ナンバー1ヒーローの娘になった、悪の組織の改人系ヒロインのヒーローアカデミア 作:カゲムチャ(虎馬チキン)
「座りなさい」
「はい」
「は、はい……!」
放課後。
魔美子は緑谷と共に、オールマイトに呼び出された。
要件はわかっている。
職場体験から帰ってきた時に相談された件だろう。
魔美子は父の様子を一切茶化さず、真面目な顔で席についた。
そんな二人を見て、緑谷は緊張気味だ。
「今日呼んだのは、ワンフォーオールにまつわる話をするためだ。
その成り立ち、そして何より、ワンフォーオールの『宿敵』についての話を」
「宿敵……」
オールマイトが重々しい雰囲気で吐き出した言葉に、緑谷は息を呑む。
魔美子の方も、ついにその話を緑谷にする時が来たかと、姿勢を正した。
「ワンフォーオールとは、元々ある一つの個性から派生したものだ」
そうして、オールマイトは語り出す。
遡ること100年以上前。
個性、いや当時は『異能』と呼ばれていた力が人類に突如として発現した直後の『超常黎明期』と言われる時代の話。
社会がその変化に対応し切れず、法は意味を失い、文明が歩みを止めた荒廃の時代。
そこに一人の男が現れた。
『オールフォーワン』。
他者から個性を奪い、己がものとし、またそれを他者に与えることのできる個性を持った男。
彼は人々から個性を奪い、圧倒的な力で勢力を拡げていった。
計画的に人を動かし、思うがままに悪行を積んでいった彼は、瞬く間に悪の支配者として日本に君臨した。
「彼は奪った個性を配下に『与える』ことで信頼、あるいは屈服させていった。
ただ、与えられた人の中にはその負荷に耐えられず、もの言わぬ人形のようになってしまう者も多かったそうだ。
……ちょうど、脳無のようにね」
「!」
脳無。
USJと保須に現れた脳ミソ剥き出しの異様な連中。
彼らは意味のある言葉を発することなど一度もなく、ただただ死柄木の命令に従って暴れるだけだった。
まさに、己の意思なき操り人形。
ヒーロー殺しとは対極の存在だろう。
「一方、与えられたことで、個性が変異し混ざり合うケースもあったそうだ」
オールマイトは言う。
オールフォーワンには弟がいた。
弟は無個性であり、体も小さくひ弱だったが、正義感の強い男だった。
兄の所業に心を痛め、抗い続ける弟。
そんな弟にオールフォーワンは『力をストックする個性』を無理矢理与えた。
それが優しさゆえか、それとも屈服させるためかは今ではわからない。
しかし、無個性だと思われていた弟にも、一応は個性が宿っていた。
『個性を与えるだけの個性』という、それ単体では全く意味の無い、使うこともできない、それゆえに発覚しなかった個性が。
そこに兄から与えられた『力をストックする個性』が混ざり合い、力を培って他者に譲渡する『ワンフォーオール』が生まれた。
これがワンフォーオールの
「皮肉な話さ。正義はいつも悪より生まれ出ずる」
個性を奪える人間は、なんでもありだ。
『成長を止める個性』なんかを奪えば、寿命という抗いがたい破滅すらも避けることが可能。
半永久的に生き続けるだろう悪の象徴に対し、覆しようのない戦力差と当時の社会情勢によって敗北を喫した弟は、ワンフォーオールによって後世に希望を託した。
今は叶わずとも、少しずつその力を培って、いつか奴を止めうる力となってくれと。
「そして、私の代でついに奴を討ち取った……はずだったのだが。
奴は生き延び、ヴィラン連合のブレーンとして、再び動き出している」
そこで魔美子の顔が不快そうに歪んだ。
暴走直後で気絶さえしていなければ、自分が粉微塵になるまで追撃を加えていたのにと。
そうすれば、父が腹に穴を空けられることも無かったのにと。
「ワンフォーオールは言わば、オールフォーワンを倒すために受け継がれてきた力。
君はいつか奴と、巨悪と対峙しなければならないかもしれない。
酷な話になるが……」
「頑張ります!!」
オールマイトの言葉に、緑谷は間髪入れずに答えた。
「オールマイトの頼み、何がなんでも応えます! あなたがいてくれれば、僕は何でもできる……できそうな感じですから!」
「……ありがとう」
オールマイトは重圧を背負わせてしまう申し訳なさと、頼もしい後継の姿に、喜びと罪悪感が混ざり合った、なんとも言えない顔で感謝を告げた。
次いで、その視線が魔美子の方を向く。
実に頼りない目をしていた。
この前、二人で話し合って「緑谷には話す」と覚悟を決めたはずなのに、この期に及んで思いっきり覚悟が揺らいでいた。
魔美子はそんな父の様子に苦笑して、
「パパ。ここまで話したんだから、勢いに任せて私のことも言っちゃおう? 後に回すほど話せなくなるよ?」
「え? 八木さんのこと……?」
