アインズ・ウール・ゴウンサーガ 骨釜劇団編   作:yu-2

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鉄は熱いうちに打て、という言葉がこの世にはあります。なので、自分もそれにあやかってやる気と時間があるうちにいろいろと書いておこうと思います。それでは今回もよろしくお願いします!前回の話のご意見ご感想、誤字報告ありがとうございます!2023年12月15日追記:台詞を一部変更、描写を一部追加しました。ごめんね、シズ。バトル描写を書くときにどうやらすっぽり頭から抜けていたみたいです。


第六話 最初の依頼:劇団モモカゼ始動!

 エ・ランテルにたどり着いた翌朝、モモンガは宿のベッドでひとまず横になり、体を休めていた。本来はアンデッドであるため睡眠は不要になっているのだが、外見は人間種であり、また人化の腕輪の影響なのか多少は休憩が必要な体になっているらしい。なので体を休めていたのだが、そろそろ陽も昇って少し経つ。そろそろ活動を始めても問題ないだろうと判断し、周りを見回すとNPC達も目を覚ましたようだ。彼らはモモンガとは違い、本来の姿であっても生ある存在である。よって特別なアイテムなどがなければ、体を休めるための睡眠や、栄養補給のための食事は必要不可欠だろう。

 

「おはよう、お前たち。体をゆっくり休めることはできたかな?」

「おはようございます、モモンガ様。申し訳ありません、執事たるもの、主より早く起きて身支度を済ませ、主のための準備も整えてしかるべきものでございますのに…」

「お前のその気持ちだけでも十分に嬉しいよ、セバス。」

「滅相もございません!」

「ふぁーあ、お、おはようございます。」

「おはよう、マーレ。寝癖ができているぞ。整えてきなさい。」

「ふわあ、モ、モモンガ様!申し訳ありません!急いで整えます!」

「あんまり焦ることはないんだぞー?我々は冒険者仲間であり、ルームメイトなんだ。少しぐらい落ち着いてくれてもいいんだが…」

「おはようございます、モモンガ様!朝食を終えましたら、さっそく依頼の確認へと参りましょう!」

「おはよう。お前はマイペースだな、パンドラズ・アクター。正直助かるよ。」

「いえいえ!さあ、参りましょうか!」

 

 全員と挨拶を済ませ、マーレが髪を整えるのを待って、男性陣は全員そろいで下に降りていく。すると、気を利かせた店主が大テーブルに朝食の席を設けて待ってくれていた。

 

「おはようさん。おや、まだそろってないね。女性陣は分からなくもないけど、元気そうな男の子はお寝坊さんかい?」

「おはようございます。実のところ、昨日はかなりの急行軍だったもので。少々疲れてしまったのかもしれませんね。」

「なるほど。しかし、大丈夫かい?お前さん方が全員下りてきちゃあ…」

「おっはようございまーす!モモンガ様!」

 

 店主の言葉を遮るようにして、元気な朝の挨拶が響き渡る。見ると、アウラを先頭に女性陣が階段を下りてきた。

 

「なんだ、心配いらなかったね。それじゃあ、この席で朝食を食べておくれ。朝食が終わったら、昨日行った組合に依頼を見に行ってみるといい。王国は帝国と違って訓練された兵団がないから冒険者が忙しい。きっと今日もたくさん依頼が来ているさ。」

「ありがとうございます。それでは朝食をいただくとしようか。それでは諸君、手を合わせて、いただきます!」

「「「「「「「「「「「「いただきます!」」」」」」」」」」」」

 

 仲間たちとともに、大人数で食卓を囲んで同じ食事を食べる。これだけでもモモンガは感動して泣きだしそうであった。それに、食事の内容も感動を後押ししている。モモンガたちが生きる2138年のリアルにおいては、食事は基本よく分からない栄養食であった。そしてちゃんとした料理は、もはや中流階級以上の人々にしか縁のないものであった。しかし、目の前の料理には人が作ったものであるという一種の温もりのようなものが宿っているように感じられる。

 

「うむ…、なかなか悪くない。」

「そうですか?宝物殿にあった食料と比べると食材も調理の腕も数段劣ります。これなら我らの方が数段上等な料理を至高の御方々に提供できますが…」

「ナーベラル、それは思っていても言っちゃダメよ。この世界においてちゃんとした食材からちゃんとした料理を作るのがどれだけ手間のかかることか、私たちはまだ把握していないわ。モモンガさんはそういうところも加味して、悪くないと総括したんだと思うわよ。それにね…」

「ぶくぶく茶釜様、どうかなさいましたか?」

「食事は何を食べるかももちろん大事だけど、きっとモモンガさんは、それ以上に誰と食べるかを大事にしてるのよ。あなたたちと同じ食卓を囲んで、同じものを食べることができた。私ももちろんそれを嬉しいと感じているし、モモンガさんもきっと同じ気持ちよ。」

「ちょっと茶釜さん!俺の思ってること全部言葉にしないでくれませんか?恥ずかしいんですけど…。」

「あら、ごめんなさいねモモンガさん。でも喜びを噛みしめて一人で感傷に浸りたい気持ちも分かるけど、こういうのはきっと言葉に出してみんなに伝えた方がいいわよ?だってほら、周りを見てみて?」

 

 ぶくぶく茶釜に言われたとおり、モモンガは食卓を見回してみる。すると、NPC達はそれぞれに、今のモモンガとぶくぶく茶釜の言葉を受けてまた新たな表情を見せていた。モモンガたちが喜んでいるという事実に喜んで談笑するアウラとマーレ。人間が作った料理に興味を示しているセバスやユリ、オーレオール。何度も料理を口に運び、やはり分からないと頭を捻るルプスレギナ、ナーベラル、ソリュシャン、エントマ。全体を見回して、うんうんと頷いているパンドラズ・アクター。どうやらNPC達のモモンガたちの言葉に対する反応は、思ったより様々であったらしい。

 

「…生きているんですね。彼らも、俺たちも。」

「そうね。生きているし、生きていくのよ。この世界で、一緒に。」

「…言葉って難しいなあ。」

「…ええ、本当にそう。雄弁も誤解の元になるけど、沈黙もきっと同じくらい誤解の元になるわ。知ってる?沈黙は金ってことわざ。」

「知ってますよ。」

「じゃあこれは知ってる?このことわざね、実は続きがあって雄弁は銀って続くのよ。」

「それは知りませんでした。ん?でも沈黙は金で雄弁は銀なら沈黙の方が大事なのでは?」

「面白いのはここからでね。実はこのことわざが生まれたとされる古代ギリシャのある地域では、一説によると金より銀の方が高価で重宝されていたらしいのよ。」

「ほほう!…つまり?」

「本当に大事なことは、しっかり言葉にしないとダメってことよ!金と銀のどっちが高価かなんて時代や文化、つまり状況に合わせていくらでも変動するものなんだから!」

「…なるほど、肝に銘じておきます。」

 

 そうこうしているうちに、NPC達は朝食を食べ終わってしまったらしい。見ると、もう食事が残っているのはモモンガとぶくぶく茶釜だけだ。二人は慌てて、しかししっかりと味わいながら食事を終えた。

 

「ごちそうさまでした。さて、依頼を見に行きますか!」

「ええ、私たちの初仕事、どんな仕事になるのかしらね!」

「おや、片付いたかい?それじゃあ、初陣だね。頑張っといで!」

「ええ、行ってきます!」

 

 モモンガたちは宿の店主に見送られて、冒険者組合へと向かっていく。朝日の中少しずつ動き始める街を尻目に組合にたどり着くと、既に多くの冒険者たちでごった返していた。

 

「すごい人ですね。茶釜さん、俺たちが受けられる儲けが大きい依頼はありましたか?」

「ちょっと待ってね…、どれどれ~?うーん…、ダメね。銅級から受けられる依頼は確かに数が多いけど、どれもこれも報酬は微妙だわ。」

「まあ、それは想定内ですし、仕方ないことでもありますよ。さて、それじゃあ少しでも報酬の高い依頼を探しましょうか。」

 

 モモンガは文字を解読できるモノクルを持つぶくぶく茶釜を頼りに、少しでも報酬が高い依頼を探していく。しかし、どれもこれも報酬は団栗の背比べであり、また迷っている間に他のチームに依頼を取られてしまう。困っていると、そんなモモンガたちに話しかけてくる集団があった。

 

「あのー、よろしければ私たちの依頼を手伝ってくださいませんか?」

 

 声をかけられたモモンガたちが振り返ると、銀のプレートが胸元に輝く四人組の冒険者チームが立っていた。声をかけてきたのは、そのチームのリーダーと思しき戦士風の装いの男だ。

 

「失礼ですが、あなた方は?」

「ああ、すみません。受ける依頼に難儀しているようでしたので、それならば私たちの受ける依頼を手伝ってもらえないかと思ったのです。あなた方は普通より報酬のいい仕事を受けることができて、私たちは大人数のチームに仕事を手伝ってもらえる。お互いにとって美味しい話だと思うのですが、いかかでしょう?」

「…ありがたい申し出です。もちろん、喜んで受けさせていただきます。」

「それはよかった。それでは、あそこのテーブルで顔合わせと、お互いに軽く自己紹介をしましょう。」

 

 男の誘いに応じたモモンガたちは、男に指定されたテーブルに集まっていく。全員が集合すると、男が自己紹介を始めた。

 

