Aマイナーでヌリカベを裂く、
Eメージャーでロクロクビを切断、
Dマイナーでバケネコの大群を横一閃、
背後の地面から浮かび上がるカッパをカッティング気味に薙ぐ、
「音撃斬、雷電斬震っ」
2メートルあろうかという刃でバケガニ3匹を串刺しにし、一気に消し去る斬鬼・輝。これだけの魔化魍を斬撃したにも関らず、斬鬼斬は鈍るどころか一層光彩を増している。
「どうした、てめえら物足りねえぞ、」
そんな斬鬼・輝の背後を急降下で襲い来る3つ首の魔化魍、全長7メートルのカマイタチ。口に三日月型の光刃を咥えて斬鬼の首を狙った。
屈んでスレスレで躱す斬鬼・輝、
屈折した義足から露出するミサイル、
発射、
急上昇していくカマイタチの腹部に深々と刺さるミサイル。弾頭には烈斬と同等の鬼石が装着されている。
「音撃斬、雷電共震っ」
斬鬼斬を構え16ビート、
空中炸裂するカマイタチ、だが頭一つ分裂して再び斬鬼・輝へ向けて急降下、
「オレに憑ける薬はねえぜ!」
縦一文字、
Dマイナーと共に左右に切り裂く斬鬼・輝、切り裂かれると共に塵と化す一頭のカマイタチだった。
「ヒビキ、どこだ、ヒビキぃ!」
魔化魍をかき分け自らの道を作り前進する斬鬼・輝だった。
「いくよ、」
「待ちなさい、私も変身してから、」
「うん、どうとでもしてくれればいいよ。ボクは行くから。」
音笛を構えるあきらを置き去りに、勝手に結界の中に踏み入っていく真響鬼・紅、即ち明日夢少年。
一斉に振り返る魔化魍、 魔化魍、魔化魍、
瘴気溢れる蠱毒の大地、あの6人の鬼達が突入しても、共食いに夢中だった魔化魍が、明日夢が脚を踏み込んだ途端一斉に振り返り凝固した。
「みんな分かってるようだね。ボクという存在が。」
大地より浮かび上がって立ちはだかる、
フォォォォ
吠えるそれは、身の丈2、2メートル、頭の上に先立った両耳、大きく突き出た鼻と口、イヌ科の特徴を備えた頭部が金属鎧を着込んだ人間の胴の上に乗って円月刀を構えている。魔化魍の名はサトリ。
「オマエ・・・」
サトリの刃は真っ直ぐ真響鬼に向かっている。
「知性が残っているんだ、ふ~ん。」
枹を腰裏から取り出し構える真響鬼。サトリも又円月刀を構える。
互いに突進、
急接し互いの武具が交差する、
やや枹の方が速い、
枹を腹部へ一撃する真響鬼紅、
「あれ?」
だがサトリにダメージは見られない。苦痛の表情すら無い。堪えている様すらない。
「オマエカ・・・・」
余裕を以って、大上段から刀を振り下ろすサトリ、
胸を抉り、吹き飛ばす、
頭から転倒する真響鬼、
「なにやってるの!」
叫んだあきらはただ漠然と両者の戦いを眺めていた訳ではない。真響鬼・紅の左右から襲いかかったカシャとバケネコ十数匹に音撃管を撃ち込み、今真響鬼が倒れ追い討ちをかけようとするサトリに対し、弾倉を徹甲弾に切り替え応射、足留めしている。
「おっかしいなぁ」
呑気に舌打ちする真響鬼の胸元から腹部にかけて切り痕が大きく裂けている。
「貴方は自分が分かってないのよ。強くなった気分になってるだけなのよ!」
そんなあきら変身体のやや呆れたような声を受けても平然としている真響鬼。
「失敗失敗、」立ち上がって裂けた傷を気合一つで癒着させる。「ちょっと音撃を忘れただけじゃないか。大丈夫大丈夫。」
余裕を以ってあきら変身体の肩に手を置く。でも、と振り返るあきら変身体を押し退け叫ぶ真響鬼。
