仮面ライダー真・響鬼SPIRITS   作:bassher

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十の巻 明日なる夢

 

 

 

「ありがとう。選ばれた者。」

 

「ありがとう。私達は生まれる事ができました。」

 

 思わず金砕棒を落す真響鬼・紅。オトロシの殻は粉々に砕けて周囲に散乱し、あきらもその爆破で飛ばされ全裸で伏している。

 

「誰だ、」

 

 爆風の中心から裸体で起立する男女が現れる。共に細身で髪がストレートに長く、ごく無難に人間のパーツで構成されているにも関らず人外の怪しさをどこからか醸し出している。女の方はあの妖姫にうり二つだ。

 

「妖姫と私で魔を作る。」

 

「童子と私で子を産む。」

 

「片割れだけになって紛い物しか作れなかったが、これからは違う。」

 

「片割れだけにさせられて大変やったわ。」

 

 童子という男、妖姫という女、これが魔化魍の元凶。

 

「オロチに選ばれた者よ。おまえを選びこのオロチを完遂する為にツチグモから最強の鬼の力を与えた。」

 

「オロチに選ばれた者が、刃で刺すのでは無く、棒で殻を砕く必要があった。」

 

 つまり安達明日夢が培ってきたいままでの修行も鬼となった今の姿も全ては最初から仕組まれたものだった。

 

「オロチに選ばれた者は、鬼としてオトロシの殻を砕く事がその役目。」

 

「オトロシの殻を砕く者がいなければ私達は生まれてくる事はできない。だから、ありがとう。だけどその役割を終えたおまえは、もう要らない。」

 

 つまり今の明日夢の自信は、全て幻だったのだ。

 

 ぁぁぁぁぁ!しにぁたぁくぅぅ!

 

「天美さん・・・・」

 

 頭を槌で打たれたような重さを感じつつ眺めた先は、あるいは無意識に助けを求めてしまった先にあるのはもがき苦しむ少女。目と鼻から体液が、同時に内臓の中身が上と下の両方から溢れ出て苦しむ全裸の天美あきらだった。圧倒的な存在を前にして死の恐怖と苦痛を味わっている。

 

「そんな・・・・・・」

 

 そして、いつのまにか明日夢は真響鬼・紅ではなくなっていた。ただの裸体のか細い少年は、童子と姫の圧倒的な存在に、体の芯が削られていきそうな怖気に苛まれる。

 

「要らないから、力は返してもらった。」

 

「要らないから、もう処分する。」

 

 冷酷な眼差しが少年に降り懸かる。

 

 ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!

 

 絶叫し、地面に倒れ込んで、土の上でのたうち回る少年だった。体中土まみれになり、涙と嗚咽と失禁が大地を濡らした。

 

 

 

 やはりアスムは乗り越えられなかった、自分のプライド、その抑圧から来る劣等感、劣等感の極端な解放から来る高揚と暴走、自信は常に慢心と表裏の関係にあり、感受性の鋭さと慈愛と誠意を麻痺させてしまう、

 

 それははるか上空から明日夢を見下ろすハガネタカ。

 

 だがあのアスムに全てを賭けなければならない、

 

 急降下、ほぼ直線の軌跡で向かうその先、今まさに少年明日夢を手に掛けようとする童子。

 

「オロチが成った今おまえら古き番いの魔はもう要らん」

 

「オロチに立ち遅れた落伍者は死ね」

 

 一線頬に傷をつけるハガネタカ。

 急上昇する式神を追い撃ち火を吹く姫、逆に翼で扇ぎ返して童子と姫を火達磨にするハガネタカ。そうして明日夢の直上を周回し語りかけた。

 

 君、今こそ立たねばならない、

 

「助けたいって、言ったんだ・・・・、」

 

 童子と姫はこの世でただ二人しか存在してはならない、新たに誕生した童子と姫が、それまでの童子姫と魔化魍を須らく処分する、それが魔化魍の歴史だ、

 

「それをボクは殺してしまった・・・・」

 

 それは魂だけになった魔化魍であるボク達も同じ事、ボク達オロチに取り込まれなかった魔化魍は使い捨てにされるんだ、

 

