ナンバー1ヒーローの娘になった、悪の組織の改人系ヒロインのヒーローアカデミア   作:カゲムチャ(虎馬チキン)

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2 遭遇

「もー! まったく! あのワーカーホリックが!」

 

 父に置き去りにされた少女は、せめてもの贖罪とばかりに渡された父のカードでやけ食いとやけ買いをした後、その父を探して町中をうろついた。

 そろそろヴィラン退治も終わっただろうと思って携帯にかけてみるも、繋がらない。

 多分どこかに落としたのだろう。

 父の超人的な身体能力で動き回れば、ポケットに入れた携帯くらい落としても不思議は無い。

 コスチュームを着ているならともかく、今日はオフだったので戦闘を一切想定していない私服だったし。

 

「おーい! そこの不良少年ー!」

「誰が不良少年だコラァ!!」

 

 というわけで、少女は父の情報を求めて、町行く人に声をかけた。

 

「ちょっと人を探してるんだけどさー。金髪で骸骨みたいにガリガリの人、知らない?」

「知らねえわ! つーかまず不良を撤回しろ! 俺はヒーロー志望だ!!」

「ああ、そういう冗談はいいから」 

「冗談じゃねえよ、クソが!!!」

 

 声をかけた相手、少女とは色合いの違う金髪をトゲトゲさせた不良っぽい少年が叫ぶ。

 ヒーロー志望を自称しているが、そんなわけねぇだろと少女は一笑に付した。

 これがヒーローになれるなら、自分だって胸を張ってヒーローを名乗るわ。

 

「とりあえず、あんまりヤンチャはしないようにね。今近くにオールマイトいるから、ヤンチャしたら一発逮捕だぜ?」

「だから不良じゃねぇ!! ……って、ちょっと待て! オールマイトが来てるのか!?」

「じゃ、そういうことで」

「聞けや!!」

 

 小走りで不良少年のもとを去る。

 父の情報を持っていないのなら、もうここに用は無い。

 不良は少女を追いかけようとしていたものの、小走りのくせにやたらと速い彼女の足には追いつけない。

 個性を使おうかとも思ったが、特別な許可が無い限り、個性の無断使用は禁じられている。

 信じがたいことにヒーロー志望という言葉に嘘はなく、内申点を気にする彼は、大っぴらに規則を破ることを良しとしなかった。

 

「なんだったんだ、クソが!!」

 

 彼のイラ立ちを表すように、彼の両掌が爆発を起こした。

 彼の個性だ。

 厳密に言えばこれも個性の無断使用に当たるが、このくらいでグチグチ言うほど社会の締めつけはキツくない。

 車の制限速度も10キロオーバーくらいなら大目に見てくれるあれだ。

 それをわかってやっているあたり、不良のくせにみみっちい。

 だが、

 

「良い個性の隠れ蓑♪」

 

 そのみみっちさが、彼の首を絞めた。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

「おーい! そこの地味めの少年ー!」

「……え?」

 

 不良のもとを去った少女は、その足で次の情報源を求めた。

 次に目をつけたのは、俯きがちに歩く地味めの少年。

 さっきの不良少年と同じで、自分と同年代くらいだろう。

 彼女は色々な事情で同年代との関わりが極端に薄いので、割と新鮮な気持ちだった。

 

「ちょっと人を探してるんだけど、金髪で骸骨みたいにガリガリの人、知らない?」

「金髪で、骸骨みたいにガリガリの人……」

 

 少年の脳裏に一人の人物がヒットした。

 ついさっき、自分の夢に引導を渡してくれた憧れの人だ。

 それを思い出した瞬間、少年の頬を涙が伝った。

 

「うぇぃ!? なんで泣くの!?」

「ご、ごめん。こっちの話。気にしないで」

「いや、気になるわ!」

 

 少女のツッコミが炸裂する。

 そりゃそうだ。

 人でなしを自覚している彼女なので、別に泣いている少年を見て「何か悩みがあるのかな? 可哀想に」とかは一切思わないが、それでも目の前でなんの脈絡もなく突然泣かれたらビックリくらいする。

 

「……悩みがあるなら聞こうか? 私もこう見えて、一応はヒーロー志望だからね」

 