「………………わかった」
オールマイトが覚悟を決めたような顔になる。
さっきよりも百倍深刻そうな顔で深呼吸を繰り返す。
緑谷はその尋常ならざる様子を見て戦慄し、どんな話が飛び出してきてもいいように身構えた。
「スー、ハー。スー、ハー。スー……」
「いや、深呼吸長いよ。もう私から話しちゃうよ」
「待っ……!? まだ心の準備が……!?」
「それは昨日の時点で固めたはずだけど?」
「うっ……!」
自分のことでもないのに、むしろ自分のことではないからこそ往生際の悪い父に業を煮やして、魔美子は話を引き継ぐことを決めた。
丸椅子に座りながら90度横に回転し、隣に座っていた緑谷に正面から向き合う。
とても真面目な顔をしているが……クソナード緑谷のサガと言うべきか、女子に至近距離から見詰められて、別の意味でも緊張が高まっていく。
「緑谷少年。とりあえず、この前提だけ先に言っておくよ。
━━私とパパは血が繋がってない」
「…………………………………へぁ?」
しょっぱなからぶち込まれた爆弾発言に、緑谷の思考回路は停止した。
「私はオールフォーワンが強い手駒を作るために始めた実験で産み出された実験体だ。
私の個性も、この体も、奴が胎児の頃から手を加えて造ったものらしいよ。
だから、これだけバカげた力を持ってるのさ」
「…………待って。待って待って待って!?」
思考停止中にも容赦なく追加情報という名の爆弾の雨が降ってきて、緑谷は混乱状態に陥った。
え? 実の娘じゃない? 実験体? 造られた?
わけがわからな過ぎて大混乱するしかない。
「君は不思議に思ったことないかい? 私の個性、妙にできることが多いなとか。個性使ってない素の身体能力が、なんであんなおかしいんだとか」
「そ、それは……!」
思っていた。
緑谷は分析厨のヒーローオタクだ。
凄いと思ったヒーローや個性に関しては、無意識に分析してノートに纏めてしまう。
魔美子の個性『悪魔』。
悪魔っぽいことができる個性と本人は言っていたが、超パワーに、超再生、使い魔の召喚、闇のレーザー、飛翔能力と、一つの個性にしては破格に過ぎると思っていた。
素の身体能力にしたってそうだ。
能力の多彩さはワンフォーオールと母方の個性が混ざったから、素の身体能力はクラスメイト達にも説明していた、解除できない異形型が混ざっているから。
その説明で一応は納得していたが、それにしたっておかしいんじゃないかとは常々思っていた。
「その疑問の答えがこれだよ。個性が多彩なのは、オールフォーワンが与えたいくつもの個性が混ざり合って悪魔になったから。
素の身体能力がおかしいのは、胎児の頃から体を弄り回された改造人間だから。
ある意味、私もワンフォーオールと同じで、オールフォーワンから派生した存在ってわけさ」
「…………そんなこと。そんなことって!?」
緑谷が凄まじい形相になった。
生命を冒涜するかのごときオールフォーワンの所業に、怒りが沸き出して止まらないようだ。
さすが、ヒーロー志望でオールマイトの後継者。
「落ち着きなさいよ、緑谷少年。本題すらまだなんだから、今から荒ぶってちゃ身が保たないぜ?」
「……………本、題?」
「そう。本題。私の個性のリスクの話だ」
「ッ!?」
魔美子の個性のリスク。
それが存在しているということだけは知っていた。
本人もよく言っていたし、特に「使ってこいやぁあああ!!」と叫ぶ爆豪を宥める時とかに、よく理由として持ち出していた。
しかし、具体的にどんなリスクなのかはずっとはぐらかされていて、今この瞬間まで教えてくれなかった。
「さっき、パパはこう言ったよね。オールフォーワンに個性を与えられた人の中には、その負荷に耐えられずに、脳無みたいなもの言わぬ人形になっちゃった人も多いって」
「!? ま、まさか……!?」
「そう。私もその負荷を受けてるんだ。個性に見合うように改造された肉体のおかげで人形にはなってないけど、私の個性がここまで膨張するのは奴にとっても想定外だったみたいで、肉体改造が個性に追いついてない」
そうして、魔美子は緑谷にそれを明かす。
オールフォーワンと同じように、オールマイトの後継者として、彼が戦わなければならない『敵』の存在を。
「私の個性はずっと内側で暴れてて、力を全解放しての暴走を望んでる。
それが破壊衝動って形で常に私の脳を蝕んでて、個性を小出しにして衝動を発散しないと、決壊して暴れ出すんだ」
「なっ……!?」
「しかも、小出しにする時でも気をつけてないと、すぐにダムの堰を壊して全部が出てこようとする。難儀な個性だよ」
魔美子はそう言って肩をすくめる。
緑谷は絶句して何も言えない。
なんだそれは? なんだその呪いのような個性は?
