ナンバー1ヒーローの娘になった、悪の組織の改人系ヒロインのヒーローアカデミア 作:カゲムチャ(虎馬チキン)
「ハイ、スタート」
試験会場となった模擬市街地に、いきなりプレゼント・マイクの声が響く。
「どうしたぁ! 実戦じゃカウントなんざねぇんだよ! 走れ走れぇ! 賽は投げられてんぞ!?」
「あー。そういう感じね」
予兆も何もないスタートの合図に、魔美子を含めた会場の全員が一斉に動き出す。
彼女はまず真上に跳んで、上着を脱ぎ捨てる。
「さーて。緑谷少年に言った通り、ちょっと本気出しちゃおうか!」
個性解放部位『翼』 出力50%
「『デビル・ウィング』!」
魔美子の背中からコウモリのような漆黒の翼が生える。
性能は良いが、移動用のくせに出すと破壊衝動が強まってしまう欠陥技なので、普段はあまり使わない翼。
しかし、すぐに暴れて発散させられることが確定しているのなら遠慮なく使える。
「とう!」
翼を羽ばたかせての高速飛行。
50%ほどの出力だというのに、そのスピードは時速500キロをゆうに超えていた。
プロヒーローでもそうそう出せない速度。
それによって他の受験生達を簡単に追い抜き、発見した仮想ヴィランのロボットに向けて、今度こそ攻撃技を使う。
個性解放部位『掌』 出力70%
「『ダークネス・スマッシュ』!!」
魔美子の掌から、闇のレーザービームが飛び出す。
上空からの狙い撃ち。
仮想ヴィラン達が簡単に粉砕されていき、数を潰したことで少しスッキリした。
「まだまだぁ!」
しかし、本気を出すと決めた以上、目に見える敵を潰しただけで終わるはずがない。
更に暴れ回るのはもちろん、本来なら手の届かない場所にあるポイントにも手を伸ばさせてもらおう。
「『クリエイト・サモンゲート』!」
今度は掌を上空に向ける。
すると、先ほどはレーザービームになった闇が、今度は靄のように腕から噴き出して暗雲を作り、そこからノッペラボウのようにツルリとした、無数の漆黒の人影が現れた。
魔美子の個性に宿った機能の一つ、使い魔。
翼以上に暴れることに直結しないのに、破壊衝動だけは加速してしまう欠陥技。
彼女はそれを使ってでも、貪欲に1ポイントでも多く手に入れる道を選んだ。
「散開!」
ある程度の戦闘力を持たせた上で作り出せる限界数、十体の使い魔が試験会場の各地へ散らばる。
使い魔達は翼を持っているので、それなりに機動力は高い。
そこそこのポイントを献上してくれるだろう。
「
使い魔召喚で溜まってしまった衝動を発散するべく、魔美子本体も試験会場を飛び回る。
使い魔とは比べ物にならないスピードで飛翔し、仮想ヴィランを闇レーザーで狙撃し、わざわざ降下して拳で殴り倒し、存分に暴れに暴れ回る。
最低限、他の受験者を巻き込まないようには気をつけてはいるが、それだけだ。
「アハハハハハハ!!」
殴る! 撃つ! 壊す! 快感!
魔美子の思考回路が破壊に染まる。
もっとだ! もっとおかわりを持ってこい!
「━━━━━━━━!」
そんな魔美子に応えるように、全長数十メートルはある巨大ロボットが姿を現した。
説明会で話題に出た、0ポイントのお邪魔虫というやつだろう。
しかし、魔美子にとってはデカいサンドバッグにしか見えない。
「アハッ!」
個性解放部位『右腕』 出力70%!
「『デビル・スマッシュ』!!!」
「━━━━━━━━!?」
巨大ロボットに必殺の右ストレートが放たれる。
轟音。爆音。
拳から発生する衝撃波だけで吹き飛ばしたヘドロの時とは違い、衝撃波を発生させるほどの拳で直接殴りつけたことによる破壊の力は尋常ではなく、一撃で超巨大ロボットが粉砕されて沈黙した。
稼働時間、僅か2秒。
巨大ロボットくん、まさかの出落ちであった。
「ん〜〜〜!! 気持ち良いーーー!!」
久しぶりに満足のいく大暴れ。
だが、足りない。
もっと、もっと……!
