仮面ライダー真・響鬼SPIRITS   作:bassher

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四の巻 清める魂

 

 

 

 東雲は首都高湾岸線を舞浜、葛西、新木場と繋いだ先にあり、通り過ぎてさらに行けば有明、台場に至り、レインボーブリッジ、テレビ局、イベント会場、テレポートなど非現実な容貌の建築物が傍観できる埋立地である。

 この完全な人工の大地の北端に下水施設が存在し、東雲運河と接続する事になる。

 

「ここがアタリの貯水施設か。池はほぼ円形の構造だな。これならなんとか。」

 

 東雲に到着したイブキがますを開けて下水管に降り、人の背の高さほどだった下水管が合流する度に拡がって、7メートルほどに達した段階でポンプ場にあたった。人気が無く、ポンプそのものは破壊され、沈砂池では仄暗い水が並々と貯まっている。イブキが上下水処理施設を関東支部でリストアップしてもらい、最初に来たこのポンプ場でニビイロヘビがいきなりアタリを引いた。

 

「あきらなら携帯のGPSから位置は分かってるんだろうけど、取り敢えずワシはあきらを誘導しにマンホールで待機。ヘビとサルは水底の管へ回って、音撃を流し退路を断て。」

 

 オオナマズは淡水魚で、水が必要でありながらも東京湾へ飛び出る事はないとイブキは考えている。もちろんそれは魔化魍の原型となった生物の習性の名残であるが、そうなればオオナマズが如何に人工の壁を透過していこうと、イブキが通ってきた下水管を逆に行くしかないと推測できる。

 

 

 

「あれか。」

 

 ポンプ場の最下層、沈池室。ポンプ場の階層を繋ぐのはエスカレーターでもエレベーターでもなく上下に突き抜けた直径1メートル程の穴、そこに固定されたアルミの梯子だけである。その仄暗い池を眺めた時、かすかに揺らいだ影をイブキは見逃さなかった。

 おもむろにディスク2枚を落す。ディスクは回転しながら自重だけで沈んでいき、底に達した段階で変形、ニビイロヘビはジグザグに、リョクオオザルは平泳ぎでそれぞれオオナマズを周回する。

 

 輪唱、

 

 1楽節ズレた音撃が水面に波紋を描く。波紋の衝突面には絶えずオオナマズがあり、のたうち回って逃げるも、2体ともやはり両サイド一定の間隔を変えずに音撃をひたすらリピートする。その内退路となる排水口に滝登りしようとするオオナマズだったが、2体の式神はそこだけは集結してもっとも強力な音撃を再生させた。オオナマズは攻撃に出るも、今度は式神の方が一定の間隔で距離を置く。速力的にどうやら拮抗しているようだ。

 

「そろそろ行くか。」

 

 そして取り出す鬼笛。カブトを着けた武者の首の如きデザインのそれは、ちょうど頭頂部の部分に息を吹き込むとおよそ楽器の中でもっとも高い部類の音が鳴り響く。イブキはこの音を身に共振させ、87貫目の呪縛を解き放ち鬼となる。しかし、

 

「しまった、」

 

 突如背後から触手に絡み付かれるイブキ、

 

「地面を胃袋だけ透過してきたか。」

 

 イブキの油断であった。苦しみながらもオオナマズは例の胃袋を放出し、イブキへ攻撃を仕掛けてきた。魔化魍が式神を統制する者がいるという状況を読み取る力があると思わなかったイブキが迂闊なのである。

 

「攻撃に討って出るのが早い・・・・」

 

 酸、

 

 触手先端の膨らみがさらにトゲを伸ばしてイブキを絡め取る。そして膨らみが大きく左右に開いた刹那、あの胃酸が吐き出され、イブキは背中全身に浴びた。

 

 ぁ・・・・

 

