仮面ライダー真・響鬼SPIRITS   作:bassher

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七の巻 迫るオロチ

 

 

 

「敵が来たってのに、お互い喰い合うのに夢中になってやがる。」

 

 斬鬼は含み笑みすら浮かべ、烈斬を構える。

 

「斬鬼さん、オレやるっス」

 

 相変わらず気負う轟鬼は片手に弦、もう一方には四角いスピーカーのようなボックスを抱えている。

 

「あきら、近づけさせるな。」

 

 既に鬼石を何発も撃ち込んでいる威吹鬼。

 

「はい、大丈夫です。」

 

 あきら変身体は、音撃管「舞香」を一撃バケガニに撃ち込むと、やや肩に背負う形で銃口を上方に向け、手早く二連装カートリッジを差し替え、仰角30度のイッタンモメンを標的に据える。その間1秒半。

 

「少年、式神をありったけ飛ばせ」

 

「はい」

 

 あらかじめ音撃を吹き込んでおいた十数枚の式神をフリスビーのように横投げする明日夢。回転し、ある式神は天空を突き抜けウブメに刺さり、ある式神は放物を描いてカシャの目を潰す。

 

「音撃斬、雷電激震」

 

 巨大なボックス、即ちアンプにケーブルを繋いだ斬鬼師弟、巨音が力技の音撃となって魔化魍を蝕み始める。

 

「音撃射、疾風一閃」

 

「音撃射、桜花乱舞」

 

 あきら変身体の低い伴奏に威吹鬼のメロディが重なり、さらに斬鬼師弟も歩調を合わせてちょっとしたセッションと化す。

 

「少年、3番だけじゃ間に合わない、2番と6番もだ。」

 

 そして響鬼は明日夢からパスされた3枚の音撃鼓を宙に浮かせ、リズムを取る。

 

「音撃打、豪火連舞、バ~イ、イン・ザ・ムード!」

 

 ジャズの曲調に乗って、それぞれが音撃を増幅し、周辺扇状数十の魔化魍を駆逐していく。

 

「すごい、」

 

 大音量に耳を塞ぎながらも明日夢の胸は締め付けられるようだった。それは喜怒哀楽どの感情なのか少年の心では捉え切れない。だが今の魔化魍の境遇を自分に置き換えた時、即ち個我の区別無く駆除されていく一人という心境を想うとなにがが重くなった。

 

 これが生きるって事なんだろうか、

 

 虐殺されていく魔化魍のではない、それは響鬼を含めた鬼に対してである。存在を確保する為にそこまでやって良いものだろうか。

 

「着いてこい少年!」

 

 だが決断のつかないまま響鬼に流される今の明日夢である。鬼となったあきらともすれ違い様目線が合う。なんとなく口に出した言動に意志が拘束され、なんとなく突き動かされている、それが明日夢の本音である。

 

 

 

 黒く渦巻く蠱毒の大地に、扇状200メートル前方の魔化魍が駆逐された奇妙に白けた空間、台風一過のごとく樹木が倒壊し真新しい艶をもった裂け目の木片と、土に塗れた枝葉が散乱した空間が拡がっていた。だがその一帯にあってあの音撃奏を食らいながらも、生き残った魔化魍が点在していた。その内の一匹が透明な羽根を広げ、斬鬼達の元に猛スピードで突進してきた。

 

「轟鬼、ケーブルを切れ!」

 

「はいっス」

 

 その甲殻のボディに身を包み飛翔するザリガニのような魔化魍、アミキリの突進に、斬鬼と轟鬼は素早く左右へ散って回避。中央アンプに激突破壊、急上昇をするアミキリ。

 

「アンプを狙う事は分かっていた。スペアはいくらでも持ってきている。轟鬼、アレを討て!」

 

「はいっス!」

 

 轟鬼が10数メートル跳躍してアミキリを追う。飛びながら烈雷を銛のように構える。だがアミキリの方は逃げるのでは無く、旋回してその轟鬼を標的に突っ込んできた。

 

 アミキリの鋏が轟鬼を掴む、

 

 腹部に両刃が食い込みながらも構わず烈雷を突く轟鬼、

 

 頭部を半分に割られ落下するアミキリ、

 

 背中から落下してアミキリの体重が掛かりさらに腹部に鋏が食い込む轟鬼、

 

「音撃斬、雷電激震!」

 

 だが轟鬼は鋏を強引に取り払い、立ち上がって刺さった烈雷をそのまま弾く。弾き鳴らす腕の小刻みな運動は漆黒のボディを、キラキラと輝かせる。

 

 爆砕、

 

 一楽節弾き終わると同時に塵となるアミキリ。

 

「斬鬼さん、オレは、世の為斬鬼さんの為、命を捨てるっス!」

 

 腹部は血まみれになりながらも既に傷口が塞がっており、その様態にはダメージの痕跡が全く見られない。轟鬼の頭の中にはただ、斬鬼の役に立つという一念があるだけだった。

 

 

 

「どうしてあの人はあんなバカな戦い方をするんでしょうか。どうせアミキリは近接武器しか無いし、結界で逃げられないから、こちらに向かってくるのを待って迎撃すればいいのに。あんな無駄で危険な戦いを。」

 

 そう言うのはあきら変身体。飛来するトビウオのような魔化魍ウブメの目を潰した。

 

「彼は状況を読む力が無いんだろうし、斬鬼さんも巧緻な戦いを期待していないんだろう。あきら、覚えておくといい。彼の取った戦法は実はほとんど全ての状況に通じる。捨て身の速さだ。速さは時にあらゆる巧緻に勝り、無心である程に速い。弦使いが一撃必殺の時世であればもっとも有効なのは彼のような捨て身だ。」