「ボクは、結局なにもできてないんだ・・・」

 

 だがボク達も生きたいと願っている、なによりこの冷酷な現実を産み出す元凶を今止めなければならない、

 

「なんでボクなの?ボクは結局なんにも力を持っていないじゃないか・・・・」

 

 土まみれで項垂れる少年の肩に舞い降りるハガネタカ。

 

 君はボクが一度体を壊された時、哀しんでくれた、ボク等の生き方を誰よりも理解して哀れんでくれたじゃないか、

 

「そうだ少年、」

 

「ヒビキさん・・・・」

 

 その声はなんとヒビキだった。オトロシの甲羅が砕けて破片となり、その破片が地面に突き刺さり、上半身がなお貼り付いて生きていた。ヒビキは、愛おしそうな笑顔で少年明日夢を眺めていた。

 

「全てのモノに響きがある、」

 

「ごめんなさい、ごめんなさいヒビキさん、ボクは!」

 

「聞くんだ明日夢!」

 

「!!」

 

「安達明日夢という男は、他人の弱さを分かってやれる、魔化魍にすら心を響かせ合う事ができる、オレから借りた紛い物の力じゃない。それがオレの自慢の弟子の真の力だ。」

 

「ボクは、でも、」

 

 その時である、数十の式神が一斉に明日夢の周りに集まり出す。様々な色のヘビ、カニ、サル、カエル、オオカミ、そして空にはタカやワシが。

 

 使うがいい、

 

 数十のワシ群れに混じって、全身玄武岩の質感を持つ鶴の式神が明日夢の前を擦る。その両脚に抱える一本の物体。それは立花勢地郎が吉野より頂戴したあの刀。把からまるで金槌のように鍔が付き、そこから脇差程度に刃が伸びている。『装甲声刃』。

 

「少年、オレの期待が重荷ならもう何も言わん。自分でどうするか考えるんだ。」

 

 今明日夢の腕の届く距離に装甲声刃が落ちている。

 

 君がダメならそれに従おう、君がダメならボク等はここで童子と姫に滅ぼされよう、

 

「・・・・・・」そのハガネタカの言葉と視線、そしてヒビキの温かな視線に明日夢は視線を送り返す。「ありがとう。ボクの事を信じてくれるんだね。」

 

 握られる装甲声刃。明日夢の肉体が光に包まれ、その光に導かれるように、式神全てが明日夢の体に纏わり付いていく。光となった明日夢の影は立ち上がり、刀を振って体の光を祓った。

 

「真響鬼・装甲っ!!」

 

 

 

「そうか、そういう事か。」

 

 装甲声刃を石製の式神に持たせて飛ばした立花勢地郎はヒビキ達が設置したキャンプで、薪に火を起していた。その目に炎が映りこむ。

 

「ある規則が生まれると、それに従う者の間に必ず格差が生じる。童子と姫によって齎された規則は、人を格差の最下層に追い込んだが、人は鬼という者を造りだしそれを覆した。格差の最下層は必ずその規則を覆し、新しい規則を作る。だが新しい規則もまた新たな格差を産む。それが歴史だ。今度は鬼に祓われた弱小な魔化魍がその最下層に位置するようになった。式神となった魔化魍は規則を覆す為に、魔化魍としての生から逸脱した自我を持つようになり、元凶である童子と姫に叛意を起した。」

 

 一本の枝で薪をイジる勢地郎は鉄串にヤカンを通して火にかける。

 

「安達明日夢という少年はもはや魔化魍が最弱の者と見抜いていた。そしてそれこそがオロチを鎮める為の力であり、弱き魔化魍の力を結集する依代の資格だったのだ。我々猛士は、我々こそがもっとも虐げられてきた者という既成概念に囚われ過ぎていた。白髪ができる訳だ。」

 

 ヤカンから見えるかどうかという湯気が立ち上っていた。

 

 

 

「真響鬼・装甲っ!!」

 

 少年明日夢は再び鬼の姿と化す。響鬼・紅を基本として、各部に式神が変化した西洋のそれに近いプレイトメイルが装着されている。特にやや反り上がった肩アーマーが印象的だ。これぞ装甲響鬼。

