負けヒロイン、即ち死   作:獅子志士姫

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私を絶望が包む時

気をつけ、礼。

日直の声が掛かると教室の生徒たちは皆一様に立ち上がる。少しの時間差を生じさせて、皆が教卓の前に立つ教師に向けて腰を曲げる。

さようなら。日直が先んじてそう言うと、男女の入り混じった低音と高音が同時に聞こえるような挨拶を皆が続けて言う。

 

「はい、さようなら。」

 

チラリと教卓の上に置かれたボードに目を落としてから、教師は他の誰よりも早く教室を抜け出した。

教室の扉が閉まる音を合図に、教室の中に少しの騒音が発生し、やがてその音は大きくなっていく。

 

今日は放課後何をするか

部活がだるい

昨日○○先輩に会ってー

 

いくつもの方向から、それぞれ種類の違う話し声が聞こえてきた。その中に、私に向けられた声が無い事を確認して、鞄を机の上に置いて今日使った教科書を詰め込んでいく。

 

教室には扉が二つある。

やけに青々しく感じる素材で出来た白色の扉は部屋の前と後ろに設置されてる。

それを見て、そして後ろの扉付近に形成されるグループの一人の顔を視認して、私は遠い場所に位置する教室の前側を選んだ。

 

なるべくどこのグループにも干渉しないように、出来れば彼ら彼女らの視界にも入らないように机を縫って進む。

辿り着いた扉を開いて、そのとき鳴る扉の年季の音に気付かれないように祈って開く。

 

少しの、周りの喧騒に比べたらほんの小さな音を立てて扉は開いた。

そのまま誰の意識にも反映されない事を望んで、私は教室の横の廊下を通り、今度は後ろの扉がある方へと進む。

下駄箱は、あの先の階段を降りた先だ。

 

コツコツと、誰もいない廊下に窓越しに映る楽しげに話すクラスメイトたちの様子とは対照的に、独りの音が無機質に鳴る。

階段に向かう途中、ちょうど後ろの扉を通り過ぎるタイミングだった。

 

「…きもいんだよ。化け物。」

 

その言葉に体が反応しそうになる。

踏み上げた足が空中で止まりそうになるのを堪えて、何事もなかったように振り下ろして、歩き続ける。

 

コツコツコツ。

そこからは、また無機質な音。そこから誰からも言葉を投げかけられてないはずなのに、聞こえる足音がその度に心を軋ませた。

 

三階から二階に。階段を降りて踊り場に出る。この学校の校舎は踊り場にあたる壁に一筋の窓ガラスが付けられてる。

そのため、ここから見る窓の外の風景は上には空、前には付近の住宅の風景、下には校庭の様子が一望出来る。

 

歩を止めて、窓に近づく。

冬を迎えた東京は、いよいよ本格的な寒さを迎え、空は灰色に染まり太陽の姿が見受けられなかった。

そして、近づいてから気づく。

 

「あ、雪…。」

 

ポツリと呟いた私の目の前に、窓ガラス越しに小さな小雪が落ちる。

今日は、雪が降るのか。ふと、事務的に気候の変動だと捉える自分の思考に思い出す。

昔は、雪に一喜一憂したのだと。

 

それ以上は考えないために、窓の外をぼうっと眺めることにした。

これ以上思い出すと、二人の顔まで思い出しそうだったから。

 

「化け物、かぁ。」

 

何も変化の無い、白い粒が落下していくだけの光景に先の言葉を振り返る。

化け物、私をそう形容するのは、教室で後ろの方の席に座る、小河(おがわ)さんと、彼女と親しい友人達だろう。

 

彼女達が私をそう呼ぶようになってからもう直ぐ一年が経とうとしていた。

あの日も冬の寒さが本格的で、私は同じように一人で下校をしていた。

 

東京都内に存在する聖葉(せいよう)学園は魔法科学におよび魔法実技に関して、幅広く先進的な教育を生徒に施す都内の私立中学校であった。

毎年倍率は高く、その理由も同じく関東圏に存在する魔法科学に関して最先端の研究や授業を扱う蒼聖煌学園に対する進学率が都内随一であるからだ。

 

私は中学受験を突破し、小学校卒業後この中学校に通っている。

この話が挙げられたのは、お父さんからだった。

 

小学校入学直後に行われた魔法適性検査が原因だった。

私の適性はA。そして何より魔法の属性が白魔法と出た。

 

当時検査を終えたお医者さんも驚いた表情で私の検査内容を伝えてきた。

私は喜んだ。私には魔法の才能があるらしい。それも白魔法。

 