 だが、彼女は自分の本音を隠して、優しく少年に語りかけた。

 彼女は別に、父のような立派なヒーローになりたいとは毛ほども思っていない。

 それでも、とある事情でヒーロー免許だけはどうしても必要だった。

 そして、ヒーローが人を助ける仕事である以上、困ってそうな人を見過ごすのは褒められたことではない。

 特に自分の立場は滅茶苦茶微妙で、何かあれば父に多大な迷惑がかかる。

 いつか自分の顔が売れた時、この少年に「泣いてる自分を見過ごした」とか言われてネガティブキャンペーンをされるのは面倒だ。

 少女はそんな打算100%の思考で、少年の悩みを聞くというコマンドを選択した。

 

「ヒーロー志望……」

 

 しかし、その言葉を聞いた瞬間、少年の涙腺は更に緩んだ。

 決壊したダムのように涙腺から涙が噴き出す。

 

「うぉい!? なんで更に泣くかなぁ!?」

「ご、ごめん。本当に、ごめん……!」

 

 情けない。

 彼の内心はその感情で埋め尽くされた。

 通りすがりの女の子の前で、この体たらくだ。

 少しでも自尊心というものを持っていれば、堪えないはずがない。

 それでも涙は止まってくれない。

 それくらい、彼の心身は限界に達していたから。

 

「ほれ。背中擦ってあげるから、話してみなさいよ、少年」

 

 少女は「めんどくせぇ」という内心を隠して、聖母のような顔で少年を宥めた。

 生粋の善人よりも、善人を演じなければならない詐欺師の方が、善人というものをより研究しているので、本物よりも本物っぽく見えるという話がある。

 今の彼女はまさにそれであり、父を参考にしてトレースした安心感を与える笑顔を、自前の美少女フェイスで繰り出すというコンボによって、少年には目の前の詐欺師が聖職者か何かのように見えていた。

 だからこそ、彼の口は滑った。

 

「ぼ、僕は……!」

 

 少年は語った。

 個性を持つことが当たり前のこの超常社会で、何の能力も持たない『無個性』に生まれてしまったこと。

 それでも、ナンバー1ヒーロー『オールマイト』への憧れを捨てられず、ヒーローになりたいという夢を捨てられず、苦悩し続けてきたこと。

 幼馴染にはずっと否定され続け、それどころか憧れた相手にまで「現実を見よう」と言われてしまったこと。

 夢と現実のギャップ。

 それが耐え切れないくらいに苦しい。

 ずっと溜め込んでしまっていた少年の思いが、詐欺師の微笑みをキッカケにして、堰を切ったようにあふれ出した。

 

「なるほど……」

 

 それを聞き終えて、少女は思う。

 

(やっべ。後半殆ど聞き流してた)

 

 一人の少年の人生を左右するような悩みを聞いておいて、抱いた感想がこれである。

 お前、マジでヒーロー向いてないよ。

 

「とりあえず、夢があるなら追いかければいいと思うよ」

「で、でも、僕には個性が……」

「関係ないさ」

 

 そんな状態で、少女は適当なアドバイスをする。

 

「自分で納得して選んだ道じゃないと、後で絶対に後悔する。

 人生ってのは苦しいんだ。納得して選んだ道でも大変なのに、自分の決断っていう芯まで無くなったら、絶対に途中で折れる」

 

 だが、適当なくせに、その言葉には重みがあった。

 少女は少年の言葉の大部分を聞き流した。

 ゆえに、自分の経験則100%で語っているのだ。

 相手の事情を一切考慮せず、自分の価値基準のみで語っているからこそ、逆に彼女の中にある『芯』が剥き出しのまま出てきていた。

 

「ま、要するに、やらずに後悔するより、やって後悔しろってことだよ。

 頑張れ、少年。私は応援してるぜ」

「ッ!?」

 

 応援している。

 背中をドンと叩かれながら言われた、その言葉。

 今まで誰にも言ってもらえなかった言葉。

 ずっと言ってほしかった言葉。

 わかっている。

 こんな通りすがりの少女の言葉だ。

 いくら親身になってくれているように見えても、そこには何の責任も乗っていない。

 現実を見ろと言ってくれた人の方が百倍優しいだろう。

 それでも……それでも、嬉しくて堪らなかった。

 

 ……と、その時。

 

 

 BOOOOM!!!