 

「いまさら」

 

「どうしようという」

 

 己が吐いた炎に塗れ、それをようやく振り払った童子と姫が装甲響鬼と対峙する。

 

「約束してくれ、」装甲声刃を両腕で握り、刃は天上へ立てる。

 

「ボク達も死にたくないのに」

 

「ワタシ達はただ純粋に生まれたかっただけなのに」

 

 左掌を装甲響鬼に向ける童子と姫、両者の掌からは真っ赤な粒子が高速で迸る。

 

「人と関らず君達だけでどこか静かに暮らして欲しい。」

 

 その攻撃をまともに受ける装甲響鬼。響鬼の周囲に散乱した木片が一瞬にして消失し、大地も一瞬で乾燥して砂となって抉れていく。

 

「このまま人も堕落者も食わずに去れというのか」

 

「そんな不純な事はできぬ」

 

 微動だにしない装甲響鬼に業を煮やす童子と姫は破壊光線の威力をさらに増す。

 

「そうか、哀しいよ、自信を持つっていう事は、やっぱりどうやっても残酷な事をしてしまうんだね・・・・」

 

「死ね、我々が生きていく為に」

 

「死ね、純粋な我々の為に」

 

 真響鬼・装甲の体が紅蓮に燃え上がった。だがそれは童子と姫が発する破壊光線のせいではない。

 

「ボクは!」装甲声刃の鍔が少年の魂の叫びを吸引し、刃に伝導する不可解な力へと変換する。「ボクはもう誰も殺したくはないのにぃぃぃ!!」

 

 横薙ぎ、

 

 不可解な力は物理的に刃の届かぬ童子と姫を横薙ぎにする。少年明日夢の哀しき絶叫は、即ち、人が誰もが本来持っている声というもっとも複雑で含意を込められる音撃だった。

 

 絶叫を上げる男女、

 

 装甲声刃が生む音撃の刃は、童子と姫の肉体に触れた先から削り潰していく。男女の念動力も、肉体の力も、肉体が持つ物性的な抵抗力すら為す術無く消失していく己に、ただ絶望の絶叫を響かせるだけだった。

 

 

 

「おはよう」

 

「い、イブ・・・・」

 

 あきらが正気に返ったとき、彼女を見つめていた視線は、やはりいつものようにイブキだった。ヒビキと同じくオトロシの甲羅の破片に貼り付いて、顔半分だけで辛うじて生きている。

 

「どうやら君の許嫁は相当な人物らしい。ボクはもう思い残す事はない。」

 

「!、オトロシは!」

 

 イブキの顔に赤子のように泣いて縋りついたあきらは、そのままイブキの顔に埋もれるようにオトロシに呑まれようとしていた。しかし、真響鬼の音撃はオトロシの殻を破裂させ、あきらも吹き飛ばされた拍子に変身が解けて地面に全裸で転がった。その後は童子と姫の存在に圧迫されもがき苦しみ、正気に返った時は全てが終わっていた。

 

「大丈夫、大丈夫。そうか、ヒビキさんの大丈夫はこんな気持ちで言っていたのか、ハハ、」

 

 半分しか無い顔のイブキの目はこれまでに無い程情に満ちている。

 一方、記憶を整理したらしいあきらは、宿題を忘れて教師の前に立つ生徒のように俯いた。

 

「イブキさん、申し訳ありませんでした。イブキさん、ワタシ、鬼に徹し切れませんでした。」

 

「いや、それよりボクは君に酷い事をしてしまった。」

 

「あれは、魔化魍が言わせたんです!」

 

「いや、たぶんあれもボクの本心だったんだ。勇気の無いボクのね。でも今この瞬間でもボクはこう思うんだ。君を弟子にして良かったと。一片の後悔も無いと。」

 

「ワタシは、ムザムザイブキさんを死なせて、」

 

「それはいい。それより、ボクはただ、君の記憶の中でいい思い出になればそれで満足だ。そう思ってくれるかい?」

 

「ええ、ええ!貴方は今この瞬間もワタシの一番大切な人です。これからも!ワタシ、かすみさんになんて、」

 

