよく風の吹いてる秋の時期だった。
私は毎日保育園に行くのお母さんが乗る自転車の後ろに乗せられて登園していた。
近くの公園までお母さんに乗せてもらい、そこで同じく母に送られた仁と合流してそこから歩いて保育園に。
これがいつものルーティンとなっていた。
その日もいつも通りお母さんに公園で降ろしてもらって、後から来る仁を公園のブランコに座って待ってから保育園へと歩いて向かった。
ここまではいつも通りで、そこから園まで後少しのところまで着いた時だった。
「あ!水筒!」
喉が渇いたので肩掛けに繋がれた水筒を手に取ろうとして、その手が空を切ったのだった。
水筒を忘れた事。そのことに気付いた私は慌てて仁に相談して、それから二人で取りに戻ることを決めた。
その事が原因で朝の会には間に合わず、遅れての登場へとなるのであった。
思えばあの頃の私は、というか今もだけど仁を連れ回しては困らせての繰り返しだった。
これもその一環で、よくある出来事になるはずだった。
急いで帰ってきた私たちは誰もいない園内を見て、もう既に朝の会が始まってることを察した。
遅れを感じた仁は私を急かすようにクラスの方への移動を促す。
走って自分のクラス、この時はチューリップ組であった教室に急ぐ。
靴を脱いで扉を前にし、その引き戸を開ける瞬間であった。
「フハハハハ。オレは
その声が聞こえた瞬間、私の運命は崩れて消えていった。
ガラリと勢いよく扉を開くと同時に、彼女はみんなの前に立っていた。
言葉の内容は…今になって思えばいつもの彼女の口癖のような物だし、言葉の意味だって何と無くはわかる。
けど、その時の私は単語の意味も、何を伝えたいかも理解できなかったため、私はキョトンと頭を傾ける。
話してる内容の意味も分からなければ目の前の少女が誰かも分からなかった。隣に居た仁にその少女の正体を知っているか尋ねた。
その場に居た全員が初対面であるため誰も彼女の名前を知る訳がないのだから当然人も知るはずが無い。
それでも仁は彼女の正体が何かを考えてくれた。
「えー、わかんないけど…ほら、先生が言ってた、新しく来る子って言ってた気がする。」
新しく来る子、その言葉に昨日の事を思い出して、そこから数日間の記憶を遡る。
そして、三日前の朝の会で先生が新しく来るお友達について言及していた事を思い出す。
「あー!君が新しいお友達かぁ!ねね、よろしくね!私、
彼女の正体に勘付いた私は新しい友達という興味を惹かれる存在である少女に私は目を輝かせた。
私は何故か私と仁を見て唖然とする彼女の手を飛び付くように握った。
いきなり握られた衝撃にビクリと体を揺らす彼女は、先ほどの口上とはかけ離れた、たどたどしい口の動きで名前を告げた。
「あ…えと、星華。オレ、
彼女の名前は幽川星華。
いつも男の子みたく堂々とカッコつけた言動をして、時々鈴の鳴るような声で少女らしい面を見せる。
私にとってのただ一人の、大切な人の名前だ。
□■□■□
星華は嵐のような少女だった。
あの後、先生に注意を受けた星華は、改めてみんなの前で自己紹介をして、それから朝のお歌や、ひらがなの練習に移った。
星華はクラスの注目の的だった。
衝撃的な登場を果たした彼女はみんなの興味を惹き、お歌を歌い終えるとわらわらとみんなは星華のもとに近寄っていった。
「ねぇねぇ!せいかちゃんはどこから来たの?」
「あ、静岡。あ、今は東京…。」
「ねぇねぇ!せいかちゃんさっきのお話なぁに?」
「あ、決め台詞。あ、いや、自己紹介…。」
「ねぇねぇ!せいかちゃんの好きなものってなぁに?」
「あ、葡萄。あ、調理済みなら唐揚げ…。」
今の彼女は先ほど高笑いをして闇の眷属を自称した彼女と同一の人物であるのか?