「金砕棒!」
真響鬼が一振りすると枹が釣り鐘を形成し棒状に巨大化。あの響鬼が最期に命に替えて形成した武器をいとも簡単に形成した。
「なに、この子・・・・」
「オマエナノカ・・・」
唖然とするあきら変身体を余所に、円月刀を大上段に襲い来るサトリ、
一撃、
横薙ぎする真響鬼、
円月刀と撃ち結ぶ金砕棒、結んだと思った刹那円月刀もろともサトリの両腕が千切れ飛び、なお金砕棒の勢いは止まらない、
「灼熱真紅!」
そのままサトリの側頭部を撃ち、体毎もっていく。
ブェェェ
もっていかれた先は同じ魔化魍ヌリカベ。全長8メートルを越える巨大な樹のようなそれがサトリの衝突で足元を掬われ前倒し、サトリを圧し潰しつつも自らも消え失せていく。驚くべきことに真響鬼の生んだ音撃は、直接撃ち込んだサトリだけに留まらず、接触したヌリカベまでも消失させた。
「スゴイ・・・・・」
やや放心して見とれるあきら。
ウァンウァン、
ゴェェェェ、
ンキィンキィ
「危ない!」
しかし十数の魔化魍が続け様に真響鬼に襲い来るのを見て取って慌てて音撃管を構えた。
「大丈夫、今のボクは大丈夫、現実がボクに跪いてる、」
だが微動だにしない真響鬼、徐に金砕棒を逆手持ち、垂直に地面に打ち込んだ。
「音撃打、灼熱真紅」
いくつもの鬼石が共振した一撃が地面に伝わる、地面に伝わった音撃は魔化魍の足下から肉体へ流れ込み、風船が割れるように一斉に炸裂。真響鬼・紅を中心とした円形の一帯がぼっかり空白と化した。
「それが貴方の力、」
「真の力が引き出されれば、やっぱり思った通りに行くんだね。さあ、行くよ。響鬼さんの元に。」
「音撃斬」
一閃でノツゴを粉砕する斬鬼・輝。
「ヒビキぃぃぃぃ」
斬鬼斬はただの一撃で魔化魍を葬り去る。圧倒的な数を前に一撃必殺を極めた武具は斬鬼の唯一の拠り所となる。
ヤマビコを突く、
「ヒビキぃ、オレは負けねえ!」
だがヤマビコは息絶えない。それどころか一撃必殺の斬鬼斬を肉に食い込ませるように掴んで固定した。
「クソがぁ」
これで斬鬼の動きが停滞する事になる。
その斬鬼に伸し掛かるように襲い来るのは赤いヨロイグモ。
斬鬼斬より音撃震を外す、
「小賢しい!」
外して再装着するのは義足の腿、同時に膝から踝までの装甲が着脱、足には巨大な鬼石が組み込まれている、
跳躍、上へ飛び退く斬鬼、
斬鬼を逃し前のめりになるヨロイグモ、
「ザン、キッック!」
真上から蹴撃を貫通させる斬鬼、
頭上からの衝撃で、クモの脚が軒並折れた、
「音撃斬!」
ワンストロークで破裂、
音撃は先のヤマビコもろともヨロイグモを炸裂させた。
降り立つ一本の脚、
肩で息をする斬鬼、
「オレは、オレは、」
だがその衝撃は、斬鬼の義足すらも損失させる。片足で仁王立ちする斬鬼の背後から、バケネコの大軍が降ってかかる。
「ヒビキに、」
数十のバケネコの山に埋もれていく斬鬼、
「ヒビキには、」
バケネコがヨダレを滴らしながら、肉にむしゃぶりつく音がそこかしこで聞こえる、
「ヒビキには・・・・・」
だがある瞬間、バケネコの声が悲鳴に変る、バケネコの山が徐々に縮んでいく、山から逃げ出そうと必死でもがくバケネコは、なぜか逆に山の中心に向かって埋もれていく。
「ヒビキには負けねえ!」
吸収していたのである、
斬鬼の肉体に埋もれていくバケネコ達、斬鬼の義手がポトリと落ち、片足と片腕が蠢いて生える。
っっっっ!