 シャツが溶け、胸元が露出し、声も出ない苦痛にその端正な顔を歪める。鬼笛は右掌に握っているが、肘関節ごと肋骨を軋ませる拘束ぶりに口元へ持っていけない。鬼として経験を重ねてきたイブキはもはや一人ではどうにもならない状況である事を観念する。おそらく沈砂池の式神がイブキを助ける為に地上に上がって攻撃しても、トゲが数本伸びて対手をするだけであり、池の本体を攻撃すればそれこそ逆に粉砕されてしまう。一定の距離を置いて苦しめるのが式神の限界だ。戦いは気迫や根性の入る余地はある。だが対手も死を目前にしている。従って駆け引きと状況を構築する段取りをこそプロは重視する。そしてイブキの予想ではあきらの到着まで後数分かかる。

 

「だが僕の勝ちだ。たとえこのまま食われようと。こうして僕に構ってる時間を割いただけでも、役割を全うした事になる。」

 

 それじゃいけない、

 

「え?」

 

 急降下してイブキに絡み付く触手を切断、そのままコンクリート床スレスレで鋭角的に急上昇、

 

「アサギワシ、」

 

 今死んだらオロチができないぞ、

 

 それは地上に残したアサギワシだった。イブキはアサギワシの助勢でからくも拘束から逃れた。

 

「なぜ来た!」

 

 再びイブキに絡み付こうとする触手、イブキはアサギワシの任務放棄を叱り付けながらも口元へ鬼笛を持っていく。

 

『ヘンゲ』

 

 風が舞って触手を弾き飛ばす、そのまま風はイブキに纏わり着き竜巻と化す。竜巻の中でイブキのシルエットが変化し、

 

 祓う、

 

 風を手刀で縦一文字に祓うと、鬼の姿が現出する。3本角が鈍く光る威吹鬼だ。

 

「なに、そういう事か。」

 

 威吹鬼は見上げた。アサギワシ以外にもう一体、宙を飛翔する紅の光沢を帯びた式神を。アサギワシに導かれたハガネタカは、両足に音撃管「烈風」を掴んでいる。

 

「放せ、」

 

 アサギワシはオオナマズの胃袋を威嚇し、ハガネタカはその間イブキの上空を舞って烈風を放す。だが胃袋からトゲが伸び、烈風を絡め取った。

 

「既に一手僕が上だ!」

 

 そのトゲを跳躍して鬼爪で切断する威吹鬼。宙空で掴んでそのまま身を翻し、鬼石を撃ち込む。

 

 シクーッ

 

 たちまち悶え苦しむオオナマズの胃袋、触手が地下に引き戻っていく。宙を旋回するワシとタカの式神はそれを追うべく沈砂池へ通じる穴へ入ろうとする。

 

「待て、」

 

 その威吹鬼の制止にUターンし、水平に差し出した腕に2体が足を下ろす。

 

「いいんだ、対手の動きは封じている。おまえ達にはあきらやヒビキさんを呼んできてもらいたい。」威吹鬼はアサギワシの嘴を指先で弾く。「最近生意気だぞおまえ。敵は手強いんだ。僕一人では手に負えない。」

 

 威吹鬼は背後に目を向ける。いつのまにか立っている黒い影。首は皮一枚で辛うじて繋がって逆さでぶら下がっており、片方の肋は露出したまま回復もしていない。

 

「おまえは覚える事にしたる。」

 

 黒装束の姫が杖を片手に現れた。

 

「ヤツは相当力を失っている。さっきと同じ状況だが、全く違う。僕はもう王手に入っている。」

 

 銃撃!

 

 銃使いのセオリー通り、烈風で先制を仕掛ける威吹鬼、

 

「生意気なところが可愛い。」

 

 バリア、

 

 姫が突き上げた杖から円形の透明な盾が現出する。ことごとく弾丸を弾いて悠然と進む姫。

 

「ならば、」

 

 鬼爪を展開する威吹鬼、銃撃しながら自ら急接、

 

 交錯する杖と烈風、

 

 鬼爪を脇、

 

「感じる、感じるぞ!」

 

 抉り込む鬼爪、肋骨が露出した脇へのさらなる攻撃に絶叫を上げる姫、そして威吹鬼は烈風を鬼石モードに切り替えその脇めがけ射出した。

 

 ぃぃぃぃ!

