ナンバー1ヒーローの娘になった、悪の組織の改人系ヒロインのヒーローアカデミア 作:カゲムチャ(虎馬チキン)
「くそっ!! くそぉ!!」
黒霧のワープで拠点に帰った後も、死柄木は喚き散らし、ガリガリと首筋を掻きむしっていた。
その様子を見て、拠点に設置されたモニターの向こう側から声がする。
『ああ、弔。可哀想に。よほど腹に据えかねているんだね』
「当たり前だ!! 先生、あれはなんだ!? なんなんだ、あのチートのクソガキは!? オールマイトより強かった!! 脳無が二体も瞬殺された!!」
『そうだね。僕の言った通り、とても厄介な子だったろう?』
「あそこまでとは聞いてない!!」
ガリガリ、ガリガリと、血が出るほどに首筋を掻きむしりながら死柄木は喚く。
まるで子供の癇癪。
見た目は二十歳ほどだというのに、彼の精神は年齢不相応なほどに幼かった。
だが、今の彼はこれで良い。
モニターの向こう側にいる男は、内心でそう呟いて笑う。
今は何よりも、己でも制御できないほどのヒーローへの強い強い『憎しみ』を絶やさないことこそが重要。
憎しみを効率良く力に変える方法は、これからゆっくり教えてあげればいい。
……とはいえ。
『君の言うことももっともだ。僕もまさか、あの子がそれほど成長しているとは思わなかった。
ハイエンド一歩手前の脳無三体は、目的に対して少し過剰だったかなとさえ思っていたんだけどね』
今回の目的はオールマイトの削りと、ヴィラン連合という組織のお披露。
おまけでオールマイトと死柄木弔の接点を作ること。
後者二つの目的は遂げたが、死柄木が喚いている間に行われた黒霧の報告を聞く限り、オールマイトの削りは殆ど達成できていない。
(さすがは僕らの
戦闘においては、弱ったオールマイトよりもよほど厄介。
つくづく11年前の計算ミスが悔やまれる。
あれさえ無ければ、彼女は今頃、頼れる最強の味方だったろうに。
男の後ろでは、誰よりもその思いの強い老人が『ぬぅぅ! もったいない! 実にもったいないことをしてしまったぁ!』と騒いでいる。
11年経った今でも、悔やんでも悔やみ切れないのだろう。
何せ、彼女が残してくれた研究データだけでも、脳無を始めとした研究が大きく進み、今回だってあのレベルの脳無を一度に三体も用意できたのだ。
本人が残ってくれていたのなら、得られたはずの恩恵は計り知れない。
『でも、大丈夫。君はいつか必ずあの子を超えられる』
最高傑作とは言ったが、それは現時点での話だ。
どこまで行っても、あれは試作品。
完成品には勝てない。
そして、彼女に欠けていた『憎悪』という最も重要なピースを持ち、いつの日か完成品に至りうる器こそが、死柄木弔なのだ。
『前を向こう、弔。精鋭を集めよう。じっくり時間をかけて攻略していこう。
『先生』と呼ばれた男は、そう言って死柄木を諭していく。
本当に教えを授ける教師のように、彼の憎しみを育み、ヒーローへの敵対行為を後押ししていく。
(全ては、僕のために)
そうして、悪の支配者はニヤリと笑った。
◆◆◆
「とりあえず、皆無事で良かったのさ」
襲撃事件の翌日。
臨時休校となった雄英の会議室にて。
一堂に会した教師達を前に、校長がホッとした様子でそう言った。
今回の事件における、こちら側の被害は殆ど無し。
黒霧によってUSJの各エリアへ散らされてしまった生徒達も、待ち受けていた雑兵ヴィランが本当に雑兵としか言いようのない、そこらへんのゴロツキレベルだったおかげで、問題なく対処して無事に生還した。
重傷者は脳無の攻撃をモロに食らってしまった13号だけだ。
それも頑丈なコスチュームのおかげで致命傷には届かず、看護教諭の手によってあっという間に完治し、今も元気に会議に参加している。
戦闘の結果だけ見れば、雄英の完全勝利と言えるだろう。
……しかし。
「とはいえ、『雄英バリア』なんて呼ばれてるウチのセキュリティーを突破され、生徒達への攻撃を許してしまった時点で大問題だ。
ヴィラン側にとはいえ、
校長の次の言葉に、教師一同の顔が曇る。
今回の事件、脳無と呼ばれたヴィラン二名が、魔美子の手によって殺害されている。
色んな意味で頭が痛い。
「……担任として、現場にいた者として、あの状況では致し方なかったと進言しておきます。
