ナンバー1ヒーローの娘になった、悪の組織の改人系ヒロインのヒーローアカデミア   作:カゲムチャ(虎馬チキン)

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5 入試

「オェエエエエ……!」

 

「ハァ……ハァ……うぐっ!?」

 

「ゼェ……ゼェ……うううう!!」

 

「まだ……まだぁ……!!」

 

「オロロロロロロ……」

 

 ゲロを吐き散らし、オーバーワークで死にかけ、小姑の嫉妬の拳に打ち抜かれて生死の境をさまよい。

 そんな地獄の十ヶ月をどうにか乗り切り、最低限の器を完成させた緑谷は、入試当日の朝にようやくゴミ掃除を終え、試練を乗り越え、オールマイトからワンフォーオールを受け取るに至った。

 

 その足で家に帰って、シャワーを浴びて、ご飯を食べて、入試へ直行。

 夢への第一歩を踏み出そうとして盛大に足をもつれさせ、良い人に助けられるという一幕があったりしつつ、入試会場の席へと辿り着いた。

 

「およ? お隣とは奇遇だね、緑谷少年」

「八木さん!」

 

 そして、驚いたことに、入試会場での隣の席は魔美子だった。

 この席順は受験番号順なので、何気にかなり低い確率を引き当てたことになる。

 知り合いを見つけてホッとして、緑谷は少しだけ肩の力が抜けた。

 

「おい」

 

 と、その時、緑谷のもう片方の隣の席から、地を這うような低い声が聞こえてきた。

 不機嫌という感情を煮詰めたような、殺気すら感じる声が。

 緑谷は思わずビクッとする。

 

「おお、不良少年! 君も奇遇だね!」

「だから不良じゃねぇ!!」

 

 不良少年、爆豪勝己。

 緑谷と同じくオールマイトに憧れ、雄英入学を目指すヒーロー志望。

 彼は約一年ぶりに見る不愉快な恩人に向かって、一年前と同じように怒鳴った。

 ただし、入試会場という時と場合を考えて、小声で怒鳴るという器用なことをやった。

 相変わらずみみっちい。

 

「…………礼は言わねぇからな」

 

 だが、次の瞬間。

 爆豪はさっきの怒鳴り声が嘘のように小声でボソッと、そんな台詞を呟いた。

 

「ふむ」

 

 それを見て、魔美子は察する。

 そういえば、自分は彼にとっても命の恩人。

 しかし、プライドやら何やらが邪魔して素直にお礼を言えず、さりとて恩人に向かって突き放すような台詞を自信満々で言うこともできず、結果としてあんなボソッとした感じになったのだろう。

 

「思春期だねー」

「妙な目で見てんじゃねぇ……! ぶっ殺すぞ……!」

「かっちゃん……」

 

 顔面が凄まじいことになっている幼馴染と、そんな幼馴染に懐かない野良猫でも見るような目を向ける恩人を見て、緑谷はなんとも言えない気持ちになった。

 

「今日は俺のライブにようこそー!! エヴィバディセイヘイ!!」

 

 と、ここで入試の説明が始まった。

 説明を務めるのは、全員がプロヒーローの資格を持つ雄英教師の一人、ボイスヒーロー『プレゼント・マイク』。

 

「入試要項通り! リスナーはこの後、10分間の『模擬市街地演習』を行ってもらうぜ!!」

 

 彼の説明によると、入試の内容はヒーロー科最高峰である雄英高校ご自慢のお金のかかった施設、模擬市街地での戦闘。

 『仮想ヴィラン』のロボットが三種類配置してあり、攻略難易度に応じて1〜3ポイントが設けられているロボを行動不能にするのが、受験生に課せられた試験。

 そして、倒した仮想ヴィランの合計ポイントで成績がつけられる。

 

「質問よろしいでしょうか!?」

 

 そこで真面目そうな眼鏡の少年から質問が飛んだ。

 入試要項のプリントに記載されている仮想ヴィランは四種類。

 最後の一つはなんなんだという質問に対するプレゼント・マイクの回答は『お邪魔虫』というものだった。

 

「四種目のヴィランは0ポイント! 各会場に一体! ところ狭しと大暴れしている『避けて通るステージギミック』よ!」

「ありがとうございます! 失礼いたしました!」

 

 疑問が解消され、眼鏡の少年は90度に頭を下げた。

 眼鏡のイメージに違わない真面目さのようだ。

 

「俺からは以上だ! 最後にリスナーへ、我が校の『校訓』をプレゼントしよう!