白魔法は、テレビではグリーンが他の隊員に対して治療を行うときに使われていた。

その時の私はよくわからなかったが、それでも横で喜ぶお父さんとお母さんの様子を見て、私も嬉しくなった。

 

白魔法を扱える人は国内にも、世界にも少ない。

そしてその性質故、医療機関などで適性者は重宝された。

 

白魔法は唯一人を癒す事、人や動物に限定して細胞の再生を行える魔法であった。

白魔法を扱えるならば、適性が低い、言い換えれば魔力量が少なくても天才外科医の卵であった。

 

正しい知識や使用法を学べば、少ない魔力でもピンポイントに患者の腫瘍を取り除けた。

多大な魔力を持っていれば研究にも大いに貢献できた。

その卵が、私だった。

 

そんなこと知らなかったし、事実この学校に来るまでは興味もなかった。

その時の私は目の前の事、仁や星華と過ごすことが何よりだった。

 

しかし、それは私に限った話。小学校五年生を迎える頃、ちょうど仕事でお父さんが帰るのが遅くなり、お母さんもパートに赴いたりでより仁と星華といることが増えた頃だった。

 

「飛彩、聖葉中学に行きたいか?」

 

中学校の話だった。

その時はどこの中学に行くとか全く気にしても、家族の間で話してもなかったが、その話は唐突にお父さんの口から放たれた。

よく分からない。私がそう告げると、今度はお母さんが口を開いて、魔法に関する中学校だと噛み砕いて教えてくれた。

 

今思い返せば、この時期にお父さんやお母さんの仕事が忙しくなったのもこれが原因だろう。

その話を聞いた私は、少し考えて首を横に振った。

 

理由はお母さんの説明に中学受験に関するものが含まれてたからだ。

私は成績優秀であった。それは今も変わらない。

そして、魔法の才能もあるため今からでも頑張れば、否、頑張らなくてもいけるだろうと見込まれていた。

 

しかし、それを私は自分ではなく周囲に置き換えた。仁と星華だ。

仁は、検査の結果を聞くと判定はBの水魔法の適性のようだ。仁も私ほどでは無いが、小学校の授業で躓くことがない程の成績であった。

 

問題は星華の方であった。

彼女はこの三人の中で、いやこの三人を除いても抜群に頭が良く、変な言動で勘違いされがちだが礼儀正しく思慮のできる、よくできた小学生であった。

 

しかし、どの分野でも輝ける彼女が唯一鳴りを潜める分野があった。

魔法に関してだ。魔法適性検査を受けた時期は近かった。そのため仁の次に星華にも話を伺った。

 

「ねね、まほう検査?せいかも受けたでしょ?教えてよ!」

 

星華は一瞬遠い表情、というか白目を剥いていたが、その後ハッとした様子で答えた。

 

「ウッ、魔法…蒼聖煌学園…舞台外…はっ!いや、なんでも無いぞ。それより検査結果か。ま、まぁ、闇より暗く染まるオレにあの医者達が当てる光はあまりにも眩しくてな…はい、Dでした。火出せるよ、マッチくらいの。」

 

星華は珍しく落ちこんだ様子だった。魔法適性がDなど珍しくは無いのだが、私と仁が共に高かったからかそのリアクションだった。

その後なんとか慰める私と仁だった。星華も、それ以上は引きずらず、次の日に関しては何故かやる気を盛り返してた。なんでだろう。

 

そう、星華はDであった。

彼女は魔法の才能がない。どのレベルの高い中学に進学できる彼女でも、聖葉の壁は高すぎたのだ。

私はそこまで考えが至り、お父さんとお母さんの聖葉への誘いを断った。

 

その日は、お父さん達もすんなりと諦めてくれた。まぁ、仕方ないかと。

しかし、その日から定期的にお母さんやお父さんから聖葉の単語が良く聞かされた。

 

あまり無理に勧めるわけじゃないが、私の意思を何度も確認するような態度だった。

それからそんな会話が続き、それが決壊したのが小学六年生の秋。風の強いあの日だった。

 

 

「お前に…聖葉(せいよう)学園に行ってもらうことになった。」

 

今までの強制しない態度から一変した、まるで決定事項であるかのような言い方だった。

行ってもらう事になった。その言い振りに違和感を覚えた私はどういう経緯なのかを二人に尋ねた。

 

現社会だけに留まらず、魔法による発展は今後爆発的に続くと予想されており、それに伴った魔法科学の発展も見込まれてた。

そんな話を、社会人の、それも今後学問を収める娘を持つ彼らが聞いてない訳がなかった。

 

人のネットワークというものは共通点を持つ人同士で伝播しやすい。

お母さんやお父さんにも当然、中学進学を控えた息子娘を持つ同僚や友人がいた。

 