その斬鬼の叫びは、既に人間のものではなかった。
赤いイッタンモメンの大軍が真響鬼・紅の頭に影を差す。
「ヒビキさん、見て。今のボクを。」
あらゆる方向から急降下、紅い衝撃となって一閃、急上昇、真響鬼の肉体をすれ違い様切り刻む。
「あんなに偉そうだった現実が、」
為すがまま弄ばれる真響鬼。しかしなぜか余裕が伺える。
「ボクに傅いてるよ。真響鬼・葵(あおい)!」
叫んだ刹那、真響鬼の肉感に変化が起る。筋肉が細くシャープに絞り込まれ、体格が一回り縮む。体色もまた紅から青、即ち葵へ。
「みんなボクの掌の上だ、」
跳躍、
上昇するイッタンモメンを一跳びで追い抜き、もう一匹のイッタンモメンの背に乗る、途端真響鬼に向かって体当たりを敢行するイッタンモメンの大軍、しかし既に真響鬼は残像、ただイッタンモメン同士が衝突し合う。
「目で追えない。」
あきらは驚愕した。真響鬼の動きを捉えきれない。
「バカみたいだよね、」
「いつのまに、」
さらに驚愕する事に、いつのまにかあきらの背後に立っている真響鬼。徐に後背より枹を一本取り出す。
「音撃坤」
屋久島の御神木より削り出した棒が細く長く伸びていく。全長3メートルまっすぐ伸びた御神木に青く灯る鬼石が一つ、これが音撃坤、
「もう付けている、後は簡単さ。」
上空数十匹のイッタンモメンの胴にはいつのまにか音撃鼓が。
「そんなに速く、」
あきらの目には消えたようにしか見えない。真響鬼・葵は長き得物を持ちて空へ跳躍する。
打つ、坤を回転、打つ、遠心力を保つ、打つ、打撃の反動で飛び移る、打つ、宙を舞う、打つ、打つ、打つ、薙ぎ払う、
「ボクの勝ち、」
再度あきらの眼前に着地した瞬間、一斉に爆砕する魔化魍、魔化魍、魔化魍。
「後ろよ、」
背後に現れるヤゴのような人型魔化魍、それはウワン、細長い二の腕に対して極端に丸く脹れ上がったハサミ状の前腕をハンマーのように叩きつける。
「うわ」
振り返って一旦構えたがあっけなく吹き飛ばされ、尻餅を着く真響鬼・葵。
「貴方、油断し過ぎよ。」
庇うようにウワンを銃撃で牽制するあきら。
「違うって違うって、この姿は力が出ないだけだって。」
あきらを強引に押し退けて再びウワンと対峙する真響鬼。
ウワンもまた再び前腕を殴りつける、
受け止める真響鬼。
片腕で受け止めた瞬間体色が葵から紅へ、体格も一回り膨れ上がる、
ウワンはもう一つの腕も叩きつける、
やはり受け止める真響鬼・紅、がっぷり組む形となる。
「ほらほら、見てごらん。大した事無いよこいつ。」
あきらに訴えながら、ウワンの両腕を掴んで引き千切る。
っプギャャャャャ!
ウワンの背中が割れる。中から飛び出す透明な羽根を持つ人型、それはウワンの成虫。一匹ではない。三匹が一つの殻から同時に飛び出す。それがウワンの増殖。
「追えない。」
あきらの言う通り、ウワン3体は超高速で天を駆け登り、一瞬で見えない程の高々度に達した。
「大丈夫。貸して。」
「私の舞香、」
あきらの手を離れ、宙を舞って真響鬼の手に収まる音撃管。真響鬼の神通力は念動の域にまで達している。
「真響鬼・繁(しげる)」
真響鬼の体色が紅から緑へ。同時に天上に向けて音撃管を構える。
「聞こえるよ、ヒビキさん、大気の呼吸、木の呼吸、大地の呼吸、」
真響鬼の五感は周辺数キロの音と風と匂いを把握し、脳内で全情報が同時並列して踊っている。
針、
視認できない上空から細い針が3つ、ウワンが飛ばした毒針、
「明日夢君、」
掴む、掴む、掴む、
あきらが気づいた時にはもはや事態は終わっていた、
「大丈夫、捉えている。」
真響鬼の指の間に3つの針がいつのまにか収まっていた。真響鬼がはるか上空から発射された針を事前に捉え既に掴んでいた。その針を投げ棄てて、天空を見上げる真響鬼・繁。
