仮面ライダー真・響鬼SPIRITS   作:bassher

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五の巻 鍛える夏

 

 

 

 一週間が過ぎた早朝。

 大小2つのテントが立てられている。大型の方は一面が上に開いてちょっとしたタープになり、 テーブルとイスを置けば、キッチンスペースが確保できる。

 

「少年、自分の重心を感じるんだ。片足だけで交互に20回ずつ。」

 

 縄跳びである。お揃いのカウル付トレーニングウェアで並んで跳ぶ師弟であった。当然ヒビキ90貫目、明日夢33貫目の施術の上であり、その体力と精神への負担は想像を絶する。

 

「はい。」

 

「もう重い体に慣れたか。」

 

「朝起きる時にちょっと辛いです。」

 

「そうだろう。オレもいつも辛い。」

 

「ヒビキさんも辛いんですか。」

 

「辛い辛い。一番問題はションベンしたくなった時だ。そのまま滴らすか起き上がるか身を切るような二者択一だ。」

 

「やっぱりそうですよね!」

 

 石積みの竃では、まさにポットの湯が沸騰し、間の抜けた響きを立てていた。

 

 

 

「ハイ、今回香須実は自宅療養で。」

 

「タイミングが実にいいねえ。君は昔からそうだ。関東で大々的なオロチだというのに、ウチで一番の現場指揮者を封殺したんだからね。」

 

「お義父さんはむしろ喜んでいると思っていたんですが。」

 

 『たちばな』はもう3日以上開けていない。猛士関東支部の総動員体制は完了しており、ローテーションを問わず関東11鬼全てが圏内7県で転戦し、拠点である店内地下で勢地郎以下後方要員はここ3日不眠不休の対応している。そんな中、勝鬼と裁鬼を臨時でサポートしていた香須実が突如倒れた。魔化魍の攻撃によってではない。

 

「喜んでいるさ。順調にいけば、初孫だからね。いつの間にか私も白髪が生えてたんだねえ。」

 

「順調ですよ。香須実は丈夫ですから。」

 

 イブキは義父と一番陽差しの強い客席で共に番茶を啜っていた。

 

「アレの母親はね、あの子を産む前に2度程流産していてね。遺伝しているのかと考えてしまってね。まあその手の事をくよくよ悩むよりは、目前の問題を考えるべきなんだろうけど。拝領刀は賜ったのかい。」

 

「ハイ。確かに。知っていましたか。あの短刀は僕が小さい頃ちょっといたずらして、父を傷つけてしまって。父は自分の額から血を流して、格の無い者が振り回せば自分自身がこんな血を流すと、凄まじい形相で怒りました。これがその父から受け取ったモノです。」

 

 イブキは、真新しい白木の柄と鞘に収まった短刀を取り出す。

 

「じゃあ、略式でいくよ。」と言って刀身を抜いたのは勢地郎。「威吹鬼、響鬼、斬鬼の3名は、オロチの中核にある妖姫の退治を厳命する。この命が遂行されるまで、任期は無制限とする。」

 

 つまりは命ある限り帰ってくるな、という事である。

 勢地郎の抜いた刀身はあまりの光の反射で輪郭が見えない。

 

「はい。」

 

「よく考えて返答しなさい。その猶予は与えられている。」

 

「私はこの場で宣誓致します。」

 

「もう一つ、弟子に関してだが、確かに君達に同行するかは一任した。分かっていると思うが私の口から言っておくよ。いろいろな意味で今回は死地だ。それでも同行させるというのかね。」

 

「はい。死地にいるからこそ、その瀬戸際の生き様を見せてやりたいんです。」

 

 イブキの眼を見た勢地郎は、ただ黙って刀を鞘に収め、横一文字にイブキへ手渡した。対してイブキは、短刀の端を両掌で受け取ると同時に深々と拝礼した。

 

「まあ、実質吉野でも君の任務は、ザンキくんの護衛と、オロチの全貌を吉野に報告する事と認識している。姫の対手はヒビキくんに一任してくれればいい。ヒビキくんもそれを承知している。」

 

 ここ100年、実は吉野ではオロチがなんであるのか全貌を掴めていない。それはこの世で最初に童子を倒し、オロチ現象を防いできた朱鬼が全てを隠匿し、この世でただ一人、直弟子の斬鬼以外その秘密を明かさなかった為である。朱鬼は吉野のここ100年のやり方に反発しており、いくつかの禁呪の使用も厭わなかった。そんな朱鬼が吉野から身を守る為の必要な措置、それが唯一オロチを鎮める存在となる事であった。

 

「朱鬼さんはなんとなく分かりますが、弟子のザンキさんは、元々吉野が用意した弟子と聞きます。それなのに何故朱鬼さんと同じくオロチを明かさず、自分一人で背負おうとするんでしょうか。」

 

「まあよく分からないけど、あの義手や義足を動かし、また独り心の拠り所の無いザンキくんはやはり師と同じく禁呪に手を染めたのかもしれないね。扱い辛いと思うが、」

 

