仮面ライダー真・響鬼SPIRITS   作:bassher

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六の巻 餓える朱鬼

 

 

 

「先生、見えました、僕だけで、今魔化魍が僕の目の前に!」

 

 青年は生白い腕を上げて指差す。指差す方向には、身の丈7メートルというオオアリが。

 

「そうか。私の術の助けが無くとも見えるのか。ではよく見ているがいい。私がこれから憑依される姿を。」

 

 20代のボディを保っているが、顔立ちの色香はそんな若さでは身につかないものを持っている女が隣に立っていた。朱鬼は、クスノキの葉を一枚モいで口元へ。奏でる音と朱鬼の肉体が共振し、葉が舞い、落雷を受け、そして纏わり着く葉が全て燃え盛り包み込んだ。

 

「鬼・・・」

 

 少年は唖然と朱鬼を見つめる。

 

「本物だな。これが魔化魍を滅ぼす唯一の方法だ。」

 

 朱鬼が再びクスノキの葉を吹く。

 苦しみもがくオオアリ、朱鬼はオクターブを上げて一唱節完奏、途端やや静止したオオアリは爆砕した。

 

「教えてくれ先生、オレも、マカモーを倒したい。どうしても助けたい子がいるんだ。」

 

 朱鬼が少年を見つめる目は穏やかに喜怒哀楽の境を彷徨っている。

 

「おまえはオロチに選ばれた者かもしれんな。」

 

 

 

「ヒビキさん、・・・僕もう・・・大丈夫、です・・・」

 

 ヒビキは項垂れた明日夢の背中を摩っていた。地面には多少吐いた痕があり、土を蹴って掛ける明日夢だった。

 

「ヒビキさん、これは酷いです。こんな事あっちゃいけないです。ここに居たくないです。」

 

 明日夢は見たくもないのに、その方向を向いてしまう。

 その山間には、数十、もしかして百を超えているかもしれない魔化魍の群れが、大地が見えない程に折り重なって、ゆっくりとした動作で互いを喰らい合っていた。ヨブコは体半分を同化しながらもなおそのツチグモを喰おうとする。ヌリカベがオオアリを圧し潰す。しかしそのヌリカベがノツゴに襲われた為に十数体のヤマネコが群がって五体バラバラになる。喰ったものはさらに喰い、または喰われる。そんな現実を師弟は偵察していた。明日夢は幻覚だ、テレビのワンシーンだ、自分とは違う世界の出来事なんだと言い聞かせた。

 

「少年、俺達はおそらく明日、この現実に立ち向かっていかなきゃいけない。目を逸らすな。これも鍛える内だ。」

 

「でも僕は、」

 

「少年は元々感受性が高いんだよな。」

 

「え?でも僕、みんなから鈍感な方だって、」

 

「そうなんだ。じゃあたぶんこうだな。少年はあんまりいろんなものを感じて考え過ぎちゃったんだろうな。小さい頃からさ。だから自分から閉じる事を覚えるようになっちゃったんだ。」

 

「僕初めてです。そんな事言われたの。」

 

 明日夢は苦痛に顔を歪ませながらも、少し嬉しい目をした。それを見てヒビキも笑顔を作る。

 

「感受性が高いとさ。オレなんかよりもっといろんな面が見えちゃうんだってさ。そしていろんな事をもっと考える事ができる。だけどいっぱい考え過ぎて、要点もなにも分からなくなってくるんだそうだ。そこで自然に閉じる事を覚える。どこ閉じてどこ感じるかは勘でやるんだけど。少年、感受性を閉じると、要するに勿体無いんだよ。感受性を鍛えてもっとたくさんのものを感じられるようになったら、それが少年らしいって事に繋がると思うんだよね。もっといろんな事が見えちゃって、今よりももっと辛くて、もっと閉じちゃいそうになるかもしれないけど、少年はもっと、少年でいなくちゃ。オレはそう思う。」

 

 ヒビキは昨日のザンキとの確執が頭から離れないようだ。

 

「でも、僕はそんなに、ここはたぶん僕が居る場所じゃないと、」

 

「そうか、そう考えるのもいい。」

 

 ヒビキは明日夢から目線を逸らす。

 

 ヒビキさんは僕にここに居て欲しいんだ、

 

