アインズ・ウール・ゴウンサーガ 骨釜劇団編   作:yu-2

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今回はも長いです。そして遅ればせながら、誤字、誤設定を指摘してくれた皆様、ありがとうございました。


第四話 接触:大方針決定

 …何故だ?何故こんなことになっている?リ・エスティーゼ王国戦士長、ガゼフ・ストロノーフを始末するようにスレイン法国から命を受けた男、スレイン法国の特殊部隊の一つである陽光聖典の隊長であるニグン・グリッド・ルーインは頭を抱えていた。人員の観点で言えば、末端の陽動が帰ってこない以外、即ち本命である自分たちの部隊に損害はない。しかし、この戦場において、ニグン率いる陽光聖典は敗者の側であった。一体どういうことか。ニグンたちに何が起こったのか。それを知るためには、少し時を遡らねばならない。

 

 モモンガたちを連れ、ガゼフは村を出た。もうこれ以上、カルネ村を戦場にしたくなかったためである。一方陽光聖典の魔法詠唱者たちも、その動きを察知して、包囲陣を変形させながら移動する。陽光聖典からすれば、これはガゼフ・ストロノーフ暗殺の千載一遇の好機であった。しかし、何かがおかしい。情報の無い同行者が、ガゼフ・ストロノーフに付いている。しかし、この時の陽光聖典は、その同行者たちを大して警戒していなかった。今にして思えば、この時警戒しておけば、いや、同行者の方こそがガゼフ・ストロノーフをはるかに上回る脅威だと認識することができれば、この作戦の結果は変わったかもしれない。

 

「モモンガ様。一つ、よろしいですか?」

「どうした、パンドラズ・アクター?」

「はっ。恐れながら、攻性防壁ではなく、単なる探知遮断に切り替えた方がよろしいかと。」

「ほう、その理由は?」

「攻性防壁は、相手の探知を遮断するのに有効な手段ですが、今回は波風を立てないために無血を目指す方針なのですよね。もし法国が探知などを行っていた場合、モモンガ様の攻性防壁が発動してしまうと余計な軋轢を生みかねません。」

「なるほど、確かに。それでは攻性防壁ではなく、通常の探知遮断に留めておくとしようか。」

「ありがとうございます。それでは、参りましょうか。」

 

 パンドラズ・アクターと会話しながら、モモンガは考える。パンドラズ・アクターは、自分が考えて作ったとは思えないほどよくできたNPCだ。仕草こそ少々オーバー、もとい個性的だが、よく気が利き、頭も回る。従者のように振舞っているが、自分には過ぎた従者だとモモンガはつくづく感じていた。モモンガたちは、やがて開けた場所に出る。村からある程度離れており、別動隊がなければ、村が再び戦火に包まれることはないだろう。ガゼフ達も、ここを戦場とすることに決めたらしい。一方の法国の特殊部隊も、開けた場所に出た瞬間これ幸いと言わんばかりに包囲する。完全に囲まれる形となり、王国の戦士たちには緊張が走るが、モモンガたちはどこ吹く風と言わんばかりに冷静だった。モモンガは自分たちを包囲している魔術詠唱者たちに近付いていく。ぶくぶく茶釜とパンドラズ・アクターも後に続く。ガゼフは一瞬何を考えているのかと止めようとして、その手を下した。モモンガたちの歩みが、あまりに悠然としていたからだ。あの村を襲撃から守った時点で優秀であろうとは思っていたが、これほどの数の魔法詠唱者を相手に一瞬も動じないあたり、その力はガゼフの予想をはるかに超えるのかもしれない。モモンガはそのまま移動すると、正面の魔術詠唱者たちに向かって言葉をかける。

 

「初めまして、スレイン法国の皆さん。私の名はモモンガ。皆さんの代表と話をしたいのですが、よろしいですか?」

 

 このモモンガの唐突な問いかけに、陽光聖典の面々は驚いた。陽光聖典の中では、モモンガの評価はガゼフ・ストロノーフに付いてきた未知の敵である。それが話をしたいとはどういうことだろうか。まさか、ここまでガゼフ・ストロノーフを連れてきたから自分たちは見逃してくれというつもりなのだろうか。であれば、用心しただけ無駄だったというものだ。何しろ、モモンガたちの装備はスレイン法国の至宝と呼ばれる装備と比べてなお、一段二段質が上であろうと思われる。しかし装備だけで、モモンガの実力が大したことがないのならば問題はない。寧ろ、この装備を奪ってスレイン法国の戦力を強化してやろう。冷静に考えれば、あまりに希望的観測に塗れている思考。しかし陽光聖典の面々はそれまでの人生では幸運な、しかし今この場にあっては非常に不運なことに、はるか格上の存在と対面した経験などなかったのだ。陽光聖典を率いるニグンは、お気楽な考えでモモンガたちの前に出てきた。

 

「よかろう。貴様の話とやらを聞いてやろうではないか。と言っても、話の内容は分かっているがな。」

「ほう?」

「大方、こちらとそちらの戦力を比較し、勝てないと悟ったのであろう。故にガゼフ・ストロノーフを引き換えに自分は助かろうという話だろう?安心するがよい。もとよりこちらの狙いはガゼフ・ストロノーフと王国の戦士団のみ。故に貴様たちが少し条件に色を付けてくれるのなら喜んで見逃そうじゃないか。」

「…ちなみに色とは?」

「決まっている。貴様たちのその装備、それらは貴様たちには過ぎた代物だ。それらを我らの法国に布施として寄付すれば、貴様たちには何の傷もなくこの場を収めてやろう。」

「………」

 

 モモンガは内心、失望していた。何が話の内容を分かっているだ。彼らの思考回路は、完全に明後日の方向に向かっている。こちらの姿を確認して、こんなにも法国優位な条件を突き付けてこようとは、あまりにもお粗末だ。それにしても、特殊部隊の代表だという男は、中途半端に賢いとモモンガは思った。装備の価値は分かるというのに、肝心の男たちとモモンガの間にある超えられない実力差には全く考えが至っていないとは。モモンガは頭が痛いといった調子で言葉を選ぶ。法国の特殊部隊は現状、お粗末な頭に中途半端な力を持つ集団だ。おまけにこちらを格下と見做している。こういう手合いはちょっとこちらがごねるとすぐに手が出ると相場が決まっている。そうなると困るのはモモンガたちだ。何しろこちらの目的は無血での決着である。加減を間違えて法国の特殊部隊を殺したとあっては、法国との敵対がほぼ確定してしまう。正直法国の特殊部隊でこれなのだからと思わなくもないが、現状のこちらの戦力はユグドラシルの常識では非常に貧相。法国の特殊部隊の戦力のサンプルデータも、目の前にある彼らのものだけだ。モモンガは慎重に考えた末、一つ案を思いつく。予定していた無血決着と比べると大分物騒ではあるが、まあ仕方がない。

 