そんなものを与えられた?
生まれた時から、創造主の手で。
そのあまりの悍ましさに、彼女のあまりの悲しさに、怒りと悲しみが湧き出してきて止まらない。
「私がオールフォーワンの手を離れてパパに拾われたのは4歳の頃。11年前だ。その時、私は人生初の暴走をしてた」
「魔美ちゃん……! それは……!」
「言わなきゃダメだよ。パパは緑谷少年に継いでほしいんでしょ? 私の抑止力って役割も」
「ぐっ……!」
魔美子の言葉に、オールマイトは何も言えずに黙った。
「さて、ここで問題だ、緑谷少年。私の力は幼少期の頃から凄かった。そんな凄い力が11年前に暴れた。その頃に起こった大事件と言えば、なーんだ?」
「11年前の、大事件……ッ!?」
今までの話で驚き、怒り、悲んでいた緑谷が……今度はついに顔色を失った。
11年前の大事件と言えば、あまりにも有名だ。
オールマイトの登場以降、最も多くの人が死んだ大災害。
万を越える死者を出し、百を越えるヒーローが殉職した、近年最悪のヴィラン犯罪。
「『
「正解」
御乃巢の大災害。
北海道御乃巢市という町を丸ごと吹き飛ばした最悪の人災。
それを成したヴィランはオールマイトが討伐したと言われているが、その姿を知る者は殆どいない。
記録が残っていないからだ。
ヴィランは、オールマイトの到着前に周辺のあらゆるものを破壊し尽くし、記録映像や目撃者すらも根絶やしにした。
報道ヘリですら、何かをカメラに映す前に、謎の攻撃で一機残らず撃墜された。
真相を知るのはオールマイトと、彼と共に奮戦した数名のヒーローのみ。
その数名のヒーロー達ですら「全てが謎だった」の一点張りで口を閉ざした。
ただ一つ、間違いのない事実は。
そのヴィランが己を目撃した人間の殆どを殺し尽くした『死の象徴』であるということ。
出会えば死ぬ。
ゆえに、そのヴィランはこう呼ばれるのだ。
「近年最悪のヴィラン『デッドエンド』。その正体は4歳の頃の私だよ。
まあ、その4歳っていうのも体の発達具合から見て判断されただけで、本当のところは何歳なのかわかんないけど」
「ッッッ!!!」
恐ろしい。あまりにも恐ろしい真実。
僅かな目撃者達が口を閉ざした理由もわかってしまう。
だって、こんなの、あまりにも……!
「酷すぎる……!!」
ギリッと、緑谷は強く奥歯を噛みしめた。
オールフォーワン。
オールマイトの話だけでは漠然とし過ぎていて、イマイチどんな敵なのかイメージができなかったけれど。
魔美子を、緑谷にとっての恩人を、鍛えてくれた教官を、身近な女の子の人生を弄んだ奴だと知って、明確な敵愾心が緑谷の心に宿った。
「八木さんは、その、大丈夫なの……?」
「大丈夫だよ。この際だから最後まで明かしちゃうけど、私は人でなしなんだ。
11年前のことは覚えてないとはいえ、その後も個性を制御し切れずに何人も殺してるのに、何も感じない。
大災害の追悼番組を見ても、つまんねーと思いながらポテチを貪れる。
ヒーロー殺しの言う通り、私は君達のことだってなんとも思ってなかった」
その時、魔美子はゾッとするほど冷たい目で緑谷のことを見た。
仮面を外し、冷酷な素顔を見せた。
緑谷の背筋に、体育祭で轟が感じたものと同じ怖気が走る。
「緑谷少年はパパが安心して引退するために必要なもの。
轟少年はオールフォーワンに対抗できるかもしれない貴重な駒。
飯田少年に至っては、死のうがどうなろうがどうでもいいと思ってた。
せいぜい、死なれたら
私は怪物なんだ。
人を人とも思わない、オールフォーワンと大差ない怪物なんだよと、魔美子は言う。
「私の執着も、愛情も、『本当の私』と向き合い続けてくれたパパだけに向けられてる。
それ以外は本当にどうでもいい、そう心から思うような悪魔が私。
だから、緑谷少年。もし私が暴走した時は容赦なく……」
「!!」
「ん?」
その時、反射的に緑谷は魔美子を抱きしめていた。
考えるより先に体が動いていた。
そんな緑谷を、魔美子は即座に引っ剥がして関節技をかける。
「痛だだだだだだッ!?」
「いきなりセクハラとは驚いた。まさか怪物相手にそれができるなんて、私はちょっと君を見くびってたかもしれないね」
「いや、その、違くて!! ただ、八木さんが凄く悲しそうな顔してたから……」
「は?」
魔美子は本気で呆れたような声を出した。
「どうやら、いきなり過ぎて実感が湧いてないみたいだね。私はマジで何も感じてない悪魔だよ。君達のことも有用な道具くらいにしか思ってないようなね」
「えっと、その……それはわかったよ。
さっきの八木さんの目、本当に僕のことを同じ人間として見てないんだなって感じの怖い目だった。
前々からたまにそういう目をしてたから、滅茶苦茶驚きはしたけど、少しだけ納得しちゃったんだ」
「……隠し切れてなかったか」
緑谷とはもう1年くらいになる付き合いだ。
ホークスには一発で見抜かれたし、もしかしたら今の自分の仮面なんて、長い付き合いになってしまうと凡人ですら騙せない程度のものなのだろうか?
