負けヒロイン、即ち死 作:獅子志士姫
急いで階段を降りる。
何があったのか、これから何があるのか想像もつかないが、それでも脳が急げと信号を発していた。
流れるように階段を降り、それから一階へと足をつけて下駄箱のある方向へ急ターンをする。
「って、桜堂!?廊下を走る_」
「すみません!急ぎです!」
途中、廊下を全力で走り抜ける私を見かけた一人の生活指導の先生が驚いた顔をして私の名前を呼ぶ。
普段校則遵守を是としてる私が廊下の大原則を破った事に驚いてるようだった。
私の無意識の中に挟み込まれていた誰にも迷惑を掛けないという文律も効果を失ってしまったようで、その瞬間には褪せたあの日の記憶と彼女の顔ばかりが脳内に映り続けていた。
途中他にも生徒や事務職員の人にも出会ったが、私は挨拶も会釈も無しに自分の靴を取るため駆けていく。
別に、私が走っても走らなくても彼女はそこを動かないだろう。だけど、足を止めたくなくて、今止めてしまうことが怖くて全力で体を動かす。
校舎一階を素早く駆けた私はようやく靴箱へと辿り着く。焦る心をそのままに、自分のクラスと出席番号の記されたロッカーに手を掛け、中を開く。
靴を手に持ったまま校舎出口の普段靴の履き替えをしてる校舎玄関に移動し、手の持つそれを地面に投げ落とす。
勢いよく落としたことで一足の靴は二手に分かれ結果として履きづらい位置になる。
履きにくいそれらをなんとか器用に履くと、私は透明なガラスでできた扉を勢いよく開け放つ。
外は相変わらず、雪が降っていた。
いつから降っていたかは不明だが、空から落ちる白い粒達は地面に着地すると群をなして小さな白い水たまりを作っていた。
彼女の姿が見えたのは、ここから校舎を周った反対側。いつも生徒の多くが利用する正門ではなく、来賓や保護者が主に利用する校門であった。
そこに向かうため一歩、目的地に向かって走り出す。数歩走って、自分の頭上にあった天井が消えたあたりで、ほのかな冷たさ感じる。
雪が肌に触れ私の体温下げていく。しかし、まだ大して走っていないはずの体は熱く火照っていて、頬に触れた雪の冷たさに自分の体温の高まりを自覚した。
これが焦りか怒気か何の感情に由来してるのか。わからないが、今私が彼女との接触を望んでいることが分かった。
冷め止まぬ興奮をそのままに、私はより体のギアを上げて走る。早く走る事はあったが、ここまで全力で走る自分が久しいことを自覚する。
校舎の裏は職員や教師の車が並んでる、駐車場のような作りになってる。
今しがた放課後を迎えたばかりのそこにはまだ多くの車が並んでおり、人の気配もしなかった。
車が並ぶ傍、何本かの並木のうちの一つの下に立つ、一人の少女を除いて。
「っ…!!」
見つけたその姿に、確かにその瞬間自分の心臓が一際大きく鳴るのが分かった。
上気する自分が抱く感情の正体は未だ不明。しかし今確かに私は緊張してることが掌に滲む汗から分かった。
一人木陰で私を待っているであろう少女は何か思案してるようで、私が来たことにまだ気づいていなかった。
従って、私から彼女に近づいて話しかける形になるのだが、彼女に話しかけようと進むはずの足がなかなか動かない。
なんて言えばいいのか。
私はその言葉が思い浮かばずその場で立ち止まる。
ごめんなさい。まず最初に思いついたのは謝罪だった。私が彼女に最後に会ったのは小学校卒業式を迎えてから一切なかった。
自分勝手な決断に彼女を巻き込みたくないと思っての判断だったが、それはあまりに自己完結した結論で、親しい友人に挨拶もなしに唐突に別れる事は十分謝罪するにあたるだろう。
なんで。次に浮かんだのはその言葉だ。聞きたいことは山程あった。私が言えた義理ではないが一切の連絡もなくダイナミック過ぎる方法で私に接触を図ったこと。
そもそも何故私の下を訪れる気になったのか。マッチ程度の火だと自称してた彼女が何故あのレベルの火球を飛ばせてるのか。
何故何故何故と、問いたいことを探せば探すだけ頭の中が埋め尽くされた。
そんないろんな感情で混ぜ込まれた私の脳内は、彼女に話しかける言葉すら選べられず、時が止まったようにその場に立ち尽くした。
しかし実際に時など止まってる事はなく、考え込んでた彼女は少しして私の姿を捉える。ついでそのまま私の元へと小走りで近づいてきた。