 かの英雄ナポレオン=ボナパルトは言った! 真の英雄とは人生の不幸を乗り越えていく者と!

 『プルス・ウルトラ(更に向こうへ)』! それでは皆、良い受難を!」

 

 そうして説明は終わり、試験会場への移動が始まった。

 緑谷、爆豪、魔美子は全員がバラバラの会場なので、ここで一旦お別れだ。

 

「八木さん! 頑張ろうね!」

「そだねー。特待生の話がダメになっちゃったんだから、こっちは本気(・・)でやらないと」

「え? 特待生?」

「ヘドロの一件で、ほぼ決まってた特待生の資格を剥奪されちゃったのさ。個性無断使用に傷害罪だし。忖度で一般入試の受験資格が残ってただけ奇跡だね! ハッハッハ!」

「その節は大変申し訳ございませんでした!!」

 

 緑谷は90度に頭を下げた。

 魔美子は気にすんなって感じで緑谷の肩をポンポンと叩き、全く気負いしてない様子で試験会場へ。

 彼女なら絶対に受かるだろう。

 ヘドロの一件だけでなく、この地獄の十ヶ月で、魔美子の実力はゲロのトラウマと共に骨身に刻まれている。

 

(僕も絶対に受かって、オールマイトと八木さんに報いないと!)

 

 そうして気合いを入れ直し、緑谷もまた自分の試験会場へと向かった。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 教師陣が勢揃いした採点ルーム。

 ヒーローの頂点にして、教師としてはピッカピカの一年生であるオールマイトは、その一席に座りながら落ち着かない様子でソワソワしていた。

 

「ふぅー……」

 

 もうすぐ、雄英高校一般入試が始まる。

 気になるのは当然、ワンフォーオールを譲渡した後継者である緑谷出久。

 そして、血の繋がらない大切な娘である八木魔美子。

 両方とも違う意味でハラハラさせられる。

 

「やぁ、オールマイト! 落ち着かない様子だね!」

「校長先生……」

 

 そんなオールマイトに声をかけてきたのは、二足歩行の白いネズミ。

 この雄英高校の校長を務める『根津』だった。

 

「ええ。例の少年のこともそうですが、それ以上に娘のことが気になりまして」

「ハハ! 天下のナンバー1も人の子だね!」

 

 校長はそんなオールマイトの様子を笑い飛ばした。

 大丈夫だと、安心させるような笑顔で。

 

「十ヶ月前のヴィランの一件で、ほぼ確定していた特待生の話が消えた時は驚いた! しかし、私はあれを良い傾向だと考えているのさ!

 理由はどうあれ、彼女はリスクを承知で君以外の誰かを助けるために力を振るった! あの時の彼女は間違いなくヒーローだった!

 あの子はヒーローとしての成長を始めている! だから、今回も大丈夫さ!」

「……そうですね。父親の私が信じてあげなくてどうするという話でした」

 

 オールマイトはコケた頬を両手でパンパンと叩いて、顔を上げた。

 正直、この一般入試と魔美子の相性は良すぎる(・・・・)

 だからこそ心配だった。

 もし万が一、勢い余ってしまったらと思うと。

 

 あの子の個性には、とんでもない爆弾が眠っている。

 

 奴に刻みつけられた呪い。人生を縛りつける呪い。

 あらゆる者達から危険視され、タルタロスに入れるべきだという意見まで飛び出し、オールマイトが強引に保護してからも、何度も暗殺されかけた。

 ヴィランにだけでなく、ヒーローにまで殺されかけた。

 何もわからぬ幼児だった頃の魔美子を、この社会は受け入れなかった。

 

 だが、そうなる理由もわかってしまう。

 魔美子の個性に潜み、今も内からあの子を蝕み続けている悪魔。

 それが勢い余って出てきてしまったら、未曾有の危機だ。

 だからといって、戦わせないという選択肢も無い。

 悪魔の衝動は何もしなくても蓄積され、暴れることでしか発散できない。

 我慢の限界まで衝動を溜め込んでしまえば、待っているのは暴走だ。

 あの子が普通に生きていくためには、暴力許可証であるヒーロー免許を取得し、悪魔の衝動を小出しにして発散し続けるしかない。

 

「魔美ちゃん……」

 

 衝動に身を任せるのではなく、呪われた力をヒーローとして振るうことを選んでくれた愛娘。

 修羅の道を選んだ自分に温もりをくれた子のことを信じて、オールマイトはモニターに目を向け続けた。


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