ホークス監修のグレードアップで、少しでもマシになってくれていることを祈るしかない。
とりあえず、これからは毎日鏡の前で表情の練習をしよう。
「だけど、なんていうか、こう、どう言ったらいいかわかんないんだけど……」
関節技をかけられたままの緑谷は、しどろもどろになりながら、本当にどう言葉にしたらいいのかわからない感じでしばらく唸り、
「……八木さんは、頑張って僕らに合わせようとしてくれてるような気がしたんだ」
普段の魔美子の様子を思い浮かべた。
クラスの頂点に君臨し、爆豪をあしらい、麗日と笑い合い、轟をちょっと気にかけて、楽しそうなことには積極的に首を突っ込み、嫌な授業では結構露骨にテンションが下がる。
たとえ、それが全部演技だったのだとしても、少なくとも表面上はA組の立派な仲間だった。
「本性が悪魔だったとしても、頑張って『人』でいようとしてくれてる、それも八木さんだと思うから」
「!」
「全部オールマイトのためでも、僕を救けてくれたのも、鍛えてくれたのも、皆と笑ってたのも、きっと無かったことにはならないよ」
「緑谷少年……」
魔美子の素顔を見て、なおも拒絶しない緑谷の姿に、魔美子は少しだけ昔の父を重ねた。
グラントリノにも、ナイトアイにも理解されず、人を殺す度に怒られて、怒られる理由が本気で理解できなくて、孤独を感じていた。
そんな中で、父だけが正面から向き合い続けてくれた。
衝動と感性を上手く言葉にできなかった幼い魔美子とずっと向かい合い、彼女を理解しようとし続けてくれた。
こんな化け物を拒絶せず、ちゃんと見続けてくれたのが嬉しかった。
だから魔美子も父を見て、理解しようと頑張ることができた。
さすが父の見出した後継と言うべきか、緑谷はその頃の父と似たような目をしている気がした。
もちろん、そこから相互理解にまで持っていった父には遠く遠く及ばない。
千里の道の一歩目を踏み出した者と歩き切った者くらい違う。
今の緑谷の歩みでは、魔美子の心に届くことはない。
こんな程度で落ちてくれるチョロい悪魔ではない。
それでも、緑谷が魔美子を拒絶しなかったというのは大きかった。
魔美子ではなく、お父さんにとって。
「うっ、うぅ……! 緑谷少年ーーー!!」
「わっ!? オールマイト!?」
「あっ!?」
オールマイトが号泣しながら、未だに関節技をかけられている緑谷に抱きついた。
魔美子の顔が「この泥棒猫!」という感じの小姑根性に染まる。
いや、自分のために泣いてくれているのはわかっているのだが、それでも面白くないものは面白くないのだ。
緑谷、魔美子の心から一歩後退。
「むー!」
「ありがとう、緑谷少年……! 君が魔美ちゃんを拒絶しないでいてくれて、とても嬉しい……!
そうなんだよ! 魔美ちゃんはとても健気で良い子なんだよ!
どうか、今後ともこの子と仲良くしてあげてくれ!」
「あ、その、えっと……はい!」
ヤキモチを焼いて、緑谷を手放しながらオールマイトの背中に抱きつく魔美子。
涙腺を決壊させながら緑谷の手を握るオールマイト。
反射的に元気良く頷く緑谷。
中々にカオスな光景だったが、それでも、これはオールマイトが思い描いていた中で最高の未来だった。
・緑谷出久
決意『+1』