「…やれやれ。まあこうなればこうするのが最善だろうな。」

「そうとも。モモンガとやら、お前は今非常に賢い選択をしたぞ。さてそれでは、こちらに来るがよい…」

「そうではない。まったく。私の想定ではお前たちは装備と人数でこちらとの戦力差に気が付ける程度には賢いはずだったんだがな。」

「…どういう意味だ?そしてそれ以前になんだ貴様その態度は?」

「お前は私の話の内容を前提から盛大に勘違いしていると言っているのだ。せっかくなので一つずつ訂正してやろう。まず私たちは、お前達の人数と戦力を見て、勝てると確信したから出てきたのだ。そして、お前達に対する話とは、この場を無血で収めてやるから手ぶらで帰れ、というものだ。」

 

 陽光聖典は急なモモンガの毅然とした態度に騒めいた。どういうことだ?勝てると思ったから出てきた?陽光聖典(我々)に?陽光聖典の面々は一瞬呆けていたが、すぐにその顔を怒りで歪める。特に特殊部隊として法国の上層ともいえる部分で教育を受けてきたニグンの怒りは凄まじい。モモンガは自分の頭の出来を、そして教養を馬鹿にしたのだ。許さない。この者達が次に命乞いをしてきてももう聞く耳は持つまい。そう決めたニグンは声を荒げる。

 

「聞いたな!お前達!この者は愚かにも我々を嘲笑い、あまつさえ手ぶらで帰れと要求してきた!即ち、これは我ら法国を嘲笑い、侮辱したも同然!この者達を活かして返すことは、法国の威信にかけてできない!よって今ここでガゼフ・ストロノーフと共に葬り、我らを侮辱したことを未来永劫後悔させねばならない!」

「やれやれ。焚きつけておいて言うのもあれだが、こうも短絡的でいいのか、法国の特殊部隊とやらは?」

「戯言を!王国の者にしては少しは頭が回ると思ったが、回るのは舌ばかりとはな!貴様は仲間を見逃す最後の温情をも棒に振った!もはや攻めぬ理由なし!総員、攻撃用意!」

 

 ニグンの号令に合わせて、天使が攻撃を準備し、魔法詠唱者は攻撃魔法を構える。しかし、モモンガはまるで動じることなく、ため息をつくと仰々しく構える。

 

「はぁ。正直こんなところで一回使うのは非常にもったいないという気がしなくもないが、そこはそれ。まあ必要経費だと割り切ろうか。」

「あ、モモンガさんあれ使う気?それじゃああたしも気合い入れないと。」

「ええ、使います。茶釜さん、パンドラズ・アクター。守りは任せる!」

「了解!」

「お任せください!」

 

 モモンガの号令に合わせて、モモンガの左右に、チャガマと呼ばれた女と、パンドラズ・アクターと呼ばれた男が陣取る。直後に、モモンガを中心に無数の光輝く魔法陣が展開される。見たこともない文字で描かれるそれは、はるか上空にまで展開され、これから起こることの恐ろしさを示しているようにも思える。陽光聖典の面々は慌てだした。こんな魔法は見たことがない。いや、そもそもこれは魔法なのだろうか。これが魔法であるのなら、一個人が到達してよい領域ではない。

 

「お前たち、モモンガとやらを攻撃しろ!私は最高位天使を召喚する!」

 

 ニグンは慌てて部下に指示を出し、自身の切り札、最高位天使を召喚するための魔法封じの水晶を取り出す。部下の方も慌てて攻撃魔法を放つが、既に遅かった。モモンガを守る二人を、誰も破れはしなかったのだ。一方のガゼフと戦士団も、モモンガの言葉に、そして行動に驚いていた。彼は一体何をしようというのか。これが彼の言う、無血でこの場を収める方法というものなのだろうか。その答えは、すぐにやってきた。

 

「さあ、貴様らの目に収めるのも惜しいが、奇跡を、最高位天使を見せてやろう!見よ!最高位天使の尊き姿を!威光の主天使(ドミニオン・オーソリティー)!」

 

 先に切り札を展開したのはニグンであった。召喚された最高位天使の姿を見たガゼフは、驚きで固まる。あれは、ダメだ。自分では絶対に勝てない。そんな相手を先制で繰り出されてしまうと、モモンガの身が危ない。一方、モモンガとぶくぶく茶釜、そしてパンドラズ・アクターは目が点になっていた。最高位天使?威光の主天使(ドミニオン・オーソリティー)が?お笑いもいいところだ。正直最高位の天使と言われてモモンガたちが警戒したのは、熾天使級(セラフクラス)と呼ばれる、ユグドラシルにおける最高位の天使たちであった。それでもモモンガたちであれば勝利できたであろうが、無血は非常に困難であり、何よりガゼフ達を守り切れないだろう。しかし、この程度が最高位の天使とは。これはいよいよもって、勝利はほぼ確実だろう。そうこうしているうちに、モモンガの魔法も準備が整った。モモンガは、ニグンに対して、堂々と勝利を宣告する。

 

「それが最高位天使だと?お粗末もいいところだ。さて、スレイン法国の諸君、お前達は言ったな?頭が回らず、回るのは舌ばかり、と。威勢の良い文句だが、お前達は己を棚に上げすぎたな。」

 

 魔法陣の輝きが一際激しくなる。モモンガは高らかに、その魔法の名を宣言する。

 

「それではスレイン法国の諸君、言葉の重みと報いを知るがいい。その絶望を以て罰としよう!≪天軍降臨(パンテオン)≫!」

 

 魔法陣がすべて消え去った瞬間、ガゼフ達の頭上に光が差す。夜の闇に似つかわしくない、聖なる光。その中から、獅子の頭に二対の翼、鎧に盾と炎が穂先で燃える槍を持った荘厳な天使が六体舞い降りてくる。天使たちはガゼフ達やモモンガを守るように陣取る。その姿を見た時、ガゼフは開いた口が塞がらなかった。先ほどの自分の驚きと恐怖は何だったのか。それに敵の上官の言葉もだ。彼らの天使が最高位天使であるのなら、今自分たちを守っているこの天使たちは何なのだろうか。

 

「ありえるかあああああ!」

 

 ニグンは絶叫する。あり得ない。あり得ていいはずがない。自分は切り札をすでに切った。最高位天使を召喚したのだ。なのに、なんだこれは。目の前でこちらを睨み据える天使たちは、明らかにこちらのどの天使よりも、もちろん威光の主天使(ドミニオン・オーソリティー)よりも格上だ。こんなものに、勝てるはずがない。モモンガが召喚した天使たちは、モモンガの号令を受けて、次々とこちらの天使だけを粛々と始末していく。とうとう威光の主天使(ドミニオン・オーソリティー)も倒されてしまった。圧倒的に優位なはずの包囲戦は、いつの間にかモモンガと名乗る男によって逆転されていた。軍を率いるものとしてのニグンは、現状を正しく認識する。しかし、目の前の事象は、ニグンの理解をはるかに超えていた。

 