 明日夢は自分がそう思える事に驚いた。そしてヒビキの顔がまともに見られない程後悔した。

 

「そうそう少年、忘れてたが温泉みやげで買ってきたものがあったんだ、」

 

 と言ってヒビキは首にヒモでぶら下げていたオリエンテーリング用のコンパスを明日夢に渡す。コンパスは薄いアクリルの物差しに埋め込まれている。

 

「ヒビキさん・・・僕に、」

 

 明日夢はヒビキの肌身に触れたものを貰って目が飛び出そうなほど嬉しかった。コンパスは明日夢の掌の中で、地磁気の影響があるのだろう、ある特定の方角へ留まろうとしてはなにかの拍子でゆらゆらと回り、いつまでも回転が止まる事が無かった。

 

「少年、道に迷うと思ってな、買ってきた。困った時は、針の向く先を見るんだ。たとえオレがいなくても、一人でどうにかなるだろう。」

 

「一人で、」

 

 その言葉にやや不安になる明日夢。ヒビキの言わんとする事は分かっていた。ヒビキの視界の範囲でいるからこそ今の自分がいる。

 

「そうだ。」

 

「一人で、どうにかならなかったら、」

 

「どうにかする。」

 

「どうするか分からなかったら、」

 

「どうにかするまで考える。その時の少年の迷いは、他の人間は迷わない事かもしれない。少年だけのものかもしれない。だけど、少年だけのものだから、どうするか一番分かってるのも少年のはずだ。答えは絶えず少年の中にある。そして乗り越えれば、少年だけの強さを持てると、オレは思う。」

 

「そんな・・・・」

 

 ヒビキは魔化魍達の蟲毒の儀式を目を細めて眺めている。

 

「どうもオッサン臭い事いっぱい言っちゃったな。そろそろキャンプに帰ろう。魔化魍はこの間みた時よりもだいぶ数を減らしている。」

 

「ヒビキさん、あの黒い影、あれがそうじゃないですか。」

 

 なんとか魔化魍を見やった明日夢は、ある黒い人影が混じっているのに気づく。黒装束の女は、ノツゴの上で呆然と立ち尽くしている。

 

「よく見つめたな。偉いぞ。いいか次にまた吐く程苦しんだら、この乗り越えた瞬間を思い出すといい。」

 

 ヒビキに誉められ明日夢は小さな小さな達成感を満たした。

 

 

 

「いいかいあきら。これが通常僕ら管使いが弾として用いる鬼石。」

 

 切り株を囲んで座る師弟。イブキは手に持つ丸い珠をその切り株に転がしてみせる。落ちそうになる弾を被せるように掴むあきら。

 

「そしてこれがみどりさんが新しく作った徹甲弾。円錐に加工した上で固有振動数の同じ硬質な金属を被せてある。甲殻系の魔化魍を貫通できる。」

 

 イブキはやはり切り株の上に転がす。

 

「フルメタルジャケットというものですね。」

 

 掬い上げるあきら。

 

「うん。さっそくマニュアルを読んだようだね。まあフルメタルジャケットの場合貫通力を増す事と、対人用に余計な苦痛を与えない目的もあるんだけど。それからこれは甲殻系以外に使用する時は注意が必要だ。」

 

「貫き抜けてしまって、体内に留まらない。」

 

「そうだ。だからこれは甲殻系に限定される。そして通常の敵に対してダメージを深くする弾がこれだ。」

 

 イブキが人差し指と親指で摘んでいるそれは徹甲弾と見分けがつかない。

 

「これは前と後ろで素材が違う。後ろは鬼石だが、前の先端は同じ固有振動数を持ったもっと軽い素材だ。これは魔化魍の体内に入ると踊る性質を持っている。」

 

「踊る、傷口を拡げる、」

 

「そうだ。より強い苦痛で、魔化魍の動きを止める事ができる。まだ君には懐に入られないように戦うのはレクチャーしていないからね。君にこの二つの弾種を使い分けてもらう。」

 

 イブキは膝元に隠していたパイナップル状の弾倉を2本取り出した。

 

「これは私の、」

 

「うん、君の音撃管は、僕のそれと違ってプルパップのカートリッジ式だよね。だから、」

 

 その2本のカートリッジを上下互い違いに密着させ、ガムテープで巻く。

 