「それでは改めて、今回は誘いを受けていただき、ありがとうございます。私たちはチーム『漆黒の剣』。私はリーダーで、戦士をしているペテル・モークと言います。あちらがこのチームの目であり耳でもある野伏(レンジャー)、ルクルット・ボルブ。」

 

 皮鎧を纏った金髪の男が軽く頭を下げる。見た目に反して人懐っこい印象を受ける男だった。

 

「そしてこちらにいるのが我がチームの頭脳でもある魔法詠唱者、ニニャ―『術師(スペルキャスター)』。」

「よろしく。」

 

 おそらくこのチームの中で最も幼いであろう人物が頭を下げる。肌が他のメンバーに比べると白く、声も高い。そのいでたちから、モモンガと同じ魔力系魔法詠唱者であると考えられる。ニニャが顔を上げた瞬間、モモンガは強烈な違和感に襲われた。何というか、笑顔がおかしい。作り笑いともまた違う、仮面を顔に張り付けているかのような笑顔だった。

 

「しかし、ペテル。その二つ名やめませんか?結構恥ずかしいんですよ?」

「えー、良いじゃないですか!格好いいですよ?」

「二つ名持ち、ですか?」

 

 自己紹介の途中であるが、モモンガは思わず質問をしてしまった。二つ名というものの大きさをいまいち計りかねていたためである。すると、ルクルットが質問に答えるように補足を入れてきた。

 

「こいつにはさ、すげー生まれながらの異能(タレント)があるんだよ。だから天才魔法詠唱者って言われてんの。」

「ほう?」

 

 モモンガは話を聞きながら、村長の話を思い起こしていた。この世界には、時々生まれながらの異能(タレント)という、先天的な才能、或いは特殊能力を持って生まれてくる人々がいるらしい。例えば、明日の天気を70%の確率で予測できる、召喚したモンスターを強化する、といった才能のことを言うらしい。能力の強弱も様々であるらしく、また、自身の肉体の適性と噛み合わない能力の持ち主もいるのだとか。そういう観点から見ると、必ずしも持っているからと言って恵まれているとは言えない能力であるが、どうやらニニャは持って生まれた才能と能力が噛み合っている稀有な例であるらしい。

 

「魔法適性っていうんだっけ。魔法の習得速度が二倍になるんだろ?本当なら習得に8年かかる魔法もこいつは4年で覚えちまうんだ!」

「もう、そんなに持ち上げないでください!それに、私よりも有名な生まれながらの異能(タレント)持ちなら他にもいるじゃないですか!」

「蒼の薔薇のリーダーとかか?」

「それもそうだけど!この町にもいるでしょう?」

「バレアレ氏であるな!」

 

 それまでずっと黙っていた最後の一人が急に声を上げたので、モモンガは驚いてしまった。しかし、バレアレという名前に聞き覚えがあったモモンガは、必死に記憶を辿る。そして思い出した。昨日ポーションを見に行った店の名前だ。

 

「バレアレさんですか。あのお婆さんそんなにすごい人だったんだ…。」

「いえ、違いますよ。もしかして、ご存じないんですか?バレアレ薬品店の店主にはお孫さんがいまして、僕らが話しているのはそっちの方です。」

「ああ、なるほど。申し訳ありません。エ・ランテルにはつい昨日着いたところでして。そもそもこの辺りに初めて来たんですよ。なのでこの辺りのことは恥ずかしながら何も知らなくて。よろしければ、どんな生まれながらの異能(タレント)を持っているのか教えていただいてもいいですか?」

「なるほど!皆さん立派な装備をしていますし、美人さんも多いので話題にならないはずがないと思っていたんですが…。つい最近やってきたのですね。ならば知らなくても無理はありません。」

「では説明しよう!バレアレ薬品店のお孫さん、ンフィーレア・バレアレ氏はこの大陸でも5指に入ると言われるほどの強力な生まれながらの異能(タレント)の持ち主である。なんとどんなに特殊なものであっても、ありとあらゆる使用条件を無視してマジックアイテムを使用することができるのである!」

「…それは、また随分と強力ですね。」

 

 モモンガは興味を抱きつつも、同時に非常に警戒していた。周囲を見ると仲間たちも表に出さないように努めてはいるものの、明らかに警戒を強めている。

 

「…あの、どうかなさいましたか?」

「…ああ失礼、お気になさらず。それではそろそろ自己紹介に戻りませんか?」

「そうであるな!このチームの回復役、森祭司(ドルイド)のダイン・ウッドワンダーである!」

 

 チーム『漆黒の剣』の自己紹介を受けたモモンガたちは、今度は自分から自己紹介を始めることにした。

 

「それでは、我々も自己紹介を。私はこのチーム『劇団モモカゼ』の座長をしている、魔力系魔法詠唱者のモモンガ・ベルツリーと申します。」

「私は『劇団モモカゼ』副座長のチャガマ・ゲイルオーシャンよ!壁役(タンク)をしているわ!」

「あたしは野伏(レンジャー)のアウラ・ベラ・フィオーラ!」

「マーレ・ベロ・フィオーレです。森祭司(ドルイド)です。」

修行僧(モンク)のセバス・チャンと申します。」

「パンドラズ・アクターと申します。まあいろいろとやってはおりますが、ひとまずオールラウンダーということにしておきましょうか。」

「オーレオール・オメガですわ。支援役(バファー)をしておりますの。」

「ユリ・アルファでございます。セバス様には劣りますが修行僧(モンク)をしております。」

「ルプスレギナ・ベータっす!クレリックをしてるから、回復なら多少力になるっすよ!」

「ナーベラル・ガンマ。…魔力系魔法詠唱者。」

「ソリュシャン・イプシロンです。隠密が得意ですわ。」

「…シズ・デルタ…です。…戦いでは、銃を使う…です。」

「エントマ・ヴァシリッサ・ゼータですぅ。符術師をしてますぅ。」

 

全員が自己紹介を終えると、お互いのチームの感想を述べあう。

 

「必要な人材がまとまっているいいチームですね。」

「そちらこそ、前衛も後衛も幅広く、手厚くそろっていますね。いいチームだ。」

「さて、それでは仕事の話に…」

 

 仕事の話に入ろうとした途端、向こうから受付嬢が一人走ってくるのが見えた。明らかに、このテーブルを目指している。何か自分たちか、或いは漆黒の剣に用があるのだろうか。

 

「失礼します、皆さまは先日冒険者組合に登録された、『劇団モモカゼ』の皆さんでお間違いないですか?」

「ええ、まあ。これから一緒に仕事をしようと思っていた違うチームの方もいますが。」

「でしたら、丁度良かった。皆さんはまだ、依頼を受けていませんね?」

「ええ、それがどうかしましたか?」

「それでしたら丁度良かった!つい先ほど、劇団モモカゼの皆さんに指名依頼が入ったんです!」

 

瞬間、冒険者組合のホールがどよめいた。

 

「指名依頼、ですか?」

「ええ、依頼人の方から、このチームの方に受けてもらいたい、と事前に依頼を受けるチームを指名していただくタイプの依頼になります!おめでとうございます!銅級のうちから指名依頼なんて前代未聞ですよ!」

 

 モモンガはどうしようか、といった調子で漆黒の剣の面々を見る。すると、漆黒の剣の面々は誇らしいものを見る顔つきでこちらを見ていた。チームを代表して、ペテルが口を開く。

 

「おめでとうございます、モモンガさん!指名依頼は冒険者として、大きな実績になります!僕らのことは気にせず行ってください!仕事の方は、またいつかご一緒しましょう!」

 

 ペテルは祝辞を述べてくれたが、モモンガとしては先に誘いを受けた漆黒の剣の面々を無下にすることもしたくなかった。何か妙案はないかと考えたモモンガは、一つ案を思いつき、受付嬢に声をかける。

 

「指名依頼が入ったのはつい先ほどなんですよね?ということは、まだ依頼人はこちらに?」

「はい!このまま以来の説明に入りたいらしく、別室で待機していただいております。」

「分かりました。では先方に、冒険者チーム『漆黒の剣』と合同という形でなら、依頼をお受けするとお伝え願えますか?」

「ええ?モモンガさん、どうして?」

「私たちはデビュー仕立てですから。なってみないと分からない冒険者のルールなんてものもきっとあるでしょう。右も左も分からないビギナーの我々に、ご教授願えませんか?」

「…そういうことでしたら、喜んで。モモンガさん、ありがとうございます!」

「…ということですので、そのようにお伝えいただけますか?」

「かしこまりました。依頼人に伝えてまいります!」

 

 受付嬢はそう言うと一礼し、依頼人がいるらしい別室に入っていった。しばらくすると、別室から戻ってきた受付嬢は、満面の笑みでこちらに向かってきた。

 

「モモンガさん、依頼人は劇団モモカゼと漆黒の剣との合同での依頼に変えるとのことです。この指名依頼、如何なさいますか?」

「もちろん、喜んでお受けいたします。」

「かしこまりました!それでは、依頼人のところへご案内いたします!」

「よろしくお願いします。」

 

 モモンガたちは受付嬢に案内され、部屋のドアを開く。すると、部屋で待っていたのは少年だった。

 

「はじめまして。ンフィーレア・バレアレと申します。」

 

 まさかまさかの事態である。たった今情報を仕入れて、警戒対象に加えようとしていた人物その人が最初の依頼人になるとは何たる偶然であろうか。モモンガたちは正直状況を呑み込めなかったが、とりあえず席に着くことにした。

