ナンバー1ヒーローの娘になった、悪の組織の改人系ヒロインのヒーローアカデミア   作:カゲムチャ(虎馬チキン)

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4 特訓

「やっほー。二日ぶりだね、少年」

「き、君は!?」

 

 ヘドロ事件の二日後。

 オールマイトが特訓場所に指定した海浜公園にて、緑谷は恩人である例の少女と再会を果たした。

 

「後継者に選ばれたって話だから、改めて自己紹介しておくよ。

 私の名前は『八木(やぎ)魔美子(まみこ)』。

 ナンバー1ヒーロー、オールマイトの娘です。どうぞよろしく」

「え……えぇぇぇええ!? オ、オールマイトの、む、むむむむむ、娘さん!!??」

 

 緑谷は大混乱した。

 プライベートが謎に包まれているナンバー1ヒーローに、まさかの娘がいた。

 しかも、ヘドロから助けてくれた恩人がそうだというのだ。

 頭の処理が追いつかない。

 

「あ、あの、その……こ、この前はありがとうございました!!」

「おー。これだけ混乱してて、最初に出てくるのがそれなんだ。確かに、後継者の資格ありなのかもね」

 

 魔美子は妙なところで納得した。

 まあ、だからといって、小姑の思考回路になんら変化は無いが。

 

「HAHAHA! 二人とも、仲良くやれそうで安心したよ!」

「ふふ。……そうだねぇ」

「!? な、なんか寒気が……?」

 

 その時、緑谷の背筋に謎の悪寒が走った。

 オールマイトも魔美子もニコニコしているので、気のせいだろうと判断したが。

 

「さて! 挨拶も済んだし、早速特訓を始めよう!」

 

 そんなオールマイトの一言により、今日の本題が始まった。

 

 

 

「ふんぬぅぅぅぅ!!」

「ヘイヘイヘイヘイ。なんて座り心地の良い冷蔵庫だよ」

 

 最初にやらされたのは、ロープをくくりつけた冷蔵庫の牽引。

 この海浜公園は海流的なあれで漂流物が多く、そこにつけ込んだ不法投棄もまかり通り、ゴミが多い。

 そんなゴミの一つである壊れた冷蔵庫にマッスルフォームのオールマイトが座り、それを緑谷が動かそうとしたのだが、ピクリともしない。

 

「ピクリとでも動けば、ちょっとは楽だったんだけどなー」

「アハハ! モヤシっ子だねー、緑谷少年」

「そりゃだって……オールマイト、274キロあるんでしょ……?」

「いーや。痩せちゃって、255キロ。この姿だと」

 

 必死に冷蔵庫+筋肉お化けを引きずろうとする緑谷と、それを見てユーモラスに笑うオールマイト親子。

 なお、娘の方の笑い方には、若干ほの暗いものが混ざっていた。

 

「というか、なんで僕は海浜公園でゴミ引っ張ってるんですか……?」

「それはあれさ。君、器じゃないもの」

「え!? 前と仰ってることが真逆!?」

「私が見初めたのは君の心意気! 今問題になってるのは身体だよ身体!」

 

 HAHAHA! と笑いながら、オールマイトは「器じゃない」と言われてショックを受ける緑谷をスマホでパシャパシャと撮影しながら、特訓の意義を語った。

 

「ワンフォーオールは、いわば何人もの極まりし身体能力が一つに集約されたもの。生半可な体では受け取り切れず、四肢がもげ爆散してしまうんだ」

「四肢が!?」

 

 オールマイトの力を貰うということは、決して生易しいもんじゃない。

 緑谷出久は、ようやくそのことに気づいた。

 

「そうだねー。パパの力を受け継ぎたいなら、せめてこのくらいはできるようになってもらいたいかな」

 

 そう言って、魔美子はさっき緑谷が全く動かせなかった冷蔵庫をヒョイっと持ち上げた。

 片手で。

 

「!?」

 

 いくらオールマイトが乗っていないとはいえ、見た目的には華奢な女の子が見せたあまりの怪力に、緑谷は絶句した。

 

「ちなみに、今のは個性使ってないよ。私の素の力」

「えぇ!?」

「ま、ちょっとばかしズルはしてるけどね」

 

 ドヤ顔でそんなことを言い出した魔美子に、今度こそ緑谷は空いた口が塞がらなくなる。

 一方、魔美子の方はマウントが取れて、小姑根性が少し満たされた。

 

「身体も凄いし、心意気だって立派、何より実の娘……」

 

 そして、緑谷は魔美子の力を見せつけられて、ブツブツと呟き始めた。

 

「あの、やっぱり僕なんかじゃなくて、八木さんにワンフォーオールを渡した方がいいんじゃ……」

 

 緑谷は、ちょっと泣きそうな顔で、それでもその言葉を吐き出した。

 自分の存在価値を無にしかねない言葉。

 せっかく掴んだチャンスをドブに捨てかねない言葉。

 飲み込んでおいた方が絶対に得になる言葉。

 それでも、緑谷は言った。

 損得勘定を放り投げて、自分ではない誰かのために。

 

「あ、それは無理。っていうか、いらない。私はワンフォーオールにも平和の象徴にも、なんならヒーローにも全く興味が無いからね」

「ええええええええ!?」

 

 しかし、魔美子の口から飛び出してきた、オールマイトの娘とは思えない発言によって、緑谷の割と覚悟を決めて放った台詞は一刀両断された。

 

「私はパパのことが大好きだけど、父親としては大いに失格だと思ってるんだ」

「はうっ!?」

「大怪我はするわ、無茶はするわ、無茶した状態で死地に飛び込むわ。

 世間の皆さんはその自己犠牲の精神を称賛するんだろうけど、娘の私からすれば、たった一人しかいない父親がいつ死んでもおかしくないとか発狂ものだぜ?