 

 威吹鬼は既にベルとマウスピースを装着し、あきらが弾を撃ち込んだウブメに烈風を構えていた。

 

「音撃射、疾風一閃」

 

 胸がゆっくりと隆起し、一気に元に戻る。比例して一気に音撃が吐き出され、ウブメが四散する。

 

「でも戦況が読めれば、あんな危険な真似、」

 

「余所見をするなあきら!」

 

 だが四散した爆煙の奥から現れるウブメがもう一体。

 

「大丈夫です、分かっています。」

 

 ウブメが一体あきらに急進、あきらは振り返って慌てて銃撃、ウブメの目を潰し勢いを抑止した上で、右に側転で回避した。

 

「違う、もう一体いる!」

 

 だがウブメは3匹居た。回避したあきらに向かってさらに背後から現れるウブメが一体、

 

「・・・!」

 

 あきらは声すら出ない。

 

「殺させるか!」

 

 蹴り、

 

 威吹鬼の飛び蹴りがウブメの横腹に直撃した。

 

「威吹鬼さん、後ろです、」

 

 だがその威吹鬼に向かって突進するウブメが一匹、先程目を潰した一匹だ。

 

「あきら、管使いは懐に入られると脆い。覚えておくんだ。」

 

 だが威吹鬼は落ち着いて腰に手を回し、短刀を一振り翳す。それは柄がラバーグリップになっているが紛れもなく拝領刀。突進してくるウブメに縦一閃振りかぶる。

 

 真っ二つに裂けるウブメの肉体、

 

 拝領刀の波動だけで真っ二つになりながらも威吹鬼の左右に分かれて上昇するウブメ。

 

「疾風一閃」

 

 すかさず音撃射をかける威吹鬼。既にあきらによって撃ち込まれていた鬼石が共振、爆破するウブメだった。

 

「威吹鬼さん、」

 

 そしてもう一匹のウブメもまたあきらの銃撃に行動を抑止されている。

 

「続けていくぞ!」

 

 烈風がそのウブメにも向けられ、共振した音撃がその身を破壊した。

 

「すいません、威吹鬼さん。」

 

「やはり君もアガってるんだな。安心したよ。」

 

 威吹鬼は、先の拝領刀を金具を使って烈風先端へ備え付ける。ちょっとした銃剣となる。威吹鬼が数日竹棒を持ち続けたのは、この銃剣の間合いを体に染み込ませる為であった。

 

「威吹鬼さん、また来ます。」

 

 威吹鬼の背後から跳躍する人型魔化魍が出現。

 

「分かっている。」

 

 全身覆われた体毛と体格の強靭さはヤマビコに近いが、2メートルに収まる全長と嘴から別種と区別できる。それはテングと言われる魔化魍。

 

「旋風剣」

 

 銃剣と化した烈風を横薙ぎに振るう威吹鬼。烈風は風を伴ってテングの胸に溝のような深い傷を作る。

 

 ン・・

 

 旋風剣に圧され後退りするテング。そのテングに威吹鬼は2発の鬼石を撃ち込んだ。

 

「桜花乱舞!」

 

 テングに向けられるあきら変身体の音撃射、烈風よりもやや低い音色が、2発の鬼石と共振、テングは悶え苦しみ、そして四散した。

 

「よくやった。しかし単独で初の獲物がテングとはね。よくそこまで技を練り込んだな。」

 

「威吹鬼さんの言う通りにしましたから。」

 

「それ厭味かい。」

 

「・・・分かりましたか」

 

 あきらは含み笑みを洩らした。

 

 

 

 猪突するのは斬鬼。

 

「行け!」

 

 駆けながら腰より3枚のディスクを取り出し投擲。3枚のディスクはいつも通り折り紙のように動物の形状となるが、斬鬼の持つそれは他の式神とは一味違った。

 

 斬鬼を乗せて飛ぶアカネタカ、

 全長7メートルのノツゴの尻尾を掴んでジャイアントスイングするシロネリオオザル、

 やはり7メートルを越すバケガニの鋏を食い千切るイワベニシシ、

 

 そう斬鬼の放った式神は、魔化魍と違わぬ程に巨大化していた。

 そして巨大なアカネタカに飛び乗る斬鬼は、イッタンモメンの大軍に突入していく。

 

「でぇぃ」

 

 大軍の中突き抜けるアカネタカ、突き抜けたと同時にバケガニ直下へ飛び降りる斬鬼。

 

「音撃斬、」

 

 イワベニシシが抑え込むバケガニに烈斬を突き立てる斬鬼。そして右の義手を執拗に強い力で弦まで持っていく。

 なぜかその義手の動きに連動して引っ張られるイッタンモメン十数匹。よく見れば斬鬼の義指関節の隙間から細い弦十数本伸びて上空イッタンモメンの一匹一匹に括りつけられている。つまり斬鬼は十数匹の行動を片腕一本で抑止している。

 

「雷電斬震!」

 

 斬鬼の腰の筋が一気に締まる、義手が一撃振り弾かれると、バケガニの絶叫が起り、次いで弦を伝って上空全てのイッタンモメンが動きを止めた。弾き掛かる内にイッタンモメンは強引に弦を千切ろうとしてむしろその身に食い込ませ、バケガニはもはや4対の歩脚を痙攣させる事しかできない。

 

 同時四散、

 

 一楽節弾き通した斬鬼がその義手を高々と挙げる。同時に四散するバケガニとイッタンモメン。弦使いの複数攻撃は弦を以って為す。

 

 針、

 

「オオザルはノされたか。」

 

 斬鬼に向かって針が飛ぶ、それはシロネリオオザルが抑えていたはずノツゴの針。その針を烈斬のボディを盾に軽く弾く斬鬼。横を見れば四肢を砕かれたシロネリオオザルが部品単位で横たわり、徐々に縮んで元の掌サイズに戻ろうとしているところだった。

 

 おおおお!

