ああ、とても楽しかった。男はしみじみと、我武者羅に駆け抜けてきた12年間を振り返っていた。西暦2126年、当時主流となっていたDMMOゲームに画期的なタイトルが登場した。その名も『ユグドラシル』。ユグドラシルは感覚を一部共有するDMMOゲームにおいて、滅茶苦茶なバランス調整と圧倒的な自由度の高さによって圧倒的な人気を博し、一時代を築いたタイトルであった。しかし、時代は移ろいゆくものであり、あらゆる物事には流行り廃りがある。それはユグドラシルに関しても同様であり、12年もの月日が流れる間に、一人また一人とプレイヤーが減っていき、ついにはサービス終了が決定してしまった。
男は、ユグドラシルにおいて、有名なギルドに所属しているメンバーであった。その名も、社会人ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』。メンバー全員が社会人であり、更には多様な選択肢のあるアバターの中で、あえて人間ではなく異形種をアバターに選び活動していたプレイヤーが集まったギルドであった。アインズ・ウール・ゴウンは悪のロールプレイに徹しており、主に悪い意味で非常に有名なギルドであった。全盛期には、各ギルドに設定されている最大人数である100人の半分にも満たない41という少人数でありながらも、ギルドランキングにおいて9位に入賞し、非公式ラスボスとまで呼ばれたギルドであった。しかし、社会人としてのリアルの忙しさ、ゲームへの飽き、メンバー間でのトラブルなど様々な理由で、一人、また一人とメンバーが去っていった。男はそんな中、最後の一人となってもユグドラシルにログインし続け、ひたすらギルド拠点である『ナザリック地下大墳墓』の維持に心血を注いでいたのだ。
男のハンドルネームはモモンガ。スケルトンのアバターを選んでその最上位種である
「ユグドラシル最後の日、またナザリック地下大墳墓に集まりませんか。お待ちしています。」
最後の日を一人でも多くの仲間たちとともに過ごしたい。そんな願いを込めたモモンガのメールに応じて、ギルドに戻ってきてくれたのは、たった3人であった。モモンガはそれだけでも満足するつもりであった。ここまで熱狂していたのは自分だけだったということは、ここ数年間で嫌というほど感じてきた。そんな自分の最後の我が儘に付き合ってくれる友人が3人もいた。それだけでも十分ではないか。そう言い聞かせて自分を納得させようとしても、でも、と卑屈な激情が反論とともに鎌首をもたげる。彼らはだれ一人、自分とともに最後の時を過ごそうとはしてくれなかったじゃないか。みんな懐かしむような、過去の出来事を見る目をしていたじゃないか。彼らはただ、思い出を振り返りに来ただけなのだ。みんなにとってユグドラシルはもう過去の出来事なのだ。ふざけるな。ふざけるな!どうしてそんなに簡単に捨てられるんだ。どうしてそんなに簡単に割り切れるんだ!あんなに楽しかったじゃないか。あんなにみんなで盛り上がっていたじゃないか!それなのにどうして!
そこまで考えて、モモンガは冷静になる。違う。俺は馬鹿か。自分にも彼らにも
『ぶくぶく茶釜さんがログインしました。』
とはっきりと表示されていた。思わず飛び上がるほど嬉しかった。メールを送ったメンバーの中にはもちろん彼女、ぶくぶく茶釜も含まれている。しかし、売れっ子の実力派声優である彼女が来てくれるとは思っていなかった。彼女は今どこにいるのかと考えていると、円卓の間の扉が開き、見知った彼女のアバターが見えた。
「こんばんは!久しぶりね、モモンガさん!」
「…ええ、本当に。お久しぶりです。ぶくぶく茶釜さん。来てくれて、本当にありがとうございます。」
ピンク色の、本人曰くキモ可愛い粘体。見た目があまりにもアレなため、誰もが引くに引けなくなったに違いないと評したぶくぶく茶釜の姿が、確かにそこにはあった。本当に久しぶりだった。実力が評価されて売れ始めた彼女から、もう定期的にログインできないと連絡を受けたのは何年前だろうか。そして事実上の引退宣言をした彼女から装備を預かり、一つまた一つと増え始めていた引退者の像、アヴァターラに彼女の姿を追加したのは何年前だろうか。そうして去っていったはずの彼女が、今目の前にいるのだ。笑顔のエモートをこちらに向けているのだ。思わず感極まって、たどたどしい挨拶になってしまった。
