ナンバー1ヒーローの娘になった、悪の組織の改人系ヒロインのヒーローアカデミア   作:カゲムチャ(虎馬チキン)

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1 プロローグ

 超パワー、炎、氷、爆破、異形、無重力、透明人間、透過、波導、抹消、エトセトラエトセトラ。

 かつて『異能』と呼ばれ、現在では『個性』と呼ばれるようになった特異体質を持つことが当たり前となった超常社会。

 強力な個性を振り回して犯罪に走る『(ヴィラン)』が跋扈し、そのヴィランを捕まえるために個性を振るう者、職業としての『ヒーロー』が脚光を浴びていた。

 その裏で……。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「おお! 素晴らしい! さすがは、あのお方の因子から作られし愛し子!」

 

 とある大病院の地下にて、一人の老人が歓喜の声を上げた。

 今、彼が着手しているのは、友の夢見た悲願に向けた大いなる一歩。

 最終到達点『マスターピース』に至るための礎。

 より完璧な『魔王』を造るために、何度も何度も何度も何度も繰り返してきた実験の一つ。

 老人の注視する先にいるのは、試験管の中で眠る幼い白髪の少女。

 年齢は一桁前半。少女と言うより幼児だ。

 彼女は数え切れないほどの試作品の中で、最も優秀な数値を叩き出している逸材である。

 

「よーしよし。沢山食べて大きくなるんじゃぞぉ」

 

 老人は愛しげな視線を少女に送りながら、手元の端末を操作する。

 彼女には最も必要なピースが欠けているため、完成品に至ることは無い。

 しかし、この実験で取れたデータは確実に来たる日のための糧になるし、彼女自身も王にはなれずとも、あの巨人をも上回る優秀な兵となるだろう。

 そう思えば、やる気などいくらでも出てくるというものだ。

 

「ふむふむ。五つ目の『回復』も問題なく取り込んだのう。脳への負担もまだまだ余裕で許容範囲内。『個性を喰らう個性』、素晴らしい」

 

 老人は恍惚とした表情で測定結果に目を通す。

 胎児の頃から、否、生まれる前からじっくりと手間暇をかけて育ててきた。

 本命の研究からは少し外れているが、彼女の存在は彼の研究における全ての基本である人体の神秘を、そして何より因子の合成という最優先事項に関する有益なデータをポンポンと提供してくれる。

 有益なデータは科学者としてのインスピレーションを大いに刺激し、色々とやってみたいことのアイディアが脳内で踊り始め、彼は鼻唄を歌いながら実験を続けた。

 

 ……だが。

 

「うん?」

 

 その時、彼女の体に、創造主である老人ですら予想していなかったことが起きた。

 

「な、なんじゃ? 急に個性因子が、暴れて……ッ!?」

 

 老人の持つ端末が真っ赤に染まり、あらゆる項目の測定値が『Error』の表示に変わる。

 何が起きたのかと混乱し、すぐに混乱している暇すら無いことに気づいた。

 

 ピシリと、試験管にヒビが入る。

 

 見れば、少女の細い腕が歪に変形している。

 黒い外骨格のようなものを纏い、大人ほどの大きさにまで肥大化した黒腕。

 それが試験管に添えられており、内側から砕こうと力が込められていた。

 

「ひっ!?」

 

 少女の目が見開かれる。

 その目に見据えられた瞬間、老人は思わず漏らすほどの恐怖を覚えた。

 彼女の親とはまるで違う、剥き出しの闘争本能、殺戮本能を感じさせる、獣のような眼光。

 その瞬間、老人の脳裏に過ぎったのは『Error』と表示された項目の一つ……脳波。

 脳波が測定不能なほどに乱れている。

 それが意味するのは……。

 

「く、黒霧! 黒霧ぃぃぃ!! こいつをどこかへ飛ばせ!! できるだけ遠くへ!! 早く!!」

「了解しました」

 

 黒霧と呼ばれた、体のあちこちが黒い靄となっている人物が、老人の指示によって動き出す。

 体から伸ばした黒い靄で、砕かれる寸前の試験管ごと少女を包み込んだ。

 彼の体は『ワープゲート』。

 黒い靄の体を通ったものを、好きな場所に瞬間移動させることができる。

 それによって少女の姿は病院地下から消え、とある町へと送られた。

 

「うぉ!?」

「な、なんだ!?」

 

 町にいた人々は驚愕する。

 突然、交差点のド真ん中に何かが現れたからだ。

 その何かは、幼い少女は、体を黒く肥大化させながら、理性など欠片も感じさせない声で叫んだ。

 

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!!!」

 

 その日、一つの町が丸ごと地図から消し飛んだ。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

『近年最悪のヴィラン犯罪と言われた『御乃巢(みのす)の大災害』から、早くも十年が経ちました。

 御乃巢という一つの町を消し飛ばし、万を越える犠牲者を生み、百を越えるヒーローを殉職させた最凶のヴィラン『デッドエンド』。

 駆けつけたオールマイトによって討伐されたものの、その爪痕は未だにこの超人社会に深く刻まれています』

「あー、どうしよう。何も感じないわー」

 