「実際、師よりも弟子の方が扱いが難しいですよ。たぶんザンキさんの言う事しか聞かないでしょうし。」

 

「噂をすれば影だね。」

 

 勢地郎が気づいて光差す戸口を見やった。やや驚いて視線を義父に揃えるイブキ。

 

「お疲れさまです。」店の戸を横開きし入ってきたのは天美あきら。「イブキさんもいたんですか。支部長、案内してきました。」

 

「・・・・」

 

 暖簾を上げて、抱えたギターの長さの為にやや屈み込んで入ってきた中年の男であった。そう、男性でも少年でもなく男としか呼べない、それがザンキ。鍛え込まれていると分かる細身でありながら充実した肉体、顔のパーツ一つ一つがシャープで、全身からにじみ出る刃物のような鋭角さがサラシに巻いてようやく収めている感がある。真白なYシャツの第一ボタンがあいて胸毛がやや見え、黒の上下、黒い皮靴、そして右腕には黒い皮の手袋が覆っている。ザンキは勢地郎やイブキを前にして首と眼だけで挨拶をした。

 

「こんにちわっス!」

 

 あまりにも響く声を店内に轟かせ、その場の全員がシラけさせるタフガイが続いて入ってくる。ザンキと同じくギターを肩で抱えた戸田山、いやトドロキはいつも通りである。

 

「私はちゃんと裏口から入るように言ったんですが、あの人がどうでもいいと。」

 

 あきらは素早くイブキの背中に回った。そんなあきらに、ただよくやったと微笑む師だった。

 

「ザンキくんひさしぶりだね。吉野から聞いてると思うが、」

 

 という勢地郎を手袋の方の手で制するザンキ。

 

「前置きの多い話ぶりはいいから、浅間での情報を聞きたい。」

 

 勢地郎は眉を顰めたがすぐ笑顔を作る。

 

「そう、浅間までは聞いているんだ。取り敢えずヒビキくんが先行して、ベースキャンプを張っている。まあ君との事はいろいろ聞いてるし、やり難いだろうけど、」

 

 またしても手で制したザンキ。

 

「ああ、分かっている。あのガサツな男に斥候なんて務まるのかね。いや、それよりも姫と魔化魍の数、それから種類だ。」

 

 勢地郎とザンキの凌ぎ合いは五分というところか。

 

「まあ、それも含めて日奈佳がリスト出しして渡す手筈になっているよ。」

 

「日奈佳地下っすか!」

 

「黙れ。」

 

 反射的にやや低いトーンでザンキが言うと、途端にハイとだけ言って硬直するトドロキだった。

 

「取り敢えず君はこのイブキくんの下に就いて、鬼とその弟子計6名で姫を打倒してもらう。支部長としての正式な命令だ。」

 

 ザンキはニヤついた。

 

「上下関係をでっち上げて、権威を振りかざす。アンタも吉野と同じだな。要らん仕来りを複雑に作り上げて司る事で自分を護ろうとしている。」

 

「ザンキさん、言葉が過ぎますよ。」

 

 イブキが口を挟んだ。

 

「温室のボンボンにヤラれるたぁ姫も相当力が弱ってきてるな。まあ、問題はヤツじゃない。」

 

「じゃあ何が問題だと言うんだね。」

 

 その勢地郎の指摘に、ザンキの顔から笑みが消えた。

 

「登己蔵くん!」

 

 甲高いにも程がある女声が響いた。日奈佳である。書類を片手にしている。

 

「日奈佳!」

 

 夫婦でもぞもぞと抱き合うのであった。

 

 ナメクジの交尾みたいだ・・・

 

 イブキは人間というものがここまでウェットになれる事に嫌悪感すら持った。それは義理であっても二人が兄弟に繋がる事を悟って、自己嫌悪に発展していく。

 

「トドロキ、おまえの事だトドロキ!」

 

「あ、え、ハイっす、オレはトドロキだったっす!」

 

「オレは一足先に浅間に向かう。おまえはその可愛い娘さんとの別れを惜しんでおけ。」

 

 別れ・・・・。イブキはなんの変哲も無いその言葉に重みを感じた。

 

「オレも行くっす!」

 

「オレは一人で風を感じたいんだ。じゃあな。」

 

「ありがとうございます!」

 

 トドロキは深々と頭を下げていたが、ザンキが店から見えなくなった途端、また妻に振り返り、もぞもぞと抱き合った。勢地郎の制止も全く聞かない似た者夫婦だった。

 

「あきら、みどりさんに君の武器を用意してもらっている。それを受け取ったら出発だ。」

 

 あきらは眼を潤ませた。

 

「はい。」

 

 

 

「いいか。上半身は一本素振り、下半身はこの朝の走り込みで大概鍛えられる。」

 

 ヒビキと明日夢師弟は、浅間のうねった山野を駆けていた。

 

「ハイ、ヒビキさん。」

 

「後の細かい部分は自分で考えながら鍛えればいい。」

 

「ハイ。ヒビキさん。」

 