 

 

 そんな轟音が二人の耳に入ってきた。

 

「爆発音……。ヴィランかな? まったく、何が犯罪発生率もマシになってきてるだよ。パパの嘘つき」

 

 少女が毒づいた。

 本音を言えば色んな意味での鬱憤晴らしに殴りに行きたいが、ヒーロー免許を持っていない限り、個性で誰かを傷つけることは許されていない。

 たとえ、相手が犯罪者(ヴィラン)であろうともだ。

 面倒な社会。

 窮屈で仕方がない。

 

(あ、でも、ヴィランが出たなら、パパも引き寄せられてくるかも)

 

 ヒーローという職業に人生を捧げているあのワーカーホリックは、人々の安全を脅かすヴィランを絶対に無視できない。

 そんな行動予測をしながら、なんかさっきとは違う感じの涙を流す少年に「じゃ、私は行くから」と告げて、少女は騒ぎの現場へと向かう。

 そこで暴れていたヴィランは、ちょっと想定外の相手だった。

 

(さっき、パパが追いかけてた奴じゃん)

 

 暴れていたのは、本日のデートを邪魔してくれやがったヘドロのようなヴィラン。

 それが見覚えのある不良に絡みついて、不良少年の体を乗っ取るようにして暴れていた。

 

(マジか。パパから逃げ切ったんか。やるな、あのヘドロ)

 

 弱りに弱っているとはいえ、未だにヒーローの頂点に(騙し騙し)君臨し続ける男から逃げ切ったヘドロに、少女は拍手を送りたい気持ちになった。

 まあ、そんなことをしたら顰蹙を買うでは済まされなさそうな状況だが。

 この場には既に何人かのヒーローが駆けつけているものの、不良少年の個性と思われる爆発が激しくて、手を出せていない。

 見た感じ、不良少年は完全に乗っ取られているわけではなく、ヘドロに抗って暴れている感じだ。

 活きの良い人質とでも言えばいいのか。

 それが余計に状況をややこしくしているように見える。

 色んな意味で危ない。

 

(資格があればなー。さっと行って、ぶん殴って終わりなのに)

 

 少女は内心でほぞを噛む。

 彼女はかなり好戦的な性格だ。

 個性が戦いを欲している。

 むしろ、戦わないと副作用(・・・)でおかしくなってしまう。

 ゆえに、暴力許可証であるヒーロー免許があったのなら、あるいは今が変装中で、半ば黙認されている自警団(ヴィジランテ)活動中だったのなら、彼女が喜々としてヴィランに突撃をかましてハッピーエンドだっただろう。

 しかし、社会のシステムがそれを許さない。

 

「窮屈でござる」

 

 そう呟いて黄昏れた━━その時。

 

「ッ!!!」

 

 一人の少年が、野次馬の中から飛び出して、ヘドロと不良少年に向かって、一心不乱に走り出した。

 

「ありゃ? さっきの少年じゃん」

 

 その正体は、さっきお悩み相談のようなことをしていた地味めの少年だった。

 特別な力など持たない無個性であるはずの彼は、不良少年に向かって「かっちゃん!!」と叫びながら飛び出した。

 知り合いだったのだろう。

 その知り合いを助けるために、プロヒーローすら手をこまねいている事件の中に飛び込んだ。

 個性もなく、体も貧弱。

 勝算なんて欠片も無いはずなのに……。

 

「なんで、テメェが!?」

 

 当の不良少年からすら「なんで」と言われる状況下で。

 

「君が、救けを求める顔してた……!」

 

 そう言って、弱っちい少年は、いつも笑顔で人を助けるナンバー1ヒーローを真似るように、無理矢理ニカッと笑った。

 

「無理無茶無謀。自殺志願。全くもって理解に苦しむね」

 

 その光景を見て、少女は呆れたような顔で肩をすくめた。

 ヒーロー。

 誰かのために、我が身を顧みず救いの手を伸ばす者。

 やっぱり、自分には理解できない。

 

「けど、まあ」

 