「アレはもう覚悟している、それにボクの代わりはもういるからね。大丈夫、大丈夫。」

 

「イブキさん、ワタシにもっと教えてください、ワタシを独りに、」

 

「大丈夫、君は強く生きていける。じゃあ、ボクはいくよ・・・・」

 

 目を閉じるイブキだった。あきらはその意味するところを理解したが、涙が溢れてくるのは必死で我慢した。

 

「お疲れさまでした!」

 

 

 

 そこにはただ一片の肉塊しか無かった。

 頭と左肩から左腕一本を残して全てを消失しているのは童子。肉体としての機能をほぼ消失した肉塊に過ぎない。姫はもはや塵一つ残っていない。

 

「おのれ・・・・」

 

 だがその肉塊でしかない童子はなお生きていた。

 

「ごめんよ。このままどこか人と関らないところに行ってくれ。」

 

 真響鬼・装甲にもはや戦意は無い。ただ哀れな姿にしてしまった童子を眺めて後悔の念を禁じ得なかった。

 

「いつか再び・・・・人間の傲慢さを一生忘れぬっ!」

 

 片腕を伸ばして跳躍する童子、それをただ目で追うだけの真響鬼だった。

 

 ありがとう、

 

 力が抜けて刀を落してしまう真響鬼、そして装甲を象っていた式神達が一斉に真響鬼、いや既に線の細い少年でしかない明日夢から離れていった。ただ一匹、ハガネタカだけが残って明日夢の上空を旋回していた。

 

「ごめんよ。君達の想いを完全に叶えてあげる事ができなかった。」

 

 いや、いいんだ、君らしいと分かっていた、

 

「君達にはいくら感謝してもし足りないよ。」

 

 君はボクを立派だと言ってくれた、それだけで十分だ、

 

 そしてハガネタカも大空の彼方へ去っていった。

 明日夢は気力を全て使い果たし、今は荒野と化した大地に倒れた。

 

「よくやった、少年。」

 

 甲羅に貼り付いて辛うじて生きていたヒビキもまた、明日夢の姿をこれまでにない情を込めて見つめていた。

 

「ヒビキさん・・・・ごめんなさい、ボク、ヒビキさんの力になれなかった、」

 

「少年、全てを背負いたいのなら、背負っていけ。」

 

「ヒビキさん、」

 

「オレが死んでも、いつまでもおまえはオレの弟子だ。明日夢。」

 

「ヒビキさん・・・・・」

 

 そのまま失神する明日夢だった。

 

「ヒビキさんもお元気で。」

 

 その明日夢にあきらが近づいてくる。そして倒れる明日夢を抱きかかえた。

 

「あきら、ひとりで大丈夫か。」

 

 甲羅の先が光へ拡散し塵になろうとしているヒビキは先へ進もうとする若人に言葉をかける。

 

「大丈夫です。許嫁ですから。」

 

 空にはいつのまにか朝日が登り、荒廃した浅間の森林を照らす。消え行こうとするヒビキの顔も照らした。

 

「いいもんだな。若い二人の背中を見送るというのは。」

 

 

 

「そうかね、結局生き残ったのは君達二人だけか。でもまあ、オロチに対してはここまでの事は覚悟していたし、君達だけでも良かったよ。」

 

 明日夢とあきらは、テントで待機していた勢地郎に保護され、まずは湯気立つコーヒーの入ったマグカップを差し出された。その勢地郎から事の顛末を聞かれた明日夢は、どう答えていいか戸惑った。その気持ちを目で察したあきらが勢地郎に応えた。

 

「ヒビキさんとイブキさんとザンキさんが、その、協力してオロチを鎮めてくれました。」

 

 明日夢はしばらく呆然とあきらを見つめたが、考え込んだ上、やや肯いたように見られた。それは少年少女の二人にとってウソでは無かったのだろう。だが二人以外の他人から見た事実は果たしてどうだろうか。

 

「ん・・・・そうか。また後で報告書を提出してくれたまえ。はじめてだろうができるね、天美くん。」

 