「あり得ない。最高位天使より上位の天使を召喚する魔法など存在するはずがない!貴様は一体何者だ!モモンガ!そんな奴が今まで無名でいるはずがない!貴様の本当の名前はなんだ!」

「…何故、そう思った?それは貴様が無知なだけではないか?それともそういう世界なのかな?ともかく、問いには少しだけ答えようじゃないか。」

 

 モモンガは余裕そうに口を開く。対してニグンと陽光聖典の面々は、可哀想なほどに怯えていた。

 

「まず私の名は、本当にモモンガだよ。そしてこの地で無名なのはある意味当然だろうな。私たちはつい最近、この地にやってきたばかりなのだから。」

 

 モモンガの話を聞いて、ニグンの頭の中に唐突に閃いた考えがあった。そういえば、最高神官長たちが言っていた。そろそろ、100年の揺り返しがやってくるだろう、と。100年の揺り返し。かつてニグンたちの所属する法国を作り上げ、この大陸における神の信仰の礎となった六大神、その六大神の最後に残った神を殺し、この世界に混沌と位階魔法をもたらした八欲王、そしてかつて六大神の従属神が暴走して魔神となったとき、それを屠った十三英雄の幾人か。いずれもおおよそ100年を周期として現れた者達であり、神と呼ばれても差し支えないほどの強さを持ち伝説を残した者達。まさかモモンガは、神であるのだろうか。この世界で神と呼ばれる者。それ即ち…

 

「貴様は、いや、貴方様は神なのか?」

「は?」

「貴方様は神と呼ばれる存在、即ちぷれいやー様なのですか?」

 

ニグンは委縮し、どんどん口調が恭しくなっていく。一方モモンガは、意図せずして欲しかった情報の一部を手に入れた。やはり、この世界には他のプレイヤーが存在したのだ。しかし、神と呼ばれるほどとは。この世界の人間の強さの上限は、よほど低いと見える。あるいはプレイヤーがそれほど上位のプレイヤーだったのだろうか。はたまたその両方か。しかし、スレイン法国のプレイヤーに関しては、よほど慎重にこの世界の人間に与える力を制限したと見える。まさか威光の主天使(ドミニオン・オーソリティー)が最高位の天使になっているとは。あるいはプレイヤーの中でもそれほど強くない側だったのだろうか。ひとまず、モモンガは問いに応えるべく口を開いた。

 

「そうとも。私はユグドラシルのプレイヤーだ。ここにいる茶釜さんもな。そしてパンドラズ・アクターはNPCだ。さて、スレイン法国の諸君、今の諸君の言葉で、君たちの力の出所はある程度はっきりしたな。さて、それではそろそろこちらも問わせてもらおうか。今、スレイン法国にプレイヤーは居るのかな?」

 

 この問いかけに、ニグンは一筋の希望を見出した。そうか、プレイヤーであるのならば、法国(こちら)に来てもらわねばならない。それにこちらに来て王国の惨状とガゼフ・ストロノーフの死の意義を正しく理解してくれれば、モモンガはガゼフ・ストロノーフを殺すことを許してくれるかもしれない。

 

「いえ、スレイン法国に現在、ぷれいやー様は、神は居りません。最後に残った神が我らの下を去られたのは500年も前になると聞いております。我々スレイン法国は、神の遺産と血、そして教えによって栄えた国なのです!」

 

 それを聞いたモモンガは、プレイヤーがいないというスレイン法国に対する警戒度を一気に下げる。この男が嘘を吐いている可能性はある。そこは警戒しなければならないが、この情報は嘘ではない可能性の方が高い。何しろ、かつて法国に本当にプレイヤーがいたのならば、その存在を公言し続ける方がよほど国力の維持につながるからだ。神がいないと嘘を吐くのと神は居ると噓を吐くのとでは、後者の方が明らかに効果が大きい。ましてやこの場には、一応他国の、しかも殺そうとしていた戦士長がいるのだ。恐らくこの情報は王国にとっても周知であるほどの情報なのだろう。

 

「そうか。それでは、他国にはプレイヤーは居るのか?」

「居ないと断言はできません!ぷれいやー様が本気で姿をお隠しになられた場合、それを発見する術を我々は持ちませんので。ですが、ここ200年ほどの間は、ぷれいやー様ほどの力を持った存在が確認できておりませんので、貴方様以外の、最後に現れたぷれいやー様の情報も200年ほど前のものになります。」

 

 なるほど、確かに中には身を隠すプレイヤーがいてもおかしくない。レベル100を前提とするのであれば、この世界では単騎で国家転覆すら視野に入るほどの力なのだろう。それを目当てに多くの国が寄ってくるだろうし、自分の国に抱え込んだ国家は逃がそうとはしないだろう。正直そこまでの強さがあれば大抵の国家は物の数ではないだろうが、行く先々でそんな扱いでは流石に精神が摩耗するだろう。それを煩わしく思う者が現れてもおかしくない。しかし最後の記録が200年前というのは少し引っかかる。法国に最後に神がいたのが500年前であり、最後の記録は200年前。何というか、妙に切りがいい。

 

「先ほどから記録の年数が妙に切りがいいな?端数を省略しているのか?」

「いえ、違います!詳しい理由は分かっておりませんが、この大陸には100年を周期に、揺り返しと呼ばれる現象が確認されるのです。ぷれいやー様はその揺り返しに際してこの世界に降臨されるとされています!そして先ほど申し上げました通り、100年前の揺り返しのぷれいやー様を我々は確認しておりません!」

 

 モモンガはその話を聞いて、少しこの世界全体に対する警戒度を上げる。そもそも自分を含めて、プレイヤーが100年もの時を生き続けることは果たしてできるのだろうか。自分や茶釜などの異形種や亜人種、エルフやダークエルフなどの長命な人間種であれば、生きることができるかもしれない。プレイヤーがこの世界に存在する可能性があるのであれば、できれば接点を持てるのが理想である。

 

「なるほど。こちらが知りたい情報は概ね得たな。さて、それでは最初の話に戻ろうか。我々には諸君に危害を加える意思はない。故に何もせずに法国に帰ってもらいたいのだが、いかがかな?」

「それは、その…」

「できないのか?それはなぜだ?」

「…モモンガ様、お願いがございます。どうか我々とともに、スレイン法国にお越しいただきたい!法国にて、新たな神として降臨し、我らにそのお力をお貸しいただきたいのです!」

「…は?」

 

 モモンガは、いきなり頼まれたその願いに思わず固まった。法国で神となる?いきなり話が飛躍しすぎだ。どうしてそうなる。

 

「なぜ、いきなりそのような話になる?それは、諸君がこの場で退くことができないことと関係があるのか?」

「大いにございます!我らがスレイン法国は人間の国家の中では最強と謳われる国力を有しております。そしてその国力を以て、周辺諸国と亜人などの脅威から守護する人類の守護者としての役目を担ってきました。」

