ナンバー1ヒーローの娘になった、悪の組織の改人系ヒロインのヒーローアカデミア 作:カゲムチャ(虎馬チキン)
魔美子が毎日の特別指導で死にかけ、そのストレスを修行という名目でぶつけられ続けた緑谷も死にかけている間に、あっという間に2週間が過ぎ去り。
雄英体育祭開催の日がやってきた。
「皆、準備はできてるか!? もうじき入場だ!」
控室にて、委員長である飯田がいつも通りに声を上げる。
クラスメイト達の様子は、緊張か高揚の二通りだ。
緑谷、麗日などは緊張。爆豪、轟などは高揚している。
……いや、後者二名のそれは、もはや高揚などというレベルではないが。
「殺す!!」
爆豪はもう安心感すら覚えるレベルで殺気立っている。
そして、
「八木」
轟の方は、静かに燃えていた。
ただし、他のクラスメイト達とは根本的なところが違う燃え方で。
「お前には、勝つぞ」
轟の宣戦布告。
その瞳の奥で炎が燃えている。
爆豪のような健全(?)な闘志ではなく、もっと粘り気を帯びたドロドロとした炎が。
戦闘訓練の時に感じたのと同じだ。
相変わらず、ちょっと怖い。
「あー、うん。よろしくー」
「おお! 宣戦布告か!」
「爆豪も燃えてるし、戦闘訓練の時のリベンジだな!」
あまり好印象が抱けずにそっけない態度になる魔美子に反して、クラスメイト達は勝手に盛り上がった。
というより、盛り上げてくれたと言うべきか。
轟の危うさを他の皆もなんとなく感じ、暗いオーラを陽気なお祭り騒ぎのオーラで打ち消そうとしてくれているのだ。
「さあ、時間だ! 行こう!」
飯田が声をかけ、全員が動き出す。
入場の時間だ。
『雄英体育祭! ヒーローの卵達が我こそはとシノギを削る、年に一度の大バトル!
どうせ、テメーらあれだろ! こいつらだろ!
ヴィランの襲撃を受けたにも関わらず、鋼の精神で乗り越えた奇跡の新星!
━━ヒーロー科! 1年A組だろぉぉぉ!?』
プレゼント・マイク先生が、盛大にA組を持ち上げるような実況で会場を盛り上げる。
しかし、マイクの言っていることは別に誇張でもなんでもない。
1年A組がやたらと注目されているのは事実だ。
魔美子のショッキングなあれを隠蔽してもなお、襲撃事件の話題は良くも悪くも世間を賑わせている。
中には「オールマイトが雄英に就任したからヴィランの標的になったんじゃないか!?」という、事実ではあるものの完全に叩き目的なマスゴミもいて、魔美子は大変イラついているので、命が惜しければマスメディアは彼女に近づかない方がいい。
「わぁぁぁ……。人がすんごい……」
「大人数に見られる中で最大のパフォーマンスを発揮できるか……! これもまたヒーローとしての素養を身につける一環なんだな」
「めっちゃ持ち上げられてんな! なんか緊張すんな! なぁ、爆豪!」
「しねぇよ。ただただアガるわ」
大観衆に呑まれかけ、高揚から緊張に変わる者が何人か。
ヒーローの卵として、緊張を跳ね除ける者も多い。
「緑谷少年。あれだけ付き合ってあげたのに情けない真似したら……わかってるよね?」
「ひっ!? は、はい!」
緊張に呑まれそうになっていた緑谷は魔美子に活を入れられ、胃から酸っぱいものがせり上がってくるのと引き換えに、大観衆など気にならなくなった。
彼はオールマイトに言われている。
雄英体育祭、全国が注目しているこのビッグイベントで、次世代のオールマイト、象徴の卵……。
『君が来た!! ってことを、世の中に知らしめてほしい!』
憧れのヒーローにそう言われた。
ライバル達の熱気にも当てられ、闘志を燃やしていたところに、その話を知った
彼女は相澤の特別指導によるストレスを熱意に変換し、そりゃもうトラウマになるレベルでしごいてくれた。
『調整のコツはイメージと肉体の完全な合致! 一回は成功したんでしょ? なら、その感覚を死ぬ気で反芻して繰り返せ!』
『一回一回が雑になってる! 失敗しても次があるとか考えるな! 失敗する度にコブラツイストだ!』
『っていうか、なんで全身で個性使わないの? 私のはリスクが大きすぎるから普段使いできないけど、君の場合はむしろ使わなきゃダメでしょ。素の力じゃクソザコなんだから』
『練習でできても、実戦でできなきゃ意味が無い! 君を殴るから、個性使って避けまくれ! 避けられなきゃ当たって死ぬぞ!』
『ヘイヘイ! 今日も胃液しか出せないようになるつもりかい? そろそろ内容物を残した状態で帰宅してみせろ!』
……うん。
あの地獄を乗り越えた今なら、どんな困難にも立ち向かえる気がする。