 

「ご依頼いただきました、劇団モモカゼでございます。私は座長のモモンガ・ベルツリーと申します。まずは条件の変更を受け入れてくださり、ありがとうございました。」

「同じくご依頼いただきました、漆黒の剣です。私はリーダーのペテル・モークです。重ねて、ありがとうございました。」

「いえいえ。こちらこそ、依頼を受けていただき、ありがとうございました。早速、内容の説明に移ってもよろしいですか?」

「「どうぞ。」」

「では、内容の説明に入ります。皆さんにお願いしたいのは、薬草採集の道中と、作業中の護衛です。今回はエ・ランテル近郊のカルネ村に移動し、その近くの森で薬草を採集します。採集期間は平均で二日、時間がかかると三日になります。」

「ふむ…なるほど。」

「一応足として馬車を手配していますが、一頭引きです。帰りは薬草を馬車に積んで帰る予定ですので、残念ながら皆さんのスペースはありません。」

「ええ、それは構いませんよ。」

「それでは、何か質問はありますか?」

「ええ、それでは一つだけ、よろしいですか?」

「はい、モモンガさん、どうしました?」

「…何故、我々を指名したのです?我々は昨日、冒険者組合に登録したばかりの銅級冒険者だ。失礼ですが、あなた方の予算があれば、もっと階級が上の冒険者を雇うことができたのでは?」

「…それは、ですね…」

 

 ンフィーレアが急に言葉に詰まったのを見て、モモンガは警戒を強めた。これから彼がどんな理由を述べるにしてもそれはおそらく、真実ではないだろう。その情報自体に偽りがないとしても、少なくともその部分が本音であるということはあり得ない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。この事実を以て、モモンガはンフィーレアを警戒対象として認識した。

 

「昨日、モモンガさんたちがうちに来店したそうですね。その時のことを、祖母が覚えていたんですよ。」

「なるほど、私たちのことを知ったのはお婆さんが理由でしたか。」

「ええ、かなり気合の入った装備をしている新人の冒険者志望が来た、と教えてもらいましてね。昨日冒険者組合に登録する前にうちに寄ったんですから、今は銅級でしょう?金銭的にも手ごろだなあと思いまして。これから行くところは銅級の冒険者でもあんまり問題はない場所ですから、せっかくならば雇ってみようかな、と。」

「ふむ…。よく分かりました。私の方からは以上です。ペテルさん、何かありますか?」

「いえ、私の方からは何も。それではバレアレさん、すぐにでも出発ということでよろしいですか?」

「ええ、何も問題はありません。それでは皆さん、よろしくお願いします!」

 

 依頼主であるンフィーレアの号令を受け、モモンガたちと漆黒の剣はすぐにエ・ランテルを出発した。カルネ村へ向かうための二つのルートのうち、より時間を短縮できる森林沿いのルートを選んで進んでいく。この大人数であれば問題ないだろうという安心感故のルート選択だ。もっとも、そもそもカルネ村までのルートは基本的に冒険者であれば対処不可能なモンスターが出てくることはまずない、という事情もあった。

 

「そもそも俺たちがちゃんと警戒してれば、そんなモンスターが出てきたところで余裕で逃げられるけどな!というわけで安心していいぜ、お嬢さん方!」

「黙れ、下等生物(フナムシ)。私たちが安心できるのはアウラ様が見張っているからだし、いざというときにはモモンガ様やぶ…、茶釜様がいるからだ。お前が見張っていたところで安心などできるか!」

「ナーベラル!あなたはまたそういうことを言って…。ごめんなさいね、ルクルットさん。この子、身内以外には何というか…その…、厳しいところのある子なのよ。」

「全然気にしてないっすよ、チャガマさん!その冷たさがむしろイイ!って感じなんで!まあ、この辺りは森の賢王のテリトリーだから、生半可に凶暴なやつらはむしろそっちに干されちゃって逆に安全なところってのもありますけどね。」

「森の賢王…ですか。」

 

 モモンガはカルネ村で聞いた話を思い出していた。カルネ村近くの原生林、トブの大森林の中には、いくつかの魔獣の勢力圏、もとい縄張りがあるらしい。その頂点たる象徴的な魔獣の一体が森の賢王なんだとか。話によると、蛇の尾を持ち、白銀に輝く毛並みの四足獣であるらしい。魔法すら操って見せることから森の賢王というらしい。正直舞台を作るときに盛大に縄張りに入ってしまったので不安要素はなくもないが、外見をイメージして自分の脳内のユグドラシル知識を検索してみたものの、該当する魔獣に自分たちの脅威になるほどの魔獣は存在しない。もちろん、ユグドラシル由来の魔獣が天敵のいないこの世界で猛烈に強化されていたり、現地の超強力な原生種という線も残されてはいるので油断は禁物である。

 

「モモンガ様、茶釜様!少し先に何かの気配が!」

「あー、ちょっとアウラちゃん!それ俺が言おうと思ってたのに!」

「どちらでもありがたいですよ。それではンフィーレアさん、下がっていてください!」

 

 モモンガたちは依頼人であるンフィーレアを後ろに下げ、戦闘態勢を取る。すると、前方の森に中から、巨大な人喰い大鬼(オーガ)と、小さな小鬼(ゴブリン)の群れがわらわらと飛び出してきた。総数は21。ユグドラシルの常識に当てはめて考えれば、劇団モモカゼのメンバーであれば一人であっても物の数ではないだろう。しかし…

 

「全員でかかり、速攻で片を付けましょう!」

「ええ、賛成です。この手の戦闘は長引かない方がいい!」

 

 短く言葉を交わした後、劇団モモカゼと漆黒の剣はそれぞれの相手に向かっていった。漆黒の剣の面々はそれぞれがいつも通りに仕事をし、モンスターを片付けていく。途中でモモカゼの面々の様子が気になって劇団モモカゼの方を見に行くと、そこには衝撃的な光景が広がっていた。モモンガやマーレ、ナーベラルはあまり前に出ずに、あらかじめそれぞれに設定した低い位階の魔法を繰り出す。しかしそれでも威力は十分で、それぞれの担当の敵を瞬く間に撃破していく。オーレオールはその更に後ろでンフィーレアを庇いつつ、劇団モモカゼ全体に支援魔法をかけている。そしてその他の目面々は前衛として前に出て、余裕綽々で敵を片付けている。アウラの鞭が、セバスとユリの拳が、ソリュシャンとパンドラズのナイフが、シズの銃が、エントマの符が、チャガマの盾が、それぞれの相手を一撃で葬っていく。連携の精度もさることながら、何よりもすごいと感じたのはメンバーそれぞれの圧倒的な強さであった。それぞれがそれぞれのポジションとして既に大成している、といった印象を受けた。こうして数の優位でしか強さを測れない哀れなモンスターたちは、瞬く間に全滅してしまった。

 

「すっげー…。なんだありゃ?」

「これは…。我々とは次元が違うであるな…。」

「強いだろうとは思っていましたが、まさかこれほどとは…。おとぎ話に出てくる英雄みたいですね。」

「…すごい。これだけの力が私にもあれば…。」

「…これほどの強さ。確かに、この人達が持っているものなら…」

 

 まさに圧倒的。まさに一方的。漆黒の剣の面々とンフィーレアが目撃したものは、英雄の伝説の序章であるかのようだった。

 

「みんなお疲れ様だったな!冒険者のデビュー戦としてふさわしい戦いだったぞ!」

「そうね。連携も上手くいってたし、完璧だったわ!」

「そんな!モモンガ様とぶ…茶釜様のおかげです!」

「そんなことはないぞ。敵がすぐ見つかったのはアウラの、連携がスムーズだったのは指揮と支援を務めたオーレオールのおかげだ。戦闘は我々全員で頑張った。これは全員でつかんだ勝利なんだ。謙虚なのはいいことだが、何でもかんでも我々のおかげにしてはダメだぞ!」

「そうよ!みんな頑張ったんだから、みんなで喜びましょう!」

「「「「「「「「「「「はい!」」」」」」」」」」」

 

 モモンガたちは勝利の喜びを分かち合っている。この程度のことは何でもないと言わんばかりだ。まったく、なんというとんでもない集団だろうか。

 

「ペテルさん、漆黒の剣の皆さんもお疲れさまでした。」

「え、ええ、お疲れさまでした、モモンガさん。」

「?どうかなさいましたか?」

「あ、ああ、すみません。モモンガさんたちの強さが想定の大分上を行っていたものですから…。」

「ああ…。まあ、そうですね。」

 

 強いということは、冒険者として生きていくうえでは間違いなく美点であり、利点だ。しかし、その強さを褒めたのに、目の前のモモンガはなぜか、寂しそうな表情で目を伏せている。一体どうしたのだろうか。

 

「なーんか、モモンガさんテンション下がってね?どうしたんだ?」

「…きっと強くなる過程でいろいろあったのである。これ以上の追及は野暮というものである。」

 

 漆黒の剣の面々は、触れてはならない者の気配を感じ取り、これ以上の追及を辞めることにした。このことについて次に話を聞くときは、モモンガ自身が話してくれる時であると判断した。この時の漆黒の剣の面々の推測は、半分正解であった。モモンガのあの表情の正体は、力の加減を失敗したかという反省が半分、かつての仲間との旅路を思い出してのノスタルジーがもう半分であった。そんなやり取りの後、日が傾き始めたので道半ばだが野営の準備に入る。火をおこし、テントを張り、食事を準備する。そうした準備が終わった後は、全員で火を囲んでの食事だ。