 

 烈斬を回転させて針を凌ぎ突撃する斬鬼。続けて一跳躍、だがそれはノツゴにとっていい的である。

 

「斬鬼さーっ!」

 

 だが尻尾を切断するもう一人の鬼が既に飛び込んでいた。

 

「雷電斬震!」

 

 轟鬼の援護からノツゴの頭上が安全な空白となる。すかさず烈斬を頭に突き立てた斬鬼、尻尾の再生より速く音撃を貫通させた。

 

 爆破、

 

 弦使い斬鬼は、威吹鬼と響鬼がああも梃子摺ったノツゴを秒殺してしまった。

 

「オオザルを回収しろ。次の出撃までには癒す。代わりのディスクを貰うぞ。」

 

「はいっス。」

 

 駆け寄ってくる轟鬼。

 

「いや、もう次の出撃は無いな。」

 

 斬鬼は轟鬼に義手を上げてある方向を差し示す。そこにはまるで巨岩のような魔化魍が鎮座していた。巨大な甲羅、象のような短い四肢、頭部はサイのごとくツノが生えている。下半身から髪のような体毛を生やしているが、あの響鬼が葛飾で遭遇したオトロシである。

 

「おどろ髪がもうあの長さに達している。今止めねえと次の出撃には生まれちまう。いいか。早過ぎるが、まずヤツを潰す。後の事はオレに任せろ。」

 

「はいっス」

 

 轟鬼は覚悟を決めた。

 

 

 

「ありゃ新種のツチグモだな。少年、5番だ。」

 

「はい」

 

 明日夢はリュックの中から、数枚の式神とあの重い音撃鼓を掴み上げる。明日夢は片腕でフリスビーのように放り投げ、音撃鼓は軽やかに舞って響鬼の手元へ。式神は散開し魔化魍の動きを牽制した。

 

「烈火弾!」

 

 響鬼の対峙しているツチグモは体表面に金属質の光沢を帯びていた。烈火弾を食らっても怯む事無く向かってくる。

 

「やっぱり鋭鬼が出会ったヨロイのクモっていう話は本当だったな。だが、こっちも日々鍛えてるんで、」

 

 一跳躍側転してヨロイグモの頭部へ馬乗りになる響鬼。

 

「音撃打、灼熱真紅!」

 

 2打、

 

 縁を鋼に包んだ音撃鼓を圧しつけ、上半身を逆デルタに隆起したかと思いきや、渾身の2打を放った。

 

 炸裂、

 

「イッチョ上がり、」

 

 ヨロイグモの炸裂と共に宙を一回転して大地に降り立つ響鬼。

 

「オレが倒す魔化魍の事一つ一つを踏み砕くように考えるんだ。少年、・・・・」

 

 響鬼はその時になってようやく気づいた。前後左右、どこを見渡しても少年明日夢の姿が無い事に。そしてついに足下のリュックが目に入り、その意味を理解する響鬼だった。

 

「しまったな。こりゃ本当に監督不行き届けだな。あきらに殺されるぞ。」

 

 

 

 いずれ「初陣で50匹もの魔を退散させたこの先計り知れない女鬼」と謡われる事になるあきらは、既に28匹目から35匹目のイッタンモメンを撃破していた。弾種の充実から相性の問題を克服した時、複数の魔化魍を同時に討ち、しかもリスクの少ない遠距離からの隙の無い攻撃を繰り出す事ができる管は、以降弦から主流の座を奪う時代を作り上げていく。そんな管を駆るあきらは弾倉切り替えの時期を適切に読み、十数匹単位の魔化魍の動きを読んで適切に弾幕を張り、無駄弾を使わず、かと言って2種ペアとなった弾倉の片側が切れれば破棄する思い切りも適切であった。

 

「私なら大丈夫です、退路は一人で死守しますから、威吹鬼さんはフリーに動いて、」

 

「油断するな、後ろだあきら!」

 

 それは杖、

 

 直撃寸で、 あきらは乳房を揺らしながら側転して躱す、躱して見やった。そこに立つ黒い影の女、

 

「妖姫。」

 

 あきらは左上腕が一瞬痙攣したが、体に覚え込ませた姿勢を無理矢理作り、銃口を向けた。

 

「どくんだあきら、君では荷が重い」

 

 そのあきらの前面に立つ威吹鬼。笑みを浮かべる姫に向かって銃剣を振りかぶる。

 

「威吹鬼さん、杖が戻ってきます!」

 

 あきらの声で振り返る威吹鬼、見れば杖が意志を持つように旋回し威吹鬼に猛スピードで迫ってくる。姫もまたその杖の突撃に呼応して威吹鬼に急接、

 

「はぁ」

 

 跳躍だけで躱す威吹鬼、躱し様宙を飛ぶ杖を蹴る。折れて地に叩き落される杖。姫はそんな威吹鬼を目で追った。

 

「威吹鬼さん、撃ちます!」

 

 威吹鬼に注意を逸らした姫を見て取ってあきらが音撃管を連射、姫の肉体に十数発の鬼石を撃ち込んだ。

 

 グォォォォ

 

 熊の遠吠えのような呻き声を上げて苦しむ姫。

 

「あきら、同時音撃だ!」

 

 姫を鋏む形で着地する威吹鬼。既に音撃管にはアサガオとピースが填まっている。

 

「疾風一閃!」

 

「桜花乱舞!」

 

 音撃に挟み込まれ、撃ち込まれた鬼石全てが紅く灯り、姫は地に倒れ込んでのたうち苦しむ。

 

 爆砕!