 テレビから流される大事件の追悼番組。

 自宅のソファーで寝そべりながらそれを見ていた金髪(・・)の少女は、ポケーっとした顔でそう呟いた。

 本当なら罪悪感に胸を痛め、サメザメと泣かなければいけないのだろうが、本当にそういう感情が毛ほども湧いてこないのだ。

 覚えていないからというのもあるだろうが、多分覚えていても自分は何も感じなかっただろうなという、嫌な確信がある。

 毎年やっている追悼番組の放送日を毎回忘れるくらいだし。

 今回だって、たまたまテレビをつけたらやっていて、他に面白い番組も無かったから見ていただけに過ぎない。

 

「いやー、私ってばマジで人でなしだにゃー」

 

 そんなことを呟きながら、机の上のポテチに手を伸ばす。

 寝そべりながら自堕落に貪るポテチは美味だった。

 

「ただいまー」

 

 その時、玄関から声が聞こえてきた。

 育ての父の声だ。

 只今の時刻、夜の11時半。

 このワーカーホリックがと、少女は顔をしかめた。

 

「HAHAHA! 今日も一日働いた!」 

 

 玄関を通ってリビングに現れたのは、ガリガリに痩せこけた骸骨のような金髪の大男。

 ヒーロー活動中は個性で無理矢理筋骨隆々だった昔の姿を再現しているが、家では当然、弱り果てた真の姿を晒している。

 

「って、また夜更かししていたのか魔美(マミ)ちゃん! ダメだぞ! 子供は夜10時までには寝なければ!」

「パパ、その考え方は古いよー。今時の女子中学生は余裕で深夜まで起きるという生態をしているのだよ」

「ムムム……しかしだな、寝なければ身長も伸びないぞ」

「これ以上はいらなーい」

 

 少女の身長は155センチ。

 平均より少しだけ下だ。

 高身長は血の繋がったクソの存在を思わせるので、少しとはいえ平均以下の今の身長は、数少ない相違点として気に入っている。

 しかし、高身長は目の前の育ての父も同じ。

 ファザコンの自覚がある彼女としては、育ての父との類似点として高身長も捨てがたい。

 この二つの感情は割とコロコロ入れ替わる。

 二律背反。

 思春期の面倒な悩みだ。

 

「それよりご飯作ってあるから、暖め直して一緒に食べよー」

「いつもありがとう。本当に助かるよ」

「ふっふっふ。なんなら嫁にでも貰うかね?」

「HAHAHA! それは無理な相談だ! 娘に手を出したら、一気に犯罪者(ヴィラン)になってしまう!」

「平和の象徴がロリコン近親相姦とか、積み上げてきたものが一瞬で崩れる予感しかしないねー。……いやでも、それでパパのワーカーホリックを解消できるなら悪くないのでは? よし」

「待って、魔美ちゃん。今の『よし』って何? もの凄く不穏な何かを感じるんだが!?」

「パパ、今日はシャワーをちゃんと浴びといてね」

「魔美ちゃん!?」

 

 そんな冗談を言い合いながら、温め直した食事を取る。

 宿敵との死闘で腹に風穴を空けられ、胃袋を全摘してしまった父でも食べられる消化に良いもの、それでいて味も良い料理を研鑽してきた。

 この分野であれば専門家にも負けないと、少女は自負している。

 その気づかいを父もわかっているので、毎回抱くのは感謝と温かい気持ちだ。

 

 ……本来なら、お互いにこういう温もりを得られないはずの人種だった。

 父は己で修羅の道を選び、娘は生まれた時から怪物であることを宿命づけられた。

 なのに、どんな運命のイタズラか、今はこうしている。

 こうしていられる。

 人でなしの怪物を自負する少女だが、この時間だけは素直に大切に思うことができた。

 

「そういえば、パパって明日はオフだよね?」

「え、あ、うむ! 明日は久しぶりに一日休みが取れたぞ!」 

「じゃあ、ショッピングに行きたいから付き合ってよ。休日デートしようぜ。そうしたら、エッチな下着で夜這いするのはやめてあげる」

「な、なんて斬新な脅迫なんだ……!?」

 

 父は戦慄した。

 ナンバー1ヒーローとして、悪党達にありとあらゆる悪辣な手段で追い詰められてきた彼だが、これは40年にも渡るヒーロー活動の中でも屈指の恐ろしさを感じる脅迫だ。

 何せ、対抗手段が全く思い浮かばないのだから。

 

「そんな脅迫しなくても普通に付き合うから! そういう冗談はやめてね!」

「うーん、信用ならない。どーせ、パパはいつもみたいにヴィランのお尻を追いかけていって、私は途中で放置されるような気がする」

「うっ……!?」

 

 多大なる前科があるので、父はその言葉を否定できなかった。

 

「だ、大丈夫! 奴を倒して5年、犯罪発生率もマシになってきているし、一日くらいヴィランが全く出ない日だってあるはずだ!」

「信用ならねー」

 

 娘はとてもジトッとした目で、自分の発言に自信が持てていない父を睨んだ。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 そして、その翌日。

 

「うん。知ってた!」

 

 父はコンビニ強盗をやらかしたヘドロのようなヴィランを追いかけて、マンホールの中へと消えた。

 娘の予言はものの見事に当たり、彼女は町中に一人ポツンと取り残された。


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