「感じるんだ。この山の全ての響きを五感で感じてそれに自分の響きを重ねろ。」

 

「ハイ!」

 

 山を駆け抜け河原のテントに戻った時、明日夢は地に足の着かない程の目眩に襲われた。8月の猛暑と33貫目の呪縛は確実に明日夢の体力を奪い、同時に鍛え込んでいく。明日夢は屋久島からヒビキと共にこの鍛練を続けている。

 

「次はゲームだ。」

 

 ヒビキはいつのまにかプラスチックケースを抱えていた。中には数十枚の式神がディスク状で眠っている。音叉で弾くと一斉にケースから飛び出し、木立の中へ散開した。

 

「ヒビキさん、もう限界です。」

 

「疲れ切った時の動きが大事なんだな。力を使わない自分の一番自然な動きがどうなってるか、さっきのコースで式神達を打ちながら考えるんだ。」

 

「やって、やってみます。」

 

「式神はどの高さからどこに出てくるか分からないぞ。とにかく動きを止めるな。」

 

「ハ、・・・ハ、」

 

「これだけは忘れるな。全ての答えは少年、自分の中にある。」

 

 

 

「江戸の黒豹~」

 

 浅間までアメリカンを器用に乗り熟したどり着いたのはザンキ。彼がオロチを鎮める時は、必ずこの私物のハーレーダビッドソンダイナを足に使う。

 

「ヒビキの気配がしねえな。どっか温泉でも浸ってんのか。」

 

 テントに近寄って、無造作にイスに腰掛け、そして抱えたケースからギターを取り出す。

 そのギターは今はトドロキを名乗っている戸田山が携行していた音撃弦「烈雷」に酷似している。だがボディの色は赤を主体とし、所々ゴールドのラインが入っている。ザンキは弦を一本一本弾いて丁寧に調律を整えいていく。

 

「あ、あの、この辺りは、僕等TAKESIの私有地でして・・・・」

 

 テントでくつろぐザンキの前に、森を走り込んでしどろもどろとなった明日夢が現れる。明日夢はこの初対面の男を部外者と思った。

 

「まあ、ヒビキの弟子なら、弦を見た事無いだろうな。」

 

 という事は猛士関係の人だろうか、と明日夢は直感した。そしてよく見ると、黒い手袋をしている。ヒビキから事前に聞いていた。

 

『この間いっしょに戦ったイブキとあきら、そして弦使いの2人が来る。いいかここからよく覚えておくんだ。片方の腕に手袋をしている方がザンキ、暑苦しくて煩い方がトドロキだ。』

 

 明日夢は未だ呼吸が乱れ膝に手をついてる状態で訊ねた。

 

「ザン、ザンキさんですか。」

 

「違うな。」

 

「ザンキさんじゃないんで、」

 

「そうじゃない。まず君が言う事は、自分の姓名を名乗るか、他の鬼はなにをしているか聞く事で、オレが何者かは今はどうでもいい事だった。第一あいつはオレの事吹き込んでるはずだ。ヒビキならまずオレから聞くべき状況を察して行動する。そういう男だ。ヒビキの弟子であるという事は、ヒビキから何かを得る事であって、オンブにダッコされ続ける事じゃない。そして鬼なら、絶えず警戒と洞察を怠ってはいかん。いつ寝首をかかれるか分からんからな。」

 

 なにもかも言われてしまった、

 

「すいません。」

 

 勝手な事ばかり言う人だな、と思ったが、威圧され謝る事しかしない明日夢だった。そんな少年に対してなのか、ザンキはただ弦を調律しながらほくそ笑んでいる。

 

「どんな事してるんだ。」

 

「ハイ、走りながら、式神を枹で打ってて。足下の、ルリオオカミが難しくて。」

 

「じゃあ、あいつ宙返りしながら打ったろ。」

 

 明日夢はギョッとする。

 

「なんで分かるんですか。」

 

「相変わらずガキが。いいか、間違っても君はそんな真似をするなよ。」

 

「できませんよ。おもいきり頭打っちゃって、コブができました。」

 

「真似する必要はない。そんなもん、鬼に必要でもない。いいか、ヒビキの弟子なら気をつける事だ。ヒビキの真似をすると人間を潰す。オレはヒビキの真似事をして潰れた鬼を何人も知ってる。自分流でいくんだ。ヒビキに着いていくなら、自分流を産み出して着いていくんだ。」

 

「その、自分流が、通用しなかったら?」

 

「ま、合格だな。」

 

「は?」

 

「見ず知らずの人間の言う事を鵜呑みにしない。合格だ。そうだな、じゃあ通用する自分流をその都度産み出すしかないだろうな。」

 

「そんな・・・」

 

「まあ、世の中っていうのは、ちょっとしたコツの積み重ねだ。30貫目というところだろうが、鬼までちょっとしたコツでどうにかなる。がんばれや。」

 

「ザンキさん、イヤだなぁ、あんまり少年を追い込まないでくださいよ。」

 

 森の中からタオル一枚肩にかけたヒビキがやってきた。

 