 あきらは整然とハイと答えた。明日夢は内心、ボクではできない、と感心したものだ。

 迎えの車は結局それから1日後の到着になった。迎えに来たのは青のミニ4駆、香須実であった。関東支部ではオロチの残敵掃討に全人員を投入しており、手空きの人間は休暇だった香須実だけだったのだ。

 あきらは、その香須実のお腹を注視してしまいやはり不快な感情を抑えられない。それでも報告の義務を怠る訳にいかないあきらは笑顔を装った。イブキの死を口にしたそんなあきらの感情を知ってか知らずか香須実は微笑んでくれた。

 

「そう、貴方に見取られて、あの人満足したと思うわ。」

 

 あきらは負けを痛感した。香須実は既に生まれてくる子が強さの根源になって、イブキにはもう寄り掛かっていない。

 だがそんな強い香須実も明日夢がヒビキの死を口にした途端取り乱した。

 

「あの人が死ぬ訳ないじゃない!」

 

 現実の夫と違い、憧れの対象の生死は想像した事もなかったという事だろうか。あきらも明日夢も女性心理というものが分からなくなった。

 

「あの人ね、あの通りバカでしょ。」

 

 たちばな到着後、一段落した日菜佳と対面した。日菜佳は視線をやや上方に向け語り続けた。

 

「私ね、子供が産めないの。」日菜佳はそう平然と言ってのけた。「おかしいのよ。あの人、それでもヒナカさんがいいっす、ヒナカさんがいいっす、て言うの。呆れるでしょ。私、誰かが手綱を引かないとダメだなって、思ったのよ。」

 

 口元が歪んで一筋だけ涙が出た。

 

「それなのに私の方が置いていかれちゃった。ホントバカよね。」

 

 無理に笑顔を作った彼女に、少年明日夢はなにも言葉をかける事ができなかった。

 

「そう、そうなんだ、最後の最後まで気取ってたでしょあの人。」

 

 最後はみどりへの報告にたちばな地下研究室へ。それまでもその時もあきらはずっと明日夢の隣で、いっしょにオロチの報告をしてくれた。

 みどりの態度はいつもと変らず、黙々とキーボードを打ちながら聞いている。

 

「当ててみましょうか明日夢くん、あの人、いつまでもオレの弟子だ、って言ったでしょ。」

 

 明日夢は驚きの表情を示した。そんな少年をチラとだけ見やり満足したようで、

 

「やっぱりね。結局気取り屋の甘えたがりなんだから。大した事もできないくせに自分はデッカイ人間なんだと錯覚して、周りに煽てられて、いい気になってるから、死んじゃうのよ。」

 

 ちょっとその言い方はないんじゃないのか、と明日夢が怒気を顕にしたが、隣のあきらが即座に少年の手を握って耳打ちした。

 

「ああやって泣きそうなのを我慢してるのよ。出ましょう。」

 

 明日夢はあきらに引っ張られるまま外へ出て研究室のドアを閉めた。途端にすすり泣く声が聞こえて明日夢は呆然と聞き入った。だがあきらがなお手を引き、

 

「あまり人のああいう姿を見るものじゃないわ。」

 

 とちょっと大人な事を言った。

 

 

 

 二学期の入学式は、まだ日差しがキツい。

 

「おはよう。明日夢くんなんだかすごくひさしぶりに見た気がするわ。あれ?ちょっと逞しくなってない?」

 

 と校門前で挨拶してくれたのは数ヶ月ぶりに明日夢に話し掛ける紀子。

 

「うん。」

 

 とだけ明日夢は答える。その紀子が急に余所余所しく急ぎ足になったのは持田の姿を視界に入れてからである。

 

「お、おはよう明日夢くん」

 

 その持田もまたロクに明日夢に視線を合わせず急ぎ足で素通りしようとする。

 

「おはよう、ね、持田、ちょっと、」

 

 その怪しい行動に疑問を感じた明日夢は持田の肩に手を置こうとした。

 

「てめえいい加減にしろ!」

 

 だが横から割って入って襟首を掴まれてしまった。目を血走らせたその対手をよく見るとやはり同級生の克典ではないか。

 

「どうしたんだよ。」

 

「とぼけるなよ!いい加減気づいてやれよ。もう持田はおまえと縁を切りたいんだよ!」

 

 ?