 可愛い娘が家でご飯を作りながら待ってるところに、父親の訃報が飛び込んできたらどうなるかとか考えないのか、このニセ筋めって日常的に思ってるよ」

「うぐっ!?」

「しかも、この前なんて久しぶりの親子水入らずだったのに、仕事に追われて私を放り出すわ、そんな父の尻拭いをして警察のお世話になったのに、私をほったらかして後継者の方に走るわ。ホント、いい加減にしてほしいぜ」

「ご、ごめんよぉ……。ダメな父親でごめんよぉ……」

「オールマイトが瀕死に!?」

 

 ここぞとばかりに不満の連続口撃を浴びせかけられ、ナンバー1ヒーローが大ダメージを受けていた。

 ノックアウトされて地面に崩れ落ちながら滂沱の涙を流す憧れの人の姿に、緑谷はあたふたとし始める。

 

「と、まあ、こんな考えの私であるからして、人助けと義勇の心とやらが紡いできたワンフォーオールを受け取る資格は無いのさ。

 ぶっちゃけ、社会が滅茶苦茶になっても、パパ一人が無事ならそれでいいって思考回路だからね」

「な、なるほど……」

 

 緑谷は納得させられた。

 

「だから、君には期待してるんだよ? さっさと身体を鍛え上げて、ワンフォーオールを受け取って、早いとここのニセ筋を引退させてあげてほしい。

 これはパパに見初められた君にしかできないんだ。

 ホント頼むぜ、緑谷少年」

「! は、はい!!」

 

 期待されている。

 期待してくれている。

 こんな凄い人が、こんな出来損ないに。

 誰にも期待してもらえなかった緑谷出久は、そのことが本当に死ぬほど嬉しい。

 

「じゃあ、特訓再開だ。パパは死んでるから、私が説明を引き継ぐよ」

「え、あの、オールマイトは……」

「しばらく反省させときなさい」

 

 有無を言わさぬ魔美子の威圧感により、涙を流しながら自責の念に押し潰されている哀れな屍は、しばらく放置されることと相なった。

 

「このゴミ掃除は身体を鍛え上げるため。さっきの冷蔵庫一つ取っても、筋トレには充分でしょ?

 けど、ゴミ掃除の目的はそれだけじゃない。

 ヒーローってのは本来奉仕活動。

 私は興味無いけど、ちゃんとしたヒーローになりたいなら、こういう地味な活動も嫌がってちゃいけないんだってさ」

「な、なるほど。確かに」

「ってなわけで、この区画一帯の水平線を蘇らせる。それがパパが君に与える第一の試練。君のヒーローへの第一歩だ」

「第一歩……! これを掃除……全部!?」

「そう。全部」

 

 ゴミの山は本当に広範囲に散らばっている。

 しかも、冷蔵庫だの洗濯機だのの粗大ゴミの比率もかなり高い。

 これを個性も重機も使わずに、人力で掃除し尽くすのは大変なんてもんじゃないだろう。

 

「それに加えて、これだ!」

「これは……」

 

 魔美子が屍のポケットを漁って取り出したもの。

 それは何枚かの紙束。

 

「パパ考案! 目指せ合格アメリカンドリームプラン! 食事から睡眠の時間まで徹底管理された地獄のトレーニングメニュー! これをやり遂げて、レッツ雄英合格! ……って、ん? 緑谷少年って雄英志望?」

 

 紙に書いてあった文言をそのまま読んでいたら、ちょっと気になる項目を見つけてしまった。

 

「あ、うん! 行くなら絶っっ対雄英だと思ってるんだ! オールマイトの母校だから!」

「へー。行動派オタクってやつかね?」

 

 奇妙な縁もあったものだ。

 (オールマイト)には、雄英の教師にならないかという話が来ている。

 体力の衰えをごまかすため、何より後継者を生徒の中から見つけるために。

 後継者に関しては大分先走って既に見つけてしまったが、それでも父が教師の話を蹴ることは無い。

 何故なら……。

 

「奇遇だね。私も来年、雄英受ける予定なんだよ」

「え!? ホントに!? あれ? でも、八木さんてヒーローに興味無いんじゃ……」

「まあ、色々と事情があってね」

 

 ヒーローになりたいのではなく、彼女はヒーロー免許が無ければ生きていけないのだ(・・・・・・・・・)

 それが呪われた個性の代償。

 圧倒的な力の致命的な副作用。

 今も脳内で暴れ回る悪魔の衝動に意識を向けてしまい、魔美子はちょっとアンニュイな顔になった。

 それを見て、緑谷はナンバー1ヒーローの娘ともなれば色々大変なんだろうと察した。

 同時に、何かあれば絶対に力になろうと誓った。

 彼女は恩人なのだから。

 

「何はともあれ、入試まであと十ヶ月。たった十ヶ月で器を完成させなきゃいけない。

 当然、めっちゃハードなトレーニングになるけど、ついて来られるかい?」

「もちろん……! 他の人より何倍も頑張らないと、僕はダメなんだ……!」

「よろしい。その意気だ。それじゃあ、まずはゴミ掃除! 気張っていこう!」

「はい!!」

 

 そうして、緑谷出久の地獄の十ヶ月が幕を開けた。

 

「あ、今日の分のノルマが終わったら、私と組手ね。ゲロ吐くまでシゴイてやるから、覚悟しとけい」

「………………ふぁ?」


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