ナンバー1ヒーローの娘になった、悪の組織の改人系ヒロインのヒーローアカデミア   作:カゲムチャ(虎馬チキン)

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3 緑谷出久

 『緑谷(みどりや) 出久(いずく)』。

 無個性のくせに、イジメてくる幼馴染をそれでも助けようと無理無茶無謀な突撃をし、結局なんの役にも立てず、謎の少女に助けられるだけだった地味めの少年の名前だ。

 その少女が個性無断使用、傷害罪(ヴィラン相手とはいえ)などの罪で警察に連行され、タイミングを逃してお礼も謝罪もできず、彼は失意のまま家路についていた。

 

「デク!!」

 

 そんな彼に、件の幼馴染『爆豪(ばくごう) 勝己(かつき)』が鬼のような形相で話しかけてくる。

 

「テメェに助けを求めてなんかねぇぞ……! 助けられてもねぇ! あ!? なぁ!? 一人でやれたんだ! あのクソ女の助けだっていらなかった!! 無個性の出来損ないが見下すんじゃねぇぞ! 恩売ろうってか!? 見下すなよ俺を!!」

 

 クソナードが!! と吐き捨てて、爆豪は言うだけ言って去っていった。

 ヘドロに体を乗っ取られかけ、あれだけ暴れさせられていたというのに、凄まじいタフネスとしか言いようがない。

 

「……凄い一日だったなぁ」

 

 思わず、そんな言葉が緑谷の口からこぼれ落ちた。

 学校でいつものようにヒーローになりたいという夢を爆豪に否定され。

 帰り道でヘドロに襲われ。

 そこを憧れのナンバー1ヒーローに助けられ。

 事故というか、自分のワガママの結果、オールマイトの秘密を知ることになり。

 無敵のスーパーヒーローだと思っていたオールマイトですら大怪我をしているというのを見せつけられて、個性(ちから)が無くてもヒーローになれるとは思えない「現実を見なくてはな」と言われ。

 

 失意の中、通りすがりの少女の前でみっともなく泣き、ついでに慰められ。

 今度は爆豪がヘドロに襲われている現場に出くわし。

 一度はオールマイトが倒したはずのヘドロが暴れているのは、自分がオールマイトに絡みついて、あのヘドロを逃してしまったからだと気づいて絶望し。

 爆豪が苦しんでいるのを見て、反射的に飛び出してしまい。

 結局は何もできず、慰めてくれたあの少女に助けられ、そのせいで彼女は警察に連れて行かれてしまった。

 

 ……改めて考えると、本当に迷惑しかかけていない。

 ズゥーンと気持ちが落ち込んでいく。

 こんな体たらくで、何がヒーローになりたいだ。

 彼女は応援してくれたが、緑谷自身が自分に見切りをつけてしまいそうだった。

 

「これからは、ちゃんと身の丈に合った将来を……」

「私が来た!!」

「わっ!?」

 

 その時、失意の少年の前に現れる筋骨隆々の人影。

 憧れのナンバー1ヒーロー。

 

「オールマイト!? なんでここに!?」

「……礼と訂正、そして提案をしに来たんだ」

 

 オールマイトはそう言って……勢いよく頭を下げた。

 90度。

 ついでにその衝撃で筋骨隆々の姿(マッスルフォーム)が崩れ、ガリガリの骸骨のような姿(トゥルーフォーム)に戻る。

 変身自体は昼間にも見たが、それでも色んな意味でインパクトのある光景に、緑谷は思わずビクッとした。

 

「私はあの時、君達が奮戦する現場に居た。しかし情けないことに、体力の限界を理由に手が出せなかった。私は君に諭しておいて、口先だけのニセ筋になってしまった! 本当にすまなかった!」

 

 オールマイトに謝られた。

 そう認識した瞬間、緑谷は慌てた。

 彼はオールマイトの熱烈なファンだ。信者と言ってもいい。

 そんな信者が、自分の信じる神のような存在に頭を下げられて慌てないはずがない。

 

「そ、そんな! 頭を上げてください! オールマイトは悪くない! そもそも僕が悪いんです!

 仕事の邪魔して、あのヘドロを逃しただけでも大迷惑をかけてるのに、その上、無個性のくせに出しゃばって、あの女の子に尻拭いまでさせて……」

「いいや、それは違うさ! 前半は全くもってその通りだが、最後の一つだけは違う!」

 

 サラッと今日の所業の大部分は迷惑だったと認めるオールマイト。

 しかし、緑谷の最後に取った行動、それだけは本質が違うと彼は言う。

 

「あの場の誰でもない、小心者で無個性の君だったから、私は動かされそうになった。

 そんな私を見たからこそ、あの子は動いたんだ。

 あの時、君が飛び出して行ったからこそ、あの爆破の少年は救われた。私はそう思っている」

 

 オールマイトは、確信を持ってそう語った。

 緑谷にはそんな風に見えた。

 

「トップヒーローは学生時代から逸話を残している。彼らの多くが話をこう結ぶ。『考えるより先に体が動いていた』と。君もそうだったんだろう!?」

 

 オールマイトの言葉が胸に、心に染み込んでくる。

 その時、何故か緑谷は、昔母に言われた言葉を思い出していた。

 彼に個性が無いと知った時、言われた言葉を。

 

『ごめんね出久……! ごめんね……!』

 