「やっぱ温泉かてめえ。」

 

「浅間って言ったら山荘、山荘って言ったら籠城か温泉じゃないですか。」といいつつ明日夢に近づき、肩に手を置くヒビキ。「じゃあ次は向こうで結界の続きだ。」

 

 そうしてザンキに背を向け木立の中に入っていく師弟だった。

 

「どうでもいいヤツには、オレも世辞が言えるんだな。しかし30貫目を越えても精神に異常を来していない。案外適応力があるのかもしれん。」

 

 そんなザンキを遠くから呼ぶ声がする。軍用で使われている同型同色ホロ付きの73式から、濃い笑顔のトドロキが手を振っていた。

 

 

 

「あきら、違う。反転した時に姿勢が崩れた。」

 

「すいません!」

 

 浅間へ向かう途中、トドロキの車と分かれてある竹薮の中に入ったイブキ師弟。あきらはイブキのそれより一回り大きい音撃管を抱えている。

 

「あきら、迷いがあるな。やはり彼との祝言は、」

 

 イブキは言って、しまったと思った。

 

「いえ、初めて見た時から、覚悟はしていしまたから。」

 

 やはり予想した通りの答えだった。あきらはそういう性格だと知っていたはずではないか。

 

「また違った、竹にぶつかるのは間合いを掴めていないからだ。そして姿勢が崩れている。」

 

 話を逸らすしか無いイブキだった。

 

「イブキさん、この音撃管は私には長過ぎます。」

 

「ダメだ。君はこのオーソドックスな基本から入った方がいい。」

 

「なぜです。これからもうちょっと成長するはずだし、体格に合っていた方が。」

 

「僕も、」イブキは自分の烈風を取り出す。「これをつかって訓練していたのは13だった。その内手足が伸びるから変えればいいと、僕の師匠が言ってくれた。」

 

 烈風とあきらの持つそれとは、ちょうどコルネットとトランペットのサイズ差に等しい。

 

「じゃあ、私が今どんな、」

 

「君と僕の共通したところは物持ちがいい事だ。」

 

「それがなんだったって言うんですか。」

 

「僕は大人になっても、結局この烈風を手放せなかった。烈風は僕にいろいろな事を教えてくれたが、同じくある限界へ僕を追い込んだ。でも僕は烈風があってこそ鬼でいられる。君には余計な壁を与えたくないんだ。」

 

 あきらはしばらく呆然としていたが、分かりました、とだけ答え、また基本姿勢を構える。

 

「この竹薮を選んだのも、君にその音撃管に早く慣れてもらう為だ。ここで自在に扱えるようになるまで、ヒビキさん達との合流はしない。いいね。」

 

 二人が浅間に到着したのは、明後日の事であった。

 

 

 

 うおりゃっス!

 

 とナタで薪を割るのはトドロキ。

 

「3日分でも4日分でもいくらでも割れ。トドロキ。」

 

 その横で丸太に寝転がり、草笛を吹いているザンキ。

 

「はいっス!ところでザンキさん、烈雷、本当に頂いていいんスか。」

 

「ああ、おまえにやる。」

 

「しかし弦使いの由緒正しい名器で、不断の改良で、」

 

「他人の言葉でモノを言うなと言ってるだろトドロキ!」

 

「すいません!」

 

「そんな事はどうでもいい。俺達現場の人間にとって、使えるか使えんかだ。新しい武器が使えそうだから、いままで使っていたものをおまえにやると言っている。おまえが魔化魍を多少討てるようになれば、より強力な魔化魍を対手にできる。それだけだ。」

 

 おもむろに立ち上がり、トドロキの背後に立つザンキ、

 

 無言で蹴る、

 

「っ、ありがとうございますザンキさん!」

 

 無言でトドロキの片足に蹴りを入れたザンキ。トドロキは足下を掬われるように宙に上がって転倒し後頭部を強く打つ。しかし謝罪を入れたのはトドロキの方だった。

 

「何遍言ったら分かる!」

 

「ありがとうございます!いったいなにがいけなかったんスか。」

 

 もはや理屈などこの師弟には要らない。ザンキが怒ればトドロキが悪いのである。

 

「脚に力が入っていないからそんな無様な姿になる。ちゃんと足腰に力が入っていれば、蹴ろうがなにしようが、ビクともせんはずだ!」

 

「ありがとうございます!」

 

 地面を舐めるように土下座するトドロキ。

 

「繰り返してる内に楽する方法でも見つけたか、はぁ。よし、おまえがそういうつもりならあと3貫増やす。いいな!」

 

 なお土下座するトドロキを見下ろし、一瞬得体の知れない表情となるザンキ。その目は虚しさがある。そしてなにか言いかけようとしたが、首を振って口を噤んだ。

 

 

 

「少年、まず重心、それを支える筋力、それがあれば、こんな風にできるんだぞ。」

 

「すごいですね、ヒビキさん。」

 