 いったいどういうシチュエーションでそんな展開になったのか理解できない明日夢。

 

 校門前だぞ、克典、

 一発カツンとやってやれ、そうすりゃ懲りるさ、

 ハハハ、青春だな、

 

 同じ登校する生徒達がこの騒動に寄り集まってくる。ほとんどがおもしろ半分の興味本位だ。一番酷いのは担任で、一目で暴力沙汰と分かるにも関らす、笑い事と思い込み、あるいはそう装って足早に職員室に行ってしまった。

 

「ごめんなさい!私が悪いの!」

 

 持田は泣き出しその場にしゃがみこむ。

 

「いいか、オレと持田がつき合いはじめたのはな、そもそもおまえが持田に冷たいって相談されたからなんだぞ。つまりおまえのせいだ!おまえのせいなんだ!」

 

「言っとくけど明日夢くん、私、ひとみの味方だからね!」

 

 以前の明日夢ならただ状況を呑み込むのに四苦八苦し、対手の言われるまま不利な状況に追い込まれたところだろう。しかし、今は違う。おそらく持田は明日夢とつき合ってるくらいに周囲の人間に言っていたものの、夏頃までに忘却してしまい、克典といい感じになったのだろう。だがオロチが終わった事で明日夢の記憶が甦り、克典とつき合っている現実が後ろめたい記憶へと改竄される。そして紀子などと話すうちに、明日夢が未練を残して持田に付きまとっているような集団の錯覚に陥ったのである。だがその根底にあるのはこの場合孤立し立場が弱い明日夢に全ての責を被せようとしている、悪意というよりは甘えである。一人で悩めば甘えと気づくが、その同じ人間が集団として振る舞うとたちまち自省も理性も失ってしまう。特に学校という場は顕著にその理不尽が現れる。そもそも明日夢自身持田とつき合った自覚がなかったし、当然持田に付きまとった覚えも無いのである。理不尽である。

 だがその全てを悟った明日夢は、自分のせいにしないと後ろめたくて仕方ないこのクラスメイト達が哀れに思えた。哀れを覚えれば優しさで示してしまう。それが明日夢だった。

 

「そうか、ごめんよ。」

 

 克典に半ば持ち上げられつつ、明日夢は笑顔を向けてそう言った。

 

「ヤダ、キモい」

 

 持田は思わずそう言ってしまった。ヘラヘラと笑っているように見えたからだ。持田は言ってしまって瞬間悔いたが、紀子や克典も同じように、そんな明日夢の奇怪さに驚いてる事を読み取り、

 

「克典くん、もうホッときましょう!」

 

 と言い放った。これも悪意というよりは弱さの為せる行動だった。

 

「ふん、いいか、持田が収めてくれなきゃオレがぶん殴ってたところだからな!持田に感謝するんだ。行こう行こう、こいつ夏に頭打ったんだよきっと。」

 

 と克典も紀子も呆れた風を装って明日夢に背を向けた。

 地面に乱暴に投げ出され、新学期そうそう学生服を砂まみれにした明日夢だった。

 

「自分でいるってこういう事なのかな。」

 

 自分になろうとする戦いの終了は、同時にさらに苛酷極まる自分であろうとする戦いの始まりであった。

 

 

 

「あんなのノシちゃえば良かったのに。」

 

「そういうの、キライだから。」

 

 校舎の屋上は、朝と言っても夏の日差しを受けて暑い。がほどよく風が吹いてほどよく心地良くなっている。

 そこには今日転校してきたばかりの天美あきらがいた。あきらは先の校門でのやりとりを屋上から見下ろしていた。

 

「自分が変わるって事は、それまでのみんなとの関係も変わっちゃうって事なんだね。」

 

「偉そうだよね君」明日夢は多少バツが悪い。「それより、ボクを置いてくなんてヒドいよ。遅刻するところだったじゃないか。」

 

「甘えないでよ。自分でちゃんと起きなきゃダメでしょ。」

 