動けない私と近づく彼女の間の距離は徐々に縮まって行く。その距離はもう直ぐで会話が始まるまで短くなっていた。
結局何を言うべきか纏まらない私は、口を半開きにして、情けない表情で彼女の顔を見つめたままだった。
長く会ってなかった彼女は知らぬ間にも成長をしていて、成長期を迎えたであろうその背は小学校の時よりも高くなっていた。
髪も、この二年全く切ってない訳では無いだろうが、私が最後に見た時よりも長く切り揃えられていた。
中学生なのだ。年齢が私と同じであるためそんな事は当然な話なのだが、彼女の放つ雰囲気、色気と言うには少し幼すぎる、かと言って幼稚と表現するには熟れ過ぎているその雰囲気は、確かに彼女が成長したことを伝えてきた。
ほんの少し大人びた少女は、しかしあの時と変わらない謎の自信を含んだ可愛らしい笑顔で彼女は言った。
「久しぶりだな、飛彩!幾星霜の刻を超え、常闇に蔓延る悪魔の屍を超え、今再び闇から舞い戻ったぞ!」
あぁ、そうだったなと私は妙に納得する。
謝るだとか、理由を問いただすとか、そんなこと考える前に私が彼女に言うべき言葉は決まっていた。
「…久しぶり、星華。」
あまり会えてなかった友人に話しかける、フランクで軽い一言。それだけで十分であった。
その一言を言うだけで、自分の心がほんの少し柔らかくなったような、そんな錯覚を覚えた。顔にはまだあの頃と同じとは言えないだろうが、確かに笑みが浮かんでいた。
彼女は、幽川星華は私の友達であった。
■□■□■
冬の校内駐車場、降り頻る雪に囲まれての対面。それが私と星華の二度目の出会いであった。
「うん、思ったより元気そうだな!いや、しかしその正気もいつまで保つか…ふははは!此度の再会が偽りの現世の終わりの序章…つまり世界が闇に包まれるその始まり、
星華は相変わらずであった。
前半の一行は普通に、その後の「いや、しかし」のあたりからはほとんど意味が分からないが。それでも星華は星華であることに安堵を覚える。
「そう言う星華も元気そうだね…ほんとに、良かった。」
「フッ、闇の眷属たるオレにとってこの程度の時など瞬きのようなものだ。」
さっき幾星霜が云々言ってた気がするけど。
本当に、成長して大きく変わったように思えた彼女だが、そのいつもの言葉遣いや態度には変化が感じられなかった。
そこには確かに、幽川星華がいるのだと、当たり前のことを再び確信する。
私の中に、友人との再会を喜ぶ自分が居た。
私が想像してるような怒りなど星華は持ってる様子ではなく、私にこうやって会いに来る事だけを目的にしてる様だった。
しかしあれから二年間である。それから一切の連絡をお互いに取り合ってないのだ。
何故今なのか、それにわざわざ聖葉に来て私に会いに来たのか。
疑問は尽きなかった。気になった私はそのことを星華に尋ねようとする。
しかし、その寸前で私たちに声がかかる。
「おーい!そこにいる女子生徒達ー!先ほど校舎敷地内で無許可の魔法の使用が確認されたのだが、心当たりは…」
そう言って近づいてくるのは先ほど廊下ですれ違った生活指導の先生であった。
その言葉に私と星華は先生の方向を見る。そして魔法の使用、と言う言葉に後ろの星華が確かに反応を示した。
「って、桜堂じゃないか。先程は急いでどうしたんだ?って、そちらの生徒、聖葉の生徒じゃ…」
そこまで言葉を続けて先生は口を開いたまま言葉を止める。
それから目の焦点は後ろの星華に固定され、何かを確かめるような目線が星華に向けられる。
その視線に、先ほどまで闇がどうこう言ってた星華は少しづつ顔の色を青く変えて行く。
「…目撃したのは下校準備していた我が校の生徒だ。そのため、魔法を使用した者の姿の報告もある訳だが…。」
やがて星華は動きを止めた。それは刹那、全ての体内活動を脳に割いたのだろう。
そして結論を得た、星華は短く瞬きをすると私の方を見て小さく頷いた。
「よし、逃げるぞ!!」
瞬間、星華は私の手を握り、小さく屈んでからその地面を踏みしめ走り出した。
「え、ちょっ!」
私が異議を唱える隙も与えず、星華は勢いよく前へと進んでいく。
「こらー!!止まりなさーい!」
しかし数々の生徒達を生活指導室へと放り込んできた先生だ。星華の逃走への素早い転換にも対応してこちらの跡を追ってくる。
これには逃げ出した本人の星華も苦そうな顔を浮かべる。