「戦闘中に弾倉を付け替える、」

 

「うん、その為にも君にはあの管に慣れてもらう必要があった。もちろん最初に言った通り、君はあれから入る必要があるというのが第一だけど。」

 

 あきらは弾倉を受け取りつつ、柔らかな顔を作った。

 

「余計な一言が無ければ、素直に喜ぶんですけどね。」

 

「君ホント最近口が悪くなってきたね。まるで香須実みたいだ。」

 

「ええ、奥方とは師匠よりも密な関係を築いておけって支部長から言われてますから。」

 

 気まずい顔のイブキは、ケータイの着信音に救われる事になる。

 

「ヒビキさん、」

 

 あきらも普段ケータイなぞ使わないヒビキの名が出た時、顔を緊張させた。それほど急を要する事態を察した。

 

「分かりました。すぐ結界を閉めます。」

 

 自分のD901iSをしまって、あきらに振り返る。

 

「始まるんですね。」

 

 口を先に開くのはあきらの方だった。イブキはこの子の勘の強いところが、この子の足を引かないか不安になる時がある。

 

「ああ。」

 

 ただそれだけ答えたイブキだった。

 

 

 

「ザンキ、そう名乗るがいい。」

 

「おまえと仁志は役目が違うのだ。」

 

「男に抑え込まれたのは50年ぶりだ。おまえは決して私を忘れないのだろうな。」

 

「おまえは一匹の魔化魍の命を奪った悔いを忘れる為に次の魔化魍を狩ろうとするだろう。しかし一匹が二匹に増えるだけなのだ。おまえはそういう男だ。女に関してもそうだ。私を忘れようと別の女を抱いたとしても、忘れられぬ女が二人に増えるだけだ。」

 

「ザンキ、どのような刃でも、どのような音撃でもオトロシの甲羅を貫く事ができぬ。」

 

「吉野か。あそこはここ百年で堕落してしまった。健全な肉体と精神を鍛えるだと。鬼の本質から目を逸らして、鍛えるも何もあったものではない。自身の怨念を隠して正義と美化する者はいずれ堕落する。」

 

「だからおまえを選んだ。私の為に身を捧げて、魔化魍を倒そうという生真面目なおまえをな。」

 

「鬼の本質とは即ち魔化魍だ。魔化魍は存在を喰わねば存在を保てぬ。鬼はその魔化魍を討たねば存在を保てぬ。同じだ。」

 

 だがザンキの心にもっとも刻みこまれた朱鬼の顔は、自身に向けられたものではなかった。

 

「仁志、たかだか2、3度手ほどきした程度で私の弟子を気取ったか。自惚れるな!おまえの汚らしい顔なぞ、見たくもない。」

 

 

 

 オレは、一点の曇りもない、

 

「・・・ンキさん!いったい、いつまでやるんスかぁ」

 

「いつまでもだ。跳べ。オレがそう言ったら跳び続けろ。」

 

「は、はいっス」

 

 全長15メートルを越えるスギの大木へ飛び乗っては下りるをくり返すトドロキだった。

 

「いいか。おまえが飛行する魔化魍への対策は跳ぶしかねえ。跳んで跳んで跳びまくって対手を追え。そして烈雷を突き立てろ。」

 

「それより、ザンキックがやりたいっス。ザンキック!」

 

「それよりだぁ、十年早え!」

 

「も、申し訳ありませんス!!」

 

「いいか。ザンキックはオレだからできるんだ。よい子は決して真似しちゃいけねえんだぁ。」

 

「かっこいいっス、真似しねっス!」

 

「目もアテられないな。」

 

 そんなザンキ師弟にイブキは呆れ顔である。やはり右腕には竹の棒が握られていた。

 

「来たか。」

 

 ザンキはイブキの用件も聞かず答えだけ求めた。

 

「さすが察しが早い。ええ、来ましたよ。」

 

「あきらよりおまえが行けばよかろう。伝令ならどんな間抜けな弟子でもできる。」

 

「あきらは僕なんかよりずっと優秀です。結界は任せていいですよ。それより第一の突入はザンキさんが決めるんでしたよね。」

 

「日が沈んだ直後。時と共に結界は効力を増す。夜陰に紛れ奇襲し最大の効果を上げる。それで半数仕留められなければ、失敗だと思え。」

 