「…ほう、それはそれは。高尚なことだ。ではなぜ、同じ人間の国家である王国の戦力を、法国は始末しようとしている?明らかに法国の方針に反するではないか。」

「それは、王国の腐敗が原因なのです!モモンガ様はまだこの地に鬼て日が浅いとのこと。ならば、恐らくこの近辺の詳細な情勢の知識は、恐れながらまだそう多くはないのではないでしょうか。」

「まあ、それを否定はできない。我々は圧倒的に情報が不足している。」

「ではその男、ガゼフ・ストロノーフの属する王国についてだけでも、私から具申させていただきたい!リ・エスティーゼ王国は、比較的に恵まれた土地の上に領土を持つ国家でございます。我ら法国は、王国に対する様々な支援を惜しみませんでした。法国は異種族たちが集まる国家、アーグランド評議国に隣接しているためです!法国は王国が隣接する評議国に対する防波堤となり、異種族と戦う勇者達を輩出してくれることを信じ、王国の支援を続けました。しかし…」

「法国の支援は、王国に法国が望んだ変化をもたらさなかったと、お前はそう言うのだな。」

「はい!王国はもはや何代もの間蓄積した膨大な膿によって、もはや政治的に腐敗しているのです!王国の現王は決して、この国の腐敗を取り除くに足ることはないのです!故に法国は結論付けました。もはや王国の立て直しは不可能であろうと。人類全体の益を考えるのであれば、王国を帝国に合併させる方が良いと!ガゼフ・ストロノーフの処分は、その工作の一環なのです!」

「…人類同士の争いを止めるために、人類同士の争いの結果をコントロールしようとしたのか。」

「はい、その通りです!」

 

 モモンガはその話を聞いて黙り込み、考える。モモンガが個人的に気に入ったガゼフ・ストロノーフの属する王国は、政治的に腐敗しているという。法国の口ぶりから察するに、法国目線では王国より帝国の方がまだ可能性があるということなのだろうか。しかし、モモンガはこの件に関して、方針をもう決めていた。法国は強力な国家であるのだろう。しかし、自分たちが、何より大切な仲間たちが異形種であるモモンガたちの一行は、果たして法国で受け入れられるだろうか。いや、ほぼ無理だろう。それだけで庇護を求める対象として選択肢から消えそうだ。それに、王国の腐敗もこの世界も、この目で見て情報を得ないことには話にならないだろう。そう考えたモモンガは、口を開く。

「お前達の言い分はよく分かった。」

「モモンガ様、それでは!」

「だが悪いな、スレイン法国の諸君。我々は諸君と共に法国に行くことはできない。」

「何故ですか!?モモンガ様、王国にもう先はないと申し上げたはず!」

「それはお前達から聞いただけだ。私は実際にこの目で見て判断したい。この世界の様々なものをこの目で見て感じたいのだ。それに、先ほどから何者かが断続的に我々を監視しようと試みている。私の探知遮断によって何も見えてはいないだろうがね。」

 

 それを聞いたニグンは、本国が定期的に自分たちを監視しているであろうことを知った。そしてモモンガの口ぶりから、なんとなく感じ取った。モモンガは自分たちを、法国を信用できないのだ。最初の時点で敵対していたからであろうか。それとも、自分が様々な失態を重ねたからだろうか。或いは、法国が人類の守護者を謳いながら、人類同士の争いに加担しているからだろうか。きっと、答えはそのすべてだろう。ニグンは、これ以上はモモンガを刺激するだけだと悟り、決意を固める。

 

「…分かりました。それでは、この場はこれで失礼させていただきます。」

「結構。では私たちも行くとしよう。」

「…ですが!この世界を見れば見るほど、我々の言い分が正しいことをご理解いただけるでしょう!ご理解いただけましたら是非、スレイン法国にお越しください。スレイン法国は、新たな神を喜んで歓迎するでしょう!」

「…考えておこう。」

「そのお言葉だけでも、今は十分です。それでは。総員、退避!これより我々は、本国に帰投する!」

 

 そう言い残して、スレイン法国の特殊部隊は撤退していった。モモンガとしては、次善の策とは言えひとまず機能してくれて安心した。今回だけで、スレイン法国とリ・エスティーゼ王国に関する情報も少しだけ手に入れることができた。どちらも、喜ばしいものとは言えなかったが。そんなことを考えていると、ガゼフがモモンガに話しかけてくる。

 

「モモンガ殿、本来は全滅も必至であったところを無傷で収めていただき、本当に感謝する。しかしモモンガ殿、貴方が神であるというのは本当か?」

 

 追及されるだろうとは思っていた。ここでしらばっくれることもできるだろう。しかし、モモンガはそれをしたくなかった。それだけ、目の前のガゼフ・ストロノーフという人間に対する、愛着のような感情を感じていたためだ。

 

「…実のところ、我々のような存在が神と呼ばれていようとは、先ほど初めて知ったのです。彼らの言葉が本当であれば、私と茶釜さんは神ということになりますね。」

「…強いとは思っていたが、それほどの御方だったとは。我々は、随分と運が良かったらしい。」

「そこで戦士長殿、少しお願いがあるのですが…」

「分かっているとも。私は今この場で、私と私の部下が、王国にあなた方が神と呼ばれるほどの力を持つことを報告しないことを誓おう。」

「ありがたい。」

「当然のことだ。そして、報酬についてだが…」

「いや、報酬はやはり結構です。」

「そうはいかない。既に私はあなた方と契約を交わした。それは履行せねばなるまい。もしこれからも旅を続けるのであれば、ぜひ王都に来て、私の家に足を運んでくれ。できる限りの報酬を支払うと約束しよう。」

「…了解しました。それで、これから戦士長はいかがなされますか?」

「流石にこれからこの夜道を王都に戻ることはできない。ひとまず先ほどの村で宿を取りたいな。」

「それがいいでしょう。村長殿には私から話をつけておきます。」

「本当に何から何までかたじけない。」

 

 モモンガたちは村に戻り、村で一晩を過ごす。すっかり村人や戦士団が眠ってしまった頃、モモンガは村外れで、物思いにふけっていた。すると、後ろから誰かが近づいてくる。

 

「モモンガさん!こんな夜遅くに何してるの?」

 

 見ると、ぶくぶく茶釜とパンドラズ・アクターがそこにいた。

 

「…ちょっと、考え事を。茶釜さんとパンドラズ・アクターは何を?」

「私たちはモモンガさんを探してたのよ。少し、話をしたくて。」

「…ええ。いいですよ。」

「よかった。それじゃあ、始めましょうか。まず最初の話は、パンドラズ・アクターについてよ。」

「?パンドラズ・アクターが、どうかしましたか?」

「パンドラズ・アクターはね、私たちの精神状態に気が付いていたみたい。それで、カルネ村をどうするかの決議の時、あんな行動に出たのよ。」

「なるほど。パンドラズ・アクター、それは本当か?」

「はい。モモンガ様は私を、至高の御方々の姿を借り受けるドッペルゲンガーなれば…」

「ああ、なるほど。心を読んで内面をトレースするドッペルゲンガーのテキストが現実化したのかな?」

「え、ドッペルゲンガーってそんなテキストあったの?」

「ええ。一応、こういう基本的なテキストなら一通り頭に入ってるはずですから、間違いないかと。しかしそうか。となるとパンドラズ・アクター、もしかするとユグドラシルにおいても、心を読む力は働いていたのか?」