 

 ヒールの踵を狂ったように打ち鳴らし身悶えする姫は威吹鬼を突き飛ばし、よろよろと沈砂池への穴へ近づいていく。

 

「僕の手で魔化魍の元凶を。」

 

 威吹鬼はベルトから、音撃鳴「鳴風」を取り外し、宙に放り上げ様、表裏逆に掴み直す。

 

「ノツゴぁぁぁぁ!」

 

 姫はそう叫んで穴へとその身を落していった。

 

「ノツゴ、あの魔化魍三難の、」

 

 コンクリートの床から黄金の牙、

 

 ぁぁ!

 

 足下を巨大な牙で掬われる威吹鬼、弾き飛ばされながらも受け身の姿勢で地に着く。そして見た。コンクリートを透過して出現する巨大な甲殻の魔化魍を。6つの目、4対の歩脚、頭胸部と腹部、そして尻尾まで数珠が繋がったような容姿はサソリのそれに近い。しかし触肢は2本の鋏を持つ腕ではなく、クワガタのごとき大腮、全身を黄金に輝かせる表皮は金属と見紛う程の甲殻である。鬼の間では難敵とされる三体の内の一体。相性の問題など関係無く全ての鬼がその退治を困難とする強力な魔化魍なのである。

 

「取り敢えずどの程度なんだ。その装甲は。」

 

 銃撃、

 

 3連射で放った烈風の弾丸は、その甲羅に食い込まずあらぬ方向へ弾かれていく。

 

 尻尾から針、

 

 側転で回避する威吹鬼、

 

「あれが例の針か。」

 

 ノツゴの尻尾の先端にはサソリのそれと同じく針が着いており、その針を肉圧で切り離し飛ばす事ができる。さらに厄介なのはその針が体内から即時に生え立て続けに飛ばせる事である。機能は銃に等しく、烈風のそれと同等の連射ができる。

 

「あれをまずなんとかしなければ、」

 

 その尻尾に烈風を向け連射、

 

 すれ違う針と弾丸、

 

「うっ、」

 

 肉片が飛ぶ尻尾の先端、突き刺さる針、

 

 威吹鬼の放った弾丸は尻尾の先端にめり込んで粉砕するものの、ノツゴもまたそれより前に針を放った。満身に針を受けた威吹鬼は苦痛の声をあげた。

 

「いけるぞ、まだいける、」

 

 その手には鳴風を掴んでいる。烈風の先端に装着、

 

「音撃射、疾風一閃!」

 

 かき鳴らす高音、息の続く限り引っ張り、一段オクターブを上げて体内に残った練気の全てを吹き締める。

 

 破裂する尻尾、

 

 尻尾に撃ちこまれた鬼石が共振し、ノツゴの尻尾が炸裂する。

 

「尻尾だけなのか。」

 

 刺さった針を抜きながら、ノツゴに向かって突進。極至近への勝負に打って出た。

 

 瞬時に再生する尻尾、

 

「しま」

 

 再び針先が威吹鬼を狙う。もはや恰好の的であった。だがその時、一塵の風が上空から舞い降りた。

 

 踵落し、

 

「あきらなのか」

 

 回転様ノツゴを地上より透過し蹴り見舞わせる一人の鬼。尻尾は辛うじて仰角を威吹鬼から逸らす。師と同じ三本の角、やや胸部に膨らみがあるものの、各部のディテールは威吹鬼と全く変らない。ただ体色がスカイブルー、顔の隈取りはほぼ白、風に乗るつばめのようなそれは、あの美少女天美あきらが変身した姿であった。

 

「威吹鬼さん、申し訳ありません。」

 

「50貫目を越えない鬼が変身するには、師匠の許しが要るんだぞ。」

 

「分かっています。しかしこれしか手が無くて。」

 

「何も言わなくていい。君は僕には過ぎた弟子だよ。確かに走るしかこのタイミングに間に合わない。分かっている。それより体は大丈夫なのか。君の段階では心身の辛さに立っているだけでも辛いはずなのに。」

 