「ちょっとモモンガさん落ち着いて。そんなに私に会えたのが嬉しかった?」
「嬉しいに決まっているじゃないですか!ああ、本当に良かった。今日までこのナザリックを維持してきて本当に良かった!」
ぶくぶく茶釜としては、自分との再会を喜んでくれるモモンガは非常に喜ばしかったし、まんざらでもなかった。しかし、この可愛らしいギルドマスターは少々ヒートアップしすぎである。何とか静める方法はないかと考えて、一つ思い至る。コホンと咳払いをし、いつもの調子で声を出す。
「もーお、嬉しいのはわかるけど、いつまでもその調子じゃイヤ!もっとお話ししようよ、モモンガお兄ちゃん☆」
仕事柄よく出す幼女の声。ギルド内でアイテムに仕込むこともあった、ぶくぶく茶釜の十八番である。それを聞いて、モモンガはようやく落ち着きを取り戻したらしい。
「ああ、失礼しました。それにしてもよくインできましたね、茶釜さん。お仕事、忙しかったんじゃ…」
「ああ、それがね、最近物騒になったじゃない?おかげでどこもかしこも製作が遅延しちゃってね~、明日の予定が空いちゃったのよ。それで久々に端末見てみたら、モモンガさんからお誘いが来ててね?今日は遅くなってもいいしせっかくだから!って思って来てみたの。」
そう言われたモモンガは、なるほどとつい最近のニュースを振り返る。確かに最近、アーコロジー全体で、デモ活動が活発になってきていると報道があった。
「なるほど、そういえばペロロンチーノさんはお元気ですか?もしかして姉弟であんまり連絡とってない感じですか?」
「あの愚弟は相変わらずエロゲエロゲって騒いでるわよ。そういえばアイツも間に合えばインするつもりっぽいわよ?今日連絡来てた。」
「マジですか!あれ、でも…」
時計を見てみると、23時56分である。サービス終了まで、あと4分しかない。果たしてこれは…
「間に合いますかね、コレ?」
「いやー、厳しいんじゃない?私が言うのもなんだけど、この時間まで入って来てないとなると、ねえ?」
至極残念ではあるが、仕方がない。無理なものは無理なのである。そして姉弟の話題を出されたからか、ぶくぶく茶釜は「あ、そうだ!」と何かを思い出したらしい。
「アウラとマーレ、元気?私がいない間もずっと第六階層?」
「ええ、そうですよ、元気かどうかは、ちょっとわかんないですけど。呼びます?」
アウラとマーレとは、ぶくぶく茶釜が生み出したNPCである。ユグドラシルでは、大規模な拠点を持ったギルドは、その拠点の規模に応じてポイントが割り振られる。そのポイントを消費することで、拠点を守護するNPCを作成することができるというシステムがあった。
「会えるなら会いたいけど、呼ぶなんてできたっけ?」
「できますよ。ここには、『スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン』がありますからね。」
スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンとは、アインズ・ウール・ゴウンのギルド武器である。ギルド武器とは、ギルドが存在する証明となり、そのギルドの象徴となる非常に高性能な武器である。スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンには様々な機能があるが、その中に、ギルド拠点内に限り、あらゆるギミックを制御し、また、拠点内に存在するNPCやギルドメンバーを、拠点内の任意の座標に転送する機能があるのだ。
「そうだったそうだった!私たちしかいないし、もう好きに使ってもいいわよね。それじゃあモモンガさん、お願いしまーす!」
「任せてください。それでは、転送!アウラ・ベラ・フィオーラ並びにマーレ・ベロ・フィオーレを、第六階層から第九階層円卓に!」
掛け声に合わせて、二人の
「やーん、相変わらずカワイイ!そういえばモモンガさん、モモンガさんが制作したNPCはどこにいるんだっけ?」
何気ないぶくぶく茶釜の一言は、モモンガの心にしっかりと致命傷を与えた。ギクリ、と体を震わせたモモンガは、何とか言い訳できないかと考えを巡らせて…
「宝物殿ですよ。あそこは意図してスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンの制御から切り離してますから、今からじゃあどうしようもな…」