放つ、3連射、
「音撃鳴を。」
事態に着いていけないままのあきらのバックルがひとりでに外れて宙を浮き、真響鬼の手に収まる。ベルとして管に装着。
天掲げる音撃管、
「あれは、」
真響鬼が見上げた方向を同じく見上げるあきら、黒い点が三つ見えてくる。
吹く、Bb調のストレートな音色が鳴り響く、
炸裂、
真響鬼の頭上間近で炸裂するウワン3匹。
「どうして、いつペットを覚えたの?」
体色を紅に変えつつ、音撃管をあきらに投げる真響鬼。
「うん、なんとなく、」
そう言ってもはやあきらになど興味無さげにあらぬ方向に視線がいっている。同じ方向に振り返るあきらが見た物は、一匹の、大剣を抱えた魔化魍。
「あれは、ザンキさんの烈雷、じゃあザンキさんはやられたって事?」
植物のツタを体中に巻き付けたような魔化魍は、まさに斬鬼の得物一撃必殺の音撃斬を片手に悠然と真響鬼へと歩み寄る。
「いや、」酷く声のトーンが低い真響鬼。「ザンキさんは殺されていない。あれがザンキさんだ。」
「そんなはずないじゃない・・・」
信じられない事をいう真響鬼の行動を目で追うしかないあきら。
ヒビキ・・・・・
唸るように一つの単語をくり返す魔化魍。
地面に刺していた金砕棒を手に取り、その魔化魍と正面から対峙する真響鬼・紅。
ヒビキっ!
吠えながら振るう、烈雷を上段から、
受け止める金砕棒、受け止めるが真っ二つ、
「なんて事するんだ」
肩口へ斜めストレートになだれ込み、三角筋を裂き、肩甲骨を裂き、大胸筋と広背筋の半ばへ食い込む烈雷。
ヒビィィィィ
「ザンキさん、ヒビキさんは越えたかもね。」烈雷を体半分までで食い止めてるのは真響鬼の腕。「でも、ボクはヒビキさんじゃないよ。真響鬼・輝(かがやき)!」
真響鬼の体格一回り脹れ上がる。骨格をそのまま関節単位でマスが肥大化、体色もまた光輝く無機質の銀へ。その銀の輝きに斬鬼斬の動きも止まった。
烈雷を肩腕で引き上げる、手に持つ魔化魍ごと持ち上げあっさり引き抜く。宙ぶらだったもう一方の腕が肩へと癒着、ついには魔化魍を抱えて投げ飛ばし、烈雷をもぎ取った。
をぁぁぁぁ
起き上がって再度真響鬼に絡み付こうとする魔化魍。
「ボクには勝てないよ」
取り上げた烈雷を突き出し刺す、
翻って弾く、
「なに、こんな激しい、音撃斬まで、」
そのビートはあきらも明日夢自身も聞いた事がない、轟鬼が奏でた事がない旋律。だがそれは、紛う事無き真雷電斬震。
炸裂、
炸裂するツタ、外皮が拡散し出でたのはやはりヒト、やはり、全裸のザンキだった。
「ヒビキ、・・・・そうか、ようやく、オレは死ねるんだな」と何を悟ったか、よろよろと背を向け、ある一点を指差す。「ヒビキ、魔化魍の根源を断て。」
俯せで倒れる戦人の最期だった。そう彼はただのヒトだった。
「そんな、・・・・、どうして、ねえどうしてザンキさんなの」
あきらはただ漠然と狼狽えている。全てを考えたくない態度を取っている。だが真響鬼は残酷に言い放つ。
「それは分かっているだろ。それより、」そうして全裸で倒れるザンキのさらに先を見やる。「どうやら魔化魍も観念したようだね。」
あきらも見やった。まるでそれは特異点に空間が吸い込まれるかのような映像。はるか彼方、ある一点に向かって、この浅間一帯にはびこっていた魔化魍という魔化魍が雪崩れ込んでいく。一点、それはオトロシ。オトロシに全ての魔化魍が吸引されている。
「オトロシ?」
「見てごらん、やっぱり生きてるんだね魔化魍も。ボクに殺られるよりも、オトロシの中でもいいからその存在を残したいんだ。生きたいんだ。笑っちゃうよね。」
烈雷を投げ棄て、体色を銀から赤へ戻す真響鬼。
「・・・・・・・、打て、てめえを響かせろ、・・・・・仁志・・・・」