「げ、あいつ結構速いな…仕方ない、姿覚えられても面倒だし、飛彩!身体強化してさっさと去るぞ!」
星華は連れてた私の手を離すと、その場に止まって大きく息を吸って、そして吐いた。
身体強化。星華の言うそれは一体なんなのか。今行った大きな呼吸がその正体だとしたら、私はそんなもの知らなかった。
「えと…身体強化って?」
私がよく分からないと告げると、私が知らなかったことが意外であったのか、ポカンと一瞬呆けた顔をする。
その後、一人で納得したような表情を浮かべる。
「あ、そっか。まだ師匠に会って無いから…。」
星華は一人でそう呟く。昔から、星華こういう謎発言が多い。
おそらく、彼女だけが知ってる事情があるのだろうが、こう言う時の彼女は普段とは違う意味で理解できない発言をする。
久しぶりに見たその言動に既視感を覚える。
「ああ、もう!仕方ない。よし、飛彩、来い!」
そう言って星華は次にその場に屈んでこちらに背を向けた。
「?」
どういう事なのかその意図が分からず、私はまたもその場に立ち尽くす。
「…おい、早く!」
いや、何が早くなのか。相変わらず背中を見せたまま、顔だけこちらに向け、両腕を腰の後ろに向けて、掌をぴょこぴょこ動かしている。
…もしかして、私を背負うつもりなのだろうか?
傍目から見て、背が伸びたと言え、今の星華は小柄な方だ。背丈から見ても私を背負って逃げるのは難しそうだが。
そうこう考えていると、私たちを追う先生の声が大きくなってきた。
もう追いつかれるのも時間の問題だろう。そのことを星華も悟ったのか、星華は屈む体制を解除して私の方へ駆け寄る。
「ええい、もういいや!よし、飛彩少し大人しくしてろよ!」
そう言うと星華は私の確認も無く再び私の腕を手に取った。
今度は片方の腕を私の膝下に寄せると、そのまま私の体を引き寄せ、掌をそれぞれ腰と膝に当てて私を持ち上げる。
体格差から考えてとてもじゃないが星華が私を持ち上げるだけの膂力を有してるとは思えなかった。
しかし、そんな私の想像を覆すように、何の苦労もなさそうに星華は私の体を持ち上げた。
所謂、お姫様抱っこと言う奴だ。
「…え?」
思いもよらない行動に私は声を漏らす。
困惑する私をそのままに、星華はそのままスタートダッシュの体勢に移行する。
そしてそのまま、星華は風になった。
先程までの走りとフォームや足の動きは変わらない。しかし、その一歩の大きさと、抱えられた状態で感じる風を切る感覚がその速さを表していた。
「えええええええ!?」
驚きの速さに思わず声が出る。その声も速さに置いてかれるように後ろへと流されていった。
あまりにも速かった。私を背負った状態で全速力の自転車と同じくらいの速さであった。
これが星華の言う身体強化と言うものなのか。
ここまでの速さで歩道を走るのは危険ではと思うが、星華は器用に走り抜け、人の有無の確認をして的確なルートを選んで進んで行く。
…これ、何処に行くのだろうか?
気になって星華に尋ねてみる。
「ね、ねぇ!星華!これってどこに向かってるの?」
「…ふっ、運命とは数奇なものだ。星が呼ぶ声に向かい、月明かりが示す道を進む。そうした道のりを観測者達は
「それって、適当に逃げてるって事?」
「………」
抱えられた状態なので見上げる様にして星華を見つめる。
図星をつかれたようで、気まずい顔を浮かべる星華。どうやら本当に適当に逃げたようだ。
私は星華の腕をトントンと叩いて止まるよう促す。
その後徐々にスピードを落とした星華は、再び深呼吸をした後私をゆっくりと降ろした。
そのまま流石にずっと走って疲れたのか大きく体を揺らして息をする星華。
私も軽いジェットコースター状態だったので疲れが体に宿る。
そして息を整えた後二人で見つめ合う。
「…へっくち!」
口を押さえる様にして星華が音を漏らした。
見れば、ずっと走ってた星華の肩には雪が積もっていた。
怒涛の展開で忘れていたが、ここら一帯は現在雪が降っている。
このままでは二人まとめて風邪をひきそうだ。辺りを見渡すと、車道を挟んだ向かいに公園が見えた。
公園にはドーム状の天井のある蔵のような遊具が見えた。
「…聞きたいことは山ほどあるけど、取り敢えずあそこで話そっか。」
「闇の眷属であるオレに休息など…いや、そうだな。一旦入るか。」