「はい、そのように記憶しております!」

「ふむ、なるほど。」

 

 これは新たな発見である。思えば、NPC達に影響を与える要素として、カルマ値や設定がすでに考えられていた。この世界においてプレイヤーが定めた設定が意味を持つのならば、ユグドラシル運営が定めたそれぞれの種族や道具の設定も、現実的な意味を持っていておかしくはない。ユグドラシル時代において、ドッペルゲンガーが精神の内面を覗けるという一文は完全に設定だけのものである。何しろ、心の中を覗けるという要素がゲームの中だけでも実現してしまったら、その能力で得た情報を現実世界で悪用し放題だ。しかし、パンドラズ・アクターの能力は常に発動し続けていたという。この矛盾が存在するが、それはおそらく、パンドラズ・アクターがNPCであることが理由だろう。NPC達にとっては、ずっと設定は現実だったのだ。

 

「よく分かった。それで茶釜さん、話がこれだけということはないでしょう?」

「ええ。パンドラズ・アクターは私にこう話してくれたわ。自分の普段の思考は、モモンガさんと似通うところがある。そしてあの場において、モモンガさんは人間を助ける選択をすると思ったって。」

「でも、そうはならなかった。」

「そうね。そして、パンドラズ・アクターはその時に明確に、モモンガさんの心の喪失を感じたみたい。言葉にはしなかったけど、きっと私の心も同じような状態だったでしょう。そして、心が失われるのを避けなければならないと考えて、あの発言をしたんだって。」

「なるほど。茶釜さんは、パンドラズ・アクターのその言動に疑問が?」

「そう。これが、私がパンドラズ・アクターに最も確認したかったこと。ねえパンドラズ・アクター、改めて答えて。どうしてあなたは、私たちの心が失われてはならないと思ったの?」

「それは…。モモンガ様、ぶくぶく茶釜様、これから私は、お二人が僕一同に秘していることについて言及致します。そのことをお許しください。」

「かまわない。パンドラズ・アクター、聞かせてくれ。」

「かしこまりました。モモンガ様、ぶくぶく茶釜様。すべての僕の中で、おそらく私だけが、モモンガ様とぶくぶく茶釜様、いえ、他の至高の御方々も、()()()姿()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。」

 

 予想はしていたものの、やはり驚きは大きかった。思えばあの時のパンドラズ・アクターは、モモンガが人間であることを見据えていたような言動をしていたためだ。しかし、なぜ知っていたのか。心を読んでいたとしても、根本から違う種族であると気が付けるものなのだろうか。

 

「…知っていたか。しかし、一体どうやって気が付いた?」

「それは、モモンガ様に写真を拝見させていただいたからです。」

「写真?」

「はい。モモンガ様がまだ、ナザリック地下大墳墓の最後の至高の御方となる前、少しずつ至高の御方々がユグドラシルを離れつつあった時のことでございます。モモンガ様は、一人、また一人と御方々がモモンガ様の下を離れていくことに、心を痛めておいででした。モモンガ様は、よく宝物殿にいる私の下を訪れ、私を離れた至高の御方々の姿に変えて、思い出話をしておられました。」

 

 話を聞いていたモモンガは、猛烈な羞恥心で暴れだしそうであった。これは、当時の自分からすると、精神状態を維持しようとする行為であったのだが、こうして話として聞いてみると、完全に精神を病んでいる人の行動だ。それを他人、ましてやパンドラズ・アクターの姿の持ち主の一人に聞かれるとは、完全に想定外だった。一方のぶくぶく茶釜は、強烈な罪悪感に苛まれていた。現実を優先するというあの時の自分の選択は、自分にとっては間違いではなかった。しかし、モモンガがユグドラシルにかけていた情熱は、あの日あの時まで維持されていたナザリック地下大墳墓の光景が物語っていた。そして自分が戻ってきた時のあの喜びようは、モモンガが自分との思い出を少なからず大切に思ってくれていたからこそだろう。しかし、ぶくぶく茶釜は一度、ユグドラシルを去った。モモンガの、執念の領域にすら達する情熱を置き去りにして。そんな罪悪感が、彼女にはあった。パンドラズ・アクターは、そんな二人を気遣うように声をかける。

 

「あの、お二人とも、大丈夫ですか?これ以上の話はまた時を改めますか?」

「ああ、すまない。人化したこの姿では、精神の沈静化は発動しないからな。少々取り乱したが、私は話を聞きたい。茶釜さんは、大丈夫ですか?」

「…ええ、私も大丈夫よ。パンドラズ・アクター、続けて。」

「…かしこまりました。そんなある日でございます。モモンガ様は、私にとある写真を見せてくださいました。それは、おそらくどこかで食事をした際のものと思われる、数人の人間の集合写真でございました。モモンガ様は、それを私に見せながら、私に至高の御方々との思い出を語ってくださったのです。その時に、写真の人間はすべて至高の御方々のリアルなる世界での姿であること、至高の御方々は皆本来はリアル暮らしていること、そして去っていった至高の御方々はリアルに居られることを知りました。」

 

 そこまで聞いて、モモンガはようやく思い出した。リアルでのオフ会の写真を、データクリスタルにしてユグドラシルに持ち込んでいたのだ。そしてその写真を、仲間に変身したパンドラズ・アクターと一緒に見ながら思い出を振り返っていたのだ。

 

「オフ会の写真か!確かにお前に見せたな。なるほど、それで知っていたのか。」

「はい。それが、至高の御方々の秘密を私が知っていた理由になります。」

「なるほど。だが、それがお前が我々の心を守った理由に関係するのか?」

「ええ。私がこのような行動に出たきっかけは、ユグドラシルからこの世界に転移する前、モモンガ様たちが宝物殿を訪れた時でした。」

「?あの時か?」

「ええ。それまで私が見てきたモモンガ様は、いつも暗く、沈んだ心をしておられました。そして私といる間だけは、普段は抑えている堰を切るかのように、思い出話と不満、そして戻ってきてほしいという願いを口に出しておりました。」

「…。」

「やがて、モモンガ様は私の下を訪れることはなくなりました。私は寂しい反面、ついに至高の御方々が戻ってきたのかと、喜ばしくもありました。しかし、私は宝物庫を管理していましたので、宝物庫に定期的に増える拠点維持用の金貨の明細を把握しておりました。金貨を振り込んでくる先がモモンガ様だけになっているのを見て、事実は全く逆であり、モモンガ様がナザリックに残った最後の至高の御方になってしまったことを知ったのです。それ以来、モモンガ様のお姿を見ることは、あの日までありませんでした。」