 

「全ての元凶がこれで、」

 

「でも呆気なさ過ぎる、」

 

 その通り、あまりに呆気ない姫の最期である。あきらが訝しむのも無理は無い。本物の妖姫は既に地の底を透過して浮かび上がり、あきら変身体のすぐ背後に顕れていた。

 

 掴む首、

 

「あきら!」

 

「あんさんの名前、まだ聞いてなかったのぉ」

 

 黒い服、黒いスカート、黒い帽子の姫、威吹鬼から受けたダメージは全く回復していない。回復していないどころか脇腹は腐食が進行し、首は千切れかかったままたこ糸を通して無理に繋いでいる。ただ目を血走らせて威吹鬼だけを注視していた。

 

「やめろ、あきらを放せ、」

 

「威吹鬼さん・・・・、私ごと、こいつを討てば、もう魔化魍の驚異と・・・・」

 

 姫に首元を掴まれ持ち上げられ、それでも威吹鬼を奮い立たせようとするあきら。だが、そんなあきらの健気な態度は威吹鬼にとって逆効果である。

 

「分かった。僕を好きにするがいい妖姫。」

 

 威吹鬼は姫の眼前で音撃管を捨てる。

 

「いけない・・・威吹鬼、」

 

「ようやくアタイと話してくれたね、」

 

 あきらを片腕で持ち上げたまま、一瞬で間合いを詰め威吹鬼の首もまた掴む。

 

「ようやく、アタイと同じ事してあげられるね。」

 

 鈍い音だった、

 威吹鬼の首が折れた音は。

 

 

 

「私を殺した事を生涯背負い続けるがいいぃぃ!」

 

 彼が喉を絞めた朱鬼の最期の断末魔はそのセリフであった。

 

「オトロシは複数の魔化魍が食らい合い、お互いの動物としての特徴を打ち消しながら食らった存在を蓄積した時産まれる卵だ。そのおどろ髪が伸び切った時卵として役割を終え姫と童子が生まれる。つい200年前の鬼は当然知ってた事なんだがな。オロチとはそうした魔化魍の生態の回帰であり、出発なのだ。産まれた姫と童子は肉体の交わりによって魔化魍を増やし、古代の勢いを取り戻して今よりもっと多くのヒトを食らうだろう。一気に数を減らしたヒトは今の文明を維持出来ず社会が確実に崩壊する。いや、これだけ大量の餌があるという事は魔化魍も大量に発生し、一気にヒトという存在が地球上から抹消されるかもしれない。」

 

 少年だった彼は当然オトロシを退治する方法を聞く。それよりそんな大事な事を一人でいままで背負ってきた朱鬼に敬意を抱いた。

 

「オトロシの殻はどんな鬼でも貫けぬ。その甲羅は音撃を打ち消す振動を起す。ただ一つ、ヤツがヒトをその殻に吸収する時、そのヒトにこの烈雷を突き刺し音撃を流し込む事がオトロシを討つ方法だ。その為におまえを選んだ。オトロシと共に、この世の為に死んでくれるな斬鬼。」

 

 彼は自分が犠牲になると即答した。朱鬼の為にならとまでは言えなかったが。だがオロチに臨んで犠牲になったのは、朱鬼の方だった。

 

「斬鬼、いいか、同化がこうして始まれば、私は潜在意志をこのオトロシと同化し、おまえに殺される憎悪と恐怖が私を支配するだろう。だが私がなんと言おうと構うな。弦を流し込め。」

 

 彼は涙を流して烈雷を朱鬼に突き立て、もがき苦しみ、罵詈雑言を叫ぶ朱鬼に耳を貸さず、ただ一心に弾き掛かった。朱鬼は苦しむあまり彼の足を片方もぎ取り、彼は激痛で思わず朱鬼の首を掴み絞め黙らせる。だが絞めた腕もろともオトロシに吸収されそうになり、慌てて自ら腕をひき千切って片腕で弦を弾き続けた。

 

「轟鬼、準備はいいか。フ、ひさしぶりだな。エ。」

 

 オトロシを眼前にした時、あの朱鬼が最期に見せた醜い姿が頭から離れない斬鬼であった。その複雑な高揚が時に油断となる。

 

「斬鬼さん!」

 

 足元から現れたのはバケガニ、

 

「このオレが」

 

 義足を挟まれ逆さ吊りで持ち上げられる斬鬼。そのバケガニは然して大きい訳でも無く、俊敏でも無いごくごく標準の、弦使いならば目を瞑っても倒す事ができる初歩の対手だった。

 

「今助けるっス」

 

 その証拠にあっさり轟鬼に重心がかかる軸脚を切られるバケガニ。そのまま半回転向き返って烈雷を突き入れる轟鬼。

 

「雷電激震」

 

 ただちに爆殺、その巨大な鋏で義足を掴まれていた斬鬼も解放され舞い降り着地。

 

「今のでか、」

 

 一瞬斬鬼はバランス失い、烈斬を刺して体を預ける形となる。挟まれた義足の反応が鈍い。

 

「斬鬼さん、」

 

 駆け寄る轟鬼。

 

「なんでもない」腕を振り払う斬鬼。「それよりオトロシだ。もうおどろ髪が抜け始めている。オレは鈍ってはいないぞヒビキっ!」

 

 無意識に響鬼の名を叫び走り出そうとする斬鬼、しかし義足が伴わず、やや前のめりになる。

 

「斬鬼さん、脚を、」

 

「煩いっ!」

 

 咄嗟に腰からディスクを一枚取り出し投げる。やはり忽ち巨大化して寅程の大きさになる。それはキインロオオカミ。やぁと一声かけて跳躍、その背に乗る斬鬼。オオカミは一直線にオトロシへ駆ける。