「じゃあ今から行きましょうよ!どうせ最後なんだし、近くにいるNPC達も連れて、ね?」
ぶくぶく茶釜にねじ伏せられた。言葉や会話を商売道具にするうえコミュ力が高いぶくぶく茶釜に、営業トークの技術しかないモモンガが勝てる道理はなかったのである。
「…はい。」
こうなってしまうともうモモンガが折れるしかなかった。仕方ないと覚悟を決めて、モモンガは近くに控えたもう一人のNPC、執事のセバス・チャンに声をかける。
「えーとコマンドはこうだったかな、供をせよ!」
セバスはコマンドに従い、モモンガとぶくぶく茶釜についてきた。モモンガはスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを手に、ぶくぶく茶釜はアウラとマーレを抱きしめて歩き出す。更にアウラの移動に合わせて、アウラのモンスターたちもついてくる。その時、ふと円卓の上の指輪が目に入った。『リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン』というそのアイテムは、アインズ・ウール・ゴウンの所属者の証であり、かつての仲間たちのものである。彼らは去ってしまい、ペロロンチーノは間に合うかもしれないが、他のメンバーはもう戻ってはこないだろう。それでも、一つでも多くの彼らの思いでと一緒にいたい。そんな思いが、モモンガを突き動かした。
「あらモモンガさん、指輪持ってくの?」
「ええ。宝物殿に行くのなら、彼らのアヴァターラに付けようかと思いまして。」
「…そっか。」
しんみりとした気分を吹き飛ばすために歩き出す。円卓の間を出ると、さらに6人のNPCが目に入った。黒髪をシニョンに纏めた眼鏡の美女、褐色肌に赤い髪のシスターのようなメイド服を着た美女、長い金髪とハイライトの消えた目が特徴の美女、長いストロベリーブロンドの無機質な美少女、紫色の髪をした仮面のような笑顔の美少女。美女尽くしのNPC集団である。
「この子たち、なんだっけ?確かヘロヘロさんたちが…」
「プレアデス、よ。戦闘メイドチームのプレアデス。やまちゃんが作った子がいるから覚えてるわ。確かもう一人いたはずだけど、どこ?」
「ああ、プレアデス!だったら、最後の一人は第八階層ですね。あの子は非常時にしか出てこない設定でしたから。」
「最後の時まで離れ離れじゃあ、ちょっとあんまりよ。モモンガさん、呼んで。名前は確かオーレオール。オーレオール・オメガよ。」
「わかりました。転送!オーレオール・オメガを第八階層から、第九階層円卓入口まで!」
コマンドに合わせて、プレアデス最後の一人、オーレオール・オメガが姿を現す。巫女服のようなメイド服に、流れるようなつややかな黒髪。妖艶な大和撫子、といった風体の美少女だ。
「さて、これでオッケー!それじゃモモンガさん、行きましょう?」
「わかりました。それではプレイアデス、供をせよ。」
コマンドに合わせて、NPC達が歩き出す。戦闘メイド部隊、プレイアデス。ナザリックの防衛ラインの一部としてデザインされた彼女たちだが、最後まで、本来の使命での出番はなかった。
「ところでプレイアデスって何?プレアデスじゃないの?」
「彼女たちは6人の時はプレアデスですけどオーレオールを加えると、名前がプレイアデスに変わるんですよ。」
「なるほどね。…ところでモモンガさん。」
「はい。」
「私たちは何をしているのかしら。」
「歩いてます。宝物殿に向かって。」
「宝物殿って確か最初の部屋から入らないといけなくて、最初の部屋までは転移でしか行けなかったわよね?」
「…はい。」
「…モモンガさん?」
「…すみませんでした。」
モモンガ渾身の時間稼ぎ、失敗。モモンガは心で泣きながら、全員を宝物殿の第一の間に転移した。しかし、まだ希望はある。宝物殿は、三つの部屋からなる。モモンガ謹製の
『スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンの入室を確認。セキュリティの制御に接続します。』
その希望は入室した瞬間、実にあっけなくシステムコールによって打ち砕かれた。現在23時58分。二つの時間稼ぎが失敗し、ここにモモンガの完全なる敗北が確定した。
「ここに来るのも随分久しぶりね~。モモンガさん、NPCどこ?」
「…第二の間です。」