 あきらはアクシデントに見舞われて動けなくなった武蔵野線で待っている女では無かった。最短でたどり着くには、電車では無く直線を走破する事である。鬼ならば最低でも100メートルを8秒以下で走り切る。

 

「大丈夫です。私はどんな罰でも受けるつもりです。」

 

 だが言葉通りではない事は二人とも分かっている。立っているだけで泥沼を這っているような圧迫感に見舞われる。動悸を激しく感じて、三半規管が朦朧とする。鬼がこれほど精神的なプレッシャーに見舞われる事を知識として分かっていたあきらだったが、イブキや桐矢、あのトドロキすらこの感覚に平然としていられるのが感覚として信じられなかった。

 

 これが私が選んだ鬼という道なんだわ、

 

 その間、二人はノツゴの針の連射を右に左に連携して躱し撹乱、徐々に左右から近接している。

 

「今日は僕が許した初めての実戦だ。気を引き締めていくんだぞ。」

 

「威吹鬼さん・・・」

 

「しかし式神に烈風を持たせるなんていいアイデアだ。今度の式神が持てる程力が増したのも驚いたが、」

 

「あれは私ではなくて・・」

 

 と言葉を最後まで言い切る事があきらには出来なかった。

 

 それは糸、

 

 ノツゴの隠し武器、口から吐かれたそれは土蜘蛛と全く同様の粘着糸。あきらの体を搦め取り、巻き取って牙で挟み込んだ。牙でしばらく挟み込んで溶かし吸い取る習性がノツゴにはある。

 

「あきら!」

 

 グイグイとその柔らかな肢体を締め付ける触肢。仮面のあきらは苦痛に声も出ない。

 

「今なら、私ごと、撃って、口の・・・」

 

 捕食は同化してしまえばいいが口を開くのは生物として習性の名残がある。現存する生物を不自然に魔化魍にしている事がいびつな生態となって顕れている。威吹鬼にとって優位点は、如何に表皮が硬かろうと、内部ダメージを与えればこの強敵を倒す事が適う、かもしれないという事である。

 

「できないよ。」

 

 だがしかし威吹鬼は銃を下ろした。無防備な鬼に、容赦なくノツゴの針が降り懸かる。刺さる針の痛みにも微動だにせず、威吹鬼は真っ直ぐあきらを見据えている。

 

「威吹鬼さん、」

 

「僕は、君みたいに死にたがってる人間を殺せる程、度胸が座ってない。」

 

「死にたがってるのは、イブキさんのくせに!」

 

「アサギワシっ!」

 

 叫ぶ少女を余所に威吹鬼はあきら救出を背後から飛来する式神に賭ける。アサギワシの鋼の翼がその触肢の片側に向けて急降下、鳥型式神のオーソドックスな戦法である翼切断である。

 

 悲鳴を上げるのは式神、

 

 片翼が折れた、

 

「ダメか。」

 

 だがノツゴの強固な外皮は傷つかない。逆にその二次元的な翼の方がもげた。落ち様構成された部品が全て解体、パラパラと金属音を立てそれが式神が憑依から解脱した姿だった。

 

「助けると言っているんだあきら、」

 

 それは威吹鬼の声では無かった。

 

「え」と声を揃えて驚く師弟。

 

 さらに一塵の風、

 

 アサギワシと同じ軌跡、上空から急降下する紅の式神が一体、ハガネタカだ。

 

 斬り込む、

 

 あのノツゴの触肢に切り込み一閃入れるハガネタカの強靭な翼、

 

「でぃぃぃぃや!」

 

 そのハガネタカの軌跡を追って上空から蹴撃の体勢で落下してくる鬼。

 

「ヒビキィィィック!」

 

 足の先端が炎に塗れた響鬼、ノツゴの触肢に一撃、

 

 折れる牙、

 

 抱きかかえる響鬼、

 

 響鬼はハガネタカが切り込みを入れたノツゴの牙を全身の落下でへし折り、あきらを救出した。

 

「響鬼さん、不謹慎です!」

 

「ヒビキックは、響鬼のキックなのだ。」

 

 だが二人がコンクリートの床に着地したそこは、必然ノツゴの大きく伸びた大腮に挟まれた位置となる。

 