 

「斬鬼さん・・・・オレ・・・・ヒナカ・・・・、イヤ、ヤルっス!」

 

 轟鬼も自分の脚で続いた。その二人の眼と、全身を棘で覆った魔化魍の眼が合う。ヤマアラシだ。

 

「轟鬼、おまえがやれ!」

 

 斬鬼が右を跳ぶ、

 

「はいっス!」

 

 轟鬼はヤマアラシの左へ跳んだ。左右ほぼ同時にすれ違いつつ針を削ぎ落とす師弟。斬鬼の着地する先には既にキンイロオオカミが駆け寄っており再び背に乗せる。轟鬼はいつのまにかヤマアラシの首に鋼糸を巻き付け、己が跳躍した反動で再びヤマアラシへ反転していく。

 

 針、

 

 ヤマアラシの残った無数の針が後背上方に跳ぶ轟鬼を迎撃、

 

「うぉぉぉぉ」

 

 だが轟鬼は怯まない。腕、脚、顔、全身に針を掠めながら、気迫だけで直線にヤマアラシの背中へ降下、烈雷を突き立てた。

 

「雷電激震!」

 

 爆砕、

 

 瞬時に粉々となるヤマアラシだった。

 

「あいつはバカだ。」背後から襲い来るウブメを全く見ないで、烈斬で切り捨てる斬鬼「バカだが、だからこそ無垢な無心へ達したか轟鬼。それに比べてオレは、」その視線はいつのまにか不肖の弟子へ注がれていた。

 

 その斬鬼が振り返ったオトロシは、甲羅の後ろから筆のように豊かな白髪を伸ばし、周囲の状況がどうあろうと頑なに動かない。

 

「そうか、今ようやく分かった。」キンイロオオカミの背からゆっくりと降り、烈斬を地面へ突き立てる男。「先生はあの時のオレをそんな風に見てたんだな。」そして微笑を上げた。

 

 やぁ、

 

 右の義手を腰元に置く、それは鬼闘術「雷撃拳」の構え。もはやリーチの先にオトロシの甲羅があった。

 

「は」斬鬼が今為そうとしている事をなぜか瞬時に悟ってしまう轟鬼。「いけねえっスぁぁぁ」

 

 突き倒す、

 

 突き跳ばした。弟子が師を。

 

「てめぇぁにすんだっケヤロっ!」

 

 突き倒され、地面に掌を着く斬鬼。咄嗟弟子に向かって罵声を浴びせた。

 

「すいません斬鬼さん、生涯に一度だけ逆らいますス!自分流でやらせてください!」

 

 気合を発してオトロシの甲羅へ烈雷を突き刺す轟鬼。ベルトから音撃震「雷轟」取り出して烈雷のボディ中心に装着、甲羅内部で三叉に展開する烈雷ボディ、オトロシを背に直向きな弦を弾く。

 

「音撃斬、雷電激震」

 

 鳴り渡るビート、

 

「バカヤロー、てめえ程度のムラっ気が通用するかっ!」

 

 斬鬼の言う通りだった。弦の響きが起ると同時に発する甲羅の震動、それは甲羅から発する半周期ズラす震動。ほぼコンマ秒で音撃打ち消す甲羅に、どの弦もどの和音も無効にされていく。さらに、

 

 剥離、

 

「なんだこれ、くそ、」

 

 烈雷を突き立てた甲羅の一部が剥離、剥がれた6角の鱗は形を変え、烈雷ボディを包み込んで硬質化し玉のようになる。

 

「無駄だ。あの時のオレと同じだ・・・・」

 

 轟鬼の剛力で地面に叩きつけるもビクともしない。

 

「そんな・・・・」

 

「もはや烈雷は音撃を放つ事ができない。轟鬼、今行く。オレが行く。」

 

 自失する轟鬼に効かない脚を引きずって近寄ろうとする斬鬼。

 

「斬鬼さん、」何故か奇妙に明るい声を発した轟鬼、「オレ腹括ったっス。」甲羅に掌を着ける轟鬼、「斬鬼さん、いけませんよ、これはオレの役目っス。斬鬼さんが言ったじゃないっスか。」

 

「待てバカ!」

 

 まるで水面に沈んでいくようにオトロシの甲羅に埋もれていく轟鬼。腕から肩、顔半分まで沈んだ段階で大の字に背を着ける。

 

「準備万端っス。」

 

「バカ野郎が・・・・オレはもう脚がイカれてんだ、戦力外になったヤツが犠牲になった方がいい決まってんだろうがっ!」

 

「オレ、バカっスから・・・・オレをここまで鍛えてくれた斬鬼さんの役に立ちたいだけっス。後はよく分かんねえっス・・・・」

 

 斬鬼、立ち上がり、バックルの音撃弦を取り外し、烈斬に装着、ボディが三叉に展開し、先端に拳大の巨大鬼石が露出する。三叉の刃はどれも細かくノコギリ状で、魔化魍へのダメージを倍化する。

 

「ホンモノのバカがぁぁぁ」

 

 その痛々しい刃を轟鬼の胸深く突き立てる斬鬼。

 

「ぐぁぁぁぁぁ」

 

 不連続に迸る鮮血、ノコギリの刃は高周波で振動し、轟鬼の肉体を破壊的に崩していく。

 

「音撃斬、真、雷電激震!」

 

 ビートが走る、轟鬼の肉体を通してオトロシの内部に唸りを上げ、確実に退散させていく。

 