再会とは別の理由で泣きそうであった。ぶくぶく茶釜は自分のNPCを自慢に思っており、どこに出しても恥ずかしくないと考えているものの、モモンガはそうではなかったのである。モモンガは自分の溢れ出る
「モモンガさーん!扉開けて!早く!」
「…わかりました。わかりましたよ…」
モモンガが憂鬱な気分で、扉を開けるするとそこには、
「嘘、タブラさん!?久しぶりじゃない!」
ギルドメンバーの一人、タブラ・スマラグディナの姿があった。ぶくぶく茶釜は思わぬメンバーの顔に驚いたものの、モモンガは、
「違いますよ、茶釜さん。解除。」
落ち着いた調子で、コマンドを入力する。すると、タブラの姿は一瞬にして消え、本当の姿である、真っ黄色の軍服をまとった埴輪のような顔のNPCが現れる。
「なるほど、これがモモンガさんのNPC。ドッペルゲンガーだったのね。名前は?」
「パンドラズ・アクターですよ。作ってるときはカッコイイ!って思ってたんですけど、後から恥ずかしくなっちゃって。」
パンドラズ・アクターの普段の姿や設定には、当時カッコイイと感じたものをすべて詰め込んだ。後になって猛烈な羞恥心が襲ってきたが、最後の時にこうして改めて見ると、思うことがある。
「なんだ、やっぱりカッコイイじゃないか。」
この思いはどうやら口に出ていたらしく、ぶくぶく茶釜は、
「そう思えたんなら、最後に会ってよかったじゃない。モモンガさんのカッコイイ、私は笑わないわよ。」
と言ってくれた。感謝の言葉を述べようとすると、ふと時計が目に入る。現在時刻は23時59分。サービス終了まであと1分である。
「あの愚弟、結局間に合わなかったわね。今からじゃあ、インしてる間に終わっちゃうじゃない。」
「ペロロンチーノさんの方にも事情があったんですよ、きっと。しょうがないですって。」
「…もう、終わっちゃうのね。5分にも満たなかったけど、最後にここに来れて、思い出を振り返れてよかったわ。モモンガさん、最後までナザリックを維持してくれて、本当にありがとう。おかげで最後に、アウラとマーレにまた会えたし、最後にみんなで行進したのも、とっても楽しかった。」
「こちらこそ、最後まで俺一人の我が儘に付き合っていただいて、ありがとうございました。心血を注いできたユグドラシルがなくなるのは寂しいけど、茶釜さんのおかげで最後のひと時がとても楽しいものになりました。」
「あら、最後の最後でお上手なんだから。それじゃあ、また。」
「ええ、またどこかで。」
言葉にすることなく通じ合い、二人とも、右手を上に掲げる。最後はギルドのミーティングをいつも締めくくっていた、この掛け声とともに。
「「アインズ・ウール・ゴウンに、栄光あれ!」」
こうして思い出多いこの世界は消え去り、最後は真っ黒な視界と、NO DATAのシステムメッセージが残る…はずだった。しかし、実際に待っていたのは…
「「あれ?」」
その異常に、二人は同時に気が付いた。つい先ほど、午前0時を回ったはずである。もうとっくにサーバーがダウンしていなければならない。
「おかしいわね。何かトラブルがあったのかしら?」
「どうでしょうか。それにしてもクソ運営め!最後までこんな調子なのか!それにしてもさっきからなんか埃っぽいなあ。…ん?」
違和感があった。埃っぽい?視覚的な情報として、宝物庫が埃っぽい場所であろうということは、わかっていた。しかし、実際にそう感じるということはあってはならない。何故なら、DMMOにおける仮想現実は、再現できる感覚に非常に厳格な制限が課されているのだ。視覚と聴覚が再現されることがあっても、触覚や嗅覚、味覚の再現は法律で禁止されている。故に、この場所で、埃っぽいと感じることは、あってはならないことであるはずなのだ。
「どういうことですかね。とりあえずGMコールで運営に確認を…、何!?」
「モモンガさん、やっぱりおかしいわ!GMコールができないどころの話じゃない、そもそもコンソールが開かないじゃない!」
明らかに異常事態だ。GMコールはできないし、そもそもコンソールが開かない。チャットも開かなければ、この場にいるぶくぶく茶釜以外には、メッセージも届かない。あり得ないことに、ゲームのUIと呼ばれる部分の大半が、使用できなくなっていた。二人で一つ一つ現状を確認しながら慌てていると、畳み掛けるかの様に、さらなる異常事態が起こった。