「……………。」

「そしてあの時、モモンガ様は最後に宝物殿を訪れました。そのお隣には、ぶくぶく茶釜様が居られました。そしてモモンガ様は私に面と向かって、久々にお言葉をくださいました。『なんだ、やっぱりカッコイイじゃないか。』と。その言葉を聞いたときです。私は、モモンガ様とぶくぶく茶釜様の御心が、それまで感じてきたどんな心よりも彩りに溢れた、鮮やかで温かな気持ちで満ちているのを感じ取りました。」

「「…!!」」

「そしてぶくぶく茶釜様のお言葉で、その日がユグドラシル最後の日であることを知りました。しかし、私の心もまた、喜びに満ちていました。私は最後の時に、この世界で最も美しいものを見たのだと、この世界で最も尊いものを見たのだと確信していたからです。しかし、モモンガ様とぶくぶく茶釜様とともに、我々はこの世界に転移しました。その時、私は小さな違和感を感じました。モモンガ様とぶくぶく茶釜様の心が、少しずつ色褪せていくように感じたのです。そしてそれは、襲撃の報告に際してモモンガ様が皆の意見を聞いていくの見ているうちに確信に変わりました。故に、私はあのような振る舞いをしたのです。私はあの時、最も美しいと感じたもの、最も尊いと感じたものを、ただ守りたかっただけなのです。きっとあの時感じた美しさは、御方々から失われてはならないものだと思っただけなのです!」

 

 パンドラズ・アクターの言葉を聞いて、再びモモンガの心に温かいものが満ちた。パンドラズ・アクターは、モモンガたちの心を、モモンガたちよりもはるかに大切に思ってくれていたのだ。そんな仲間たちがいてくれて、本当に良かった。モモンガとぶくぶく茶釜は、心の底からそう感じた。人間の姿であるからだろうか、モモンガは油断すると泣いてしまいそうなのを堪えながら、震える声で絞り出した。

 

「…そうか。そうか!よく分かった、パンドラズ・アクター。ありがとう。正直に話してくれて。ありがとう!私たちの心を、大切だと思ってくれて!」

 

 パンドラズ・アクターは、その言葉を聞いただけで、心の底から満たされた。元々モモンガ様が、自分をパンドラズ・アクターと名付けたのは吃驚箱の意味合いであったことは、思い出話で知っている。至高の御方々がユグドラシルを去り始めてからというもの、自分の役目はまるで、古事に出てくる堪忍袋のようであった。しかし、パンドラズ・アクターはそれでもいいと思った。そうすることで、モモンガ様が少しでも心穏やかになるのなら、と。しかし、ユグドラシル最後の時が、同時にパンドラズ・アクターの運命も大きく変えた。あの時、至高の御方々の晴れやかな心に触れた時、パンドラズ・アクターは心の底から感動し、感謝した。自分たちがもう終わるのだとしても、最後に、世界で最も美しい、尊いものを自分は見たのだと。その瞬間が訪れた奇跡に、感謝した。そして、ユグドラシルが終わったはずなのに、自分たちがまだ至高の御方々と共にいる。その事実に直面した時、パンドラズ・アクターは己の在り方を定めた。パンドラズ・アクターは、ナザリック地下大墳墓の宝物殿の領域守護者ではなく、吃驚箱でもなく、堪忍袋でもなく、希望の守護者(パンドラズ・アクター)であることを決めたのだ。希望を、あの時自分が尊いと感じた至高の御方々の心と定め、それを守り抜くことを決めたのだ。

 

「…さて、そろそろ、次の話に移っていいかしら?」

「ああ、すみません。まだ話したいことがあるのなら、そろそろ次の話としましょうか。」

「ありがとう。それで、次の話なんだけど、私たち、これからどうしようか?」

 

 落ち着いてきたあたりでぶくぶく茶釜が切り出した話は、非常に重要なものだった。これからの話。ここまでの自分たちの行動は、非常事態に非常事態が重なった、行き当たりばったりもいいところであった。情報の精度は精査が必要だが、ある程度基本的な情報は集まってきた。そのうえで、自分たちはこの世界で何を目的に、どう行動するのかを、そろそろ話し合わねばならない。

 

「そうですね。これからの方針は、この辺りで決めておいた方がいいでしょう。」

「ええ。それで、最初の大きな論点なんだけど、元の世界に帰りたいかどうか、よね。」

 

 確かに、それは非常に大きな論点である。モモンガはユグドラシルに情熱のほぼすべてを捧げてきた。さらにブラックもブラックな職場に未練はなく、孝行する親も家族もない。故にユグドラシルが終わった今、残してきた仕事の心配こそあるが、元の世界に対する未練はほぼないと言っていい。しかし、ぶくぶく茶釜は違う。声優という職業に情熱をかけたからこそ、ぶくぶく茶釜は実力を評価されたのだ。さらに、モモンガとは違って、ぶくぶく茶釜には元の世界に少なくとも弟がいる。ユグドラシルに入る直前まで連絡を取り合っていたところを見ると、なんだかんだ言いつつも姉弟仲は良好なのだろう。弟、即ちアインズ・ウール・ゴウンのかつての仲間の一人であるぺロロンチーノも社会的に自立はしていたものの、彼の心配もあるだろう。

 

「…そもそも戻る方法ってあるのかしらね?なんでこの世界にやってきたのかも分からないことが多いし。法国の人は揺り返しって言ってたっけ?」

「ええ、そう記憶しています。その揺り返しが何なのか、せめてそれが分かれば、いろいろ考えることはできるんですけど…」

「まあこれは、ひとまず方法があると仮定しましょう。方法があるなら、モモンガさんは戻りたい?それとも、こっちの世界に残る?」

「…正直、俺は元の世界に戻りたいとは思わないです。元の世界にも、仕事にも未練はありませんし。それに、元の世界に戻ったら俺はまた一人ですしね。」

 

 モモンガの返答を聞いたぶくぶく茶釜は、複雑な表情で頷いた。モモンガの身の上話は、オフ会の時に少し聞いている。なので、彼が天涯孤独で、小学校を卒業してすぐに働き始めたことを知っている。なので、モモンガの答えは聞かずとも予想できていた。問題は、ぶくぶく茶釜の方である。ぶくぶく茶釜の本業は声優である。昨今は制作の遅延などがあったものの、ぶくぶく茶釜には元の世界で現在進行形で携わっている仕事が数多くあり、仕事に対する情熱もある。それに、両親や弟もいる。しかし、ぶくぶく茶釜は迷っていた。ここには、アウラとマーレがいる。それに何より…。ぶくぶく茶釜にとっては、元の世界での仕事に対する情熱も、家族に対する愛情も、アウラやマーレ、それにモモンガといった、こちらの世界の仲間たちに対する感情も、どれも大切なものであった。故に、揺れている。そんなぶくぶく茶釜に対して、モモンガは、意を決したように声をかけた。

 