星華も納得した様子で、二人で公園へと向かう。
目についていた遊具の内部に入り、二人で腰を下ろす。
「ひとまず、ここで凌ぐか。」
一息ついた所で星華の方から話を切り出された。
さて、山ほどある話したいそれらを何処から話すものか。
入ってきた穴から見える雪の落ちる様。落ち切った雪を見届けてから、星華の方に目を向ける。
「星華…背伸びたね。」
今言うべき内容であるかは分からなかったが、何となくそこから話を切り出した。
改めて眺めると彼女の変化を確かに感じる事ができた。星華は、どちらかと言えば小柄な方だった。同世代の女子と比べ背が高い私と並ぶとその差は大きいだろう。
しかし、私が最後に星華を見たのはもう数年前だ。成長期を迎えたその身体の変化は私にとって十分新鮮であった。
「ん、そうか?オレとしてはもう少し背が…いや、あの頃と比べたら伸びた方なの…か?」
自分の頭上で掌を開いて不満そうな声でこちらに問いかけてくる星華。もしかしたら星華は自分の背に満足いってないのかもしれない。私は逆だが。
「えーと、私はほら、結構発育良い方でね。背もだいぶ伸びたから星華みたいな身長も羨ましいけど…ってそうじゃないや。」
たははー、喉から口癖であった笑い声が発生される。
「ふっ、まぁ、所詮背など人間スケールの愚かな指標。闇と共に生けるオレには…ん、背ってもしかして重要?そう言えばハイラちゃん以外三人は結構背が…」
小声で何かをぼやく星華を見ながら、私は自然とこのやり取りに懐かしさを感じていた。つい先程まで学校にいて一人考えに耽っていた事が遥か昔の事のように感じた。それ程までに、何転にも転がり回るこの出来事の連続に、私は満たされていたのだ。
できる事なら、いつまでもこうやって話し合って、笑い合って、満ちていたい。だけど、私の脳裏にはこれからの現実がチラついた。
気づけば、それなりの時間が過ぎていたようで、降っていた雪も止んでいた。そろそろ帰らなくては行けない時間だ。
「…そろそろ、帰らなきゃだね。」
私はそう言って遊具の中から外へ出て立ち上がる。その瞬間、ブワッとした寒気が身体を包み、思わず身体が震えた。
「寒っ。」
その後続いて星華も遊具から出て、私の隣に立った。それから不思議なことに私の身を包む寒気はゆっくりと溶けていくように丁度良い暖気が感じられた。
「あ、あったかい。」
思わず声に出すと私の横から星華の笑い声が聞こえた。
「フッフッフ。」
そう笑うと星華は人差し指を徐に突き出した。その指先にはビー玉位の大きさの赤い球体が淡く輝いていた。
指先に浮かぶそれからは確かに熱を感じ、なるほど先程まで雪の降る中寒さに震える事なく話せていたのは星華のお陰であったらしい。
校舎に居た時、窓越の飛来物を連想する。あれは魔法実技の授業で炎魔法の適性を持つ先生が見せたものと類似していた。
「星華ってさ、魔法適性どのくらいだったっけ?」
適性に関しては小学生の頃に一度話した事があった。その時の星華の魔法適性は炎属性のDであったと記憶している。
しかし、その記憶と今の星華の姿がうまく繋がらない。Dランクでは彼女が語った通り軽い火種になる程度の炎しか出せないはずだ。それが、ここまで器用に魔法の出力を操作できるのはどう言った事情があるのか。
「ん、そうだぞ、オレは炎の適性でD…だがしかし!それは深淵の追跡者から真の姿を隠すための…ための…ため…。」
意気揚々として話し始めた星華は、唐突にその言葉を止めて「ため…ため…」と繰り返して口をパクパクと開き、やがて停止してしまった。久しぶりに見た星華の
「えと、星華?おーい、起きてー。」
星華の顔を覗き込むようにしてみた後、その眼前で軽く手を振り、覚醒を促す。
今の話した内容じゃ、ちょっと星華との会話にブランクがあり過ぎて翻訳が難しい。
「今の段階で俺の適性上がってるの明かしちゃ駄目…あれ?…はっ!な、何だ!追跡者なんてとうの昔にオレがこの手で葬ったぞ!」
な、なんか分からないけど、取り乱してる様子だ。急に汗を流して首をブンブンと振ってこちらに何かを訴えてくる。少し考えてから、取り敢えず私はその事を忘れる事にした。だって星華が必死そうだし。
「うん、取り敢えず忘れるよ星華。」
「え…フッ、記憶とは所詮全て踏みしめた後の過去と言う名の大地。
あー、なんかわからないけどオッケーらしい。そのまま私たちは家に帰る事とした。