「あのー、モモンガ様、ぶくぶく茶釜様、如何なさいました?何かお困りですか?」
「ぼ、僕たちにできることがあるなら、何でもお申し付けくださいね。」
声は、ぶくぶく茶釜が抱きしめているNPCから聞こえてきた。慌てて顔を向けてみると、アウラとマーレが不思議そうな表情で、モモンガとぶくぶく茶釜の顔を交互に見ている。驚いて、ぶくぶく茶釜は思わず手を放してしまった。すると二人は、一瞬名残惜しそうな顔をしたものの、すぐに普段の二人の表情に戻り、アウラははきはきと、マーレはおずおずと話しかけてきた。
「ぶくぶく茶釜様?モモンガ様?」
「あ、あの、お困りなのでしょうか?」
確かに困っている。NPC達は話しかけるとエモートを返す機能が備わっているが、目の前の二人は自然な表情とともに動き、話している。ずっと二人を抱きしめていたぶくぶく茶釜は、他の異常事態への対応に追われて失念していたが、ずっと感じていた小さな違和感の正体にたどり着いた。抱きしめていた二人が、さっきからずっと暖かかったのだ。この状況に対する仮説は、もはやただ一つであった。二人は、生きているのだ。
「…GMコールが通じないようだ。」
「申し訳ありません、私は、GMコールが何かを存じ上げません。私の無知をお許しください。」
今度は別の声、もっと渋い老練とした声が、ぶくぶく茶釜の後ろから聞こえてきた。見やると、セバス・チャンが、きりっとしたたたずまいのまま、二人を案じて歩み寄ってきたのだ。更に後ろでは、プレアデスたちが、怪訝そうに顔を見合わせており、更にはアウラのモンスターたちが主人であるアウラをじっと見つめている。
途端にモモンガは嫌な予感がした。頼むから外れていてほしいと、ゆっくりと後ろを振り返ると、
「至高の御ン身にして我が創―造―主たるモモンガ様ッ!そしてお初にお目にかかりますぶくぶく茶釜様ッ!ン如何なさいましかッ!我々僕は、至高の御ン身にお仕えすることこそ本懐なれば!ン何卒、ン何卒!我らにご命令をッ!」
モモンガは心に大ダメージを負った。ぶくぶく茶釜はというと、彼女がサービス終了直前に話したように、パンドラズ・アクターを笑うようなことはしなかった。しかし、彼女を含めた女性陣からの視線は実に冷たい。特に創造主であるモモンガの方にも向けられるぶくぶく茶釜の視線は実に冷ややかであった。マーレとセバス・チャンは表に出さないように努めていたものの、非常に渋い顔をしていた。控えめに言って、総スカンであった。
「ゴホン!パンドラズ・アクターよ、そうあれと創っておいてすまないが、人前でその言動は控えてはくれないか?」
「《我が神の御望みとあれば!》」
「ドイツ語だったか!?だからそういう言動を控えろと言っているのだ!本当に控えてくれ頼むから!」
「滅相もございません!至高の御方が、僕風情に頼むなどと!かしこまりました。今後は、必要な場以外ではこのような口調は控えさせていただきます。」
心なしか、NPC達がパンドラズ・アクターに向ける視線がさらに冷たくなっている気がする。できることなら、記憶を消してしまいたかった。自分も含めて、ここにいる者達全員分の記憶を。しかし、そんなことはできはしないし、仲間たちが残してくれたNPC達に、そして何より、ぶくぶく茶釜にそんなことをするわけにはいかない。そう考えていると、急に思考が平淡になった。何事かと考えを巡らせ、一つ思いつく。それは、精神の沈静化という、アンデッドのパッシブスキルである。もとは精神系の魔法攻撃などを無効化するためのものだが、この事態に際して何らかの変化を起こしたらしい。仕方ないと改めてパンドラズ・アクターに向き直ると、
「それでは、モモンガ様。お二方の慌てようから察しますに、このナザリックに何らかの異常事態が発生していると見てよろしいですね?そしてお二方が慌てていた理由は、事態を解決しうる何らかの手段を行使することができないからであるとお見受けしました。」
と、非常に鋭く事態に関する考察を入れてきた。これには、モモンガを含めたこの場にいる全員が感心した。先ほどとは明らかに、パンドラズ・アクターに対する視線が変わっている。モモンガは、ナザリックの頭脳陣に引けを取らない頭脳を持つと設定した過去の自分におおいに感謝した。一方、パンドラズ・アクターは、事態をより深く考察しようとしているようで、