 ヒビキは作業する明日夢の前で片腕だけの倒立をしてみせる。それを目と口を丸くしながら感心する明日夢。もはやこの師弟の慣例になっている受け答えである。

 

「少年、ここが結界の最終ポイントだ。」

 

 ヒビキは河原の中でやや盛り上がった岩を指す。そこになにやら奇妙に崩した筆文字が書かれた札を張る明日夢。表面をカンナ、金槌、ヤスリ等で均していき、四隅の特製糊が乾く前に接着面と隙間を空けないように張り込んでいく。

 

「ヒビキさん、前々から聞こうと思ってたんですが、この結界ってなんの役に立つんですか。」

 

 ほとんど最初に興味を持って聞くべき事を3日も作業した後に聞くのが明日夢であった。そんな少年を微笑ましく眺めるヒビキ。

 

「そうだな、オロチって言うのは、とにかくブアーと魔化魍がここに集まってくる訳よ。それを俺達で対手する訳だけど、奴等がある程度現れたところで封して、オレたちのテントまでこられないようにする。オレ達はそこで休息をとりながら戦うんだ。」

 

「それはその・・・・、結界で囲んで閉じ込めちゃうって事ですか。」

 

「そそ、それを言いたかったんだよ。少年が丁寧にやってくれるから、けっこう万全なんだよね。」

 

 日本語として奇妙な物言いであるが、明日夢は特に気にならない。

 

「丁寧・・・」

 

 このくらいで丁寧と誉められるんだ、

 

 と嬉しさでいっぱいだった。

 

「じゃあ丁寧な仕事のご褒美に、いいものを見せてやろう。」

 

 ヒビキは河原に胡座をかき、玄武岩を左右に二つ並べ、橋をかけるようにさらに一つ上に乗せた。そうして上の玄武岩に掌を乗せ、気合を叫んだ。

 

「割れたっ!」

 

 明日夢はなにかの奇術を見せられているのかと思った。ヒビキはただ腕を岩に乗せただけで割ったのである。

 

「ま、これも気合の込め方なんだけどね。要は重心だ。いずれ少年もやり方を見つけられるようになる。忘れるんじゃないぞ。いつも答えは少年の中にある。」

 

 目を丸くして潤ませる明日夢だった。

 

「少年、じゃあ帰りは、バケツに水を汲んでキャンプまで往復。」

 

「え、やっぱりあれやるんですか。」

 

 明日夢はイヤそうだ。

 

「そう、指先だけで挟んで持っていく。力を出す筋肉と、我慢する筋肉は違う鍛え方が必要なんだぞ少年。」

 

 

 

「ヒビキさん、頼まれたもの持ってきましたよ。」

 

 イブキがマジェスティ250に乗ってやってきた。荷物はトドロキの73式に乗せて先に送り出し、あきらと身軽な2人乗りで浅間までやっきてた。降車したその右手にはバトンの長さに切った竹を4本、左手には腕一本程度の長さであるがやはり竹を肩で抱えている。

 

「やあ、すっかり尻に敷かれてるイブキくんじゃないか。」

 

「やあ、みどりさんのアイテムが無ければ空の魔化魍に太刀打ちできないヒビキさんじゃないですか。」

 

「おまえホントキツいよね。」

 

「この間と展開同じじゃないですか。じゃあ4本ですね。確かに。」

 

 イブキは左腕に持つ長い竹棒をくるくると回して楽しんでいる。

 

「ん、ちょうどいい撓りだねえ。さすがはイブキくん。」

 

「ヒビキさん、勢地郎さんがあきらとそちらの安達くんとの祝言を今夜挙げてくれと。」

 

 表情も態度も変化の無いヒビキ。

 

「そうなんだ。」

 

 目だけを剥くイブキ。

 

「それだけですか。弟子の人生を左右する事ですよ。」

 

「俺達がどうこう言ってもこればっかりは当人同士の問題だからね。そういうムダイブキくんの方がキライでしょ。」

 

「達観していらっしゃるんですね。」イブキは皮肉を言った。

 

「まあね。」

 

 イブキはヒビキから離れテントへ足を向けた。ちょうどテントから式神の入ったボックスケースを持ったあきらが顔を出す。

 

「あきら、待ちなさい。君にいい物がある。」

 

「イブキさん、今日はみんなといっしょにカレーですから、みなさんに合わせてくださいね。」

 

「さつまいもはダメかなぁ。」

 

 やはり片手に竹を掴んだままのイブキはテントに一旦入って、中からあきらと対話している。

 

「ダメですよ。豚肉も角切りじゃなくて切り落としですし。それからいつもよりも辛口になると思いますよ。」

 

「え、それもか。君がなんとか調理場に立ってそれとなくやってくれないかな。あった、これだ。」

 

 テントから出てきたイブキは相変わらず竹を握り、反対の手には一冊の本を握っていた。

 

「これは米陸軍がドクトリンとしてる歩兵の教則本だ。」

 

「じゃあ音撃管の、」

 

「この本には銃について一番知っている軍人達が、長い年月をかけて試行錯誤した全てが載っている。君ならこれを素直に吸収して、その長い年月も全てモノにできるはずだ。」

 