「今は、まだ悩んでいてもいいんじゃないでしょうか?」

「…え?」

「こんなことを言ってしまうと方法があるって前提は無くなるんですけど、そもそもこの世界のことを、俺たちはほとんど何も知らないじゃないですか。だから、元の世界に戻る方法があるかなんて、分かりません。でも、それなら、探せばいいじゃないですか。幸い、俺たちは揺り返しというキーワードを持っている。この世界を巡りながら、世界のいろんなことを少しずつ知っていきましょう。その中で、元の世界に戻る方法が見つかったとして、その時までは、めいっぱい悩んでもいいと思います。もちろん俺としては、茶釜さんが一緒にいてくれると嬉しいですけど。」

 

 こんなことを、モモンガは言ってきた。ぶくぶく茶釜はそれを聞いて、温かい気持ちが溢れてくるのを感じていた。本当に、この人はずるいなあと思う。ずっと黙って悩んでいた自分を気遣っての発現だとは思うが、それでも()()()()は、とても、とても嬉しいものだった。

 

「モモンガさん、最後のそれ、プロポーズ?」

「最後の…?あ!いや別に、そのようなつもりではなかったといいますか、その、せっかくこうしてまた会えたんですから、またすぐにお別れになってしまったら寂しいなと思ったんです!」

「分かってるわ、冗談よ。気遣ってくれてありがとう。そうね、私の答えは、みんなと一緒に過ごしていく中で見つけていくことにするわ!」

「ええ、それでいいと思いますよ。それじゃあ、我々の今後の作戦方針は、各地を旅して、揺り返しに関する情報を集めるということでいいですね?」

「ええ、それでいいと思うわ。あなたはどう、パンドラズ・アクター?」

「私もそれでよろしいかと!それでは、どのようにこの世界を巡りますか?」

「そうだなあ。とりあえず、何かしら、この世界で金を得る方法を考えなければならないな。この世界に関するこれ以上の情報を集めるにも、旅をするにも、何より食べていくためにな。そういえば、待機組の食料は大丈夫なのかな?」

「今更ね。確かに心配だけど。」

「食料に関しましては、至高の御方々がイベントなるもので集めてきた料理アイテムの余剰分が、数多く宝物殿にストックされています。質は保証しかねますが、当面は食料に困るということはないかと。」

「ああ、そういえば確かに置いていたな。まあそれでも、この世界でしばらく暮らすにあたり、この世界の貨幣を確保するのは優先事項だ。さて、どうやって現地の貨幣を稼ぐか…。」

 

 もったいぶっているものの、実はモモンガには一つ案があった。村長に聞いた話の中にあった、明らかにこの世界ならではの職業。そして、その職業の名前は、ここ数年のモモンガのフラストレーションを満たしてくれるかもしれない実に甘美な響きを秘めていた。その職業を提案するべく、モモンガは口を開いた。

 

「俺は村長の話にあった、冒険者をしてみたいと思ってます。俺たちの実力なら簡単に稼げるでしょうし、何より仕事で多くの地域に行くこともできるでしょうからね。」

 

 もっともらしい理屈を並べてはいるものの、モモンガの本音は「冒険がしたい」である。せっかく異世界にやってきたのだから、やりたいことでお金を稼げるならそうしたいと、モモンガは考えていた。

 

「…モモンガさん、ただ単に冒険者がやりたいだけでしょ?」

「…はい。でも、さっき述べたように利点は多いと思いますよ?」

「そうね。でも、私たちの力がこの世界においては強すぎるという問題点もあるわ。あんまり無双すると悪目立ちしてかえって面倒なことになるわよ?」

「…まあ、それは確かに。」

 

 ぶくぶく茶釜の反論はもっともであった。ここまで、行き当たりばったりなりに慎重に立ち回ってきたつもりだ。先のカルネ村騒動の一連を通じて、自分たちの力の強大さと、この世界に自分たちの力がこの世界の多くの勢力にとって垂涎ものであるという事実を目の当たりにしてきた。力がありすぎるのも考え物という、元の世界では絶対にありえなかった問題が、モモンガの頭を悩ませていた。

 

「…ねえ、私もやりたいことを言っていい?」

「…ええ。いいですよ。」

 

 モモンガは、ぶくぶく茶釜のやりたいことに興味があった。彼女は声優として売れていくことを夢として活動しており、実力を評価されてユグドラシルを去ったため、元の世界で夢をすでに叶えていた、というのがモモンガ目線での感想であったためだ。

 

「私ね、この世界で劇がやりたいの。みんなと一緒に、楽しくね!」

「…はい?」

 

 正直、意外であった。ぶくぶく茶釜と言えば、声優のイメージが強い。そんな彼女のやりたいことが、舞台での演劇であったとは。

 

「…正直、意外です。野暮は承知ですが、何故、劇を?」

「…私ね、元々は三次元で演技する仕事がしたかったのよ。女優とか、舞台役者とかね。子供のころに見た劇が大好きで、自分もそんな仕事をして、見る人を元気にできればいいなって思ったの。でもね、私たちが元居たリアルで、劇や三次元のドラマってどんなものだった?」

「…こういう言い方をするのは失礼なんですが、あんまり需要はありませんでしたね。時々、上の方の人々の道楽として、劇の公演があるみたいなアナウンスを聞いたことがあるくらいです。ドラマに至っては、それぞれのアーコロジーの中でしか撮影ができないからって、どんどん需要がなくなってましたね。」

「そうよね?つまり何が言いたいかというと、私が女優になったとしても、私の演技は見せたい人達に届くような状況じゃなかったのよ。そもそも外見の問題もあったし、色々な理由で三次元のお芝居は諦めるしかなかったの。」

「…なるほど。でも茶釜さん、一つだけ。茶釜さんは綺麗ですよ。」

「…ありがとう。でもこれは、ダイエットの成果なのよ。進路の決断をするときの私は…。…ごめん、脱線したわね。話を戻すけど、それでも演技をする仕事を諦めたくなかったから、声優になったのよ。」

「…そうだったんですね。」

「ええ。でも、この世界は、きっと違うじゃない?まだ都市に行ったことがないから都市部の娯楽は分からないけど、この世界でなら、きっと思いっきり劇ができる。そう思っちゃって。ごめんなさい。お金を稼ぐ方法の話をしてたのに、なんか湿っぽくなっちゃったわね。しかも、私はただやりたいことを言ってるだけだわ。」

「いえ、いいんですよ。もとはと言えば、俺がやりたいことを言い出したんですから。」

「でも、モモンガさんの意見は稼ぐ手段として現実的でもあるわ。それに対して私のは意見ですらない、願望を並べ立てただけ。」

 

 そう言ってしゅんとしているぶくぶく茶釜であったが、モモンガは、罪悪感を感じなくていいと思っていた。そして、ぶくぶく茶釜のやりたいことをなんとかして叶えてあげたい、とも。そして、そのためにどうすればいいか。モモンガは案を思いついていた。とても簡単で、素晴らしい案を。

 