□■□■□
「…今更だけどさ、なんで私の家に?」
雪を凌いで、それから帰ることにした私たちだったが、なぜか私は星華と共に自分の家へと向かっていた。
昔はよくあった事だ。放課後になって仁と星華と私で、大体仁か私の家に寄って遊んでいくことが日課だった。
しかし、星華とは久しく会って一日と経って無いのだ。
心の準備というか、整理期間が欲しいのが本音だった。
それに、私の話を聞いて急に家に行くと言い出したが、どういう理由なのか見当もつかなかった。
「ん?いや、せっかくだから
横から星華が見上げて答える。恵美とは私の母、建人は父の名前だった。意外と言ったら失礼かもしれないが、星華は常識的だ。急な奇行や突飛な発言を行うことがあれど、人に危害や被害を与えるような行為を行うことは無かった。
むしろ私達の気付かない点まで配慮や注意が出来る、視野が広いとも言えた。どうしたらこの性格と言動で礼儀を弁えるような態度を取れるのか、その教育の全貌が子供ながらに気になったが、星華は頑なに両親を私達の前に見せようとしなかった。恥ずかしがることも無いと思うが、むしろ星華に羞恥の感情があるとは思えなかった。
「迷惑じゃないと思うけど…ちょっと確認してみるね。電話、良い?」
そう言って私は星華の訪問を一応連絡をすることにした。こくりと頷く星華の反応を確認してから携帯を取り出し自宅に電話をかける。四度のコールを終えて、携帯から返事の声が聞こえた。
『はい、桜堂です。』
聞こえてきた声は男の声、父の物だった。珍しいことに今日は既に帰宅済みであるようだ。
「もしもし、お父さん。私、飛彩だよ。」
返事をすると少し間を取ってからお父さんが言った。
『…飛彩?どうして電話を?授業はどうしたんだ。』
その言葉に私は、あっと声を漏らす。そうだ、星華に会ってからゴタゴタに巻き込まれた事や、久しぶりの会話に忘れていたが、平時なら今日は塾位に行って、今の時間は丁度授業を受けてる時間だ。
お父さんの困惑はそれ故だった。やってしまった。私は手早く謝ると星華と会ったこと、気づくとこんな時間になってしまったことを伝えた。
話を聞き終えたお父さんは、呆れたような溜息の後、静かに話した。
『はぁ…いいか、塾の授業料や時間だって
お叱りの言葉であった。私はもう一度謝罪の言葉を告げる。
「ごめんなさい……」
それからお父さんは再び溜息を吐いた。今日も仕事で忙しかったのだろうか、最近は今までに増して忙しいと、お母さん経由で話されていた。それも、私の受験への準備に伴って増えた苦労だろうか。
『…もう時間も遅いし、外も冷えるだろう。そこからならウチの方が近い。暖をとる意味も込めて、一度星華ちゃんを連れてきなさい。幽川さんのお宅にはこっちで連絡しておく』
そう言うとお父さんの方から通話が切られた。私が携帯を耳元から話すと、少し心配そうな表情でこちらを伺う星華の姿があった。きっと、今の会話を聞いて何かを察したのだろう。
「…もしかして、既に迷惑済みだったか?」
内容を全て聞き取れた訳では無いだろう。しかし私の会話相手であろう両親から叱られた事は私の反応で分かることだ。何だか恥ずかしくて、誤魔化すように短く笑った。
「たははー…ごめんね、今両親とすれ違ってるって言うか、あー、ほら、進路の事とかで、お父さん達ピリピリしちゃっててさ…。」
何度も擦られたマッチがうまく点火しないように、独特の焦げた匂いが漂うのが我が家の空気であった。
「…そうか。」
それだけ呟くと、星華は何事もなかったように前を向いて、それから何か悩ましげに眉を顰めていた。
…気を遣わせただろうか。家族との不和、とまでは行かないかもしれないが、それでも大分プライベートな話だ。
それから二人の間に会話が発生しないまま、足音だけを響かせた。
横を歩く星華の表情を伺うと、星華は何か考え込んでいるのか、空を見上げていたため、よく見えなかった。
「…なぁ、飛彩。一つ聞いていいか?」
星華は不意にそう言った。目線を空から私の方に移して、私の目を見つめていた。
「う、うん。いいけど。」
普段から妙なテンションで話す星華は、真剣な目をしていて、私は思わず言葉を詰まらせた。
「飛彩の家、行っていいか?」
「え?」
唐突に告げられたその言葉に、私は再び呆然と口を開いた。