「聞いてもいない忠告までありがとうございます。」

 

 ザンキはクスノキの葉をもいで口元に持っていく。イブキは竹をある角度に振り下ろすを繰り返しながら立ち去っていく。

 さて、その間トドロキはというと、跳んでは降りを二人の会話中ずっと繰り返していた。

 

 

 

「少年、打ってこい。」

 

 ヒビキは短くカットした竹の棒を一本水平片手に突き出している。

 

「こんな事していて、僕等本当にいいんですか。」

 

 明日夢もまた竹を一本両手で握って、やや腰を引き気味に構えている。

 

「オロチは長期戦だ。だから日課は大事になる。迷うな。自分の思った通り打ち込んでこい。」

 

「はい」

 

 そんなヒビキ師弟の手合わせを木陰から眺めているあきらとイブキがいた。

 

「あきら、気になるのかい。やはり自分の亭主になった男が。」

 

「いえ、明確な戦力を知りたいだけです。」

 

 そう言い張ると思った、

 

 イブキはあきらの両肩にそっと手を添えた。

 

「少年、考え過ぎるならもっと考えろ。ふっきれないならもっと考えろ。考え過ぎて自分が壊れるなら、オレが少年を鍛えて壊れないようにしてやる。だからもっと考えろ。」

 

「はい、」

 

 ヒビキは音叉を鳴らす。

 

『ヘンゲ』

 

 音叉に共鳴して変身する響鬼。だが竹を構えるその姿勢は一切変わり無い。

 

「いいか少年。もっと考えろ。魔化魍に喰われる人の人生、残された人の人生、そして魔化魍を倒す鬼の人生、そして魔化魍が人を喰う気持ちをもっともっと考えるんだ。そして魔化魍を倒すしかなくなった時の自分と向き合うんだ。その全てを今のオレにぶつけてこい。」

 

「ハイ、響鬼さん!」

 

 明日夢は及び腰ながら両手で枹を突き出す。その体からは明らかに煙が一筋二筋立ちはじめていた。

 

「貫目の呪は、肉体と精神に重石を乗せる事で人を鍛練する。20貫目で肉体のムダな動きを避けるようになる。できなければそこで終わる。30貫目に至れば絶えず体全身の筋力を集中させる術を覚えるようになる。できなければ日常の生活すら難しくなる。40貫目で精神が肉体を越える。できなければ精神が衰弱してそこで終わる。精神が肉体を越えるという事は、肉体の限界を越えて酷使できる事。彼は少し早いがやはり精神が肉体を越えてきている。」

 

「あんなミエミエの突きで、」

 

 イブキとあきらの見守る中、明日夢の体が陽炎のようにぼんやりと揺らぐ。

 

「そんなバカな。音叉もナシに。いや、だから響鬼さんは変身しているのか。」

 

「・・・・、でたらめなんだから」

 

 炎をあげる明日夢の竹。少年は自分が引き起こした現象にやや戸惑っている。

 

「あ、あ、」

 

「迷うな!」

 

「は、はい。」

 

「そのままオレを突く事を考えろ!」

 

「ハイっ!」

 

 その姿は炎に包まれ既に見えない。

 

 奇声を上げる少年、

 

 炎が鬼を象ろうとするかしないかという靄となって響鬼に突っ込んでいく。

 

 はぁ、

 

 響鬼も又吠える。明日夢の炎の突きをギリギリまで引き寄せ、寸前竹を回転しつつ身を翻し、

 

 後頭部を打つ、

 

「あれはまさか紅、」

 

 イブキは目の錯覚か疑った。一瞬だったが鬼と化した明日夢の姿は、響鬼のそれに酷似するものの、色は真紅の炎が内包されたまま保たれていた。

 

「少年、考え足りなかったな。だがそれでいい。こうならないように、次はどうするかもっと考えるんだ。」

 

 既に鬼の姿を解いたヒビキは、俯せに倒れ込んだ明日夢に笑顔を向けた。ヒビキの額には油汗が流れて出ていた。

 

「ヒドイや、ヒビキ、さん、」

 

 明日夢はそのまま失神した。

 