その中には、中学受験を選ぶ子どもを持つ親も居ただろう。

もし、それだけなら良かった。運命の歯車は歪まずに済んだ。

 

しかし、私にあった才能がお父さん達の思考を絡め取ってしまった。

今後、どの分野より発展する魔法。それの中核を担える程の才能を持った娘を、彼らは愛してしまった。

 

私は、お父さんやお母さんを嫌ってはいない。だってそれは愛故だと、直感で理解してたからだ。

それでも私には彼らが大切に思う私の様に、大切な友達がいた。

 

それが、人生初の親子喧嘩の始まりだった。

話し合いは長く、感情的に、論理を用いて行われた。

 

何故、嫌だ、それでも、行くべきだ、お前を想って。

何度も同じ応酬が繰り返された。当然お父さん達もこうなる事を覚悟して、その上でこの話し合いに臨んだのだろう。

 

終わりそうにない会話の中、私は気づいた。

この会話を終わらせて自分の意見を押し出すには、拒絶だ。お父さん達を私の言葉で拒絶する必要があった。

理想を語ろうが、未来を信じようがそれは向こうにも同じことだ。

 

私は、その一歩を踏み出す必要があった。

言い換えるとそれは、お父さん達の私への愛を拒絶する事であった。

 

結局私は、踏み出せなかった。恐ろしかったのだ、その先が、家族の関係が崩れることが。

 

結果、私は受験に備えてそこから勉強し、そのことは仁や星華には伝えられなかった。

星華は賢いのに鈍い。どこか天然だし、そこが彼女の人徳でもあった。

 

だから、私に関して「何かあったか?」と心配することはあれど、その先は気づかなかった。

だけど、仁は違った。私が急に塾に通い出したことも、両親との間に何かあった事にも気づいた。

 

でも、直接言葉にはしなかった。仁は、とても優しかった。

今の自分が声をかけても何もできないことを。子供で無力であることも察して、それでも私を心配してくれた。

 

それから、私が通う塾に仁が現れた。話を聞くと、彼も両親に相談して聖葉への受験を決めたらしい。

なんでそんなことを。そんな台詞が頭に浮かんで、とても自己中な台詞であると気づいて言うのを止めた。

 

そうして、私たちの道は違えた。

星華は都内で有名な私立の学園に行った。だけどそこは魔法科学で有名だけど、主に魔法を扱えない生徒が集まる学園だった。

仁は私と同じ聖葉に。だけど、そこからはあまり会わないように心がけた。

 

私の行動が、仁や星華に及ぶのは耐えられそうになかったからだ。

それからより勉強に励んだ。蒼聖煌学園に入るためだ。

 

ここで入れなかったら、それはお父さんとお母さんを、何より星華と仁を裏切る結果になるからだ。

それだけは避けようと、私は必死になった。それに比例して、学校内での成績もまた上がった。

 

それはそんな中の出来事。もうすっかり一人で過ごすことが慣れてきた時のことだった。

まだ学校からそこまで遠くない所だった。

 

私は家までの帰り道で信号を待ってた。待ってたのは私だけに限らず、同じ聖葉の生徒も何人か居た。

信号が赤になってそこまで時間がかからず、彼女は現れた。

 

小河さんは、少し素行の悪い生徒だった。大々的に行わないが、校則を違反したり、先生に少し悪態をついたり。

そんな、よくいる生徒だ。そんな小河さんの周りには、同じような生徒の友達が多く、その日も軽い校則違反のつもり、自転車で彼女らと二列で並列走行。おまけに彼女はイヤホンをして音楽を聴いていたようだ。

 

褒められることではないだろう。しかるべき判断をするなら犯罪にもあたる。

だけど、最近巷で流行る放火魔騒動やテロ行為に比べれば可愛いものだった。

 

しかし、運が悪かった。因果応報といえばそうだが、彼女は信号の色を見落とした。

そんな彼女が私の横を通り過ぎて車の通る車道に踏み込もうとした時、ちょうどそこを通る一台目の車が彼女の視界に入った。

 

自転車はスピードを上げたままだ。身の危険を感じた彼女はブレーキをかける、と同時に急なブレーキで体幹が崩れ、自転車ごと派手に転ぶ。

倒れるその先は、私だった。

 

ドガン。大きく音を立てて私の背中に自転車と小河さんの体が雪崩れ込む。

そのまま衝撃を受けた私の体は、一台目がすぐそこに迫ってる車道の中だった。

 

音は、よく分からなかった。それでも吹き飛ぶ自身の体と痛みから、自分が撥ねられたことを悟る。

地面に落ちる際、頭を殴打した。意思を飛ばしたくなるほどの痛みだった。

 