「くそぁぁぁ、ヤメロ、ヤメテくれっス、斬鬼さん、ヒナカぁぁぁ、死にたくない、死にたくないぃ、オレは、ただ生きたいだけなのに、何故鬼はオレを殺そうとするんだぁぁぁぁ」

 

 それは確かに轟鬼の口から発している言葉。潜在意志が同化していき、轟鬼の価値観と認識と記憶の解釈が改竄されていく。そしてあの時と同じく斬鬼に怨嗟と罵倒を浴びせかける。

 

「鬼め!この畜生め!オレを騙しやがって、一生オレを殺した事を背負っていくがいいっっっっ!」

 

「斬」

 

 炸裂する巨体、炸裂した音撃が周囲の魔化魍十数体を巻き込んで2次炸裂すら発生させる。轟鬼の呪いの言葉もまた天地に木霊した。

 

「安心しろ轟鬼、言われんでも一生背負っていくだろうさ。」

 

 炸裂の砂塵が薄れていき、オトロシの甲羅のみ、四肢や頭が出る穴からは濛々と黒煙を立ち上らせる。甲羅が転がる度に轟音が籠って奇妙な重低音を発し続けている。即ち甲羅だけ残して完全に清められたという事だ。

 

「後は、残りのザコを掃討し、そして生き残った鬼を始末するだけだ。いいんだよな先生、オレはずっとアンタの歩んだ道を進む。」

 

 斬鬼は達成感とも後悔とも取れるやや重い動作で天を仰ぎ、唸るように息を吐き出した。そんな斬鬼の挙動が変調したのは、視界にあるモノを捉えた時であった。

 

「10年に一匹出るか出ないという魔化魍のはず・・・・」

 

 斬鬼がいままでになく狼狽えた。斬鬼が見る先、そこ立つのは威吹鬼の首を掴んで持ち上げる妖姫の姿。そう今まさに威吹鬼の首が折られる瞬間であった。しかし斬鬼が驚くのはその姫に対してではない。姫の足下から地を揺らして浮かび上がってくるその巨体を見て愕然としたのである。

 およそ10年に一匹現れるかどうかという貴種の魔化魍。亀のごとく甲羅に覆われ、同じく亀のごとく極端に短い四肢におよそ支える事だけが目的の偏平な足裏。そのくせ頭部には短くツノが生えている。総重量10トン近いそれはオトロシ。先程と全く同じ、より伸びた尾の甲殻の巨体が、斬鬼の前にもう一匹現れたのであった。

 

 

 

「ドロタボウで作ったニセモンに必死になって、可愛いったらありゃせんわ。」黒く長い手袋に包まれた右腕で抱えた威吹鬼に語りかけ、左腕のあきら変身体を投げ棄てる妖姫。「あんたはもうええ。」

 

「・・・・う」

 

 本物の存在に威圧され、起き上がる事すらできないあきら。ただ師が殺されていく様を見上げるしかない。

 

「おまえは丈夫な子を産むがええ。」

 

 あきらに興味を失って、ただ威吹鬼の頚骨をおもろしそうに鳴らす姫。

 

「・・・・あきら、君なら分かるはずだ、撤退して機会を待て・・・・、それが僕が教えてきた事だ・・・・」

 

「そんな・・・・そんな」

 

 イブキが素顔をさらし、白目を剥きながらもあきらを気遣う姿は、むしろあきらを絶望の淵に叩き込む。

 

「アタイと同じとこ穴空けたるさかいな。」

 

 姫は威吹鬼の脇腹を掴んで強引にえぐり取る。窓から隙間風が吹くような吐息だけの絶叫とドクドクと溢れ出る血。威吹鬼の顔が見る間に蒼白となり、カクカクと痙攣する。それを観察する姫は、カタカタと笑いとばし、やや遠方を眺めやる。そこではまさに斬鬼がオトロシを討ち滅ぼそうとしていた瞬間だった。

 

「やはり。無理に介入してもう一体作っておいてよかったわ。」

 

 踵の高い黒いヒールで2回地面を叩く。途端に地の底からけたたましい爆音と地響きが。

 

 足下から透過してくる巨大な甲羅、

 

 それはオトロシ。ここ500年あり得なかった同時期に2体めのオトロシであった。

 

「昔に比べて人の瘴気が仰山あるおかげや。」

 

 もはや半死人の威吹鬼を片手に、オトロシの甲羅を愛おしく撫でつける姫。

 

 ぉぉぉぉぉ!

 

 その姫を背後から襲う一塵の影、それはキンイロオオカミに跨った斬鬼、

 

「しねやぁぁぁぁぁ」

 

 斬鬼は烈斬を水平に突き入れようとする、

 

「阿呆が、」

 

 そんな斬鬼の刃を、半死体の威吹鬼を投げ飛ばして撹乱する姫。

 

「くそが」

 

 飛んでくる威吹鬼によって視界が塞がれ、烈斬で慌てて弾く斬鬼。威吹鬼は意志無く地面を転げ回って目覚めない。

 

「うちの子潰したおまえも許さん」

 

 斬鬼の視界を奪った姫は、一瞬で距離を置いて、杖を片手に立ち尽くす。そうして徐に杖を標的に向けた。杖は光を放ち、曲折しながら斬鬼へと迸る。

 

 飛び退く斬鬼、

 

 斬鬼自身は跳躍して飛び退いたがしかし、まるで避雷針にでもなるかのようにキンイロオオカミは動かず直撃を受けた。

 

「オレなんか庇ったというのか。」

 

 片足だけで跳躍し、俯せに倒れるあきらの元へ向かう斬鬼。

 

「・・・・斬・・・鬼さ・・・・早く、倒して・・・・」

 

 斬鬼に抱えられ朦朧とする意識であっても鬼としてやるべき事を全うしているあきらだった。

 