「ヒビキさん、なぜそんな悠長な事をしているんです。もっとちゃんとレクチャーすべきでしょ。30貫目にしてはまるで型も基本も身についてない。」

 

 イブキがなにか堪りかねたように出てきた。

 

「やあ、あんまり人の修行を見るもんじゃないな。鬼同士の暗黙の了解ってヤツでしょ。あきら、少年を介抱してくれないか。」

 

 そう言われる前に失神した明日夢に駆け寄って抱き上げ、テントに運ぼうとするあきらだった。

 

「ヒビキさん。まるで逆ですよ。もっと初期の段階から戦いの型をレクチャーしないと、ただ鬼になればいいというものでは、もし僕が彼の師だったら、こんな、」

 

「だからさ。人のやり方に口鋏むのはタブーって言ってるでしょ。大体、イブキ君じゃ彼を型通りのやり方で潰しちゃうだろうな。」

 

「僕だって人を見ますよ。貴方のはただ彼を甘やかして、野放しにしてるだけです。あれじゃ鬼として通用しない。」

 

「鬼として通用するとか、社会に適応するとかよりも、まず少年は少年として自分を固める必要がある。鬼や社会に慣れるのは、自分として余裕が出来てからでも遅くない。」

 

「せっかくの戦力をオロチに間に合わせる気が無いのかと言ってるんですよ。」

 

「そうやって、自分に都合のいい少年にしたいんだな。それともあきらの亭主があんまり情けないのが耐えられんか。それとも少年に嫉妬したか。」

 

「貴方がそんなに話の分からない人は思わなかった!」

 

 イブキはヒビキの制止するのも聞かず、テントに向かっていった。

 

 

 

「トドロキ、正座。」

 

 音撃弦「烈斬」を片手に、切り株であぐらを掻くザンキ。

 

「はいっス」

 

 対面するトドロキは地面に正座し縮こまっている。両者共に汗が滴り落ちている。

 

「後3時間程で第一の突入を開始する。」

 

「はいっス」

 

「魔化魍三難を挙げてみろ。」

 

「はいっス。第一にノツゴ、硬い甲羅と再生能力があり、針と2本のツノが武器の生意気なヤツっス。第二にアミキリ。甲羅があるくせに空を飛び、ハサミを持っている意地悪なヤツっス。第三にオトロシ、こいつは巨大で甲羅があって、足からジェット噴射して空を飛ぶ厄介なヤツっス。」

 

「その攻略法を言ってみろ。」

 

「はいっス。ノツゴは針を撃ち出す尻尾を攻撃し、再生する前にこの烈雷を撃ち込むっス。アミキリは管の鬼と組んで羽根を狙って撃ち落とし、この烈雷を撃ち込むっス。」

 

「それが出来なければ、」

 

「跳んで追いかけるっス!」

 

「じゃあオトロシは、」

 

「オトロシは、・・・・・・え、オトロシは・・・・」

 

「バカヤローっ!」

 

「すいませんっスっ!」

 

「教えてもいねえのに答えられる訳ねえだろうがっ!」

 

「すいませんっス!」

 

「いいか、一つのオロチにただ一匹しか現れない魔化魍、オトロシはただ再生するだけのノツゴとは全く違う。ヤツの甲羅は音撃を打ち消す超振動を引き起こす。鬼にとってもっとも厄介な敵であり、また必ず倒さねばならん敵だ。管も枹も通用せん。あのオトロシを倒す手立てはただ一つだ。」

 

「なんですか、それは。」

 

「・・・・・、その為におまえがいる。オレが昔先生に選ばれたように、オレはおまえをその任に選んだ。」

 

「・・・・?」

 

「おまえ、オレが死ねと言えば死ねるか。この世の為に死ねるか。」

 

「もちろんっス」

 

「気安く言うな!」

 

「ザンキさんが言うなら死ねます!」

 

「オレはおまえを犠牲にしてただオロチから助かりたいだけかもしれんぞ。」

 

「ザンキさんはそんな事しねえっス。ザンキさんが世の為と言うなら、死ねるっス。」

 

「おまえはバカな弟子だ。」

 

 ザンキは烈斬を杖に立ち上がり、腕の音枷を鳴らす。

 

『ヘンゲ』

 