 炎、

 

 それは響鬼お得意の鬼火、目許にまともに食らったノツゴはもんどり打って苦しみ、その間響鬼はあきらを抱えて跳躍。

 

「響鬼さん!」

 

 その先、外へと至る通路から走ってくる少年。明日夢は音叉を壁に叩いてハガネタカを呼び戻す。

 

「少年、次の修行だ、あきらを頼む。」

 

 響鬼も又あきらと同じく、街中を走破してきた。両者の東雲までの距離はほぼ同じであったが、あきらがいち早く走破してこれたのは、響鬼が明日夢を抱えていたからである。

 

「は、え、あ・・・」

 

 響鬼に抱えられたあきらは昏睡し、既に変身が解け裸体となっていた。母親と頭の中で妄想する姿以外女の子の肢体など見た事が無かった明日夢は狼狽えた。

 

「威吹鬼、オオナマズは?」

 

 既に明日夢の足下に裸体の少女を置き、響鬼の意志は魔化魍の撃退に向かっていた。

 

 毛がホントに生えてる・・・

 

「私の裸見ておもしろい?」

 

 いつのまにかあきらは意識を取り戻し、冷めた顔で明日夢を見上げていた。あるいはそれが深く傷ついたプライドを保つ唯一の手段だったかもしれない。

 

「え、」

 

「グズグズしてないで服を貸して。」

 

「え、あ、」

 

 急いでシャツのボタンを取る明日夢。焦ってボタンを二つ剥き取ってしまう。

 

「貴方ってホント何も出来ないのね。」

 

「え、あ、う・・・・」

 

 首を傾げるしかない明日夢だった。

 

「じゃあオレがノツゴを対手する、」

 

「響鬼さんしかし、一人では、」

 

「それが鬼の仕事だろ、シュ」

 

「分かりました。無理しないで。」

 

 一方、威吹鬼は沈砂池へ下る穴へ飛び込んだ。

 

 針が跳ぶ、

 

 炎の剣で薙ぐ、

 

「おまえの対手はオレだって言ってるだろ。」

 

 威吹鬼を制止するかのように針を跳ばすノツゴ。しかし響鬼はすかさず枹から烈火剣を放出し、横薙ぎで針を消滅させた。

 

 烈火弾、

 

 烈火剣ともう一つの枹を交差して烈火弾を放つ響鬼、

 

 弾ける尻尾、のたうつノツゴ、

 

 響鬼の放った烈火弾は、ノツゴの尻尾を炸裂させ、なお尻尾を燃やし続けた。響鬼の攻撃は肌が接触する程の格闘で生きる。まず対手の遠距離武器を封じ、急接するのがセオリーである。

 

 でぇぇぇぇ

 

 近接してその歩脚の一本を切断する響鬼。

 

 針、

 

「もうか、」

 

 炎を振り払って再生し攻撃を仕掛けるノツゴの針。

 

 バック転で距離を置く響鬼、

 

「もうなのか。」

 

 そして響鬼が再びノツゴを見た時、先程切断したはずの歩脚の一本が何事も無かったかのように再生していた。

 

「君、」あきらはノツゴから浴び続けた消化液から回復できず、ただ明日夢に抱えられる形で寝そべっている事しかできない。「早く、響鬼さんを援護して。」

 

「え、」自分にどうしろとこの少女は訴えるのかよく分からない明日夢。「だって、僕、」

 

「弟子になったくせに、こういう時の、対処は事前に勉強しておくものでしょ、式神を全部出して、ノツゴの動きを止めるの。」

 

「そ、そうか。」裏腹にそんな事教えてもらってないよと思う明日夢。

 

「ああ、そんな乱暴に扱わないで、式神は生き物なんだから。」

 

 慌ててリュックを逆向けに振って、式神を全てコンクリートの床に蒔く明日夢。あまりの粗雑な扱いに注意するあきら。

 

 あらかじめ教えておいて欲しいな・・

 

 何度も音叉で弾いて式神を覚醒させる明日夢。

 