「おっとっと。これ以上はやばい」
自分の思考が
「やり過ぎ注意。暴走したら洒落にならないもんね」
自分の個性はダムに似ている。
何もしなくても破壊衝動が蓄積していき、個性を解放して暴れることで発散しなければ、いずれ我慢の限界に達して決壊し、暴走する。
しかし、個性を使うとダムの堰が緩み、表面上の破壊衝動が加速してしまう。
緩め過ぎて堰を閉じられなくなれば、これまた待っているのは暴走だ。
緩め過ぎても、溜め込み過ぎてもいけない。
この社会で生きていくためには、調節をミスるわけにはいかないのだ。
「残り時間は、素の力でほどほどにやろうか」
そうして、魔美子は個性を使わない素の身体能力で戦闘を続行した。
彼女の身体能力は素でも、父の全盛期の20%に匹敵する。
ぶっちゃけ、そこらのプロヒーローが束になっても、素の彼女にすら勝てない。
「終了ーーー!」
やがて時間が過ぎ去り、試験は終了した。
◆◆◆
「……あれがオールマイトの娘さんか」
「……なんというか、やばいな。やばいとしか言えん」
採点ルーム。
予想通りというか、予想以上というか。
ナンバー1ヒーローの娘という肩書に恥じない
「実技総合出ました。八木魔美子、ヴィランポイント『351』。レスキューポイント『0』。言うまでもなく、ぶっちぎりの1位です。というか、会場のヴィランポイントをほぼ独占してます……」
「大怪獣め!」
「やっぱり、一般入試に交ぜちゃダメだったろ……」
「仕方ないだろ。特待生の話がポシャっちゃったんだから」
「同じ会場だった子は気の毒にとしか言えないわね……」
「俺的には、レスキューポイント0ってのが引っかかるな」
教師陣は魔美子の感想を語り合う。
この試験で見ていた二つの基礎能力。
プレゼント・マイクが説明した、仮想ヴィランの撃破数で集計される『ヴィランポイント』。
そして、受験生には伏せられていた、自分の合格がかかった場面で、どれだけ人助けのために動けるかという『レスキューポイント』。
この二つの合計で順位が決まるのだが、魔美子の成績は実に極端だった。
平和の象徴、ヒーローの中のヒーローと呼ばれるオールマイトの娘のくせに、レスキューポイント0というのも話題をさらっている。
「レスキューポイント0と言えば、2位もだな。
爆豪勝己、ヴィランポイント『77』。レスキューポイント『0』。
ヒーロー科のワンツーフィニッシュがこれってどうなんだ?」
「その代わりというかなんというか、対照的なのが8位にいるな。
緑谷出久、ヴィランポイント『0』、レスキューポイント『60』。
今年の受験生は両極端なのが揃ってやがる」
なおも喧喧囂囂と語り合う教師陣を尻目に、オールマイトはこっそりと安堵の息を吐いた。
「ふぅ。良かった……」
「ほらね、大丈夫だったろう?」
「はい。ですが、心配なものは心配だったので」
「ハハ! 立派に父親をやれているね!」
全ての事情を知っている校長に、ポンポンと背中を叩かれた。
他の受験生の活躍を奪う形になったのはあれだが、懸念していた最悪の事態は発生する兆候すら無いまま終わった。
魔美子はちゃんと自らの個性を制御できている。
元々、医師のお墨付きまで貰っていたとはいえ、それでも口にした通り心配なものは心配だった。
その心配が杞憂に終わってくれてひと安心だ。
「これで、これでようやく、あの子に普通の学校生活を送らせてあげることができる……!」
オールマイトは万感の思いでそう呟いた。
中学までは危険人物として、学校とは名ばかりの隔離施設に通わされていた。
同年代との関わりも極端に少なく、灰色の青春だったろう。
だが、これからは雄英による監視(事情を知らされているのは一部の教師達だが)こそ続けられるとはいえ、基本的には『まとも』と言って差し支えない学校生活を送れるはずだ。
呪われた生まれに、呪われた半生。
そこから、ようやく一歩抜け出せる。
(緑谷少年の方もどうにか合格をもぎ取ったし、運が向いてきたかもしれない)
まだまだ問題は山積みだ。
特に緑谷の方は、まだまだ未熟もいいところ。
今回の試験も、授かりたてのワンフォーオールで0ポイントの巨大ロボをぶっ飛ばし、躊躇なく人助けに走った姿勢が評価されて合格になったが、そこ以外は緊張してしまって何もできずに良いとこ無し。
肉体も強すぎる力の反動でぶっ壊れてしまった。
魔美子の方だって、ヒーローを目指すならレスキューポイント0というのはいただけない。
教えなければならないことが山ほどある。
今まで辿ってきた血生臭い苦難ではなく、未来へ繋げるための明るい苦難に、オールマイトは頭を悩ませた。
・八木魔美子
個性『悪魔(仮称)』
悪魔っぽいことができる。
例:悪魔の身体能力獲得、闇の魔法っぽいものの発動、使い魔の召喚など。
副作用として、その力を何かに向けて思いっきりぶっ放したいという強烈な破壊衝動に常時襲われる。