 

「うん、美味しい。とてもいいスープをありがとうございます。」

「なに、劇団モモカゼは今日の戦闘の、まさしく立役者であるからな。これくらいは我々が頑張らなければならないのである。」

「そんなことはないですよ。漆黒の剣の戦闘も、お見事でした。」

「いやいや、戦闘では劇団モモカゼには勝てねーって!なあなあ、あの強さの秘訣は何なんだよ?」

「それは私も気になりますね。あれほどの力を手に入れる秘訣があるというのなら、ぜひご教授いただきたいです。」

「…強さの秘訣、ですか…。」

 

 モモンガは黙りこくってしまった。漆黒の剣は踏み込んではいけなかったのにと反省しているが、実際はモモンガはどう話をぼかそうかと必死で頭を巡らせていた。そして思いつき、何とか説得力のある答えを絞り出す。

 

「重要なことは二つです。一つは、適切な経験をひたすら積み上げること。強くなるために必要なものとして、場数は欠かせませんし、自分の強さ相応の場所で経験を積んで、強くなったら場所を変える。そうやって強くなれば、力に溺れることもない。そしてもう一つは…」

「もう一つは?」

「いい仲間に出会うことです。私が元々いた地で最初に出会った仲間は、純白の鎧を纏った騎士でした。彼に連れられて行った先で、私は4人の仲間と出会った。それが9人、10人とどんどん増えていって、ついには41人にまでなった。」

「私がモモンガさんと出会ったのは、モモンガさんの仲間が増え始めたあたりよね!」

「ええ、そうですね。」

「へえ…。ところでさ、仲間は41人もいたんだろ?他の人は?」

「…いろいろですよ。自分の道を見つけた方もいれば、喧嘩別れをしてしまった方もいる。最終的には、私と茶釜さん、そして彼らだけがこの地にやって来た…。」

「…そうですか。そういえばモモンガさんは、何か冒険者としての目標はあるんですか?」

「…旅の目標、ですか…?そうですね…。私たちが元居た場所に帰る方法を見つけること、でしょうか。」

「?帰るって、来た道を戻ればいいだけでは?」

「それが、そうもいかないのですよ。我々は、転送魔法の事故によってこの地にやって来たのです。」

「…なんと、そんなことが…」

「ええ、そんなわけで、元の場所に帰る方法を探しているのですよ。さて、私の話はここまでにしましょう。今度は、私が皆さんに同じ質問をさせてください。皆さんの目標は何ですか?」

「よくぞ聞いてくれました!俺たちの目標は、俺たちのチーム名にも関係があるんだぜ!」

「チーム名?漆黒の剣にですか?」

「その通り!十三英雄の一人、暗黒騎士の話は知ってるだろ?」

「いえ、すみません。この地に来て日が浅いのでそういう伝承にはまだ疎くて…」

「そういえばそうであったな!では説明しよう!かつてこの世界を旅し、魔神たちと戦ったとされる十三英雄。その中の一人、暗黒騎士は四振りの剣を持っていたとされるのである!」

「暗黒騎士の四振りの剣、ですか?」

「うむ!すなわち、闇のエネルギーを放つとされる魔剣キリネイラム、癒えない傷を与えるとされる腐剣コログダバール、かすり傷でも命を奪う死剣スフィーズ、どんな能力があるか不明の邪剣ヒューミリスである!」

「ふむ?」

 

 話を聞いていたモモンガは首を傾げた。隣を見るとぶくぶく茶釜も同じようなリアクションをしている。モモンガは先程の話から気になるワードをピックアップして脳内検索をかける。暗黒騎士、闇の波動、癒えない傷、即死攻撃。それらの単語から導き出されたのは、あるクラスの名前であった。ぶくぶく茶釜にしか聞こえないように、ひそひそ声で言葉を交わす。

 

「モモンガさん、これって…」

「ええ、間違いありません。彼らが話していた剣の能力は、カースドナイトのスキルと一致する。」

「でも、カースドナイトはクラスでしょ?なんでそれが剣の能力になってるの?」

「いろいろ考えられますよ。カースドナイトのスキルを剣の能力と偽っていたとか、本当は騎士本人の力だったけどどこかで伝承が歪んだとか、或いは、この世界にはクラススキルをアイテム化する技術が存在するとか。」

「最後の仮説はあんまり正解であってほしくないわね。」

「ええ、本当にその通りですね。ワールドチャンピオンの武器とかあったら持ち主が≪次元断切(ワールド・ブレイク)≫を使ってきたりしかねないってことでしょう?」

「…本当にゾッとするわね。」

「おーい、お二人さん、大丈夫?」

 

 急に声をかけられたので驚いてしまったが、見ると話の途中だったのに二人で内緒話をしていたのを心配されたらしい。どちらかの体に異常があったのかという純粋な善意を感じる。

 

「大丈夫です、問題ありません!」

「そっか!じゃあ話に戻るぜ!っつーわけで、この剣を最初に欲しいって言いだしたのはニニャなんだよ!」

「もう、ルクルット!それ以上はやめてくださいよ!あれは若気の至りなんですって!」

「?ニニャさんが欲しいと言いだしたんですか?」

「うう…。ええ、そうですよ!私が最初に欲しいって言いだしました!」

「それは、どうして?コレクションですか?」

 

 何故、チームのメンバーの半分が使えないであろう剣が欲しいのかはそもそも疑問であったが、魔法詠唱者であるニニャが言い出しっぺというのは更に奇妙だ。これは掘り下げねばならないとモモンガは質問を重ねることにした。

 

「それはですね…。私、幼いころ貴族に姉を攫われたんです。姉をどうしても取り戻したくて、それと…、姉を攫った豚にはどうしても復讐したいんです。そのために力が欲しくて…」

「英雄の武器が欲しいと思った、ということですか。」

「ええ、その通りです。でもよく考えてみたら、魔法詠唱者の私に剣は使えないんですよね…。なので本当に安直な発想だったというか、若気の至りだったというか…。」

「まあそもそも、本当にあるかどうかも疑問なんだけどな…。十三英雄の中でも亜人や異形寄りの伝承は意図的に失伝させられてるから、確かめようもないんだよな…。」

「いえ、ありますよ?四大魔剣。そのうちの一本を実際に所有している方がいますから!」

「「「「え!?」」」」

 

 軽い口調でンフィーレアから提供された情報は、とんでもない爆弾であった。漆黒の剣の面々としては、まさしく出鼻をくじかれた形になる。

 

「そんな!いったい誰なんだよ?その剣の持ち主ってやつは!」

「アダマンタイト級冒険者チーム、『蒼の薔薇』のリーダーが、魔剣キリネイラムをお持ちだそうですよ!」

「アダマンタイト級ですか!流石にそれは…、勝てないなあ…。」

「実在すると知らされるや否や夢破れるとは…。まさに希望と絶望であるな…。」

「…ま、まあ!一本目があったんです!きっと残り三本もこの世界のどこかにきっとありますよ!」

「ニニャ…。ああ、そうだよな!残りの三本は俺たちが全部集めてやろうぜ!」

「全員には行き渡らなくなったであるが、それでも実在を喜ぶべきであるな!決意を新たに、である!」

「それに、たとえ全員分の剣がなくても、私たちにはこれがあります!」

 

 ペテルは言葉に合わせて、腰に差した短剣を抜き放つ。4つの宝石があしらわれたその短剣の刀身は、黒かった。

 

「この剣がある限り、私たちはチーム『漆黒の剣』です!」

「うむ!」

「おうよ!」

「…はい!」

 

 チームでの冒険が楽しくて楽しくて仕方がない、仲良しチームの眩しい姿がそこにあった。モモンガとぶくぶく茶釜は、その輝きに思わず笑みを浮かべ、目を細める。思い浮かんだのは、ナザリック地下大墳墓を攻略し、ギルド拠点とした頃。アインズ・ウール・ゴウンの全員がユグドラシルが楽しくて楽しくて仕方なかったモモンガの人生のハイライトの記憶だ。今はもう、モモンガの隣にいるのはぶくぶく茶釜だけであるが、NPC達もいる。仲間も、仲間が残してくれたものも、確かにこの世界にある。そう思い直したモモンガは、ゆっくりと言葉を紡いだ。

 

「皆さん、本当にいい仲間を持ちましたね。皆さんならきっと、後は場数を踏めば強くなれますよ。」

「おお、英雄級の人物のお墨付きとは、幸先が良いであるな!」

「ああ、そういわれると自信が出てくるぜ!」

「モモンガさん、ありがとうございます!」

「みんなと場数を踏めば…。頑張ります!」

(その場数がどれだけ必要であるかには言及してないあたり残酷な気もするけどね…。)

 

 いい雰囲気にまとめたモモンガであったが、レベリングの苦労を知るぶくぶく茶釜だけは苦笑いしていた。何しろレベル100を目指そうと思ったら、基本的には大人数での狩りか、強者にキャリーしてもらって強力な狩場に行くのが一般的なゲームのセオリーだ。しかし、この近辺のモンスターは、ユグドラシル基準だと弱い。トブの大森林の中だと強いモンスターの縄張りもあるようだが、恐らくそちらは漆黒の剣の面々では勝てないのだろう。そうなると、自分の挑める一番効率の良い狩場に行くしかないのだが、それがこの近辺では、レベルが上がるのに時間がかかる。しかし、それはこの場では言わぬが花だろう。そう判断したぶくぶく茶釜は、口をつぐむことにした。その後は食事時らしく、雑多な話題に発展していった。