「ありがとうございます。私、ヒビキさんの弟子には負けません。」

 

 そうあきらが言ってはじめてイブキは、あの少年の事を気にしている自分に気づく。あきらの顔もなにかに気づいたように呆然としていた。だが直様師弟はお互いの間の抜けた顔を見て笑いあった。

 

 

 

「あれ、太極拳ですよね。」

 

 夕飯は飯盒で炊いたごはんに、適当に切った根菜を煮込んだカレー。その中には全て浅間の空気と水が含まれている。トドロキは意外にも自分で配合したルーを持参してきた為に、これまた意外にも豊かな味わいを浅間の木々に囲まれながら満喫できた6人だった。だが明日夢はやたらウェットに先輩面をしてくるトドロキが暑苦しかった。元々何を話しているか掴めないし、特に頭を鷲掴みにしたりして自分の皮膚と接触したがるのが土足でテリトリーに入ってこられた気分でとてもイヤだった。思った通りの大食漢で、今回炊いた飯盒半分あっという間に平らげた食べっぷりに、見ている明日夢の方が胃もたれした。

 

「ですよねえ。」

 

 夕飯後、洗い物担当だった明日夢が帰ってくると、ヒビキはハンモックでうたた寝しており、イブキ師弟は河原でゆったりとした動作でなにやらポーズをとっている。明日夢は国営放送の健康番組を思い出した。もちろん明日夢が知っているのは制定拳である簡化太極拳あたりだろうが、イブキ師弟が行っているのは、伝統拳である陳式だ。

 

「あれって鍛えられるんですか。」

 

「さあ、イブキはイブキなりにいろいろ考えてるんだろうけどさ、オレはイマイチよく分かんないな。」

 

 ヒビキさんは必要無いと思ってるんだ、と明日夢は思った。

 

「それから、さっきからエンジンの音が止まないんですけど、」

 

「お、気づいたか。周囲の状況に気を配るのは大切な事だ。」

 

「いや、そうじゃなくて、」

 

「ん、たぶんザンキさんかトドロキが車に追いかけられてるんじゃないかな。」

 

「えぇ、・・・・、なんの、」

 

「まあ、特訓だな。弦使いは重過ぎるもん背負ってるから、足腰をもっと鍛えないと動きが鈍くなる。」

 

「轢かれるじゃないですか、」

 

「だから言ったでしょ。車に追いかけられてるって。必死の形相で逃げるんだよ。見てみる?おもしろいよ。」

 

 明日夢は焦るままに口を走らせた。

 

「僕は何かしなくても、」

 

「今は、胃の消化を鍛えて、横になる。さっき言ったぞ。注意する事は呼吸を乱さない事。じっとしている事。それから自分の重心を絶えず捉える事だ。」

 

 それだけ?明日夢の不安はむしろ増大した。

 

「それに他人から置いていかれる不安を鎮めて、自分の鍛練を一つ一つこなす精神を鍛える。」

 

 そうか、ヒビキさんはなにもかも分かってるんだ、

 

「ま、ゆっくり行こうや。まず問題は今夜の事なんだし。」

 

「今夜、」

 

「そう、まあ、問題って程じゃないんだけどね。テントの割り当てなんだ。」

 

「ああ、2人用と4人用ですからね。」

 

「そそ、でね。大きい方には、オレとイブキと、ザンキさん師弟が寝て、小さな方には少年と、あきら、が」

 

「え」

 

 少年の頭の中には、一週間前に目撃した少女の透明感ある肌と意外にも豊満な乳房が過っていく。

 

「つまりだな、」

 

「困りますよ、僕寝られないです、どうしてそんな風になっちゃったんですか!」

 

 猛烈な勢いでヒビキに抗する明日夢。

 

「まあ、俺達大人は、君達少年少女が寝静まった時に、いろいろ呑んだり食べたりするんだ。だから、君達は君達いっしょのテントにしてくれた方がいいって事だな。」

 

 ヒビキは珍しくウソを言った。

 

「ん・・・・」

 

 じゃあ自分が寝ないでいるしかないか、

 

 と考える明日夢。明日夢はヒビキの言う事と自分の想いとを天秤にかけて考えず、すぐに自分で抱え込んでしまう。

 

 あの人にはあの人の考えがあるもんな、

 

 という明日夢の想いを妥協と取るか労りと取るかは、明日夢を観察したものによる。

 

「すまんな。それからオロチの前だから、儀式として、こっちで用意した白装束を着てもらう。」

 

 ヒビキから受け取ったそれは羽織というより浴衣に近い薄さで生地は心地良い触感、鼻孔にハーブかなにかの香りを感じた。セットの白い袴も厚みは草履に近い。

 

「はい。」

 

 もう明日夢はなんでも良かった。

 

 

 