光の塵となって拡散していくザンキを全く意に介していない真響鬼。ただ悠然とオトロシに向けて歩を進めていく。
「見て、安達くん、あれは、」
サイのごときツノ、短い四肢は亀のごとく分厚い外甲殻の中に収まっている。その甲殻になにやら大の字の文様のように貼り着いているモノがある。あきらはそれが人に見えた。
「ああ分かっている。あれはヒビキさん達だ。」
真響鬼は最初から分かっていた。ヒビキがどこにいるかも、どのような状態にあるかも。オトロシに半ば捕食され甲殻に貼り着いてもがいている、そんな響鬼の姿を真響鬼は既に察知していた。
「イブキ・・・・、意識はあるか・・・・」
オトロシの甲羅に大の字になって貼り付いてる、いや浮き出ているヒビキ。顔は変身を解き、目は精気を失っている。
「ボクの事はホッといてください。ボクはこのまま蕩けていきたいんだ・・・・」
肉体はとうにオトロシに呑まれ、辛うじて顔面だけが浮かび上がるイブキ。やはり精気を失い惚けてる。
「見てみろ、あれがオレ達の意志を受け継ぐ弟子達の姿だ。」
ヒビキの視線の先に近づいてくる二人の鬼。一人は燃えるように紅く、一人は空のように蒼い。
「見えるよ。ヒビキさん達も虫の息だ。」
明日夢達もまたヒビキ達を視認した。
「やあ、情けない姿を見せてしまったな。」
オトロシの甲羅に大の字になって貼り付いているヒビキは言った。
「ヒビキさん、その苦しさから解き放ってあげるからね。」
そう言って明日夢は烈斬を構えた。
「それはオレを殺すって事か。」
「違う違う。ヒビキさんを浄化してあげるんだ。僕の手でね。」
「図々しい事を言うようになったな少年。」
「図々しい?なんで?!僕は今鬼なんだ、鬼は魔化魍を清めなければならない。」
「何故清める必要がある。オレは分かったんだ。実は魔化魍は人間を食う事で自然界を浄化しているのだと。この世界を本来の姿に戻そうとする大自然の意志だという事を。全ての音の果てに魔化魍がある事を。」
項垂れる真・響鬼。だが烈斬の握りはむしろ強まる。
「そうか、もう魔化魍に意識を乗っ取られてしまったんだね。あんなに優しかったヒビキさんがそんな事言うはずないもの。」
「少年、幼いぞ。だから現実に立ち向かえないんだ。」
「関係ない!」明日夢の感情は怒声となって顕れる。「確かに魔化魍は大自然の意志かもしれない。でも人間の命を奪う事でしか本来の姿を取り戻せないなんて哀しい事があってはならない!魔化魍はあってはならない!」
ヒビキは微笑んだ。
「そうか、立派になったな。」
「ヒビキさん?」
「そうか、そうか、よくそこまで自分で考えたな。それが聞きたかった。」
「ヒビキさん・・・・」
「オレが魔化魍を抑えている。さあ、オロチに選ばれた者の全てをオレにぶつけてこい。」
それを聞いた少年明日夢は、ますます烈斬を握り締めた。
「行くよ、ヒビキさん、」
しかし少年明日夢はもう少し考えるべきだった。魔化魍に呑まれつつあるヒビキは、今一度として‘少年’と呼んではいない。
「油断だ、オロチに選ばれた者、」
それは一本の枹、
宙を何処からか現れ、一直線に音撃震斬撤を貫通、音撃斬烈斬は死んだ。
そしてもう一本の枹、真響鬼・紅の心臓に突き刺さる。
「ヒビキさん・・・・、そこまで堕ちたか。」
「人の命は大自然の意志の掌の上でこそ尊い。あってはならないだと。それは人間の傲慢だ。」
ヒビキは、魔化魍と対峙した時と同じような厳しくも頼もしい視線を、真響鬼・紅に向けた。
「イブキさん、今お助けします。」
オトロシの甲羅に顔面だけが浮かび上がるイブキを目にしたあきら変身体は、居たたまれず音撃管を向ける。
「そう、君はそうやって必ず強がったね。穢れた現実、惨めな事実、見たくない真実から目を逸らす時、そうやって自分を飾って、他人に押付け消し去ろうとする。」