「頭の悪い段取りね。一つずつ叩いてたら日が暮れるわ。」

 

 一斉に散回し、空と陸に分かれて群れを成して突進する式神約30体。その種類も鳥、サル、犬、カニ、様々だ。

 

 初めてなんだから仕方ないじゃないか・・・

 

「このくらい効率的にやるように思いつくのは、人として当たり前の事でしょ。」

 

 この子絶対A型だな、と明日夢は思った。

 

「いいぞ、弟子の任務をよくこなしてくれた少年。」

 

 ノツゴの歩脚にキハダガニが鋏み付き、リョクオオザルがノツゴの関節一つ一つにしがみ付く。アカネタカとルリオオカミはただひたすら飛び回り、飛び上がり、ノツゴの耳目と動きを牽制する。

 響鬼はこの状況に至り、ゆっくり烈火剣を縦一文字に構えなおした。

 

「はぁ!」

 

 跳躍してノツゴの背に立ち乗りする響鬼。

 

「やぁあっ」

 

 一刀斬りつける響鬼、

 

 即座に切り口を再生する甲羅、

 

「なんの、」

 

 さらに一刀加える烈火剣、

 

 だがノツゴの肉にダメージは届かない。

 

「よーし烈火剣祭りだ!」

 

 闇雲に幾度も烈火剣を叩きつける響鬼。甲羅のどの部分を斬り裂こうが、その破壊力はノツゴ体内まで届かず、なおかつその傷口さえも完全に塞がってしまう。

 

「あれじゃ、響鬼さんは太鼓の技を出せない。」

 

 威吹鬼に付いて2年戦いの経験を積んできたあきらである。その円らな瞳で観察した状況は絶望であった。

 

「え、」

 

「太鼓の技は直接腕で打つ。だから硬い甲羅に覆われた魔化魍を打てばその反動で自分の骨を砕いてしまう。響鬼さんは甲羅を剥いでしまうおうと考えてるんだろうけどダメ。太鼓の技では甲羅の魔化魍は清める事ができないの。」

 

「そんな・・・・響鬼さんっっ、後ろ!」

 

 ノツゴは尻尾に絡み付くリョクオウザルを振り払って己が背中に向けて響鬼を射貫こうとしていた。

 

「およよ、」

 

 辛うじて飛び退く響鬼、

 

「響鬼さんに言って、威吹鬼さんが戻ってくるまで待ってって。そうすればなんとか口の中から・・・」

 

「もう、君、無理はしないで、お願いだから、僕心配に・・・」

 

 いったい何を自分が言いたいのだろう。こんなときはいつも想いがいくつも浮かんでうまく意志が形にならない明日夢だった。そしていつもそんな自分が歯がゆいのは確かだ。でもどの想いも自分の中から発した大切なものなのも確かで、明日夢はそうしてどの意志も伝える事が出来ず、そして一番思われたくない自分を、態度から誤解される。

 

「なに、はっきりしなさいよ。」

 

 そしていつも思う。そのはっきりする事が自分にそんなにいい事なのかを。

 

「少年、」

 

 響鬼はノツゴの再三の攻撃を躱しつつ明日夢に向けて掌を広げた。

 

「響鬼さん、」

 

「火炎鼓の5番だ。」

 

「はい、」

 

 リュックの内ポケットから取り出す一枚の火炎鼓。響鬼がベルトに装着しているものと似ているが、細部において若干相違がある。

弧に沿って金属質の環が巻かれているのがもっとも違うところか。明日夢は両腕で抱え、スタンスを大きく、腰をヒネって体全身の力で円盤投げした。だが響鬼の元に届かずドスンという音を立てコンクリートの床を割る。奇怪に異様な重さだ。

 

「どうして素直に聞いちゃうの、響鬼さんの腕が、折れても・・・」

 

「え、そうなの?」

 

 明日夢はただ響鬼の指示だから反応したに過ぎない。

 

「早く。響鬼さんは自分の腕を折ってあの魔化魍を倒そうとしているの。止めて、貴方が叫ぶの、」

 

「魔化魍を倒す、あの・・・」

 