 

「そういえばモモンガさん、チャガマさんとか、劇団モモカゼの誰かと付き合ってたりするんですか?」

 

 ルクルットがその話題を振った瞬間、劇団モモカゼの面々、特に女性陣が凍り付いた。微妙な雰囲気に漆黒の剣のルクルット以外の面々とンフィーレア、劇団モモカゼの男性陣は緊張しているが、そんなことは露知らずのモモンガは何の気なしに言葉を紡ぐ。

 

「私が、劇団の誰かと…ですか?いえいえ、そんなことはありませんよ。みんな、大切な仲間です。」

「そうね、今はまだ、劇団の中で誰かと誰かがそういう関係になったって話は聞いていないわ?」

 

 モモンガの回答に対して、ぶくぶく茶釜が妙に含みのある補足をする。そこに何かを感じ取った他の面々は言及を避けようとしたが、残念ながらルクルットには他の部分が重要であったようだ。

 

「じゃあナーベラルちゃんはフリーなんすね!ナーベラルちゃん、惚れました、付き合ってください!」

「断る!なんでお前のような下等生物(ヤスデ)と、私が交際しなければならない!」

「ナーベラル!…申し訳ありません、ルクルットさん。」

「別に全然大丈夫っすよ、モモンガさん!チャガマさんにも言ったけど、おれ、こういうのが一番燃えるんで!いつか必ずナーベラルちゃんを振り向かせて見せる!」

(…ナーベラルが人間相手に男女の関係…。うん、申し訳ないけどまるで想像つかないな!)

「しかしモモンガさん、強さが知れ渡ったら相当話題になるでしょうね!」

「だよなー!強くてフリーとか、絶対女の子の間で話題になるぜ!」

「?そうですか?」

 

 またもルクルットが地雷を踏み抜いた。せっかく雰囲気が戻ってきた劇団モモカゼの女性陣がまた微妙な雰囲気になっている。話題の転換をしようとして失敗したペテルは、次はもっと直接的に話題を変えて、もう恋愛の話は禁句(タブー)にしようと心に誓う。しかし、この話題に食いついたのは意外な人物であった。

 

「モ、モモンガさんってやっぱりモテるんですか?」

 

 必死な反応を見せたのは、意外にもンフィーレアであった。先ほどまでは話をやり過ごそうとしていたンフィーレアが、モテるか否かの話題になった途端食いついてきたのは正直想定外である。その理由は何だろうと思案したペテルとダインは、一つの仮説にたどり着く。こうなったら、もはやこちらに話題を転換するしかない。そう考えたペテルとダインは短くアイコンタクトを交わす。そしてダインが口を開いた。

 

「何故それが気になるのであるか、バレアレ氏?もしや明日向かうカルネ村に、意中の娘でもいるのであるか?」

 

 途端、劇団モモカゼの女性陣の雰囲気が明らかに和らいだ。特にチャガマが、この話題に露骨に興味を示しているようだ。

 

「なーに、バレアレさん?その話、ちょっと詳しく聞かせてもらおうじゃない!」

「え、あの、ちょっと!?」

 

 そこからはンフィーレアの話でもちきりであった。そうこうしているうちに夜も更けてゆき、やがて日が昇り始めると、一行はモンスターが少ない朝を狙ってカルネ村付近まで一気に近づいた。

 

「もうすぐ、カルネ村に着くはずです。」

 

 カルネ村襲撃時の待機組を除くと、モモンガたちも漆黒の剣の面々も全員カルネ村に行ったことがある。しかし、この場では建前上唯一村に行ったことがあることになっているンフィーレアの号令に、全員が重々しく頷いた。このまま直進すればすぐにたどり着くはずであるが、村が見えるようになった途端、ンフィーレアが声を上げる。

 

「あれ?」

「バレアレさん、どうかなさいましたか?」

 

 モモンガが訊ねたのはンフィーレアを案じてでもあるが、それ以上に違和感の共有をしたいからであった。前回モモンガたちがカルネ村を訪れた時から、何かが変わっている気がする。

 

「いえ、柵が新しくできてるな、と思いまして。前来たときはあんなに頑丈そうな柵はなかったんですけど…。」

「それに他にも違和感があるとすれば、村人が畑に来ていませんし、畑の麦が刈り取られてますね。まあ、これはちょっとこじつけに近いですけど。」

 

 ニニャの言葉に畑に目を向けると、確かに一部の麦が刈り取られている。それに、麦を刈り取られて以降、どうやら畑に手が加えられた痕跡がない。

 

「おかしいな…。何かあったのかなあ?」

 

 ンフィーレアは心配そうな表情をしている。モモンガたちも警戒を強めてはいるが、心配はないだろうと判断し、ンフィーレアに前進するよう進言しようとした。しかし…

 

「モモンガ様!茶釜様!」

 

 前方を警戒していたアウラが、突如として短く警句を発する。その瞬間、劇団モモカゼ全員が戦闘態勢に入り、やや遅れて漆黒の剣も身構える。すると…

 

「おっと…。こんなに早くバレるたあ、正直想定外でしたね。」

 

畑の刈り取られていなかった麦が突如として動き出し、一行を包囲する。その麦の隙間から、動いていた亜人の正体が一瞬覗いた。

 

「…小鬼(ゴブリン)。」

「へっへっへ。その通りでさあ。さて皆さん、大人しく武装解除してくれやしませんかね?」

 

 漆黒の剣の面々は構えつつも、戦力に驚いていた。連携もそうだが、自分たちが今まで見てきた小鬼より数段強い。間違いなくこの近辺で最強の小鬼たちだろう。漆黒の剣の面々に緊張が走っている間、モモンガはずっと考え事をしていた。というのも、この状況の元凶が自分にあるような、そんな予感がしたのだ。考えて、考えて…、モモンガはようやく、この事態の原因になったかもしれない自身の行動に思い当たった。

 

「あ!」

「どうしたの、モモンガさん?何か気付いたことでもあった?」

 

 臨戦態勢だったぶくぶく茶釜が、モモンガに問いかける。一方のモモンガは、とても気まずそうな表情をしていた。そんなモモンガが、ひそひそ声でぶくぶく茶釜に話しかける。

 

「…茶釜さん、すみません。この状況の原因、多分俺です。」

「?どういうこと?話が見えないわよ?」

「…多分すぐに分かりますよ。」

 

 モモンガがそう言った途端、柵の向こうから近づいてくる人影があった。

「皆さん、一体どうしたの…。ンフィー!?それに、モモンガ様!」

「エンリ!…待って、この人たちを知ってるの?」

「知ってるも何も、村を救ってくれた大恩人よ!それに小鬼の皆さんだって、モモンガ様からもらったアイテムのおかげで…。」

「…というわけなんです。茶釜さん、それに皆さんも、本当にすみませんでした!」

「…何がどうなっているのである?」

 

 ダインの言葉が、この場にいる一行の大半の思いを代弁していた。

 

「…ということがあってね。その時にこの村を助けに来てくださったのが、モモンガ様とそのお仲間の方たちなのよ!」

「…そんな、ことがあったのか。ごめんねエンリ、大事な時にそばにいてあげられなくて。」

「しょうがないじゃない、あなたはエ・ランテルにいたんだから!それでね、モモンガ様が私とネムを助けてくれた時に、小鬼を召喚するマジックアイテムをくださったのよ。おかげでこの村の柵はすぐ補強できたし、畑も柵の中に移動できたわ!」

「…モモンガさん、小鬼将軍の角笛をエンリちゃんにあげたの?」

「そうなんですよ。万が一敵が来た時の保険として…。」

「こっちの人にとって、小鬼の軍団を召喚するアイテムが弱いわけないじゃない!」

「…返す言葉もございません。」

「…まあこの件については、小鬼のおかげで村の状況が良くなってるようだからこの辺りで許してあげるわ。今度からは気をつけてね。」

「ええ、アイテムには細心の注意を払います。」

「よろしい。」

「しかし、モモンガさんたちは聞けば聞くほど大英雄ですね。この村を救ってもいたなんて。」

「本当だぜ。それに、あの小鬼たち、モモンガさんのマジックアイテムで召喚されたんだろ?持ってる道具まで英雄級じゃねえか!」

 

 この一連のやり取りを聞いていたモモンガの頭の中に、何か閃くものがあった。この世界では、ユグドラシルの道具はほぼ全部、価値が数段向上する。モモンガたちはつい一昨日、バレアレ薬品店に来店した。その時に自分は何をしていた…?そこまで考えたモモンガは、ンフィーレアが自分たちに近付いた本当の目的にたどり着いた。

 

「ンフィー、ここに来たってことは薬草を取りに来たんでしょ?小鬼さんたちのおかげで力仕事に余裕ができたから、私たちも手伝うね!」

「ありがとう、エンリ!それじゃあ皆さん、さっそく始めましょうか!」

 

 その後、モモンガたちは近くの森で薬草を採集した。採集系のクラスを習得していない面々はあまりうまくできなかったが、村人たちの協力もあってスムーズに終わった。その日の夜、モモンガが夜の散歩をしていると、後ろから近づいてくる人影があった。