「なんだかんだ言って君ホント厳しいよね。」

 

 明日夢も言うようになったものである。

 二人が見下ろす運動場では、新しい学期を迎え教室に急ぐ生徒でごった返している。だが一学期のそれとやや風景が異なり、夏を越えて男女のカップルが顕著に見られる。

 

「形で心なんて決まるのに。みんな麻疹みたいな気持ちに振り回されてるわ。」

 

「それはちょっと傲慢だと思うよ。」

 

「そう?」

 

 あきらはやや強情な視線を明日夢に送った。明日夢はあきらの強気に少し戸惑ってしばらく考えたが、強く視線を向け返した。

 

「うん」

 

 その強い明日夢の視線を見て、満足したようにあきらは笑みを浮かべる。

 

「ごめんなさい。」

 

 あきらはそう素直に謝って、コンクリートの上に寝そべった。そして明日夢にも隣に来るよう手招きする。

 

「お母様って、いい人よね。」

 

「え・・・・」

 

 と突然言い出したあきらの隣へ尻を着いた明日夢は、唖然と少女の顔を見つめた。そのマヌケな顔にあきらは思わず笑った。

 

「厭味は無いわよ。なんにも聞かずに私をあの家に置いてくれたんだもの。感謝してるし、そりゃ性格はちょっと合わないけど、なんとか上手くやっていくわよ。」

 

 朝の風はあきらの髪とネクタイをヒラヒラと揺らす。明日夢は寝そべりながら、その柔らかく膨らんだ胸元の上で揺れるネクタイの動きを注視して生唾を呑んだ。

 あきらが明日夢に視線を合わせて手を握る。明日夢の心境を見抜いたかほくそ笑んだ。

 

「だらしない人だから、君とは合わない事は分かってるよ。」

 

「ねえ、やっぱり鬼辞めちゃうんでしょ。」

 

 あきらがこんな風に突然話を変えるのもやはり明日夢を試しているからである。

 

「うん。これからの鬼は、弱い魔化魍を倒していくだけになるだろうからね。」

 

 童子を半死の状態で逃がした為、しばらくの間魔化魍が新しく生まれてくる事は無いだろうと明日夢でも分かる。そうなると前の姫が残した魔化魍の掃討こそがこれからの鬼の仕事となる。

 

「なにをするつもりなの?」

 

「わからないや」

 

 明日夢が一夏で手に入れたものは、「鬼にならない」というたった一言だけだった。

 

「ちゃんと一人で断れる?」

 

「う・・・・」

 

「やっぱりね。私もいっしょに行ってあげるから。ちょうど私も辞めるところだし。」

 

「え、でも君は鬼として生活を保証されてるんだろ。」

 

「そうよ。だから貴方のところへ行くんじゃない。それ考えて無かったでしょ。これまでの貯えがあるし、両親が残してくれたお金も大学を出るまでならなんとかあるわ。」

 

 普通の高校生活を選択したあきらは、同時に、眼前の男を社会で立派に生きられるようにするという、ごくごく普通の女の子の夢を持つに至った。

 

「君はとてもスゴかったけどな。ボクなんか・・・・」

 

「やっぱり童子を逃がした事、少し後悔してるんだ。ダメよ。そんな変に責任感じたら、たちばなのおじ様の思う壷よ。おじ様貴方を手放したくないんだから。」

 

「そうなのかなぁ。ボク、結局誰の為にもいい事をしてない気がするよ。」

 

「大丈夫。貴方が童子を逃がしたって事は、それに対抗する鬼も存在価値が消されなかったって事よ。ヒドイ話だけど、猛士の人にとって一番いい結果だったと思うわ。」

 

「んん」

 

「少なくとも私は、こうして存在が消されなかったし、桐矢くんの事も、イブキさんの事も忘れてない。貴方のおかげよ。」

 

「んんんん」

 

 校舎のチャイムが鳴り響いた。

 

「行きましょう」

 

 あきらに手を引かれるまま起き上がり、明日夢は駆け出した。

 

 

(終)




※こちらの作品は2007年1月から7月ほどかけて制作した仮面ライダー響鬼の二次小説です。
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