 明日夢という少年はまたしても迷いの森に飛び込む。あきらの言う事、響鬼の言う事、そしていままで忘れていた魔化魍の死という現実、そうして眺めれば、数十の式神に絡み付かれながらそれでも響鬼に針を跳ばし続けるノツゴの姿が、その必死に生きている姿が哀れに思えてならなかった。

 

 

 

「よし、式神はうまくやっている。もはや段取りをこなすだけだ。」

 

 威吹鬼が見た沈砂池の底では、ニビイロヘビとリョクオオザルが依然オオナマズを音撃で抑止していた。

 

 一発、

 

 威吹鬼はそのオオナマズに鬼石を撃ち込んだ。

 

 弾く体皮、

 

 その弾力あるオオナマズの皮膚で弾かれた鬼石は、沈砂池を囲む側壁へ勢いめり込む。

 

 2射、3射、4射、5射、

 

 構わず撃ち込む威吹鬼。だが同じく弾かれあらぬ方向へ跳んでいく。いったい威吹鬼は何を摸索しているのか。

 

「もう大丈夫だろう。」

 

 バックルの音撃鳴を外して一旦水に浮かせ、裏返しに取って音撃管の前、銃口にセット、ピストン前面の歪曲管に挟まれているマウスピースを外して後方に付け直す。

 

「音撃射、疾風一閃!」

 

 変ロ調からハ調の幅で水中を振動させる音撃管。共振するのは胃袋に放ち、もはや溶けてオオナマズの全身を駆け巡る細かい鬼石。そして水を伝わってオオナマズを囲むように側壁に埋め込んだ鬼石。さらに2体の式神をコーティングする鬼石の膜。それら全てが共振し、沈砂池という密閉された空間で互いに音撃を増幅させていく。

 

 爆破!

 

 音撃を内外四方八方から受け、オオナマズは水中でヒレをくねらせ、ついには爆発した。

 

「音撃管があれば、なんとか戦いようはあるんだ。」

 

 万難を廃し、ようやく仕事を終えた威吹鬼だった。

 

 

 

「やっぱ重いか。」

 

 明日夢の投げた音撃鼓が届かず、ノツゴとの間合いを計りながら走り取ろうとする響鬼。だがまさにその手に拾おうとした刹那、

 

 糸が飛ぶ、

 

「しまった、」

 

 あのノツゴの口から糸が飛び、コンクリート床に落ちている鼓を跳ね飛ばした。

 

「響鬼さん!」

 

 明日夢が叫んだ。鼓を取り逃してやや隙が出来た響鬼の眼前に、既にノツゴの2本のツノが迫っていた。

 

 うぐっ、

 

 その鍬形虫を思わせる巨大な2本のツノが食い込み、腹部から赤い血が溢れてくる響鬼。

 

「響鬼さんっ!」

 

 魔化魍の命、その魔化魍に食われた者の命、そして今魔化魍に殺されようとする響鬼の命があった。明日夢は叫ぶ事しかできない。

 

 ヒビキをたすけよ、

 

 体が動かない明日夢に3体の式神が纏わり着く。ハガネタカ、カブトオオザル、ヨロイガニだ。

 

「僕が?」

 

 君が助けたいと本当に思えば、

 

 3体の式神は宙で円盤状に変形し、明日夢の目の前を回転する。

 

「思うよ、響鬼さんを助けたい!」

 

 不思議と勇気が湧いてきたような気がした。

 いったいどうしてそのような挙動に出ようとしたのか、よく分からない。腰に手を回して握る明日夢用の音撃棒、眼を閉じる、体から陽炎のようなモノが立ち上る、なにかに憑かれたようなやや放心気味の力無い表情が隠れていく、ただ2本の白い腕だけが異様に力強さを帯び、一心に、

 

 連打する、

 

「像が見える・・」

 

 あきらはほんの一瞬鬼にすら見えた。たかだか20貫目しか至っていない程度なのに?