 その時、視界にガリガリに痩せこけた金髪の骸骨の姿が見えた。

 傷跡を押さえて、明らかに無理して、彼もまた飛び出そうとしている。

 生粋のヒーロー。ヒーローの中のヒーロー。

 そんな人だから、この状況で我が身可愛さに大人しくしていられるわけがない。

 

「大切な人限定なら、その救済願望もわからないことはないかな」

 

 そうして……少女もまた飛び出した。

 無理をしようとしている父よりも早く。

 あのワーカーホリックが無理をする前に。

 後で色々めんどくさいことになるんだろうなぁと、諦めモードで足を動かした。

 

「もう大丈夫」

 

 そんな内心を、父を参考にした安心感を与える笑顔の仮面で隠して、少女はヴィランと相対する二人の少年に笑いかけた。

 

「私が来た!!」

 

 父の決め台詞を口にして、上っ面だけのヒーローもどきが、拳を握った。

 

「『デトロイト・スマッシュ』!!」

「「「!!?」」」

 

 繰り出したのは右ストレート。

 ただの拳が衝撃波を生み、不良少年に絡みつくヘドロを風圧で吹き飛ばそうとする。

 しかし、この状態(・・・・)では父よりも遥かに劣る威力しか出せない。

 それでも並のヒーローを上回る一撃ではあるのだが、さすがは父から逃げ切った大物と言うべきか、ヘドロはこれを耐えてみせた。

 

「あっちゃー。やっぱダメかー」

「今度はなんだ!?」

 

 そう叫びながら、ヘドロが不良少年の体を操り、掌を少女に向けてくる。

 さっきから見てる限り、この不良少年の個性は掌で爆破を起こすというもの。

 食らっても大したダメージを受けない自信はあったが、今着ているコスチュームでもなんでもない白のワンピースは消し飛んでしまいそうだ。

 さすがに、公衆の面前でストリップショーはやりたくない。

 

「できれば素の力だけで終わらせたかったけど……しょーがないか」

 

 少女はもう一度拳を握る。

 放つのは、照準を上空に向けたアッパーカット。

 だが、今回は先ほどと違い、自らの呪われた(・・・・)個性を解放する。

 

 個性解放部位『右腕』 出力70%

 

 その瞬間、少女の右腕が漆黒に染まり、バチバチと黒色のスパークを放ち始めた。

 同時に、常時感じている脳をシェイクするような衝動が加速する。

 それを制御し、狙いを定め、あと不良少年を左手で掴み、地味めの少年を足で踏んづけて固定。

 個性まで使っちゃって、後で色々言われるんだろうなぁという憂鬱を、脳内を駆け巡る暴力的な衝動で塗り潰して、放った。

 

「『デビル・スマッシュ』!!!」

「「「ッッッ!!?」」」

 

 父の模倣ではなく、自分の技。

 黒い腕から放たれたアッパーカット。

 それは先ほどとは比べ物にならない衝撃波を発生させ、ヘドロを容易く吹き飛ばし、風圧で天候すらも書き換えた。

 右手一本で上昇気流を発生させ、現場に雨が降り始める。

 呆然とする野次馬、マスコミ、ヒーロー。

 そして、無事救出された二人の少年。

 

(あーあ。やっちった)

 

 資格も無いのに、大っぴらにやらかしてしまった。

 後で怖い大人の皆さんに詰め寄られる未来を思い浮かべて、とてつもなく憂鬱な気持ちになる。

 とりあえず、味方にできそうなところだけでも味方につけておくかと、少女は個性を引っ込めた右腕を天に掲げた。

 勝利のスタンディングだ。

 

「「「う、うぉおおおおおおお!!!」」」

 

 それに興奮した野次馬とマスコミが騒ぎ出す。

 マスコミにもみくちゃにされ、現場のヒーロー達からは怒られ。

 せっかくのデート日和が散々なことになってため息を吐きたい気持ちを、マスコミの前だからと強引に飲み込んで、しおらしくする女の子の仮面を被った。

 やっぱり、ヒーローなんてロクなもんじゃない。

 そんな彼女の内心を見透かしていたのは、介入するタイミングを逃して、野次馬の中でオロオロする父だけだった。




・オールマイト
体力消耗『−1』

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