 音枷から低い声が唸る。肉体が共振し鬼の姿へと変身。

 右腕と左足の金に光る機械のそれを除いて漆黒のしなやかに絞りこまれた肉体。一本の角。隈取られた顔面のラインは金。このトドロキと色違いの姿こそが斬鬼。

 

「トドロキ、見ていろ。おもしろいのはこれからだ。」

 

 烈斬を天に向けて立てる斬鬼。

 

 をぁ

 

 斬鬼の怒声と共にその肉体が光を帯び、そしてどこからともなく数十体の式神達が空と木々の隙間から現れ出でる。

 

「斬鬼斬!」

 

 烈斬に軟体生物のように形を変え集約していく式神たち。式神達はそのまま光沢艶やかな刃となって烈斬のボディ包み、刃渡り十尺はあろうかと言う巨剣と化す。

 だが変化はそれだけではない。斬鬼自身も又光に蝕まれるようにそのまま体色を変化させていく。漆黒が上塗りされ、角度によって銀とも金も見られる光の色へ。

 

「斬鬼・輝(かがやき)」

 

「すげー、斬鬼さんすげーっス」

 

 目を輝かせてただ喜ぶトドロキだった。

 

「トドロキ。この世でもっとも強い魔化魍が何か分かるか。」

 

「え・・・・、オトロシっスか。」

 

「違う。それは、鬼だ。」

 

「え?」

 

「どんな魔化魍をも打ち倒す。鬼が最強だと思わんかトドロキ。」

 

「そうか、さすが斬鬼さん!」

 

「この斬鬼斬、鬼すら斬るという意味だ。これを最後に見せてやりたかった。信頼しろ。オレの百貫目まで鍛え抜いた力をな。」

 

「ハイっ!斬鬼さん」

 

 

 

「んん、分かってるよ。」

 

 ヒビキは珍しく携帯電話で通話している。

 

「大丈夫だよ。充電はちゃんとジェネレーターでさ。軽油も1週間分あるしさ。ていうかみどりはさ、そういうの気にし過ぎだって。」

 

 F672iは半ばみどりとヒビキのホットラインのようなものである。みどりの番号しか登録していない。

 

「オレさ、おまえにさ、言われた事なんとなく分かった気がするよ。少年をさ、ペット扱いしているってさ。」

 

 中途にネットやメールの機能があるが、通話専用にすれば良かったと買ったみどりは後悔している。

 

「構ってやれば、気が紛れると思っちゃったんだろうな。無力な可愛いだけの少年をさ。でも言い訳じゃないけど、だんだん人間に思えてきたよ。ちゃんと生きて考えてるんだなとかさ。ザンキさんは関係ないよ。ホントだって。強がりじゃないって。じゃあな。また電話できるよう祈ってくれ。じゃあ。」

 

 明日夢が覚醒する気配はここ1ヶ月でなんとなく分かっているヒビキ。早々にみどりとの携帯を隠す。

 

「ヒビキさん・・・・僕、」

 

 明日夢が目覚めた時、そこはテントの中、仰向けに見上げる明日夢の視線の先にはヒビキの笑顔があった。

 

「少年、ちょっとオレの力加減がなってなかったな。」

 

 頭で感じる柔らかな弾力は明らかに枕のそれではなく人肌、

 

「僕、また倒れちゃったんだ、」

 

 ヒビキの膝枕だと気づいた時、明日夢は跳ねるように上体を起き上がらせた。

 

「いままで、あきらが介抱してたんだがな。ついさっきオレが変わった。」

 

「え、あの子が・・・・」

 

 明日夢は、彼女は対面上の理由でそうしたんだろうなと思った。

 

「少年、あきらに手をだせなかったろ。」

 

「はい。ずっと 起きてました。」

 

「苦手か。」

 

「そんな、でも、はい。なんていうか、あの子はしっかりしてるから。」

 

「あきらは、少年に合わせてやれる余裕が無いんじゃないかな。」

 

「そうでしょうか。僕はその、あの子のように現実にちゃんと着いていけないです。」

 

「お、奥方を庇ったねえ」ヒビキは揶揄う。明日夢は俯いた。「現実に着いていくだけで精一杯なんだよ。だからに他人に合わせる事ができないでいる。少年は人に合わせようとして現実に合わせる事を後回しにしちゃう。オレにはそう見えるけどな。ま、少年の場合、自分としてちゃんと鍛えれば、現実に合わせるなんてチョロいもんさ。」」