 

「…どうかなさいましたか、ンフィーレア・バレアレさん?」

「…まずは、薬草採集にご協力いただき、ありがとうございます。おかげでスムーズに終えることができました。一日は、僕が経験した中では最速です。」

「村の皆さんが手伝ってくれましたから。私は採集が苦手なので、ただ見張っていただけです。」

「村の皆さんが手伝ってくれたのも、元をたどればモモンガさんのアイテムのおかげです。それに、モモンガさんはこの村を、エンリを救ってくれてもいた。そこにも、お礼を言わせてください。本当に、ありがとうございました!」

「それは、当然のことをしただけです。」

「それを当然と思えるのが、すごいことだと思います。…それで、ですね、モモンガさん。」

「…はい。」

「…すみませんでした!」

 

 ンフィーレアは急に、モモンガに対して頭を下げてきた。モモンガはその理由を察してはいたが、あえて言葉にはせずにンフィーレアの次の言葉を待つ。

 

「モモンガさん、僕は、あなたたちに嘘を吐いていました。薬草の採集も目的の一つではありましたが、それは本当の目的じゃない。僕がこの依頼を通して本当に果たしたかった目的は、モモンガさんをうちに、バレアレ薬品店に連れていくことだったんです!」

「…連れていく目的はこれですか?」

 

 そう言ったモモンガが取り出したのは、中身の真っ赤なポーションだった。ンフィーレアはポーションそのものにもそうだが、それよりもモモンガに目的を見抜かれていたことに驚いていた。

 

「…いつから、ご存じだったんですか?」

「…違和感があったのは最初からです。目的を確信したのは今日の朝ですがね。」

「…そうですか。ええ、その通りです。僕の、そして祖母の目的は、そのポーションをあなたに譲っていただくこと。」

「…何故、このポーションを?」

「『真なる癒しのポーションは神の血の色を示す。』我々薬師や錬金術師といった、ポーション作成に携わる者に伝わる伝説です。真なる癒しのポーションとは、即効性があり、回復量も大きく、何よりも劣化しない。そういう性質のものであると伝わっているんです。そのポーションは、まさしくそのような性質を持つポーションなのではないですか?」

「…ええ、まあ。このポーションは飲めばすぐ回復しますし、このポーションの性能が時間とともに劣化したという話は聞いたことがありません。」

「であるならば、それはまさしく真なる癒しのポーション!僕達がそれを求めるのは、そのポーションに至りたいがためなのです!そのポーションを譲っていただき、解析し、その領域に至りたいのです!」

「…なるほど。」

 

 ここまでの話を聞いたモモンガの正直な感想としては、ここでバレアレ薬品店にポーションを与えるのは分の悪い賭けである、であった。ユグドラシルのポーションを研究したところで、現地の人間がユグドラシルの最安価なこのポーションにすらたどり着くのに何年かかることか。そもそもたどり着けない可能性だって大いにある。しかし、モモンガの人情の部分は、この少年と、先日の老婆の夢を応援したいと思い始めていた。ポーションを見つめる彼の眼には、漆黒の剣の面々よりはモモンガの執念(ソレ)に近いものの、夢に対する情熱を感じ取ったためだ。

 

「…これは私たちが元居た地で作られたもの。この地では再現が不可能となると、一本でも相当高くつきますよ?」

「構いません!むしろどれだけ色を付けてでも、僕達はそのポーションが欲しい!」

 

 ンフィーレアの実に実直な叫びを受けたモモンガは、答えを決めた。そもそも人情と理性で揺れているときには、可能な限り人情に従うと今のモモンガは決めている。先ほどの問いは、ンフィーレアにというより、自分への答え合わせだ。それに、それほどの覚悟があるのならば、少年の夢のために背中を押してやることぐらい、仲間たちは笑って許してくれるだろう。

 

「…分かりました。そこまで言うのであれば、依頼達成の後、価格交渉に伺います。」

「…!ありがとうございます!必ず、望む額をお支払いいたします!」

「それでは、もうそろそろ戻りましょうか。明日出発するのなら、体を休めた方がいい。」

「そうですね。それでは失礼します。おやすみなさい、モモンガさん!」

「ええ、おやすみなさい。」

 

 こうしてまた夜が明け、モモンガたちがカルネ村を発つときが来た。村の人々は、再び総出でモモンガたちを見送りに来ている。

 

「モモンガ様、お勤めご苦労様でございます。そして、エンリにあのような強力なマジックアイテムをお授けくださり、ありがとうございました!」

「いえ、良いんですよ。こちらこそ、採集を手伝ってくださった上に見送りまで。本当にありがとうございます。」

「モモンガ様、お気を付けください。どうやら最近、森のモンスターたちが活発になっているらしいのです。」

「そうですか、わざわざありがとうございます。それでは、我々はそろそろ失礼いたします。」

「ええ、どうかまた、カルネ村にお越しください。」

 

 村長と言葉を交わし、カルネ村を出ようとしたところで…

 

「モモンガさま、やっぱりいっちゃやだー!」

 

 ネムに捕まってしまった。モモンガはネムが再び泣きついてくるのを想定していなかったため、困惑してしまった。

 

「こら、ネム!この間も言ったでしょ!モモンガ様はまだ旅の途中なの!だからいつまでもこの村にいてもらうわけにはいかないのよ!」

「でもさみしいもん!モモンガさまがどうしてもいかなきゃいけないなら、ネムもいっしょにいくー!」

「ネム!」

「まあまあエンリ、落ち着きなさい。」

「村長?」

「エンリ、ネムはモモンガ様とお別れするのがよほど寂しいと見える。しかしモモンガ様の旅路にネム一人ついていくのは不安だというエンリの気持ちも分かる。故に…」

 

 モモンガは、猛烈に嫌な予感がした。村長にその言葉の先を続けさせてはならないと、慌てて口を開く。

 

「村長殿、私たちは…」

「故にエンリ、お前、ネムを連れてモモンガ様の旅路についていってやりなさい。」

 

 遅かった。その言葉を紡がれてしまっては、きっと二人とも…

 

「わ、私も、ですか?」

「そうだ。モモンガ様はきっとこれから、この大陸中を巡るだろう。広い世界を見て、それをネムにも見せてやりなさい。その後は、またここに戻ってきてもよいし、どこか別の街で過ごすのもよい。」

「私が、モモンガ様の旅路に…」

「…村長殿、お言葉ですが、私たちの旅路は恐らく、とても過酷なものになるでしょう。確かに我々は広い世界を見るでしょうが、その過程がどれほど過酷になるかは私たちにも未知数。そんな旅に、大事な村の子供を二人も連れていくわけには…」

「いくー!ネム、モモンガさまやユリおねえちゃんといっしょがいい!」

「ネム…。分かったわ。…モモンガ様、お願いします!どうか、私とネムもあなたの旅路にお供させてください!」

「エンリ!?」

 

 ンフィーレアの慌てた声が聞こえる。正直、ここまでのンフィーレアの態度を見ていれば、いかに恋愛感情に疎いモモンガと言えど、エンリに対するンフィーレアの感情が分かる。それに、ンフィーレアの感情を別にしても、エンリがこの村を離れること自体に、モモンガは別の懸念点があった。モモンガは振り返り、ぶくぶく茶釜に懸念点を共有する。

 

「茶釜さん、これ、どう思います?エンリとネムのレベルが低いのはもちろんですけど、恐らく昨日の話から察するに、角笛を使ったのはエンリですよね。」

「…そうね。モモンガさんが何を心配してるのかは分かるわ。召喚された小鬼たちでしょ?」

「ええ、あいつらはアイテムで召喚されてます。ですからユグドラシルの仕様だと、外的な要因がなければ召喚者が離れても与えられた命令を無視したり、召喚者やその仲間を裏切ることはない。でも…」

異世界(ここ)はユグドラシルじゃないから、不安ってことよね…。正直、それは分からなくもないわ。でもね、モモンガさん。私はあの子たち、連れて行ってもいいと思うわよ。」

「茶釜さん!?」

「小鬼たちの件は、正直不確定な部分が多いわ。だから、そこはユグドラシルとこの世界を信じるしかない。そして、エンリとネムを連れていくこと自体だけど、私は私たちが、責任をもってあの子たちをキャリーしてあげればいいだけだと思うわ。幸い装備は宝物殿があるから、いろいろそろってるしね。」

「ですが…。」

「それにね、モモンガさん、後ろ、見てみて?」

モモンガは言われるままに後ろを見る。すると、セバス、ユリ、オーレオール、そしてパンドラズ・アクターはすでに歓迎ムードだった。アウラはいいんじゃない?といった表情をしており、マーレは微妙そうな面持ちだ。ルプスレギナとソリュシャンは笑顔だが、この二人の笑顔は歓迎組と少々ニュアンスが異なる気配がする。シズとエントマは相変わらずの無表情であるが、シズの方は明らかに雰囲気が明るい。露骨に嫌そうな顔をしているのはナーベラル一人であった。

 

「私が見たところ、私やモモンガさんを含めて賛成7、中立2、微妙2、反対2ってところかしら。どう?これでも、ダメ?」

 

 ぶくぶく茶釜は、多数決なら私の勝ちよ?と言いたいらしい。モモンガは不安要素を捨てきれないが、民意であるならば仕方がないと腹をくくり、エンリに最後の確認をする。

 