けれど、当たりどころが良かったのだろう。まだ意識はあって、手足も鈍くだが動かせた。

倒れたままの状態で、頭の方向はついさっきまで私が立ってた歩道に向いてた。

 

そこには、驚いてこちらを見つめる何名もの生徒や、通報する通行人。

そして、倒れた衝撃からか鼻から血を流して呆然とこちらを眺める小河さんの姿が映った。

 

「大丈夫ですか!?」

 

私を轢いてしまった車の運転手が慌ててこちらに向かってきた。

ああ、このままじゃ彼女、犯罪者になる。

 

漠然とする頭でそう考えていた。こんな大勢に見られて、渋滞も起きるだろう。

彼女のしでかした事は発覚してしまう。

 

なんとかしなければ。私は、もう誰も傷つけたくなかったのだ。

震える腕を動かし、自分の頭に右手を触れさせる。

 

「っ、はーあっ、魔法解放(マジック・トリガー)っ、なお、れ。」

 

学校で習って、実技でも何度かみんなの前で手本を行った通りに呟く。

そして自分の手に魔力を集中させて、自分の無傷の頭を想像する。

 

白い奔流が、自身の手から溢れ出す。

瞬間、自分の頭の回転が早まりだす。どうやら成功。脳への衝撃も消えたようだ。

 

澄み切った頭で次は足へ、そして腕へ、それから全身へ。

十秒。私が倒れてから立ち上がるまでの時間だった。

 

周りからは、悲鳴なのか歓声なのかも分からぬ驚きの声が溢れていた。

それから私はしっかりとした足取りで歩道の方へ、小河さんの方へ向かう。

 

「…!う、嘘…な、治って…。」

 

驚く彼女に対して、私は大丈夫、と短く伝えて彼女の顔に掌を向ける。

 

魔法解放(マジック・トリガー)、治って。」

 

白魔法を彼女の体に行使する。すると彼女の顔から血の跡は消え、傷も残らず消えていた。

まだ状況が理解で出来ていないであろう小河さんを落ち着かせるため私は声を掛けた。

 

「大丈夫、小河さんの傷は治したし、ほら、私だってこの通り無傷で…」

 

そう言って落ち着かせようと、なるべく落ち着いた声色で話した。

だけど、返って来る返事は私にとって想定外なものだった。

 

「ば、化け物…。」

 

これが、彼女達から化け物と言われるようになったその初日だ。

私は、不思議で仕方なかった。私が目指してるのは、戦隊モノのグリーン。みんなの傷を治す、正義のヒーロー。

 

だけど、周囲も、小河さんも、その友達も皆一様に私に向けるその視線は戦隊モノで正義のヒーローに倒される怪獣へと向けられるものだった。

 

私は、何をしてるのだろう。

彼女の視線を覚えるたび、化け物と言われるたび、授業で魔法を使うたび、家でお母さん達に今日のテストの結果を伝えるたび。

その思いは、増幅した。

 

そのまま一人の世界で時は過ぎ、すっかりひとりぼっちの光景が目に焼き付いていた。

それと同じくらい、夢も見るようになった。夢の内容は決まって、小学校や保育園での出来事。

今や姿も見てない星華と、会う機会の減った仁との日々だった。

 

舞い落ちる雪に、視線を奪われる。

落ちる様子を見てると、その白は天に高く見えるだろう。

だけど、それは今も、地面に向かって落ちていくのみなのだった。

 

帰ろう。そう思って私が目を離そうと思った時。

私の目の前を赤い炎(・・・)が過る。

 

「え?」

 

思わず私は声を上げて、それからその火球の飛んできた方向。窓の下を見る。

もう随分見てなかった深い茶色の頭が、遠くから見えた。

 

「…え?」

 

再び声が漏れた。だって、ここに現れるはずがなかった。

彼女が、私に会いにくる動機も、場所も、シチュエーションだっておかしいはずだ。

 

それでも、嵐は唐突にやってきた。

いつもの自信ありげなドヤ顔を浮かべる彼女が…成長し、背も、髪も伸びて可愛らしくなった少女が。

そこには居た。

 

幽川星華は私の影である。

私は、自分の運命の歯車は狂ってしまったと、そう思ってた。勘違いしてた(・・・・・・)

最初から運命は崩れていて、それをあの風の強い日が戻してしまったのだ。

 

私の運命は砕かれた、それは彼女と出会った日。そして今夜、私の運命は再び砕かれるのだろう。

幽川星華。彼女の手によって。

 




シリアス過ぎたので分けました。
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