オールマイトと対等に渡り合うレベルのヴィランが三人。
八木が手加減を考えずに本気を出してくれなければ、他の生徒が殺されるという最悪の事態も充分に起こり得た」
「校長先生! 責任があるとすれば私です!! 私が責務を果たせていれば、こんなことには……!!」
「もちろん、わかっているさ。彼女の責任がどうこう言うつもりは無い。オールマイトの言う通りってわけじゃないけど、責任があるのは子供にそれをやらせてしまう状況を招いてしまった、私達全員なのさ」
相澤とオールマイトの擁護を校長が肯定し、他の教師達も「うんうん」と頷いた。
彼らは全員がプロヒーローにして教員という聖職者。
子供に責任を押しつけてギャーギャー騒ぐような輩は一人もいない。
「彼女の心が心配ね。思い詰めてないといいけど……」
「ヒーローならやむを得ず殺す場合もあるが、プロでも大抵は引きずるからなぁ」
それどころか、加害者である魔美子への心配の言葉すら飛び出した。
ヒーローという荒事の世界に身を置いている者達だからこそ、人死にに対しても冷静に判断できる。
一般の教職員だったら、こうはいかないだろう。
「おまけに、彼女はヘドロ事件で一回物議を醸し出してる。マスコミがこの件を知ったら、喜々として彼女の傷口をえぐりながら無責任な記事を書くだろうね」
「だから、あいつらは嫌なんだ」
マスコミ嫌いで有名な相澤が、露骨に顔をしかめた。
「けれど、不幸中の幸いとでも言うべきか、近くにいた他の生徒達は、眼前のヴィランが強すぎて我が身を守るので精一杯だったのが逆に幸いして、殺害の瞬間を目撃していない。
ヴィランを殺したのが彼女であることを知っているのは我々のみ。
ヴィラン側に死者が出たことを知っているのも我々と警察関係者、あとは逃した主犯格のみ。
奴らがカメラの類を持ち込んでいたとしても、逃した二人はオールマイトか八木くんの衝撃波を食らっていたようだし、隠せるサイズの小型カメラなら破損しているだろう。
通信妨害まで仕掛けられていたのも逆に幸いして、撮影データを送られた可能性も低い。
つまり……隠蔽は可能だ」
校長の提示した選択肢に、反発する者は誰もいなかった。
都合の悪い部分の隠蔽。
正義のヒーローなら、やってはいけない所業。
しかし、彼らの正義は普遍的な正しさではなく、誰かを助けること。
まして、助けるべき対象が守り育てなければならない生徒であるのなら、汚い手段を使うことすら躊躇しない。
「あまり褒められた話ではないが、彼女に関しては警察の方でもかなりの忖度が発生する」
「校長の仰る通りです。あの子の立場は、警察としても下手に扱えませんからね」
ひとまずの捜査結果を共有するために会議に参加していた警察官『
上層部は頭を抱えそうだが、出てくる結論は結局、ヘドロの時と同じだろう。
すなわち、全力の忖度だ。
「そういうわけだよ。私も可能な限り調整するし、必ずや事件の真相を闇に葬ってみせるのさ!」
努めて明るい様子で不正行為の完遂を誓う校長。
教師陣は彼の気づかいに乗っかった。
「まあ、だからと言ってお咎めなしというのもダメでしょう。
表沙汰にはできないとはいえ、八木には担任である俺の方で特別指導をしておきます。メンタルケアも兼ねてね」
「ヘイヘイ、イレイザー! これだけのことになって、お前が除籍だなんだって言い出さないのは珍しいなー!」
「茶化すなよ、山田」
プレゼント・マイク、本名『
校長と同じように、暗い空気を払拭するように明るく。
「オールマイトさん。あなたも親として、言うべきことはしっかり言っておいてくださいね」
「もちろん。わかっているさ」
「間違っても、我が子可愛さに口ごもらないでくださいよ」
「うっ……! が、頑張るよ」
「心配だな。君は子煩悩だから」
「塚内くん!?」
うろたえるオールマイトの様子に、会議室は笑いに包まれた。
一度暗い空気を吹き飛ばし、改めて次の議題へ。
そうして、雄英の会議は踊った。
◆◆◆
「ただいまー」
「おかえりー」
会議を終えて帰宅したオールマイト。
家では髪を金色に染め直した魔美子が、その髪をポニーテールにしてエプロンを付け、料理に勤しんでいた。
圧倒的新妻感。
いや、手際は新妻というより熟練主婦の域なのだが。