 鳥と鈴虫が耳に意識する程浅間の夜に鳴り響いている。

 イブキとなにか話し終わって、あきらが明日夢の方へ振り返り近づいてきた。白装束のあきらは、赤い帯が明日夢のそれとは違う。やや大きめの袴でデコボコした河原はとても歩き辛そうだが、なぜかそんなちょっとドジ臭いところが妙に似合うあきらだった。

 

「どうも。」

 

 座敷童子って、現実にいたらこんな感じなんだろうか、明日夢はそれだけ思った。

 

「さ、早めに終わらせましょう。」

 

 あきらは視線をあわせず、2人用の小さなテントの方に入ってしまった。

 

「え、え」

 

 明日夢は彼女がいつもより機械的に思えてならなかった。

 

 

 

 大型テントのターブ下、テーブルを挟んで対面するヒビキとイブキ。二人とも最後となるかもしれない酒を酌み交わしていた。

 

「僕はですね。納得がいかないと言ってるんです。」

 

 イブキが珍しくヒビキに噛付いていた。

 

「仕方ないでしょ。同い年くらいの相手は他にいないし。あきらも恭介がいなくなって早い事番いを探さなきゃいけなかったからね。」

 

「要するにあきらの両親を取り込んだ魔化魍を退治すればいいだけの事でしょ。」

 

「で、退治するのは明日か、明後日か。」

 

「オロチで集結している魔化魍の中にいるかもしれないじゃないですか。」

 

「その前に存在が消えてしまうかもしれないぞ。」

 

「だからと言って早急過ぎるじゃないですか。」

 

「ちょうどオレの弟子も消えかかってる。」

 

「じゃあヒビキさんは自分の弟子の為に、僕の弟子を犠牲にしようと言うんですか。」

 

「自分の弟子が犠牲にならなきゃなんでもいいのかい。」

 

「それは・・・」

 

 イブキは渋々黙り込む。ヒビキはテント横にあるクスノキから葉を千切って、笛にする。

 

「だからさ、最後は本人同士の問題なんじゃない。」

 

「あきらは、真面目過ぎて、仕来りは拒否出来ないんです。だから、もう少し、」

 

「もう少し弟子を信用しなさいって。」

 

「その手の問題にすり替えるのは卑怯ですよ。ヒビキさん。」

 

「なんだ、俺にも呑ませろ。」

 

 いつのまにかヒビキの背後からザンキが回り込んで、酒を取り上げ一気に呷った。さらにその後ろでトドロキが2本のギターケースを抱えていた。

 

「ああ、呑んじゃいけない人が呑んじゃった。」

 

 ヒビキは再度ザンキから酒を取り上げ自分も呷った。

 

 

 

「おやすみなさい。」

 

 テントの中、あきらとお揃いの白装束の明日夢は早く目を閉じて先に寝てしまおうとした。もはや頭の周りにはいくつものあきらの裸体が小躍りしながら浮かんでいる。

 

「不束ながら、これからよろしくお願いします。」

 

 だがあきらは、いきなり正座をし、三つ指を立てて明日夢に頭を下げた。

 

「は、はぁ、はい。」

 

 明日夢も慌てて起き上がり、訳も分からないながらあきらと同じく正座した。

 

「貴方、もしかして聞いてないわね。」

 

 顔を上げたあきらの目は冷え冷えとしている。

 

「え、ぁ、」

 

 頭を上げず下から見上げる明日夢。

 

「ヒビキさんってどうしていつもいつもフザケてるのかしら。」

 

 明日夢は呆然として固まっている。

 

「いい、私達は、今日祝言をあげるの。」

 

「へ?」

 

 明日夢の人生でこれほど情けなかった瞬間は無かったろう。

 

「要するにセックスするって事よ。」

 

「へ」

 

 明日夢のアイデンティティが音を立てて崩れた。

 

「まあたぶん、お互いの心に傷をつけ合うって事でしょうね。お互いに意識されている内は現世から消えないって。でもね。私、この祝言まだ形だけにしとくつもりだから。どうせ吉野がなにも見ないで決めた事だし。けっこういるのよ。建前で夫決められちゃったけど、後で適当に相手見繕って。私もそうする事に決めたから。」

 

 あきらは機械的に言葉を羅列し、即仰向けになった。明日夢はただ目が泳いでいる。

 

「僕は・・・どうすればいいんでしょうか・・・」

 

 あきらはその言葉に呆れた。しかし冷たい視線が分かっていても明日夢は聞く以外何も思い浮かばなかった。

 

「すれば。」

 

「すればって・・・」

 

「貴方そうしないと消えちゃうでしょ。」

 

「でも・・・」

 

「いいわよ。体はあげても心はあげないから。」

 

 

 

「大体あのウダウダした弟子はなんだヒビキ。なんの脈も無い。そのくせつまらん意地に満足している。あれじゃどこまでも小さな満足だけで終わっちまう。今時のガキのつまらんところを全部固めて増長させてるようなもんだ。」

 

 ザンキは既に日本酒を一升空けた。

 

「おもしろいなぁザンキさん。」

 

 ヒビキは顔では笑っていた。

 