自信をつける何よりの方法は、いつだって自信に変えられるほどの経験を積み上げることだ。
『まあ、及第点は行ったんじゃない?』
『ありがとうございます!!!』
様子を見に来たオールマイトが「イ、イジメ!? やめるんだ魔美ちゃん!!」と言って、慌てて止めに入るほどの鬼教官から言われたその一言が、緑谷の何よりの自信になった。
一方、オールマイトはすっかり調教されてしまった様子の緑谷に頬を引つらせるしかなかった。
いずれは魔美子の抑止力という役割も緑谷に受け継がせなければならないので、その第一歩として出力コントロールの特訓にかこつけて仲良くなってほしかったのだが、結果は中学時代に刻まれた上下関係が更に決定的になるという形で終わった。
果たして、いざという時、緑谷は魔美子と戦えるのだろうか……。
自分で例えるなら、師の盟友であるあの方に正面切って歯向かうようなものだ。
想像しただけで膝が震えてくる。
これは緑谷と魔美子のファーストコンタクトを盛大に間違えたかもしれない。
オールマイトは今さらそんなことに気づいて頭を抱えた。
そんな大人の悩みはともかく、今は体育祭だ。
「選手宣誓!!」
ヒーロー科、普通科、サポート科などが勢揃いした会場にて。
1年主審の先生、18禁ヒーロー『ミッドナイト』が壇上で宣言した。
「1年A組! 八木魔美子!」
「はーい!」
選手代表に選ばれたのは、入試1位通過だった魔美子。
彼女も大勢の前という状況は慣れていないのだが、生来の気質か、欠片も緊張していない様子で、実に堂々と壇上に上がった。
「宣誓! 私は最強である!」
「「「はぁあああああああああ!?」」」
魔美子の発言に、選手達全員が目を剥いた。
同じA組のクラスメイト達も同様だ。
彼女はたまに授業態度があれになることもあったが、それでもテンションを下げながらも、やるべきことはちゃんと真面目にやっていたので、こういう場で変なことを言い出す問題児ではないと思われていた。
なので、これはとんだ不意打ちだった。
「私はぶっちぎりの入試1位! 入学してからの戦闘訓練でも誰にも負けたことが無い! 正直、体育祭っていう枠組みの勝負で私に勝てる子がいるとは思えない!」
ビキビキッ。
魔美子の発言に、彼女の実力をよく知らないA組以外の敵意が強まっていく。
ついでに、爆豪の敵意も強まっていく。
調子に乗ってんじゃねぇぞ、おぉん? という感じだ。
しかし、これが決して大言壮語ではないと知っているA組や、入試会場が同じで蹴落され、ヒーロー科に落ちて他の科に行った者達、ヘドロ事件でのパンチを克明に記憶している者達などは、彼女の圧倒的な強者の風格に、もはや清々しさすら覚えてしまった。
「私は体育祭に君臨する最強の魔王! 少年少女は、そんな魔王を倒す勇者になってやるって覚悟で向かってこい! 以上!」
「う〜〜〜ん! 大胆不敵! そういうの嫌いじゃないわ!」
ミッドナイト先生は、実に良い笑顔で魔美子にサムズアップを送った。
USJでのヴィラン殺害に心を痛めていないかと心配していたので、こうもわかりやすく元気な姿を見ると、ことさら安心感があった。
(やるわね、相澤くん!)
ミッドナイトは魔美子のメンタルケアを担当した相澤に、内心で称賛を送った。
なお、彼女は魔美子の生い立ちと心の闇を知らされていない側の教師である。
ワンフォーオールの秘密と同じく、魔美子の秘密も伝えられる人間は厳選されているのだ。
「さーて! それじゃあ早速、第一競技行きましょう!
いわゆる予選よ! 毎年ここで多くの者が
運命の第一種目! 今年は……これ!!」
ミッドナイトの声に合わせて、ドラムロールと共に回転していたモニターに表示された文字が止まり、『障害物競争』という文字がモニターに映し出された。
「障害物競争……!」
「計11クラスでの総当りレースよ! コースはこのスタジアムの外周、約4キロ!
我が校は自由さが売り文句! コースさえ守れば何をしたって構わないわ!」
ウフフフと笑いながら、ミッドナイトが「何をしても構わない」という部分を強調する。
まあ、さすがに殺したりすれば一発アウトなのだが。
「さあさあ、位置につきまくりなさい!」
スタートゲートで点灯する三つのランプが、一つずつ消えていく。
カウントダウンだ。
3、2、1……。
「スタート!!」
そうして、雄英体育祭の第一種目が開始された。
・緑谷出久
技術促進『+1』
精神成長(?)『+1』
・???
魔美子の前で『魔王』を名乗ったことは無い。