「じゃあやりましょう。冒険者も、劇もどっちも!」

「え?」

「冒険者だって、いつでも稼げるわけじゃないでしょう。そもそもシステムも分かりませんし。ですから、冒険者と劇、両方を我々の活動内容にしましょう!普段は冒険者として活動して、冒険者の仕事がない時に劇をすればいいんですよ!もちろん、その逆でも俺は全然かまいません!」

「私もその意見に賛成でございます!モモンガ様とぶくぶく茶釜様、両方のご要望をまとめた、素晴らしい案であるかと!ただ私としましては、しばらくはある程度戦力の予測を立てられる冒険者を主とする方がよろしいかと。この世界の娯楽のレベルを、我々は把握しておりませんので。」

 

 モモンガとパンドラズ・アクターが楽しそうに話すの聞いていると、ぶくぶく茶釜はどんどん胸が熱くなって、涙が止まらなくなってくる。まったく、本当にこの人たちは、どこまで私を甘やかせば気が済むのだろうか。見ると、モモンガとパンドラズ・アクターは、そろって慌てている。確実に私が泣いているせいだろう。なるほど、パンドラズ・アクターが言っていたことは本当だったらしい。普段はあんなにも紳士然としているのに、女性の涙に対するこの慌てようは、創造主のモモンガにそっくりだ。二人そろって、本当に可愛らしい。涙を止めて、赤い目のまま、満面の笑みで二人の方を向く。

 

「ありがとう、モモンガさん!それに、パンドラズ・アクター!私、やるからには妥協なしで行きたいタイプだけど、それでもいい?」

「もちろんです!俺の方こそ、全く経験ありませんから大根役者もいいところですけど、それでもいいんですか?」

「大歓迎よ!二人とも、本当にありがとう!これからも、よろしくね!」

「ええ。こちらこそ、よろしくお願いします!」

 

 月の下、村人たちの迷惑にならないように、笑顔で三人が見つめあう。三人とも、実に晴れやかな気分をしていた。三人それぞれの宿に帰ろうとして、ふとパンドラズ・アクターが、思いついたように言った。

 

「そういえば、冒険者としてもですが、劇団として活動するのであれば、我々の通り名と申しますか、団体名のようなものを決めなくてはなりませんね。」

 

 それを聞いた瞬間、モモンガとぶくぶく茶釜は固まった。ぶくぶく茶釜はそれなりのセンスがあると自負しているものの、モモンガのネーミングセンスは壊滅的だ。ユグドラシルでの数々の失敗が、それを雄弁に物語っている。何しろ、自分のネーミングが通っていたら、アインズ・ウール・ゴウンは異形種動物園に、パンドラズ・アクターはびっくりボックスになっているところであった。モモンガ自身はいい名前であると思ってしまうところがなお始末に悪いところであったが、流石にアインズ・ウール・ゴウンの方が異形種動物園よりいいと思う程度の感性はあったため、モモンガは自身の悪癖を自覚できたのだった。

 

「さて、どうしようか。正直明日でいいと思うんですが、どうです、茶釜さん?」

「そうね。私もそう思うわ。明日、皆で決めましょうよ。」

「お言葉ですが、僕一同は至高の御方々が意見を出すのでしたら己の意見や感性をかなぐり捨ててそちらを優先するかと。かといって至高の御方々の意見なしで名を決めさせては、果たして人間に通りの良い名になるかどうか…」

「「………」」

 

つまるところ、パンドラズ・アクターはこう言っているのだ。モモンガたちが決めるのが最善である、と。それに、鉄は熱いうちに打てという言葉もある。この場で話し合って決めるのも悪くはないだろう。

 

「そうですねえ…。『ダーク・アクターズ』はどうでしょう?」

「あえて忌憚なく言うわね?ダサい!うーんそうねえ。リアルの大昔の劇団だと植物の名前とかが一般的だったんだけど、『ローズ』、『アイリス』、『シオン』、『アヤメ』に『ミモザ』…。どれもなんかいまいちねえ。そもそもリアルの植物がこっちにあるのかしらね?」

「ユグドラシルにもあった植物なら可能性がありますが、それ以外が存在する可能性は低いかと。ふむ、では、『トーテンタンツ』はいかがでしょうか?」

「字面だけはいいけどな、パンドラズ・アクターよ。『死の舞踏(トーテンタンツ)』って!縁起悪いわ!ならそうだなあ、『モモンガとぶくぶく茶釜とゆかいな仲間たち』…」

「悪化してる!大丈夫、モモンガさん?」

 

 ああでもない、こうでもないと話し合う。モモンガは、こうして仲間たちと意見を交わしあうのはとても楽しいものだと改めて感じた。そうこう考えているうちに、ふと一つ、思いついた名前がある。正直ここまでズタボロに反論されているので、モモンガとしては、この名前がいいとは思えないのだが、言ってみることにした。

 

「『モモカゼ』…。『劇団モモカゼ』はどうですか?」

「『モモカゼ』?カゼはどこから…、ああ、もしかして“風海久美”から取ったの?」

「ええ。昔の芸名を引っ張り出してしまって申し訳ないんですが、なんか茶釜さんと言えばこの名前の印象があるんですよね。」

「風海久美かあ。また随分懐かしい名前を持ってきたわねえ。その名前を使ってたの、本当に無名のころだったもの。でもそうねえ、いくら元の世界でキャリアを積んでいても、この世界での私って、風海久美どころか、芸名すらない無名の役者だものね!そういう意味では、心機一転ってことで、風海久美から劇団に名前を取るのもいいかもしれない。それに…」

「…それに?」

「『劇団モモカゼ』。そこそこキャッチーで、覚えやすい名前!うん、モモンガさんのセンスにしては、とってもいいと思う!うん、これにしよう!」

「…そうですか。パンドラズ・アクター、お前はそれでいいか?」

「ええ、とてもいい名前であるかと思います!」

 

 今日は、いろいろなものが決まった。目的に、活動内容に、名前。これからモモンガたちは、アインズ・ウール・ゴウンではなく、劇団モモカゼと名を改めて活動をしていく。正直、これからうまくいくのかは分からない。少なからず、波乱もトラブルもあるだろう。それでも、ここにいる仲間たちとなら、きっとすべてが楽しめるんじゃないか。モモンガには、そんな気がした。




お待たせいたしました。やーっと次から本編が始まります。遅い!本当に遅くて申し訳ありません。それでも、書きたいことは文才の足りる限り表現するスタイルでいこうと思います。茶釜さんのリアル事情は本作オリジナルの設定となります。文字通りリアルがオワコンなオーバーロードの世界における劇の扱いってどうなんでしょうね。私は需要薄れるんじゃないかなーって思ったので、こんな感じにさせていただきました。そもそもDMMORPGなんてものがある世界なので、金銭を得る手段として以外でリアルに拘る人って減っちゃいそうですよね。それともヴァーチャルの美男美女の方にこそ飽きて、逆に三次元の需要が急増したりするんでしょうか。今回も、皆さんのご意見ご感想お待ちしています。
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