 

「いけ!」

 

 先端の見えない軽打と足の先から力を込めた重打をリズミカルに組み合わせ、3枚の式神を打ち跳ばす明日夢。

 

 突き刺さるディスク、

 

 3枚のディスクはノツゴの2本のツノに刺さる。明日夢の持つ最新の式神の硬度は、ノツゴのそれを上回っている。

 

 爆破っ!

 

 たちまち録音した音撃が内部に流れ込み、2本のツノを爆破する式神達。

 

「よくやった少年、」

 

 コンクリート床に着地し、腹に食い込んだツノの欠け片を引き剥がす響鬼。

 

「響鬼さん・・・よかっ・・・・」

 

 人生初めての音撃を打った反動で、意識が薄れ立ち眩みする明日夢。

 

「大したものだ、大丈夫かい、君。」

 

「あなたは・・・」

 

 その倒れかけた明日夢を支えたのは、いつのまにか池から上がってきた威吹鬼。

 

「少年!まだ寝るな!」

 

 ノツゴから解放され、音撃鼓を拾い上げる響鬼。

 

「ヒビキ・・・さん、」

 

 朦朧とする意識の中、響鬼がノツゴの背に乗るのを眼で追う明日夢。

 

「威吹鬼さん、止めてください。太鼓でノツゴなんて、」

 

「いや、大丈夫だあきら。響鬼さんは極めているからね。」

 

「少年、見ていろ、この魔化魍を殺すオレの姿を。」

 

 火炎鼓の5番をノツゴの背にグイグイと圧し込む響鬼。気合を込めると枹先の鬼石から紅蓮の炎が上がる。

 

「音撃打、灼熱真紅!」

 

 2打、

 

 火炎鼓の5番には鬼石と炸薬が練り固められている。響鬼の音撃エネルギーと火炎で急激に圧搾された炸薬は鼓内部とノツゴの装甲に囲まれた密閉空間で爆裂、炎はHEAT効果に従ってノツゴの最も薄弱な僅かな部位に小さな穴を空け、噴流と共に音撃を込めた鬼石をノツゴの体内に封入していく。

 

 四散っ!

 

「響鬼さん・・・・・やらなきゃいけなかったんですか・・・・」

 

 明日夢は確かに見た。響鬼がノツゴを殺す姿を。爆煙の中かげろうのように歩いてくる響鬼を見ながら明日夢は失神した。

 

「少年、よくがんばった。」

 

 顔だけ素顔を露出したヒビキは、同じく顔を露出したイブキからぐったりした明日夢を受け取った。

 

「天才は数千年かけて築いてきたモノを、一瞬で飛び越えて悟れる・・・」

 

「イブキさん・・・?」

 

 シャツ一枚だけのあきらを抱き起こしたイブキの視線の先に、自らの弟子は映っていなかった。

 

「やあ、宗家を除名されかけたイブキくんじゃないかね。」

 

「これはこれは、2度も失敗してまだ懲りずに弟子をとったヒビキさんじゃないですか。」

 

「おまえ時々シャレにならない時があるな、カッコ笑い。」

 

 二人の鬼は、互いの達成感に笑い合った。

 

「やはりあの装甲の目を狙うと思っていました。どんなダイヤでも決裂させる一点があるものですからね。僕も開発中の徹甲弾があれば。」

 

「なんちゅうの、みどりの新型音撃鼓とオレの技の合体ってヤツだな。」

 

 W-ZERO3が鳴った、

 

「ん、明日夢のリュックか。な、どうすんだこれ、どこが受話口なんだ。」

 

「こうですよヒビキさん。」

 

「なんか不自然持ち方だな。」

 

「まあ通話機能据え置のデザインですからね。やっぱりカスミさんだ。ん、そう、東雲のポンプ場。この間二人で台場の次いでに行ったじゃない。ああ、大丈夫。全員無事、オオナマズもノツゴも倒した。ごめん。ノツゴの事話してなかったっけ。ホントごめん。それから約束通り、帰ったら、卵焼きと浅漬け。それだけでごはんを無性に食べたいんだよ。」

 

「カスミって甘やかすととことん増長するタイプだぞ。」

 

「ヒビキさん、聞こえてますよ。」

 

 日常が再び帰ってきた。

 

 

 

 

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