「私は、そんな人間じゃありません!」
思わず発砲するあきら。放たれた弾丸はオトロシの甲羅を弾いて、イブキの頬に一線切り傷を入れた。
「そう、君は僕を決して撃つ事はできない。君が僕を師以上の感情で見ている事を僕は知っていたよ。」
「やめて、やめてください!」
「いや、僕等はただお互いになにもかも誤魔化してきただけだ。僕はそんな弱い自分をこの姿になって自覚したんだ。君が僕とテントでいっしょに寝ている時、君の心拍数が僅かに上がっている事も、耳が赤くなっている事も、僕は見て見ないフリをしてきた。そしていつのまにか僕の二の腕にその小さな丸い頭を預けると、寝息が少し変わるんだ。」
「そんな事ありません!」
「そして僕の汗を無意識に嗅いで、君はオンナとしての感情を沸き立たせる。少し背伸びした感情、僕に何をされるか想像して、悦びを覚えていた。僕はそんな君を見て唇の渇きを感じたよ。どんな風に犯してやろうかと。」
「そんな、そんな事を言うのはイブキさんじゃありません!」
「君は結局目を逸らすんだね。僕の育てた弟子は、結局僕と君とのホントの関係、現実を認められなかった。僕はそれを乗り越えた。こうなる事でね。君も乗り越えてほしい。いいんだ、僕を欲情のまま求めても。何も負い目を感じる必要はない。」
乱射する音撃管、しかしオトロシの甲羅は依然弾を受け付けず、イブキの顔面には一発も近づかない。
「できません!私にはイブキさんを撃てません!!」」
オロオロと泣き出すあきら、音撃管を捨て、イブキの顔に近づいて頬擦りした。
「君はやっぱり、僕と同じ、強がりなだけの弱い人だ。」
「ホントに・・・・やっちゃったね、ヒビキさん・・・・」
「この世に生まれさせられた事を失望するがいい。魔化魍に食われる役目を拒絶して、無駄に死に向かう命となってしまったこの世のヒトの生を呪うがいい。」
真響鬼の胸に一本の枹が貫かれている。
「体に、穴が空いちゃった、」
体と音撃弦に刺さった枹を強引に引き抜く真響鬼。
「このオレにもたれ掛ってなければ生きていけないおまえよりも、オレの方が生きた方が賢明だろ。」
「やっぱり、そうなんだ・・・・」
「そうだろ。」
「そうだね。」体に空いた穴が一瞬にして塞がる。「そうだね。やっぱりボクがヒビキさんを飛び越えていく事がくやしいんだね。」
手にした二本の枹が一瞬で金砕棒と変じる。
「なにを言ってる、」
「もうボクはヒビキさんを必要としない。たとえ今のヒビキさんがホンモノのヒビキさんでも、もうボクの頭の中にはボクのヒビキさんがいる!」
「なにを言っているんだ、」
真響鬼猛然と突進、その目指す先はヒビキ、ヒビキのバックル、バックルに備え着けられた音撃鼓、
「音撃打、真、爆裂真紅っ!」
打つ、
そのリズムは心拍に等しい、
徐々に上がるリズム、徐々に上がる脈動、
時に半拍で連打し、時に一拍空ける、
その間も心拍は上昇を続け、あるピークを迎える、
そこで静止、手を止める、
連打で抗力を付けつつあるオトロシの甲羅が休む間合い、しかしダメージが抜けてはいけないギリギリの間合いを見計らって、
「えいやぁっ」
渾身の二打!
「愚かな事を!」
それがオトロシであるヒビキの最後の絶叫であった。
「イヤな事なんかみんな消えちゃえ!」
音撃鼓より罅が甲羅全体に渡って走り、罅の隙間から光が溢れ出ている。いままで岩のように感情が見えなかった魔化魍が初めて発した極低音のそれは悲鳴。
今オトロシが爆砕する。
「ありがとう。オロチに選ばれし者。」
「ありがとう。」
それは爆風の中心。砕け散ったオトロシの中より現れる二つの影があった。
「え・・・・・」
明日夢が蓋をしようとした現実よりもさらに暗く恐ろしい現実が今牙を剥こうとしていた。