そういった疑問を抱くほど彼女は気の抜けている、というよりは私に向けた唖然とした表情のまま、遠くを見つめていた。
質問の返答から伝わるように、彼女はみんなの知らない言葉を多く知っていた。
みんながひらがなの練習をしている中、彼女はまるで普段から書いてるかのような素早い綺麗な字を書いて先生を驚かしていた。
褒められた次の瞬間には全て消して上から拙い文字で書き直してたけど。
あれは今になっても何故か本人は答えてくれないし、真実は闇の中である。
それからも、星華はその日静かにぼうっと過ごしていた。
「意外におとなしい子なのかしら?」
自由時間にブランコの上で空を眺め続ける彼女を少し心配そうに先生が呟いていた。
次の日、嵐は再び現れた。
「ふ、ふははは!先刻はオレの隙を伺い稲妻が如き雷撃を喰らわせた事、お前たちを闇に仇なす者として歓迎しよう!」
今日は水筒も忘れず、いつも通りの時間に園に着くと、そこには昨日と同じ腕を交差させる謎のポーズをとって私と仁を待ち構える星華が居た。
?私と仁は同時に頭の上に疑問符を浮かべた。
理由は二つ、一つは単純に言ってる意味の七割が分からなかった事。
もう一つは、昨日の姿から急激にフォルムチェンジを遂げたその態度に脳の理解が追いつかなかったからだ。
私たちの間に静寂が訪れた。
当の本人は謎のキメ顔で目を閉じて動かないし、とにかくリアクション待ちと言った状態だった。
普段なら、自分から動く私も、まだ出会って日が浅かった私にはどうすればいいのか判断が付かなかったのだ。
「…ん?あれ?……声ちっちゃかったか?」
そうでは無い、むしろ嫌というほど耳に届いていた。
これが、私たちの始まりだったように思う。
その日から星華は私たちとよく遊ぶようになった。
一番古い遊びの記憶がその日だった。
「ふっ…闇の眷属たるオレに速度で勝負とは…闇に呑まれたいようだな!」
「せいかー、鬼になったんだから話してばかりじゃなくて追いかけろよー。」
時には鬼ごっこをして園内を駆け回り。
「エ!休日に二人で遊んでる!?…あ、いや…んっんん、ふむ、どうやらこのオレを差し置いて邪悪なる者を復活させんと密会を行うとは…愚か!」
「ひいろ、せいかも一緒に遊びたいってー。」
ある日からそれは近所の公園や星華の家からは遠いであろう仁や私の家に赴いて遊びに来た。
「あー、…どしよ、フラグ…え?いやいや!何でも無いって!ほ、ほら、それより彼方から怪しげな気配がする。調査の必要が…ええい!いいから行くぞ!」
私たちだけでは知り得ない範囲の世界を教えてくれた。
遊んで、話して、疲れて、眠って、また遊んで。私たちは一緒に遊んで、一緒に過ごした。
星華は私たちの中でも中心的な存在だった。
星華がその日何をするか提案して、私がその提案の中で少し過剰にはしゃいで、それを後ろから仁が抑える。
その時は世界が確かに煌めいていたのだ。
だけど、それだけであった。私たちはいつまでも仲良し。その関係は崩れることなんて、無い。
そんな幻想を、ずっと抱いていた。
□■□■□
保育園での幼少を超えて、私たちは小学校へと行動の場所を移した。
小学校からはいろいろな事が変わった。
授業という勉強の時間が活動の多くを占めたし、保育園とは通う人数も規模も大きく変わった。
登下校もお母さんの自転車に乗っての移動は無くなった。
真新しいランドセルを赤と黒で揃えて、私は仁と小学校まで歩いて登校するようになった。
変わったことが多かったし、二人だけで車が勢いよく通り過ぎるのを横目に歩くことにも、不安がなかったとは言えなかった。
それでも、私は安心することができた。
「ここで曲がって…パン屋小粋を過ぎた辺りで信号があって…この先で…あ!!」
初めての登校から数日経って、そんな日に彼女はぶつぶつと呟いて私たちの前に現れた。
星華は私たちの前を変わらず進んで行った。
登下校だって最速のルートでは無いだろうに、あえて選んだであろうその道で登下校を行うため、私が星華と過ごす時間は保育園とあまり変わらなかった。
それどころか小学校になってからは仁と違うクラスになった代わりに、星華と同じクラスになった。
まだ小学生という純粋な思考を持つ私であったが、疑問を持たなかった訳ではない。
星華はいつも迂回をして、回り道をして、私たちとの時間を確保していた。
どうしてそこまでして、小学校では新しい友達だって増えるだろうに、クラスでは私とずっと話して、昼休みになると私の腕を掴んで仁のいるクラスに乗り込み、今度は仁も連れて校庭に飛び出していくのだろう。
そんな疑問が、湧いてこなかった訳ではない。
だけど、それを直視する程私の視界には余裕がなかった。楽しい今を、彼女が楽しげに話す言葉や、それに喜ぶ自分を眺めることで忙しかったのだ。
途中、魔法適性検査を受けた直後とか、三年生になって何故か窶れた表情を見せる頻度が増えたこととか、よくわからず思わず頭を捻るような経験も多かった。
だけど、私たちの日々は変わらず、あいも変わらず星華は小難しい言い回しを続けていた。
きっと、それが霞んでいったのは、小学校六年生のあの頃…いや、私が気づかなかっただけでもう既に話は進んでいたのだろう。
私と仁と星華、三人の日常は唐突に、霞んで透明に消えていった。
「飛彩、お前に話がある。」
その日のことも、私ははっきりと覚えていた。
六年生の冬、もう直ぐ小学校が終わってしまうと先生やクラスの人たちが話し始めていた。
私も、それは寂しいなと、どこか他人行儀にそんな話を聞いていた。
その日は、冷たい風が吹いていて、私がお父さんとお母さんを挟んで座った食卓の後ろからは、半開きになった窓からそんな冷たい風が吹き込んでいた。
最近、気になることがあった。仁や星華には相談してなかった。
それは家族に関することだった。家族に不満を持つことはなかった。今日あった出来事をよく聞いてくれるお母さんに、休日には私とお母さんを連れて遊園地とかに遊びに連れてくれた。
きっと、私の家庭は普通だ。普通にいい家庭
重苦しい雰囲気の食卓。私は手に持ったお箸をどこに置いていいかわからず、不安そうに両目を迷わせるだけだった。
「えと…話って何?」
いつに無く緊迫した空気だ。それからお父さんは横のお母さんに目を配らせる。
それから、空気が揺れる様子が感じられるほど、ゆっくり口を開いた。
「お前に…
その言葉が確かなきっかけだった。
私が初めての親子喧嘩を始めることの。
私の世界から灯りが少しずつ途切れていく、その合図だった。