「どうせ甘やかしてるんだろ。キッチリキッチリ体に覚え込ませねえと、なんにもできんヤツになるぞ。」

 

「オレは、なんつうのかな、少年を素直に伸ばしてやりたいんですよ。」

 

「甘っちょろいつうんだ!」

 

 この状況でトドロキだけはただザンキの言う事に肯いている。イブキは既にテントの中へ逃げていた。

 

「ロボットを作るよりマシだと思うんですけどねえ。」

 

 ヒビキはとびきりの笑顔をトドロキに向けた。

 

「こいつは、これでいいんだ!」

 

「ああ、トダヤマは可愛い、トダヤマは可愛い。」

 

 ザンキの口まねをするヒビキ。

 

「そうかい、」すかさずトドロキから一本ギターを奪い取り、ケースから取り出すザンキ。「抜けヒビキ!」

 

「いいですよ。」ヒビキも既に枹を両腕に握っている。「うちの自慢の弟子を侮辱されたんですからねえ。」

 

 ヒビキも目が座った。

 

 

 

 沈黙が重過ぎる。

 

「・・・・」

 

 あきらの言葉は最大限の侮蔑と嫌悪を込めていたが、明日夢はそこまで意を捉えていない。それは16歳の少女と16歳の少年の性愛への認識の差から来るものである。

 

「・・・・」

 

 一応、いいって事なのかな、

 

 明日夢は、なにか分からず、ただ言葉のままあきらの体に手を伸ばして、あきらの顔を覗きこんだ。

 

「キモチワルイ・・・」

 

 あきらは小刻みに震え、その顔は涙に濡れているではないか。

 

「君・・・・」

 

 そうだよな、

 

 とこの時に自尊心でなく素直さで頭をめぐらせる事ができるのは明日夢の良い点なのか不甲斐ない点なのか。

 

「キリヤくん・・・・」

 

「君のご両親を呑み込んだ魔化魍ってなんだっけ。」

 

 あきらは涙目で明日夢を見やった。

 

「僕、君をこんなに不幸にした魔化魍は、許せないと思う。」

 

 僕、調子に乗ってるな、

 

 自重心が抑え切れない自分を感じた。

 

「貴方は、意気地がないだけよ!」

 

 堰を切ったように泣き出し始めるあきら。それを止める事も出来ず、眺めるまま狼狽えるしかない明日夢。

 結局思った通り寝る事が出来ない一夜となった。

 

 

 

「ヒビッキィィィク」

 

「ザンッッキィっっっク」

 

 満月の夜、二つの閃光が夜空高く交差する。二人の30越えた中年は着地と同時に振り返る。振り返り様両者の顔面から油臭い汗が飛び散った。

 

「こいや、ヒビキぃ!もっと本気を出せえぁ!昔のようになぁ。」

 

 既に二人の腕に得物は無く、拳と拳の熱苦しい激闘と化していた。

 ザンキの鉄の拳がヒビキのリバーへ。敢えて受けるヒビキはザンキのテンプルへ一撃。しかしザンキの狂気した目つきと意志は失われる事がない。

 

「オレは止めたんですよ。そういうの。」

 

 ヒビキの延髄切りが飛ぶ、

 

「昔のてめえはもっと強かったぞ!あの錐のように鋭い目つきはどうしたぁ!」

 

 ザンキの踵落しが唸る、

 

「そういう折れそうな強さはオレは向かないって分かったんですよ。」

 

 ヒビキのコブラツイストが決まる、

 

「鬼ってのはな、自分を極限まで削りとってナンボだ。おまえは臆病風に吹かれちまっただけだぁ!」

 

 ザンキ4の字、

 

「ザンキさん、自分を追い詰めるのは鍛える事じゃないですよっ」

 

 ヒビキバックブリーカーからホールド、

 

「おめえの弟子はおまえの弱さの象徴なんだよ。」

 

 ザンキのアルゼンチンバックブリーカー、

 

「貴方もでしょうが。」

 

 もちろんこの場にいるのは二人だけではない。

 

「さすがっス、ザンキさん、右っス、右。」

 

 特等の観覧席で応援に勤しむトドロキだった。

 

「止めるべきでしょフツー。」

 

 竹を後頭部、

 

 ハラホロヒレハレと一撃で失神するトドロキの背後から現れたのは、早々とテントの中に引き上げたはずのイブキだった。イブキの手には日中握っていた竹棒が。

 

「眠ってなさい。貴方達もね。」

 

 投げる竹棒、

 

 くるくると回ってバックブリーカー中のザンキの眉間に一撃、ザンキはヒビキを抱えたまま仰向けに卒倒、ヒビキもその勢いで頭を強く打ち失神。

 

 反射して返ってくる竹、

 

「うん、だいぶ自分の手にしてきたぞ。」

 

 竹棒を振って満足気なイブキだったが、小さい方のテントの中が未だランタンが消えていない事に気づく。中の影は、一人の者の上半身がくっきり浮かんでいる。

 

「香須実、娘は産んでくれるなよ。」

 

 

 

 

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