「いや、一度きりの好機を逃した。オレもそろそろ限界だ。せめて脚を修理しなければならん。撤退する。」

 

 斬鬼は腰元から一枚ディスクを放り投げる。たちまち巨大化し鳥型へ変形、大空を舞う。

 

「ならば、私よりもイブキさんを・・・・」

 

 そう言って斬鬼のしなやかな腕に包まれたあきらは失神した。

 

「次に来た時は逃がさんからな。姫。」

 

 一跳躍する斬鬼、巨大アカネタカに飛び乗った。

 

「獲物はまたやって来る。」と言ってただ空を逃げる鬼を目で追うだけの姫。「今はあの獲物が先じゃ、」

 

 姫は浮かび上がってゆらゆらと跳び、仰向けで首があらぬ方へ向いて白目を剥き内蔵が露出した脇腹は小さな虫が集っている、もはや変身が解け全裸となったイブキの元へ。

 

「カワイイ顔しとる、」

 

 顔をマジマジと見つめる姫は、イブキの右手の小指がやや動いたのに気づかなかった。

 

 絞める両腕、

 

「な!」

 

「・・・・・僕等鬼の回復力を甘くみたな・・・」

 

 半死人の状態から突如立ち上がり、姫の首を両腕で締め付けるイブキ、

 

「なにをする・・・」

 

「僕といっしょに死んでもらう、おまえのカワイイオトロシに食われて死ぬがいい。」

 

 首を絞めながら前へ前へ押し出すイブキ、その先にはオトロシが居座っている。

 

「フ、」

 

 イブキはその甲羅へ姫を押付け、自らもまた腕から引きずり込まれていく。

 

「なにがおかしい、」

 

「イオリか、ようやく分かったわ・・・・」

 

「なにを・・・」

 

 そのまま埋まっていく姫、同じく体半分浸かりながら、イブキの意志が魔化魍の意志と融合していく。イブキはなにかを悟って、目が絶望に満ちた。

 

「そうか・・・宗家はそもそも魔化魍が敢えて子供を作らせて、永遠にその血を楽しむ為の、言わば畜産の豚・・・」

 

 イブキの人生の、それが終わりだった。

 

 

 

 明日夢は走った。群がる魔化魍の共食いを横目に走り抜けた。

 

「なんでこんな事をするんだ、」

 

 怖気を体中に感じながらも明日夢の視線はただ一つの方向にむいていた。

 

「あの女の子を」

 

 響鬼がヨロイグモの頭に乗ったまさにその時、明日夢が目撃したのは浴衣着の少女であった。少女が2メートルある人型の魔化魍に抱えられていた姿だった。もしかしてこの近くの子供が掠われたのかもしれない。そう考えた明日夢はリュックも何も置いてただ一目散に追った。

 

「助けなきゃ」

 

 少女を抱えた魔化魍は魔化魍の中でも特異な容姿である。まるで時代劇に出てきそうな朱に染めた鎧を着た強面の人間のよう。もしかして元々人だったのかもしれない。そんな愚にも付かない事を考えてしまう明日夢だった。

 

「待てぇ」

 

 明日夢はハガネタカを飛ばして朱鎧の魔化魍を牽制した。

 

「ふん」

 

 ハガネタカが頭に纏わり着き、うっとおしげに明日夢に振り返る朱の魔化魍。

 

「ホントに人だったのか・・・・」

 

 明日夢はその魔化魍が人の言葉を発するのを確かに聞いた。獣に対する怖れだったものが、こちらの怖れを感じ、こちらの行動や心理を読み、そして自分をもっとも怖れさせ確実に殺す方法を考える者に対する恐怖に変る。

 明日夢は腰裏の枹を汗ばんだ手で握り締めた。

 

「鬼か。」

 

 少女を抱えたまま振り返り、明日夢の恐怖の表情を楽しんでいるかのような朱の魔化魍。その顔は憎悪が溢れているが人間の顔だった。

 

「昔はオレもおまえのような目ぇしていたな。そう、鬼だった頃はよ。」魔化魍は胸元に向かって口から火を流す。流した火は実体となって一刀の段平と化す。

 

「その子を放せ!」

 

 対手が太幅の得物を手にし、慌てて自分も枹を及び腰で前へ突き出す。

 

「生意気だな小僧。この火焔大将に話し掛けるなんざ十年早えつうんだ。」

 

「その子を放せっ」

 

 明日夢は目を閉じて火焔大将を名乗る魔化魍に向かっていった。

 

「見ているだけでウザくなるガキだ」

 

 火焔大将は段平を片腕で高々と掲げる。

 

「あの子は、私を追ってきたんだよ。お放し、。」

 

 いままで俯いて捕まえられていた少女のはずの者が、男声で魔化魍に話し掛けてきた。

 

「起きたか魔神斎。」

 

 腕から解放する火焔大将。

 

「あの血の匂いは一度味わった事がある。アレは私が貰う。」

 

 火焔大将がなにかを言おうとした時、その目許をハガネタカが駆け抜ける。一瞬視界が取られ、気を逸らす火焔大将、

 

 やぁぁぁ、

 

 その魔化魍へ向けて明日夢が炎の枹を突き出し駆け抜ける。

 

「こんな事でオレがヤラレるかよ。」

 

 だが火焔大将と少女は余裕で躱した。

 

「どうかな火焔の。自分の脇を見てみろ。」少女は円らな瞳とややエラの張った下顎を広げ気味に笑んでいる。

 

「バカな」火焔大将は驚愕した。己の右脇が深々と裂けている。「あんなへっぴり腰でか。」

 

「あの血は美味いぞ。あの血の男も意外な程しぶとかった。」

 