 

「ヒビキさんは、どうしてそんなに自分に自信を持てるんですか。」

 

「持てないさ。鬼しかできない、枹しかできないんだ。」

 

「でも枹でいる自分を最初から貫いたんでしょ。」

 

「貫けないさ。昔、ちょっと手ほどきしてくれた人がいてな。枹は古い。一撃で魔化魍を討てなければ、枹を捨てて弦にしろって言われた事がある。でもオレは枹を捨てられなかった。だからその人から一生教えを受ける事が出来なくなったよ。」

 

 その声のトーンに、ヒビキがとても辛い記憶を持っている事を感じる明日夢。

 

「それでも枹なんですか。」

 

「悩んだ時期はあったな。そしたらさ、みどりがさ、あ、突然みどり出しちゃうけどさ。みどりがそんなウジウジしてる自分を見て、泣いちゃったんだよね。」

 

「泣き顔・・・」

 

 明日夢は昨夜のあきらの泣き顔を思い浮かべ、ヒビキと痛みを共有しているような気になる。

 

「泣いてさ、オレらしくないって。それからみどりは、いろんなもん作ってくれた。オレが枹で戦えるようにな。そこまでしてくれるなら、枹で戦うしかないよなって思うんだ。」

 

「でも前に、自分が枹を打ちたいって。」

 

「だって、みどりのせいにしちゃってるみたいじゃん。それは男として言えないだろ。」

 

「ああ。」

 

 ヒビキも自分になるのは相当の決心が必要で、

 自分と同じように現実が上手くいかなくて、

 それでもここまで自分でいるヒビキ、

 

「そろそろ突入する。まず姫を撃つ。そこまで着いてこれるか少年。」

 

 ヒビキの通った道を、今自分も通っているに違いない、

 

「はい、僕が、着いて、僕がサポートします。」

 

 明日夢はいつもヒビキの背中を見ている。

 

 

 

 日は既に沈み、夜の浅間に木霊するのは、怪物達の絶叫だけである。

 それは生死の縮図、まるで生きる絶頂、あるいは生きる喜び、生きる意味、達成感すら垣間見られる同類の捕食であった。捕食しては捕食され、体半分失いながらも、失わせた対手を死に追いやって捕食し、次に視界に入った隣の者に狙いを定める。魔化魍の生きる全てがそこに凝縮されていた。より強い者が生き残り、弱い者が淘汰されていく。その自然の原理を、生き残る行為を、人がそうであるように、怪物達は喜びに満ちて受け入れているのだろうか。

 

「地脈詠みの桂馬と金の指定したポイントが一致するのもアレだが、ホントに姫が現れるとはね。」

 

「ヒビキさん、地脈は気象学と同じ観察による統計ですよ。ただ見えない人と信じない人が多いというだけです。科学となんら変わりありません。」

 

 そう言うイブキを含めた4人の男性と1人の少女、そして一歩下がって少年明日夢が立ち、浅間の盆地で繰り広げられる壮絶な蠱毒の儀式を眺めている。6人の立つ足下には、細い木の棒に札を貼ったものが幾本も横並びに差してある。

 

「イブキ、退路を確保しとけ。」

 

「ザンキさん、指揮はイブキさんが、」

 

「いいんだあきら、僕もそう思っていた。」

 

「変身、」

 

「あ、ズルいッスヒビキさん、全員一斉にってさっき言ったじゃないっスか。」

 

 ヒビキが徐に音叉を取り出して腕時計を弾く。続いて明日夢を除く4人が変身アイテムを手にした。

 

『ヘンゲ』

 

 音叉の鬼面が光る、

 

 炎、風、雷、

 

 纏ったそれを祓う5人の鬼、

 

「少年、3番だ。投げろ。」

 

「はい、」

 

 少年明日夢はカーキ色のリュックサックから、音撃鼓を一枚取り出し響鬼の元へ投げた。響鬼は見もしないで片手で受け取った。

 

「結界の中に入る。」威吹鬼がいつもと全く違う威のある声を放つ。「突入!」

 

 6人の男女が横並びの札を踏み越えていった。

 

 

 

 

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