「何度も確認するが、私たちの旅は間違いなく過酷なものになる。それでも、エンリとネムは私たちについて来たいんだな?」

「ネム、モモンガさまといっしょがいい!」

「はい、私は、私たちはモモンガ様の旅にお供したいです!」

「そうか…。よく分かった。村長殿、エンリ・エモットとネム・エモット姉妹は、確かに私がお預かりいたします。彼女たちの命、私に預からせてください。」

「…本当に、ありがとうございます!それではエンリ、ネム。旅の支度をしてきなさい。」

「モ、モモンガさん!?」

 

 完全に置いてけぼりにして申し訳ないが、これは劇団モモカゼとカルネ村の問題である。こうして、モモンガの旅路に、初めてこの世界の住民が仲間として加わった。エンリとネムは家に戻ると、手早く支度を済ませて戻ってきた。それを待ってから、今度こそカルネ村に別れを告げ、一行はエ・ランテルへの帰路に就いた。

 

「それにしてもモモンガさん、懐が深いんですね。」

「いえ、懐が深いのは私ではなく、茶釜さんと仲間たちです。私は実のところ、今もまだ心配なんですよ。」

「それでも最終的に受け止めたのである!その決断ができるとできないとでは、器の大きさはやはり大きく違うのである!」

「強くて、器があって、こりゃあ本当に英雄だな、モモンガさんたちは!」

「そうですね。昨日から、すごいところしか見ていないかもです。」

「当然です!モモンガ様もぶ…茶釜様も、そこいらの、いや、世界中の下等生物(ガガンボ)たちでは足元にも及ばないところにいるのですから。」

「なぜあなたが誇らしげなのです、ナーベラル嬢?」

 

 盛り上がる面々をよそに、一人気が気でない人物がいた。それはもちろん、思い人が突如として格上の男の冒険者チームに入ってしまったンフィーレアである。まさかエンリは、命の恩人であるモモンガに恋をしてしまったのだろうか。もしそうであれば、男としての勝負では、ンフィーレアに勝ち目はない。こうなれば、自分もモモンガたちのチームに入れてもらおうか。そう考えたンフィーレアは、それをモモンガに告げるために口を開いた。

 

「あ、あの、モモンガさん!」

「モモンガ様、茶釜様!森の中に大型で、これまでの魔獣よりも強力そうな気配が!」

 

 ンフィーレアが口を開いた瞬間、アウラが警告を発する。モモンガたちは戦闘態勢を整え、森の方を見る。すると、周囲の森から、ガサガサと獣が移動する音が聞こえる。足音から察するに、確かに相当の巨体だ。

 

「まさか、森の賢王!?」

「おいおい、森の賢王って!確かにここはヤツの縄張りだけど、どうしていきなりここに来たんだよ?」

「来てしまったものは言っても仕方がないのである!ここは対処を考えるべきである!」

「そうですね、どうしましょう?」

 

 漆黒の剣の面々は慌てている。森の賢王に自分たちが挑んでも勝てないのは分かり切っているためだ。一方のモモンガたちは、森の賢王に対して興味を抱いていた。現地の魔獣のボスがどの程度のものか見ておきたかったのだ。

 

「…私が出ます。」

「モモンガさん!?」

「モモンガ氏であれば問題はあるまいが、一人で行くつもりであるか?」

「いえ、流石に一人で行くつもりはありませんよ。アウラ!」

「はーい!」

「森の賢王とやらを見たい。ついてきてくれるか?」

「もっちろんです!お任せくださいね、モモンガ様!」

 

 モモンガはアウラを連れて、悠々と森の中へ入っていく。少し進むと、いかにも大型の獣が潜んでいそうな茂みがあった。

 

「あそこです、モモンガ様!」

「流石だな、アウラ。レンジャーとしても、ビーストテイマーとしても頼りになる。」

「えっへへー!褒められちゃった!ありがとうございます、モモンガ様!」

「うむ。さてと…」

 

 モモンガは茂みに向き直ると、茂みの中から、いきなり鱗に包まれたような巨大な尻尾が飛び出し、モモンガを襲ってきたが、モモンガは最小限の動きでそれを難なく躱した。

 

「なんと、それがしの初撃を難なく躱すとは!これほどの者は、間違いなく初めてでござるな!」

「それがし…、ござる…。」

 

 モモンガはすでに頭が痛くなってきた。森の賢王という二つ名は伊達ではないらしく、流暢な人語を話してきたことには驚いたが、その口調は、とても奇妙だ。この世界の言語はすべて翻訳されているので、これが恐らく、モモンガに届いた言葉の意味として最も近いものであるとモモンガが認識した言語が出力されているのであろうが、それにしてもこれはひどい。

 

「それがしの縄張りの侵入者よ。ここで大人しく立ち去るのであれば、命までは奪わん。今それがしは、縄張りの木を勝手に切り倒されて気が立っている。このまま退かぬのであれば、加減はできないでござるよ!」

「無論、断るとも。それと、縄張りの木を勝手に切り倒したのは我々だ。そこに関してはすまなかったな。」

「なんと!犯人が自ら名乗り出てくるとは!その意気やよし!その覚悟に免じて、それがしの威容を見せたうえで葬ってやろう!」

 

 モモンガとの言葉のやり取りを経て、森の賢王はゆっくりと姿を現す。その姿は確かに巨大で、蛇のような尻尾を持っている。しかし、黒い目に灰色と白の体毛、そして何よりも丸っこいそのフォルムは…

 

「…ジャンガリアンハムスター?」

「?なんですか、それ?」

「かつて餡ころもっちもちさんが飼っていた動物の一種だよ。しかし、森の賢王…。人語を話す巨大なジャンガリアンハムスターって…。」

「なんと!至高の御方のペットの同族ですか?すごい偶然ですね!」

「なんと!それがしの同族を飼っているとな!その方と同族は、今どこに?」

「…さあ、どこだろうな。別れてしばらく経つから分からん。それに、餡ころもっちもちさんが飼っていたものは手のひらに乗る程度の大きさだったという。よく似た…別種だろう。」

 

 モモンガは本格的に頭が痛くなってきた。森の賢王の正体が、ござる口調でしゃべる巨大なジャンガリアンハムスターだったのだ。シュール、もといボケが大渋滞を起こしている。

 

「お主の手のひらに乗る大きさでござるか?それではそれがしと子は作れんでござるな…。それがしはこのままずーっと一匹なのでござろうか…。」

「…孤独な気持ちは分からなくもない。…で、どうする?私としては早くこの状況が終わってほしいので、このまま帰ってもいいんだが…」

「そうはいかぬでござる!同族の話で気が散っていたが、そもそもお主は我が縄張りを荒らした張本人。もちろん、生かして帰さぬでござる!」

「モモンガ様、この獣、殺しちゃいますか?殺すんだったら毛皮が欲しいです!」

「…いや、この獣の活かし方を思いついた。故に、コレは生かす。アウラ、下がっていろ。」

「はい!」

 

 モモンガの号令に合わせて、アウラは一歩下がる。対して森の賢王は、素早い動きでこちらに突っ込んでくる。それに対してモモンガは、動じずに手を構えると、スキルを発動した。

 

「≪絶望のオーラⅠ≫!」

 

 瞬間、モモンガはの体から「死」の気配があふれ出し、森の賢王を威圧する。そのオーラにもろに当てられた森の賢王は、野生動物であるというのに、お腹を向けて倒れてしまった。

 

「こ、降伏でござる!それがしの負けでござるよ!」

「…ふう、やれやれ。面倒なことになる前にこれで済んでよかったと思っておこう。」

「それがしはもはや何をされても文句は言えないでござる!さあ、好きにするでござるよ!」

「その言葉に二言はないな?」

「も、もちろんでござるよ!さ、さあ、煮るなり焼くなり好きに…」

 

 モモンガは言質を取ったので、たった今思いついた案を森の賢王に提案することにした。

 

「ならばお前、私と共に来い。これからは私の騎獣…いや、ペットかな。ともかく、そのような存在として私に仕えるのだ!」

「へ?い、命を奪わないのでござるか?」

「それはお前達自然の存在の在り方だろう。しかし私たちはそうではない。生殺与奪を握ったからといって、命を奪うばかりではないのだ。」

「な、なんと…!感服したでござる!これからは、精一杯殿にお仕えするでござるよ!」

「あ、やっぱりこうなると私は殿なんだな…。」

「へえー、モモンガ様、コレをペットにするんですか?ペット…、ペットかあ…」

 

モモンガの話を聞いていたアウラは、ペットと聞いて自分がお気に入りのモンスターたちをどう扱っていたかを思い出す。毎日毛づくろいをしてあげて、餌をあげて、一緒に散歩をして、ときには乗ったりして、頭をなでてあげて…

 

「む~っ!」

 

 モモンガは、アウラの声に反応して振り返る。すると、アウラはなぜかむくれていた。モモンガからすれば、なぜそうなったのかが分からないため、アウラに問いかける。

 

「アウラ、どうかしたのか?」

「…モモンガ様、コレをペットにするんですよね?ということは、コレを特別にかわいがるのですよね!毎日毛づくろいをしたり、餌をあげたり、一緒に散歩したり、背中に乗ったり、頭をなでたり、頭をなでたりするんですよね!」

「何故最後を二回言った?…あ。」

 