 違う。違うんだ、お母さん。

 あの時、僕が言ってほしかったのは……。

 

 

「君はヒーローになれる!!」

 

 

 目の前の憧れの人が言ってくれた、この一言だった。

 通りすがりの女の子の慰めじゃない。

 あれも凄く励まされたが、今回のこれは心の底から憧れた、そうなりたいと強く願った相手からの言葉。

 より強く心に響かないはずがない。

 

「君なら私の『力』、受け継ぐに値する!」

 

 そして、ここから彼の、緑谷出久の、最高のヒーローになるまでの物語が始まった。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

「で? デートを台無しにして、警察のお世話になった娘を放り出してどこかに行っちゃったお父様? 何か言うことがあるんじゃない?」

「大変申し訳ございませんでした!!」

 

 ヒーロー事務所近くの自宅にて、ガリガリの骸骨が女子中学生に土下座していた。

 あろうことかこの父親、警察に連行される直前の娘のところに顔を出したと思ったら、知り合いの警察官に電話をかけて後を任せ、「すぐに戻るから!」と言い残して、凄い勢いで立ち去りやがったのだ。

 現在は事情聴取その他諸々が終わり(というか、色んな事情で上から圧力がかかって強制終了させられ)無事自宅に戻ってきたところ。

 車の中で終始不機嫌そうに無言を貫いていた娘は、玄関を潜ったところで、ついに父をなじり始めた。

 

「しかも、明らかに活動限界越えてる感じだったのに無茶しようとしてたし。

 私、言ったよねぇ? 娘を持つ父親なら、責任を自覚して家族に迷惑をかけるような行動はやめてって言ったよねぇ?

 パパの無茶を止めようとした結果がおまわりさんに連行されるルートだったわけだけど、そんな私を塚内さんに丸投げするとか、お父様からの愛を疑っちゃうんだけどぉ?」

「返す言葉も無い……! 本当に、本当にすまなかった!!」

 

 父の頭がますます床にめり込んでいく。

 怖い。女子中学生の娘が滅茶苦茶怖い。

 額に浮かんだ青筋や、後頭部に降り注ぐゴミを見るような視線が恐ろしくて堪らない。

 基本的にいつもニコニコ笑っている子なので、たまに見せるこの激怒モードはことさら怖いのだ。

 ……しかし。

 

「……はぁ。私が重度のファザコンであることに感謝してよね」

 

 基本的に父に甘い娘は、ため息と共に怒気を引っ込めた。

 

「埋め合わせはしてよね」

「もちろんだとも!!」

「ん。とりあえずは、それで納得してあげる」

 

 父は安堵の息をついた。

 怖かった。

 恐らく、今回は未遂だったからこの程度で済んだのだ。

 彼女が一番怒っているのは、自分を放り出してどこかに行ったことではなく、活動限界を越えて無茶をしようとしたこと。

 この子の怒りの本質がわかるくらいには父親をやっている。

 

 前回、未遂ではなく本当に無茶をして、活動限界を一日3時間にまで縮めてしまった時は、一ヶ月くらい外のニュースが一切届かない部屋に監禁されて、強制的に休まされた。

 見張りをつけられ、ベッドに縛りつけられ、食事は「あーん」でしか与えられなかったあの生活は、もうトラウマだ。

 それでも、トラウマを刻まれてもなお、困っている人を見たら条件反射的に無茶をしてでも助けようとしてしまうのが(オールマイト)という人間なのだが。

 

「それで? 私を放置してまで、どこに行ってたの? 随分慌ててる感じだったけど」

「ああ、私の後継者足りうると思った子を見つけて、見失うわけにはいかないと焦ってしまったんだ」

「後継者? ああ、『ワンフォーオール』の。それってもしかして、あの地味めの少年?」

「その通り! 彼は無力で小心者なのに、誰かを助けるために反射的に動いた。動けた。そういう子にこそ、ワンフォーオールを受け継がせたい!」

「ふーん。ま、いいんじゃないの? 私としては、パパがようやく引き継ぎと引退に向けて動いてくれて嬉しい限りだし」

 

 オールマイトの個性『ワンフォーオール』。

 力を蓄え、それを譲渡する個性。

 超常黎明期から脈々と受け継がれてきた、聖火のごとく引き継がれてきた力の結晶。

 根っからの正義の味方以外に渡したら大変なことになる個性。

 だからこそ、一応は娘である自分にも後継者の資格が無い。

 自分の本質は、自分が一番よくわかっている。

 

「ワンフォーオールはいつ渡すつもりなの?」

「とりあえず、少年の体が出来上がってからになるかな。今の彼は器じゃないし」

「ああ、見るからにモヤシだったもんねー。それじゃあ、パパが手ずから鍛え上げる感じか」

「うむ! そうなるね!」

 

 父がメラメラと情熱を燃やしているのを見て、ちょっと心がザワッとした。

 これはあれだ。嫉妬ってやつだ。

 弟妹ができた兄姉によく見られる現象である。

 

「特訓には私もついていくね。お弁当作ってあげるよ」

「ありがとう! 助かるよ、魔美ちゃん!」

 

 小さな嫉妬心を笑顔の仮面で隠し、彼女は同行を申し出た。

 内心では稽古にかこつけてイビってやろうとか考えている。

 あらゆる悪意に立ち向かってきたナンバー1ヒーローは、そんな小姑の小さな悪意に気づくことはなかった。


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