「あの子は人間じゃないのか・・・・」

 

 振り返ってはじめて明日夢は気づく。救おうと思って追ってきた少女の様子が変な事に。どこかモー娘。ナッチの全盛期に似ていると場違いな想いで眺めていると、いきなり口が耳元まで裂け仰天した。

 

「下がるがいい火焔の。私の獲物だ。」

 

 その虚弱にまで細い手足を動かし明日夢へ歩み寄ろうとする少女。

 

「という事は、てめえとの共闘もこれまでって事だな。」

 

 少女の首ヘ振り下ろされる段平、飛沫を上げて離れる少女の首と胴、

 

「ぁ」

 

 明日夢も叫びを上げた。

 

「あのウザい坊主、オレが食ってみたくなった。」

 

 宙で放物を描いて落下する少女の首、しかしその円らな目はまだ笑顔でいる。

 

 噛付く首、

 

「キサマ、」

 

 少女の生首が耳まで裂ける大口を開けて火焔大将の首筋に噛付く。同時に、首が離れた少女の胴もまた火焔大将の体内へ飛び着く。火焔大将の肉体へ徐々に埋もれていく少女の肉体。それは少女が捕食されているという事だが、なぜかもがき苦しんでいるのは火焔大将の方。

 

「アレは私が食う。」

 

 少女の肉体は火焔大将の肉体へ沈むように同化していった。

 

「ここまで鍛えたこのオレがぁ!」

 

 炸裂四散、

 

 炸裂する朱の鎧、四散する魔の肉体は塵芥となって宙を舞う。

 

 僕は騙されていたという事なんだろうか、

 

 霞む視界の中明日夢は呆然としていた。どちらかと言えば勝手な思い込みで追って来て、自分の予想していた現実と違ったというに過ぎないが、魔化魍の生を見せ付けられ圧倒された。自分がいままで浸っていた響鬼保護下の現実が、魔化魍のシビアな生に打ちのめされたと言ってもいい。

 

「火焔大将ごとき鬼崩れとは、存在の格が違う。」

 

 塵霞の中から陽炎のように人影が浮かぶ。先の朱の魔化魍より頭一つ大きいそれは、メタリックの光を帯びた西洋甲冑に身を包んだ骸。魔神斎のそれが真の姿であった。

 

「僕は、僕は、」

 

 打ちのめされ恐怖のまま後退りする明日夢。

 

「ああここはいい血の匂いが一杯だね。

 

「あの血もあの時の血も匂うねえ。」

 

 骸の口から男声を発し、またよく見れば鎧にガードされた首元に埋もれるようにもう一つの顔があり、女声で対話している。その視線の先は遠くあきらや威吹鬼に定まっていた。

 

「あの子を食うつもりなのか・・・」

 

 なぜかそれだけは直覚出来た明日夢だった。直後あの魔化魍同士のシビアの存在の淘汰にあの子を巻き込んではいけないと考えられる明日夢。

 

「だがその前におまえの血が欲しい。」

 

 内蔵の全てが縮んだ塊が食道でぶら下がっているような、圧迫された恐怖を感じる明日夢。しかし少年の想いは、ここで自分がやらなければ、あきらという少女へ被害が及ぶという事が優先している。それは明日夢が自己犠牲に溢れる少年の長所と言えなくないが、自己保身に徹底的に麻痺している欠点とも言える。

 

 まけないぞ!

 

 と勇気を振り絞り再び突きの構えを取る明日夢。その及び腰の構えは、少年明日夢が漠然と避け辛いだろうと思いついたものだった。

 

「ヤケを起したか。」

 

 魔化魍でなくとも少年の行動はそう映る。それは保身が行動の出発点となる人間の想像しうる一般的な理屈であって、出発点が違う明日夢の行動は心情の問題として違う。ただ明日夢自身はこのような時、ヤケになるって事なのか、と押付けられた他人の心象のままの自分の姿を鵜呑みにし、改善していこうとするが、やはり利己的になる自分はイヤなので結局なにもしない。ただ漠然と恥ずかしく思う。だが他人はこんな事で悩まないし、恥ずかしがる事もないのである。

 

 やぁぁぁ

 

 明日夢は吠えた。吠えて駆け出した。枹を一本突き出し、その先端、鬼石は炎を上げた。目を閉じてまっすぐ走った。

 

「だめだ、少年、それは、」

 

 響鬼の声がした、それでも少年は走り出してしまった自分を止められず、あきらの事を想って死ぬならそれでもいいじゃないかと、そう自分の方が死ぬんだからそれでいいじゃないかとだけ思った。

 

 突き抜く、

 

 目を閉じていたが、枹がなにかを貫いた手応えを感じた。

 

「響鬼さん・・・・?」

 

 恐る恐る目を開け、まず飛び込んできたのは響鬼の逆デルタに鍛え込んだ背中だった。その次になぜか周囲が真っ赤になった。真っ赤な視界に戸惑う間もなく頭になにかが落ちてきて地面に転がった。目を擦って眺めそれが千切れた腕だと分かるのに数分かかった気がした。響鬼の右腕が枹を握り締めながら転がっていた。

 

「少年、聞くんだ。少年の命は貴い。それじゃいけない・・・・」

 

 少年は自分の枹先を眺めた。すぐ横に千切れた切断面が焼けこげている響鬼の右上腕があった。響鬼の腕を千切り飛ばした事をその時初めて認識した明日夢だった。

 

 ぁぁぁぁぁぁ、

 

 明日夢はその時初めて自分の犯した間違いの深刻さが理解できた。恐怖に克った勇気も、少女を守ろうとした優しさも、ここまで鍛えた努力も、全てが間違いだったと少年は悔いた。

 

 

 

 

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