 そう言ったモモンガであったが、少し考えて思い至る。アウラは、ユグドラシルからいるナザリックの古参ではないモノが、モモンガに特別扱いされるのが気に食わないのだろう。そう考えたモモンガは、アウラに近付くと、その頭をなで始めた。

 

「ひゃっ!モ、モモンガ様!?」

「アウラ、お前の心配は杞憂だよ。私にとって一番大事なのは茶釜さんやお前達だ。それは変わらないから、安心してくれ。」

「モ、モモンガ様…!そんな、あたしの方こそ申し訳ありませ…えへへぇ…。」

 

 アウラは謝ろうとしていたが、無言でなでる力を強めると目を細めて蕩けるような笑顔になった。ひとまずこれで良しとモモンガが安心していると、森の賢王が問いかけてきた。

 

「あのー、殿?それがしはこれからどうすればいいのでござるか?」

「ん?ああ、そうだな…。よし…、お前、名はあるのか?」

「名などないでござるよ!人はそれがしを森の賢王としか呼ばぬし、それがしはずっと孤独だから、親からつけられた名もないでござるよ!」

「そうか…。それでは不便だし、何よりかわいそうだ。よし、それならこれから行くところに名をつけるのが上手い仲間がいるから、その人に名前を付けてもらおう!」

「えー、それがしは殿にお仕えするのでござるよ!名を賜るのなら殿からがいいでござる!」

「…む、むう。そうか…。であるならばそうだな…。ハム…、ハム…。うむ、ハムスケはどうだ!」

「特徴を捉えた良い名であると思います!モモンガ様!」

「ハムスケ…。了解でござる!今この時より、それがしはハムスケと名乗るでござる!」

「よし、それではハムスケ、私とアウラを乗せて指示通りに進むのだ!」

「お任せあれでござる!」

 

 一方、所変わってここは、モモンガたちを待つ劇団モモカゼと漆黒の剣、そしてンフィーレアである。しばらく待っていたが、やがて向こうから巨大な何かに乗った人影が戻ってきた。

 

「モモンガさん、おかえりなさい!森の賢王はどうだった…、あら~。」

「只今戻りました、茶釜さん。とりあえず降伏させたので、こいつには私の騎獣、もといペットになってもらいました。ええ、気持ちはとてもよく分かりますよ。やっぱり、そうなりますよね?」

「分かるわ~、モモンガさん。この子、絶妙に気が抜けちゃうビジュアルしてるものね~。」

「…これほどの魔獣を見て気が抜ける、ですか…。やっぱりモモンガさんたちは大物ですよ!」

「ああ、これほど力強い魔獣はそうはいないぜ!」

「まったくである。しかしもうここまで来ると、この程度では面食らっていられないと思えてくるのである…。」

「ええ、まったく困ったものです。」

((ええ~…。))

 

 何とも困った、或いは都合のいいことに、森の賢王改めハムスケは、現地の人間には非常に強力な魔獣に見えるらしい。

 

「ではハムスケ、皆に自己紹介だ!」

「了解したでござる!それがしはハムスケ!モモンガ様に名と騎獣の地位を賜った者でござる!これからは誠心誠意殿にお仕えするので、よろしくでござる!」

「ハムスケ…。ハムスケちゃん、もっといい名前、付けてあげましょうか?」

「結構でござる!この名は、殿から賜った忠義の証なのでござるから!」

「…なるほどね。モモンガさん、押しに負けた?」

「…はい。」

「まあ本人が納得してるならいいでしょう!さてそれじゃあ、進むわよー!」

「あ、あの!その前に一つ、良いですか?」

 

 話を終えて進もうとした途端、ンフィーレアがそれを遮って声を発した。急な大声だったので、全員、それなりに驚いている。

 

「…どうしました?」

「モモンガさん、お願いがあるんです!僕も、劇団モモカゼに入れてください!」

「…ンフィーレアさん?」

「僕は強くなりたい。強くなって、守りたいものがあるんです!それを守るための力、その一端だけでも、僕にご教授願えませんか?」

「…ポーションの研究はいいのですか?」

「それももちろん、続けます!僕は、薬師でもありたいので。でも、同時に僕は強くありたいとも思った。あなたを見て、そう思ってしまったんです!だから、お願いします!」

 

 そう頼んできたンフィーレアの眼には、昨日見た暗さを宿した情熱ではなく、漆黒の剣の面々のような、輝かしい情熱が宿っていた。モモンガは、その輝きに目を細める。少年ではなく、男の眼をしたンフィーレアは、共感は薄くなったものの、よりモモンガ好みの輝きを宿していた。この願いを無下にはできないと思ったモモンガは、口を開く。

 

「それならば、大歓迎です。ですが、一つだけ条件があります。」

「はい、なんでしょう?」

「ちゃんとお婆さんに話を通して、許可を取ってくることです。申し訳ないですが、お婆さんの許可が得られないなら、許可を得られるまで、この話は保留です。」

「…分かりました。ありがとうございます!」

 

 これで、暫定ながら3人と1匹、仲間が増えた。その後の帰路は、ンフィーレアへの祝福ムードでいっぱいだった。そうしてエ・ランテルにたどり着いた一行は、検問を経て街に入った後、二手に分かれることになった。

 

「それでは我々は、依頼達成の報告と、ハムスケ、エンリ、ネムの登録を済ませてきます。ンフィーレアさんと、漆黒の剣の皆さん、そしてユリとシズはバレアレ薬品店に薬草を納品、そのままンフィーレアさんはお婆さんに話を通しておいてください。お互いのやることが全部終わったら、バレアレ薬品店の前で合流しましょう。それでは、また後で。」

「ええ、また後で!」

「全部終わったらそのまま打ち上げ行こうぜ!」

「名案であるな!この時間なら、急げば大きな席でも抑えられるはずである!」

「まったくもう。薬草を納品するまでが依頼ですよー!」

 

 そうしてモモンガたちといったん別れ、ンフィーレア達はバレアレ薬品店を目指す。ンフィーレアがいるので、全員慣れた足取りであった。そうして薬品店の目の前に着き、ンフィーレアが扉を開ける。その瞬間であった。漆黒の剣の面々には、何が起こったのか分からなかった。ただ、一陣の風が吹いたと思ったら、ンフィーレアの姿が消えていた。しかし、ユリとシズの眼には、何が起こったのかがはっきりと見えていた。

 

「…してやられたわね。あの女、初めから私たちを相手にしていなかった!」

「…だから、迎撃態勢を取った私たちでは…、反応が遅れた…。」

 

 ユリたちの眼には、扉が開いた瞬間、中にいた女が見えた。軽戦士の装いをした、明らかに昨日の店主ではない女。そもそも薬品店の扉の鍵は、ンフィーレアが開けるまでかかっていたのだ。その時点で、女が店の関係者ではないのが明白だった。その女は、ユリとシズを見て顔色を変えた後、一瞬で行動に移った。瞬時に何らかのスキルを発動し、高速でンフィーレアのそばに移動すると、彼を攫った。ユリとシズはそれを見て迎撃の構えを取る。それが、失態だった。ユリとシズが取った構えは、相手が攻撃してくることを前提としていたもの。それ故に、そもそもユリとシズから逃げることしか考えていなかった女の行動に対して、一瞬反応が遅れてしまったのだ。

 

「…一体、何が起こったのです?ンフィーレアさんは?」

「…店に潜んでいた手練れの女に攫われました。皆さん、ここにいてください。私たちがすぐに捜索を…」

「…違う、ユリ姉さま。…モモンガ様たちに、報告するのが…先。」

「いいえシズ、捜索よ。モモンガ様たちは現在、何をなさっているのか分からない。もし何かの作業の途中なのにお手を煩わせたりしたら大変よ。今から私たちが全力で捜索に当たれば、至高の御方々の手を煩わせなくてもいい!」

「…それでも、報告しなきゃ、ダメ…。」

「どうして?そんな悠長なことをしていたら…」

「…本当に大事なことは、言葉にして伝えないと、ダメ…。茶釜様の、教え…。」

「!」

 

 その言葉を聞いた瞬間、ユリは一瞬の迷いもなく、指輪を使って宝物殿から≪伝言≫のスクロールを取り出し、使用した。

 

「≪伝言(メッセージ)≫!モモンガ様、聞こえますか?緊急事態でございます!」




再現しやすい特徴的な話し方をするキャラがいると、そのキャラのセリフが増えがちになりますよね。ナーベラルとか、ダインとか。それはそれとしてとうとうここまで文字数が増えてしまいましたか。まさかの25000を超えてしまいました。ワールドブレイカーですね(某カードゲーム並感)。まあそれはそれとして、この話からこのシリーズ初のアンケートをやってみようと思います。というのも、このシリーズで、季節のイベントごとの閑話を投稿したいなと思ったんですよ。でも皆さんがそれを見たいか分からないので、アンケートで聞いてみようと思いました。話の内容としては、一応は日常編+劇を、時間軸としては本編のどこでもないサザエさん時空を、登場人物はその時の話の進行度に合わせて人物を、という感じで予定しています!アンケートの回答期限は、登校予定日の12月24日の5日前、12月19日までにしようと思います!というわけで、今回もご意見ご感想、そしてアンケートの御解答お待ちしております!

季節のイベントごとの閑話エピソード、見たいですか?(回答期限2023年12月19日)

  • 日常編が見たい!
  • 日常編と劇が見たい!
  • 日常編と冒険が見たい!
  • 別になくてもいい
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