「モモンガ様、ぶくぶく茶釜様。ひとまず、この場にいる者達を二名ほど、状況の確認のために宝物殿から動かすことを具申いたします。緊急事態であるならば、宝物殿で打てる手はそう多くありません。まずは事態を正しく把握することが最善であると愚考します。」
と提案してきた。確かに、理にかなっている。現状、宝物庫の外がどのような状況になっているのか、情報は何一つない。異常事態がこの宝物殿の中だけで起こっているとは考えられないため、情報収集並びに状況確認は急務であった。
「うむ。それではセバスと…茶釜さん、アウラをお借りしてもよろしいですか?」
「もっちろん!アウラ、セバスと一緒に宝物殿を出て、ナザリック地下大墳墓全体を見回りなさい。」
二人の指示を受けて、アウラとセバスはすぐに行動に移そうとしたが、慌ててモモンガが指示を付け加えた。
「その際に各階層の状況確認は、それぞれの階層守護者に命じよ。第八階層はセバス、第六並びに第四階層はアウラが状況を確認すること。状況確認後、第四並びに第八階層は封鎖とする。そしてセバスとアウラはナザリックの外に出て、周辺地域の探索を行え。行動範囲は墳墓入口の周辺5キロに限定する。プレイヤー、いや知的生命体を見かけた場合は友好的に接して、交渉してここに連れてくるのだ。戦闘になってしまった場合、セバスは時間を稼ぎ、アウラは即時撤退。マーレを通して報告せよ。戦闘開始以外ではマーレを通した通信は行わず、スクロールを使ってメッセージで状況を報告するように。」
「かしこまりました。復唱いたします。ナザリック地下大墳墓全体の状況を確認、その際に各階層の状況確認はそれぞれの守護者に一任。第八階層は私が、第六並びに第四階層はアウラ様が状況を確認、確認後に第八並びに第四階層を封鎖。各階層の異常確認後は再び集合し、ナザリック周辺を調査。調査範囲は周辺5キロに限定し、知的生命体を見かけた場合は友好的に接触し、ナザリックに案内。戦闘になった場合は、私は時間稼ぎを目的として交戦。アウラ様は即時撤退し、マーレ様を通して状況を報告、速やかにナザリックに帰還。マーレ様を通した状況報告は戦闘開始以外では行わず、状況報告はメッセージのスクロールで行うこと。以上でよろしいですね?」
「素晴らしい!ではセバスにアウラ、これをお前達に預ける。各階層の確認を終えるごとに一度、周辺調査開始前に一度、周辺調査完了後に一度、緊急事態にはすぐに使うのだ。」
そういいながら、アイテムボックスの中から、メッセージのスクロールを必要な数だけ取り出す。アイテムボックスの中のアイテムは消えていないようで、不思議な空間の歪みから取り出された。セバスとアウラはスクロールを受け取り、
「では、出発いたします。」
「モモンガ様、ぶくぶく茶釜様、行ってまいります!」
と、宝物殿を出ていこうとしたが、そもそもここは特殊領域の一つであり、外の世界とは隔絶されている。そのため、モモンガはスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを使って二人を宝物庫の外に転送した。ひとまずこれで打てる手はすべて打ったと考えていると、出発から10秒も経たずにメッセージが来た。時間から察するに、ほぼ確実に異常事態である。
「モモンガ様、緊急事態でございます!」
「その声はセバスだな、一体どうした?ナザリックに何かあったのか!?」
「それが…」
「お前が言い淀むほどの事態なのか。セバス、報告せよ。」
「…かしこまりました、モモンガ様。よろしいですか、落ち着いて聞いてください。
「…ハァ!?」
分岐点はいくつもあった。アウラとマーレを呼び出したこと。オーレオールを呼び出したこと。パンドラズ・アクターに会ったこと。最後の時を過ごす場所が宝物庫であったこと。しかし最大の分岐点は、それらすべての分岐点の起因となったこの出来事である。
これは、もしもの世界の物語。転移の瞬間において、モモンガが一人ではなかったら。彼らは何を考え、どんな物語を紡ぐのか。これは、死の支配者と粘体の盾戦士の、世界を楽しむ物語である。
パンドラズ・アクターの口調はアニメを見て、これは文字に起こせんと思ったので基本的に真面目な口調になってもらうことにしました。力業です。これに関しては文才がないんです許してください。
拙い文章と浅い知識ですので誤字脱字、設定の指摘、ご意見ご感想などお待ちしております。