「「いただきます」」
料理が完成したら、いつも通り二人で食べる。
教師になってからは帰りが深夜になることも随分減ったので、よく出来たてを食べられるようになった。
「魔美ちゃん。大事な話があるんだ」
「USJの件でしょ? 先に言っておくけど、殺したことに後悔なんてしてないから。もう何人目かもわからないしね」
魔美子はサラッとそう言った。
しかし、決して軽い口調ではなかった。
別に殺人の業に苦しんでたりするわけでは全然全くこれっぽっちもない。
ただ、
「……で、どのくらいの騒ぎになりそう?」
「校長と塚内くんが全力の隠蔽をしてくれることになったよ。色々と幸運が重なったおかげで、どうにか隠蔽が可能な範囲に収まってくれた」
「へ? あ、そうなの?」
魔美子は肩透かしを食らったような顔になった。
色々と覚悟していたのだが、どうやらその覚悟は無駄に終わったようだ。
「そっかー。いやー、ラッキーだった」
「魔美ちゃん」
「わかってるよ。大丈夫。ちゃんとわかってる。今回はラッキーだっただけだって」
父の真剣な目を、魔美子もまた真剣な目で見詰め返す。
「ヒーロー免許も持たないうちに殺人が表沙汰になったら大問題。
免許を手に入れてからでも、殺しは最悪の場合にしかしちゃいけない。
やらかせばパパに迷惑がかかるし、何よりパパが悲しむ。
……私は誰かを殺しても傷つけても何も感じない人でなしだけどさ。
そこだけは絶対に違えないから、安心してよ」
そう言って、魔美子は笑った。
珍しく無理したような笑顔で、少しだけ悲しそうな微笑みで。
「!」
そんな魔美子を、オールマイトは強く抱きしめた。
「パパ?」
「違うんだ。怒ってるわけじゃないし、疑ってるわけでもないんだ。
私が何かを言わなくても、君はちゃんと歩み寄ってくれた」
この子の心には生まれつきの欠落がある。
個性のせいか、生い立ちのせいか、彼女は他人を大切に思えない。
個性を思いっきり使いたい。その個性を何かに向けてぶっ放したいという衝動に脳を侵されている彼女は、他人のことをまず力をぶつける対象として見てしまう。
しかも、そのことに恐怖や罪悪感など一切感じない。
肉食動物が生肉を慈しめるか? というレベルの話だ。
学校で仲良くしている友達にしたって、本心では玩具の人形くらいにしか思っていない。
今は青春ごっこという人形遊びで楽しんでいるが、止められていなければ、無邪気な子供のように、玩具を壊して遊ぶことに一切の抵抗を覚えないだろう。
むしろ、破壊衝動を堪えながら笑顔を浮かべて、獲物を玩具に見立てて壊すのを自制しているだけでも奇跡。
彼女は、怪物なのだ。
人を人とも思わない、生まれついての怪物なのだ。
そんな彼女の価値観の中で、唯一の例外が
自分の異常性とずっとずっと向き合い続けてくれた父に、いつの間にか絆されていた。
この人だけは壊したくないと思った。
だから、怪物は人を真似て、どうにか人間社会に溶け込もうとしている。
オールマイトはその努力も、その大変さも知っている。
肉食動物が餓えを堪えながら、見様見真似で草食動物の暮らしに交ざるくらい大変というのは昔の魔美子の言葉。
その例えが冗談では済まないくらい的を射ているというのを、ずっと見てきた父は知っている。
それでも、彼女はそれを生涯に渡ってやり通そうとしてくれている。
今回だって、決して自分の衝動を優先したわけではなく、オールマイトを助けるために禁を破ったのだ。
それなのに、彼女はこうして怒られることを覚悟して、悲しそうな顔をしている。
この表情が外行き用の仮面じゃないことくらい、10年以上を共に過ごした父にはわかる。
「私が君に言うべき言葉は、たった一つだ。
魔美ちゃん。━━
「!」
その時、
「……まったく。パパはどれだけ私をファザコンにさせれば気が済むのさ。ホントに夜這いしちゃうぞ」
「ハハハ。それだけは勘弁してね。お願い」
「もー!」
夜這いの代わりに、魔美子はオールマイトの胸に思いっきり顔を埋めて甘え始めた。
傷跡のある左胸ではなく、無事な右胸の方に顔をこすりつける。
猫のような様子になった愛娘の頭を、オールマイトもまた愛おしそうに撫でた。
・魔美子の怪物性
魔王の血筋×悪魔の個性×脳への負荷×4歳まで道徳教育ゼロの生い立ち